説明

パラメトリック共振器およびこれを用いたフィルタ

【課題】高周波機械振動子の振動を効率よく増幅する。
【解決手段】例えば振動子を梁構造とし、梁側面に空隙を介して電極を近接させ配置する。両者間に交流電圧を加えて静電力で振動子を励振する一方で、交流信号周波数と同一または2倍の周波数の信号を利用して振動子のばね性に変調を加え、パラメトリック共振の原理により振動を増幅する。励振力とばね性の変調の位相を最適にすることで効率よく振動子の振幅を増幅することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、共振器およびこれを用いたフィルタに係り、特に高密度に集積化された電気回路内において、機械共振を用いて高性能の電気機械フィルタ回路を実現するものに関する。
【背景技術】
【0002】
従来の機械共振器について図15を参照して説明する。図15は、たわみ振動を用いた機械振動フィルタ(非特許文献1参照)の構成を簡略化して示す図である。
このフィルタは、シリコン基板上に薄膜プロセスを用いてパターン形成を行うことで形成され、入力線路104と、出力線路105と、それぞれの線路に対して1ミクロン以下の空隙をもって配置された両持ち梁101、102と、その2つの梁を結合する結合梁103とで構成されている。そしてこの入力線路104に入力信号が入力される。入力線路104から入力された信号は、梁101と容量的に結合し、梁101に静電力を発生させる。信号の周波数が、梁101、102および結合梁103からなる弾性構造体の共振周波数近傍と一致したときのみ機械振動が励振され、この機械振動をさらに出力線路105と梁102との間の静電容量の変化として検出することで、入力信号のフィルタリング出力を取り出すようにしたものである。
【0003】
矩形断面の両持ち梁の場合、弾性率E、密度ρ、厚みh、長さLとすると、たわみ振動の共振周波数fは、次式となる。
【0004】
【数1】

【0005】
材料をポリシリコンとするとE=160GPa、ρ=2.2×103kg/m3、また寸法をL=40μm、h=1.5μmとするとf=8.2MHzとなり、約8MHz帯のフィルタを構成することが可能である。コンデンサやコイルなどの受動回路で構成したフィルタに比べて機械共振を用いることでQ値の高い急峻な周波数選択特性を得ることができる。
【0006】
しかしながら、上記構成では、さらに高周波帯のフィルタを構成するには、以下のような制約がある。すなわち、(数1)から明らかなように、第1に材料を変更してE/ρを大きくすることが望ましいことがわかるが、Eを大きくすると梁をたわませる力が同じであっても梁の変位量は小さくなってしまい、梁の変位を検知することが難しくなる。また、梁の曲がり易さを表す指標を、両持ち梁の梁表面に静荷重を加えたときの梁中心部のたわみ量dと梁の長さLの比d/Lとすると、d/Lは、次式の比例関係で表される。
【0007】
【数2】

【0008】
これらから、d/Lの値を保ちながら共振周波数を上げるには、少なくともEは変更できず、密度ρの低い材料を求める必要があるが、ポリシリコンと同等のヤング率で密度が低い材料としてはCFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastics)等の複合材料を用いる必要がある。この場合、半導体プロセスで微小機械振動フィルタを構成することは難しくなる。
【0009】
そこでこのような複合材料を用いない第2の方法として、(数1)において梁の寸法を変更してh・L−2を大きくする方法がある。しかし、梁の厚みhを大きくすることと梁
の長さLを小さくすることはたわみやすさの指標である(数2)のd/Lを小さくしてしまい、梁のたわみを検出することが困難となる。
【0010】
(数1)および(数2)についてlog(L)とlog(h)の関係を図16に示すと、直線191は(数1)から求まる関係であり、直線192は(数2)から求まる関係である。この図16において、現寸法A点を起点に傾き「2」の直線より上の範囲(領域A)のLとhを選ぶとfは大きくなり、傾き「1」の直線より下の範囲(領域B)のLとhを選ぶとd/Lは大きくなる。従って、図中のハッチング部分(領域C)が梁のたわみ量も確保しつつ共振周波数を上げることができるLとhの範囲である。
【0011】
図16より明らかなことは、機械振動フィルタの高周波化には、梁の長さLおよび梁の厚みh双方の寸法の微小化が必要条件であり、Lおよびhを同じスケーリングで小型化すること、すなわち傾き「1」の直線に乗りながらLとhを小さくすることは、図16のハッチング部分の十分条件である。このように、従来の機械共振器では機械振動子の寸法を小型化することで、共振周波数は高周波化される。
【0012】
【非特許文献1】Frank D.Bannon III, John R.Clark, and Clark T.-C.Nguyen, "High-Q HF Microelectromechanical Filters," IEEE Journal of Solid-State Circuits, Vol. 35, No.4, pp.512-526, April 2000.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし、機械振動子の寸法の小型化を行うとdとLの相対比率を確保できても、dの絶対量は極めて小さくなる。これは、電極と振動子間の静電容量が微小となると同時に、振動に伴う静電容量の変化量も極めて微小となることを意味する。電極と振動子間の静電容量に並列に寄生する寄生容量が、機械振動子の寸法に依存せずにほぼ一定であり、かつその値は電極と振動子間容量より大であると、機械振動子を小型化することによって、共振点における振動子の電気的インピーダンス変化が小さくなってしまい、感度の低下を招き、フィルタとしての動作が不十分となるという課題を有していた。
【0014】
そこで、非特許文献2や非特許文献3のように、パラメトリック共振を用いて振動子の振幅を強める方法が検討されている。すなわち振動子に外部から与えられる励振力以外に、振動子のばね性や質量等に変調を加えることで、共振点付近での振動を増幅する効果を付与することができる。図15に示した従来例を用いて説明すると、共振器の両持ち梁101、102の振動が増幅されると、出力線路105には振動速度に比例した電流が流れるので、S/N比の良い出力信号を得ることができる。振動子が極微小化、すなわち高周波化されたときに、この効果の貢献は極めて大である。
【0015】
非特許文献2や非特許文献3では、制御不能な発振状態の発生条件の解析や、振動スペクトルの非線形ジャンプなどが調べられているが、これら発振や非線形ジャンプなどの現象は共振器をフィルタに適用するには不適である。また、ばね性の変調と外部励振力の位相関係に最適値があるか否かという観点からの考察はなされていない。
【0016】
本発明は、前記実情に鑑みてなされたもので、振動子のばね性に変調を加えるパラメトリック共振を利用し、かつ発振や非線形スペクトルなどのフィルタ動作として好ましくない状態での使用を避け、かつ外部励振力とばね性の変調の位相関係が効果的に振動振幅の増大をもたらすよう調整された共振器を具現化することを目的とする。
【0017】
【非特許文献2】Mariateresa Napoli, Rajashree Baskaran, Kimberly Turner and Bassam Bamieh, "Understanding Mechanical Domain Parametric Resonance in Microcantilevers", Proc. of IEEE MEMS2003, pp.169-172, 2003.
【非特許文献3】Wenhua Zhang, Rajashree Baskaran and Kimberly L. Turner, "Changing the Behavior of Parametric Resonance in MEMS Oscillators by Tuning the Effective Cubic Stiffness", Proc. of IEEE MEMS2003, pp.173-175, 2003.
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題を解決するため、本発明の共振器は、機械的振動を行う振動子と、前記振動子に励振力を与える励振部と、前記振動子のばね性を変調する変調部とを有する共振器であり、前記振動子は、前記励振部からの励振力の付与によって振動し、前記変調部は前記励振力に対応して前記振動子を変調するように構成したことを特徴とする。
上記構成によれば、振動子に励振力が与えられない状態では振動子は振動せず、前記励振部からの励振力の付与によって振動し、前記変調部は、外部励振力とばね性の変調の位相関係が効果的に振動振幅の増大をもたらすように、前記励振力に対応して前記振動子を変調し、パラメトリック共振により、振幅の増大をはかることが可能となる。
なお、ここで変調とは、ある値を境に周期的にばね特性を変動させることをいう。
【0019】
また、本発明の共振器は、上記共振器において、前記変調部が前記励振力の周期に対応して前記振動子のばね性を変調するように構成されたものを含む。
この構成により、パラメトリック共振により、効率よく振幅の増大を図ることが可能となる。さらにまた、励振力の位相に応じて振動子のばね性を調整するようにしてもよい。励振力の周期に対応して、最適の位相において振動子のばね性を付与することにより、振幅の増大を図り、高感度化を実現することが可能となる。
【0020】
また、本発明の共振器は、前記振動子のばね性の変調周波数が、前記励振部による励振力の周波数と同一であることを含む。
この構成によれば、簡単な構成で振動子のばね性を変調することができる。
【0021】
また、本発明の共振器は、励振部による周期的な励振力がsinωtに比例する値で与えられ、またばね性の増分がcos(ωt+φ)に比例するように変調部がばね性に変調を加えるとき、位相φが−22.5°から112.5°の範囲もしくは157.5°から292.5°の範囲であるものを含む。
この構成によれば、実験結果から、上記構成により、効率よく振動を増幅することができることがわかった。
【0022】
また、本発明の共振器は、位相φが45°近傍もしくは225°の近傍であるものを含む。
この構成によれば、振動を最大限に増幅することができる。
【0023】
また、本発明の共振器は、前記振動子のばね性の変調周波数が、前記励振部による励振力の周波数の2倍であるものを含む。
この構成によれば、ばね性を無変調としたときの共振周波数近傍で共振を得ることができる。
【0024】
また、本発明の共振器は、励振部による周期的な励振力がsinωtに比例する値で与えられ、またばね性の増分がcos(2ωt+φ)に比例するように変調部がばね性に変調を加えるとき、位相φが−225°から45°の範囲であるものを含む。
この構成によれば、実験結果から、上記構成により、効率よく振動を増幅することができる。
【0025】
また、本発明の共振器は、位相φが−90°近傍であるものを含む。
この構成によれば、振動を最大限に増幅することができる。
【0026】
また、本発明の共振器は、励振部による周期的な励振力sinωtに比例する値で与えられ、またばね性を無変調としたときの共振角周波数がωであり、またばね性の増分が遅延時間Dを有するcos2ω(t−D)に比例するように変調部がばね性に変調を加えるとき、遅延時間Dが2π/(2ω)の0倍から0.625倍の範囲、または0.875倍から1倍の範囲であるものを含む。
この構成によっても、ばね性を無変調としたときの共振周波数近傍で共振を得ることができる。
【0027】
また、本発明の共振器は、遅延時間Dが2π/(2ω)の0.25倍近傍であるものを含む。
この構成によれば、振動を最大限に増幅することができる。
【0028】
また、本発明の共振器は、前記励振部は振動子に近接して位置する電極であり、前記振動子と前記電極との間の電圧変化を、前記振動子への励振力に変換するものを含む。
この構成によれば、共振器およびフィルタを半導体プロセスと親和性のよい加工方法で実現できる。
【0029】
また、本発明の共振器は、前記変調部は、前記振動子の温度を制御する温度制御部を備え、前記振動子の温度変化によりばね性を変調するものを含む。
この構成によれば、非接触で振動子のばね性に変調をかけることができる。
【0030】
また、本発明の共振器は、前記温度制御部が、光照射によって振動子の温度変化を生ぜしめるように構成されたものを含む。
この構成によれば、変調部と共振器のアイソレーションをとることができ、共振器の雑音が低減される。また、振動子材料は光の波長により光の吸収度合いが異なるので、光の波長を選択することによってばね性の変調度合いを調整することができる。
【0031】
また本発明の共振器は、前記光照射部が、光源と、ミラーとを具備し、前記光源からの光が前記振動子を通過し、ミラーで反射して、再び前記振動子に入射するように構成されたものを含む。
この構成によれば、振動子内部の温度分布むらを低減し、振動子全体の温度変調を行うことが出来るため、温度分布むらによる不要な振動が発生することなく、振動子のばね性に変調をかけることが出来る。したがって効率よく振動子に光照射を行うことができる。また、所望のタイミングにおける光照射によるエネルギー(主として熱エネルギー)によって応力を変調することによるばね性の変調を行うことができる。なお、光のオン・オフ、波長、強度などを制御することにより、ばね性の変調を行うようにしているため、スイッチング性もきわめて良好であり、変調タイミングの制御性も良好である。
【0032】
また本発明の共振器は、前記光照射部が、前記振動子の一端にレーザダイオード、他端にミラーを具備し、前記振動子の一端から、前記振動子の長手方向に沿って、前記振動子の他端にむけてレーザ光を照射し、光ポンピングを行うように構成されたものを含む。
この構成によれば、レーザ光の照射により、ばね性の変調を行うようにしているため、より、制御性よく、ばね性の変調を行うことができ、高効率のパラメトリック共振器を提供することができる。
【0033】
また本発明の共振器は、前記振動子が、前記振動子の両端を除く周囲を、前記振動子よりも屈折率の低い領域で囲まれてなるものを含む。
この構成によれば、振動子への光の閉じ込めが可能となり、より高効率の光変調をおこなうことができる。
【0034】
また本発明の共振器は、前記振動子が、両端にソース・ドレイン領域を形成するとともに、前記振動子の長手方向をチャネルとし、チャネルに対して所定の間隔を隔ててゲート電極が形成されており、前記ゲート電極が金属またはポリサイドメタルで構成され、反射面を構成したものを含む。
この構成によれば、ゲート電極を反射性材料である金属またはポリサイドメタルで構成することにより、振動子の裏面側すなわちゲート電極の対向面側からレーザ光などの光照射を行うことにより、振動子の長手方向全体にわたって均一に制御性よく光変調を行うことが可能となる。
【0035】
また、本発明の共振器は、前記温度制御部は、前記振動子への電流供給量を制御する電流制御手段を備え、ジュール熱により、前記振動子の温度を制御するようにしたものを含む。
この構成によれば、振動子の温度は振動子を流れる電流によるジュール熱の変化によって制御されるため、簡易な構成で高効率のパラメトリック共振器を構成することができる。
【0036】
また、本発明の共振器は、振動子は2箇所以上の固定部または支持部を有し、固定部または支持部近傍を振動の節とするものを含む。
この構成によれば、固定部または支持部間の振動子内部に応力を貯めることができ、変調部はこの応力を変調することでばね性の変調を行うことができる。
【0037】
また本発明の共振器は、振動子は両持ち梁であるものを含む。
この構成によれば、単純な構造で共振器を構成することができる。
【0038】
また本発明の共振器は、少なくとも前記振動子が真空封止されたものを含む。
この構成によれば、雰囲気を真空に封止したケース内に収納されており、周囲気体の粘性が振動子の振動を阻害する効果を低減することができる。
【0039】
また、本発明の電気機械フィルタは、上記共振器を用いて形成される。
【発明の効果】
【0040】
本発明の共振器の構成によれば、外部励振力による振動子の振動をさらに増幅するため、高感度で、機械的な共振を電気的に検出することができ、数百MHz〜数GHz帯で使用する微細な振動子を用いても、フィルタ機能を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しつつ詳細に説明する。
(実施の形態1)
図1(a)は、本発明の実施の形態1における共振器の斜視図である。本実施の形態1の共振器はねじり共振器であり、ねじり振動を行う梁型振動子1と、梁型振動子1の側面に空隙を介して近接して配置された電極2とを有するもので、電極2と梁型振動子1との断面形状で、図3に示すように、半導体レーザによる光照射により、励振力の周期に対応して梁型振動子1のばね性を変調するように構成し、パラメトリック共振により、効率よく振幅の増大を実現するものである。
【0042】
ここで、梁型振動子1は両端を固定された両持ち梁である。梁型振動子1の材料は単結晶シリコンであり、厚みtbが200nm、長さLが1.4μmで等価質量1×10−17kg、等価ばね定数1kN/m、ねじり振動基本モード約1.6GHzを有する。
図1(a)の梁型振動子1と電極2とのA−A’断面を図1(b)に示す。梁型振動子1の断面形状は2等辺三角形であり、幅Wは284nm、底辺の両端角は54.7°である。梁型振動子1と電極2との間には空隙g=10nmが設けられており、静電容量Cを形成している。ここでは電極2の底面は梁型振動子1の底面と同じ高さの位置として、厚さte=0.12μmに設定した。この共振器は、静電力を励振力とした共振器であり、電極2が励振部として機能する。
【0043】
この共振器を用いた帯域通過型フィルタについて、図2を用いて説明する。説明の便宜上、図2では図1(a)の電極2を、梁型振動子1を挟んで対称の位置にさらに設けて、電圧→機械振動→電流への変換を振動子1個と電極2個で行う構成としている。
ここで電極2aと梁型振動子1との間に、DC電圧Vpと入力交流電圧vとを重畳させて印加すると、交流信号vの周波数を有して梁型振動子に印加される静電力Fは、
F=v・Vp・ΔC/Δx
となる。ここでCは電極2aと梁型振動子1との間の静電容量、xは梁型振動子1のねじり振動に伴う変位量である。
【0044】
また、図2において、ねじり振動を行っている梁型振動子により出力電極2bに発生する交流電流iは、
i=Vp・(dx/dt)・ΔC/Δx
となる。交流電流iは振動速度dx/dtに比例することから、ねじり振動の共振周波数1.6GHzで振動速度dx/dtは最大となり、このとき最大の出力信号を得ることができるため、本共振器は共振周波数を中心周波数とした帯域通過型フィルタとして機能する。
【0045】
ここで、パラメトリック共振を利用して、振動の振幅を増大する効果を付与した共振器の構成例を図3に示す。図3(a)は電極2と振動子1との間の容量と直列に変調部4を設けている。電極2と振動子1との間に流れる交流電流は、電圧より位相が90°進む。すなわち電圧がsin波ならば電流はcos波となる。また電圧と静電力とはほぼ同相である。電流を負荷で検出して、その増幅、移相を行い半導体レーザの強度を変調する。レーザ光強度の変調周波数は、交流信号源の角周波数ωと同一となる。振動子1は梁の長さ方向に引張応力を有しており、レーザ光の照射を受けると、レーザ光の明滅の“明”のときに温度が上昇して引張応力が緩和され、“滅”のときに温度が低下して引張応力が増加する。従って振動子1のばね性は引張応力に同期した変調を受ける。
【0046】
このとき、振動子の運動方程式は(数3)であらわされる。mを振動子の等価質量、kを無変調時の振動子の等価ばね定数としたとき、無変調時の共振角周波数はω=(k/
m)1/2である。Qは振動子のQ値、xは振動子の変位、Fsinωtは外力、すなわ
ちこの場合、角周波数ωの交流信号による静電力をあらわしている。変調を受けたばね定数は、無変調時のばね定数k=mωからの増分であるmωεcos(ωt+φ)
とあらわされる。ここでεは変調の深さをあらわす。
【数3】

【0047】
図1のねじり共振器において、F=10−9N、ε=0.035、Q=2000としたときの振動子の速度スペクトルを図4(b)に示す。“Linear”で示された無変調時のスペクトルは、周波数1.59155GHzでP:ピーク値20m/sとなる。ばね性に変調を加え、その位相φを変化させたときのスペクトルを測定し、縦軸を振動速度の最大値(振幅)、横軸を位相φとした関係曲線を図4(a)に示した。φ=135°および315°(=−45°)のときは、“Linear”に比べて速度が低下するが、−22.5°(=337.5°)から112.5°の範囲、もしくは157.5°から292.5°の範囲においては、速度は増加する。振動速度の増加は振動振幅の増加を意味する。
従って、この範囲の位相φとなるように、図3(a)の変調部4内の移相器の移相量を調整することで、パラメトリック共振の効果を得ることができる。また変調の深さεを適度に決定することにより、図4(b)のスペクトルに非線形はなく、スペクトルのジャンプ現象のようなフィルタには不適な現象は発生しない。また外部励振力Fがゼロのときには振動もゼロとなる。すなわち制御不能な発振状態には陥らない。
【0048】
位相φを45°、もしくは225°の近傍にすることで、1.59139GHzに共振ピークを有し、このときφの設定のみで実現可能な最大のピーク値を得ることができる。その値は約50m/sであり、無変調時のピーク20m/sの値の2.5倍の値を得ることができる。図4(b)及び(c)は励振力の周波数に対する振動速度及びその位相関係を示している。通常のばね−質量系では、励振力に対して振動速度の位相は共振点で0となるのが、パラメトリック励振を用いると、図4(b)のピーク周波数と図4(c)の縦軸0とのゼロ交点周波数は概して一致しない。ただし、位相φを45°、もしくは225°の近傍にしたときは、図4(a)のピーク周波数1.59139GHzと図4(c)のゼロ交点周波数が一致する。すなわち見かけ上パラメトリック励振を用いていない無変調の共振器と同等と扱うことができる。図4(b)は縦軸を速度、図4(c)では縦軸を位相としている。
【0049】
位相φを45°または225°とし、入力交流信号の周波数が1.59139GHzのとき、すなわち共振時の、励振力と振動による振動子の位置とばね性の増分との関係を図5に示す。φ=45°のとき、振動子の位置が原点から遠ざかろうとするA点において、ばね性が最も弱まり、振動子は慣性により大きな振幅を得る。φ=225°についても同様に、振動子の位置が原点から遠ざかろうとするB点においてばね性が最も弱まり、慣性により大きな振幅を得る。
【0050】
ただし、φ=45°では原点から遠ざかろうとするA点でばね性が弱まるが、同じく原点から遠ざかろうとするB点ではばね性は逆に強まるため、B点では慣性による振幅増大化の効果はない。同様にφ=225°でもA点において慣性による振幅増大化の効果はない。
【0051】
本実施の形態では、ばね性の変調を光で行っているため、振動子に対して非接触であり、接触式の場合に容易に想定される振動モードの阻害が起こらない。またばね性の変調を光で行っているため、変調部の電気的なノイズが振動子に直接干渉する量を低減することができる。
【0052】
なお、本実施の形態は以下に示す実施の形態2とは異なり、励振力の周波数とばね性の変調の周波数が同一であるため、簡易な構成で共振器を構成することができる。
【0053】
また、変調部4は図3(b)のように、振動子1と電極2との間の容量と並列に設けても良い。
【0054】
また、変調の深さεは、振動子1の材料と変調部4から放射される光の波長との組み合わせによっても調整することができる。例えば赤外光をシリコン振動子に照射すると、光のエネルギの多くが振動子を透過する。変調の深さεを大きくするには、より波長の短い青色や紫外の光源を使い、光のエネルギをより多くシリコン振動子内部に吸収させればよい。吸収されたエネルギは熱に変換され、振動子のばね性をより効率よく緩和させることができる。すなわち、照射する光の波長を変化させることによって有効に変調を行うことができる。あるいは位相を調整することによっても調整可能である。
【0055】
なお、実施の形態1において図3に示した変調においては、光源に半導体レーザを用いたが、より安価な発光ダイオードを用いてもよい。
【0056】
次に本発明の実施の形態1の変形例として、半導体レーザを用いて、光によるばね性変調を効率的に行うための例を図6(a)および(b)に示す。この例では共振器は、光照射部が、光源としてのレーザダイオード200と、ミラー202とを具備し、レーザダイオード200からの光が振動子1を通過し、ミラー202で反射して、再び振動子1に入射するように構成されている。図6(a)は、変調機能を備えた共振器を、振動子の縦断面がでるように切断した断面から見た斜視図、図6(b)は、同共振器の横断面図を示す図である。振動子1は、シリコンの異方性エッチングで形成された両持ち梁であり、その上部にギャップを介して電極2を形成している。そして振動子1の両端はソース領域及びドレイン領域11S,11Dを構成するとともに、この電極2は、振動子1に対して空気層(ギャップ)を隔てて形成され、ゲート電極2Gを構成し、MOSトランジスタ構造を形成している。なおこのゲート電極2Gは多結晶シリコンで構成される。またソース領域及びドレイン領域11S,11D上には、多結晶シリコンで構成されたソース電極及びドレイン電極12S,12Dが形成されている。
そして図6(b)に示すように、ソース領域11S側には交流電源201で駆動されるレーザダイオード200が配設され、ドレイン領域11D側にはミラー202が配設されて、レーザ光による変調を行うように構成されている。
この構成においては、レーザダイオード200の出射端面から導出されたレーザビームは振動子内部を軸方向に伝播する。ビームの強度変調はレーザダイオードの注入電流の変調によって行われる。ビームの強度は振動子内部で減衰し、一部は振動子1内で熱に変換される。振動子1を通過したビームは再びミラー202で反射され、振動子1内を逆に伝播し、多重反射を繰り返す。この反射の効果により、振動子1内部は軸長方向に温度むらが少なく、振動子1全体が一様に温度制御されるという効果を得る。
ここで、ミラー202がない構造にすると、振動子内ではレーザダイオード配置側すなわちソース領域11S側の方が温度が高くなり、長さ方向に温度むらが生じ、振動子の軸応力の変調を行う効果が少なくなる。また、光のエネルギが、振動子の軸方向に伝播する粗密波などの不要な振動エネルギとなって消費されてしまう。
上記構成によれば、上記レーザダイオードから出力される光のビーム径が、振動子の長さに比べて小さい場合でも、振動子全体にわたって均一な温度制御を行うことができる。
以上説明したように、上記構成によれば、振動子内部の温度分布むらを低減し、振動子全体の温度変調を行うことが出来るため、温度分布むらによる不要な振動が発生することなく、振動子のばね性に変調をかけることが出来る。したがって効率よく振動子に光照射を行うことができる。また、所望のタイミングにおける光照射によるエネルギー(主として熱エネルギー)によって応力を変調することによるばね性の変調を行うことができる。なお、光のオン・オフ、波長、強度などを制御することにより、ばね性の変調を行うようにしているため、スイッチング性もきわめて良好であり、変調タイミングの制御性も良好である。
【0057】
このように、上記共振器は、光照射部が、振動子の一端にレーザダイオード、他端にミラーを具備し、振動子の一端から、振動子の長手方向に沿って、振動子の他端にむけてレーザ光を照射し、光ポンピングを行うように構成されたものであり、レーザ光の照射により、ばね性の変調を行うようにしているため、より、制御性よく、ばね性の変調を行うことができ、高効率のパラメトリック共振器を提供することができる。
【0058】
なお、この振動子1の両端を除く周囲を、振動子よりも屈折率の低い領域(誘電体膜など)で囲むようにしてもよく、この構成によれば、振動子への光の閉じ込めが可能となり、より高効率の光変調をおこなうことができる。また、空気層によっても光閉じ込め効果はある。
【0059】
次に本発明の実施の形態1の他の変形例として、図7に示すように、図6に示したMOSFET構造を構成する振動子のゲート電極2Gをポリメタル構造とし、多結晶シリコン2P上にタングステンなどの金属膜2Mが配設され反射面を構成し、面発光レーザダイオード203から出射されたレーザビームを振動子1の側面つまりゲート電極2Gに対向する面側から照射し、ゲート電極を構成する金属膜2Mによって反射され振動子内を逆に伝播するようにしたものである。
この構造においても、振動子1は、両端にソース・ドレイン領域11S,11Dを形成するとともに、振動子1の長手方向をチャネルとし、チャネルに対して所定の間隔を隔ててゲート電極2Gが形成されており、多結晶シリコン2Pと金属膜2Mとの2層構造からなる反射面を構成する。
【0060】
この構成によれば、ビームの強度は振動子内部で減衰し、一部は振動子内で熱に変換される。振動子を通過したビームはゲート電極2Gを構成する金属膜2Mで反射され振動子内を逆に伝播する。
この反射効果により、振動子内部は厚み方向に温度むらが少なく、振動子全体が一様に温度変調されるという効果を奏功する。ミラーとなるこの金属膜2Mを省くと振動子内では厚み方向に温度むらが生じ、振動子全体が一様に温度変調されない。また、光のエネルギが、振動子の温度むらにより生じるたわみ振動などの不要な振動エネルギとなって費やされてしまう。図7に示した例では、光のビーム径が振動子の長さと同等もしくはそれ以上の寸法であるときに振動子全体の温度制御を行うことができる。
【0061】
以上説明したように、振動子の裏面側すなわちゲート電極の対向面側からレーザ光などの光照射を行い、振動子を通過したビームがゲート電極を構成する金属膜2Mで反射されることにより、振動子の長手方向全体にわたって均一に制御性よく光変調を行うことが可能となる。
【0062】
次に本発明の実施の形態1におけるねじり共振器の製造方法について図8を用いて説明する。この図は図1(a)のA−A’断面に相当する面を示している。シリコン基板30の表面に酸化シリコン膜からなる酸化膜31を介して、デバイス形成層としての所望のキャリア濃度の単結晶シリコン層32を貼着したSOI(Silicon on Insulator)基板を用いる。梁構造の作製に際しては、SOI基板の上部の単結晶シリコン層32に、結晶方位を利用した異方性エッチングによって所望の形状を実現している(非特許文献4)。
【0063】
まず、SOI基板上に窒化シリコン膜33を形成して、窒化シリコン膜33をパターニングする(図8(a))。パターニングに際しては、このパターンのエッジがシリコン層32の{110}に沿うように形成する。
次にKOHを用いてシリコン層32の異方性エッチングを行う。KOHを用いたシリコンの異方性エッチング工程においては、{111}面のエッチング速度は他の面よりも極めて遅いため、結果として図8(b)に示すように{111}面が露出するようにエッチングが進行する。{100}と{111}とは、54.7°の位置関係となる。
【0064】
そして上面をこの窒化シリコン膜33で覆われた状態で酸化を行い、この{111}面を局所的に酸化シリコン膜35で保護し、マスクとした窒化シリコン膜33を再度パターニングする。
そして、再びKOHを用いてシリコン層32の異方性エッチングを行うことで、図8(c)に示すように、三角形断面のシリコン梁構造体を得ることができる。
【0065】
次に、CHFガスを用いたRIE(反応性イオンエッチング)を用いて、SiOを加工する。このとき三角形断面のシリコン梁はマスクとなって、梁の下のSiOはエッチングされずに残る。
【0066】
次に、最終的に梁と電極間のギャップとなる犠牲層36としてのSiOをCVD法などによって成膜するか、又は三角形断面梁表面を熱酸化あるいは低温プラズマによるラジカル酸化などによって酸化させて形成する。図8(e)では、後者にならって酸化炉でシリコン表面を熱酸化させた状態を示している。このとき、シリコン基板30表面にも酸化シリコン膜36Sが形成されるが、わずかに、酸化シリコン層31の下方にも食い込むように形成される。
【0067】
続いて、電極となるポリシリコン層37を、CVD(化学気相成長法)で堆積し(図8(f))、CFガスを用いたRIEによりエッチバックを行い、図8(g)のように表
面を犠牲層36で覆われた三角形断面梁を構成する単結晶シリコン層32の頂部を露呈させるとともに電極の厚みteを調整する。
【0068】
最後に、フッ酸を用いて梁と電極間に存在する犠牲層36としてのSiOおよび梁底
面の酸化シリコン膜(SiO)31を除去し、梁を可動な状態とする。酸化シリコン膜
36Sは、わずかに三角形断面梁を構成する単結晶シリコン層32の下方の酸化シリコ層31下に食い込むように形成されているため、このエッチング工程で、この食い込んだ部分が結果的にエッチング除去されることになり、シリコン基板30と電極2a、2bとの短絡を防止している。
【0069】
なお、振動子1の底面より下部にも電極2が存在するが、振動子1と電極2間の実質上の容量を形成するのは、電極2の厚みte内の部分である。振動子1の底面より下部に位置する電極2の部分が生成されないようにするには、図8(d)の工程を省いて、電極2をSiO層31の上に形成すればよいが、図8(h)の工程でフッ酸によりSiO層31を除去すると、電極2の下も除去されて図中のアンダーエッチング量が著しく増し、電極も可撓性を有することになる。このとき振動子1と電極2との間の静電力で両者が固着することがあるので、工程(d)の省略は静電力が極めて小さい場合にのみ有効である。
【0070】
なお、異方性エッチングにはKOHのかわりにTMAH(Tetramethyl Ammonium Hydroxide)を用いてもよい。
【0071】
【非特許文献4】G. Hashiguchi and H. Mimura, “Fabrication of Silicon Quantum Wires Using Separation by Implanted Oxygen Wafer”, Jpn. J. Appl. Phys. Vol. 33(1994), pp. L1649-1650.
【0072】
この、図8のプロセスは、半導体プロセスにおけるパターニング幅の限界を越えた細さの構造物を形成できるので、数百MHz〜数GHzの微細な共振器を作製するのに有用なプロセスである。
【0073】
また、梁と振動子との間の酸化膜を最終的に除去して、コンデンサを形成することができるので、静電力を励振力とした共振器を提供することができる。
【0074】
また、梁側面はシリコンの結晶面で構成されているので、極めて表面性状が滑らかであり、振動に伴う表面損失が低減され、Q値の高い振動子とすることができる。
【0075】
なお、本発明の実施の形態における共振器を真空封止することで、振動子の振動が空気の粘性の影響を受けない、振動振幅の大きな共振器を得ることができる。
また、本実施の形態では、振動子のねじり振動の基本モードを使用しているが、その高次のモードや、たわみ振動や縦振動などの他の振動モードを用いてもよい。
また、本実施の形態では、梁型振動子の断面は三角形としたが、台形、四角形、その他多角形断面を用いてもよい。
【0076】
(実施の形態2)
次に本発明の実施の形態2について説明する。
本実施の形態では、実施の形態1で示した図1のねじり共振器を用いるが、振動子のばね性の変調が、静電力による励振力の周波数の2倍であることを特長とする。
【0077】
図9は、本実施の形態における共振器の構成を示すものである。角周波数ωを有する入力信号は分配器で分配され、一方は振動子1と電極2との間で静電力による励振力を与える。分配されたもう一方は、変調部4内でまず乗算回路で角周波数2ωに変換され、2ωの成分のみフィルタにより選択され、移相器を経てレーザ光強度を変調する。乗算回路は2乗特性を有する非線形素子で構成することができる。レーザ光は振動子1に照射され、梁の長さ方向に引張応力を有する振動子1のばね性を角周波数2ωで変調する。
【0078】
このとき、振動子の運動方程式は、(数4)であらわされる。mを振動子の等価質量、kを無変調時の振動子の等価ばね定数としたとき、無変調時の共振角周波数はω=(k/m)1/2である。Qは振動子のQ値、xは振動子の変位、Fsinωtは外力、すな
わち、この場合、角周波数ωの交流信号による静電力をあらわしている。角周波数2ωで変調を受けたばね定数は、無変調時のばね定数k=mωからの増分であるmωεcos(2ωt+φ)とあらわされる。ここでεは変調の深さをあらわす。
【数4】

【0079】
図1のねじり共振器において、F=10−9N、ε=0.001、Q=1000とした
ときの振動子の速度スペクトルを測定し、縦軸を振動速度の最大値(振幅)、横軸を位相φとした関係曲線を図10(a)に示す。ばね性に変調を加え、その位相φを変化させたときのスペクトルを図10(b)に示した。“Linear”で示された無変調時のスペクトルは、周波数1.59155GHzでピーク値10m/sとなる。変調をかけるとピークの周波数は、無変調時の共振周波数の近傍で変化する。φ=90°のときは、“Linear”に比べて速度が低下するが、−225°(=+135°)から45°の範囲においては、速度は増加する。振動速度の増加は振動振幅の増加を意味する。従って、この範囲の位相φとなるように、図9の変調部4内の移相器の移相量を調整することで、パラメトリック共振の効果を得ることができる。また変調の深さεを適度に決定することにより、図10(b)のスペクトルに非線形はなく、スペクトルのジャンプ現象のようなフィルタには不適な現象は発生しない。また外部励振力Fがゼロのときには振動もゼロとなる。すなわち制御不能な発振状態には陥らないことを特長としている。
【0080】
位相φを−90°(=+270°)近傍にすることで、1.59155GHzに共振ピークを有し、このときφの設定のみで実現可能な最大のピーク値を得ることができる。その値は約20m/sであり、無変調時のピーク10m/sの値の2倍の値を得ることができる。
図10(b)及び(c)は励振力の周波数に対する振動速度およびその位相関係を示している。通常のばね−質量系では、励振力に対して振動速度の位相は共振点で0となるのが、パラメトリック励振を用いると、図10(b)のピーク周波数と図10(c)の縦軸0とのゼロ交点周波数は概して一致しない。ただし、位相φを−90°の近傍にしたときは、図10(b)のピーク周波数1.59155GHzと図10(c)のゼロ交点周波数とが一致する。すなわち見かけ上パラメトリック励振を用いていない無変調の共振器と同等と扱うことができる。またこの共振周波数は、無変調時の共振周波数と一致する。従って、共振周波数を、無変調時の振動子の共振周波数で設計することができる。
【0081】
位相φを−90°とし、入力交流信号の角周波数ωが共振角周波数ωのときの、励振力と振動による位置とばね性の増分の関係を図11の(a)(b)(c)に示す。振動子の位置が原点を通過するときに励振力は最大となる。また、振動子の位置が原点から遠ざかり、最大変位に達する中間でばね性の緩和が最大となり、また振動子の位置が最大変位から原点に近づく中間でばね性が最も増大する。
これは振動子の位置が原点から遠ざかるときは、ばね性を緩めて慣性力で振動変位を増大させ、原点に近づくときは、ばね性を強めて振動速度を加速させる効果を振動子に与えていることを意味する。この効果により共振時において振動振幅は、ばね性を無変調とした場合に比べて、より大きな値となる。
【0082】
なお、ばね性の変調は必ずしも三角関数ではなく、図11(d)のように間歇的にばね性の変調が行われてもよい。
【0083】
次に本実施の形態の別の実施の形態を示す。図12は図9の構成において、変調部4内の移相器を遅延回路に置き換えたものである。角周波数ωを有する入力信号は分配器で分配され、一方は振動子1と電極2との間に静電力による励振力を与える。分配されたもう一方は、変調部4内でまず乗算回路で角周波数2ωに変換され、適宜2ωの成分のみフィルタにより選択され、遅延回路を経てレーザ光強度を変調する。レーザ光は振動子1に照射され、梁の長さ方向に引張応力を有する振動子1のばね性を角周波数2ωで変調する。
【0084】
このとき、振動子の運動方程式は、(数5)であらわされる。mを振動子の等価質量、kを無変調時の振動子の等価ばね定数としたとき、無変調時の共振角周波数はω=(k/m)1/2である。Qは振動子のQ値、xは振動子の変位、Fsinωtは外力、すなわちこの場合、角周波数ωの交流信号による静電力をあらわしている。角周波数2ωで変調を受けたばね定数は、無変調時のばね定数k=mωからの増分であるmωεcos2ω(t―D)とあらわされる。ここでεは変調の深さを、Dは遅延時間をあらわす。
【数5】

【0085】
図1のねじり共振器において、F=10−9N、ε=0.00065、Q=2000としたときの振動子の速度スペクトルを測定し、縦軸を振動速度の最大値(振幅)、横軸を位相φとした関係曲線を図13(a)に示す。図13(b)および(c)は、励振力に対する振動速度およびその位相関係を示している。図13(b)内の“Linear”で示された無変調時のスペクトルは、周波数1.59155GHzにピーク値20m/sとなる。ばね性に変調を加え、遅延時間(遅延量D)を変化させたときのスペクトルを図示した。変調をかけると、ピークの周波数は無変調時の共振周波数の近傍で変化する。Dが2π/(2ω)の0.75倍、すなわちD=236psのときは、“Linear”に比べて速度が低下するが、0倍から0.625倍の範囲(0〜196ps)、または0.875倍から1倍の範囲(275ps〜)の範囲においては、速度は増加する。振動速度の増加は振動振幅の増加を意味する。従って、この範囲の遅延時間Dとなるように、図12の変調部4内の遅延回路の遅延時間を調整することで、パラメトリック共振の効果を得ることができる。また変調の深さεを適度に決定することにより、図13(a)のスペクトルに非線形はなく、スペクトルのジャンプ現象のようなフィルタには不適な現象は発生しない。また外部励振力Fがゼロのときには振動もゼロとなる。すなわち制御不能な発振状態には陥らない。
【0086】
遅延時間Dを2π/(2ω)の0.25倍近傍、すなわち79ps近傍にすることで、1.59155GHzに共振ピークを有し、このときDの設定のみで実現可能な最大のピーク値を得ることができる。その値は約60m/sであり、無変調時のピーク20m/sの値の約3倍の値を得ることができる。
【0087】
通常のばね−質量系では励振力に対して振動速度の位相は共振点で0となるのが、パラメトリック励振を用いると、図13(b)のピーク周波数と図13(c)の縦軸0とのゼロ交点周波数は概して一致しない。ただし、遅延時間Dを79psの近傍にしたときは、図13(b)のピーク周波数1.59155GHzと図13(c)のゼロ交点周波数とが一致する。すなわち見かけ上パラメトリック励振を用いていない無変調の共振器と同等と扱うことができる。また、この共振周波数は、無変調時の共振周波数と一致する。従って、共振周波数を、無変調時の振動子の共振周波数で設計することができる。
【0088】
また、非接触でばね性に変調を与えるための手段としては、光に限定されるものではなく、非接触加熱、など適宜選択可能である。図14は、ジュール熱を振動子に与えて、ばね性の変調を与える共振器である。変調部4内で生成された角周波数2ωの信号を、再び振動子1と電極2間の容量に流し込む。これにより振動子1は、角周波数2ωでジュール熱による温度の変調を受け、ばね性が変調を受ける。励振力とばね性の変調との関係は、すでに図11に示したような位相関係となるように、変調部4内の移相器の移相量を調整すれば、振動を増幅することができる。また、ジュール熱によるものに限定されることなく、高周波加熱、ペルチェ素子を用いた温度制御など適宜選択可能である。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明にかかる共振器は、半導体プロセスで作製可能な極めて微細な構造体が、主に静電力で励振されるようにしたものであって、振動子のばね性の変調の度合い及び位相を特定することで、スペクトルに非線形ジャンプなどのフィルタ動作として好ましくない特性を避け、かつ有効に静電力による励振のみでは得られない振動振幅を得ることができる共振器を実現するものであるため、携帯型無線端末に積載される高密度に集積化された高周波フィルタ回路等として有用である。また、音声帯域や超音波帯域におけるスペクトル解析や、機械共振による質量分析等の医療用や環境分野等の用途にも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0090】
【図1】本発明の実施の形態1におけるねじり共振器の斜視図および断面図
【図2】本発明の実施の形態1におけるねじり共振器における電気機械変換の説明図
【図3】(a)本発明の実施の形態1における、光によるばね性の変調を行う共振器の説明図 (b)本発明の実施の形態1における、光によるばね性の変調を行う別の共振器の説明図
【図4】(a)本発明の実施の形態1における、振動子の速度スペクトルを測定し、縦軸を振動速度の最大値(振幅)、横軸を位相φとした関係曲線を示す図 (b)本発明の実施の形態1における、励振力の周波数と振動子の振動速度を示す図 (c)本発明の実施の形態1における、励振力の周波数と振動子の位相関係を示す図
【図5】共振時の、励振力と振動による位置とばね性の増分の関係を示す図
【図6】(a)本発明の実施の形態1における、共振器構造を示す説明図 (b)(c)本発明の実施の形態1における、振動子の軸方向に光を照射してばね性の変調を行う構造を示す説明図
【図7】本発明の実施の形態1における、振動子の側面から光を照射してばね性の変調を行う構造を示す説明図
【図8】本発明の実施の形態1におけるねじり共振器の製造方法の説明図
【図9】本発明の実施の形態2における、光によるばね性の変調を行う共振器の説明図
【図10】(a)本発明の実施の形態2における、励振力の周波数と振動子の振動速度のスペクトルを測定し、縦軸を振動速度の最大値(振幅)、横軸を位相φとした関係曲線を示す図 (b)本発明の実施の形態2における、励振力の周波数と振動子の振動速度を示す図 (c)本発明の実施の形態2における、励振力の周波数と振動子の振動速度の位相関係を示す図
【図11】本発明の実施の形態2における、共振点での励振力と振動位置とばね性の増分の位相関係を示す図
【図12】本発明の実施の形態2における、光によるばね性の変調を行う他の共振器の説明図
【図13】(a)本発明の実施の形態2における、励振力の周波数と振動子の振動速度のスペクトルを測定し、縦軸を振動速度の最大値(振幅)、横軸を位相φとした関係曲線を示す図 (b)本発明の実施の形態2における、励振力の周波数と振動子の振動速度を示す図(c)本発明の実施の形態2における、励振力の周波数と振動子の振動速度の位相関係を示す図
【図14】本発明の実施の形態2における、ジュール熱によりばね性の変調を行う共振器の説明図
【図15】従来の機械共振器を用いたフィルタを示す概略図
【図16】従来例における、機械共振器の寸法と高周波化の関係を示す特性図
【符号の説明】
【0091】
1 振動子
2 電極
3 絶縁体
4 変調部
30 シリコン基板
31 酸化シリコン層
32 単結晶シリコン層
33 窒化シリコン層(マスクパターン)
35 酸化シリコン層
36 犠牲層(酸化シリコン膜)
36S 酸化シリコン膜
101、102 両持ち梁型振動子
103 結合梁
104 入力線路
105 出力線路
191 同一周波数を有する長さLと厚さhの関係を示す直線
192 同じたわみやすさの指標を有する長さLと厚さhの関係を示す直線
200 光源(レーザダイオード)
201 交流電源
202 ミラー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械的振動を行う振動子と、前記振動子に励振力を与える励振部と、前記振動子のばね性を変調する変調部とを有する共振器であり、前記振動子は、前記励振部からの励振力の付与によって振動し、前記変調部は前記励振力に対応して前記振動子を変調するように構成された共振器。
【請求項2】
請求項1に記載の共振器であって、
前記変調部は、前記励振部による励振力の周期に対応して、前記振動子のばね性を変調するようにした共振器。
【請求項3】
請求項2に記載の共振器であって、
前記振動子のばね性の変調周波数は、前記励振部による励振力の周波数と同一である共振器。
【請求項4】
請求項3に記載の共振器であって、
前記励振部は、周期的な励振力がsinωtに比例する値をもつように前記振動子に励振力を与え、
前記変調部は、前記ばね性の増分がcos(ωt+φ)に比例するように、ばね性に変調を加えるように構成され、位相φが−22.5°から112.5°の範囲もしくは157.5°から292.5°の範囲である共振器。
【請求項5】
請求項4に記載の共振器であって、
前記位相φが45°近傍もしくは225°の近傍である共振器。
【請求項6】
請求項1に記載の共振器であって、
前記振動子のばね性の変調周波数は、前記励振部による励振力の周波数の2倍である共振器。
【請求項7】
請求項6に記載の共振器であって、
前記励振部は、周期的な励振力がsinωtに比例する値をもつように前記振動子に励振力を与え、
前記変調部は、前記ばね性の増分がcos(2ωt+φ)に比例するように、ばね性に変調を加えるように構成され、位相φが−225°から45°の範囲である共振器。
【請求項8】
請求項7に記載の共振器であって、
前記位相φが−90°近傍である共振器。
【請求項9】
請求項6に記載の共振器であって、
前記励振部は、周期的な励振力がsinωtに比例する値を持ち、ばね性を無変調としたときの共振角周波数がωである場合に、
前記変調部は、前記ばね性の増分がcos2ω(t−D)に比例するように、ばね性に変調を加えるように構成され、遅延時間Dが2π/(2ω)の0倍から0.625倍の
範囲、または0.875倍から1倍の範囲である共振器。
【請求項10】
請求項9に記載の共振器であって、
前記遅延時間Dが2π/(2ω)の0.25倍近傍である共振器。
【請求項11】
請求項1記載の共振器であって、
前記励振部は振動子に近接して位置する電極であり、前記振動子と前記電極との間の電圧変化を、前記振動子への励振力に変換するように構成された共振器。
【請求項12】
請求項1に記載の共振器であって、
前記変調部は、前記振動子の温度を制御する温度制御部を備え、前記振動子の温度変化により、ばね性を変調するようにした共振器。
【請求項13】
請求項12に記載の共振器であって、
前記温度制御部は、光照射部からの光照射によって、前記振動子の温度変化を生ぜしめるように構成した共振器。
【請求項14】
請求項12に記載の共振器であって、
前記温度制御部は、前記振動子への電流供給量を制御する電流制御手段を備え、ジュール熱により、前記振動子の温度を制御するようにした共振器。
【請求項15】
請求項12に記載の共振器であって、
前記振動子は2箇所以上の固定部または支持部を有し、固定部または支持部近傍を振動の節とする共振器。
【請求項16】
請求項15に記載の共振器であって、
前記振動子は両持ち梁であることを特徴とする共振器。
【請求項17】
請求項13に記載の共振器であって、
前記光照射部は、光源と、ミラーとを具備し、前記光源からの光が前記振動子を通過し、ミラーで反射して、再び前記振動子に入射するように構成された共振器。
【請求項18】
請求項17に記載の共振器であって、
前記光照射部は、前記振動子の一端にレーザダイオード、他端にミラーを具備し、前記振動子の一端から、前記振動子の長手方向に沿って、前記振動子の他端にむけてレーザ光を照射し、光ポンピングを行うように構成された共振器。
【請求項19】
請求項18に記載の共振器であって、
前記振動子は、前記振動子の両端を除く周囲が、前記振動子よりも屈折率の低い領域で囲まれた共振器。
【請求項20】
請求項17に記載の共振器であって、
前記振動子は、両端にソース・ドレイン領域を形成するとともに、前記振動子の長手方向をチャネルとし、チャネルに対して所定の間隔を隔ててゲート電極が形成されており、前記ゲート電極が金属またはポリサイドメタルで構成され、反射面を構成した共振器。
【請求項21】
請求項1乃至20のいずれかに記載の共振器であって、
前記共振器は、少なくとも前記振動子が真空封止された共振器。
【請求項22】
請求項1乃至21のいずれかに記載の共振器を用いたフィルタ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2007−235937(P2007−235937A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−15123(P2007−15123)
【出願日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】