説明

トロイダル型無段変速機

【課題】各部で必要とされるトラクションオイルの供給手段を簡略化する事により、コスト低減を図れる構造を実現する。
【解決手段】潤滑油として機能するトラクションオイルをケーシング内に、運転中の状態で、少なくとも各ディスクの軸方向側面と各パワーローラ13a、13aの周面との転がり接触部であるトラクション部の少なくとも一部を浸漬する位置にまで貯溜する。これら各トラクション部にトラクションオイルを吹き付ける為のノズルや、入力回転軸6aや各トラニオン17c、17c内に加工が面倒な給油通路を設ける必要がなくなり、前記課題を解決できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、自動車用自動変速装置として、或はポンプ等の各種産業機械の運転速度を調節する為の変速装置として利用するトロイダル型無段変速機の改良に関する。具体的には、トルク伝達の為、或いは転がり軸受等の可動部を潤滑する為、各部で必要とされるトラクションオイルの供給装置の構造を簡略化する事で、前記トロイダル型無段変速機のコスト低減を図るものである。
【背景技術】
【0002】
自動車用自動変速装置として使用可能なトロイダル型無段変速機が、従来から広く知られている。図7〜8は、例えば特許文献1に記載された、トロイダル型無段変速機と遊星歯車式変速機とを組み合わせて成る無段変速装置を示している。この無段変速装置は、ケーシング1内にトロイダル型無段変速機2と遊星歯車式変速機3とを、互いに同心に、且つ、互いの間での動力の伝達、並びに、伝達状態の切換を可能に組み合わせて成るもので、入力軸4と出力軸5とを有する。又、これら入力軸4と出力軸5との間に、前記トロイダル型無段変速機2の入力回転軸6と伝達軸7とを、これら両軸4、5と同心に設けている。そして、前記遊星歯車式変速機2のうちの前段ユニット8と中段ユニット9とを前記入力回転軸6と前記伝達軸7との間に掛け渡す状態で、後段ユニット10をこの伝達軸7と前記出力軸5との間に掛け渡す状態で、それぞれ設けている。
【0003】
又、前記トロイダル型無段変速機2は、1対の入力ディスク11a、11bと、一体型の出力ディスク12と、複数のパワーローラ13、13とを備える。このうちの両入力ディスク11a、11bは、前記入力回転軸6を介して互いに同心に、且つ、同期した回転を自在として結合されている。又、前記出力ディスク12は、前記両入力ディスク11a、11b同士の間に、これら両入力ディスク11a、11bと同心に、且つ、これら両入力ディスク11a、11bに対する相対回転を可能として支持されている。更に、前記各パワーローラ13、13は、前記出力ディスク12の軸方向両側面と前記両入力ディスク11a、11bの軸方向片側面との間に、それぞれ複数個ずつ(図示の例では、2個ずつ、合計4個)挟持されている。
【0004】
又、前記出力ディスク12はその軸方向両端部を、前記ケーシング1内に、それぞれ1対ずつの支柱14、14と転がり軸受15、15とにより、回転自在に支持している。又、これら両支柱14、14の両端部近傍に支持した1対の支持板16、16同士の間に複数のトラニオン17a、17bを、それぞれの両端部に互いに同心に設けた枢軸18、18を中心とする揺動及び軸方向(図7〜8の上下方向)の変位を可能に支持している。又、前記各トラニオン17a、17bの内側面(互いに対向する面)に前記各パワーローラ13、13を、それぞれ支持軸19、19並びに複数組の転がり軸受を介して、回転並びに前記入力回転軸6の軸方向に関する若干の変位を自在に支持している。そして、前記各パワーローラ13、13の周面と、前記両入力ディスク11a、11bの軸方向片側面及び前記出力ディスク12の軸方向両側面とを転がり接触させている。これら各面同士の転がり接触部が、トラクションオイルを介して動力を伝達する、トラクション部となる。即ち、前記各パワーローラ13、13は、前記両入力ディスク11a、11bの回転に伴って回転しつつ、これら両入力ディスク11a、11bと前記出力ディスク12との間で動力を伝達する。
【0005】
又、前記入力回転軸6の基端部(図7の左端部)を図示しないエンジンのクランクシャフトに、前記入力軸4を介して結合し、このクランクシャフトにより前記入力回転軸6を回転駆動する様にしている。又、前記入力回転軸6の基端部と、前記エンジンに近い側(図7の左側)の入力ディスク11aとの間に、油圧式の押圧装置20を設け、前記各トラクション部に、適正な面圧を付与できる様にしている。又、前記出力ディスク12の中心部に、中空回転軸21の基端部(図7の左端部)をスプライン係合させている。そして、この中空回転軸21を、前記エンジンから遠い側(図7の右側)の入力ディスク11bの内側に挿通して、前記出力ディスク12の回転力を取り出し可能としている。更に、前記中空回転軸21の先端部(図7の右端部)で前記入力ディスク11bの外側面から突出した部分に、前記遊星歯車式変速機2の前段ユニット8を構成する為の、太陽歯車22を固設している。又、前記入力回転軸6の先端部(図7の右端部)で前記中空回転軸21から突出した部分と前記入力ディスク11bとの間に、キャリア23を掛け渡す様に設けて、この入力ディスク11bと前記入力回転軸6とが、互いに同期して回転する様にしている。そして、前記中空回転軸21と前記キャリア23とにより、前記トロイダル型無段変速機2のトルクを、前記遊星歯車式変速機3に取り出し可能としている。
【0006】
この遊星歯車変速機3は、前記前段、中段、後段各ユニット8〜10に加えて、低速用、高速用両クラッチ27、28を備える。そして、このうちの低速用クラッチ27を接続し、高速用クラッチ28の接続を断った低速モード時には、前記トロイダル型無段変速機2の変速比を調節する事により、前記入力回転軸6の回転速度を一定にしたまま、前記出力軸4の回転速度を、停止状態を挟んで正転、逆転に変換可能となる。一方、前記高速用クラッチ28を接続し、前記低速用クラッチ27の接続を断った高速モード時には、前記トロイダル型無段変速機2の変速比を増速側に変化させる程、無段変速装置全体としての速度比も増速側に変化する。
【0007】
上述の様な無段変速装置を構成するトロイダル型無段変速機2を含め、自動車用自動変速機として使用するトロイダル型無段変速機は、ユニットとして前記ケーシング外で組み立ててから、このケーシング内に組み付ける事で、組立作業の容易化を図る場合が多い。図9〜11は、この様な目的でユニット化したトロイダル型無段変速機2aの1例を示している。このトロイダル型無段変速機2aは、各トラニオン17c、17cに対して各パワーローラ13a、13aを、各ディスク11a、11b、12aの軸方向の変位を可能に支持する部分に、特許文献2に記載された構造を採用して、構造の簡略化を図っている。又、前記トロイダル型無段変速機2aを通過した動力(出力)を、一体型の出力ディスク12aの外周面に一体に形成した出力歯車29により取り出す様にしている。後述する本発明の実施の形態は、前記図9〜11に示した構造を基本としているので、先ず、この図9〜11に示した構造に就いて、簡単に説明する。
【0008】
前記トロイダル型無段変速機2aのユニットの基台となるアクチュエータボディー30の上面に1対の支柱14a、14aの下端部を結合固定し、これら両支柱14a、14aの上端部を天板31に結合固定している。そして、これら両支柱14a、14aの上下両端寄り部分に支持した上下1対の支持板16a、16a同士の間に複数本(図示の例では4本)の前記各トラニオン17c、17cを、それぞれの両端部に互いに同心に設けた枢軸18a、18aを中心とする揺動変位及びこれら各枢軸18a、18aの軸方向(図9〜11の上下方向)の変位を可能に支持している。前記トロイダル型無段変速機2aの変速比を調節する際には、前記アクチュエータボディー30内に収納した、油圧式のアクチュエータ32、32により、前記各トラニオン17c、17cを前記各枢軸18a、18aの軸方向に変位させる。
【0009】
前記各パワーローラ13a、13aは前記各トラニオン17c、17cに対し、支持軸19a、19aを一体に設けた外輪33、33を介して、これら各支持軸19a、19aを中心とする回転を自在に、且つ、前記各ディスク11a、11b、12aの軸方向の変位を可能に支持している。前記各パワーローラ13a、13aの回転を自在とすべく、これら各パワーローラ13a、13aの外側面と前記各外輪33、33の内側面との間にそれぞれ複数個の玉を配置してスラスト転がり軸受34、34を構成すると共に、前記各パワーローラ13a、13aの内周面と前記各支持軸19a、19aの外周面との間にそれぞれ複数本ずつのニードルを配置して、各ラジアル転がり軸受35、35を構成している。又、外側面に凹部を設けた前記各外輪33、33を前記各トラニオン17c、17cの中間部に設けた支持梁部45、45に跨らせて、これら各トラニオン17c、17cに対する前記各外輪33、33、及びこれら各外輪33、33に支持された前記各パワーローラ13a、13aの、前記軸方向への揺動変位を可能としている。
【0010】
上述の様なトロイダル型無段変速器2aの運転時に、前記各ディスク11a、11b、12aの軸方向側面と前記各パワーローラ13a、13aの周面との転がり接触部であるトラクション部、並びに前記各転がり軸受34、35等の可動部には、大量のトラクションオイルを供給する必要がある。この為に従来から、例えば特許文献1〜11に示す様な構造により、前記各トラクション部や前記各可動部にトラクションオイルを供給する様にしていた。例えば、図10に示した、前記出力ディスク12aを回転自在に支持する為の転がり軸受15、15やラジアルニードル軸受36、36には、入力回転軸6の内部に形成した給油通路37を介して、前記トラクションオイルを供給自在としている。又、前記各パワーローラ13a、13aを回転自在に支持する為の前記各転がり軸受34、35には、図11、13、14に示す様に、前記各トラニオン17c、17cの内部に形成した給油通路38、38及び前記各支持軸19a、19aの中心部に形成した給油通路39、39を介して、前記トラクションオイルを供給自在としている。更に、前記各トラクション部には、別途設けたノズルから、このトラクションオイルを吹き付ける様にしている。
【0011】
前記入力回転軸6や、前記各トラニオン17c、17c及び前記各支持軸19a、19aは、軸受鋼、高速度工具鋼の如き硬質金属製であり、それぞれの内部に給油通路37、38、39を形成する作業は面倒で、コストを高くする原因となる。特に、前記入力回転軸6は長尺で、その中心部及び側方に、下流側で複数に枝分かれした前記給油通路37を形成する作業は相当に面倒で、コストを大きく上昇する原因となる。又、この給油通路37の存在に拘らず、前記入力回転軸6の強度及び剛性を確保する為に、この入力回転軸6の外径を或る程度大きくする必要がある。前記トロイダル型無段変速機2aの場合、この入力回転軸6の外径が少しでも大きくなると、変速比幅の確保と小型・軽量化とを両立させる面から大きな不利益を生じる。更に、前記各トラニオン17c、17cの内部に形成する給油通路38、38に関しては、図11〜13に示す様に、その上流端を開口させる為、前記アクチュエータ32、32に付属のロッド47、47の基端部に括れ部40を形成する等、相当に面倒な加工が必要になり、やはりコストを大きく上昇させる原因となる。
【0012】
特許文献7には、長期間に亙る停止後に、各トラクション部や各可動部にトラクションオイルが存在しない状態で起動する(ドライスタートを行う)事で、これら各トラクション部や各可動部に金属接触に基づく損傷が発生するのを防止する為、トロイダル型無段変速機が停止すると、ケーシング内に貯溜されたトラクションオイルの油面が、前記各トラクション部や各可動部を浸漬する位置にまで上昇する様にした構造が記載されている。但し、前記特許文献7に記載された従来構造にしても、起動後、通常の運転時の状態では、前記ケーシング内の油面が低下し、前記各トラクション部や前記各可動部への給油は、各部材の内部に設けた給油通路を通じて行う為、上述の様な問題を解決できない。
尚、本発明を実施する場合に利用できる発明の構造を記載した刊行物として、特許文献12がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2005−16574号公報
【特許文献2】特開2008−25821号公報
【特許文献3】特開平11−210855号公報
【特許文献4】特開2005−140149号公報
【特許文献5】特開2005−163854号公報
【特許文献6】特開2007−154952号公報
【特許文献7】特開2008−144830号公報
【特許文献8】特開2008−281150号公報
【特許文献9】特開2008−281151号公報
【特許文献10】特開2008−303987号公報
【特許文献11】特開2009−299789号公報
【特許文献12】特開2010−144772号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、上述の様な事情に鑑み、各部で必要とされるトラクションオイルの供給手段を簡略化する事により、トロイダル型無段変速機のコスト低減を図れる構造を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明のトロイダル型無段変速機は、前述した従来から知られているトロイダル型無段変速機と同様に、ケーシングと、入力軸と、出力軸と、少なくとも1対のディスクと、複数の支持部材と、支持軸と、複数個のパワーローラとを備える。
特に、本発明のトロイダル型無段変速機に於いては、前記ケーシング内に潤滑油として機能するトラクションオイルを、運転中の状態で、少なくとも前記各ディスクの軸方向側面と前記各パワーローラの周面との転がり接触部であるトラクション部の少なくとも一部を浸漬する位置にまで貯溜している。
【0016】
この様な本発明を実施する場合、例えば請求項2に記載した発明の様に、前記各支持部材を、それぞれの上下両端部に設けられた前記各枢軸を中心として揺動変位するトラニオンとする。又、前記各支持軸を、前記各ディスクの径方向に関して内側の側面である、これら各トラニオンの内側面から突出する状態で設ける。更に、これら各トラニオンの内側面と前記各パワーローラ軸方向片面との間に、それぞれスラスト転がり軸受を設ける。
この様な請求項2に記載した発明を実施する場合に好ましくは、請求項3に記載した発明の様に、前記各スラスト転がり軸受の上端部を、前記ケーシング内に貯溜された前記トラクションオイル中に浸漬する。
【0017】
又、本発明を実施する場合に、例えば請求項4に記載した発明の様に、前記各支持部材及び前記各支持軸を、それぞれの内部にトラクションオイルの給油通路を備えない充実体とする。
或いは、請求項5に記載した発明の様に、前記各トラニオンを、それぞれの内部にトラクションオイルの給油通路を備えない充実体とすると共に、前記各支持軸に、これら各支持軸の先端面と中間部外周面とに開口する、トラクションオイルの給油通路を設ける。そして、前記各スラスト転がり軸受のポンプ作用に基づき、前記各支持軸の先端面に存在する前記給油通路の上流端開口から吸引した前記トラクションオイルを、これら各支持軸の外周面に存在する前記給油通路の下流端開口から、前記スラスト転がり軸受を含む、前記各パワーローラの回転支持部に供給する。
或いは、請求項6に記載した発明の様に、前記各支持軸に、これら各支持軸の基端面と中間部外周面とに開口する下流側給油通路を、前記各トラニオンの一部に、これら各トラニオンの外側面とこの下流側給油通路とを連通させる上流側給油通路を、それぞれ設ける。そして、前記各スラスト転がり軸受のポンプ作用に基づき、前記トラニオンの外側面側に存在する前記各上流側給油通路の上流端開口から吸引した前記トラクションオイルを、これら各上流側給油通路から前記各下流側給油通路に送り込み、更に、前記各支持軸の外周面に存在するこれら各下流側給油通路の下流端開口から、前記スラスト転がり軸受を含む、前記各パワーローラの回転支持部に供給する。
【0018】
又、本発明を実施する場合に、例えば請求項7に記載した発明の様に、前記ケーシング内にスペーサを固定して、前記ケーシング内に貯溜された前記トラクションオイルの量を低減する。このスペーサの設置位置は、前記各ディスク及び前記各パワーローラを囲み、前記入力軸と前記出力軸との間での変速比の変更に伴う、前記各支持部材及びこれら各パワーローラの変位に拘らず、これら各支持部材及び各パワーローラを含む非固定部材と干渉する事がない部分する。
この様な請求項7に記載した発明を実施する場合に好ましくは、請求項8に記載した発明の様に、前記スペーサを、耐油性を有する合成樹脂製とする。
【発明の効果】
【0019】
上述の様に構成する本発明のトロイダル型無段変速機によれば、各部で必要とされるトラクションオイルの供給手段の構造を簡略化する事により、トロイダル型無段変速機のコスト低減を図れる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施の形態の第1例を示す、図9のA−A断面に相当する図。
【図2】同じくB−B断面に相当する図。
【図3】同じくトラニオン、パワーローラ及びスラスト転がり軸受を取り出して図1と同方向から見た断面図。
【図4】スラスト転がり軸受を構成する外輪及び支持軸を取り出して示す斜視図。
【図5】本発明の実施の形態の第2例を示す、図1と同様の図。
【図6】同第3例を示す、図1と同様の図。
【図7】従来から知られている、トロイダル型無段変速機を組み込んだ無段変速装置の縦断側面図。
【図8】図7のC−C断面図。
【図9】ユニット化したトロイダル型無段変速機の斜視図。
【図10】図9のB−B断面図。
【図11】図9のA−A断面図。
【図12】従来構造に組み込まれていたトラニオン、パワーローラ及びスラスト転がり軸受を取り出して示す斜視図。
【図13】同じく断面図。
【図14】同じくスラスト転がり軸受を構成する外輪及び支持軸を取り出して示す斜視図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
[実施の形態の第1例]
図1〜4は、請求項1〜4に対応する、本発明の実施の形態の第1例を示している。尚、本例を含めて本発明の特徴は、各部で必要とされるトラクションオイルをこれら各部に供給する為の、供給装置の構造を簡略化する点にある、その他の部分の構成及び作用は、前述の図7〜11に示した構造と同様であるから、重複する図示並びに説明は、省略若しくは簡略にし、以下、本例の特徴部分を中心に説明する。
【0022】
本例のトロイダル型無段変速機2bの場合には、各トラニオン17c、17cと、これら各トラニオン17c、17cを跨ぐ状態で、これら各トラニオン17c、17cに対する揺動変位を可能に支持された各外輪33、33と、これら各外輪33、33の軸方向内側面に、これら各外輪33、33と一体に設けられた各支持軸19a、19aとの何れの部材に就いても、それぞれの内部にトラクションオイルの給油通路を備えない、充実体としている。更に、入力ディスク11a、11b及び出力ディスク12aの中心部に設けた入力回転軸6aに関しても、次述する基端部を除いて、充実体としている。従って、本例の場合には、各トラクション部及び各転がり軸受34、35、36を含む各可動部に、給油通路を通じてトラクションオイルが供給される事はない。尚、前記入力回転軸6aに就いては、潤滑用のトラクションオイルを流通させる為の給油通路は設けないが、押圧装置20の油圧室内に、作動油として機能するトラクションオイルを給排する為の給排通路46は設ける。この給排通路46を設ける位置は、前記入力回転軸6aの基端部(図2の左端部)近傍のみであるから、加工は比較的容易であり、前記給排通路46を形成する事に伴うコスト上昇は限られる。
【0023】
潤滑用のトラクションオイルを流通させる為の前記各給油通路を設けない代わりに、本例の構造の場合には、前記トロイダル型無段変速機2bを収納したケーシング1(図7〜8参照)内に、十分量のトラクションオイルを貯溜している。即ち、前記トロイダル型無段変速機2bを前記ケーシング1内に収納した状態で、前記各トラクション部及び各可動部に十分量のトラクションオイルを供給できる位置に、前記ケーシング1内に於けるこのトラクションオイルの油面を設定している。具体的には、このケーシング1内に潤滑油として機能するトラクションオイルを、前記トロイダル型無段変速機2bの運転時の状態(但し、波立っていない静かな油面であると仮定した状態)で、少なくとも図1〜2の鎖線α位置、好ましくは鎖線β位置にまで存在させる。尚、このうちの鎖線α位置は、前記各ディスク11a、11b、12aの軸方向側面と各パワーローラ13a、13aの周面との転がり接触部である各トラクション部(に存在する接触楕円の中心)を浸漬する位置である。尚、好ましくは、これら各トラクション部に存在する接触楕円の上端部まで浸漬する様に、前記鎖線αよりも少し(2〜3mm)上方にまで前記トラクションオイルが存在する様に、前記ケーシング1内に貯溜するトラクションオイルの量を規制する。又、前記鎖線β位置は、前記各外輪33、33により構成されるスラスト転がり軸受34、34の上端部を浸漬する位置である。
【0024】
上述の様に構成する本例のトロイダル型無段変速機2bの運転時には、前記鎖線α、又は鎖線β位置に迄貯溜されたトラクションオイルが、前記各トラクション部に入り込んで、これら各トラクション部に動力伝達の為の(例えば厚さが1μm程度の)油膜を形成する。又、これら各トラクション部及び各転がり軸受34、35、36を含む各可動部にも入り込んで、これら各可動部を潤滑する。尚、前記トロイダル型無段変速機2bの運転に伴って、前記ケーシング1内に貯溜されたトラクションオイルの油面は、前記鎖線α又は鎖線βの位置をその平均位置として大きく変動する。但し、この変動の周期は極く短く、前記各トラクション部や前記各可動部が油面から露出する時間は極く短時間であるし、露出した部分にも、各可動部材のうちで浸漬された部分に付着したトラクションオイルが送り込まれる。従って、前記各トラクション部や各可動部でトラクションオイルが不足する事はない。
以上の通りであるから、本例のトロイダル型無段変速機2bによれば、各部で必要とされるトラクションオイルの供給量を確保しつつ、このトラクションオイルの供給装置の構造を簡略化して、コスト低減を図れる。
【0025】
[実施の形態の第2例]
図5は、請求項1〜3、5に対応する、本発明の実施の形態の第2例を示している。本例の場合には、上述した実施の形態の第1例の場合と同様に、各トラニオン17c、17cを、それぞれの内部にトラクションオイルの給油通路を備えない充実体としている。但し、本例の場合には、各スラスト転がり軸受34、34を構成する外輪33、33と一体に設けた各支持軸19a、19aの内側に、潤滑用のトラクションオイルを流通させる為の給油通路39a、39aを設けている。本例の場合、これら各給油通路39a、39aは、前記各支持軸19a、19aの中心部に形成されて、これら各支持軸19a、19aの先端面と基端面(前記各外輪33、33の外側面)とに開口する主部41と、この主部41の途中から分岐して前記各支持軸19a、19aの外周面に開口した分岐部42、42とから成る。これら各支持軸19a、19aの外周面に於ける、これら各分岐部42、42の開口部位置は、スラスト転がり軸受34、34及びラジアル転がり軸受35、35の内径側部分としている。
【0026】
それぞれが上述の様な各給油通路39a、39aを備えた本例のトロイダル型無段変速機2cによれば、各パワーローラ13a、13aを回転自在に支持する為の、前記各スラスト転がり軸受34、34及び前記各ラジアル転がり軸受35、35に十分量のトラクションオイルを供給できる。即ち、前記トロイダル型無段変速機2cの運転時には、前記各スラスト転がり軸受34、34を構成する各玉43、43の公転運動及びこれら各玉43、43を保持した保持器44の回転運動に伴う遠心力に基づくポンプ作用により、前記各スラスト転がり軸受34、34の内径側から外径側に向かう、トラクションオイルの流れが惹起される。この結果、前記各給油通路39a、39aの主部41、41内に、前記各支持軸19a、19aの先端面側の開口からトラクションオイルが吸引され、このトラクションオイルが、前記各分岐部42、42を通じて、前記各スラスト転がり軸受34、34及び前記各ラジアル転がり軸受35、35に送り込まれる。
【0027】
この様に本例のトロイダル型無段変速機2cは、運転時に特に大きな荷重を支承する事で発熱量が多くなる、前記各スラスト転がり軸受34、34を流通するトラクションオイルの量を多くできる。この為、これら各スラスト転がり軸受34、34を含む、前記トロイダル型無段変速機の耐久性確保の面から有利になる。
尚、本例の構造を実施する場合に、前記各スラスト転がり軸受34、34を構成する保持器44、44として、特許文献12に記載されている如く、ポンプ作用を助長する様な形状のものを使用すれば、前記各スラスト転がり軸受34、34及び前記各ラジアル転がり軸受35、35に送り込むトラクションオイルの量を、更に増やす事ができる。
【0028】
又、本例の場合には、前記各支持軸19a、19aの内側に、前記各給油通路39a、39aを形成する分、コスト低減の面からは、前述した実施の形態の第1例よりも不利になる。但し、前記各支持軸19a、19aは、前記各外輪33、33を含めても、比較的小型の部品であるから、前記各給油通路39a、39aを形成する事に伴うコスト上昇は、低く抑えられる(先に説明した図11〜13に示した構造に比べて、十分にコストを低減できる)。
その他の部分の構成及び作用は、前述した実施の形態の第1例と同様であるから、重複する部分に関する図示並びに説明は省略する。
【0029】
[実施の形態の第3例]
図6は、請求項1〜3、6に対応する、本発明の実施の形態の第3例を示している。本例のトロイダル型無段変速機2dの場合も、各パワーローラ13a、13aを回転自在に支持する為のスラスト転がり軸受34、34のポンプ作用を利用して、これら各スラスト転がり軸受34、34及び各ラジアル転がり軸受35、35に送り込むトラクションの量を確保する様にしている。特に、本例の場合には、各トラニオン17c、17cに形成した給油通路38a、38aの側から取り入れたトラクションオイルを、各支持軸19a、19aの内部に形成した各給油通路39b、39bを介して、前記各スラスト転がり軸受34、34及び前記各ラジアル転がり軸受35、35に送り込む様にしている。
【0030】
この為に本例の場合には、前記各支持軸19a、19aに、これら各支持軸19a、19aの基端面(外輪33、33の内側面)と中間部外周面とに開口する、前記各給油通路39b、39bを形成している。本例の場合、これら各給油通路39b、39bは、前記各支持軸19a、19aの先端面には開口していないが、開口させる事もできる。又、前記各トラニオン17c、17cの一部で前記各外輪33、33を跨がせる支持梁部45、45の軸方向中間部に、前記各給油通路38a、38aを形成している。そして、前記各スラスト転がり軸受34、34のポンプ作用に基づき、前記各トラニオン17c、17cの外側面側に存在する前記各給油通路38a、38aの上流端開口から吸引した前記トラクションオイルを、前記各支持軸19a、19a内の給油通路39b、39bの主部41a、41aに送り込み、更に、これら各主部41a、41aから分岐した各分岐部42、42を通じて、前記スラスト転がり軸受34、34及びラジアル転がり軸受35、35に供給する。尚、前記各トラニオン17c、17cに形成した給油通路38a、38aが特許請求の範囲に記載した上流側給油通路に、前記各支持軸19a、19aの内部に形成した各給油通路39b、39bが同じく下流側給油通路に、それぞれ対応する。
その他の部分の構成及び作用は、前述した実施の形態の第2例と同様であるから、重複する部分に関する図示並びに説明は省略する。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明を実施する場合に、ケーシング内の適正位置にスペーサを固定すれば、このケーシング内に貯溜された前記トラクションオイルの量を低減して、このトラクションオイルの攪拌抵抗に基づく、トロイダル型無段変速機の伝達効率の低下を低減できる(請求項7に記載した発明)。但し、前記スペーサと可動部との距離は或る程度(例えば5mm以上)離隔させて、このスペーサと可動部との間に存在するトラクションオイルの剪断抵抗による、この可動部の回転抵抗の増大を抑える。この様なスペーサを設ける場合に、このスペーサを、耐油性を有する合成樹脂製とすれば、仮に何れかの部分がこのスペーサと擦れ合っても、当該部分が損傷する事を防止できる。又、スペーサを設ける事に伴う重量増大も、少なく抑えられる(請求項8に記載した発明)。
【0032】
又、本発明のトロイダル型無段変速機は、前述の図7に示す様な無段変速装置の一部として、遊星歯車式変速機と組み合わせて実施する他、トロイダル型無段変速機単体として実施する事もできる。更に、図示の様なハーフトロイダル型に限らず、フルトロイダル型で実施する事もできる。
【符号の説明】
【0033】
1 ケーシング
2、2a、2b、2c、2d トロイダル型無段変速機
3 遊星歯車式変速機
4 入力軸
5 出力軸
6、6a 入力回転軸
7 伝達軸
8 前段ユニット
9 中段ユニット
10 後段ユニット
11a、11b 入力ディスク
12、12a 出力ディスク
13、13a パワーローラ
14、14a 支柱
15 転がり軸受
16、16a 支持板
17a、17b、17c トラニオン
18、18a 枢軸
19、19a 支持軸
20 押圧装置
21 中空回転軸
22 太陽歯車
23 キャリア
24 遊星歯車
25 遊星歯車
26 遊星歯車
27 低速用クラッチ
28 高速用クラッチ
29 出力歯車
30 アクチュエータボディー
31 天板
32 アクチュエータ
33 外輪
34 スラスト転がり軸受
35 ラジアル転がり軸受
36 ラジアルニードル軸受
37 給油通路
38、38a 給油通路
39、39a、39b 給油通路
40 括れ部
41、41a 主部
42 分岐部
43 玉
44 保持器
45 支持梁部
46 給排通路
47 ロッド


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケーシングと、入力軸と、出力軸と、互いに対向する軸方向側面をトロイド曲面とし、互いに同心に配置された状態でこのケーシング内に相対回転を自在に支持され、一部が前記入力軸との間で、残部が前記出力軸との間で、それぞれトルク伝達する、少なくとも1対のディスクと、軸方向に関してこれら各ディスクの中間位置に配置され、それぞれがこれら各ディスクの中心軸に対し捩れの位置に存在する枢軸を中心として揺動変位する複数の支持部材と、これら各支持部材の一部に組み付けられた支持軸と、これら各支持軸を中心とする回転自在に支持された状態で、部分球状凸面であるそれぞれの周面を前記各ディスクの軸方向側面に転がり接触させた、複数個のパワーローラとを備えたトロイダル型無段変速機に於いて、潤滑油として機能するトラクションオイルを前記ケーシング内に、運転中の状態で、少なくとも前記各ディスクの軸方向側面と前記各パワーローラの周面との転がり接触部であるトラクション部の少なくとも一部を浸漬する位置にまで貯溜した事を特徴とするトロイダル型無段変速機。
【請求項2】
前記各支持部材が、それぞれの上下両端部に設けられた前記各枢軸を中心として揺動変位するトラニオンであり、前記各支持軸が、前記各ディスクの径方向に関して内側の側面である、これら各トラニオンの内側面から突出する状態で設けられており、これら各トラニオンの内側面と前記各パワーローラ軸方向片面との間に、それぞれスラスト転がり軸受が設けられている、請求項1に記載したトロイダル型無段変速機。
【請求項3】
前記各スラスト転がり軸受の上端部が、前記ケーシング内に貯溜された前記トラクションオイル中に浸漬されている、請求項2に記載したトロイダル型無段変速機。
【請求項4】
前記各支持部材及び前記各支持軸を、それぞれの内部にトラクションオイルの給油通路を備えない充実体とした、請求項1〜3のうちの何れか1項に記載したトロイダル型無段変速機。
【請求項5】
前記各トラニオンを、それぞれの内部にトラクションオイルの給油通路を備えない充実体とすると共に、前記各支持軸に、これら各支持軸の先端面と中間部外周面とに開口する、トラクションオイルの給油通路を設け、前記各スラスト転がり軸受のポンプ作用に基づき、前記各支持軸の先端面に存在する前記給油通路の上流端開口から吸引した前記トラクションオイルを、これら各支持軸の外周面に存在する前記給油通路の下流端開口から、前記スラスト転がり軸受を含む、前記各パワーローラの回転支持部に供給する、請求項2、又は、この請求項2を引用した請求項3〜4のうちの何れか1項に記載したトロイダル型無段変速機。
【請求項6】
前記各支持軸に、これら各支持軸の基端面と中間部外周面とに開口する下流側給油通路を、前記各トラニオンの一部に、これら各トラニオンの外側面とこの下流側給油通路とを連通させる上流側給油通路を、それぞれ設け、前記各スラスト転がり軸受のポンプ作用に基づき、前記トラニオンの外側面側に存在する前記各上流側給油通路の上流端開口から吸引した前記トラクションオイルを、これら各上流側給油通路から前記各下流側給油通路に送り込み、更に、前記各支持軸の外周面に存在するこれら各下流側給油通路の下流端開口から、前記スラスト転がり軸受を含む、前記各パワーローラの回転支持部に供給する、請求項2、又は、この請求項2を引用した請求項3〜4のうちの何れか1項に記載したトロイダル型無段変速機。
【請求項7】
前記ケーシング内で、前記各ディスク及び前記各パワーローラを囲み、前記入力軸と前記出力軸との間での変速比の変更に伴う、前記各支持部材及びこれら各パワーローラの変位に拘らず、これら各支持部材及び各パワーローラを含む非固定部材と干渉する事がない部分にスペーサを固定して、前記ケーシング内に貯溜された前記トラクションオイルの量を低減した、請求項1〜6のうちの何れか1項に記載したトロイダル型無段変速機。
【請求項8】
前記スペーサが、耐油性を有する合成樹脂製である、請求項7に記載したトロイダル型無段変速機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2013−72530(P2013−72530A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−213736(P2011−213736)
【出願日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】