説明

ダイヤモンド電子放出素子およびその製造方法

【課題】 電子放出材料として優れた特性を有するダイヤモンドを用いた電子放出素子において、高出力動作において優れた電子放出能力を持つ電子放出素子を提供する
【解決手段】 突起状のダイヤモンドからなる電子放出部10と、電子放出部に電界を印加するゲート電極20を絶縁層21上に備える電子放出素子1において、電子を供給する電子供給部11が、前記突起状電子放出部10の表面の側面に設けられており、前記電子供給部の少なくとも表面が弗酸でエッチングされない材料からなることを特徴とする。また、前記電子供給部が少なくとも2層からなり、電子放出部に近い側がダイヤモンドと密着性の良い層からなり、前記密着性の良い層が弗酸でエッチングされない材料からなる第2電子供給部に被覆されていてもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイヤモンドからなる電子放出素子およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電子放出素子として、冷陰極の開発が進められている。冷陰極等の電子放出素子は、例えば、モリブデン、カーボンナノチューブ又はダイヤモンドからなる電子放出部を有する。特に、ダイヤモンドを電子放出部とする電子放出素子は負の電子親和力を有すること、化学的に極めて安定性であること、高い熱伝導率を有することなどから大電流・低電圧・長寿命の電子源として注目を集めている。
【0003】
ダイヤモンドを電子源として使用する場合、キャリアとして電子が多いn型の方が低電圧から電子放出が起こるなど、電子放出特性が良いことが知られている。しかし、これらは電流がμAオーダーでの話であり、合計電流が大きくなるとn型電子放出素子よりp型電子放出素子の方が低電圧で動作する。これはn型ダイヤモンドがこれまで数百Ωcm程度の低効率の高いものしか得られなかったためである。
【特許文献1】特開2001−266736号公報
【特許文献2】特開2004−119018号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、電子放出材料として優れた特性を有するダイヤモンドを用いた電子放出素子において、高出力動作において優れた電子放出能力を持つ電子放出素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本発明の電子放出素子は、図1を参照して、突起状のダイヤモンドからなる電子放出部10と、電子放出部に電界を印加するゲート電極20を絶縁層21上に備える電子放出素子1において、電子を供給する電子供給部11が、前記突起状電子放出部10の表面の側面に設けられており、前記電子供給部の少なくとも表面が弗酸でエッチングされない材料からなることを特徴とする。
【0006】
このような構造を有する電子放出素子は、鋭い先端を有するため電界集中により低電圧で電子放出を引き出せると共に、鋭くすることによって増加したダイヤモンドの直列抵抗を電子供給部により減少させ、大電流領域までダイヤモンドの高い電子放出能力を維持することができる。さらにこのような電子供給部を設けた場合、ゲート等の電極構造を形成するのは困難であった。しかし電子供給部の少なくとも表面が弗酸でエッチングされない材料とすることによって、周辺に形成するゲート電極、絶縁層等とのエッチングの選択比を高くすることができ、生産性の高いウェットエッチングで本発明の電子放出素子を形成することができる。
【0007】
また、図2に示すように、前記電子供給部が少なくとも2層11、12からなり、電子放出部に近い側がダイヤモンドと密着性の良い層12からなり、前記密着性の良い層が弗酸でエッチングされない材料からなる第2電子供給部11に被覆されていてもよい。
【0008】
ダイヤモンドは化学的に安定なため金属等の他材料、特に弗酸でエッチングされないMoやSi等との密着性は必ずしも良くない。特に電子放出素子では熱や印加電圧などが厳しい環境で変化するため、密着性が弱いと容易に素子の破壊に繋がる。そこで、このような電子供給部表面層とダイヤモンドとの間にダイヤモンドとの密着性の良い層を挟むことによって、高い密着性を維持し、安定したダイヤモンド電子放出素子を得ることができる。このような材料として、Ti、Zr、Hf、V、Nb,Ta等を挙げることはできる。また、炭化物を形成する材料、例えばWなども高い密着性を維持することができる。
【0009】
更に、図3(a)に示すように、前記電子供給部が少なくとも2層からなり、絶縁層21と接する側が絶縁層と密着性の良い材料13であってもよい。また、図3(b)に示すように、絶縁層と密着性のよい材料は、前記ダイヤモンドと密着性のよい材料12であってもよい。
【0010】
表面が弗酸にエッチングされない材料、たとえばMoなどは必ずしも絶縁層との密着性は良くなく、例えばSiOなどの酸化物の絶縁層との密着性は悪い。そこで、絶縁層との接触部分を別構造として絶縁層と密着性の良い材料を形成することによって、寿命の長いダイヤモンド電子放出素子を得ることができる。このような材料として、Ti、Zr、Hf、V、Nb,Ta等を挙げることができる。
【0011】
また、前記電子供給部11が、前記突起状電子放出部の先端から500nm以下の距離まで前記突起状電子放出部10を被覆していることが好ましい。突起状のダイヤモンドは細長い形状であるため直列抵抗が高く、電子供給部の端が電子放出部の先端から遠いと抵抗が高くなるため、大電流が得られなくなる。高電圧を印加した場合に電子が散乱を受けずに移動することのできる500nm以下の距離まで電子供給部を形成することが望ましい。望ましくは、より電子の散乱が少ない200nm以下の距離が良い。
【0012】
また、図4に示すように、前記電子放出部10の先端の曲率半径をr、前記電子供給部の膜厚をd、前記電子放出部の先端から前記電子供給部の端までの距離をLとしたとき、L>2rかつL>2dであることが好ましい。直列抵抗を減らすため、電子供給部は電子放出部先端になるべく近いほうが望ましいが、近すぎるとゲート電極がかける電界がブロックされ、高い放出電流が得られなくなることが分かった。電子供給部に最適な構造として、電子放出部の曲率半径rと比べ、2r以上離れ、かつ電子供給部の膜厚dと比べ2d以上離れることで、効果的にゲート電極の電界が電子放出部先端に印加され、高い電子放出電流を得ることができる。
【0013】
ダイヤモンドはn型であることが好ましい。p型ダイヤモンドも高い電子放出能力を持っているが、上記の電子供給部を形成することでn型の課題であった直列抵抗を低減することができ、実効的に高い電子放出能力を持つ電子放出素子を得ることができる。
【0014】
ダイヤモンド表面は酸素で終端されていることが好ましい。ダイヤモンドは酸素で終端した方が他材料との密着性が高くなり、本発明の構造の電子放出素子として長寿命で安定した電子放出素子を得ることができる。また特にn型ダイヤモンドの場合、表面を水素で終端すると表面のp型伝導層により電子放出部中のキャリアが減少する。そのため酸素終端することにより、n型ダイヤモンドは高い電子放出能力を発揮することができる。
【0015】
本発明の電子放出素子の製造方法は、突起状のダイヤモンドを準備する工程と、前記突起状ダイヤモンドに電子供給部を成膜する工程と、前記突起状ダイヤモンドにフォトレジストをコーティングする工程と、前記突起状ダイヤモンドをエッチング液に浸して突起先端の電子供給部をエッチングする工程からなる。このような工程にすることで、コーティングするフォトレジストの膜厚を変化させることで電子供給部と電子放出部先端までの距離を任意に制御することが可能となり、本発明に最適な構造を形成することができる。
【0016】
また、上記製造方法により、第1の電子供給部を形成した後、第2もしくはそれ以上の電子供給部を成膜する工程と、前記突起状ダイヤモンドにフォトレジストをコーティングする工程と、前記突起状ダイヤモンドをエッチング液に浸して突起先端の電子供給部をエッチングし、かつ第1の電子供給部を露出させない製造方法であることが好ましい。このような工程にすることで、2層以上からなる電子供給部の位置を前述のように任意に制御することが可能になり、前記密着性の良い層を、弗酸でエッチングされない表面層で確実に被覆して本発明の電子放出素子を得ることができる。
【0017】
また、本発明の電子放出素子を安定化する処理方法は、真空中で200℃以上600℃以下で30分以上加熱することを特徴とする。本発明の製造方法により、電子放出部の先端にエッチング液等の残渣などが残るが、真空中で200℃以上に加熱することによりこれらの物質を除去し、安定した放出電流を得ることができる。また600℃以下に温度を限定することにより、積層した電子供給部の金属の拡散等を防ぐことができ、電子放出素子の損傷を防ぐことができる。
【0018】
また、電子放出素子の安定化する処理方法は、ゲート電極にパルス状の電圧を印加することであってもよい。電子放出素子の本格的な動作の前の事前処理としてこのような電圧印加をすることで、本発明の製造工程を通して電子放出部先端の残渣等が放出電子による熱的な脱離や電界蒸発等により効果的に除去され、放出電子が増加すると共に安定した放出電流を得ることができる。このとき、パルス幅は5msec以下であることが望ましく、デューティー比は10%以下が望ましい。このようにすることで、アーク放電等を防ぎながら効果的に電子放出素子の安定化処理を行うことができる。またこのとき電子放出部先端にかかる電界は20V/μm以上が望ましい。このような電界にすることで、安定化処理を加速して早期に安定な電子放出素子を得ることができる。
【発明の効果】
【0019】
電子放出材料として優れた性質を持つダイヤモンドに電子供給部を形成することで、従来の電子放出素子より高出力動作において優れた電子放出能力を得ることができる。このような電界放射型電子源は、進行波管やクライストロンなどのマイクロ波管、高周波増幅素子やSEMや電子線露光機などの電子ビーム機器、FEDなどの発光素子などの性能を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明を実施するための形態を、実施例により具体的に説明するが、本発明の範囲はこの実施例により限定されるものではない。
【実施例】
【0021】
高圧合成Ib(111)単結晶ダイヤモンド基板上に、マイクロ波プラズマCVDを用いてリンドープダイヤモンドを形成した。水素(H)流量200sccm、メタン/水素(CH/H)濃度は0.05%、ホスフィン/メタン(PH/CH)濃度は20%、圧力13.3kPa、基板温度870℃、膜厚は5μmとした。
【0022】
次にリンドープダイヤモンドの上に、ICP−CVD法でSiOを成膜し、フォトリソグラフィーで直径1.5μmのドットを形成した。これをRIE法でエッチングし、円形のSiOマスクを形成した。RIEの反応条件は、CF流量20sccm、圧力1.3Pa、RFパワー100Wとした。次にSiOマスクを用いてダイヤモンドをエッチングし、突起形状の電子放出部を有するダイヤモンドを形成した。RIEの反応条件は酸素流量50sccm、CF/O濃度2%、圧力2Pa、RFパワー250Wとした。形成した突起の高さは2μmである。
【0023】
この突起形状を有するダイヤモンドを弗酸に浸したのち、硝酸と硫酸を1:3に混合した溶液に入れ200℃で30分加熱して表面を酸素終端にした。次に電子供給部としてダイヤモンドと密着性のよい層を形成するため、突起のある側にスパッタ法を用いてTiを50nm成膜した。これにフォトレジストをダイヤモンド表面にスピン塗布した。これをバッファード弗酸に入れ、突起先端から1μmの距離まで露出させた。次にフッ酸でエッチングされない電子供給部を形成するため、スパッタ法でMoを50nm成膜した。同様にフォトレジストをスピン塗布し、王水で突起先端から200nmの距離まで露出させた。次に絶縁層と密着性のよい層を形成するため、電子供給部に厚さ3μmのレジストを塗布して露光を行い、蒸着法によりTiを50nm成膜してリフトオフを行った。
【0024】
次にゲート構造を形成するため、絶縁層としてICP−CVD法を用いてSiOを2μm成膜し、ゲート電極としてスパッタ法を用いてMoを200nm成膜した。これにフォトレジストをスピン塗布し、王水とバッファード弗酸を用いて電子放出部の周囲に直径2μmのゲート構造を形成した。さらにフォトレジストを塗布して露光を行い、エッチングによりゲート電極分離を行った。
【0025】
この電子放出素子にアノード電極を設置し、真空チャンバーに入れて10−7Paまで真空引きしたのち、300℃で1時間加熱して脱ガスなど素子の動作を損傷する残留物を除去した。次にゲート電極に電圧150V、パルス幅2msec、周波数10Hz、の電圧パルスを4000回印加した。このときの放出電流の推移を図5に示す。
【0026】
以上のように形成した本発明の電子放出素子と、電子供給部が無いことの他はまったく同じ構造の電子放出素子との放出電流の比較を図6に示す。このように本発明の電子放出素子が優れた特性を持っていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0027】
以上のように、本発明の電子放出素子は、電子放出材料として優れた性質を持つダイヤモンドに電子供給部を形成することで、従来の電子放出素子より高出力動作において優れた電子放出能力を得ることができる。このような電界放射型電子源は、進行波管やクライストロンなどのマイクロ波管、高周波増幅素子やSEMや電子線露光機などの電子ビーム機器、FEDなどの発光素子などの性能を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の電子放出素子の断面図を示す。
【図2】本発明の電子放出素子の他の断面図を示す。
【図3】本発明の電子放出素子の他の断面図を示す。
【図4】本発明の電子放出部の拡大図を示す。
【図5】実施例の放出電流の推移を示す。
【図6】実施例の放出電流の比較を示す。
【符号の説明】
【0029】
1 電子放出素子
10 電子放出部
11 電子供給部
12 ダイヤモンドと密着性のよい層
13 絶縁層と密着性のよい層
20 ゲート電極
21 絶縁層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
突起状のダイヤモンドからなる電子放出部と、電子放出部に電界を印加するゲート電極を絶縁層上に備える電子放出素子において、電子を供給する電子供給部が前記突起状電子放出部表面の側面に設けられており、前記電子供給部の少なくとも表面が弗酸でエッチングされない材料からなることを特徴とする電子放出素子。
【請求項2】
前記電子供給部が少なくとも2層からなり、電子放出部に近い側がダイヤモンドと密着性の良い層からなり、前記密着性の良い層が弗酸でエッチングされない材料からなる第2電子供給部に被覆されていることを特徴とする請求項1に記載の電子放出素子。
【請求項3】
前記電子供給部が少なくとも2層からなり、絶縁層と接する側が絶縁層と密着性の良い材料からなることを特徴とする請求項1または2に記載の電子放出素子。
【請求項4】
前記電子供給部が前記電子放出部の先端から500nm以下の距離まで前記電子放出部を被覆していることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の電子放出素子。
【請求項5】
前記電子放出部の先端の曲率半径をr、前記電子供給部の膜厚をd、前記電子放出部の先端から前記電子供給部の端までの距離をLとしたとき、L>2rかつL>2dであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の電子放出素子。
【請求項6】
前記電子供給部の弗酸にエッチングされない材料がMo、Siのいずれかからなることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の電子放出素子
【請求項7】
前記電子放出部のダイヤモンドと密着性の良い層が、Ti、Zr、Hf、V、Nb,Taのいずれかからなることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の電子放出素子。
【請求項8】
前記電子放出部のダイヤモンドと密着性の良い層が、炭化物を形成する材料であることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の電子放出素子。
【請求項9】
前記絶縁層が酸化物絶縁体であり、かつ前記絶縁層と密着性の良い電子供給部がTi、Zr、Hf、V、Nb,Taのいずれかからなることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の電子放出素子。
【請求項10】
前記ダイヤモンドがn型であることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の電子放出素子。
【請求項11】
前記ダイヤモンド電子放出部の表面が酸素で終端されていることを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載の電子放出素子。
【請求項12】
突起状のダイヤモンドを準備する工程と、前記突起状ダイヤモンドに電子供給部を成膜する工程と、前記突起状ダイヤモンドにフォトレジストをコーティングする工程と、前記突起状ダイヤモンドをエッチング液に浸して突起先端の電子供給部をエッチングする工程からなる電子放出素子の製造方法。
【請求項13】
前記電子供給部(第1の電子供給部)を形成した後、第2もしくはそれ以上の電子供給部を成膜する工程と、前記突起状ダイヤモンドにフォトレジストをコーティングする工程と、前記突起状ダイヤモンドをエッチング液に浸して突起先端の電子供給部をエッチングし、かつ第1の電子供給部を露出させないことを特徴とする請求項12に記載の電子放出素子の製造方法。
【請求項14】
前記電子供給部を備えた電子放出素子を真空中で200℃以上600℃以下の温度で30分以上加熱することを特徴とする電子放出素子の処理方法。
【請求項15】
前記電子供給部を備えた電子放出素子において、ゲート電極にパルス状の電圧を印加することを特徴とする電子放出素子の処理方法。






【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−27781(P2008−27781A)
【公開日】平成20年2月7日(2008.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−200157(P2006−200157)
【出願日】平成18年7月24日(2006.7.24)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】