説明

スラストころ軸受

【課題】保持器7aと第一、第二のレース8b、9bとを非分離とする構造が容易に得られ、第一、第二の折り立て壁13b、14bとこの保持器7aの内外両周縁部とが接触した場合でも、これら保持器7或は第一、第二の折り立て壁13b、14bの損傷を低減できる構造を実現する。
【解決手段】上記保持器7aの内外両周縁部と上記第一、第二の折り立て壁13b、14bとを近接させる。又、この保持器7aの内外両周縁と第一、第二の係止部15、16とを、それぞれ係合させる。又、この保持器7aを合成樹脂製とする。これらの構成により、上記課題を解決できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明に係るスラストころ軸受(スラストニードル軸受を含む)は、自動車のトランスミッションを構成するトルクコンバータの、インペラ或はタービンとステータとの間に組み付けた状態で利用する。
【背景技術】
【0002】
自動車のトランスミッションを構成するトルクコンバータとして、例えば、特許文献1、2に示す様な構造が知られている。図4は、この様なトルクコンバータの一般的な構造を示している。図4に示すトルクコンバータ1は、インペラ2と、タービン3と、ステータ4とを備える。このうちのインペラ2は、エンジンの出力軸と接続される。又、上記タービン3は、トランスミッションの入力軸に接続される。又、上記ステータ4は、これらタービン3とインペラ2との間に、ハウジングに固定されたステータシャフトに一方向クラッチを介して支持されている。又、上記インペラ2及びタービン3の内径側側面と、上記ステータ4の内径側両側面との間には、それぞれスラストころ軸受5、5を設けている。
【0003】
上述の様に構成される上記トルクコンバータ1の使用時には、上記エンジンの出力軸の回転により上記インペラ2が回転する。このインペラ2の回転力は、このインペラ2及び上記タービン3が存在する空間内に充填した作動油(ATF)を介して、このタービン3に伝達される。このタービン3から上記インペラ2への作動油の流れは、上記ステータ4により調整され、このインペラ2に順方向の回転力を付与する。この結果、上記タービン3への伝達トルクが増幅される。この様にしてタービン3に伝達されたトルクは、上記トランスミッションに伝達される。又、この様に、インペラ2とタービン3との間で作動油が還流する為、これらインペラ2及びタービン3と上記ステータ4との間にスラスト荷重が加わる。このスラスト荷重は、上記スラストころ軸受5、5により支承される。
【0004】
上述の様に、トルクコンバータに組み込まれ、インペラ2或はタービン3とステータ4との間に作用するスラスト荷重を支承するスラストころ軸受5として、例えば、特許文献3に記載された構造のものがある。図5は、この様なスラストころ軸受の1例として、特許文献3に記載されたものを示している。スラストころ軸受5は、放射方向に配列された複数のころ6(ニードルを含む)と、このころ6を保持する保持器7と、これら各ころ6を両側から挟持する第一、第二のレース8、9とから成る。このうちの保持器7は、それぞれが、鋼板等の金属板にプレス加工等の塑性加工を施す事により、断面コ字形で全体を円輪状に造られた第一、第二両保持器素子10、11を最中状に組み合わせて成り、上記ころ6と同数のポケット12を、放射状に配列して成る。
【0005】
又、上記第一、第二のレース8、9は、それぞれが十分な硬度を有する金属板により円輪状に造られている。一般的に内輪と呼ばれ、図5の左方に存在する、第一のレース8の内周縁には、短円筒状の第一の折り立て壁13を形成している。又、一般的に外輪と呼ばれ、図5の右方に存在する、第二のレース9の外周縁には、短円筒状の第二の折り立て壁14を形成している。又、このうちの第一の折り立て壁13の先端部複数個所を径方向外方に折り曲げる事により、第一の係止部15を形成している。又、上記第二の折り立て壁14の先端部複数個所を径方向内方に折り曲げる事により、第二の係止部16を形成している。そして、上記各第一の係止部15と上記保持器7の内周縁とを、及び、上記各第二の係止部16とこの保持器7の外周縁とを、それぞれ互いに係合させて、上記スラストころ軸受5の構成部品同士を互いに不離に結合している。
【0006】
上述の様に構成されるスラストころ軸受5は、例えば図5に示す様に、上記外輪と呼ばれる第二のレース9の外周縁に形成した第二の折り立て壁14を、インペラ2或はタービン3(図4参照)の内径側部分を構成するケーシング17に形成した円形凹部である保持部18に内嵌した状態で、スラスト荷重が発生する回転部分に装着する。この状態で上記第二のレース9の右面は上記保持部18の奥面19に当接し、第一のレース8の左面は相手部材であるステータ4(図4参照)の内径側部分の端面20に当接する。この結果、このステータ4が上記インペラ2或はタービン3に対し回転自在に支持されると共に、これら各部材4、2或は3同士の間に作用するスラスト荷重が支承される。
【0007】
この様に、ステータ4とインペラ2或はタービン3との間に作用するスラスト荷重を、スラストころ軸受5により支承しているが、トルクコンバータ1の使用時には、これらステータ4とインペラ2或はタービン3とが、互いに偏心する場合がある。この為に、これら各部材4、2或は3同士の間に配置するスラストころ軸受として、レースに折り立て壁及び係止部を設けず、レースと保持器とを分離可能とする構造が、従来から知られている。即ち、上記ステータ4とインペラ2或はタービン3との偏心に伴い、これら両部材4、2或は3同士の間に配置したスラストころ軸受の両レース同士も偏心する。この為、前述の図5に示した様に、第一、第二のレース8、9にそれぞれ、第一、第二の折り立て壁13、14を設けた場合、これら第一、第二のレース8、9同士の偏心により、円周方向の一部で、上記第一、第二の折り立て壁13、14が互いに近づく。そして、保持器7の一部がこれら第一、第二の折り立て壁13、14に挟み込まれ、この保持器7の内周縁部及び外周縁部が、これら第一の折り立て壁13の外周面及び第二の折り立て壁14の内周面と強く接触する可能性がある。
【0008】
上記保持器7は、前述した様に金属製であり、上記第一、第二のレース8、9も金属製である為、上述の様に、保持器7の外周縁部及び内周縁部と第一、第二の折り立て壁13、14とが接触した場合、この接触部で摩耗が生じ易い。そして、金属の摩耗粉が軸受内部に入り込み、レース面或はころ6の転動面に早期剥離等の損傷が生じて軸受寿命が低下する可能性がある。又、上記第一の折り立て壁13の外周面或は第二の折り立て壁14の内周面、或は、上記保持器7の内周縁部或は外周縁部で、摩耗進行により硬化層が摩滅し、破損、焼き付き等が生じる可能性もある。これに対して、スラストころ軸受として、上記第一、第二の折り立て壁13、14を設けないで、レースと保持器とを分離可能とすれば、この様な問題が生じる事はない。但し、この様な分離可能な構造の場合、スラストころ軸受をトルクコンバータの所定位置に組み付ける際に、このスラストころ軸受を一体として扱えないので、組み付けにくいと言う問題がある。
【0009】
この様な事情に鑑み、図6に示す様に、スラストころ軸受5aとして、第一、第二の折り立て壁13a、14aと保持器7の内周縁部或は外周縁部との隙間を大きくする構造が考えられる。尚、図示の例では、第一の折り立て壁13aと上記保持器7の内周縁部とは近接させて、この保持器7の径方向の位置決めを図り、第二の折り立て壁14aとこの保持器7の外周縁部との隙間を大きくしている。勿論、第二の折り立て壁14aと保持器7の外周縁部とを近接させて、第一の折り立て壁13aと保持器7の内周縁部との隙間を大きくする場合もある。以下の説明では、第二の折り立て壁14aと保持器7の外周縁部との隙間が大きい構造に就いて述べるが、第一の折り立て壁13aと保持器7の内周縁部との隙間が大きい構造に就いても、同様に考えられる。
【0010】
上述した構造の場合には、ステータ4とインペラ2或はタービン3との偏心量を考慮して、第二の折り立て壁14aと保持器7の外周縁部との間の隙間を大きくする必要がある。又、これと共に、この保持器7と第一、第二のレース8a、9aとを非分離にする為には、上記第二の折り立て壁14aの先端部に形成する第二の係止部(図示の例では省略)を径方向内方に突出させる量も、大きくする必要がある。上記第一、第二のレース8a、9aは硬質金属製である為、この様に、各第二の係止部の突出量を大きくする事は困難である。又、後述する図9に示す様に、第二のレース9Aの剛性を高める為に、この第二のレース9Aの肉厚を大きくした場合には、第二の折り立て壁14aの先端部に形成する第二の係止部16(図5参照)がより形成しにくくなる為、この第二の係止部16の突出量を十分に確保できなかったり、この第二の係止部16の形状が崩れ易い等の問題が生じる可能性がある。
【0011】
又、スラストころ軸受5aを組み込める空間は限られている為、上記第二の折り立て壁14aと上記保持器7の外周縁部との隙間を十分に大きくする事は難しい。即ち、上記スラストころ軸受5aを組み込む空間が大きくなれば、トルクコンバータ1(図4参照)が大型化する為、この空間をそれ程大きくする事はできない。一方、上記隙間は、第一、第二のレース8a、9a同士の偏心量よりも大きくする必要があるが、この様に、上記スラストころ軸受5aを組み込む空間をそれ程大きくできない為、上記隙間を十分に確保できない可能性がある。そして、この隙間の大きさが十分でなければ、やはり、上記保持器7が上記第一、第二の折り立て壁13a、14aに挟み込まれ、この保持器7の内周縁部及び外周縁部と、これら第一の折り立て壁13aの外周面及び第二の折り立て壁14aの内周面とが強く接触する可能性がある。
【0012】
具体的に説明すると、トルクコンバータ1は、動力が伝達される状態と伝達されない状態とを繰り返すものである。そして、動力が伝達されない無負荷状態では、上記ステータ4と上記インペラ2或はタービン3との間にはスラスト荷重が生じない。この場合、例えば、図7に示す様に、ステータ4側の第一のレース8aが自重により、上記インペラ2或はタービン3側の第二のレース9aに対して下方に偏心する。又、保持器7も自重により下方に偏心する。この際、上記第一のレース8aの上記第二のレース9aに対する偏心可能な量よりも、上記第二の折り立て壁14aと上記保持器7の外周縁部との隙間(厳密には第一の折り立て壁13aと保持器7の内周縁部との隙間を加えた隙間)が小さいと、この保持器7の外周縁部が上記第二の折り立て壁14aの内周面と当接するまで、この保持器7が下方に変位する。
【0013】
即ち、上記第一のレース8aが上記隙間よりも小さい量で上記第二のレース9aに対して偏心した場合には、上記保持器7が下方に変位しても、この保持器7の内周縁部が上記第一の折り立て壁13aの外周面に当接し、この保持器7がそれ以上下方に変位する事が阻止される。この為、この保持器7の外周縁部が上記第二の折り立て壁14aの内周面に当接する事はない。これに対して、上記第一のレース8aが上記隙間よりも大きい量で偏心する傾向となった場合には、上記保持器7の下方への変位は、この保持器7の外周縁部が上記第二の折り立て壁14aの内周面と当接するまで規制されない。又、上記第一のレース8aは、第一の折り立て壁13aが上記保持器7の内周縁部と当接するまで下方に変位する。この結果、この保持器7の一部(図7の下部)が上記第一の折り立て壁13aの内周面と上記第二の折り立て壁14aの外周面との間に挟持される。
【0014】
この状態で上記トルクコンバータ1に動力が伝達され、上記ステータ4と上記インペラ2或はタービン3との間にスラスト荷重が生じると、図8、9に示す様に、保持器7の一部{図8の下部、図9(B)}を第一、第二の折り立て壁13a、14aに挟み込んだ状態で、上記第一、第二のレース8a、9a(9A)が相対回転しようとする。この際、上記保持器7は、上記第一、第二の折り立て壁13a、14aから大きな圧縮力を受ける場合がある。即ち、上記第一、第二のレース8a、9a(9A)の相対回転時に、これら第一、第二のレース8a、9a(9A)同士が更に偏心(図示の例では、第一のレース8aが下方に偏心)する傾向となる場合があり、この場合には、上記保持器7が上記第一、第二の折り立て壁13a、14aの間で圧縮される。そして、この保持器7が圧縮力により塑性変形する可能性がある。
【0015】
又、上記保持器7が上記第一、第二の折り立て壁13a、14aに挟まれた状態で、上記第一、第二のレース8a、9a(9A)が相対回転すると、この保持器7の内周縁部と上記第一の折り立て壁13aの外周面とが、この保持器7の外周縁部と上記第二の折り立て壁14aの内周面とが、それぞれ強く接触した状態で擦れ合う。この場合には、上記第一、第二の折り立て壁13a、14aの外周面或は内周面、若しくは、この保持器7の内周縁部或は外周縁部で摩耗が増大する。又、図8からも明らかな様に、上記保持器7が上記第一、第二のレース8a、9a(9A)に対して偏心している為、これら第一、第二のレース8a、9aの相対回転に伴い、上記保持器7が調心しようとして振れ回る場合もある。この場合には、この保持器7が、内周縁部或は外周縁部を、上記第一の折り立て壁13aの外周面或は第二の折り立て壁14aの内周面に衝突させながら回転する。この結果、上記保持器7が塑性変形したり、破損したりする可能性がある。この様に、保持器7が破損したり、この保持器7の内周縁部及び外周縁部、及び、上記第一、第二の折り立て壁13a、14aの内周面及び外周面で摩耗が増大した場合には、前述の図5に示した構造と同様に、軸受寿命の低下等の問題が生じる可能性がある。
【0016】
尚、特許文献4には、保持器の内外両周縁部と第一、第二の折り立て壁の外周面或は内周面との間に弾性材を配置して、第一、第二のレースの偏心により、この保持器の内外両周縁部と上記第一、第二の折り立て壁の外周面或は内周面とが強く接触する事を防止する構造が記載されている。この様な特許文献4に記載された構造の場合、上記弾性材を設ける分、部品点数が増える。又、上記保持器の内外両周縁部と上記第一、第二の折り立て壁との外周面或は内周面との間に上記弾性材を設ける為に、この間部分の隙間が大きくなる。この為、保持器と第一、第二のレースとを非分離とする為には、第一、第二の折り立て壁の先端部に形成する係止部の突出量を大きくする必要がある。
【0017】
【特許文献1】特開2004−156724号公報
【特許文献2】特開2002−364727号公報
【特許文献3】特開平8−109925号公報
【特許文献4】特開平9−137824号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、保持器と第一、第二のレースとを非分離とする構造が容易に得られ、且つ、第一、第二の折り立て壁と保持器とが接触した場合でも、これら保持器或は第一、第二の折り立て壁の損傷を低減できる構造を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明のスラストころ軸受は、トルクコンバータのインペラ或はタービンとステータとの間に組み付けられるものである。
又、保持器と、複数本のころと、第一、第二のレースとを備える。
このうちの保持器は、円輪状で、それぞれが放射方向に長い矩形のポケットを円周方向複数個所に設けている。
又、上記各ころは、上記各ポケット内に転動自在に設けられている。
又、上記第一、第二のレースは、これら各ころを両側から挟持するものである。
又、このうちの第一のレースは、全体が円輪状で、第一の折り立て壁と、第一の係止部とを備える。このうちの第一の折り立て壁は、内周縁部に軸方向片側に折り曲げて形成されている。又、上記第一の係止部は、上記第一の折り立て壁の先端部の円周方向複数個所を径方向外方に折り曲げて形成されている。
一方、上記第二のレースは、全体が円輪状で、第二の折り立て壁と、第二の係止部とを備える。このうちの第二の折り立て壁は、外周縁部に軸方向他側に折り曲げて形成されている。又、上記第二の係止部は、上記第二の折り立て壁の先端部の円周方向複数個所を径方向内方に折り曲げて形成されている。
そして、上記第一の折り立て壁の外周面と上記保持器の内周縁部とを、及び、上記第二の折り立て壁の内周面とこの保持器の外周縁部とを、それぞれ近接させている。これと共に、上記各第一の係止部とこの保持器の内周縁とを、及び、上記各第二の係止部とこの保持器の外周縁とを、それぞれ係合させる事により、この保持器と上記第一、第二のレースとがそれぞれ不離に結合するものである。
更に、本発明のスラストころ軸受の場合には、上記保持器を合成樹脂製としている。
【0020】
又、本発明を実施する場合に好ましくは、請求項2に記載した様に、保持器を構成する合成樹脂を、自己潤滑性を有するもの(例えば、PTFE:ポリテトラフルオロエチレン、PA:ポリアミド、PPS:ポリフェニレンサルファイド等)とする。
【発明の効果】
【0021】
上述の様に構成する本発明のスラストころ軸受の場合には、保持器の内周縁部或は外周縁部を第一、第二の折り立て壁にそれぞれ近接させて(温度変化に拘わらず、全周に亙って十分な厚さの油膜を確実に介在させられる様に、例えば、1mm以下、より好ましくは0.5mm以下で、0.2mm以上の隙間に規制して)いる為、この保持器と第一、第二のレースとを非分離とする為に、これら第一、第二の折り立て壁に形成する第一、第二の係止部の突出量を小さく抑えられる。この為、上記保持器と上記第一、第二のレースとを非分離とする構造を容易に得られる。一方、この保持器の内外両周縁部と上記第一、第二の折り立て壁とをそれぞれ近接させている為、上記第一、第二のレースの偏心により、上記保持器がこれら第一、第二の折り立て壁に挟み込まれて、この保持器に大きな圧縮力が作用したり、これら第一、第二の折り立て壁の外周面或は内周面と、上記保持器の内周縁部或は外周縁部とが強く接触する可能性がある。但し、本発明の場合には、この保持器を合成樹脂製としている為、これら保持器或は第一、第二の折り立て壁の損傷を低減できる。
【0022】
即ち、上記保持器に大きな圧縮力が作用しても、この保持器が弾性変形して、この圧縮力により生じる応力を緩和する。又、金属製の保持器と比べて軽量に(慣性質量を小さく)できる為、振れ回りによる衝突力を軽減できる。この結果、この保持器が塑性変形する事を抑えられる。又、この保持器は、金属と比べて硬度が低い合成樹脂製である為、この保持器との接触により上記第一、第二の折り立て壁が摩耗する事はない。尚、これら保持器と第一、第二の折り立て壁との接触により、この保持器の周縁部が摩耗する事は避けられない。但し、摩耗粉は硬度の低い合成樹脂である為、この摩耗粉が軸受内部に侵入しても、レース面或はころの転動面に損傷を与える事はない。
【0023】
又、請求項2に記載した様に、保持器を構成する合成樹脂を自己潤滑性を有するものとすれば、上記保持器の内外両周縁部と、上記第一の折り立て壁の外周面或は第二の折り立て壁の内周面との接触部に於ける摩耗を、より低減できる。又、これと共に、これら各接触部の摩耗係数を小さくして、スラストころ軸受の動トルクの低減を図れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
[実施の形態の第1例]
図1〜2は、本発明の実施の形態の第1例を示している。本例のスラストころ軸受5bは、トルクコンバータ1のインペラ2或はタービン3と、ステータ4との間に組み付けられるものである(図4参照)。又、上記スラストころ軸受5bは、保持器7aと、複数本のころ6、6と、第一、第二のレース8b、9bとを備える。このうちの保持器7aは、円輪状で、それぞれが放射方向に長い矩形のポケット12、12を円周方向複数個所に設けている。又、上記各ころ6、6は、これら各ポケット12、12内に転動自在に設けられている。又、上記第一、第二のレース8b、9bは、金属製で、上記各ころ6、6を両側から挟持するものである。この為に、上記第一レース8bの片側面(図1の下面)及び上記第二のレース9bの他側面(図1の上面)を、それぞれ上記各ころ6、6の転動面と転がり接触するレース面(スラスト軌道面)としている。
【0025】
又、本例の場合、上記第一、第二のレース8b、9bは、それぞれ全体が円輪状で、第一、第二の折り立て壁13b、14bと、第一、第二の係止部15、16とを、それぞれ備える。このうちの第一の折り立て壁13bは、上記第一のレース8bの内周縁部に軸方向片側(図1の下側)に折り曲げて形成されている。又、上記第二の折り立て壁14bは、上記第二のレース9bの外周縁部に軸方向他側(図1の上側)に折り曲げて形成されている。又、上記各第一の係止部15、15は、上記第一の折り立て壁13bの先端部の円周方向複数個所を、径方向外方に折り曲げる事により形成されている。又、上記各第二の係止部16、16は、図2にも詳示する様に、上記第二の折り立て壁14bの先端部の円周方向複数個所を、径方向内方に折り曲げる事により形成されている。
【0026】
又、本例の場合、上記第一の折り立て壁13bの外周面と上記保持器7aの内周縁部とを、及び、上記第二の折り立て壁14bの内周面とこの保持器7aの外周縁部とを、それぞれ全周に亙って近接させている。又、これと共に、上記各第一の係止部15、15と上記保持器7aの内周縁とを、及び、上記各第二の係止部16、16とこの保持器7aの外周縁とを、それぞれ係合させる事により、この保持器7aと上記第一、第二のレース8b、9bとを不離に結合している。
【0027】
更に、本例の場合には、上記保持器7aを合成樹脂製としている。この合成樹脂としては、自己潤滑性を有するものを使用する。自己潤滑性を有する合成樹脂として好ましくは、強度や耐熱性を考慮して、例えば、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)やPA(ポリアミド)、PPS(ポリフェニレンサルファイド)を使用する。又、本例の場合、上記保持器7aの内周縁部及び外周縁部は、この保持器7aの幅方向(図1の左右方向)中間部よりも厚さを小さくしている。即ち、この保持器7aの幅方向中間部は、上記各ころ6、6を保持する前記各ポケット12、12を形成する為に、或る程度強度を確保する必要がある。又、運転時に、上記保持器7aが軸方向(図1の上下方向)にがたつく事を抑える為に、この保持器7aの両側面と、上記第一のレース8bの片側面及び上記第二のレース9bの他側面とを、それぞれ近接させる必要がある。この為、上記保持器7aの幅方向中間部の厚さを、上記第一のレース8bの片側面と上記第二のレース9bの他側面との間隔(上記各ころ6、6の外径)よりも少しだけ小さい程度としている。
【0028】
これに対して、上記保持器7aの内周縁部及び外周縁部は、前述した様に、第一の折り立て壁13bの外周面或は第二の折り立て壁14bの内周面に、それぞれ近接している。この為、上記保持器7aの内周縁部及び外周縁部の厚さが大きいと、上記第一の折り立て壁13bの外周面或は第二の折り立て壁14bの内周面と接触した場合の接触面積が大きくなり、スラストころ軸受5bの動トルクが増大する原因となる。又、上記各折り立て壁13b、14bの基部や前記各係止部15、16の基部に存在する曲面部と干渉し易くなる。この為、本例の場合には、上記保持器7aの内周縁部及び外周縁部の断面形状をくさび形として、これら両周縁部の厚さを、幅方向中間部の厚さよりも小さくしている。この為に、本例の場合、保持器7aの幅方向中間部から内径側或は外径側に向かう程、それぞれ厚さが漸次小さくなる様に、この保持器7aの内周縁部両側面及び外周縁部両側面を、それぞれ部分円すい凸面状の傾斜面としている。
【0029】
上述の様に構成する本例のスラストころ軸受5bの場合には、保持器7aの内周縁部を第一の折り立て壁13bの外周面に、この保持器7aの外周縁部を第二の折り立て壁14bの内周面に、それぞれ近接させている。この為、この保持器7aと第一、第二のレース8b、9bとを非分離とする為に、上記第一、第二の折り立て壁13b、14bの先端部にそれぞれ形成する、第一、第二の係止部15、16の突出量を小さく抑えられる。従って、上記第一、第二のレース8b、9bが金属製であっても、上記各第一、第二の係止部15、16を容易に形成できる。この結果、上記保持器7aと上記第一、第二のレース8b、9bとを非分離とする構造を容易に得られ、製造コストの低減を図れる。
【0030】
一方、本例の場合、上記保持器7aの内外両周縁部と上記第一、第二の折り立て壁13b、14bとを近接させている為、上記第一、第二のレース8b、9bの偏心により、上記保持器7aが上記第一、第二の折り立て壁13b、14bに挟み込まれて、これら第一、第二の折り立て壁13b、14bと、上記保持器7aの内外両周縁部とが強く接触する可能性がある。但し、本例の場合には、この保持器7aを合成樹脂製としている為、この様に保持器7aの内外両周縁部と第一、第二の折り立て壁13b、14bとが強く接触しても、この保持器7aが塑性変形したり、これら第一、第二の折り立て壁20a、20bの外周面或は内周面が摩耗したりする事を抑えられる。
【0031】
即ち、上記第一の折り立て壁13bの外周面、或は、第二の折り立て壁14bの内周面と、上記保持器7aの内外両周縁部とが強く接触しても、この保持器7aが弾性変形して、この接触により生じる応力を緩和する。又、金属製の保持器と比べて軽量にできる為、振れ回りによる衝突力を軽減できる。この結果、上記保持器7aが塑性変形する事を抑えられる。又、この保持器7aは、金属と比べて硬度が低い合成樹脂製である為、この保持器7aとの接触により上記第一の折り立て壁13bの外周面、或は、第二の折り立て壁14bの内周面が摩耗する事はない。又、上記保持器7aを構成する合成樹脂が自己潤滑性を有するものである為、この保持器7aの内外両周縁部と、上記第一の折り立て壁13bの外周面或は第二の折り立て壁14bの内周面との接触部に於ける摩耗を、より低減できる。尚、上記保持器7aとこれら第一、第二の折り立て壁13b、14bとの接触により、この保持器7aの内周縁部或は外周縁部が多少なりとも摩耗すると考えられる。但し、摩耗粉は硬度の低い合成樹脂である為、この摩耗粉が軸受内部に侵入しても、レース面或はころの転動面に損傷を与える事はない。更に、本例の場合、上記保持器7aを自己潤滑性を有する合成樹脂製としている為、この保持器7aの内外両周縁部と、上記第一の折り立て壁13bの外周面或は第二の折り立て壁14bの内周面との各接触部の摩擦係数を小さくして、スラストころ軸受5bの動トルクの低減を図れる。
【0032】
[実施の形態の第2例]
図3は、本発明の実施の形態の第2例を示している。本例の場合、第一、第二のレース8b、9Bのうち、第二のレース9Bの肉厚を大きくしている。この第二のレース9Bは、例えば、ステータ4(図4参照)側に配置される。尚、図4では、ステータ4側に配置されているのは第一のレースであるが、本例では、第二のレースをステータ4側に配置した場合に就いて説明する。このステータ4の内径側部分で上記第二のレース9Bを当接させる端面20には、軸受内部に供給する為の潤滑油を導く為の導油溝21(図4参照)が形成されている場合がある。この様に、端面20に導油溝21が形成されている場合、この端面20に当接する上記第二のレース9Bがこの導油溝21部分で、運転時に作用するスラスト荷重により変形する可能性がある。この第二のレース9Bが変形した場合には、ころ6、6の転動面とこの第二のレース9Bのレース面との当接圧が部分的に高くなり、これら各面に早期剥離が生じ易くなる。
【0033】
又、上記ステータ4は、アルミニウム合金等の軽合金製とする場合が多く、この様な軽合金は、鋼材に比べて剛性が低く、弾性変形し易いだけでなく摩耗し易いものが多い。一方、上記ステータ4側に配置される上記第二のレース9Bの剛性が低い場合、上記各ころ6、6の転動に基づく弾性変形によりこの第二のレース9Bが、超音波モータの如き機構で連れ回り、この第二のレース9Bと上記ステータ4とが相対回転する可能性がある。そして、この様な相対回転が生じた場合には、軽合金製であるステータ4の摩耗が増大する。この様な観点から、本例の場合には、上記端面20に当接する上記第二のレース9Bの肉厚を大きくして、スラスト荷重が作用しても、上記導油溝21の存在により変形する事を防止している。又、肉厚の増大により上記第二のレース9Bの剛性が高くなる為、この第二のレース9Bが連れ回りにより、上記ステータ4に対して相対回転しにくくなる。この為、このステータ4の摩耗の増大を防止できる。
【0034】
尚、上述の様に、第二のレース9Bの板厚を大きくすると、この第二のレース9Bと保持器7aとの分離を防止する為の第二の係止部16、16を折り曲げ形成しにくくなる。この為、これら各第二の係止部16、16の径方向内方への突出量を確保しにくくなったり、これら各第二の係止部16、16の形状が崩れ易い等の問題が生じる可能性がある。但し、本例の場合も、これら各第二の係止部16、16を形成する第二の折り立て壁14bの内周面と上記保持器7aの外周縁部とを近接させている為、上記各第二の係止部16、16の突出量を大きくする必要はない。又、この様に突出量を大きくする必要がなければ、これら各第二の係止部16、16の形状が崩れにくくなる。従って、上記第二のレース9Bの板厚を大きくしても、上記第二の係止部16、16を容易に形成できる為、製造コストの増大を抑えられる。
【0035】
尚、上記ステータ4の変形及び連れ回りを確実に防止する為には、上記第二のレース9Bを、例えば、肌焼鋼や高炭素クロム軸受鋼等の鋼板製やステンレスのばね鋼製とした場合に、この第二のレース4Bの厚さを1mm以上とする事が好ましい。より好ましくは2mm以上とする。又、第一のレース8bが配置されるインペラ2或はタービン3(図4参照)側に、導油溝が形成されている場合には、上記第一のレース8bの板厚も大きくする事が好ましい。要は、レースが当接する相手部材に導油溝が形成されていたり、この相手部材が軽合金製である場合に、このレースの板厚を大きくする事が好ましい。但し、相手部材に導油溝が形成されていなくても、この相手部材側に配置されるレースの板厚を大きくするのは自由である。従って、使用条件等によって、第一、第二のレースの少なくとも何れか一方のレースの板厚を大きくする。その他の構造及び作用は、上述の実施の形態の第1例と同様である。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の実施の形態の第1例を示す断面図。
【図2】第一のレース及びころを省略して示す、図1のX矢視図。
【図3】本発明の実施の形態の第2例を示す断面図。
【図4】本発明の対象となるスラストころ軸受を組み込んだトルクコンバータの1例を示す半部断面図。
【図5】スラストころ軸受の従来構造の1例を、トルクコンバータに組み込んだ状態で示す部分断面図。
【図6】スラストころ軸受の別例を模式的に示す、(A)は断面図、(B)は(A)のイ−イ断面図。
【図7】無負荷状態で、スラストころ軸受の第一のレース及び保持器が自重により第二のレースに対して偏心した状態を模式的に示す、(A)は断面図、(B)は(A)のロ−ロ断面図。
【図8】図7の状態からスラスト荷重が作用した状態を模式的に示す、(A)は断面図、(B)は(A)のハ−ハ断面図。
【図9】(A)は、図8のY部に相当する図で、(B)は、図8のZ部に相当する図。
【符号の説明】
【0037】
1 トルクコンバータ
2 インペラ
3 タービン
4 ステータ
5、5a、5b スラストころ軸受
6 ころ
7、7a 保持器
8、8a、8b 第一のレース
9、9a、9A、9b、9B 第二のレース
10 第一保持器素子
11 第二保持器素子
12 ポケット
13、13a、13b 第一の折り立て壁
14、14a、14b 第二の折り立て壁
15 第一の係止部
16 第二の係止部
17 ケーシング
18 保持部
19 奥面
20 端面
21 導油溝

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トルクコンバータのインペラ或はタービンとステータとの間に組み付けられるスラストころ軸受であって、それぞれが放射方向に長い矩形のポケットを円周方向複数個所に設けた円輪状の保持器と、これら各ポケット内に転動自在に設けられた複数本のころと、これら各ころを両側から挟持する第一、第二のレースとを備え、このうちの第一のレースは、全体が円輪状で、内周縁部に軸方向片側に折り曲げて形成された第一の折り立て壁と、この第一の折り立て壁の先端部の円周方向複数個所を径方向外方に折り曲げて形成された第一の係止部とを備えるものであり、上記第二のレースは、全体が円輪状で、外周縁部に軸方向他側に折り曲げて形成された第二の折り立て壁と、この第二の折り立て壁の先端部の円周方向複数個所を径方向内方に折り曲げて形成された第二の係止部とを備えるものであり、上記第一の折り立て壁の外周面と上記保持器の内周縁部とを、及び、上記第二の折り立て壁の内周面とこの保持器の外周縁部とを、それぞれ近接させると共に、上記各第一の係止部とこの保持器の内周縁とを、及び、上記各第二の係止部とこの保持器の外周縁とを、それぞれ係合させる事により、この保持器と上記第一、第二のレースとがそれぞれ不離に結合されるものであり、この保持器が合成樹脂製であるスラストころ軸受。
【請求項2】
保持器を構成する合成樹脂が自己潤滑性を有するものである、請求項1に記載したスラストころ軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−187206(P2007−187206A)
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−4299(P2006−4299)
【出願日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】