説明

デュアルクラッチ式自動変速機

【課題】アップ変速において原動機の回転数の減速度を制御することにより、変速ショックを低減するとともに変速後における原動機の回転数の安定化を図るデュアルクラッチ式自動変速機を提供することを目的とする。
【解決手段】デュアルクラッチ式自動変速機1の変速制御装置80は、アップ変速である場合に高速段側クラッチ31の目標伝達トルクTchを演算する目標伝達トルク演算部81と、低速段側クラッチ32を切離制御し、高速段側クラッチ31を目標伝達トルクTchに制御するとともにエンジン回転数Neを同期制御して高速段側クラッチ31を接続制御するアップ変速制御部82と、エンジン回転数Neの減速度ΔNeが目標回転数減速度ΔNetを超える場合に、低速段側クラッチ32に減速度抑制トルクTuを伝達させてエンジン回転数Neの減速度ΔNeを抑制する減速度抑制トルク制御部84を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数のクラッチを備えるデュアルクラッチ式自動変速機に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動変速機は、車両に搭載されたエンジンなどの原動機が出力する回転駆動力を自動で変速する装置として用いられている。例えば、特許文献1,2には、複数のクラッチを備えるデュアルクラッチ式自動変速機が開示されている。このデュアルクラッチ式自動変速機は、変速予定の変速段を予め成立させておき、変速指令が送出された場合に、複数のクラッチの係合状態を切換えることによって高速な変速制御を実現している。また、自動変速機には、変速時に発生する変速ショックを低減することが求められている。そのため、変速制御においては、変速予定の変速段を構成する駆動ギヤを設けられた入力軸の回転数にエンジンの回転数を同期させてから、当該入力軸に対応するクラッチを接続することで変速ショックを抑制している。
【0003】
また、変速制御におけるエンジンの回転数の同期制御では、クラッチの接続時の変速ショックをさらに抑制するために、エンジンの回転数が所定の変化速度で入力軸の回転数に近付けて同期させることがある。このような場合には、クラッチの伝達トルクが所定の目標値となるように設定することで、エンジンの回転数の変化速度を制御することができる。このクラッチの伝達トルクは、クラッチの接続度合いに応じて変動するため、クラッチを動作させるアクチュエータの動作量を制御することにより調整される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−332840号公報
【特許文献2】特開2010−196745号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、自動変速機の動作環境によっては周囲温度などの影響により、クラッチのアクチュエータの動作量に対して実際のクラッチの伝達トルクが増減することがある。そうすると、クラッチの伝達トルクが目標値から変動したことによって、エンジンの回転数が予定よりも遅延して、または早期に入力軸の回転数に達することになる。このような自動変速機の動作環境などに起因する動作の変動については、例えば、逐次検出しているエンジンの回転数から変化速度を算出し、これに基づいてクラッチのアクチュエータの動作量を制御することで、ある程度の調整が可能となっている。
【0006】
ところが、自動変速機が変速比の小さい変速段にシフトするアップ変速を行う場合には、エンジンの回転数の減速度が一旦大きくなってしまうと、クラッチのアクチュエータの動作量を制御してもエンジンの回転数の減速度を低下させることが困難である。そして、予定よりも早期に同期した場合には、クラッチの接続時におけるエンジンの回転数の変化速度(減速度)が大きいため、クラッチを接続した後に、エンジンのイナーシャなどの影響によって、エンジンの回転数が不安定となることがある。
【0007】
本発明は、上記課題を鑑みてなされたものであり、アップ変速において原動機の回転数の減速度を制御することにより、変速ショックを低減するとともに変速後における原動機の回転数の安定化を図るデュアルクラッチ式自動変速機を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述した課題を解決するために、請求項1に係る発明によると、同心に配置された第1入力軸および第2入力軸と、原動機の回転駆動力を前記第1入力軸に伝達する第1クラッチと前記回転駆動力を前記第2入力軸に伝達する第2クラッチとを有するデュアルクラッチと、前記第1入力軸に伝達された前記回転駆動力を変速して奇数変速段を成立させる第1シフト機構、および前記第2入力軸に伝達された前記回転駆動力を変速して偶数変速段を成立させる第2シフト機構と、変速指令が送出されると、前記第1クラッチおよび前記第2クラッチのうち、前記第1入力軸および前記第2入力軸のうちの前記原動機から切り離される入力軸に対応するクラッチを切離する切離制御を行い、前記第1クラッチおよび前記第2クラッチのうち、前記第1入力軸および前記第2入力軸のうちの前記原動機に接続される入力軸に対応するクラッチを、前記原動機の回転数が前記接続される入力軸の回転数と同期すると接続する接続制御を行う変速制御装置と、を備え、
前記変速制御装置は、前記変速指令がアップ変速指令である場合に、前記原動機のイナーシャにアップ変速における前記原動機の目標回転数減速度を乗算した目標出力トルクを算出し、前記原動機の現出力トルクから前記目標出力トルクを減算した値を、前記第1入力軸および前記第2入力軸のうち高速段側の入力軸に対応する高速段側のクラッチの目標伝達トルクとして演算する目標伝達トルク演算部と、前記低速段側のクラッチを切離制御し、前記高速段側のクラッチの伝達トルクを前記目標伝達トルクに制御するとともに前記原動機の回転数が前記高速段側の入力軸の回転数と同期すると前記高速段側のクラッチを接続制御するアップ変速制御部と、前記アップ変速制御部により前記高速段側のクラッチの伝達トルクが前記目標伝達トルクに制御されているときの前記原動機の回転数の減速度を演算する減速度演算部と、前記減速度演算部で演算された前記原動機の回転数の減速度が前記目標回転数減速度を超える場合に、前記低速段側のクラッチに減速度抑制トルクを伝達させて前記原動機の回転数の減速度を抑制する減速度抑制トルク制御部と、を備える。
【0009】
請求項2に係る発明によると、請求項1において、前記減速度抑制トルクは、前記原動機の回転数の減速度が前記目標回転数減速度を超える間は漸増される。
【0010】
請求項3に係る発明によると、請求項1または2において、前記減速度抑制トルクは、予め定められた上限値以下に制御される。
【発明の効果】
【0011】
請求項1に係る発明によると、デュアルクラッチ式自動変速機の変速制御装置は、変速指令がアップ変速指令である場合に、先ず、低速段側のクラッチを切離制御し、高速段側のクラッチを目標伝達トルクに制御する。これにより、原動機の回転数は、高速段側の入力軸の回転数に近付くことになる。また、上記の「目標伝達トルク」とは、変速制御時における原動機の現出力トルクから目標出力トルクを減算した値である。この原動機の「現出力トルク」は、例えば、原動機の回転数やアクセル開度などの検出値、および当該原動機の出力トルク特性に基づいて算出することができるものである。また、クラッチの「目標出力トルク」は、原動機のイナーシャ(慣性モーメントまたは慣性能率ともいう)に目標回転数減速度を乗算した値である。
【0012】
さらに、「目標回転数減速度」は、その自動変速機で所定の変速段へのアップ変速を行う場合に、原動機の回転数の減速度の目標値として予め定められている。つまり、目標回転数減速度は、変速制御において原動機の回転数の減速度が目標回転数減速度を超えないように制御すれば、変速ショックを低減するとともに原動機の回転数の安定した変速制御が可能となる値に設定されている。このように、クラッチの目標出力トルクは、原動機の回転数を減速するために高速段側のクラッチから伝達されるべき減速トルクに相当する。そして、原動機の現出力トルクからこの目標出力トルクを減算することにより、その差分が駆動輪に伝達されるべき目標伝達トルクとして算出される。そして、アップ変速制御部は、例えば、高速段側のクラッチを動作させるアクチュエータを算出された目標伝達トルクに応じた動作量に制御する。
【0013】
このように、変速制御装置は、変速ショックが生じない基準の変速制御として上記のような制御を開始する。そうすると、原動機の回転数は、目標回転数減速度で減速しながら高速段側の入力軸の回転数に近付いていく。続いて、変速制御装置は、減速度演算部により変速制御中における実際の原動機の回転数の減速度を演算し、この減速度が目標回転数減速度を超えていないか判定する。そして、実際の原動機の回転数の減速度が目標回転数減速度を超えている場合、即ち原動機の回転数が予定よりも早く低減している場合には、減速度抑制トルク制御部により低速段側のクラッチを所定のトルクが伝達されるように接続する。そうすると、原動機の回転数よりも高速で回転している低速段側の入力軸から所定のトルクが減速度抑制トルクとして伝達される。これにより、原動機の回転数は、その減速度が抑制され、再び目標回転数減速度で減速しながら高速段側の入力軸の回転数に近付くように制御される。
【0014】
このような構成では、自動変速機の動作環境などの影響により原動機の回転数が予定よりも早く低減する場合においても、原動機の回転数の減速度を抑制できる。よって、自動変速機は、自動変速機が変速比の小さい変速段にシフトするアップ変速を行う場合に、原動機の回転数をより高精度に目標回転数減速度で減速できる。従って、自動変速機は、変速完了時においても変速ショックの発生を抑制できるとともに、変速後における原動機の回転数を安定化させることができる。
【0015】
請求項2に係る発明によると、変速制御装置によるアップ変速の変速制御において、減速度抑制トルクは、原動機の回転数の減速度が目標回転数減速度を超えている間は漸増されるものとしている。ここで、自動変速装置による変速制御は、原動機の回転数や現出力トルクを含む車両状態が刻一刻と変化しているため、車両情報を短い期間で取得して変化する車両状態に応じた制御を行うのが一般的である。そのため、アップ変速の変速制御において、減速度抑制トルクを伝達するような制御をしている場合に、継続して減速度抑制トルクを伝達する必要がある場合には、前回値に一定値だけ加えた減速度抑制トルクを算出してもよい。これにより、例えば、実際の原動機の回転数の減速度と目標回転数減速度との差分に応じて設定される場合と比較して、より簡易に算出して変速処理を行うことができるので、自動変速機の負荷を軽減することができる。
【0016】
請求項3に係る発明によると、変速制御装置によるアップ変速の変速制御において、減速度抑制トルクは、予め定められた上限値以下に制御されるものとしている。減速度抑制トルク制御部によって低速段側のクラッチから減速度抑制トルクが伝達される制御は、原動機の回転数の減速度を鈍化することにより、クラッチの接続時における変速ショックを低減するものである。そのため、減速度抑制トルクを大きくすると、変速ショックを低減する一方で変速制御に要する時間が冗長化したり、デュアルクラッチへの負荷が増大したりするおそれがある。そこで、減速度抑制トルクを上限値以下にすることで、変速制御に要する時間の冗長化およびデュアルクラッチへの負荷の増大を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】実施形態における変速機1の全体構造を示すスケルトン図である。
【図2】変速制御装置を示すブロック図である。
【図3】クラッチの伝達トルクとストロークの関係を示すグラフである。
【図4】アップ変速制御の基本的な処理を示すフローチャートである。
【図5】アップ変速制御における初回処理を示すフローチャートである。
【図6】アップ変速制御における減速度抑制処理を示すフローチャートである。
【図7】アップ変速制御におけるエンジン回転数およびクラッチの伝達トルクの時間的な変化を示すタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明のデュアルクラッチ式自動変速機を具体化した実施形態について図面を参照して説明する。
【0019】
<実施形態>
(変速機1の構成)
本実施形態における変速機1の構成について、図1〜図3を参照して説明する。変速機1は、車両に搭載されるデュアルクラッチ式の自動変速機である。変速機1は、図示しないケースに回転可能に支持された回転軸である第一入力軸11、第二入力軸12、第一副軸21、第二副軸22と、エンジン2の回転駆動力を回転軸に伝達するデュアルクラッチ30と、回転軸に回転可能に支持され前進または後進の変速段を構成する複数の変速ギヤ41〜46,51〜56,61〜64と、各変速段を選択的に成立させる第一シフト機構70a,70cと、第二シフト機構70b,70dと、変速制御装置80と、各種センサ90〜93を備える。上記のケースは、複数の軸受けにより各軸を支承するとともに、上記の複数のギヤおよび第一、第二シフト機構70a〜70dに含まれる摺動部に供給する潤滑油を収容している。
【0020】
エンジン2は、車両に搭載された駆動源であって、本発明の「原動機」に相当する。また、エンジン2は、ECU(Engine Control Unit)3により作動を制御される。ECU3は、後述する変速制御装置80からの各種情報、および各種センサ90〜93から車両情報を取得している。そして、ECU3は、これらの車両情報に基づいて、スロットル開度や燃料噴射量を調整し、エンジン2の回転数(以下、「エンジン回転数Ne」と称する)を制御している。エンジン回転数センサ90は、現在のエンジン回転数Neを実測するセンサである。第一入力軸回転数センサ91および第二入力軸回転数センサ92は、第一入力軸11の回転数(以下、第一入力軸回転数Ni1」とも称する)および第二入力軸12の回転数(以下、「第二入力軸回転数Ni2」とも称する)をそれぞれ検出する。車速センサ93は、駆動輪の回転数と駆動輪の外径から車両の速度を検知している。
【0021】
第一入力軸11は、中空軸状に形成され、軸受によりケースに対して回転可能に支承されている回転軸である。また、第一入力軸11の外周面には、軸受けを支持する部位と複数の外歯スプラインが形成されている。そして、第一入力軸11には、一速駆動ギヤ41および大径の五速駆動ギヤ45が直接形成されている。また、第一入力軸11の外周面に外歯スプラインが形成され、この外歯スプラインに三速駆動ギヤ43がスプライン嵌合により圧入されている。また、第一入力軸11は、デュアルクラッチ30の第一クラッチ31に連結される連結軸部が形成されている。このように、第一入力軸11には、複数の奇数変速段を構成する各駆動ギヤ41,43,45が固定して設けられている。
【0022】
第二入力軸12は、中空軸状に形成され、第一入力軸11の一部の外周に複数の軸受を介して回転可能に支承され、且つ、軸受によりケースのクラッチハウジングに対して回転可能に支承されている回転軸である。この第二入力軸12は、第一入力軸11に対して同心に相対回転可能に配置されている。また、第二入力軸12の外周面には、第一入力軸11と同様に、軸受けを支持する部位と複数の外歯歯車が形成されている。第二入力軸12には、二速駆動ギヤ42および大径の四速駆動ギヤ44(六速駆動ギヤ46)が形成されている。四速駆動ギヤ44は、四速従動ギヤ54および六速従動ギヤ56と噛合し、第四速段および第6速段の変速段を構成する駆動側のギヤとして共通化されたギヤである。また、第二入力軸12は、デュアルクラッチ30の第二クラッチ32に連結される連結軸部が形成されている。このように、第二入力軸12には、複数の偶数変速段を構成する各駆動ギヤ42,44,46が固定して設けられている。
【0023】
第一副軸21は、ケースの内部において第一入力軸11に平行に配置され、軸受によりケースに対して回転可能に支承されている回転軸である。また、第一副軸21の外周面には、最終減速ギヤ61と複数の外歯スプラインが形成されている。第一副軸21の外歯スプラインには、後述する第一シフト機構70aおよび第二シフト機構70bの各ハブ71がスプライン嵌合により圧入されている。最終減速ギヤ61は、ディファレンシャル(差動機構)のリングギヤ64に噛合している。さらに、第一副軸21は、一速従動ギヤ51、三速従動ギヤ53、四速従動ギヤ54、および後進ギヤ63を遊転可能に支持する支持部が形成されている。
【0024】
第二副軸22は、ケースの内部において第一入力軸11に平行に配置され、軸受によりケースに対して回転可能に支承されている回転軸である。また、第二副軸22の外周面には、第一副軸21と同様に、最終減速ギヤ62と複数の外歯スプラインが形成されている。第二副軸22の外歯スプラインには、後述する第一シフト機構70cおよび第二シフト機構70dの各ハブ71およびパーキング機構(図示しない)のパーキングギヤ65がスプライン嵌合により圧入されている。また、パーキング機構は、車両が停車状態となった場合に、パーキングギヤ65の回転を規制することにより、駆動輪に連結される軸の回転を防止することで、車両の停車状態を保持する機構である。最終減速ギヤ62は、ディファレンシャルのリングギヤ64に噛合している。さらに、第二副軸22は、二速従動ギヤ52、五速従動ギヤ55、および六速従動ギヤ56を遊転可能に支持する支持部が形成されている。
【0025】
デュアルクラッチ30は、エンジン2の回転駆動力を第一入力軸11に伝達する第一クラッチ31と、エンジン2の回転駆動力を第二入力軸12に伝達する第二クラッチ32と、第一クラッチ31を動作させる第一アクチュエータ33と、第二クラッチ32を動作させる第二アクチュエータ34を有する。このデュアルクラッチ30は、ケースのクラッチハウジングに収容され、第一入力軸11および第二入力軸12に対して同心に設けられている。第一クラッチ31は第一入力軸11の連結軸部に連結され、第二クラッチ32は第二入力軸12の連結軸部に連結されている。
【0026】
そして、デュアルクラッチ30は、変速制御装置80から入力される制御指令に基づいて第一アクチュエータ33および第二アクチュエータ34を動作させる。これにより、デュアルクラッチ30は、変速制御装置80により切離制御または接続制御され、第一クラッチ31および第二クラッチ32によりエンジン2との連結をそれぞれ切り換える。このようなデュアルクラッチ30を有するデュアルクラッチ式の自動変速機は、次に使用される変速段を予め成立させておき、回転駆動力を伝達するクラッチを切換えることで高速のシフト変更を実現している。
【0027】
後進ギヤ63は、第一副軸21に形成された後進ギヤの支持部に遊転可能に設けられている。また、本実施形態において、後進ギヤ63は、二速従動ギヤ52に一体的に形成された小径ギヤ52aに常に噛合し回転連結されている。リングギヤ64は、最終減速ギヤ61および最終減速ギヤ62に噛合することで、第一副軸21および第二副軸22に常時回転連結している。このリングギヤ64は、変速機1におけるファイナルギヤとして差動機構を構成し、ドライブシャフトを介して駆動輪に連結されている。
【0028】
第一、第二シフト機構70a〜70dは、変速制御装置80によって制御され、シフト操作に応じた変速段を成立させる機構である。本実施形態において、変速機1は、図1に示すように、4箇所に第一、第二シフト機構70a〜70dをそれぞれ配置している。第一、第二シフト機構70a〜70dは、変速ギヤのうち第一副軸21または第二副軸22に連結する変速ギヤの対象が異なる。第一シフト機構70aは、奇数変速段のうち第1速段を構成する一速従動ギヤ51および第3速段を構成する三速従動ギヤ53を連結の対象としている。第二シフト機構70bは、偶数変速段のうち第4速段を構成する四速従動ギヤ54と後進ギヤ63を連結の対象としている。第一シフト機構70cは、奇数変速段のうち第5速段を構成する五速従動ギヤ55のみを連結の対象としている。第二シフト機構70dは、偶数変速段のうち第2速段を構成する二速従動ギヤ52および第6速段を構成する六速従動ギヤ56を連結の対象としている。
【0029】
この第一、第二シフト機構70a〜70dは、ハブ71と、スリーブ72を備える。ハブ71は、内歯スプラインおよび外歯スプラインが形成された中空円盤状をなしている。ハブ71は、第一副軸21または第二副軸22の外歯スプラインにスプライン嵌合により圧入され、これにより圧入された副軸と一体的に回転する部材である。スリーブ72は、ハブ71に対して軸方向に移動可能となるようにハブ71の外歯スプラインに噛合している。このスリーブ72は、回転軸の軸方向にスライドして変速段の従動ギヤ51〜56または後進ギヤ63のピースギヤ部に噛合可能となっている。スリーブ72が各ギヤのピースギヤ部に噛合すると、各ギヤは支持されている副軸に相対回転不能に接続され、一体的に回転可能となる。また、スリーブ72は、軸方向にスライドした際に、図示しないシンクロリングを連結の対象とするギヤに付勢し、ギヤの回転数を副軸の回転数に同期させてから各ギヤと副軸を連結することを可能としている。
このように、第一シフト機構70a,70cは、第一入力軸11に伝達された回転駆動力を変速して奇数変速段を成立させている。同様に、第二シフト機構70b、70dは、第二入力軸12に伝達された回転駆動力を変速して偶数変速段を成立させている。
【0030】
変速制御装置80は、ECU3とCAN(Controller Area Network)通信によって相互に情報を交換し、ECU3からの変速指令や取得した車両情報などに基づいて変速機1の変速制御を行うTCU(Traction Control Unit)である。そのため、変速制御装置80は、第一シフト機構70a,70cおよび第二シフト機構70c,70dの動作機構に制御指令を出力して、所定の変速段を構成する従動ギヤと副軸の連結状態と連結解除状態を切換えている。さらに、変速制御装置80は、デュアルクラッチ30の第一アクチュエータ33および第二アクチュエータ34に制御指令を出力し、第一クラッチ31および第二クラッチ32の切離状態と接続状態とを制御している。
【0031】
また、変速制御装置80は、ECU3から変速指令が送出されると、第一クラッチ31および第二クラッチ32のうち一方を切離制御し、他方を接続制御する。具体的には、第2速段から第3速段のように変速比の小さい変速段にシフトするアップ変速の変速指令が送出された場合には、以下のような変速制御を行う。変速制御装置80は、先ず、第一入力軸11および第二入力軸12のうちエンジン2から切り離される入力軸(即ち、第2速段の二速駆動ギヤ42を固定された第二入力軸12)に対応する第二クラッチ32を切離する切離制御を行う。
【0032】
続いて、変速制御装置80は、第一クラッチ31を接続制御する前に、エンジン回転数Neを接続される第一入力軸回転数Ni1と同期させる同期制御を行う。そして、変速制御装置80は、エンジン回転数Neが第一入力軸回転数Ni1に同期すると、第一入力軸11および第二入力軸12のうちエンジン2に接続される入力軸(即ち第3速段の三速駆動ギヤ43を固定された第一入力軸11)に対応する第一クラッチ31を接続する接続制御を行う。
【0033】
ここで、上記のようなアップ変速において、変速前後における車速が一定であると仮定すると、変速比は小さくなっていることから、第二入力軸回転数Ni2よりも第一入力軸回転数Ni1が低く、エンジン回転数Neは変速前後で低下することになる。そのため、第一クラッチ31と第二クラッチ32の係合状態を単に切換えたのでは、クラッチの負荷が増大したり変速ショックが生じたりするおそれがある。そこで、変速制御装置80は、上記のように、第一クラッチ31を接続制御する前に、エンジン回転数Neを第一入力軸回転数Ni1と同期させる同期制御を行っている。
【0034】
また、変速制御装置80は、以下のような構成によって、アップ変速においてエンジン回転数Neの減速度ΔNeを制御し、変速ショックを低減するとともに変速後におけるエンジン回転数Neの安定化を図っている。この変速制御装置80は、図2に示すように、目標伝達トルク演算部81と、アップ変速制御部82と、減速度演算部83と、減速度抑制トルク制御部84を有する。目標伝達トルク演算部81は、ECU3が送出した変速指令がアップ変速指令である場合に、変速制御における高速断側クラッチの目標伝達トルクTchを[数1]により演算する。この「目標伝達トルクTch」は、低速段側クラッチを切離制御した後に、このトルクに高速断側クラッチの伝達トルクを制御すれば、変速ショックを抑制した変速が可能となる基準の伝達トルクである。
【0035】
[数1]
Tch =Te−Ie・ΔNet
Tch :目標伝達トルク
Te :現出力トルク
Ie :イナーシャ
ΔNet:目標回転数減速度
そのため、目標伝達トルク演算部81は、先ず、エンジン2のイナーシャIe(慣性モーメントまたは慣性能率ともいう)に目標回転数減速度ΔNetを乗算して高速断側クラッチの目標出力トルクTnを算出する。この「目標回転数減速度ΔNet」は、アップ変速制御において、エンジン回転数Neの減速度の目標値として予め定められている値である。つまり、目標回転数減速度ΔNetは、アップ変速制御においてエンジン回転数Neの減速度が目標回転数減速度ΔNetを超えないように制御すれば、変速ショックを抑制した変速が可能となる値に設定されている。
【0036】
次に、目標伝達トルク演算部81は、アップ変速制御時におけるエンジン2の現出力トルクTeから目標出力トルクTnを減算して目標伝達トルクTchを算出する。このエンジン2の「現出力トルクTe」は、例えば、エンジン回転数Neやアクセル開度などの検出値、および当該エンジン2の出力トルク特性に基づいて算出することができるものである。上記のように算出された高速断側クラッチの目標出力トルクTnは、エンジン回転数Neを好適に減速するために高速断側クラッチから伝達されるべき減速トルクに相当する。つまり、エンジン2の現出力トルクTeと目標出力トルクTnの差分である目標伝達トルクTchは、変速制御時に駆動輪に伝達されるトルクに相当する。
【0037】
アップ変速制御部82は、第一アクチュエータ33および第二アクチュエータ34に制御指令を出力し、第一クラッチ31および第二クラッチ32の係合状態を制御する。より具体的には、アップ変速制御が開始されると低速段側クラッチのアクチュエータに制御指令を出力し、低速段側クラッチを切離制御する。また、高速段側クラッチのアクチュエータに制御指令を出力し、高速段側クラッチの伝達トルクを算出された目標伝達トルクTchに制御する。この時、高速段側クラッチの伝達トルクが目標伝達トルクTchとなるように、図3に示すように、クラッチの伝達トルクとアクチュエータのストローク(動作量)との関係から、ストロークShとなるように制御指令が出力される。そして、アップ変速制御部82は、エンジン回転数Neが高速段側入力軸と同期すると高速段側クラッチを接続制御する。
【0038】
減速度演算部83は、ECU3から逐次入力するエンジン回転数Neに基づいて、アップ変速制御部82により高速段側クラッチの伝達トルクが目標伝達トルクTchに制御されているときのエンジン回転数Neの減速度ΔNeを算出する。
【0039】
減速度抑制トルク制御部84は、低速段側クラッチの伝達トルクを制御することにより、エンジン回転数Neの減速度を調整する。そのため、減速度抑制トルク制御部84は、先ず、減速度演算部83で演算されたエンジン回転数Neの減速度ΔNeが目標回転数減速度ΔNetを超えていないか判定する。そして、実際のエンジン回転数Neの減速度ΔNeが目標回転数減速度ΔNetを超えている場合には、エンジン回転数Neが予定よりも早く低減していることになる。そこで、減速度抑制トルク制御部84は、低速段側クラッチを所定のトルクが伝達されるように接続する。そうすると、エンジン回転数Neよりも高速で回転している低速段側入力軸から所定のトルクが減速度抑制トルクTuとして伝達され、エンジン回転数Neの減速度ΔNeが低減することになる。
【0040】
(変速制御装置80によるアップ変速制御)
変速制御装置80によるアップ変速制御について、図4〜図6を参照して説明する。また、ここでは、第2速段から第3速段にアップ変速する場合を例示する。つまり、低速段側の入力軸およびクラッチは第二入力軸12および第二クラッチ32であり、高速段側の入力軸およびクラッチは第一入力軸11および第一クラッチ31である。そして、各変速段の駆動ギヤについては、第2速段の二速駆動ギヤ42が第二入力軸12に固定され、第3速段の三速駆動ギヤ43が第一入力軸11に固定されている。また、変速制御装置80は、図4に示すような処理を実行する制御プログラムを、短期間(例えば、6[ms])毎に呼出すことにより、アップ変速制御を行っている。
【0041】
先ず、変速制御装置80は、アップ変速フラグFに基づいて、現在アップ変速制御中であるかを判定する(S101)。ここでは、まだアップ変速制御が開始されていないので(S101:No)、ECU3から送出された変速指令がアップ変速指令であるか判定する(S102)。この変速指令がアップ変速指令でない場合には(S102:No)、アップ変速を行わないため処理を終了する。現在、ECU3からアップ変速指令が送出されたものとする(S102:Yes)。この場合には、アップ変速制御を開始し初回処理を実行する(S103)とともに、アップ変速フラグFを立てる(S104)。
【0042】
ここで、S103におけるアップ変速制御の初回処理について説明する。先ず、目標伝達トルク演算部81は、図5に示すように、ECU3からエンジン2のイナーシャIeと目標回転数減速度ΔNetを取得する(S201)。そして、エンジン2のイナーシャIeと目標回転数減速度ΔNetを乗算して、目標出力トルクTnを算出する(S202)。さらに、目標伝達トルク演算部81は、ECU3から現出力トルクTeを取得する(S203)。続いて、この現出力トルクTeから目標出力トルクTnを減算して、これを高速段側クラッチである第一クラッチ31の伝達トルクTc1の初期値として設定する(S204)。また、低速段側クラッチである第二クラッチ32は、アップ変速制御において一旦切離制御するため、第二クラッチ32の伝達トルクTc2の初期値として0を設定する(S205)。このようにして、変速制御装置80は、目標伝達トルク演算部81により各クラッチ31,32の伝達トルクTc1,Tc2を初期化して、初回処理を終了する。
【0043】
続いて、変速制御装置80は、図4示すように、初回処理によって設定された第一クラッチ31の伝達トルクTc1および第二クラッチの伝達トルクTc2に基づいて、アップ変速制御部82によるクラッチの制御を行う(S106)。つまり、高速段側の第一クラッチ31は、伝達トルクTc1(=目標伝達トルクTch)となるように、第一アクチュエータ33の動作量を制御される。また、低速段側の第二クラッチ32は、伝達トルクTc2が0となるように、即ち切離状態となるように第二アクチュエータ34の動作量を制御される。
【0044】
このように、変速制御装置80は、それぞれの伝達トルクTc1,Tc2を適宜設定することにより、変速ショックが生じないアップ変速制御として、エンジン回転数Neを高速段側の第一入力軸11の回転数に同期させる同期制御を行っている。続いて、エンジン回転数Neが第一入力軸回転数Ni1に同期したかを判定する(S107)。ここでは、同期制御が完了してないものとし(S107:No)、一回目のアップ変速制御の処理を終了する。
【0045】
変速制御装置80は、再びアップ変速制御に係る制御プログラムが呼出し、現在アップ変速制御中であるかを判定する(S101)。ここでは、アップ変速フラグFが立っている状態であり、アップ変速制御を既に開始している(S101:Yes)ので、エンジン回転数Neの減速度抑制処理を実行する(S105)。この減速度抑制処理では、S103の初回処理と同様に、各クラッチ31,32の伝達トルクTc1,Tc2が設定される。減速度抑制処理におけるそれぞれの伝達トルクTc1,Tc2の設定の詳細については後述する。
【0046】
続いて、変速制御装置80は、減速度抑制処理によって設定された各クラッチ31,32の伝達トルクTc1,Tc2に基づいて、クラッチの制御を行う(S106)。ここで、第二クラッチ32の伝達トルクTc2に0以外が設定されている場合には、エンジン回転数Neの減速度ΔNeが目標回転数減速度ΔNetを超えているため、S106において減速度抑制トルク制御部84によって、切離制御された低速段側の第二クラッチ32を再度接続するように制御する。
【0047】
そして、エンジン回転数Neが第一入力軸回転数Ni1に同期したかを判定する(S107)。同期制御が完了していない場合は(S107:No)、今回のアップ変速制御の処理を終了する。このように、アップ変速制御に係る制御プログラムが複数回に亘って呼出され、S101〜S106を繰り返すことにより、エンジン回転数Neが高速段側の第一入力軸回転数Ni1に近付いて同期することになる(S107:Yes)。そうすると、アップ変速制御部82は、低速段側の第二クラッチ32を切離制御する(S108)とともに、高速段側の第一クラッチ31を接続制御(S109)する。これにより、第2速段から第3速段へのアップ変速が完了し、アップ変速フラグFを戻して(S110)、アップ変速制御の処理を終了する。
【0048】
ここで、S105におけるエンジン回転数Neの減速度抑制処理について説明する。先ず、減速度抑制トルク制御部84は、図6に示すように、予め設定された定数である閾値Nt1,Nt2を取得する(S301)。閾値Nt1,Nt2は、エンジン回転数Neの減速度に対して、各クラッチ31,32の伝達トルクTc1,Tc2を補正するか否かの判断基準となる値である。この閾値Nt1は、閾値Nt2以下となるように設定されている。また、閾値Nt1,Nt2は、例えば、目標回転数である高速段側の第一入力軸回転数Ni1と現在のエンジン回転数Neとの差分から定められた値としてもよい。これにより、状況に応じた変速制御が可能となる。
【0049】
続いて、減速度演算部83は、ECU3より現在までのエンジン回転数Neの測定値を複数取得する。そして、エンジン回転数Neの測定値に基づいて、エンジン回転数Neの減速度ΔNeを算出する(S302)。そして、このエンジン回転数Neの減速度ΔNeと閾値Nt1とを比較する(S303)。ここでは、エンジン回転数Neの減速度ΔNeが閾値Nt1よりも大きかったものとする(S303:>)。つまり、変速ショックが生じないアップ変速となるように、高速段側の第一クラッチ31に対して設定された伝達トルクTc1(=目標伝達トルクTch)を設定したのにも関わらず、予定よりもエンジン回転数Neの減速度ΔNeが増大している状態と考えられる。そこで、第一クラッチ31の伝達トルクTc1から一定値αを減算する(S305)。これにより、第一クラッチ31の係合力を低減することで、エンジン回転数Neよりも低回転である第一入力軸11から伝達されるトルクを低減し、エンジン回転数Neの減速度ΔNeの増加を抑制している。
【0050】
さらに、変速制御装置80は、エンジン回転数Neの減速度ΔNeと閾値Nt2とを比較する(S306)。ここでは、エンジン回転数Neの減速度ΔNeが閾値Nt2よりも大きかったものとする(S306:>)。つまり、高速段側の第一クラッチ31の伝達トルクTc1を補正だけではなく、低速段側の第二クラッチ32の伝達トルクTc2についても補正を要する程に、エンジン回転数Neの減速度ΔNeが増大している状態と考えられる。そこで、第二クラッチ32の伝達トルクTc2に一定値βを加算する(S308)。これにより、第二クラッチ32の係合力を増加することで、エンジン回転数Neよりも高回転である第二入力軸12から伝達されるトルクを増大し、エンジン回転数Neの減速度ΔNeの増加を抑制している。つまり、第二クラッチ32の補正された伝達トルクTc2がエンジン回転数Neの減速度抑制トルクTuとして作用することになる。
【0051】
次に、補正された第二クラッチ32の伝達トルクTc2が上限値Tlimを超えていないか判定する(S309)。上限値Tlimは、デュアルクラッチ30への負荷の増大を防止することを目的として、予め定められている値である。そのため、減速度抑制処理を何度か繰り返すうちに第二クラッチ32の伝達トルクTc2が上限値Tlimを超える場合には(S309:Yes)、伝達トルクTc2が上限値Tlimと等しくなるように補正する(S310)。また、第二クラッチ32の伝達トルクTc2が上限値Tlim以下の場合には(S309:No)、減速度抑制処理を終了する。
【0052】
また、変速制御装置80は、アップ変速制御を行っている期間に、減速度抑制処理を繰り返し実行する。そうすると、S303においてエンジン回転数Neの減速度ΔNeが閾値Nt1とほぼ等しくなる(S303:≒)ことがある。または、S306において、減速度ΔNeが閾値Nt2とほぼ等しくなる(S306:≒)ことがある。このような場合には、各クラッチ31,32の伝達トルクTc1,Tc2の補正により、エンジン回転数Neの減速度ΔNeが、その増加を好適に抑制され目標回転数減速度ΔNetに近似している状態と考えられる。よって、この状態を維持するために、伝達トルクTc1,Tc2についての補正は不要なので、S306に移行、または減速度抑制処理を終了する。
【0053】
一方で、S303においてエンジン回転数Neの減速度ΔNeが閾値Nt1未満となることがある(S303:<)。または、S306においてエンジン回転数Neの減速度ΔNeが閾値Nt2未満となることがある(S306:<)。このような場合には、先の伝達トルクTc1,Tc2の補正により、エンジン回転数Neの減速度ΔNeが目標回転数減速度ΔNetを下回っていることになり、エンジン回転数Neの同期制御に要する時間が延びるおそれがある。そこで、第一クラッチ31については、伝達トルクTc1に一定値αを加算し(S304)、第一クラッチ31の係合力を増加させる。第二クラッチ32については、伝達トルクTc2から一定値βを減算し、第二クラッチ32の係合力を低減させる。伝達トルクTc1,Tc2に対する何れの補正により、エンジン回転数Neの減速度ΔNeの増加を図っている。
【0054】
このように、減速度抑制処理を繰り返すことにより、エンジン回転数Neの減速度ΔNeが目標回転数減速度ΔNetを超えている間は、伝達トルクTc1は一定値αずつ漸減され、伝達トルクTc2(減速度抑制トルク)は一定値βずつ漸増される。一方で、減速度ΔNeが目標回転数減速度ΔNetを下回っている間は、伝達トルクTc1は一定値αずつ漸増され、伝達トルクTc2(減速度抑制トルク)は一定値βずつ漸減される。また、この一定値α,βは、予め設定されている値である。
【0055】
(実施形態の作用および効果)
上述した構成からなる変速制御装置80の作用および効果について、図7を参照して説明する。ここで、変速制御装置80によるアップ変速制御におけるエンジン回転数Ne、各クラッチ31,32の伝達トルクTc1,Tc2は、図7のタイムチャートで示される。先ず、ECU3からアップ変速指令が送出されると(t1)、高速段側クラッチの目標伝達トルクTchが算出される。そして、高速段側クラッチを目標伝達トルクTchとなるように接続するとともに、低速段側クラッチを切離制御する(t2)。これにより、エンジン2は、エンジン回転数Neよりも低速で回転している高速段側の入力軸と連結されるため、目標伝達トルクTchに応じた減速度ΔNeでエンジン回転数Neが低下し始める。
【0056】
ここで、実際のエンジン回転数Neの減速度ΔNeが閾値Nt1以上、かつ閾値Nt2未満の期間(t2〜t3)では、高速段側クラッチの伝達トルクTc1が一定値αずつ漸減され、補正される。さらに、実際のエンジン回転数Neの減速度ΔNeが閾値Nt2以上となったものと判定されると、低速段側クラッチの伝達トルクTc2が一定値βずつ漸増され、補正される。伝達トルクTc2の補正は、エンジン回転数Neの減速度ΔNeが閾値Nt2以下となるまで、または伝達トルクTc2が上限値に達するまで行われる。
【0057】
このように、デュアルクラッチ30の各クラッチ31,32の伝達トルクTc1,Tc2を適宜設定することにより、エンジン回転数Neの減速度ΔNeが調整され、やがて高速段側の入力軸の回転数と同期する(t4)。そうすると、低速段側クラッチを切離制御するとともに、高速段側クラッチを接続制御する。これにより、各クラッチ31,32の係合状態が完全に切換えられ、アップ変速制御を終了する(t5)。
【0058】
上述したように、変速機1の動作環境によっては周囲温度などの影響により、第一クラッチ31の第一アクチュエータ33の動作量に対して実際の伝達トルクTc1が増大していることがある。これにより、エンジン回転数Neが予定よりも短い期間で低下してしまうことになる。これに対して、本実施形態の変速制御装置80は、エンジン回転数Neの減速度ΔNeが目標回転数減速度ΔNetおよび閾値Nt2を超えている場合に、低速段側の第二クラッチ32を所定のトルク(減速度抑制トルクTu)が伝達されるように接続する構成とした。
【0059】
これにより、エンジン回転数Neの減速度ΔNeの増加が抑制され、再び目標回転数減速度ΔNetでエンジン回転数Neが減速しながら高速段側の入力軸の回転数に近付くように制御することができる。よって、変速機1は、変速機1がアップ変速を行う場合に、エンジン回転数Neをより高精度に目標回転数減速度ΔNetで減速できる。従って、変速機1は、変速完了時においても変速ショックの発生を抑制できるとともに、変速後におけるエンジン2の回転数を安定化させることができる。
【0060】
また、変速制御装置80によるアップ変速の変速制御において、減速度抑制トルクTuは、エンジン回転数Neの減速度ΔNeが目標回転数減速度ΔNetを超えている間は一定値βずつ漸増されるものとした。これにより、より簡易に算出して変速処理を行うことができるので、変速制御装置80の負荷を軽減することができる。但し、この減速度抑制トルクTuは、例えば、実際のエンジン回転数Neの減速度ΔNeと目標回転数減速度ΔNetとの差分に応じて設定される構成としてもよい。
【0061】
さらに、変速制御装置80によるアップ変速の変速制御において、減速度抑制トルクTuは、予め定められた上限値Tlim以下に制御されるものとした。減速度抑制トルク制御部84によって低速段側の第二クラッチ32から減速度抑制トルクTuが伝達される制御においては、減速度抑制トルクTuを大きくすると、変速ショックを低減できる一方で変速制御に要する時間が冗長化したり、デュアルクラッチ30への負荷が増大したりするおそれがある。そこで、減速度抑制トルクTuを上限値Tlim以下にすることで、変速制御に要する時間の冗長化およびデュアルクラッチ30への負荷の増大を抑制できる。
【0062】
<実施形態の変形態様>
本実施形態において、変速制御装置80によるアップ変速制御として、第2速段から第3速段にアップ変速する場合を例示した。これに対して、第3速段から第4速段にアップ変速する場合のように、第一入力軸11と第二入力軸12との間で回転駆動力の伝達が切換えられるアップ変速制御であれば、同様のアップ変速制御が可能である。
【0063】
また、本実施形態では、変速機1が差動機構を構成するリングギヤ64を有するように、FF(フロントエンジン・フロントドライブ)タイプの車両に好適なデュアルクラッチ式自動変速機を例示して説明した。これに対して、FR(フロントエンジン・リヤドライブ)タイプの車両に適用することも可能である。この場合には、例えば、特開2011−144872号公報に記載されているように、第1入力軸と出力部材を直結して第5速段を構成するものにも適用することができる。
【0064】
また、実施形態では、第一シフト機構70a,70cおよび第二シフト機構70b、70dは、第一、第二副軸21,22に何れかの従動ギヤを連結させるものとした。これに対して、上記文献にも記載されているように、第一シフト機構70a,70cおよび第二シフト機構70b、70dは、その一部が第一入力軸11または第二入力軸12に遊転可能に設けられた駆動ギヤを連結させる構成としてもよい。何れの構成に適用しても、本実施形態と同様の効果を奏する。
【符号の説明】
【0065】
1:変速機、 2:エンジン(原動機)、 3:ECU
11:第一入力軸(第1入力軸)、 12:第二入力軸(第2入力軸)
21:第一副軸、 22:第二副軸
30:デュアルクラッチ、 31:第一クラッチ、 32:第二クラッチ
33:第一アクチュエータ、 34:第二アクチュエータ
41〜46:変速段の駆動ギヤ
51〜56:変速段の従動ギヤ、 52a:小径ギヤ
61,62:最終減速ギヤ、 63:後進ギヤ、 64:リングギヤ
65:パーキングギヤ
70a,70c:第一シフト機構(第1シフト機構)
70b、70d:第二シフト機構(第2シフト機構)、 71:ハブ、 72:スリーブ
80:変速制御装置、 81:目標伝達トルク演算部、 82:アップ変速制御部
83:減速度演算部、 84:減速度抑制トルク制御部
90:エンジン回転数センサ、 91:第一入力軸回転数センサ
92:第二入力軸回転数センサ、 93:車速センサ
Ne:エンジン回転数、 ΔNe:減速度、 ΔNet:目標回転数減速度
Ni1:第一入力軸回転数、 Ni2:第二入力軸回転数
Te:現出力トルク、 Tch:目標伝達トルク、 Tn:目標出力トルク
Tu:減速度抑制トルク、 Ie:イナーシャ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
同心に配置された第1入力軸および第2入力軸と、
原動機の回転駆動力を前記第1入力軸に伝達する第1クラッチと前記回転駆動力を前記第2入力軸に伝達する第2クラッチとを有するデュアルクラッチと、
前記第1入力軸に伝達された前記回転駆動力を変速して奇数変速段を成立させる第1シフト機構、および前記第2入力軸に伝達された前記回転駆動力を変速して偶数変速段を成立させる第2シフト機構と、
変速指令が送出されると、前記第1クラッチおよび前記第2クラッチのうち、前記第1入力軸および前記第2入力軸のうちの前記原動機から切り離される入力軸に対応するクラッチを切離する切離制御を行い、前記第1クラッチおよび前記第2クラッチのうち、前記第1入力軸および前記第2入力軸のうちの前記原動機に接続される入力軸に対応するクラッチを、前記原動機の回転数が前記接続される入力軸の回転数と同期すると接続する接続制御を行う変速制御装置と、を備え、
前記変速制御装置は、
前記変速指令がアップ変速指令である場合に、前記原動機のイナーシャにアップ変速における前記原動機の目標回転数減速度を乗算した目標出力トルクを算出し、前記原動機の現出力トルクから前記目標出力トルクを減算した値を、前記第1入力軸および前記第2入力軸のうち高速段側の入力軸に対応する高速段側のクラッチの目標伝達トルクとして演算する目標伝達トルク演算部と、
前記低速段側のクラッチを切離制御し、前記高速段側のクラッチの伝達トルクを前記目標伝達トルクに制御するとともに前記原動機の回転数が前記高速段側の入力軸の回転数と同期すると前記高速段側のクラッチを接続制御するアップ変速制御部と、
前記アップ変速制御部により前記高速段側のクラッチの伝達トルクが前記目標伝達トルクに制御されているときの前記原動機の回転数の減速度を演算する減速度演算部と、
前記減速度演算部で演算された前記原動機の回転数の減速度が前記目標回転数減速度を超える場合に、前記低速段側のクラッチに減速度抑制トルクを伝達させて前記原動機の回転数の減速度を抑制する減速度抑制トルク制御部と、
を備えるデュアルクラッチ式自動変速機。
【請求項2】
請求項1において、
前記減速度抑制トルクは、前記原動機の回転数の減速度が前記目標回転数減速度を超える間は漸増されるデュアルクラッチ式自動変速機。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記減速度抑制トルクは、予め定められた上限値以下に制御されるデュアルクラッチ式自動変速機。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−36478(P2013−36478A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−170481(P2011−170481)
【出願日】平成23年8月3日(2011.8.3)
【出願人】(592058315)アイシン・エーアイ株式会社 (490)
【Fターム(参考)】