説明

ピストンリング

支持材料と耐摩耗性被膜から成るピストンリングが開示される。耐摩耗性被膜は3元系A−B−Nから成り、PVD法を用いて成膜される。A及びBは各々、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びCを包含する群から選ばれた元素であり、ここでA≠B、Nは窒素を表す。耐摩耗性被膜の厚みは≧3μmとなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、請求項1によるピストンリングに関する。
【背景技術】
【0002】
ピストンリングには、その滑り面及び/又はリングフランジに、必要寿命を達成するため、摩耗保護層が設けられている。最近のエンジン開発における高いシリンダー圧力、直接噴射、排ガス再循環及び他の設計機構、並びにシリンダー選択肢材料は、ピストンリングに増大する要求を課している。
【0003】
耐摩耗性層は溶射法、メッキ法又は他の薄層技術により成膜され、要すれば、熱処理又は拡散法によって更に処理される。通常、これ等の層は略均質であり、従って非構造化形で成膜化される。耐摩耗性は、材料の対応硬度によって調整される。
【0004】
ピストンリングの表面における熱過負荷を指し示す全現象形式は一般に、スコーチマークの概念の下で分類される。
【0005】
DE19931829A1から、粒度0.25〜0.5μmのダイヤモンド粒子を埋め込んだ、隙間のあるメッキ硬質クロム層が知られている。付加的に、炭化タングステン、炭化クロム、酸化アルミ、炭化珪素、窒化珪素、炭化ボロン又は窒化ボロンから成る硬質材料の更なる粒子を隙間に埋め込むことができる。
【0006】
高温になると、ダイヤモンド粒子は潤滑剤の機能を呈するグラファイトに変換され、従ってスコーチマークの形成を防ぐ。斯くして、この層には、特にダイヤモンドが約700℃以上の温度でグラファイトに転ずるため、良好な応急動作特性もある。
【0007】
ピストンリングのスコーチマーク挙動を更に改善するため、融点が極めて高く、従ってそれ等の熱過負荷を生ずるのに極めて高い温度を要する材料の層がこれまで一般に用いられている。これ等の一典型的例は、PVD法で成膜され、分解温度が約2000Kの窒化クロムである。
【0008】
スコーチマークに対する耐性及び耐摩耗性を改善するため、DE102004028486A1には、クロムと窒化クロムから交互に成る、数個の個別層の被膜が提案されている。窒化クロム層はCrN、CrN又はそれ等の混合物から成って良い。急激な転移を回避するため、成膜工程は窒化クロムの個別層が各々、CrNの境界部とCrNの芯部をもつように制御される。各個別層は厚みが少なくとも0.01μmである。最大厚みは10μmである。被膜全体の厚みとして5〜100μmが挙げられる。
【0009】
US5549086には、TiN及びCrNで被膜したピストンリングが開示されている。
【0010】
DE102004032403B3には、クロム接着層上に窒素含有量が外側に向かって増大する漸変CrN被膜のあるピストンリングが記載されている。
【0011】
JP2005−060810Aから、個別層が同じ金属成分を有し、窒素含有量のみが違う多層被膜系が設けられた、燃焼機関用ピストンリングが知られている。個別層の層厚みとして、<1μmが挙げられる。層はPVD法、特にアーク法により成膜される。
【0012】
だが、既知の層のスコーチマークに対する耐性は不十分である。
【0013】
Lamni et al. J. VrC. Technol. A23(4), 2005の頁593以下には、3成分材料系Zr−Al−N及びZr−Cr−Nから成る層の微細構造とナノ硬度が記載されている。これ等層はマグネトロン・スパッタリングにより成膜され、厚みが1μm程度である。3成分材料系Zr1−xCrNに付いては、xの範囲を0≦x≦0.48ではナノ硬度にどんな変化も検出されない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】DE19931829A1
【特許文献2】DE102004028486A1
【特許文献3】US5549086
【特許文献4】DE102004032403B3
【特許文献5】JP2005−060810A
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】Lamni et al. J. VrC. Technol. A23(4), 2005 page 593ff.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明の目的は、高度の耐摩耗性を有する耐摩耗性被膜を備えたピストンリングを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
この目的は、耐摩耗性被膜がPVD法で成膜される3成分系A−B−Nから成り、ここでA及びBは各々Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びCを包含する群から選ばれた元素であり、A≠B、Nは窒素を表し、耐摩耗性被膜の厚みは>3μmであることを特徴とするピストンリングにより達成される。
【0018】
2成分系A−N、例えばCrN等と比べて、群Bからの元素を更に存在させると、硬度の調整が広範囲に亘って簡単にできるようになることが分かった。これにより、エンジンに適用した場合の特定要求条件に対して要求硬度を調整できるようになる。
【0019】
PVD法群には、下記の技術並びにこれ等方法の反応性変種が含まれる。
− 蒸発法
・熱蒸発(蒸着としても知られる)
・電子ビーム蒸着
・パルス化レーザ沈積、パルス化レーザアブレーション:原子及びイオンが短く強力なレーザパルスで気化される。
・アーク‐PVD蒸着:元素及びイオンが元の材料から放出され、強力な電流により気体相に変換され、これが放電となって2電極間を流れる。
・分子ビームエピタキシー
スパッタリング(スパッタ沈積、陰極アトマイゼーション):元の材料がイオン衝撃により噴霧化され、気体相に変換される。
イオンメッキ
【0020】
耐摩耗性被膜は好ましくは、CrNをベースとする3成分系から成る。
【0021】
好ましい耐摩耗性層の1つはZr1-xCrから成り、ここでx=0.1〜0.85、y=0.5〜1、特にx=0.22〜0.82、y=0.94〜0.98である。x=0.44〜0.85及びy=0.8〜1の範囲が特に好ましい。
【0022】
更に好適な3成分系はV1−xCr及びTi1−xCrである。
【0023】
耐摩耗性被膜は好ましくは、V1−xCrであり、ここでx=0・85〜0.10、y=0.5〜1、特にx=0.3〜0.8、y=0.5〜1である。
【0024】
更に、系Ti1−xCrが好ましく、ここでx=0.10〜0.85、y=0.5〜1、特にx=0.60〜1、y=0.5〜1である。
【0025】
耐摩耗性被膜の厚みは好ましくは、5〜60μm、特に5〜15μm及び25〜35μmである。
【0026】
耐摩耗性被膜の厚みは好ましくは、3〜4μm、特に3.2〜3.7μm又は5〜7μm、特に5.7〜6.5μm及び10〜14μm、特に11〜13μmである。
【0027】
耐摩耗性被膜は好ましくは、反応性アーク法(アークPVD)により成膜される。この方法の利点はスパッタ法とは異なり、より高い基本高度を設定できることである。これは、耐摩耗性被膜の構造組織の違いによる。
【0028】
3成分系を考察するとき、少量の酸素及び他の不純物が3成分系に含まれても良いことが留意されるべきである。酸素比率は上限5原子%までである。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0029】
ピストンリングの磨耗防止のため、反応性アーク法を用いて多層被膜(クロム接着層と共に)を付着させた。これ等は、高合金鋼の窒化ピストンリングであった。耐摩耗性被膜はCr−V−N系、Cr−Zr−N系及びCr−Ti−N系の異なる組成から成っていた。これ等異なる組成を各々、検討した。
【0030】
以下の表は被覆厚みと被覆硬度を列挙する。耐摩耗性を調べるため、これ等ピストンリングは潤滑、往復、滑動及び負荷の下で、代表的検査を受けた。各場合の合わせ面は鋳鉄(GOE300、出願人の材料)のシリンダーガイドの部分で構成された。時間尺を減ずるため、添加物の無い合成エステルを潤滑剤として用いた。代表的検査A及びBはストロークにおいて異なっていた。代表的検査Aは長ストロークで行われた。
【0031】
【表1】

【0032】
【表2】

【0033】
【表3】

【0034】
CrN層に添加金属が存在することは層の特性に影響を及ぼす。添加金属(バナジウム、ジルコニウム又はチタン)の比率が高いと、硬度の増加が可能になる。これ等革新的層により、エンジンへの特定用途の要求硬度を調整することができる。
【0035】
更に、PVD層の組成に基づいて、PVD層とシリンダー合わせ面の磨耗性能を広範囲、時には、極めて広範囲に亘って調整することができる。ピストンリングの最も重要な特性の1つである滑り面の耐摩耗性は、これ等革新的層を用いて最適化し、調整することができる。大型ピストンのリング分野において、ピストンとシリンダー合わせ面の磨耗に対する要求条件に、微妙な差異においても対応することが今や可能になる。例えば、大型ピストンのリング分野において、低摩耗のシリンダー滑り面が要求され、保守点検中に、極めて高価であり、交換が複雑なシリンダーライナーを交換する代わりに、リングのみの交換を要するようにする。一方、乗用車エンジンの分野において、ピストンリングとシリンダー合わせ面の組み合わせが概して尚最小の磨耗を有し、従って高い動作性能の履行後も、良好な排ガス値を有するようにすることが期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持材料と耐摩耗性被膜で構成されるピストンリングであって、
耐摩耗性被膜が、PVD法で成膜される3成分系A−B−Nから成り、ここでA及びBは各々Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びCを包含する群から選ばれた元素であり、A≠B、Nは窒素を表し、耐摩耗性被膜の厚みは≧3μmであることを特徴とするピストンリング。
【請求項2】
3成分系がA−Cr−Nから成ることを特徴とする請求項1に記載のピストンリング。
【請求項3】
耐摩耗性被膜がZr1−xCrから成り、ここでx=0.1〜0.85、y=0.5〜1であることを特徴とする請求項1又は2に記載のピストンリング。
【請求項4】
耐摩耗性被膜がZr1−xCrから成り、ここでx=0.44〜0.85、y=0.8〜1であることを特徴とする請求項3に記載のピストンリング。
【請求項5】
耐摩耗性被膜がV1−xから成り、ここでx=0.85〜0.1、y=0.5〜1であることを特徴とする請求項1又は2に記載のピストンリング。
【請求項6】
耐摩耗性被膜がV1−xから成り、ここでx=0.3〜0.8、y=0.5〜1であることを特徴とする請求項1に記載のピストンリング。
【請求項7】
耐摩耗性被膜がTi1−xCrから成り、ここでx=0.1〜0.85、y=0.5〜1であることを特徴とする請求項1又は2に記載のピストンリング。
【請求項8】
耐摩耗性被膜がTi1−xCrから成り、ここでx=0.6〜0.1、y=0.5〜1であることを特徴とする請求項7に記載のピストンリング。
【請求項9】
耐摩耗性被膜の厚みが5〜60μmであることを特徴とする請求項1〜8何れか1つに記載のピストンリング。
【請求項10】
耐摩耗性被膜の厚みが5〜15μmであることを特徴とする請求項9に記載のピストンリング。
【請求項11】
耐摩耗性被膜の厚みが25〜35μmであることを特徴とする請求項9に記載のピストンリング。
【請求項12】
耐摩耗性被膜が反応性アーク法で成膜されることを特徴とする請求項1〜11何れか1つに記載のピストンリング。
【請求項13】
支持材料が鋼又は鋳鉄材料であることを特徴とする請求項1〜12何れか1つに記載のピストンリング。

【公表番号】特表2010−529389(P2010−529389A)
【公表日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−511646(P2010−511646)
【出願日】平成20年6月12日(2008.6.12)
【国際出願番号】PCT/EP2008/057411
【国際公開番号】WO2008/152104
【国際公開日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【出願人】(509340078)フェデラル−モーグル ブルシェイド ゲーエムベーハー (16)
【氏名又は名称原語表記】FEDERAL−MOGUL BURSCHEID GMBH
【Fターム(参考)】