説明

ジェッティング現象の発生の有無を判定する方法

【課題】最適な成形条件を決定するために、ジェッティング現象の発生の有無を正確に判定する方法を提供する。
【解決手段】複数の成形条件での、前記プラスチック成形用金型のキャビティ内の所定の位置における前記溶融樹脂材料のせん断応力を流動解析により算出するせん断応力導出工程と、それぞれの前記成形条件で前記樹脂材料を実際に射出成形しジェッティング現象の発生の有無を確認する確認工程と、前記確認工程の結果から、ジェッティング現象が発生する場合のせん断応力の最小値と、ジェッティング現象が発生しない場合のせん断応力の最大値と、の間のせん断応力を、ジェッティング現象の発生の有無を判定するための閾値として求める閾値導出工程と、を備える方法で判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラスチック成形用金型に、樹脂材料を溶融させた溶融樹脂材料を射出して、成形体を製造するに際して、ジェッティング現象の発生の有無を判定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
樹脂材料の成形には、一工程で複雑、精巧、精度も高く、短時間で成形体が完成する射出成形法がよく用いられる。射出成形法によれば、日用品、電気製品の部品、自動車用の部品等多様な材料を加工できる。また、最近では、金型構造の複雑化、精巧化、部品の集約化、部品の一体化が進んでおり、射出成形でなければ得ることができない部品が多くなっている。
【0003】
上記の樹脂材料の射出成形法では、溶融した樹脂材料を射出成形機のノズルからプラスチック成形用金型の流路を経てゲートを通し、キャビティ内に射出して成形している。その際、ゲートからキャビティ内に溶融樹脂を射出すると、溶融樹脂材料がキャビティ奥部へ直突する、いわゆるジェッティングが発生する場合がある。ジェッティングが発生すると、キャビティ奥側から溶融樹脂材料が充填・固化されたり、直突して固化した樹脂の周囲を取り囲むように樹脂が充填されたりして、充填挙動が通常とは異なり不安定になることで、成形された成形体の寸法が安定しない、先に固化したところが外観不良になる、成形体の強度が不足する、ガスの巻き込みによりフラッシュマークや気泡が発生する等不都合が生じる。
【0004】
上記のジェッティング現象による問題を解消するために、様々な技術が開示されている。例えば、特許文献1には、ジェッティング現象の発生し辛い熱可塑性樹脂組成物が開示されている。また、特許文献2には、成形の際にジェッティング現象の発生を抑えることができる金型が開示されている。
【0005】
一方、近年、成形品の小型化、薄肉化、そして射出成形機の高性能化により、高速射出成形が求められている。ジェッティング現象は、射出速度を速い条件にすると起こりやすいことが知られている。そこで、樹脂成形体の生産性向上のために、どの程度射出速度が速い条件まで、安定して高い品質の樹脂成形体が得られるのかを判断するための技術が求められている。
【0006】
また、通常、適用する部品から樹脂成形体の形状が決まり、適用する部品に求められる性能から使用する樹脂材料の種類が決まる。そこで、ある形状の樹脂成形体を成形する際に、どのような条件であれば、ジェッティング現象を生じず、高品質な樹脂成形体を安定に成形することができるかを判定する方法が求められている。
【0007】
なお、ジェッティング現象が生じるか否かを流動解析によりシミュレーションする方法として、レイノルズ数を用いて判断する方法がある。ところが、この方法によると、実際のジェッティング現象の生じやすさと、シミュレーション結果とが逆になる場合がある。したがって、ジェッティング現象の発生の有無を判定する方法として適切ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−231440号公報
【特許文献2】特開2004−243590号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は以上のような課題を解決するためになされたものであり、その目的は、最適な成形条件を決定するために、ジェッティング現象の発生の有無を正確に判定する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、ジェッティング現象発生の判断は溶融樹脂材料の粘度を用いて行うことが適切であることを見出し、さらに、溶融樹脂材料のせん断応力を基準に判断することでジェッティング現象の発生の有無の判断が容易になることを見出し、本発明を完成するに至った。より具体的には、本発明は以下のものを提供する。
【0011】
(1) プラスチック成形用金型に、樹脂材料を溶融させた溶融樹脂材料を射出して、成形体を製造するに際して、ジェッティング現象の発生の有無を判定する方法であって、複数の成形条件での、前記プラスチック成形用金型キャビティ内の所定の位置における前記溶融樹脂材料のせん断応力を流動解析により算出するせん断応力導出工程と、それぞれの前記成形条件で前記樹脂材料を実際に射出成形しジェッティング現象の発生の有無を確認する確認工程と、前記確認工程の結果から、ジェッティング現象が発生する場合のせん断応力の最小値と、ジェッティング現象が発生しない場合のせん断応力の最大値と、の間のせん断応力を、ジェッティング現象の発生の有無を判定するための閾値として求める閾値導出工程と、を備えるジェッティング現象の発生の有無を判定する方法。
【0012】
(2) 前記所定の位置が、前記プラスチック成形用金型の流動断面において、高さ及び幅が非連続的に拡大している位置である(1)に記載のジェッティング現象の発生の有無を判定する方法。
【0013】
(3) 前記せん断応力導出工程は、粘度とせん断速度とを算出し、せん断応力を求める工程である(1)又は(2)に記載のジェッティング現象の発生の有無を判定する方法。
【0014】
(4) 前記樹脂材料に含まれる樹脂が、ポリアセタール樹脂又はポリブチレンテレフタレートである(1)から(3)のいずれかに記載のジェッティング現象の発生の有無を判定する方法。
【0015】
(5) (1)から(4)のいずれに記載のジェッティング現象の発生の有無を確認する方法から導出されるせん断応力閾値以下となる成形条件で行う射出成形体の製造方法。
【0016】
(6) せん断速度の低下又は流動断面積の拡大により前記せん断応力閾値以下とする成形条件で行う(5)に記載の射出成形体の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ジェッティング現象の発生の有無の判定を、プラスチック成形用金型キャビティ内の所定の位置における溶融樹脂材料のせん断応力を用いて行うことで、ジェッティング現象の発生の有無を正確に判定することができる。その結果、ジェッティング現象が発生しない範囲での最適な成形条件を容易に決定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】ゲート厚みよりキャビティ厚みの大きい金型を示す図である。
【図2】金型キャビティ内に厚みが薄い箇所のある金型を示す図である。
【図3】(a)はジェッティング現象が起こる場合を示す図である。(b)はジェッティング現象が起こらない場合を示す図である。
【図4】せん断応力のせん断速度依存性を示す図である。
【図5】流動解析に用いる金型キャビティのモデルを示す図である。
【図6】モデルの金型キャビティ内のせん断応力解析位置を示す図である。
【図7】実施例1における、せん断応力のせん断速度依存性を示す図である。
【図8】実施例2における、せん断応力のせん断速度依存性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明するが、本発明は、以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の目的の範囲内において、適宜変更を加えて実施することができる。なお、説明が重複する箇所については、適宜説明を省略する場合があるが、発明の要旨を限定するものではない。
【0020】
本発明のジェッティング現象の発生の有無を判定する方法は、複数の成形条件での、上記プラスチック成形用金型キャビティ内の所定の位置における上記溶融樹脂材料のせん断応力を流動解析により算出するせん断応力導出工程と、それぞれの上記成形条件で上記樹脂材料を実際に射出成形しジェッティング現象の発生の有無を確認する確認工程と、確認工程の結果から、ジェッティング現象が発生する場合のせん断応力の最小値と、ジェッティング現象が発生しない場合のせん断応力の最大値と、の間のせん断応力を、ジェッティング現象の発生の有無を判定するための閾値として求める閾値導出工程と、を備えることを特徴とする。
【0021】
例えば、樹脂材料、金型の形状を決定する準備工程、金型キャビティ内で最も溶融樹脂材料のせん断速度が速くなる位置を算出する算出工程、せん断応力導出工程、確認工程、閾値導出工程と、を含む方法により本発明を実施することができる。
【0022】
<準備工程>
準備工程は、使用する樹脂材料や金型を決定する工程である。本発明は様々な樹脂材料、様々な形状や材質の金型に適用可能である。
【0023】
[樹脂材料]
上記の通り、本発明のジェッティング現象の発生の有無を判定する方法は、どのような樹脂材料に対しても用いることができる。レイノルズ数を用いて判定する方法では、ジェッティング現象の発生の有無を正確に判定できない場合があった。しかし、本発明の判定方法を用いれば、結晶性熱可塑性樹脂、非晶性熱可塑性樹脂を問わず、それぞれの樹脂材料において正確にジェッティング現象の発生の有無を判定することができる。
【0024】
結晶性熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、液晶性ポリエステル樹脂、ポリイミド樹脂、シンジオタクチックポリスチレン樹脂、ポリシクロヘキサンジメチレンテレフタレート樹脂等を挙げることができる。また、非晶性熱可塑性樹脂としては、ノルボルネン系単量体とオレフィンとの付加重合体、ノルボルネン系単量体の付加重合体、ノルボルネン系単量体の開環重合体及びその水素化物、芳香族ビニル単量体の重合体の芳香環部分を水素化したもの、芳香族ビニル単量体と共役ジエン単量体とのランダム若しくはブロック共重合体の芳香環部分を水素化したもの、脂環式ビニル単量体の重合体等が挙げられる。これらの樹脂は2種類以上が混合されていても構わない。
【0025】
上記の熱可塑性樹脂以外に含まれる成分としては、特に限定されず、用途に応じて適宜、熱可塑性樹脂以外の樹脂を含有させてもよい。また、必要であれば、核剤、カーボンブラック、無機充填剤、無機焼成顔料等の顔料、酸化防止剤、安定剤、可塑剤、滑剤、離型剤及び難燃剤等の添加剤を添加して、所望の特性を付与した樹脂材料であってもよい。樹脂の分子量ならびに配合物の種類や量が、樹脂材料の流動・固化特性等に大きな影響を与えない範囲であれば、異なる分子量や配合の樹脂材料であっても、同じ樹脂材料と見なすことも可能である。
【0026】
[金型]
本発明のジェッティング現象を判定する方法は、上記の通りどのような形状の金型であっても正確にジェッティング現象の発生の有無を判定できるが、特に以下のような金型でジェッティング現象の発生が問題になる。本発明のジェッティング現象の発生の有無を判定する方法は、ジェッティング現象が発生しやすい金型を用いるために、事前にジェッティング現象が発生しない成形条件を検討しなければならない場合に特に効果を発揮する。本発明を用いればジェッティング現象の発生の有無を正確に判定することができ、最適な成形条件を容易に決定することができるからである。
【0027】
ジェッティング現象が発生しやすい金型として、流動断面が金型壁面に拘束されない(接触しない)ところが生じる、ゲートの厚みよりキャビティの厚みの大きい金型が挙げられる。図1に示すようにゲートの厚みa1がキャビティの厚みa2より短いと、金型キャビティ内で溶融樹脂材料が金型壁面に拘束されないところが生じ、ジェッティング現象の発生するおそれが高いからである。
【0028】
一般的に、ゲートシール性を高めるため、ゲートの断面はなるべく小さくする必要がある。このため、本発明の判定方法を用いれば、高品質な製品を高い生産性で製造できる範囲で、より小さいゲート断面を決定することができる。
【0029】
上記の他にジェッティング現象の発生しやすい金型としては、図2に示すような、金型キャビティ内の薄い部分を通過した樹脂が厚いところに流入する形状のものが挙げられる。上記キャビティ内の厚みが薄い箇所では、局所的にせん断速度が大きくなる傾向にある。後述する通り、せん断速度が速くなればジェッティング現象が生じやすいので、このような金型の場合には、ジェッティング現象の発生の有無を事前に検討する必要性が高い。
【0030】
キャビティ表面の材質は、溶融樹脂材料の金型壁面への拘束挙動に影響を及ぼすことがあり、なるべく同じ材質のものを使用することが望ましい。
【0031】
上記のような金型キャビティ内に薄い部分を設ける場合が多い製品としては、例えば、コネクタ等が挙げられる。
【0032】
<算出工程>
算出工程は、金型キャビティ内で最も溶融樹脂材料のせん断速度が速くなる位置を算出する工程である。後述する通り、本発明のジェッティング現象の発生の有無を判定する方法は、金型キャビティ内の所定の位置における溶融樹脂材料のせん断応力を流動解析により求めることが特徴である。したがって、せん断応力を求める所定の位置をせん断速度の速い位置に設定することで、より正確にジェッティング現象発生の有無を判定することができる。せん断速度が最大の位置で、せん断応力が最大になる可能性が極めて高いからである。
【0033】
せん断速度の速くなる位置が、容易に決まる場合には、本工程は不要であり、その容易に決まるせん断速度の速くなる位置のせん断応力の経時的変化を測定すればよい。しかしながら、複雑な形状の場合には、容易に溶融樹脂材料のせん断速度の速くなる位置が決まらない場合がある。その場合には、金型キャビティ内での位置毎のせん断速度を算出し、最もせん断速度の速い位置で溶融樹脂材料のせん断応力の経時的変化を求めることで、より正確にジェッティング現象の発生の有無を判定することができる。
【0034】
金型キャビティ内での位置毎のせん断速度の算出は、金型キャビティ内の厚み、溶融樹脂材料の温度、粘度等を考慮して行うことで、さらに正確にせん断速度が速くなる位置を決定することができる。具体的には従来公知の流動解析ソフト、例えば、Moldflow Plastics Insight(登録商標)等で、溶融樹脂材料のせん断速度が速くなる位置を求めることができる。
【0035】
<せん断応力導出工程>
せん断応力導出工程は、複数の成形条件での、上記プラスチック成形用金型キャビティ内の所定の位置における上記溶融樹脂材料のせん断応力を流動解析により求める工程である。より具体的には、上記と同様に従来公知の流動解析ソフトを用いる方法で導出することができる。
【0036】
本発明は溶融樹脂材料のせん断応力を用いて、ジェッティング現象の発生の有無を判定することが特徴である。溶融樹脂材料のせん断応力は、溶融樹脂材料の粘度と溶融樹脂材料のせん断速度により決まる。
【0037】
粘度は、ジェッティング現象の発生に影響を与える。図3(a)に示す通り、ジェッティング現象は、流動断面において、この場合のように高さが非連続的に拡大する場合において、溶融樹脂材料が金型キャビティ内で広がらず直進する場合に発生する。即ち、ジェッティング現象は、ゲートから金型キャビティ内に入った溶融樹脂材料が、図3(b)に示すような変形しないことにより生じる。図3(b)に示すような溶融樹脂材料の変形が起こるのは、溶融樹脂材料に実線矢印で示すような流れが生じるからである。この流れは、溶融樹脂材料の粘度が低いほど、金型との固着が強いほど大きくなる。これは、粘度の低い溶融樹脂材料であるほど変形しやすく、上記の留めようとする力が効果的になるからである。
【0038】
特に、上記溶融樹脂材料の粘度は、ジェッティング現象が発生するか否かの大きな判断材料になる。
【0039】
せん断速度も上記粘度と同様にジェッティング現象の発生に大きな影響を与える。せん断速度が速くなるとジェッティング現象が発生しやすくなる。溶融樹脂材料のせん断速度が速くなると溶融樹脂材料の慣性力が大きくなるからである。慣性力とは、図3中に白抜き矢印で示す溶融樹脂材料が直進しようとする力である。溶融樹脂材料が直進してしまうと、溶融樹脂材料の上記固着による変形が抑えられてしまい、ジェッティング現象が発生してしまう。
【0040】
上記の通り、金型キャビティ内での所定の位置における溶融樹脂材料の粘度とせん断速度とは、ジェッティング現象の発生と大きく関係している。さらに、上記溶融樹脂材料のような非ニュートン流体の場合、粘度とせん断速度との間には、溶融樹脂材料のせん断速度が速くなると粘度が下がる関係がある。したがって、上記の通り、粘度が、ジェッティング現象を生じるか否かの大きな判断材料になるからといって、粘度を指標に単純にジェッティング現象が発生するか否かを判定することはできない。
【0041】
そこで、本発明では、溶融樹脂材料のせん断応力を用いることで、容易にジェッティング現象が発生するか否かを判定することができる。溶融樹脂材料のせん断応力は、溶融樹脂材料のせん断速度と粘度により決まるからである。そして、せん断応力が大きいほど、図3(b)に示すような変形が無くなり、ジェッティング現象が発生しやすくなる。溶融樹脂材料のせん断応力の経時変化の求め方は特に限定されないが、このせん断応力は、溶融樹脂材料の粘度とせん断速度とから求めることができる。
【0042】
本工程では、溶融樹脂材料のせん断応力を流動解析により算出するが、これは流動する溶融樹脂材料の上記せん断応力の最大値を求めるためである。ここで求まる溶融樹脂材料のせん断応力の最大値と、実際に成形して得られたジェッティング現象が生じるか否かの結果と、を用いてジェッティング現象が発生するか否かの判定を行う。
【0043】
<確認工程>
確認工程とは、それぞれの成形条件で樹脂材料を実際に射出成形し、ジェッティング現象の発生の有無を確認する工程である。上記の溶融樹脂材料のせん断応力が大きくなるとジェッティング現象が発生しやすいが、どの程度のせん断応力でジェッティング現象が生じるかは、実際に成形して確かめなければ決まらないからである。しかし、一度、ジェッティング現象が生じる溶融樹脂材料のせん断応力を決めれば、同じ種類の材料であればその基準は変わらないため、ジェッティング現象が発生するか否かの判定に用いることができる。この際、射出成形に用いるキャビティの材質や形状についても配慮が必要である。
【0044】
<閾値導出工程>
閾値導出工程は、確認工程の結果から、ジェッティング現象が発生する場合のせん断応力の最小値と、ジェッティング現象が発生しない場合のせん断応力の最大値と、の間のせん断応力を、ジェッティング現象の発生の有無を判定するための閾値として求める工程である。「確認工程の結果」とは、それぞれの成形条件における、金型キャビティ内の所定の位置での、せん断応力の最大値と、ジェッティング現象発生の有無と、の結果である。
【0045】
閾値とは、上記の通り、ジェッティング現象が発生する場合のせん断応力の最小値と、ジェッティング現象が発生しない場合のせん断応力の最大値と、の間にあるせん断応力であればよい。製品を得るにあたっては、ジェッティングの発生する確率がゼロになる条件を閾値にすることが好ましい。したがって、ジェッティング現象が発生しない場合のせん断応力の最大値を閾値とすることが好ましい。
【0046】
本発明のジェッティング現象の発生の有無を判定する方法は、複数の成形条件でせん断応力導出工程を行い、実際に成形する上述確認工程を行う。例えば、所定の成形条件における上記の確認工程後に他の成形条件で同様にせん断応力を求め、ジェッティング現象が発生するか否かの確認を行う。複数回行わなければ、ジェッティング現象発生の有無を判定するせん断応力の閾値を求めることができないからである。
【0047】
例えば、図4に示すように、一回目の上記確認工程で得られた結果をs1とする。s1でジェッティング現象が生じなかった場合には、よりせん断応力が高くなる成形条件に変更して行う。よりせん断応力の高い条件でジェッティング現象が発生するからである。逆にs1でジェッティング現象が生じた場合には、よりせん断応力が低くなる成形条件に変更して行う。よりせん断応力の低い条件の場合にジェッティング現象が発生するからである。
【0048】
せん断応力を低い条件にする方法としては、せん断速度を変更する方法が好ましい。せん断速度を速くするとせん断応力が大きくなり、せん断速度を遅くするとせん断応力が小さくなるからである。
【0049】
上記せん断速度は、射出速度や製品形状、ゲート形状を変更することで調整することができる。射出速度を速くするとせん断速度が速くなり、射出速度を遅く、流動断面積を大きくするとせん断速度が遅くなる。特に、ジェッティング現象の発生の有無が問題となるのは、高速充填が求められる場合である。即ち、ジェッティング現象が生じず、射出速度が可能な限り速い条件を検討する場合が多い。射出速度、製品形状、ゲート形状を変更することで溶融樹脂材料のせん断速度を変更し、せん断応力を変更することが好ましい。
【0050】
どの程度、せん断応力が高い条件又は低い条件に変更するかは、特に限定されないが、あまり小刻みにせん断速度を変更してジェッティング現象の発生の有無の確認を行うと、より明確な閾値が得られるものの時間と手間がかかる。特に、ジェッティング現象は、せん断応力が明確にある値を超えると100%発生し、ある値を下回ると全く生じないということは無く、徐々にジェッティング現象が生じる割合が変化していく傾向にある。そこで、せん断応力を変更する際には、所定の成形条件でジェッティング現象が生じるか否かの確認を複数回行い、次に行う成形条件を決めることが好ましい。
【0051】
例えば、最初に行ったS1の成形条件で、複数回ジェッティング現象が生じるか否かの確認を行い、ジェッティング現象が発生した場合には、もう少しせん断速度の遅い成形条件が閾値になると考えられるから1/2程度遅いせん断速度の条件で行い、ジェッティングが発生しない場合には、前回のせん断速度との中間の条件で行うことで繰り返しの回数を抑えつつ正確な閾値を求めることができる。
【0052】
また、全くジェッティング現象が発生しない場合には、2倍程度、高いせん断応力になる条件で試す等して、より簡単に閾値を求めることができる。
【0053】
異なる樹脂材料で行った場合も併せて図4に示した。具体的には、Sで表した上記樹脂材料の他にS’で表した樹脂材料とS”で表した樹脂材料を示した。これらの樹脂材料の粘度の関係はS’>S>S”である。したがって、粘度が高い樹脂材料ほど、せん断応力が高くなる傾向にあり、事前にジェッティング現象が発生するか否かを判定する必要性が高い。
【0054】
また、それぞれの樹脂材料におけるジェッティング現象が発生するか否かの閾値は、図4中のTh、Th”の範囲にあるせん断応力である。閾値をどのような基準で決めるかは上記の通り、適宜変更可能である。また、S1、S3”では、ジェッティング現象の発生する確率が極めて低い。本発明の方法は、厳密な閾値に極めて近い上記S1、S3”のようなジェッティング現象が確実に発生しないせん断応力閾値を容易に求めることができる点も特徴である。
【0055】
上記の通り、本発明の方法によれば、ジェッティング現象の発生の有無を判定するためのせん断応力閾値を求めることができる。その結果、高品質な製品が得られる範囲で射出速度をどの程度まで上げられるかを判断することができる。即ち、本発明の方法を用いれば、生産性の高い成形条件を知ることができる。
【0056】
仮に、全ての条件でジェッティング現象が発生する場合には、設計変更を行う必要がある。例えば、金型のゲート幅の変更、製品の形状の変更等が挙げられる。具体的にはジェッティング現象が金型のゲート部分で生じている場合には、ゲート断面積を変更することで、樹脂材料の変更や製品の形状の変更を行わなくても容易に解決することができる。これに対して、ゲート以外の部分でジェッティング現象が生じている場合には、樹脂材料の変更や製品形状の変更を行なう必要がある。
【0057】
<射出成形体の製造方法>
本発明のジェッティング現象の発生の有無を判定する方法において得られるせん断応力閾値以下となる成形条件で射出成形を行うことで、高品質な成形体を高い生産性で製造することができる。
【0058】
せん断応力は、例えば、成形用金型のゲート幅や高さを拡大したり、せん断速度を低下させたりする方法等で小さくすることができる。このようにしてせん断応力閾値以下となる成形条件で成形体を製造することで高品質な成形体を高い生産性で製造することができる。
【実施例】
【0059】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0060】
〔実施例1〕
<準備工程>
[材料]
ポリアセタール樹脂1:「ジュラコン(登録商標)M90−44」(ポリプラスチックス社製)、メルトインデックス:9g/min(190℃、2160g荷重)
ポリアセタール樹脂2:「ジュラコン(登録商標)M270−44」(ポリプラスチックス社製)メルトインデックス:27g/min(190℃、2160g荷重)
ポリアセタール樹脂3:「ジュラコン(登録商標)M450−44」(ポリプラスチックス社製)メルトインデックス:45g/min(190℃、2160g荷重)
【0061】
[金型]
金型1:80mm角3mmt平板(ゲートサイズ:厚み1mm×幅2mm×長さ2mm)
金型キャビティ表面材質:キャビティ表面の材質は、溶融樹脂材料の金型壁面への拘束挙動に影響を及ぼすことがあり、同じ材質のものを使用
[流動解析ソフト]
流動解析ソフト:Moldflow Plastic Insight Version 6.1 Revision 5 Build 7511 三次元充填解析
【0062】
<算出工程>
本発明の金型については、キャビティ内に特に厚みの薄い箇所がないという理由から、溶融樹脂材料のせん断速度は、ゲート付近で最も速くなると考えられる。このため、図5に矢印で示す位置での流動解析を行った。
【0063】
<せん断応力導出工程>
ポリアセタール樹脂1について、流動解析ソフトを用いて、成形体形状データ(80mm角3mmt平板、スプルー、ランナー、ゲート、及びゲート近傍のキャビティを図6に示すようにモデル化)、樹脂データとして下記表に示すポリアセタール樹脂のデータ、樹脂温度データとして200℃、金型温度データとして80℃、スクリュー径(φ36mm)と射出速度1mm/secから算出される射出率データとして1.02(cm/sec)を予め入力し、コンピューターを用いて流動解析を行った。流動解析の結果から、せん断速度、粘度の経時的変化を求め、これらの粘度とせん断速度からせん断応力の最大値を求めた。ポリアセタール樹脂2、ポリアセタール樹脂3についても同様に、流動解析からせん断応力の最大値を求めた。
【0064】
<確認工程>
射出成形機(ファナック ROBOSHOT α100iA)を用いて、下記成形条件で実際に射出成形を行い、ジェッティング現象の発生の有無を確認した。
[成形条件]
スクリュー径:φ36mm
シリンダー温度:(ノズル/C1/C2/C3/C4=200℃/200℃/190℃/180℃/60℃)
金型温度:80℃
射出速度:1mm/sec
【0065】
<閾値導出工程>
射出速度を5mm/sec、10mm/sec、50mm/sec、100mm/secに変更し、それぞれの射出速度から求めた射出率を下記表に示した。各射出率におけるせん断応力の最大値を、上記と同様の流動解析から求めた。そして、これらの条件で実際に射出成形を上記確認工程と同様の条件で行いジェッティング現象の発生の有無を確認した。射出速度、射出率、せん断応力の最大値、せん断応力が最大になるときのせん断速度、ジェッティングの発生の有無を表1に示した。さらに、縦軸をせん断応力、横軸をせん断速度として、せん断応力の最大値と、せん断応力が最大になるときのせん断速度と、の関係を図7に示した。
【0066】
【表1】

【0067】
表1、図5の結果から明らかなように、ジェッティングが確実に発生しない条件は、次の通りである。ポリアセタール樹脂2については閾値が165468Pa、ポリアセタール樹脂3については、閾値が263768Paである。また、ポリアセタール樹脂1については、金型の変更等による改善の必要があることが確認された。
【0068】
〔実施例2〕
金型のゲートサイズを厚み2mm×幅4mm×長さ2mmに変更した以外は、実施例1と同様の方法で閾値を求めた。射出速度、射出率、せん断応力の最大値、せん断応力が最大になるときのせん断速度、ジェッティングの発生の有無を表2に示した。さらに、縦軸をせん断応力、横軸をせん断速度として、せん断応力の最大値と、せん断応力が最大になるときのせん断速度と、の関係を図8に示した。
【0069】
【表2】

【0070】
表1、表2から明らかなように、金型の形状を変更することで、ポリアセタール樹脂1についても、ジェッティング現象の発生しない条件が得られた。また、ポリアセタール樹脂2についても、より高い閾値になることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラスチック成形用金型に、樹脂材料を溶融させた溶融樹脂材料を射出して、成形体を製造するに際して、ジェッティング現象の発生の有無を判定する方法であって、
複数の成形条件での、前記プラスチック成形用金型のキャビティ内の所定の位置における前記溶融樹脂材料のせん断応力を流動解析により算出するせん断応力導出工程と、
それぞれの前記成形条件で前記樹脂材料を実際に射出成形しジェッティング現象の発生の有無を確認する確認工程と、
前記確認工程の結果から、ジェッティング現象が発生する場合のせん断応力の最小値と、ジェッティング現象が発生しない場合のせん断応力の最大値と、の間のせん断応力を、ジェッティング現象の発生の有無を判定するための閾値として求める閾値導出工程と、を備えるジェッティング現象の発生の有無を判定する方法。
【請求項2】
前記所定の位置が、前記プラスチック成形用金型の流動断面において、高さ及び幅が非連続的に拡大している位置である請求項1に記載のジェッティング現象の発生の有無を判定する方法。
【請求項3】
前記せん断応力導出工程は、粘度とせん断速度とを算出し、せん断応力を求める工程である請求項1又は2に記載のジェッティング現象の発生の有無を判定する方法。
【請求項4】
前記樹脂材料に含まれる樹脂が、ポリアセタール樹脂である請求項1から3のいずれかに記載のジェッティング現象の発生の有無を判定する方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれに記載のジェッティング現象の発生の有無を確認する方法から導出されるせん断応力閾値以下となる成形条件で行う射出成形体の製造方法。
【請求項6】
せん断速度の低下又は流動断面積の拡大により前記せん断応力閾値以下とする成形条件で行う請求項5に記載の射出成形体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−247430(P2010−247430A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−99394(P2009−99394)
【出願日】平成21年4月15日(2009.4.15)
【出願人】(390006323)ポリプラスチックス株式会社 (302)
【Fターム(参考)】