説明

ステンレス鋼の溶製方法

【課題】 作業性に優れるとともに有価金属の損失を抑えることができ、また簡単に加工性を向上できるステンレス鋼の溶製方法を提供する。
【解決手段】 電気炉で原料を溶解してステンレス溶銑を生成し(a1)、ステンレス溶銑を転炉へ出鋼後造滓材を投入して粗精錬および成分調整する(a2〜a5)。転炉で生成されるスラグとステンレス溶鋼とを取鍋へ出鋼し、VODでスラグが存する状態のまま減圧下でステンレス溶鋼に酸素ガスを吹き込んで脱炭精錬する(a6,a7)。脱炭後、スラグ層の上からFeSiを投入してスラグ中のCrを還元回収するとともにステンレス溶鋼を脱酸する(a8)。脱酸後、大気圧下でAlワイヤをステンレス溶鋼中へ装入し、ステンレス鋼中の非金属介在物をC系介在物のみにする(a9,a10)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼の溶製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は、耐食性および表面性状に優れることから台所用製品や電気製品などの外板材として多用されており、特にこれらの用途に用いられる場合には種々の形状に加工されるので、加工性にも優れることが求められる。
【0003】
ステンレス鋼の生産工程は、多種多用であり、必ずしも一通りの工程に限定することはできないが、一般的には、溶製、鋳造、熱間圧延、冷間圧延、熱処理などの工程を含む。
【0004】
溶製工程では、溶鋼中に金属の硫化物や酸化物などの非金属介在物が生成されることがある。この非金属介在物は、溶製以降の後工程を経るに従ってその形状を変化させることがあっても、ほとんど消失することなく最終成品までもたらされる。
【0005】
非金属介在物は、その形状で区別すると、A系介在物と、B系介在物と、C系介在物とがある。ここで、A、BおよびC系介在物とは、それぞれ日本工業規格G0555−1956に規定されるものである。すなわち、A系介在物は、加工方向に細長く連続した状態で延伸した介在物であり、B系介在物は、加工方向に集団化して不連続的に粒状の介在物が並んだものであり、C系介在物は、鋼中に独立して不規則に分散する粒状酸化物等の介在物である。なお、日本工業規格を以後JISと略記する。
【0006】
加工方向に細長く連続した状態で延伸したA系介在物は、粒状で不規則に分散するC系介在物に比べてステンレス鋼の加工性を悪くするとされている(たとえば、特許文献1参照)。そこで、たとえば上記特許文献1では、フェライト系ステンレス鋼において、SおよびOをそれぞれ0.005重量%以下および50ppm以下に規制し、最終精錬段階の溶鋼成分調整時に、TiまたはTi含有物を添加することによってA系介在物をC系介在物に置換し、加工性を改善することを開示する。
【0007】
しかしながら、特許文献1に開示される方法では、高価なTi原料を使用しなければならず、またSおよびOを低く制限するためにフラックス原単位が増加するとともに精錬時間が長くなって生産効率が低下するという問題がある。
【0008】
また、特許文献1では、Tiが実質添加されていない場合に、Alを添加することによって、非金属介在物をC系介在物にできることが示される。しかし、溶鋼に対してAlを有効に作用させるためには、最終精錬段階よりも前の工程で生成されるスラグを除滓しなければならないので、スラグ中に酸化物の形で存在する有価金属が無駄になるとともに、除滓のための時間を要し作業性が悪くなるという問題がある。
【0009】
ステンレス鋼の加工性を改善するために介在物を制御する他の先行技術として、ステンレス鋼の精錬炉において、還元精錬した後のスラグ組成を規制し、その後適量のAlを添加することによって、高融点かつ硬質の介在物を生成させ、熱間圧延後の溶体化処理での再結晶を促進してステンレス鋼の加工性を改善するというものがある(特許文献2参照)。この特許文献2に開示される技術は、高融点かつ硬質のAlまたはAlを含むスピネルを生成させることによって鋳造後の加工における介在物の変形および微細化を抑制し、加工後の溶体化処理時に介在物が再結晶の障壁にならないようにして結晶粒の粗大化を促進するものである。
【0010】
しかしながら、特許文献2に開示される技術では、還元精錬後のスラグを、塩基度が1.5≦(CaO)/(SiO2)≦2.0になるようにし、かつスラグ中のAlおよびMgOの含有量をそれぞれ5≦(Al)≦15と、8≦(MgO)≦15とになるように規制しなければならない。したがって、この範囲に収めるための調整用フラックス原単位が増加するという問題があり、またスラグ組成を上記規制範囲に収める調整が煩雑であり作業性を低下させるという問題がある。
【特許文献1】特許第3101411号公報
【特許文献2】特開2000−129402号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、作業性に優れるとともに有価金属の損失を抑えることができ、また簡単に加工性を向上することができるステンレス鋼の溶製方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明のステンレス鋼の溶製方法は、前記目的を達成するため、原料を溶解して生成するステンレス溶銑を粗精錬および成分調整してステンレス溶鋼とし、該ステンレス溶鋼を鋳造へ供する前にさらに精錬する最終精錬工程を含み、最終精錬工程では、最終精錬工程よりも前の工程で生成されるスラグを除滓することなく該スラグが存する状態でステンレス溶鋼に酸化性ガスを吹き込んで脱炭精錬し、脱炭後スラグ層の上から金属SiまたはSi合金を投入して脱酸し、脱酸後スラグ層を通して線状または棒状の金属AlまたはAl合金をステンレス溶鋼中へ装入することを特徴とする。
【0013】
また上記発明のステンレス鋼の溶製方法において、最終精錬に際し、ステンレス溶鋼とともに精錬に供するスラグの量をステンレス溶鋼1トン当たり10kg以上にすることが好ましく、脱酸後にステンレス溶鋼中へ装入する金属AlまたはAl合金の量をステンレス溶鋼1トン当たりAl純分で0.2kg以上、3.0kg以下にすることが好ましい。また、金属AlまたはAl合金を装入する工程におけるステンレス溶鋼のCr含有量を、10重量%以上にすることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明のステンレス鋼の溶製方法によれば、最終精錬工程よりも前の工程で生成されるスラグを除滓することなくステンレス溶鋼とともに最終脱炭精錬するので、除滓の手間がなく作業性に優れる。また脱炭後にスラグ層の上から金属SiまたはSi合金を投入するので、スラグ中の有価金属酸化物をSiで還元して回収することができ、またステンレス溶鋼まで達するSiによってステンレス溶鋼を脱酸することができる。好ましくはステンレス溶鋼とともに最終精錬に供するスラグの量をステンレス溶鋼1トン当たり10kg以上にする。このことによって、有価金属である特にCrを無駄なく回収することができる。またSiで脱酸することによってSiを余剰に還元することがないのでステンレス溶鋼のSi含有量の調整が容易になる。
【0015】
さらに、脱酸後にスラグ層を通して線状または棒状の金属AlまたはAl合金をステンレス溶鋼中へ装入するので、Alをスラグとほとんど反応させることなくステンレス溶鋼中へ容易に装入することができる。このような簡単な操作でステンレス溶鋼にAlを有効に作用させてステンレス鋼中の非金属介在物をC系介在物のみにすることができるので、ステンレス鋼の加工性を向上することができる。この金属AlまたはAl合金を装入する工程におけるCr含有量を10重量%以上にすることによって、耐食性と加工性とを満たすステンレス鋼を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
図1は、本発明のステンレス鋼の溶製方法を実施するための概略的な製造工程の例を示す。
【0017】
最初の工程a1では、たとえば電気炉でスクラップその他の原料を溶解してステンレス溶銑を生成する。ステンレス溶銑をたとえば転炉で粗精錬および成分調整するために、工程a2で電気炉から転炉へ出鋼する。工程a3では、転炉の内壁および炉底を構成する耐火物を保護するために、造滓材であるCaOを投入する。
【0018】
工程a4では、転炉でステンレス溶銑の粗精錬を行う。転炉における粗精錬は、主として酸素吹錬してC濃度を数重量%から1重量%未満まで低下させる粗脱炭である。この粗脱炭によってステンレス溶銑のC濃度を低下させてステンレス溶鋼とする。この粗精錬の工程において先に投入したCaOが溶融してスラグとなり、ステンレス溶銑中のCrおよびSiが酸化されてスラグ中へ移行する。
【0019】
ここで、粗精錬の工程において転炉で生成されるスラグ量について説明する。酸素吹錬前にステンレス溶銑中に含有されるSi量の設定値を0.20重量%とし、このSiが酸素吹錬によって全量酸化されてスラグ中へ移行すると想定する。
【0020】
酸素吹錬によってSiが酸化して生成されるSiOのステンレス溶銑1トン当たりの量は、式(1)で求められる。なお、下記式(1)で項(60/28)は、SiからSiOへの質量増を分子量から算出するものである。
1000×0.2÷100×(60/28)=4.29[kg]・・・(1)
【0021】
耐火物の保護を目的としてスラグの塩基度:(CaO)/(SiO)が1.5以上となるようにスラグ設計すると、造滓材として用いるCaOの最少量は、式(2)で求められる。
5×4.29=6.44[kg]・・・(2)
【0022】
したがって、ステンレス溶銑1トン当たり生成されるスラグの量は、上記式(1)と式(2)とから得られる(SiO)量と(CaO)量とを足して10.7kg/トンとなる。なお、酸素吹錬を通じてステンレス溶銑中のCrも一部が酸化されてスラグ中へ移行するので、生成されるスラグの量は実際には10.7kg/トンを超える。
【0023】
工程a5では、ステンレス鋼の主成分であるCrおよびその他の成分の調整を行う。転炉で粗精錬および成分調整したステンレス溶鋼を、鋳造へ供する前に最終精錬工程でさらに精錬する。最終精錬工程の精錬手段としては、特に限定されるものではないが、たとえば真空脱炭法またはアルゴン−酸素脱炭法などを用いることができる。ここでは、真空脱炭法で最終精錬する場合について例示し、真空脱炭法をVOD、またVODに用いる装置をVOD装置と略称する。
【0024】
工程a6では、転炉で粗精錬および成分調整したステンレス溶鋼を、転炉で生成されたスラグとともに取鍋へ出鋼する。本発明では、最終精錬工程よりも前の工程で生成されるスラグを除滓することなくステンレス溶鋼とともに最終精錬工程に供することを一つの特徴とする。
【0025】
上記のように、スラグ中には酸化された有価金属特にCrが含まれているので、除滓するとスラグ中のCrが無駄に失われる。しかし、本発明のように最終精錬以降の工程にまでスラグを持ち込むことによって、後述するようにCrを還元してステンレス溶鋼中に回収し有効利用することができる。また、除滓しないので、除滓に要する時間を無駄に費やすことがなくなり作業性を向上することができる。
【0026】
転炉から取鍋に移すスラグの量は、Crの損失をできる限り抑えるために転炉で生成されたスラグの全量であることが好ましい。ここで、スラグの全量とは、炉壁等に付着して残留する若干量を除いて、実質的に取鍋へ移すことができる全量の意味である。
【0027】
具体的には、上記のように転炉ではステンレス溶鋼1トン当たり少なくとも10.7kgのスラグが生成されるので、そのうち10kg/トン以上のスラグを取鍋に移すことができれば、実質的にほぼ全量を移すことができたと考えてよい。したがって、具体的なスラグ量としては10kg/トン以上をステンレス溶鋼とともに最終精錬工程へ供することが好ましい。このことによって、スラグ中で酸化物として存在するCrの損失を抑えることができる。
【0028】
ステンレス溶鋼とスラグとを出鋼した取鍋をVOD装置へ搬入し、工程a7ではVOD装置にて最終精錬を行う。VODでの最終精錬工程では、上記取鍋を収容したVOD装置内を減圧雰囲気とし、転炉で生成されたスラグが存する状態でステンレス溶鋼に酸化性ガスたとえば酸素ガスを吹き込んで脱炭精錬する。このことによって、ステンレス溶鋼中のC濃度を、ステンレス鋼成品としての目標C濃度まで低下させる。
【0029】
この脱炭精錬の後、工程a8でVOD装置内を減圧雰囲気にしたままスラグ層の上から金属SiまたはSi合金を投入して脱酸する。このSiで脱酸することは、本発明の特徴の一つである。投入したSiは、スラグ層の中でCr酸化物を還元する。還元されたCrはステンレス溶鋼中に回収されてステンレス鋼の主成分として有効利用される。一方、脱酸材であるSiはスラグ中のSiOを還元しないので、この脱酸のときに添加するSi量としては、スラグ中のCr酸化物を還元するための量、ステンレス溶鋼を脱酸するための量およびステンレス鋼成分としてステンレス溶鋼中に含有されるべき量を考慮するだけでよい。すなわち、スラグ中から還元されるSi量を考慮する必要がないので、ステンレス鋼中のSi含有量の調整を容易にすることができる。なお、このVODでの工程では、必要に応じて合金元素を添加して成分の微調整を行うこともある。
【0030】
脱酸後、工程a9でVOD装置を大気開放し、工程a10では大気圧下でスラグ層を通して線状または棒状の金属AlまたはAl合金をステンレス溶鋼中へ装入する。このステンレス溶鋼中への線状または棒状の金属AlまたはAl合金の装入が、本発明の最も特徴とするところである。ここでは、線状のAl合金からなるワイヤを装入する場合について例示する。
【0031】
図2は、ワイヤ供給装置1を用いてステンレス溶鋼7中へAlワイヤ2を装入する状態を示す。ワイヤ供給装置1は、Alワイヤ2をコイル状に巻いたワイヤリール3と、ワイヤフィーダ4と、ガイドパイプ5とを含んで構成される。
【0032】
ワイヤフィーダ4は、ワイヤリール3から巻き戻されるAlワイヤ2を取鍋6内のステンレス溶鋼7へ装入するべく送給する装置である。ガイドパイプ5は、Alワイヤ2をステンレス溶鋼7へ装入するときにワイヤフィーダ4と取鍋6との間に位置するように設けられる管であり、その内部にAlワイヤ2を挿通させることによって、ワイヤフィーダ4で送給されるAlワイヤ2をスラグ層8の上方位置まで案内する。ワイヤフィーダ4でAlワイヤ2を送給し、ガイドパイプ5でスラグ層8の上方まで案内し、さらなる送給によってAlワイヤ2をスラグ層8を通してステンレス溶鋼7中へ装入する。
【0033】
たとえば塊状のAlをステンレス溶鋼7の上に形成されるスラグ層8の上から投入すると塊状のAlはスラグと反応してしまい、ステンレス溶鋼7に対してAlを有効に作用させることができない。しかし、本発明のようにAlワイヤ2を装入することによって、スラグ層8の中をスラグとほとんど反応させることなく通過させ、ステンレス溶鋼7へ容易に到達させることが可能になる。このことによって、Alワイヤ2に含まれるAlは、ステンレス溶鋼7と反応し、鋼中の非金属介在物をA系介在物からC系介在物へと置換する。このように簡単な操作でステンレス鋼中の非金属介在物をC系介在物のみにすることができるので、ステンレス鋼の加工性を向上することができる。
【0034】
ステンレス溶鋼7中にAlを装入することによってC系介在物のみとなる理由は次のように考えられる。装入したAlがステンレス溶鋼中の酸素と反応してAlを含むスピネル構造の非金属介在物を形成し、そのスピネル構造の非金属介在物を形成する際にA系介在物を形成し易い金属成分を取り込むので、A系介在物が形成されなくなりC系介在物のみの構成になると推察される。
【0035】
本発明において、ステンレス溶鋼7中へ装入されるAlワイヤ2の好ましい量は、ステンレス溶鋼1トン当たりAl純分で0.2kg以上、3.0kg以下である。このステンレス溶鋼1トン当たりのAl純分のことをAl原単位と呼ぶ。ステンレス鋼中の非金属介在物をC系介在物のみにしてステンレス鋼の加工性を充分に改善するには、Al原単位を0.2kg/トン以上にすることが好ましい。
【0036】
一方、Al原単位の上限については、加工性改善の観点からは特に限定されるものではない。しかしながら、多量にAlを装入するとその一部がスラグと反応するようになり、Alがスラグ中のSiOを還元し、還元されたSiがステンレス溶鋼7中へ回収されてステンレス溶鋼7のSi濃度を上昇させるので、ステンレス鋼のSi含有量の調整が難しくなる。
【0037】
図3は、Al原単位とステンレス溶鋼のSi濃度上昇との関係を示す。図3からステンレス溶鋼に装入されるAl原単位の増加に伴ってステンレス溶鋼のSi濃度上昇の程度が大きくなることが判る。ステンレス鋼のSi含有量を的中し易くするために、還元回収によるSi濃度上昇の許容値を0.2重量%以下に設定すると、図3においてSi濃度を0.2重量%上昇させるのに要するAl原単位が3.0kg/トンに対応する。したがって、3.0kg/トンをAl原単位の好ましい上限値とする。
【0038】
このAl原単位は以下のようにして求めることができる。Alワイヤ2の密度、Alワイヤ2中に含まれるAl濃度、Alワイヤ2の直径、送給速度および送給時間からAl純分の総装入量を算出することができる。このAl純分の総装入量をステンレス溶鋼7の量で除算することによってAl原単位を求めることができる。
【0039】
Alワイヤ2として用いられる素材は、特に限定されるものではないが、ステンレス溶鋼7中へ混入される不純物を低く抑えるためにはある程度高いAl純度のものが好ましい。たとえば、JIS H4040−2006に規定されるAlおよびAl合金の棒や線などが好適に用いられる。
【0040】
Alワイヤ2が装入されてステンレス溶鋼7中の非金属介在物の形状制御が行われることによって、本発明のステンレス鋼の溶製方法が終了し、その後ステンレス溶鋼7を鋳造工程へ送る。
【0041】
本発明の溶製方法が好適に用いられるステンレス鋼のCr含有量すなわち金属AlまたはAl合金が装入される工程a10におけるステンレス溶鋼のCr含有量を、10重量%以上にすることが好ましい。
【0042】
ステンレス鋼の基本的な性質である耐食性を満たすためには、Crを10重量%以上含有させることが有効である。本発明の溶製方法を適用して加工性を向上するとともにCrを10重量%以上含有することによって耐食性も備えるステンレス鋼にすることができる。Cr含有量の上限は、特に限定されるものではないが製造性や実用性の観点からは30重量%程度に設定される。
【0043】
本発明の溶製方法は、たとえばマルテンサイト系ステンレス鋼、フェライト系ステンレス鋼、CrとともにNiを含むオーステナイト系ステンレス鋼、オーステナイト相とフェライト相との2相からなる複相ステンレス鋼などのCrを10重量%以上含有するステンレス鋼全般に適用することができる。中でも、マルテンサイト系ステンレス鋼やフェライト系ステンレス鋼などのいわゆるCr系のステンレス鋼においてその効果を顕著に発揮することができる。
【0044】
(実施例)
以下本発明の実施例について説明する。本実施例では、ステンレス鋼成品のCr濃度が14重量%になるように溶製した場合について例示する。電気炉でスクラップその他原料を溶解してステンレス溶銑を生成した。後工程で装入するAl原単位を種々に変化させるために計7チャージのステンレス溶銑を生成した。1チャージのステンレス溶銑の量は約75トンである。7チャージのステンレス溶銑の化学組成範囲を併せて表1に示す。
【0045】
【表1】

【0046】
次に、各チャージのステンレス溶銑を転炉にて粗精錬するとともに成分調整した。なお転炉では、粗精錬および成分調整する前に、塩基度:(CaO)/(SiO)の目標値を1.8として、造滓材であるCaOを添加した。転炉での粗精錬は、主として酸素吹錬による粗脱炭であり、ステンレス溶銑のC濃度を0.05〜0.30重量%まで低下させてステンレス溶鋼とした。CaOは、この粗精錬を通じて溶融し、ステンレス溶銑中のSiが酸化されて生成されるSiOおよびCrが酸化されて生成されるCr酸化物とともにスラグを生成した。また転炉では、Cr濃度が12〜17重量%となるように成分調整した。
【0047】
粗精錬と成分調整とを行った後、脱酸をすることなくステンレス溶鋼と生成されたスラグとをともに転炉から取鍋へと出鋼した。このときステンレス溶鋼とともに取鍋へ出鋼したスラグの量は、電気炉で溶解して生成したステンレス溶銑の量と、取鍋へ出鋼したステンレス溶鋼およびスラグの総量とから計算したところ各チャージにおいてステンレス溶鋼1トン当たり10kg以上であった。
【0048】
ステンレス溶鋼とスラグとが入った取鍋をVOD装置へ収容し、VOD装置内を減圧雰囲気にした後、スラグが存する状態でステンレス溶鋼に酸素ガスを吹き込んで脱炭精錬した。この脱炭精錬は、ステンレス鋼成品の目標C濃度である0.03重量%以下になるまで行った。
【0049】
脱炭精錬後、減圧雰囲気の状態でスラグ層の上からFeSi合金を投入した。FeSi合金中のSiによって、転炉における粗精錬とVODでの脱炭精錬とを通じて生成されたスラグ中のCr酸化物を還元して有価金属であるCrをステンレス溶鋼中に回収し、また転炉における粗精錬とVODでの脱炭精錬とを通じて酸素濃度が高くなっていたステンレス溶鋼の脱酸を行った。
【0050】
このSi脱酸によってスラグ中の有価金属が還元回収されるので、スラグ組成が変化し塩基度:(CaO)/(SiO)が1.4程度に低下する。
【0051】
なお、脱炭精錬およびSi脱酸後に各チャージからスラグを採取して組成分析したところ、(MgO)は8重量%未満であり、また(Al)は5重量%未満であった。
【0052】
Si脱酸後にVOD装置を大気開放し、大気圧下で先の図1に示すワイヤ供給装置1を用いて、スラグ層を通してAlワイヤをステンレス溶鋼へ装入した。7チャージのうち、1チャージについては全くAlワイヤを装入せず、残りの6チャージについてはAl原単位を0.1〜5.0kg/トンの範囲に変化させてAlワイヤを装入した。
【0053】
本実施例で使用したAlワイヤは、JIS H4040−2006に規定される合金番号1070の直径:8.98mmの線であり、そのAl純度は99.80重量%であった。Alワイヤをステンレス溶鋼に装入する際の送給速度は、150〜250m/minの間でチャージごとに適宜選定した。
【0054】
前述したようにAl原単位の調整は、Alワイヤの密度、Alワイヤの直径、AlワイヤのAl純度、送給速度および送給時間とからAl純分の総装入量を求め、これをステンレス溶鋼の量で除算して得られる値が、0.1〜5.0kg/トンの範囲で予め選定した所定の値になるようにして行った。
【0055】
Alワイヤを装入した後、ステンレス溶鋼を鋳造してスラブに成形した。スラブを熱間圧延し、さらに冷間圧延して厚さ:2.0mmまで加工した。圧延されたステンレス鋼板を、さらに焼鈍および酸洗して最終成品に仕上げた。各チャージから製造されたステンレス鋼板の化学組成をAl原単位とともに表2に示す。各チャージの表2に示す成分を除く残部は、Feおよび不可避的不純物である。なお、各チャージには便宜上S1〜S7の供試番号を付した。以後、各チャージを供試番号で呼ぶ。
【0056】
【表2】

【0057】
S1〜S7のそれぞれについて製造したステンレス鋼板から非金属介在物の清浄度測定用の試験片を切り出し、試験片の断面を研磨して測定に供した。清浄度の測定は、JIS G0555−1956に基づき、A系B系C系のそれぞれに分類して非金属介在物の清浄度を測定した。各チャージについて清浄度を測定した結果をAl原単位とともに表3に示す。
【0058】
S1〜S7のいずれにおいてもB系介在物は検出されなかった。S1およびS2においてはA系およびC系両方の介在物が検出され、S3〜S7においてはC系の介在物のみが検出された。Al原単位を0.2kg/トン以上にすることによって、非金属介在物はC系介在物のみになることが判る。
【0059】
次にS1〜S7のそれぞれについて製造したステンレス鋼板から曲げ試験用の試験片を採取し、JIS Z2248−1996に準じて密着曲げ試験を行った。その結果、非金属介在物がC系介在物のみであるS3〜S7では、亀裂や割れが全く発生しなかった。一方、非金属介在物がA系およびC系介在物を含むS1およびS2では、微細な亀裂が発生した。このことから、ステンレス鋼中の非金属介在物をC系介在物のみにすることによって、ステンレス鋼の加工性を向上できることが判る。
【0060】
【表3】

【0061】
ステンレス溶鋼中に装入するAl原単位を0.2kg/トン以上にすることによって非金属介在物がC系介在物のみになるので、加工性の観点からはAl原単位が多くても特に問題がない。しかし、Al原単位が3.0kg/トンを超えると、前述のようにスラグからSiが過剰に還元されてステンレス溶鋼中に回収され、Si含有量の的中が難しくなるので、Al原単位を3.0kg/トン以下にすることが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明のステンレス鋼の溶製方法を実施するための概略的な製造工程の例を示す。
【図2】ワイヤ供給装置1を用いてステンレス溶鋼7中へAlワイヤ2を装入する状態を示す。
【図3】Al原単位とステンレス溶鋼のSi濃度上昇との関係を示す。
【符号の説明】
【0063】
1 ワイヤ供給装置
2 Alワイヤ
3 ワイヤリール
4 ワイヤフィーダ
5 ガイドパイプ
6 取鍋
7 ステンレス溶鋼
8 スラグ層


【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料を溶解して生成するステンレス溶銑を粗精錬および成分調整してステンレス溶鋼とし、該ステンレス溶鋼を鋳造へ供する前にさらに精錬する最終精錬工程を含むステンレス鋼の溶製方法であって、
最終精錬工程では、最終精錬工程よりも前の工程で生成されるスラグを除滓することなく該スラグが存する状態でステンレス溶鋼に酸化性ガスを吹き込んで脱炭精錬し、
脱炭後スラグ層の上から金属シリコンまたはシリコン合金を投入して脱酸し、
脱酸後スラグ層を通して線状または棒状の金属アルミニウムまたはアルミニウム合金をステンレス溶鋼中へ装入することを特徴とするステンレス鋼の溶製方法。
【請求項2】
最終精錬に際し、ステンレス溶鋼とともに精錬に供するスラグの量を、ステンレス溶鋼1トン当たり10kg以上にすることを特徴とする請求項1記載のステンレス鋼の溶製方法。
【請求項3】
ステンレス溶鋼中へ装入する金属アルミニウムまたはアルミニウム合金の量を、ステンレス溶鋼1トン当たりアルミニウム純分で0.2kg以上、3.0kg以下にすることを特徴とする請求項1または2記載のステンレス鋼の溶製方法。
【請求項4】
金属アルミニウムまたはアルミニウム合金を装入する工程におけるステンレス溶鋼のクロム含有量を、10重量%以上にすることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つに記載のステンレス鋼の溶製方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−156730(P2008−156730A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−349105(P2006−349105)
【出願日】平成18年12月26日(2006.12.26)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】