説明

ハイブリッド車両の制御装置

【課題】 モータの駆動力のみで走行可能な領域を拡大可能なハイブリッド車両の制御装置を提供すること。
【解決手段】 エンジンと、モータと、所望の変速比を達成する自動変速機と、前記エンジンと前記モータとの間に設けられ、前記エンジンと前記モータとの間の駆動力の伝達を断接する第1クラッチと、前記第1クラッチを解放し、前記モータの駆動力により走行するモータ走行モードと、前記第1クラッチを締結し、前記エンジン及び前記モータの駆動力により走行するエンジン走行モードと、を備えたハイブリッド車両の制御装置において、前記モータ走行モードによる走行中に前記エンジン走行モードへの遷移を行うときは、前記第1クラッチを締結し前記モータの駆動トルクによりエンジンクランキングを行うエンジン始動制御手段と、前記エンジン始動制御手段によるエンジンクランキング中に、前記自動変速機の変速比をアップシフトさせるイナーシャ始動手段と、を備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータと駆動輪との間に締結要素を備えたハイブリッド車両の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ハイブリッド車両として特許文献1の技術が開示されている。この公報には、エンジンと自動変速機との間にモータジェネレータを備え、エンジンとモータジェネレータとの間の駆動力を断接する第1クラッチと、モータジェネレータと自動変速機との間の駆動力を断接する第2クラッチとを備えた構成が開示されている。そして、第1クラッチを解放し、第2クラッチを締結してモータジェネレータのみによって走行するEV走行モード時には、エンジン始動要求がきたときにエンジン始動分のトルクを確保できる範囲で走行用モータトルクを出力している。すなわち、モータジェネレータの出力可能な最大モータトルクから走行用モータトルクを差し引いた余剰モータトルクが、エンジンのクランキングトルク以上に保たれるように制御している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−105494号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、余剰モータトルクがクランキングトルク以上に保たれるように制御するため、EV走行モードで達成可能な走行可能領域が制限されており、十分に燃費を改善することが困難であった。
【0005】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、モータの駆動力のみで走行可能な領域を拡大可能なハイブリッド車両の制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明のハイブリッド車両の制御装置では、エンジンと、モータと、所望の変速比を達成する自動変速機と、前記エンジンと前記モータとの間に設けられ、前記エンジンと前記モータとの間の駆動力の伝達を断接する第1クラッチと、前記第1クラッチを解放し、前記モータの駆動力により走行するモータ走行モードと、前記第1クラッチを締結し、前記エンジン及び前記モータの駆動力により走行するエンジン走行モードと、を備えたハイブリッド車両の制御装置において、前記モータ走行モードによる走行中に前記エンジン走行モードへの遷移を行うときは、前記第1クラッチを締結し前記モータの駆動トルクによりエンジンクランキングを行うエンジン始動制御手段と、前記エンジン始動制御手段によるエンジンクランキング中に、前記自動変速機の変速比をアップシフトさせるイナーシャ始動手段と、を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
すなわち、自動変速機をアップシフトすることでモータの回転数を減少させることができ、この減少過程においてイナーシャトルクを発生させることができる。このイナーシャトルクをモータが発生すべきエンジンクランキングトルクに上乗せすることで、モータ走行モードによる走行中に確保しておくべき余剰モータトルク(クランキングトルク)を低減することができ、実質的にEV走行モード領域を拡大することで燃費を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施例1の発進時エンジン始動制御装置が適用された後輪駆動のハイブリッド車両を示す全体システム図である。
【図2】実施例1の統合コントローラにおける演算処理プログラムを示す制御ブロック図である。
【図3】図2の目標駆動力演算部にて目標駆動力演算に用いられる目標駆動力マップの一例を示す図である。
【図4】図2のモード選択部にて目標モードの選択に用いられるEV-HEV選択マップを示す図である。
【図5】図2の目標充放電演算部にて目標充放電電力の演算に用いられる目標充放電量マップの一例を示す図である。
【図6】実施例1のモータジェネレータの回転数と最大モータトルクとの関係を表す特性図である。
【図7】実施例1の走行モード選択制御処理を表すフローチャートである。
【図8】実施例1の変速速度とフリクショントルクとの関係を表す特性図である。
【図9】実施例1のエンジン始動処理を表すフローチャートである。
【図10】実施例1のイナーシャ始動を伴うエンジン始動の状態を表すタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【実施例1】
【0009】
まず、ハイブリッド車両の駆動系構成を説明する。図1は実施例1の前輪駆動によるハイブリッド車両を示す全体システム図である。実施例1におけるハイブリッド車の駆動系は、図1に示すように、エンジンEと、フライホイールFWと、第1クラッチCL1と、モータジェネレータMGと、第2クラッチCL2と、自動変速機ATと、ディファレンシャルDFと、左ドライブシャフトDSLと、右ドライブシャフトDSRと、左前輪FL(駆動輪)と、右前輪FR(駆動輪)と、を有する。
【0010】
エンジンEは、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンであり、後述するエンジンコントローラ1からの制御指令に基づいて、スロットルバルブのバルブ開度等が制御される。第1クラッチCL1は、エンジンEとモータジェネレータMGとの間に介装されたクラッチであり、後述する第1クラッチコントローラ5からの制御指令に基づいて、第1クラッチ油圧ユニット6により作り出された制御油圧によりピストンストローク量を制御することで、スリップ締結とスリップ開放を含み締結・開放が制御される。
【0011】
モータジェネレータMGは、ロータに永久磁石を埋設しステータにステータコイルが巻き付けられた同期型モータジェネレータであり、後述するモータコントローラ2からの制御指令に基づいて、インバータ3により作り出された三相交流を印加することにより制御される。このモータジェネレータMGは、バッテリ4からの電力の供給を受けて回転駆動する電動機として動作することもできるし(以下、この状態を「力行」と呼ぶ)、ロータが外力により回転している場合には、ステータコイルの両端に起電力を生じさせる発電機として機能してバッテリ4を充電することもできる(以下、この動作状態を「回生」と呼ぶ)。なお、このモータジェネレータMGのロータは、図外のダンパーを介して自動変速機ATの入力軸に連結されている。
【0012】
第2クラッチCL2は、モータジェネレータMGと左右前輪FL,FRとの間に介装されたクラッチであり、後述するATコントローラ7からの制御指令に基づいて、第2クラッチ油圧ユニット8により作り出された制御油圧により、スリップ締結とスリップ開放を含み締結・開放が制御される。
【0013】
自動変速機ATは、無段階の変速比を車速やアクセル開度等に応じて自動的に切り換えるベルト式無段変速機であり、第2クラッチCL2は、専用クラッチとして新たに追加したものではなく、自動変速機ATの発進クラッチとして備えられている摩擦締結要素を流用している。また、第2クラッチCL2とモータジェネレータMGとの間にはモータジェネレータMGの回転駆動力によって作動する第1オイルポンプP1と、ATコントローラ7からの制御指令に基づいて第1オイルポンプP1の吐出圧が不足する場合、例えば車両停止時等にも油圧を供給可能な電動の第2オイルポンプP2とを備えている。そして、自動変速機ATの出力軸は、プロペラシャフトPS、ディファレンシャルDF、左ドライブシャフトDSL、右ドライブシャフトDSRを介して左右前輪FL,FRに連結されている。尚、第1クラッチCL1には油圧ピストンにより締結力を制御可能な乾式クラッチを用い、第2クラッチCL2には比例ソレノイドで油流量および油圧を連続的に制御できる湿式多板クラッチを用いている。
【0014】
このハイブリッド駆動系には、第1クラッチCL1の締結・開放状態に応じて3つの走行モードを有する。第1走行モードは、第1クラッチCL1の開放状態で、モータジェネレータMGの動力のみを動力源として走行するモータ使用走行モードとしての電気自動車走行モード(以下、「EV走行モード」と略称する。)である。第2走行モードは、第1クラッチCL1の締結状態で、エンジンEを動力源に含みながら走行するエンジン使用走行モード(以下、「HEV走行モード」と略称する。)である。第3走行モードは、第1クラッチCL1の締結状態で第2クラッチCL2をスリップ制御させ、エンジンEを動力源に含みながら走行するエンジン使用スリップ走行モード(以下、「WSC(Wet Start Clutch)走行モード」と略称する。)である。
【0015】
上記「HEV走行モード」には、「エンジン走行モード」と「モータアシスト走行モード」と「走行発電モード」との3つの走行モードを有する。
【0016】
「エンジン走行モード」は、エンジンEのみを動力源として駆動輪を動かす。「モータアシスト走行モード」は、エンジンEとモータジェネレータMGの2つを動力源として駆動輪を動かす。「走行発電モード」は、エンジンEを動力源として駆動輪RR,RLを動かすと同時に、モータジェネレータMGを発電機として機能させる。定速運転時や加速運転時には、エンジンEの動力を利用してモータジェネレータMGを発電機として動作させる。また、減速運転時は、制動エネルギを回生してモータジェネレータMGにより発電し、バッテリ4の充電のために使用する。また、更なるモードとして、車両停止時には、エンジンEの動力を利用してモータジェネレータMGを発電機として動作させる発電モードを有する。
【0017】
次に、ハイブリッド車両の制御系を説明する。実施例1におけるハイブリッド車両の制御系は、図1に示すように、エンジンコントローラ1と、モータコントローラ2と、インバータ3と、バッテリ4と、第1クラッチコントローラ5と、第1クラッチ油圧ユニット6と、ATコントローラ7と、第2クラッチ油圧ユニット8と、ブレーキコントローラ9と、統合コントローラ10と、を有して構成されている。なお、エンジンコントローラ1と、モータコントローラ2と、第1クラッチコントローラ5と、ATコントローラ7と、ブレーキコントローラ9と、統合コントローラ10とは、互いに情報交換が可能なCAN通信線11を介して接続されている。
【0018】
エンジンコントローラ1は、エンジン回転数センサ12からのエンジン回転数情報を入力し、統合コントローラ10からの目標エンジントルク指令等に応じ、エンジン動作点(Ne,Te)を制御する指令を、例えば、図外のスロットルバルブアクチュエータへ出力する。なお、エンジン回転数Neの情報は、CAN通信線11を介して統合コントローラ10へ供給する。
【0019】
モータコントローラ2は、モータジェネレータMGのロータ回転位置を検出するレゾルバ13からの情報を入力し、統合コントローラ10からの目標モータジェネレータトルク指令等に応じ、モータジェネレータMGのモータ動作点(Nm,Tm)を制御する指令をインバータ3へ出力する。なお、このモータコントローラ2では、バッテリ4の充電状態を表すバッテリSOCを監視していて、バッテリSOC情報は、モータジェネレータMGの制御情報に用いると共に、CAN通信線11を介して統合コントローラ10へ供給する。
【0020】
第1クラッチコントローラ5は、第1クラッチ油圧センサ14と第1クラッチストロークセンサ15からのセンサ情報を入力し、統合コントローラ10からの第1クラッチ制御指令に応じ、第1クラッチCL1の締結・開放を制御する指令を第1クラッチ油圧ユニット6に出力する。なお、第1クラッチストロークC1Sの情報は、CAN通信線11を介して統合コントローラ10へ供給する。
【0021】
ATコントローラ7は、アクセル開度センサ16と車速センサ17と第2クラッチ油圧センサ18と運転者の操作するシフトレバーの位置に応じた信号を出力するインヒビタスイッチ7aからのセンサ情報を入力し、統合コントローラ10からの第2クラッチ制御指令に応じ、第2クラッチCL2の締結・開放を制御する指令をAT油圧コントロールバルブ内の第2クラッチ油圧ユニット8に出力する。また、第1オイルポンプP1の作動状態、すなわちモータジェネレータMGの回転駆動状態を検出し、必要に応じて第2オイルポンプP2の作動状態を制御することで、適正な油圧を供給可能としている。なお、アクセルペダル開度APOと車速VSPとインヒビタスイッチ7aの情報は、CAN通信線11を介して統合コントローラ10へ供給する。
【0022】
ブレーキコントローラ9は、4輪の各車輪速を検出する車輪速センサ19とブレーキストロークセンサ20からのセンサ情報を入力し、例えば、ブレーキ踏み込み制動時、ブレーキストロークBSから求められる要求制動力に対し回生制動力だけでは不足する場合、その不足分を機械制動力(液圧制動力やモータ制動力:以下、ブレーキ摩擦制動力と記載する)で補うように、統合コントローラ10からの回生協調制御指令に基づいて回生協調ブレーキ制御を行う。
【0023】
また、ブレーキ摩擦制動力を発生させるブレーキアクチュエータとして、実施例1の場合、液圧ユニットを採用している。具体的には、高圧を封入可能なアキュムレータと、アキュムレータに高圧を供給可能な電動ポンプと、各輪のホイルシリンダとアキュムレータとの連通状態を制御する増圧弁と、各輪のホイルシリンダとリザーバとの連通状態を制御する減圧弁等を備え、各輪のホイルシリンダに制動力配分に応じて増減圧弁を制御することでブレーキ液圧を制御する。尚、電動ポンプによって直接ホイルシリンダを増圧してもよいし、電動モータによってブレーキパッドの位置(押圧力)を制御し、制動力を発生する電気ブレーキを採用してもよく、特に限定しない。
【0024】
統合コントローラ10は、車両全体の消費エネルギを管理し、最高効率で車両を走らせるための機能を担うもので、モータ回転数Nmを検出するモータ回転数センサ21と、第2クラッチ出力回転数N2outを検出する第2クラッチ出力回転数センサ22と、第2クラッチトルクTCL2を検出する第2クラッチトルクセンサ23と、ブレーキ油圧センサ24と、第2クラッチCL2の温度を検知する温度センサ10aと、からの情報およびCAN通信線11を介して得られた情報を入力する。
【0025】
また、統合コントローラ10は、エンジンコントローラ1への制御指令によるエンジンEの動作制御と、モータコントローラ2への制御指令によるモータジェネレータMGの動作制御と、第1クラッチコントローラ5への制御指令による第1クラッチCL1の締結・開放制御と、ATコントローラ7への制御指令による第2クラッチCL2の締結・開放制御と、を行う。
【0026】
以下に、図2に示すブロック図を用いて、実施例1の統合コントローラ10にて演算される制御を説明する。例えば、この演算は、制御周期10msec毎に統合コントローラ10で演算される。統合コントローラ10は、要求駆動トルク演算部100(要求駆動トルク推定手段)と、モード選択部200と、目標充放電演算部300と、動作点指令部400と、変速制御部500と、を有する。
【0027】
要求駆動トルク演算部100では、図3に示す要求駆動トルクマップを用いて、アクセルペダル開度APOと車速VSPとから、要求駆動トルクtFoOを演算する。
【0028】
モード選択部200では、図4に示すEV-HEV選択マップを用いて、アクセルペダル開度APOと車速VSPとから、目標モードを演算する。但し、バッテリSOCが所定値以下であれば、強制的に「HEV走行モード」を目標モードとする。また、EV-HEV選択マップには、低車速領域においてアクセルペダル開度APOが大きいときに、大きな駆動力を出力するために、WSCモードが設定されている。
【0029】
HEV→WSC切換線もしくはEV→WSC切換線は、自動変速機ATが最Low側のときに、エンジンEのアイドル回転数よりも小さな回転数となる車速VSP1よりも低い領域に設定されている。図4中斜線領域がHEV走行モードからWSC走行モードに切り換えられる領域であり、図4中網掛け領域がWSC走行モードからEV走行モードに切り換えられる領域となる。
【0030】
また、HEV走行モードからEV走行モードへ切り換えるHEV→EV切換線は、自動変速機ATが最Low側のときに、エンジンEのアイドル回転数よりも小さな回転数となる車速VSP1よりも低くなったときにのみモード切り換えを許可するように設定されている。言い換えると、EV走行モードの時は極力EV走行モードを維持するように制御され、一旦HEV走行モードに切り換えられたときは、極力HEV走行モードを維持するように制御される。
【0031】
目標充放電演算部300では、図5に示す目標充放電量マップを用いて、バッテリSOCから目標充放電電力tPを演算する。
【0032】
動作点指令部400では、アクセルペダル開度APOと、要求駆動トルクtFoOと、目標モードと、車速VSPと、目標充放電電力tPとから、これらの動作点到達目標として、過渡的な目標エンジントルクと目標モータジェネレータトルクと目標第2クラッチ締結容量と目標変速比と第1クラッチソレノイド電流指令を演算する。また、動作点指令部400には、EV走行モードからHEV走行モードに遷移するときに第1クラッチCL1を締結し、モータジェネレータMGによりエンジンをクランキングすることでエンジンEを始動するエンジン始動制御部401(エンジン始動制御手段)と、エンジン始動制御部401によるエンジンのクランキング中に、自動変速機ATの変速比をアップシフトさせるイナーシャ始動部402(イナーシャ始動手段)と、を有する。尚、詳細については後述する。
【0033】
変速制御部500では、変速マップのシフトスケジュールに沿って、目標第2クラッチ締結容量と目標変速比を達成するように自動変速機AT内のソレノイドバルブを駆動制御する。ここで、実施例1の自動変速機ATはベルト式無段変速機を採用しており、プライマリプーリと、セカンダリプーリと、これら両プーリに掛け渡されたベルトから構成されており、プリマリプーリの押圧力と、セカンダリプーリの押圧力をそれぞれ油圧制御によって制御することで変速比を無段階に制御する。また、変速時には、変速比一定時におけるプーリ押圧力よりも高い押圧力を必要とすることから、ポンプ吐出圧であるライン圧を増大させ、これにより変速速度を確保する。
【0034】
(エンジン始動制御について)
実施例1のハイブリッド車両にあっては、EV走行モードによる走行中にエンジン始動要求が成されたときは、まず、第2クラッチCL2を要求駆動トルクに応じた伝達トルク容量に設定し、第2クラッチCL2をスリップ制御状態とする。そして、モータジェネレータMGをトルク制御から回転数制御に切り換え、目標回転数として第2クラッチCL2の出力側回転数に所定スリップ量を加算した値とする。これにより、モータジェネレータMGは第1クラッチCL1の締結によってエンジンクランキングを行う際、回転数を維持するためにクランキングトルクが自動的に加算され、回転数を維持するものである。
【0035】
ここで、上述のようにEV走行モードでは、エンジン始動要求に対応するため、常時、クランキングトルクを確保しておかなければならない。図6は実施例1のモータジェネレータの回転数と最大モータトルクとの関係を表す特性図である。モータジェネレータMGは回転数によって出力可能な最大モータトルクが決定されている。この最大モータトルクからクランキングトルクを差し引いた値が実際にEV走行モードで走行に使用できる駆動トルクであり、EV走行モード領域として設定される。
【0036】
このように、クランキングトルクを確保すると、EV走行モード領域は大きく制限されてしまい、燃費の悪化を招くという問題があった。そこで、実施例1では、自動変速機ATをアップシフトさせ、モータジェネレータMGの回転数を一気に低下させることで、モータジェネレータMGのイナーシャトルクを発生させ、これを利用してクランキングトルクを補助するトルクであるアシストトルクを発生させるイナーシャ始動処理を実施することとした。
【0037】
図7は実施例1の走行モード選択制御処理を表すフローチャートである。目標モードは、基本的にモード選択部200において、図4に示すEV-HEV選択マップを用いて目標モードを演算する。このとき、HEV走行モードが選択された場合、現在の運転点(車速に相当するモータジェネレータ回転数と、要求駆動トルクによって決まる点)がEV走行モードを継続可能か否かを再度判断する処理である。
【0038】
ステップS1では、要求駆動トルクが最大モータトルクからクランキングトルクを差し引いた値よりも大きいか否かを判断し、大きいときはステップS6に進んでEV走行モードを選択し、それ以外のときはステップS2に進む。
ステップS2では、モータジェネレータMGのイナーシャトルクを算出する。
イナーシャトルク={(2π×モータジェネレータMGのイナーシャ)/(60×ギヤ比)}×変速速度×モータジェネレータ回転数(rpm)
ここで、2πや60は単位系を揃えるための係数であり、変速速度とは、自動変速機ATにおいてアップシフトさせる際に設定された上限変速速度である。この上限変速速度は、変速ショックが許容範囲外となる変速速度と、イナーシャ始動処理におけるアップシフト時間(固定値であり、目標エンジン始動時間に相当)経過後に変速比が最Hi側となる変速速度とのうち、遅い方を上限値として設定する。尚、イナーシャ始動処理によるアップシフト中の変速速度は一定とする。これにより、イナーシャトルクを安定させることができ、トルク変動を抑制できるからである。
【0039】
ステップS3では、第1オイルポンプP1のフリクショントルクを算出する。図8は実施例1の変速速度とフリクショントルクとの関係を表す特性図である。ベルト式無段変速機の場合、変速速度を大きくするには、プーリ押圧力を大きくする必要があるため、必要とするポンプ吐出圧も高まる。よって、第1オイルポンプP1のフリクショントルクも大きくなり、モータジェネレータMGが発生しなければならないトルク、すなわちフリクショントルクに打ち勝つトルクも増大する。そこで、ステップS2にて設定された変速速度に基づいて図8の特性図からポンプフリクショントルクを算出する。
ステップS4では、アシストトルクを下記式より算出する(アシストトルク演算手段に相当)。
アシストトルク=イナーシャトルク−フリクショントルク
【0040】
ステップS5では、要求駆動トルクが最大モータトルクからクランキングトルクを差し引いた値にアシストトルクを加算した値よりも大きいか否かを判断し、大きいときはEV走行モードの継続が困難であると判断してステップS7に進みHEV走行モードを選択する。一方、それ以外のときは、例えEV走行モード領域外であったとしてもEV走行モードの継続が可能と判断してステップS6に進む(モータ走行モード判断手段に相当)。
【0041】
すなわち、従来であれば、EV走行モード領域からHEV走行モード領域に運転点が移動しているため、HEV走行モードに遷移する。しかし、図6のA点に示すように、EV走行モード領域の外側であって、イナーシャ始動によってクランキングトルクを稼ぐことができる運転点に位置する場合には、例え図4のHEV走行モード領域にあってもEV走行モードを継続することで、結果としてEV走行モード領域を拡大することができる。これにより、燃費の向上を図ることができる。
【0042】
(HEV走行モード選択時におけるエンジン始動処理)
図9は実施例1のエンジン始動処理を表すフローチャートである。EV走行モードからHEV走行モードへの切り換え処理が行われた場合、現在のモータジェネレータMGのモータトルクに基づいて通常のエンジン始動を行うか、自動変速機ATのアップシフトを伴うイナーシャ始動を行うかを切り替えるものである。
ステップS71では、現在のモータトルクが、最大モータトルクからクランキングトルクを差し引いた値にアシストトルクを加算した値未満で、かつ、最大モータトルクからクランキングトルクを差し引いた値よりも大きいか否かを判断し、この条件を満たしたと判断したときはステップS73に進み、それ以外のときはステップS72に進む。
ステップS72では、エンジン始動制御部401により通常のエンジン始動処理を実行する。
【0043】
ステップS73では、エンジン始動制御部401によるエンジン始動と共に、イナーシャ始動部402によりイナーシャ始動を行う。イナーシャ始動では、第2クラッチCL2をスリップ制御状態とし、モータジェネレータMGの制御状態をトルク制御から回転数制御に切り換えた後、自動変速機ATの変速比を、設定された一定の変速速度でHi側に向けて変速する。このとき、駆動輪の回転数はさほど変化しないため、第2クラッチCL2の出力側回転数、すなわち自動変速機への入力回転数は変速比の変化に応じて低下する。これに伴って、モータジェネレータの目標回転数も低下するため、この低下によってイナーシャトルクが生じる。このイナーシャトルクを、第1クラッチCL1を介してエンジンEに伝達することでクランキングトルクをアシストするアシストトルクを付与する。
【0044】
次に、イナーシャ始動を行うエンジン始動処理の作用について説明する。図10は実施例1のイナーシャ始動を伴うエンジン始動の状態を表すタイムチャートである。このタイムチャートは、初期条件として、第1クラッチCL1を解放し、エンジン停止状態でのEV走行モードによる走行中を表している。
【0045】
時刻t1において、運転者がアクセルペダルを踏み込み、運転点が図4に示すモードマップのEV走行モード領域からHEV走行モード領域となると、要求駆動トルクが最大モータトルクからクランキングトルクを差し引いた値にアシストトルクを加算した値よりも大きいため、HEV走行モードへとモード遷移する。このとき、第2クラッチCL2はスリップ制御とされ、モータジェネレータMGは回転数制御に移行するため、モータジェネレータMGの回転数は第2クラッチCL2の出力側回転数(変速機入力回転数)よりも若干高くなる。また、第1クラッチCL1もトルク伝達容量を持ち始める。
【0046】
時刻t2において、エンジンクランキングによりエンジン回転数が上昇を開始する。また、自動変速機ATにおいて一定の変速速度によるアップシフトが開始される。ここで、変速速度を一定に保つと、実ギヤ比は下に凸のカーブを描いて低下していく。これにより、モータジェネレータMGのイナーシャトルクを利用することができ、エンジンクランキング時のアシストトルクを付与することができる。
【0047】
時刻t3において、エンジン回転数が所定回転数となったとき、エンジンが初爆タイミングを迎える。その後は、モータジェネレータ回転数と共にエンジン回転数も上昇していく。尚、エンジン初爆を迎えた後は、アップシフトを終了し、エンジン回転数の上昇に応じて変速比もエンジン始動開始時点における変速比に向けてダウンシフトを行う。尚、アップシフト及びダウンシフトを行う際、駆動輪の回転数が変動しないように同期して変速させることで、運転者に違和感を与えることはない。
【0048】
時刻t4において、自動変速機ATの変速比がエンジン始動開始時点における変速比に到達すると、それ以降は、車速とアクセルペダル開度から最適な変速比を決定する変速比マップに応じて変速を行う。そして、エンジンEが自立回転をし始めると、エンジン始動終了と判断して第2クラッチCL2をスリップ制御状態から完全締結状態に移行させる。
時刻t5において、第2クラッチCL2が完全締結状態となると、エンジンEとモータジェネレータMGの両方を用いて走行するHEV走行モードとなる。
【0049】
以上説明したように、実施例1のハイブリッド車両にあっては、下記に列挙する作用効果を得ることができる。
(1)エンジンEと、モータジェネレータMG(モータ)と、所望の変速比を達成する自動変速機ATと、エンジンEとモータジェネレータMGとの間に設けられ、エンジンEとモータジェネレータMGとの間の駆動力の伝達を断接する第1クラッチCL1と、第1クラッチCL1を解放し、モータジェネレータMGの駆動力により走行するEV走行モード(モータ走行モード)と、第1クラッチCL1を締結し、エンジンE及びモータジェネレータMGの駆動力により走行するHEV走行モード(エンジン走行モード)と、を備えたハイブリッド車両の制御装置において、EV走行モードによる走行中にHEV走行モードへの遷移を行うときは、第1クラッチCL1を締結しモータジェネレータMMGの駆動トルクによりエンジンクランキングを行うエンジン始動制御部401(エンジン始動制御手段)と、エンジン始動制御部401によるエンジンクランキング中に、自動変速機ATの変速比をアップシフトさせるイナーシャ始動部402(イナーシャ始動手段)と、を備えた。
【0050】
すなわち、自動変速機ATをアップシフトすることでモータジェネレータMGの回転数を減少させることができ、この減少過程においてイナーシャトルクを発生させることができる。このイナーシャトルクをモータジェネレータMGが発生すべきエンジンクランキングトルクに上乗せすることで、EV走行モードによる走行中に確保しておくべき余剰モータトルク(クランキングトルク)を低減することができ、実質的にEV走行モード領域を拡大することで燃費を改善することができる。
【0051】
(2)運転者の要求する要求駆動トルクを推定する要求駆動トルク演算部100(要求駆動トルク推定手段)と、走行状態に基づいて、イナーシャ始動部402により得られるアシストトルクを演算するステップS4(アシストトルク演算手段)と、要求駆動トルクが、モータジェネレータMGの最大モータトルクからエンジンクランキングに必要なトルクを差し引いた値にアシストトルクを加算した値以下のときは、モータ走行モードを選択するステップS5(モータ走行モード判断手段)と、を備えた。
すなわち、イナーシャ始動により得られるアシストトルクに基づいてEV走行モードが継続可能か否かを判断するため、EV走行モード領域を精度よく拡大することができる。
【0052】
(3)ステップS4(アシストトルク演算手段)は、イナーシャ始動部402によるアップシフトにより増加するオイルポンプフリクショントルクを減算する。
よって、より精度の高いアシストトルクを算出することが可能となり、EV走行モード領域を精度よく拡大することができる。
【0053】
(4)イナーシャ始動部402は、現在のモータトルクが最大モータトルクからエンジンクランキングトルクを差し引いた値以上であって、かつ、最大モータトルクからエンジンクランキングトルクを差し引いた値にアシストトルクを加算した値以下のときであって、要求駆動トルクが最大モータトルクからエンジンクランキングトルクを差し引いた値にアシストトルクを加算した値となってエンジンクランキングを行うときに、自動変速機ATをアップシフトする。
すなわち、通常のEV走行モード領域以外の領域であっても、イナーシャトルクを利用したアシストトルクによってエンジン始動に対応できる領域のときは、EV走行モードを継続することができ、燃費の改善を図ることができる。
【0054】
(5)自動変速機ATはベルト式無段変速機であり、イナーシャ始動部402は、アップシフト中の変速速度を一定とする。すなわち、イナーシャトルクと変速速度との間には相関があることから、変速速度を一定とすることでアシストトルクを安定して発生することができる。よって、エンジン始動中のトルク変動を抑制することができる。
【0055】
以上、実施例1に基づいて本願発明を説明したが、上記構成に限らず他の構成に適用してもよい。例えば、実施例1では前輪駆動型のハイブリッド車両について説明したが、後輪駆動型や4輪駆動型のハイブリッド車両に適用してもよい。
また、実施例1では自動変速機としてベルト式無段変速機を備えた例を示したが、他の形式の無段変速機(トロイダル型等)や、有段式の自動変速機であっても同様に適用できる。
また、実施例1ではエンジン始動時に第2クラッチCL2をスリップ制御する例を示したが、完全締結状態のままでもよい。また、モータジェネレータMGを回転数制御に切り換える例を示したが、トルク制御のままアップシフトするようにしてもよい。
【符号の説明】
【0056】
E エンジン
FW フライホイール
CL1 第1クラッチ
MG モータジェネレータ
CL2 第2クラッチ
AT 自動変速機
PS プロペラシャフト
DF ディファレンシャル
DSL 左ドライブシャフト
DSR 右ドライブシャフト
FL 左前輪(駆動輪)
FR 右前輪(駆動輪)
1 エンジンコントローラ
2 モータコントローラ
3 インバータ
4 バッテリ
5 第1クラッチコントローラ
6 第1クラッチ油圧ユニット
7 ATコントローラ
8 第2クラッチ油圧ユニット
9 ブレーキコントローラ
10 統合コントローラ
24 ブレーキ油圧センサ
100 目標駆動力演算部
200 モード選択部
300 目標充放電演算部
400 動作点指令部
500 変速制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンと、
モータと、
所望の変速比を達成する自動変速機と、
前記エンジンと前記モータとの間に設けられ、前記エンジンと前記モータとの間の駆動力の伝達を断接する第1クラッチと、
前記第1クラッチを解放し、前記モータの駆動力により走行するモータ走行モードと、
前記第1クラッチを締結し、前記エンジン及び前記モータの駆動力により走行するエンジン走行モードと、
を備えたハイブリッド車両の制御装置において、
前記モータ走行モードによる走行中に前記エンジン走行モードへの遷移を行うときは、前記第1クラッチを締結し前記モータの駆動トルクによりエンジンクランキングを行うエンジン始動制御手段と、
前記エンジン始動制御手段によるエンジンクランキング中に、前記自動変速機の変速比をアップシフトさせるイナーシャ始動手段と、
を備えたことを特徴とするハイブリッド車両の制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載のハイブリッド車両の制御装置において、
運転者の要求する要求駆動トルクを推定する要求駆動トルク推定手段と、
走行状態に基づいて、前記イナーシャ始動手段により得られるアシストトルクを演算するアシストトルク演算手段と、
前記要求駆動トルクが、前記モータの最大モータトルクからエンジンクランキングに必要なトルクを差し引いたトルクに前記アシストトルクを加算した値以下のときは、モータ走行モードを選択するモータ走行モード判断手段と、
を備えたことを特徴とするハイブリッド車両の制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載のハイブリッド車両の制御装置において、
前記アシストトルク演算手段は、前記イナーシャ始動手段によるアップシフトにより増加するオイルポンプフリクショントルクを減算する手段であることを特徴とするハイブリッド車両の制御装置。
【請求項4】
請求項2又は3に記載のハイブリッド車両の制御装置において、
前記イナーシャ始動手段は、現在のモータトルクが最大モータトルクからエンジンクランキングトルクを差し引いた値以上であって、かつ、最大モータトルクからエンジンクランキングトルクを差し引いた値に前記アシストトルクを加算した値以下のときであって、前記要求駆動トルクが最大モータトルクからエンジンクランキングトルクを差し引いた値に前記アシストトルクを加算した値となってエンジンクランキングを行うときに、前記自動変速機をアップシフトすることを特徴とするハイブリッド車両の制御装置。
【請求項5】
請求項1ないし4いずれか一つに記載のハイブリッド車両の制御装置において、
前記自動変速機は無段変速機であり、
前記イナーシャ始動手段は、前記アップシフト中の変速速度を一定とすることを特徴とするハイブリッド車両の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−176713(P2012−176713A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−41538(P2011−41538)
【出願日】平成23年2月28日(2011.2.28)
【出願人】(000231350)ジヤトコ株式会社 (899)
【Fターム(参考)】