説明

バナジウム含有被膜を被覆した鉄系合金製パンチ工具

【課題】成型加工を行っても相手材表面との摩耗を低減できる被膜を被覆した鉄系合金製パンチ工具を提供する。また、万一に被膜の摩耗が生じても鉄系合金製パンチ工具の損傷を未然に防止できる被膜を被覆した鉄系合金製パンチ工具を提供する。
【解決手段】V(1−X)から成り、かつXは原子%で70at%超95at%以下であるバナジウム含有被膜を鉄系合金製パンチ工具21に被覆する。また、鉄系合金製パンチ工具21とバナジウム含有被膜との間に複合被膜を被覆して、複合被膜は鉄系合金製パンチ工具21から近い順にV被膜、V(1−Y)被膜(ただし、Yは原子%で40at%以上60at%以下)から成る被膜とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、V(バナジウム)を含む被膜を被覆した鉄系合金製パンチ工具に関する。
【背景技術】
【0002】
一般産業機器の中でも、摺動を伴う機械部品には耐摩耗性や耐久性が求められており、それらの機械部品表面には様々なコーティング(被膜)が施されている。特にTiN(窒化チタン)被膜やCrN(窒化クロム)被膜は、被膜硬度が高いため耐摩耗性に優れており、金型に広く用いられている。また、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)被膜も他の被膜に比べて摩擦係数が低く、耐摩耗性に優れているため、金型や工具などに多用されている。
【0003】
しかし、TiN被膜やCrN被膜を被覆した金型や工具は、被膜の内部応力が高いため厚膜にして金型や工具へ被覆した場合、被膜が剥離しやすいという問題があった。特にDLC被膜は、その内部応力が他の被膜と比較して大きいために被膜単体での厚膜化が困難である。そのため金型や工具表面とDLC被膜との間に中間層を挟んで応力緩和を行う等の工夫がなされているが、やはりDLC被膜が剥離しやすいという問題は解決されていない。
【0004】
そこで、耐摩耗性や耐久性を有しており、厚膜にしても剥離し難い被膜の1つとして、VC(炭化バナジウム)などの被膜が考案された。例えば、特許文献1ではVCを含む被膜を金型や工具に被覆することで、被膜の密着性と優れた耐摩耗性が得られた旨が開示されている。また、特許文献2ではVN(窒化バナジウム)被膜やVCN(炭窒化バナジウム)被膜を被覆した工具は高温加熱による変形や厚膜による形状変化を抑制できる旨が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3909658号公報
【特許文献2】特開2005−46975号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1および特許文献2に示された表面の被膜がVC、VNおよびVCNの場合、金型による成型加工や工具による切削加工等を行うと、接触する材料(相手材)である被成型材や被削材の表面と凝着し、相手材表面から離れる時に被膜の一部が消失(摩耗)する結果、金型や工具表面が露出するという問題があった。
【0007】
また、VCやVNなどの被膜は金属光沢を有しているため、使用中に被膜の摩耗が生じた結果、金型や工具表面が露出しても金型や工具などが鉄系合金製基材である場合には、VCやVNなどの被膜と鉄系合金製基材とは共に金属光沢を有しているために被膜の摩耗の有無が判断できない。そのため、被膜が摩耗したまま金型や工具を使用し続ける結果、金型や工具などの損傷を招くという問題もあった。
【0008】
さらに、特許文献2の特許請求の範囲では、XおよびYをV(バナジウム)およびC(炭素)の原子%(at%)とすると、V(C1−Y1−Xから成る被膜においては、Vの原子%の範囲Xを30at%以上80at%以下と限定している。つまり当該被膜にNを含まないとした場合、Cの原子%の範囲を20at%以上70at%以下と限定することになるが、その理由や根拠は明細書中に何ら開示されていない。また、実施例においてもVC、VNおよびVCの三態様の被膜の実施例しか開示されておらず、他の被膜態様についての効果は不明である。
【0009】
本発明の課題は、前述した問題点に鑑みて、パンチ工具による成型加工を行っても相手材表面との摩耗を低減できる被膜を被覆した鉄系合金製パンチ工具を提供することである。また、万一に被膜の摩耗が生じても鉄系合金製パンチ工具の損傷を未然に防止できる被膜を被覆した鉄系合金製パンチ工具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、鋭意研究の結果、鉄系合金製パンチ工具に被覆されるV(1−X)から成る被膜のCの組成比率であるX(原子%)はXの値によって被膜の摩擦係数が変化し、その変化点は従来のXの範囲である40at%以上60at%以下の範囲を超えたところに存在することを知得した。また、Cの組成比率Xが70at%を超えて95at%以下の被膜の摩擦係数は、70at%以下の被膜に比べて、摩擦係数がさらに低下して優れた潤滑性を示すことも知得した。
【0011】
これらの知得により、本発明においては、V(1−X)から成り、かつXは原子%で70at%超95at%以下であるバナジウム含有被膜が被覆された鉄系合金製パンチ工具であって、パンチ工具とバナジウム含有被膜との間に複合被膜が被覆されており、当該複合被膜はパンチ工具から近い順にV被膜、V(1−Y)被膜(ただし、Yは原子%で40at%以上60at%以下)から成る被膜であるバナジウム含有被膜が被覆された鉄系合金製パンチ工具を提供することにより前述した課題を解決した。
【0012】
鉄系合金製パンチ工具上にVC被膜に代表されるV(1−Y)被膜(ただし、Yは原子%で40at%以上60at%以下)を直接被覆した場合、VC被膜同様にV(1−Y)被膜は剥離しやすい。そのため、鉄系合金製パンチ工具上にV被膜を被覆した後、V(1−Y)被膜を被覆することで、鉄系合金製パンチ工具に対するV(1−Y)被膜の密着性が高まる。
【0013】
また、V(1−Y)被膜は鉄系合金と同様に金属光沢を有しているが、V(1−X)被膜(Xは原子%で70at%超95at%以下)の外観は灰色もしくは黒色を呈している。そのため、V(1−Y)被膜上にV(1−X)被膜を被覆すると、V(1−X)被膜が摩耗した時点で金属光沢を有するV(1−Y)被膜が現れる。
【0014】
またはV(1−Y)被膜がV(1−X)被膜と共に摩耗しても、その部分はパンチ工具が鉄系合金製で金属光沢を有するため、結果としてV(1−X)被膜の摩耗を容易に目視確認できる。
【発明の効果】
【0015】
本発明においては、V(1−X)から成り、かつXは原子%で70at%超95at%以下であるバナジウム含有被膜が被覆された鉄系合金製パンチ工具であって、パンチ工具とバナジウム含有被膜との間に複合被膜が被覆されており、複合被膜はパンチ工具から近い順にV被膜、V(1−Y)被膜(ただし、Yは原子%で40at%以上60at%以下)から成る被膜であるバナジウム含有被膜が被覆された鉄系合金製パンチ工具とすることで、V(1−X)(Xは原子%で70at%超95at%以下)被膜の摩擦係数が低く、優れた潤滑性を有するので、成型加工を行っても相手材表面との摩耗を低減できる。同時に、V(1−X)(Xは原子%で70at%超95at%以下)被膜は摩擦係数が低く優れた潤滑性を有するので離型性も向上する。
【0016】
また、灰色もしくは黒色のV(1−X)被膜が摩耗した時点で金属光沢を有するV(1−Y)被膜が現れるので、その部分を容易に目視確認できる。そのため、パンチ工具の使用を即時に中止することできて、パンチ工具表面が露出した状態での使用によるパンチ工具の損傷も未然に防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明に係る鉄系合金製パンチ工具上にバナジウム含有被膜を被覆する際に用いる溶融蒸発型イオンプレーティング装置10の縦断面図である。
【図2】円盤状試験片にV被膜を被覆した後、V(1−X)から成るバナジウム含有被膜(Xは原子%で32〜95at%)を被覆してピンオンディスク試験を行った被膜の摩擦係数の測定結果を示すグラフである。
【図3】実施例において耐摩耗性試験で用いた鉄系合金製パンチ工具(十字パンチ)21の外観写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の実施の形態の一例を、図面を用いて説明する。図1は本発明に係る鉄系合金製パンチ工具上にバナジウム含有被膜を被覆する際に用いる溶融蒸発型イオンプレーティング装置10の縦断面図である。溶融蒸発型イオンプレーティング装置10は、被覆処理を行う真空チャンバー1と、同チャンバー1外部に取り付けられた集束コイル2と、同チャンバー内でプラズマを形成するホロカソード式電子銃3と、プラズマの原料となる溶解材料を設置する坩堝4と、プラズマとなった溶解材料を被覆処理する基材(被処理物)を保持する基材保持器5とから構成されている。
【0019】
溶融蒸発型イオンプレーティング装置10内の基材保持器5に、被覆処理する基材(鉄系合金製パンチ工具)を装着して、真空チャンバー1内を5×10−3Pa以下の圧力まで真空ポンプを用いて真空排気を行う。その後、坩堝4内の金属バナジウム等の溶解材料をホロカソード式電子銃3によりプラズマ状態としながら、図示しない反応ガス導入口より真空チャンバー1内に導入したアセチレンやエチレンなどの炭化水素系ガスと反応させて、鉄系合金製パンチ工具上にバナジウム含有被膜を被覆できる。
【0020】
次に、本発明に係る鉄系合金製パンチ工具に被覆されるV(1−X)被膜のCの組成比率X(原子%)を70at%超95at%以下の範囲に限定した理由を説明する。その理由は、バナジウム含有被膜におけるCの組成比率による摩擦係数の変化を確認するため、摩擦摩耗試験を行い、摩擦係数の値が低下する範囲を選択することでCの組成比率の範囲を限定した。
【0021】
当該摩擦摩耗試験は、図1に示す装置10にてアセチレンガスを使用して、円盤状試験片にV(バナジウム)被膜を被覆した後、V(1−X)から成るバナジウム含有被膜(Xは原子%で32〜95at%)を被覆して、当該試験片をピンオンディスク試験により行った。
【0022】
図2は、上述のピンオンディスク試験にて円盤状試験片にV被膜を被覆後、V(1−X)から成るバナジウム含有被膜のCの組成比率Xを32〜95at%の範囲で変化させた被膜を被覆した時の摩擦係数の測定結果を示す。図2に示すように、Cの組成比率Xが30〜35at%である被膜の摩擦係数はおよそ0.8であり、Xが52at%〜54at%まで増加した被膜はおよそ0.6〜0.7前後の値であった。また、Xがおよそ60at%まで増加すると、摩擦係数は約0.2〜0.3まで低下した。
【0023】
これに対してCの組成比率Xが70at%を超えると被膜の摩擦係数は0.2を下回り、Xが95at%まで増加しても、摩擦係数は0.2未満を示す結果となった。以上より、V(1−X)から成るバナジウム含有被膜(Xは原子%で70at%超95at%以下)は、Cの組成比率Xが70at%以下である他の被膜に比べて、摩擦係数が小さかった。これは、V(1−X)被膜(Xは原子%で70at%超95at%以下)が優れた潤滑性を有していることを示す。
【実施例】
【0024】
次に、前述の被覆方法により高速度工具鋼(SKH51)製のパンチ工具(十字パンチ)表面にバナジウム含有被膜等を被覆して耐摩耗性試験を行った。その結果を表1に示す。表1は、後述する3種類の金型を用いてステンレス鋼製の十字穴付き皿小ねじを被加工物としてパンチ加工(十字穴の加工)を行った耐摩耗試験結果である。また、図3は上述の耐摩耗性試験で用いた鉄系合金製パンチ工具(十字パンチ)21の外観写真を示す。
【0025】
【表1】

【0026】
本試験で用いた図3に示す鉄系合金製パンチ工具21は、窒化処理を施した上に、(1)何ら被膜のないパンチ工具(以下、パンチAとする)、(2)V被膜を最下層に被覆した上で、V5050被膜を被覆したパンチ工具(以下、パンチBとする)、(3)V被膜を最下層に被覆した上でV5050被膜、V95から成る被膜の順に被覆したパンチ工具(以下、パンチCとする)、の計3種類を使用した。また、本試験の限界ショット数(加工数)は、被膜の摩耗が目視確認できるか、鉄系合金製パンチ工具21表面の損傷が目視で認められるまで連続使用できる回数を以って判断した。
【0027】
表1に示すように、何ら被膜のない従来のパンチAは、限界ショット数が15000個であり、他のパンチBおよびCを含めて加工数が最少であった。また、パンチAには被膜が被覆されていないため、パンチ表面が損傷を受けて凹みが生じた時点を以って限界ショット数に達したと判断した。また、従来のパンチBは限界ショット数が26000個であり、パンチAに比べて加工数が増加したが、V5050被膜の摩耗が目視で確認できなかったため、パンチAと同様にパンチ表面が損傷を受けて凹みが生じた時点を以って限界ショット数に達したと判断した。
【0028】
これに対して本発明に係るパンチCは限界ショット数が50000個であり、他のパンチAおよびBを含めて加工数が最多であった。また、パンチCについては本試験の途中で灰色のV95被膜が摩耗して、その下層に金属光沢を有するV5050被膜が目視確認できたため、パンチ表面の損傷を受ける前に本試験を終了できた。
【0029】
以上の結果から、V被膜を最下層に被覆した上で、V5050被膜、V95から成るバナジウム含有被膜の順に鉄系合金製パンチ工具に被覆することで、従来のパンチ工具に比べて加工数を増やすことができた。また、鉄系合金製パンチ工具に被覆した被膜の摩耗が目視確認できたので、パンチ工具表面の損傷を受ける前に使用を中止し、パンチ工具の損傷を未然に防止できた。
【符号の説明】
【0030】
21 鉄系合金製パンチ工具(十字パンチ)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1−X)から成り、かつ前記Xは原子%で70at%超95at%以下であるバナジウム含有被膜が被覆された鉄系合金製パンチ工具であって、前記パンチ工具と前記バナジウム含有被膜との間に複合被膜が被覆されており、前記複合被膜は前記パンチ工具から近い順にV被膜、V(1−Y)被膜(ただし、Yは原子%で40at%以上60at%以下)から成る被膜であることを特徴とするバナジウム含有被膜を被覆した鉄系合金製パンチ工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−206171(P2012−206171A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−133160(P2012−133160)
【出願日】平成24年6月12日(2012.6.12)
【分割の表示】特願2009−51929(P2009−51929)の分割
【原出願日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【出願人】(000005197)株式会社不二越 (625)
【Fターム(参考)】