説明

セルロースナノファイバー複合ポリビニルアルコール系重合体組成物

【課題】 透明性を損なうことなく、耐熱性または耐熱水性に優れたPVA組成物、フィルム、繊維を得ること。
【解決手段】 ポリビニルアルコール系重合体と、平均繊維径が2〜150nmのセルロースナノファイバーとの複合体であって、セルロースの水酸基の一部がカルボキシル基及びアルデヒド基からなる群から選ばれる少なくとも1つの官能基に酸化されており、かつカルボキシル基とアルデヒド基の量の総和がセルロースナノファイバーの質量に対し、0.1〜2.2mmol/gであるセルロースナノファイバーの含有量がポリビニルアルコール系重合体100質量部に対して0.1〜10質量部であることを特徴とするセルロースナノファイバー複合ポリビニルアルコール系重合体組成物、それを使用したフィルムおよび繊維。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた耐熱性と耐熱水性を兼ね備えた、セルロースナノファイバー複合ポリビニルアルコール(以下、PVAと略する)系重合体組成物と、それを用いたフィルムおよび繊維に関するものであり、産業資材用途、電気電子材料、農業資材、光学材料をはじめとして多くの用途に極めて有効に使用することができる。
【背景技術】
【0002】
従来、PVA系重合体は、無機物との接着性や機械的特性に優れていることから、糊剤、コーティング剤はもとより、フィルム素材、繊維素材として広く使用されている。しかしながら、PVA系重合体は、分子骨格内に水酸基を有するため、耐熱水性が十分といえず、例えば、PVA系重合体からなる繊維の場合、長期にわたって湿潤状態に曝されると、膨潤とそれによって引き起こされる力学物性の低下や寸法変化が起こるため、一般産業資材として用いられるにしても用途が限定されていた。また、この分子骨格内の水素結合能力は、100℃以上で弱くなることが知られており、それ故、絶乾状態であっても、その温度以上では分子運動が活発になり、この場合も力学物性や寸法変化などの低下が起こり使用用途に制限が掛かるものであった。PVA系重合体の耐熱水化技術としては、アルデヒド化合物とPVA系重合体の水酸基とのアセタール化反応を利用してPVA系重合体の疎水化あるいは架橋させる技術が広く提案されている(例えば特許文献1〜4参照。)。しかしながら、これらの処方では、PVA系重合体の非晶部領域の一部が疎水化されているため、耐熱水性は向上するが、高温に曝された際の力学物性の低下を改善するものではなかった。また、このようなアセタール化による耐熱水化には、アセタール化度を高くすることを目的に、処理時間を長く設定しなければならないことや、酸処理浴といった工程を別途設定しなければならないことなど、工程通過性の面で一層の改善が望まれていた。
【0003】
また、PVA系重合体からなるフィルムは、その分子内でポリヨウ素コンプレックスを形成して、優れた二色性を発現することから、一軸延伸、ヨウ素による染色およびホウ素化合物による処理を施すことで、液晶ディスプレイを構成する部材である偏光フィルム用途に広く用いられている。偏光フィルムの製造過程では、フィルム内へヨウ素を取り込ませることを目的に、水膨潤性が高いことが要求される一方で、工程中での歩留まりを高くすることを目的として、耐熱水性が高いという相反する性能が求められる。従来、熱処理を施すことで、耐熱水化できることは広く知られているが、この方法ではPVA系重合体の結晶性が高くなってしまい、耐熱水性の向上に効果はあるものの、水膨潤性が著しく低下してしまうという問題を有していた。
【0004】
一方で、PVA系重合体とフィラーを複合させることで、PVA系重合体の耐熱水性や耐熱性を向上する試みも報告されており、平均繊維径が2〜150nmで、かつセルロースの水酸基の一部がカルボキシル基及びアルデヒド基からなる群から選ばれる少なくとも1つの官能基に酸化されたセルロースナノファイバーをPVA系重合体と複合することが提案されている(例えば、特許文献5参照。)。セルロースはその分子骨格内に水酸基やカルボキシル基、アルデヒド基を有していることから、PVA系重合体との相互作用が強く働き、耐熱水性や耐熱性向上が期待できるものの、しかしながら、ここには、セルロースナノファイバーに対してPVA系重合体などのバインダーを10〜80重量%使用すること、換言すればPVA系重合体などのバインダーに対してセルロースナノファイバーを12.5〜1000重量%使用することが記載されており、このような多量のセルロースナノファイバーを配合したのでは、後述する比較例からも明らかなように成形が困難になるばかりでなく、セルロースナノファイバーの分散性も良くなく、機械的特性が低下し、更には、耐熱水性および耐熱性ともに十分優れた組成物を得ることができない。また、フィルムに成形したときの透明性も失われてしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭30−7360号広報
【特許文献2】特開昭36−24565号広報
【特許文献3】特公昭29−6145号広報
【特許文献4】特公昭32−5819号広報
【特許文献5】特開2008−1728号広報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記のような従来技術の欠点を解消するものであり、PVA系重合体が有する優れた機械的性能、或いはフィルムに成形した際の透明性などを損なうことなく、耐熱水性、耐熱性の優れたPVA系重合体組成物、フィルム、繊維を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、上述したPVA系重合体を得るべく、鋭意検討を重ねた結果、PVA系重合体に対して、特別な工程を必要とせず、特定の平均繊維径並びに改質されたセルロースナノファイバーとPVA系重合体を複合することで、これを達成することを見出した。
【0008】
すなわち本発明は、PVA系重合体と、平均繊維径が2〜150nmのセルロースナノファイバーとの複合体であって、セルロースの水酸基の一部がカルボキシル基及びアルデヒド基からなる群から選ばれる少なくとも1つの官能基に酸化されており、カルボキシル基とアルデヒド基の量の総和がセルロース繊維の質量に対し、0.1〜2.2mmol/gであるセルロースナノファイバーの含有量がPVA系重合体100質量部に対して0.1〜10質量部であるセルロースナノファイバー複合PVA系重合体組成物を提供することによって達成される。
【0009】
また、上記目的は、上記のセルロースナノファイバーが天然セルロースを原料とし、水中においてN−オキシル化合物を酸化触媒とし、共酸化剤を作用させることにより酸化されているセルロースファイバーであることにより、さらに好適に達成される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、PVA系重合体のもつ従来の特性を失うことなく、耐熱水性または耐熱性に優れた組成物を得ることができ、例えば、本発明の組成物を使用することにより、透明性および水膨潤性を損なうことなく、耐熱水性の優れたフィルムを得ることができる。さらには、本発明の組成物を使用することにより、高強度、高弾性率であり、且つ高温での物性低下の小さい耐熱性の優れた繊維を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明について具体的に説明する。本発明において、PVA系重合体に上記した特定のセルロースナノフアイバーを特定量配合することは、本発明の目的達成のためにきわめて重要である。ここで特定のセルロースナノファイバーとは、数平均繊維径が2〜150nmであって、セルロースの水酸基の一部がカルボキシル基及びアルデヒド基からなる群から選ばれる少なくとも1つの官能基に酸化されているセルロースナノファイバーである。数平均繊維径が2〜150nmを満足するとき、優れた透明性、耐熱水性、耐熱性を付与することができる。
【0012】
セルロースナノファイバーは、数平均繊維径が2〜150nmであり、好ましくは2〜100nm、さらに好ましくは2〜10nmである。
【0013】
ここで数平均繊維径の測定は次のようにして行う。固形分率で0.05〜0.1質量部の微細セルロースの水分散体を調製し、該分散体を、親水化処理済みのカーボン膜被覆グリッド上にキャストしてTEM観察用試料とする。また、大きな繊維径の繊維を含む場合には、ガラス上へキャストした表面のSEM像を観察してもよい。構成する繊維の大きさに応じて5000倍、10000倍あるいは50000倍のいずれかの倍率で電子顕微鏡画像による観察を行う。この際に、得られた画像内に縦横任意の画像幅の軸を想定した場合に少なくとも軸に対し、20本以上の繊維が軸と交差するような試料および観察条件(倍率等)とする。この条件を満足する観察画像に対し、1枚の画像当たり縦横2本ずつの無作為な軸を引き、軸に交錯する繊維の繊維径を目視で読み取っていく。こうして最低3枚の重なっていない表面部分の画像を電子顕微鏡で撮影し、各々2つの軸に交錯する繊維の繊維径の値を読み取る(したがって、最低20本×2×3=120本の繊維径の情報が得られる)。こうして得られた繊維径のデータにより数平均繊維径を算出する。
【0014】
さらにセルロースナノファイバーは、セルロースの水酸基の一部がカルボキシル基またはアルデヒド基に酸化されており、且つセルロースI型結晶構造を有する。これは、セルロースナノファイバーが、I型結晶構造を有する天然由来のセルロース固体原料を表面酸化し微細化した繊維であることを意味する。すなわち、天然セルロースの生合成の過程においてはほぼ例外なくミクロフィブリルと呼ばれるナノファイバーがまず形成され、これらが多束化して高次な固体構造を構築していることを原理的に利用し、ここにおいてミクロフィブリル間の強い凝集力の原動となっている表面間の水素結合を弱めるために、その一部が酸化され、アルデヒド基やあるいはカルボキシル基に変換されているものである。
【0015】
ここで、セルロースナノファイバーが、I型結晶構造であることは、その広角X線回折像測定により得られる回折プロファイルにおいて、2シータ=14〜17°付近と2シータ=22〜23°付近の二つの位置に典型的なピークをもつことから同定することができる。さらに、セルロースナノファイバーのセルロースにアルデヒド基あるいはカルボキシル基が導入されていることは、水分を完全に除去したサンプルにおいて全反射式赤外分光スペクトル(ATR)においてカルボニル基に起因する吸収(1608cm−1付近)が存在することにより確認することができる。特に、酸型のカルボキシル基(COOH)の場合には、上記の測定において1730cm−1に吸収が存在する。
【0016】
セルロースナノファイバーは、セルロースに存在するカルボキシル基とアルデヒド基の量の総和が多いほうがより微小な繊維径として安定に存在し、PVA系重合体中で均一に分散されるだけでなく、PVA系重合体との水素結合能力が高くなるため複合効果が高くなる。たとえば木材パルプや綿パルプの場合、セルロースナノファイバーに存在するカルボキシル基とアルデヒド基の量の総和がセルロースナノファイバーの質量に対し、0.1〜2.2mmol/g、好ましくは0.5〜2.2mmol/g、さらに好ましくは0.8〜2.2mmol/gであると、ナノファイバーとしての安定性に優れるうえに、PVA系重合体との水素結合能力が高くなるために好ましい。また、バクテリアセルロースやホヤからの抽出セルロースのような比較的ミクロフィブリルの繊維径が太いセルロースの場合(平均径が数10nmのオーダー)には、該総和量は0.1〜0.8mmol/g、好ましくは0.2〜0.8mmol/gであるとPVA系重合体との水素結合能力が高くなるため好ましい。このように該総和量が0.1〜2.2mmol/gを満足するとき、セルロースナノファイバーとPVA系重合体との水素結合能力が高くなり、さらに両者の親和性も増すので、透明性および耐熱水性、耐熱性が付与される。
【0017】
さらに、ノニオン性の置換基であるアルデヒド基に対し、カルボキシル基が導入されることにより、電気的な反発力が生まれ、ミクロフィブリルが凝集を維持せずにばらばらになろうとする傾向が増大するため、ナノファイバーとしての安定性が増大し、PVA系重合体中で均一に分散されるだけでなく、PVA系重合体との水素結合能力が高くなるため複合効果が高くなる。たとえば木材パルプや綿パルプの場合、セルロースナノファイバーに存在するカルボキシル基の量がセルロース繊維の質量に対し、0.2〜2.2mmol/g、好ましくは0.4〜2.2mmol/g、さらに好ましくは0.6〜2.2mmol/gであるとPVA系重合体との結合がより強固となる。また、バクテリアセルロースやホヤからの抽出セルロースのような比較的ミクロフィブリルの繊維径が太いセルロースの場合には、カルボキシル基の量は0.1〜0.8mmol/g、好ましくは0.2〜0.8mmol/gであるとPVA系重合体との結合がより一層強固となる。
【0018】
ここで、セルロースナノファイバーの質量に対するセルロースのアルデヒド基およびカルボキシル基の量(mmol/g)は、以下の手法により評価する。
乾燥質量を精秤したセルロース試料から0.5〜1質量部スラリーを60ml調製し、0.1Mの塩酸水溶液によってpHを約2.5とした後、0.05Mの水酸化ナトリウム水溶液を滴下して電気伝導度測定を行う。測定はpHが約11になるまで続ける。電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(V)から、下式を用いて官能基量1を決定する。該官能基量1がカルボキシル基の量を示す。
官能基量(mmol/g)=V(ml)×0.05/セルロースの質量(g)
次に、セルロース試料を、酢酸でpHを4〜5に調製した2%亜塩素酸ナトリウム水溶液中でさらに48時間常温で酸化し、上記手法によって再び官能基量2を測定する。この酸化によって追加された官能基量(=官能基量2−官能基量1)を算出し、アルデヒド基量とする。
【0019】
次に、本発明でいうセルロースナノファイバーの調整方法並びにセルロースナノファイバーが媒体中に分散している分散体について説明する。
セルロースナノファイバーの分散体は、前述したセルロースナノファイバーが後述する溶媒中に分散しているものをいう。該分散体は、例えば、天然セルロースを原料とし、水中においてN−オキシル化合物を酸化触媒とし、共酸化剤を作用させることにより該天然セルロースを酸化して反応物ナノファイバーを得る酸化反応工程、不純物を除去して水を含浸させた反応物ナノファイバーを得る精製工程、及び水を含浸させた反応物繊維を溶媒に分散させる分散工程の3つの工程により得ることができる。以下に各工程について詳細に説明する。
【0020】
まず、酸化反応工程では、水中に天然セルロースを分散させた分散液を調製する。ここで、天然セルロースは、植物,動物,バクテリア産生ゲル等のセルロースの生合成系から単離した精製セルロースを意味する。より具体的には、針葉樹系パルプ、広葉樹系パルプ、コットンリンターやコットンリントのような綿系パルプ、麦わらパルプやバガスパルプ等の非木材系パルプ、バクテリアセルロース、ホヤから単離されるセルロース、海草から単離されるセルロースなどを挙げることができるが、これに限定されるものではない。天然セルロースは好ましくは、叩解等の表面積を高める処理を施すと、反応効率を高めるこ
とができ、生産性を高めることができる。さらに、天然セルロースとして、単離、精製の後、ネバードライで保存していたものを使用するとミクロフィブリルの集束体が水膨潤し易い状態であるため、やはり反応効率を高め、微細化処理後の数平均繊維径を小さくすることができ、好ましい。
反応における天然セルロースの分散媒は水であり、反応水溶液中の天然セルロース濃度は、試薬の十分な拡散が可能な濃度であれば任意であるが、通常、反応水溶液の重量に対して約5%以下である。
【0021】
また、セルロースの酸化触媒として使用可能なN−オキシル化合物は数多く報告されている(「Cellulose」Vol.10、2003年、第335〜341ページにおけるI. Shibata及びA. Isogaiによる「TEMPO誘導体を用いたセルロースの触媒酸化:酸化生成物のHPSEC及びNMR分析」と題する記事)が、特にTEMPO(2,6,6,−テトラメチルピペリジン 1−オキシル)、4−アセトアミド−TEMPO、4−カルボキシ−TEMPO、及び4−フォスフォノオキシ−TEMPOは水中常温での反応速度において好ましい。これらN−オキシル化合物の添加は触媒量で十分であり、好ましくは0.1〜4mmol/l、さらに好ましくは0.2〜2mmol/lの範囲で反応水溶液に添加する。
【0022】
共酸化剤として、次亜ハロゲン酸またはその塩、亜ハロゲン酸またはその塩、過ハロゲン酸またはその塩、過酸化水素、および過有機酸などが本発明において使用可能であるが、好ましくはアルカリ金属次亜ハロゲン酸塩、たとえば、次亜塩素酸ナトリウムや次亜臭素酸ナトリウムである。次亜塩素酸ナトリウムを使用する場合、臭化アルカリ金属、たとえば臭化ナトリウムの存在下で反応を進めることが反応速度において好ましい。この臭化アルカリ金属の添加量は、N−オキシル化合物に対して約1〜40倍モル量、好ましくは約10〜20倍モル量である。
反応水溶液のpHは約8〜11の範囲で維持されることが好ましい。水溶液の温度は約4〜40℃において任意であるが、反応は室温で行うことが可能であり、特に温度の制御は必要としない。
【0023】
セルロースナノファイバーを得るために必要なカルボキシル基量は天然セルロース種により異なり、カルボキシル基量が多いほど、数平均繊維径は小さくなる。たとえば、木材系パルプおよび綿系パルプでは0.2〜2.2mmol/g、バクテリアセルロースやホヤからの抽出セルロースでは0.1〜0.8mmol/gの範囲でカルボキシル基が導入されて微細化は進む。従って、酸化の程度を共酸化剤の添加量と反応時間により制御し、天然セルロース種に応じた酸化条件を最適化することで、目的とするカルボキシル基量を得ることが好ましい。一般に共酸化剤の添加量は、天然セルロース1gに対して約0.5〜8mmolの範囲で選択することが好ましく、反応は約5〜120分、長くとも240分以内に完了する。
【0024】
精製工程においては、未反応の次亜塩素酸や各種副生成物等の反応スラリー中に含まれる反応物ナノファイバーと水以外の化合物を系外へ除去するが、反応物ナノファイバーは通常、この段階ではナノファイバー単位までばらばらに分散しているわけではないため、通常の精製法、すなわち水洗とろ過を繰り返すことで高純度(99質量部以上)の反応物ナノファイバーと水の分散体とする。該精製工程における精製方法は遠心脱水を利用する方法(例えば、連続式デカンダー)のように、上述した目的を達成できる装置であればどんな装置を利用しても構わない。こうして得られる反応物ナノファイバーの水分散体は絞った状態で固形分(セルロース)濃度としておよそ10質量部〜50質量部の範囲にある。この後の工程で、ナノファイバーへ分散させることを考慮すると、50質量部よりも高い固形分濃度とすると、分散に極めて高いエネルギーが必要となることから好ましくない。
【0025】
さらに、上述した精製工程にて得られる水を含浸した反応物ナノファイバー(水分散体)を溶媒中に分散させ分散処理を施すことにより、セルロースナノファイバーの分散体として提供することができる。
ここで、分散媒としての溶媒は通常は水が好ましいが、水以外にも目的に応じて水に可溶するアルコール類(メタノール、エタノール、イソプロパノール、イソブタノール、sec−ブタノール、tert−ブタノール、メチルセロソルブ、エチルセロソルブ、エチレングリコール、グリセリン等)、エーテル類(エチレングリコールジメチルエーテル、1,4−ジオキサン、テトラヒドロフラン等)、ケトン類(アセトン、メチルエチルケトン)やN,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキサイド等を使用してもよい。また、これらの混合物も好適に使用できる。さらに、上述した反応物ナノファイバーの分散体を溶媒によって希釈、分散する際には、少しずつ溶媒を加えて分散していく、段階的な分散を試みると効率的にナノファイバーレベルの繊維の分散体を得ることができることがある。操作上の問題から、分散工程後の状態は粘性のある分散液あるいはゲル状の状態となるように分散条件を選ぶとよい。
【0026】
次に、分散工程で使用する分散機としては、種々なものを使用することができる。具体例を示せば、反応物ナノファイバーにおける反応の進行度(アルデヒド基やカルボキシル基への変換量)にも依存するが、好適に反応が進行する条件下では、スクリュー型ミキサー、パドルミキサー、ディスパー型ミキサー、タービン型ミキサー等の工業生産機としての汎用の分散機で十分にセルロースナノファイバーの分散体を得ることができる。
しかし、高速回転下でのホモミキサー、高圧ホモジナイザー、超高圧ホモジナイザー、超音波分散処理、ビーター、ディスク型レファイナー、コニカル型レファイナー、ダブルディスク型レファイナー、およびグラインダーのようなより強力で叩解能力のある装置を使用することにより、より効率的かつ高度なダウンサイジングが可能となる。さらに、これらの装置を使用することにより、アルデヒド基やカルボキシル基の量が比較的小さい場合(例えば、アルデヒド基やカルボキシル基のセルロースに対する総和量として、0.1〜0.5mmol/g)にも高度に微細化されたセルロースナノファイバーの分散体を提供できる。
【0027】
このようにして、セルロースナノファイバーを媒体中に分散させた分散体を乾燥させることによって、セルロースナノファイバーを製造することができる。
【0028】
上記したセルロースナノファイバー、あるいはセルロースナノファイバーの分散体を純分でPVA系重合体に対し特定量、すなわちPVA重合体100質量部に対しセルロースナノファイバー0.1〜10質量部を配合することにより、本発明の目的とする透明性および耐熱水性、耐熱性の優れた組成物を得ることができる。セルロ−スナノファイバーのより好適な配合量は0.5質量部以上であり、最適には1質量部以上であり、上限については好適には8質量部以下、最適には6質量部以下である。
【0029】
本発明において使用されるPVA系重合体は、とくに制限されないが、けん化度70〜100モル%、好適には80〜99.8モル%、重合度500〜8000、好適には1000〜4000のPVA系重合体が好適に使用される。ここで、PVA系重合体のけん化度は、けん化によりビニルアルコール単位に変換され得る単位の中で、実際にビニルアルコール単位にけん化されている単位の割合を示し、JIS K6726試験法に準じて測定される。また、重合度(Po)は、JIS K6726試験法に準じて測定される値であり、PVA系重合体を再けん化し、精製した後、30℃の水中で測定した極限粘度[η](単位:デシリットル/g)から次式により求められる。
Po = ([η]×10/8.29)(1/0.62)
【0030】
PVA系重合体は、ビニルエステル系モノマーを重合し、得られるビニルエステル系重合体をけん化することにより製造することができる。ビニルエステル系モノマーとしては、例えば、ギ酸ビニル、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、バレリン酸ビニル、ラウリン酸ビニル、ステアリン酸ビニル、安息香酸ビニル、ピバリン酸ビニル、バーサティック酸ビニル等を挙げることができ、これらのなかでも酢酸ビニルが好ましい。
【0031】
ビニルエステル系モノマーを重合させる際に、必要に応じて、共重合可能な他のモノマーを、発明の効果を損なわない範囲内で共重合させることもできる。このようなビニルエステル系モノマーと共重合可能なモノマーとしては、例えば、エチレン、プロピレン、1−ブテン、イソブテン等の炭素数2〜30のオレフィン類;アクリル酸およびその塩;アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸n−プロピル、アクリル酸i−プロピル、アクリル酸n−ブチル、アクリル酸i−ブチル、アクリル酸t−ブチル、アクリル酸2−エチルへキシル、アクリル酸ドデシル、アクリル酸オクタデシル等のアクリル酸エステル類;メタクリル酸およびその塩;メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸n−プロピル、メタクリル酸i−プロピル、メタクリル酸n−ブチル、メタクリル酸i−ブチル、メタクリル酸t−ブチル、メタクリル酸2−エチルへキシル、メタクリル酸ドデシル、メタクリル酸オクタデシル等のメタクリル酸エステル類;アクリルアミド、N−メチルアクリルアミド、N−エチルアクリルアミド、N,N−ジメチルアクリルアミド、ジアセトンアクリルアミド、アクリルアミドプロピルジメチルアミンおよびその塩、N−メチロールアクリルアミドおよびその誘導体等のアクリルアミド誘導体;メタクリルアミド、N−メチルメタクリルアミド、N−エチルメタクリルアミド、メタクリルアミドプロピルジメチルアミンおよびその塩、N−メチロールメタクリルアミドおよびその誘導体等のメタクリルアミド誘導体;メチルビニルエーテル、エチルビニルエーテル、n−プロピルビニルエーテル、i−プロピルビニルエーテル、n−ブチルビニルエーテル、i−ブチルビニルエーテル、t−ブチルビニルエーテル、ドデシルビニルエーテル、ステアリルビニルエーテル等のビニルエーテル類;アクリロニトリル、メタクリロニトリル等のニトリル類;塩化ビニル、塩化ビニリデン、フッ化ビニル、フッ化ビニリデン等のハロゲン化ビニル類;酢酸アリル、塩化アリル等のアリル化合物;マレイン酸およびその塩またはそのエステル;イタコン酸およびその塩またはそのエステル;ビニルトリメトキシシラン等のビニルシリル化合物;酢酸イソプロペニル;ジヒドロキシブテン誘導体;ビニルエチルカーボネート;3,4−ジアセトキシ−1−ブテン、3,4−ジエトキシ−1−ブテン等が挙げられる。これらの共重合可能なモノマーの共重合比率は、好適には15モル%以下であり、より好適には10モル%以下である。下限値については好適には0.01モル%以上であり、より好適には0.05モル%以上である。
【0032】
本発明の組成物には、その目的、用途に応じ、各種添加剤、たとえば可塑剤、界面活性剤、架橋剤を配合することができる。ここで、可塑剤としては、多価アルコールが好ましく、例えば、エチレングリコール、グリセリン、ジグリセリン、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、トリメチロールプロパン等を挙げることができ、これらの1種または2種以上を混合して使用することができる。これらの中でも、エチレングリコール、グリセリンおよびジグリセリンが好ましい。可塑剤の含有量は、PVA系重合体に対し1〜30質量部、さらには2〜25質量部がより好ましい。
【0033】
界面活性剤としては、アニオン性界面活性剤、ノニオン性界面活性剤、カチオン系界面活性剤、両性界面活性剤が挙げられる。アニオン性界面活性剤としては、例えば、ラウリン酸カリウム等のカルボン酸型;オクチルサルフェート等の硫酸エステル型;ドデシルベンゼンスルホネート、アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム等のスルホン酸型;ポリオキシエチレンラウリルエーテルリン酸エステルモノエタノールアミン塩、オクチルリン酸エステルカリウム塩、ラウリルリン酸エステルカリウム塩、ステアリルリン酸エステルカリウム塩、オクチルエーテルリン酸エステルカリウム塩、ドデシルリン酸エステルナトリウム塩、テトラデシルリン酸エステルナトリウム塩、ジオクチルリン酸エステルナトリウム塩、トリオクチルリン酸エステルナトリウム塩、ポリオキシエチレンアリールフェニルエーテルリン酸エステルカリウム塩、ポリオキシエチレンアリールフェニルエーテルリン酸エステルアミン塩等が挙げられる。ノニオン性界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレンオレイルエーテル、ポリオキシエチレンラウリルエーテル等のアルキルエーテル型;ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル等のアルキルフェニルエーテル型;ポリオキシエチレンラウレート等のアルキルエステル型;ポリオキシエチレンラウリルアミノエーテル等のアルキルアミン型;ポリオキシエチレンラウリン酸アミド等のアルキルアミド型;ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンエーテル等のポリプロピレングリコールエーテル型;オレイン酸ジエタノールアミド等のアルカノールアミド型;ポリオキシアルキレンアリルフェニルエーテル等のアリルフェニルエーテル型が挙げられる。カチオン系界面活性剤としては、例えば、ラウリルアミン塩酸塩等のアミン類;ラウリルトリメチルアンモニウムクロライド等の第四級アンモニウム塩類;ラウリルビリジニウムクロライド等のピリジウム塩等が挙げられる。さらに、両性界面活性剤としては、例えば、N−アルキル−N,N−ジメチルアンモニウムベタイン等が挙げられる。界面活性剤は1種または2種以上を組み合わせて使用することができる。界面活性剤の含有量は、PVAに対し0.01〜7質量部が好ましく、0.02〜5質量部がより好ましい。
【0034】
架橋剤としては、PVA系重合体と架橋反応を起こすものであれば特に制限はなく、例えばホウ酸、ホウ酸カルシウム、ホウ酸コバルト、ホウ酸亜鉛、ホウ酸アルミニウムカリウム、ホウ酸アンモニウム、ホウ酸カドミウム、ホウ酸カリウム、ホウ酸銅、ホウ酸鉛、ホウ酸ニッケル、ホウ酸バリウム、ホウ酸ビスマス、ホウ酸マグネシウム、ホウ酸マンガン、ホウ酸リチウム、ホウ砂、カーナイト、インヨーアイト、コトウ石、スイアン石、ザイベリ石等のホウ素化合物;クエン酸三カリウム等が挙げられる。これらの中でも、ホウ素化合物が好ましく、ホウ酸およびホウ砂がより好ましい。架橋剤の含有量は、PVA系重合体に対し0.01〜5質量部が好ましく、0.1〜3質量部がより好ましい。
【0035】
本発明の組成物は、フィルム素材として、また繊維素材として特に有用であるので、以下この点についてさらに詳しく述べる。
フィルムとしては、包装用フィルム、光学用偏光フィルム、位相差フィルム、農業用資材フィルム(野菜保温用、生育用などのフィルム)、水溶性フィルム(水転写用フィルム、農薬、洗剤などの包装用フィルム)、酸素バリアー性フィルムが挙げられ、これらのうち特に光学用偏光フィルムとして有用である。
フィルムの厚みは、目的、用途により異なるが、5〜1000μm、好適には10〜800μm、さらに好適には10〜500μmである。
【0036】
フィルムは、組成物を含む溶液を使用して、流延製膜法、溶液コーティング法、湿式製膜法(貧溶媒中へ吐出する方法)、ゲル製膜法(PVA系重合体水溶液を一旦冷却ゲル化した後、溶媒を抽出除去する方法)、およびこれらの組合せによる方法、可塑剤を含む組成物を溶融して行う溶融押出製膜法等により得られる。これらの中でも、流延製膜法、溶液コーティング法および溶融押出製膜法により得られるフィルムが好適である。
【0037】
このようにして得られたフィルムは、必要に応じ、乾燥工程の前後で一軸または二軸の延伸を行うこともできる。延伸条件としては、温度20〜120℃、延伸倍率1.05〜5倍が好ましく、1.1〜3倍がより好ましい。さらに必要であれば、延伸後にフィルムを熱固定して残存応力を低下させることもできる。
【0038】
フィルム層の水分率は1〜10質量%であることが好ましく、1〜8質量%がより好ましい。
【0039】
このようにして得られたフィルムは、光線透過度は70%以上であり、好適には80%以上、より好適には90%以上であり、従来のPVAフィルムの優れた透明性を何ら損なっていないし、また、後述する実施例からも明らかなように、熱水中での軟化点が高くなって耐熱水性が向上しているにもかかわらず、水膨潤性は低下していない。
【0040】
次に本発明でいう繊維について述べる。繊維としては、本発明の組成物を使用したPVA系繊維、アセタール化PVA系繊維(ホルマール化PVA繊維、ブチラール化PVA系繊維など)などが挙げられる。本発明により得られる繊維の繊度は特に限定されず、例えば0.1〜10000dtex、好ましくは1〜1000dtexの繊度の繊維が広く使用できる。繊維の繊度はノズル径や延伸倍率により適宜調整すればよい。
【0041】
次に本発明のPVA系繊維の製造方法について説明する。本発明においては、PVA系重合体とセルロースナノファイバーを水あるいは有機溶剤に溶解した紡糸原液を用いて後述する方法で繊維を製造することにより、繊維内部にセルロースナノファイバーが分散した、力学物性及び高温物性に優れた繊維を効率良く安価に製造することができる。紡糸原液を構成する溶媒としては、例えば水、ジメチルスルホキシド(以下、DMSOと略記)、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドンなどの極性溶媒やグリセリン、エチレングリコールなどの多価アルコール類、およびこれらとロダン塩、塩化リチウム、塩化カルシウム、塩化亜鉛などの膨潤性金属塩の混合物、さらにはこれら溶媒同士、あるいはこれら溶媒と水との混合物などが挙げられるが、これらの中でも、とりわけ水やDMSOがコスト、回収性等の工程通過性の点で最も好適である。
【0042】
紡糸原液中のポリマー濃度は組成、重合度、溶媒によって異なるが、8〜60質量部の範囲であることが好ましい。紡糸原液の吐出時の液温は、紡糸原液が分解、着色しない範囲であることが好ましく、具体的には50〜200℃とすることが好ましい。また、本発明の効果を損なわない範囲であれば、紡糸原液にはPVA系重合体、セルロースナノファイバー以外にも、目的に応じて、難燃剤、酸化防止剤、凍結防止剤、pH調整剤、隠蔽剤、着色剤、油剤、特殊機能剤などの添加剤などが含まれていてもよい。更にこれらは、一種類または二種類以上のものを併用して使用してもかまわない。
【0043】
かかる紡糸原液をノズルから吐出して湿式紡糸、乾湿式紡糸あるいは乾式紡糸を行えばよく、PVA系重合体に対して固化能を有する固化液あるいは、気体中に吐出すればよい。なお、湿式紡糸とは、紡糸ノズルから直接固化浴に紡糸原液を吐出する方法のことであり、乾湿式紡糸とは、紡糸ノズルから一旦任意の距離の空気中あるいは不活性ガス中に紡糸原液を吐出し、その後に固化浴に導入する方法のことである。また、乾式紡糸とは、空気中あるいは不活性ガス中に紡糸原液を吐出する方法のことである。
【0044】
本発明において、湿式紡糸または乾湿式紡糸の際に用いる固化浴は、原液溶媒が有機溶媒の場合と水の場合では異なる。有機溶媒を用いた原液の場合には、得られる繊維強度等の点から固化浴溶媒と原液溶媒からなる混合液であることが好ましく、固化溶媒としては特に制限はないが、例えばメタノール、エタノール、プロパノ−ル、ブタノールなどのアルコール類、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトンなどのケトン類等のPVA系重合体に対して固化能を有する有機溶媒を用いることができる。これらの中でも低腐食性及び溶剤回収の点でメタノールとDMSOとの組合せが好ましい。一方、紡糸原液が水溶液の場合、固化浴を構成する固化溶媒としては、芒硝、硫酸アンモニウム、炭酸ナトリウム等のPVA系重合体に対して固化能を有する無機塩類や苛性ソーダの水溶液を用いることができる。また、PVA系重合体と共に、ホウ酸などを加えた水溶液をアルカリ性固化浴中にゲル化紡糸することもできる。
【0045】
次に固化された原糸から紡糸原液の溶媒を抽出除去するために、抽出浴を通過させるが、抽出時に同時に原糸を湿延伸することが、乾燥時の繊維間膠着抑制及び得られる繊維の機械的特性を向上させるうえで好ましい。その際の湿延伸倍率としては2〜10倍であることが工程性、生産性の点で好ましい。抽出溶媒としては固化溶媒単独あるいは原液溶媒と固化溶媒の混合液を用いることができる。
【0046】
湿延伸後、乾燥し、更に場合によっては乾熱延伸、熱処理を施す。このための延伸条件は、一般的には100℃以上の温度、好ましくは150℃〜260℃の温度で行うのがよく、3倍以上の全延伸倍率、好ましくは5〜25倍の全延伸倍率で延伸すると、繊維の結晶化度と配向度があがり、繊維の機械特性が著しく向上するので好ましい。温度が100℃未満の場合、繊維の白化が生じ、そのため機械的物性の低下をもたらす。また260℃を越えると繊維の部分的な融解が生じ、この場合においても機械的物性の低下をもたらすので好ましくない。なお、ここでいう延伸倍率とは、先述した乾燥前の固化浴中での湿延伸と乾燥後の延伸倍率の積である。例えば、湿延伸を3倍とし、その後の乾熱延伸を2倍とした場合の全延伸倍率は6倍となる。
【0047】
本発明のPVA系繊維では、用途や目的に応じ、耐熱水性を向上させることを目的として、PVA系繊維で一般的に行われているアセタール化処理やその他の架橋処理を施すことも出来る。すなわち、PVA系繊維をPVA系重合体の水酸基と反応するホルムアルデヒド等の架橋剤を含む水溶液中で処理して、水酸基を封鎖することで繊維を疎水化することができる。
【0048】
本発明のPVA系重合体組成物からなる繊維は、高温での弾性率保持率が優れている点が特徴である。具体的には、本発明のPVA系繊維は、室温に対する100℃における弾性率保持率が30%以上であり、好適には35%以上、更に好適には40%以上であることを特徴とする。弾性率保持率が30%未満の場合、既存のPVA系繊維と変らず、用途に制限が掛かってしまうので、好ましくない。
【0049】
本発明の繊維は、例えばステープルファイバー、ショートカットファイバー、フィラメントヤーン、紡績糸、紐状物、ロープ、布帛などのあらゆる繊維形態において優れた耐熱性を示すので、特にホース類やセメント補強材などの用途に用いることができる。その際の繊維の断面形状に関しても特に制限はなく、円形、中空、あるいは星型等異型断面であってもかまわない。なかでも、本発明によるPVA系繊維は、耐熱性、柔軟性にすぐれているので、耐熱性布帛として有利に用いることができ、例えば、本発明によるPVA系繊維を50質量%以上、好ましくは、80質量%以上、特に、90質量%以上含む布帛とすることによって、高度な耐熱性を示すPVA系繊維製品を得ることができる。この時、併用しうる繊維として特に限定はないが、セルロースナノファイバーを含有しないPVA系繊維や、ポリエステル系繊維、ポリアミド系繊維、セルロース系繊維等を挙げることができる。
【0050】
本発明の繊維は、力学物性、柔軟性に加えて、高温での弾性率保持率などの耐熱性に優れることから、フィラメントや紡績糸、更には紙、不織布、織物、編物などの布帛とすることが可能であり、産業資材用、衣料用、医療用等あらゆる用途に好適に使用でき、例えば、各種フィルター、断熱材、高保温性衣料品、ハウスラッピングペーパー、などに広く使用することが出来る。特に力学物性、耐熱性に優れることから、セメント、ゴム、樹脂等の補強用繊維として好適に用いることができる。
【0051】
以下、実施例等により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。なお以下の実施例において、フィルムの光透過率並びに、軟化点温度(耐熱水性)、繊維の弾性率は下記の方法により測定したものを示す。
【0052】
[フィルムの光透過率測定]
フィルムの光透過率測定は、日立分光光度計U−4100を用いて、380〜780nmにおける透過率を測定した。
【0053】
[フィルムの軟化点温度(耐熱水性)]
フィルムの熱水中での軟化点温度は、エレックス化学製自動軟化点温度測定装置を用いて、2.5cm角のフィルムを直径1cmの円状の穴を有する金属枠に固定し、穴の中央に直径0.95cm、重さ3.526gの球を置き、純水中30℃から5℃/minの昇温過程で球が2.5cm降下したときの温度をセンサーで感知することで測定した。
【0054】
[フィルムの水膨潤度]
フィルムの水膨潤度は、10cm×15cmのフィルムを30℃の純水1L中に30分間浸漬したのちに取り出し、表面の水分を濾紙で拭き取ったあと、精密天秤で測定したフィルム質量W1と、その後105℃の熱風乾燥機で16時間乾燥したフィルム質量W2から次式を用いて算出した。
膨潤度(%)=(W1/W2)×100
【0055】
[繊維の弾性率]
JIS−1013試験法に準じ、予め調湿されたヤーンを試長20cm、初期荷重0.25g/d及び引張速度50%/分の条件で測定し、n=20の平均値を採用した。また、耐熱性を示す高温での弾性率保持率は、引張試験機に空気恒温槽を取り付け、100℃での弾性率(高温弾性率)を測定し、室温弾性率に対する高温弾性率の割合(%)で示した。
【0056】
[実施例1]
(1)平均重合度2400、ケン化度99.9mol%以上のPVA系重合体100質量部に対して可塑剤としてグリセリン12質量部になるようにPVA水溶液を調整した(A)。
(2)次に、乾燥質量で2g相当分の未乾燥の亜硫酸漂白針葉樹パルプ(主に1000nmを超える繊維径の繊維から成る)、0.025gのTEMPO(2,6,6,−テトラメチルピペリジン 1−オキシル)および0.25gの臭化ナトリウムを水150mlに分散させた後、13質量部の次亜塩素酸ナトリウム水溶液を、1gのパルプに対して次亜塩素酸ナトリウムの量が2.5mmolとなるように次亜塩素酸ナトリウムを加えて反応を開始した。反応中は0.5M の水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHを10.5に保った。pHに変化が見られなくなった時点で反応終了と見なし、反応物をガラスフィルターにてろ過した後、十分な量の水による水洗、ろ過を5回繰り返し、固形分量25質量部の水を含浸させた反応物繊維を得た。
(3)次に、該反応物繊維に水を加え、2質量部 スラリーとし、回転刃式ミキサーで約5分間の処理を行った。処理に伴って著しくスラリーの粘度が上昇したため、少しずつ水を加えていき固形分濃度が0.15質量部 となるまでミキサーによる分散処理を続けた。こうして得られたセルロース濃度が0.15質量部の微細セルロース繊維の分散体に対して、遠心分離により浮遊物の除去を行った後、乾燥して、セルロースナノファイバー凝集体を得た。得られたセルロースの広角X線回折像から、セルロースI 型結晶構造を有するセルロースナノファイバーから成ることが示され、また同じセルロースナノファイバー凝集体の赤外スペクトルのパターンからカルボニル基の存在が確認された。なお、セルロースナノファイバーの平均繊維径は4nm、カルボキシ量とアルデヒド量の総和は、セルロースナノファイバーの質量に対して0.6mmol/gであった。
(4)上記のセルロースナノファイバー凝集体を、水に3質量部になるように添加し、攪拌してセルロースナノファイバー分散溶液を得た(B)。(A)中のPVA100質量部に対して、セルロースナノファイバーが1.0質量部になるように(B)を加え、混合攪拌することで、フィルム原液とした。
(5)これを60℃の金属ロール上で乾燥して厚みが75μmのPVA系フィルムを得た。さらに得られたフィルムを枠固定し、120℃で10分間熱処理をした。得られたフィルムの光透過率、軟化点温度、膨潤度を表1に示した。
(6)得られたフィルムの外観は良好で、厚み斑やブツ等もなく、光透過率は90.8%、軟化点温度は70.3℃、膨潤度は220%であり、透明性、耐熱水性に優れるものであった。
【0057】
[実施例2]
(1)セルロースナノファイバーの複合量を0.2質量部にした以外は、実施例1と同様の方法でフィルムを得た。得られたフィルムの光透過率、軟化点温度、膨潤度を表1に示した。
(2)得られたフィルムの外観は良好で、厚み斑やブツ等もなく、光透過率は90.8%、軟化点温度は69.0℃、膨潤度は220%であり、透明性、耐熱水性に優れるものであった。
【0058】
[実施例3]
(1)セルロースナノファイバーの複合量を3.0質量部にした以外は、実施例1と同様の方法でフィルムを得た。得られたフィルムの光透過率、軟化点温度、膨潤度を表1に示した。
(2)得られたフィルムの外観は良好で、厚み斑やブツ等もなく、光透過率は90.7%、軟化点温度は74.1℃、膨潤度は220%であり、透明性、耐熱水性に優れるものであった。
【0059】
[実施例4]
(1)セルロースナノファイバーの複合量を8.0質量部にし、実施例1と同様の方法でフィルム原液を得た。
(2)これをPETフィルム上で25℃にて乾燥して厚みが75μmのPVA系フィルムを得た。さらに得られたフィルムを枠固定し、135℃で10分間熱処理をした。得られたフィルムの光透過率、軟化点温度、膨潤度を表1に示した。
(3)得られたフィルムの外観は良好で、厚み斑やブツ等もなく、光透過率は90.6%、軟化点温度は83.0℃、膨潤度は220%であり、透明性、耐熱水性に優れるものであった。
【0060】
[実施例5]
(1)粘度平均重合度1700、けん化度99.9モル%のPVAを濃度20質量部となるように水に添加し、90℃にて窒素雰囲気下で溶解した(A)、一方、平均繊維径が4nm、セルロースナノファイバー中のカルボキシ量とアルデヒド量の総和が、セルロースナノファイバーの質量に対して0.6mmol/gであるセルロースナノファイバーを水に3質量部になるように添加し、攪拌してセルロースナノファイバー分散溶液を得た(B)。(A)中のPVA100質量部に対して、セルロースナノファイバーが1.0質量部になるように(B)を加え、混合攪拌することで、紡糸原液とした。
(2)得られた紡糸原液を、孔径0.08mm、ホール数108のノズルを通して、5℃のメタノール溶液中に乾湿式紡糸した。
(3)得られた固化糸を、メタノール中で4倍の湿延伸し、更に120℃の熱風で乾燥して巻き取ることで、紡糸原糸を得た。
(4)得られた紡糸原糸を、第一炉180℃、第2炉235℃の熱風延伸炉中で総延伸倍率(湿延伸倍率×熱風炉延伸倍率)が15倍になるように延伸して繊維を得た。力学物性の評価結果を表2に示す。
(5)得られた繊維の外観は良好で糸斑等はなく、単糸繊度は6.8dtex、繊維の室温及び100℃における弾性率はそれぞれ、334cN/dtex、150cN/dtex、保持率は45%であり、耐熱性に優れるものであった。
【0061】
[実施例6]
(1)混合するセルロースナノファイバーの量を0.2質量部にした以外は、実施例5の記載の方法で、紡糸、延伸して繊維を得た。力学物性の評価結果を表2に示す。
(2)得られた繊維の外観は良好で糸斑等はなく、単糸繊度は6.5dtex、繊維の室温及び100℃における弾性率はそれぞれ、340cN/dtex、110cN/dtex、保持率は32%であり、耐熱性に優れるものであった。
【0062】
[実施例7]
(1)混合するセルロースナノファイバーの量を8.0質量部にした以外は、実施例5の記載の方法で、紡糸、延伸して繊維を得た。力学物性の評価結果を表2に示す。
(2)得られた繊維の外観は良好で糸斑等はなく、単糸繊度は7.0dtex、繊維の室温及び100℃における弾性率はそれぞれ、260cN/dtex、130cN/dtex、保持率は50%であり、耐熱性に優れるものであった。
【0063】
[比較例1]
(1)ナノフアイバーを含有しない以外は、実施例1の記載の方法で、フィルムを作成した。光透過率、熱水切断温度の評価結果を表1に示す。
(2)得られたフィルムの外観は良好であり、光透過率は90.8%で優れているものの、軟化点温度は68.5℃、膨潤度は220%と、耐熱水性が低いものであった。
【0064】
[比較例2]
(1)ナノフアイバーを含有しない以外は、実施例5の記載の方法で、紡糸、延伸して繊維を得た。力学物性の評価結果を表1に示す。
(2)得られた繊維の外観は良好で糸斑等はなく、室温の弾性率こそ322cN/dtexと高い値を示したが、100℃の弾性率は84cN/dtexと低いものであった。
【0065】
[比較例3]
(1)実施例1において原料として用いた亜硫酸漂白針葉樹パルプ(主に1000nmを超える繊維径の繊維から成る)に水を加え、ミキサー処理により3質量部の分散液を調整した以外は、実施例5の記載の方法で、紡糸、延伸して繊維を得た。力学物性の評価結果を2に示す。ここで用いたセルロースナノファイバーは、いわゆる、酸化処理を行っておらず、セルロースナノファイバーのカルボキシ量とアルデヒド量の総和は、セルロースナノファイバーの質量に対して0.01mmol/g程度である。
(2)得られた繊維の外観は良好で糸斑等はなく、室温の弾性率こそ320cN/dtexと高い値を示したが、100℃の弾性率は85cN/dtexと低いものであった。
【0066】
[比較例4]
(1)混合するセルロースナノファイバーの量を15.0質量部にした以外は、実施例5の記載の方法で、紡糸、延伸して繊維を得た。力学物性の評価結果を表2に示す。
(2)得られた繊維は毛羽が多いばかりでなく繊度斑が激しいものであった。また室温及び100℃における弾性率は、200cN/dtex、58cN.dtexであり、耐熱性に優れるものではなかった。
【0067】
[比較例5]
(1)セルロースナノファイバーの代わりに、一般に高分子材料に対して耐熱性及び耐熱水性を付与できるとされている、ナノ層状化合物である合成マイカ(コープケミカル社製:商品名ME100)を1.0質量部添加した以外は実施例5の記載の方法で、紡糸、延伸して、繊維を得た。力学物性の評価結果を表2に示す。
(2)得られた繊維は多少毛羽が発生しており、室温の弾性率こそ290cN/dtexと高い値を示したが、100℃の弾性率は80cN/dtexと低いものであった。
【0068】
【表1】

【0069】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の組成物は、透明性および、耐熱性または耐熱水に優れており、とくにフィルム、繊維の素材として有用である。さらに、紙加工剤、繊維加工剤、繊維糊剤、塗料、コーティング剤、接着剤などにも適用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリビニルアルコール系重合体と、平均繊維径が2〜150nmのセルロースナノファイバーとの複合体であって、セルロースの水酸基の一部がカルボキシル基及びアルデヒド基からなる群から選ばれる少なくとも1つの官能基に酸化されており、かつカルボキシル基とアルデヒド基の量の総和がセルロースナノファイバーの質量に対し、0.1〜2.2mmol/gであるセルロースナノファイバーの含有量がポリビニルアルコール系重合体100質量部に対して0.1〜10質量部であることを特徴とするセルロースナノファイバー複合ポリビニルアルコール系重合体組成物。
【請求項2】
請求項1記載のセルロースナノファイバーが天然セルロースを原料とし、水中においてN−オキシル化合物を酸化触媒とし、共酸化剤を作用させることにより酸化されているセルロースナノファイバーであるセルロースナノファイバー複合ポリビニルアルコール系重合体組成物。
【請求項3】
請求項1または2に記載のセルロースナノファイバー複合ポリビニルアルコール系重合体組成物からなるフィルム。
【請求項4】
請求項1または2に記載のセルロースナノファイバー複合ポリビニルアルコール系重合体組成物からなる繊維。

【公開番号】特開2010−242063(P2010−242063A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−50213(P2010−50213)
【出願日】平成22年3月8日(2010.3.8)
【出願人】(000001085)株式会社クラレ (1,607)
【Fターム(参考)】