説明

ファイバレーザ加工装置及びレーザ加工方法

【課題】MOPA方式ファイバレーザ加工装置において、高価な高出力用の光アイソレータを不要とし、しかも反射戻り光による光源や光学部品の損傷をより確実に防止できるようにする。
【解決手段】このファイバレーザ加工装置は、シード光発生部10、アクティブファイバ12、波長変換ファイバ14および光ビーム照射部16を光アイソレータ18、光結合器20および光フィルタ22,24を介して光学的に縦続接続している。第1の光フィルタ22は、シード光の波長のみを選択的に透過する。波長変換ファイバ14は、高パワーのポンプ光から誘導ラマン散乱光を生成するための非線形媒質として機能する。第2の光フィルタ24は、波長変換ファイバ14の出力端より出力される光ビームの中から誘導ラマン散乱光(SRS光)の波長帯域の全部または一部のみを選択的に透過する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シード光を光ファイバの中で増幅して得られる光ビームを被加工物に照射して所望のレーザ加工を行うMOPA方式のファイバレーザ加工装置およびレーザ加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最近、ファイバレーザで生成したレーザ光を被加工物に照射して所望のレーザ加工を行うファイバレーザ加工装置が普及している。その中で、MOPA(Master Oscillator _ Power Amplifier)方式のファイバレーザ加工装置も注目されている。
【0003】
ファイバMOPA方式は、コアにYb等の希土類元素を添加した光ファイバをレーザ増幅用のアクティブファイバに使用し、シードレーザで生成した低出力のシード光を一端からアクティブファイバのコアに入れて他端まで伝播させながら、コアを励起光で励起することによって、コアの中でシード光を高出力の加工用の光ビームに増幅または変換するものであり、光/光変換効率が高くてビームモードが安定している等の特長を有している。
【0004】
しかしながら、MOPA方式ファイバレーザ加工装置においては、加工用の光ビームを被加工物に照射した際に、被加工物からの反射光の一部がレーザ出射光学系およびレーザ伝送光学系を逆方向に伝搬してアクティブファイバに戻ってくることがある。このような反射戻り光は、アクティブファイバの中で増幅され、アクティブファイバ、シードLD、励起光源等にダメージを与える。
【0005】
この問題に対して、従来は、アクティブファイバの後段の光伝送路に光アイソレータを挿入して、被加工物からの反射戻り光を光アイソレータによって阻止するようにしている。この種の光アイソレータは、偏光素子やファラデー回転子等の光学部品からなり、順方向の光(加工用の光ビーム)を通過し、逆方向の光(反射戻り光)を遮断する機能を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許第6275250号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のようにアクティブファイバの後段に設けられる光アイソレータは、高出力のファイバレーザ用であるため、サイズが大きいうえ価格が非常に高い。一般に、光のパワーが高いほど、光アイソレータは高価になる。
【0008】
また、通常の光アイソレータの逆方向透過率または逆方向挿入損失は−30dB程度であり、僅かながら反射戻り光の一部を透過する。ところが、光アイソレータを通り抜けた僅かな反射戻り光がアクティブファイバを逆方向に伝搬する間に高パワーに増幅され、MOPAレーザ内の光源や光学部品を損傷する原因になることがある。
【0009】
また、光アイソレータの逆方向透過率には波長依存性があり、使用波長が決められている。このため、たとえばシード光源の温度特性によってシード光の波長が変動し、ひいては反射戻り光の波長が使用波長から外れると、逆方向透過率が標準値の−30dBからたとえば−25dBまで低下して、仕様の遮断性能が保証されなくなる。さらに、光アイソレータには通常1.0dB程度の順方向損失がある。この順方向損失にも上記と同様の波長依存性があり、シード光の波長が使用波長から外れると、順方向損失が一気に増大する。なお、使用波長を拡げることは、光アイソレータの製作上非常に困難である。
【0010】
本発明は、上記のような従来技術の問題点を解決するものであり、高価な高出力用の光アイソレータを不要とし、しかも反射戻り光による光源や光学部品の損傷をより確実に防止できるようにしたMOPA方式のファイバレーザ加工装置およびレーザ加工方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1の観点におけるMOPA方式ファイバレーザ加工装置は、シード光を発生するシード光発生部と、希土類元素を添加したコアを有し、前記シード光発生部からの前記シード光を入力端より前記コアの中に入れ、前記シード光を出力端に向けて伝搬させながら誘導放出により増幅する増幅用光ファイバと、前記増幅用光ファイバのコアを励起するための励起光を発生する励起光源と、前記シード光発生部および前記励起光源を前記増幅用光ファイバの入力端に光学的に結合する光結合器と、光学的に非線形なコアを有し、前記増幅用光ファイバより出力される前記シード光と同一波長の光ビームをポンプ光として入力端より前記コアの中に入れ、前記ポンプ光を出力端に向けて伝搬させながら誘導ラマン散乱光を生成する波長変換用光ファイバと、前記波長変換用光ファイバより出力される前記誘導ラマン散乱光を加工用レーザ光として被加工物に集光照射する光ビーム照射部と、前記増幅用光ファイバと前記波長変換用光ファイバとの間に設けられ、前記シード光の波長のみを透過する第1の光フィルタと、前記波長変換用光ファイバと前記光ビーム照射部との間に設けられ、前記誘導ラマン散乱光の波長のみを透過する第2の光フィルタとを有する。
【0012】
上記構成においては、微弱なパワーのシード光を増幅用光ファイバにより増幅し、それによって得られる高パワーのポンプ光を第1の光フィルタを介して波長変換用光ファイバに注入し、波長変換用光ファイバの中で誘導ラマン散乱光を発生させる。そして、波長変換用光ファイバの出力端より出た光ビームの中から第2の光フィルタにより誘導ラマン散乱光を抽出してこれを加工用光ビームに用いる。レーザ加工中に、被加工物から反射光の一部が戻り光として光ビーム照射部、第2の光フィルタおよび波長変換用光ファイバを逆方向に伝搬して来ることがある。しかし、こうした反射戻り光は、増幅用光ファイバに入る前に第1の光フィルタによって遮断される。
【0013】
本発明の第2の観点におけるMOPA方式ファイバレーザ加工装置は、シード光を発生するシード光発生部と、希土類元素を添加した第1のコアを有し、前記シード光発生部からの前記シード光を入力端より前記第1のコアの中に入れ、前記シード光を伝搬させながら誘導放出より増幅する第1の増幅用光ファイバと、前記第1の増幅用光ファイバの第1のコアを励起するための第1の励起光を発生する第1の励起光源と、前記シード光発生部および前記第1の励起光源を前記第1の増幅用光ファイバの入力端に光学的に結合する第1の光結合器と、希土類元素を添加した第2のコアを有し、前記第1の増幅用光ファイバの出力端より出力される第1段増幅の光ビームを入力端より前記第2のコアの中に入れ、前記第1段増幅の光ビームを伝搬させながら誘導放出により増幅する第2の増幅用光ファイバと、前記第2の増幅用光ファイバの第2のコアを励起するための第2の励起光を発生する第2の励起光源と、前記第1の増幅用光ファイバの出力端および前記第2の励起光源を前記第2の増幅用光ファイバの入力端に光学的に結合する第2の光結合器と、光学的に非線形なコアを有し、前記第2の増幅用光ファイバより出力される第2段増幅の光ビームをポンプ光として入力端より前記コアの中に入れ、前記ポンプ光を出力端に向けて伝搬させながら誘導ラマン散乱光を生成する波長変換用光ファイバと、前記波長変換用光ファイバより出力される前記誘導ラマン散乱光を加工用レーザ光として被加工物に集光照射する光ビーム照射部と、前記第2の増幅用光ファイバと前記波長変換用光ファイバとの間に設けられ、前記シード光の波長のみを透過する第1の光フィルタと、前記波長変換用光ファイバと前記光ビーム照射部との間に設けられ、前記誘導ラマン散乱光の波長のみを透過する第2の光フィルタとを有する。
【0014】
上記の構成においては、反射戻り光対策として上記第1の観点におけるファイバレーザ加工装置と同様の作用効果が得られるとともに、複数の増幅用光ファイバつまり光アンプをカスケード接続する構成により、シード光のパワーを可及的に低くしつつポンプ光および加工用光ビームのパワーをより任意または自由に高くすることができる。
【0015】
本発明のレーザ加工方法は、レーザダイオードを用いてスペクトルの中心波長が1060nm付近にあるシード光を生成する工程と、前記シード光を励起光と一緒に増幅用光ファイバのコアの中を伝搬させながら誘導放出により増幅する工程と、前記増幅用光ファイバより出力された光の中から、第1の光フィルタを用いて前記第1のシード光と同じ波長を有する光ビームをポンプ光として抽出する工程と、前記ポンプ光を光学的に非線形なコアを有する波長変換用光ファイバに導入して、前記波長変換用光ファイバ内で誘導ラマン散乱光を生成する工程と、前記波長変換用光ファイバより出力された光の中から、第2の光フィルタを用いて前記誘導ラマン散乱光の1080〜1300nmの波長成分を加工用レーザ光として抽出する工程と、所与の被加工物に前記加工用レーザ光を集光照射して所望のレーザ加工を施す工程とを有する。
【0016】
上記の構成によれば、MOPA方式ファイバレーザ加工における反射戻り光の対策とレーザの高出力化とを最も効率的よく確実に両立させることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明のファイバレーザ加工装置によれば、上記のような構成および作用により、最終出力端に高価な高出力用の光アイソレータを設けなくても、装置内の光源や光学部品の損傷を来すことなく被加工物からの反射戻り光を確実に遮断することができる。
【0018】
また、本発明のレーザ加工方法によれば、装置内の光源や光学部品の破損を防止するとともに、高出力の光ビームによる高品質のレーザ加工を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施形態におけるMOPA方式ファイバレーザ加工装置の構成を示すブロック図である。
【図2】上記MOPA方式ファイバレーザ加工装置の各部における光ビームのパワーのパルス波形を示す図である。
【図3】上記MOPA方式ファイバレーザ加工装置の各部における光ビームの波長スペクトルを示す図である。
【図4A】ポンプ光のピークパワー(16kW)とSRS光の波長スペクトルとの関係を示す図である。
【図4B】ポンプ光のピークパワー(18kW)とSRS光の波長スペクトルとの関係を示す図である。
【図4C】ポンプ光のピークパワー(20kW)とSRS光の波長スペクトルとの関係を示す図である。
【図4D】ポンプ光のピークパワー(22kW)とSRS光の波長スペクトルとの関係を示す図である。
【図4E】ポンプ光のピークパワー(24kW)とSRS光の波長スペクトルとの関係を示す図である。
【図4F】ポンプ光のピークパワー(26kW)とSRS光の波長スペクトルとの関係を示す図である。
【図5】一変形例におけるMOPA方式ファイバレーザ加工装置の構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、添付図を参照して本発明の好適な実施形態を説明する。
【0021】
図1に、本発明の一実施形態におけるMOPA方式ファイバレーザ加工装置の構成を示す。このMOPA方式ファイバレーザ加工装置は、パルス波形のシード光を光ファイバの中で増幅して得られるパルス波形の光ビームを被加工物に照射して、マーキング、穴あけ等のレーザ加工を行えるようになっている。
【0022】
このファイバレーザ加工装置は、主たる構成として、シード光発生部10、増幅用光ファイバ(以下「アクティブファイバ」と称する)12、波長変換用光ファイバ(以下「波長変換ファイバ」と称する)14および光ビーム照射部16を光アイソレータ18、光結合器20および光フィルタ22,24を介して光学的に縦続接続している。
【0023】
シード光発生部10は、シード用のレーザダイオード(以下「シードLD」と称する。)26と、このシードLD26をパルス波形の電流で駆動してパルス波形のシード光(LD光)を発生させるLD駆動回路28とを有している。シードLD26は、ファイバカップリングLDとして構成されており、スペクトル中心波長が1060nmのパルス波形のシード光を数W以下の低いピークパワーPAで発振出力する。
【0024】
シード光発生部10とアクティブファイバ12との間に設けられる光結合器20は、複数の入力ポート20IN(1),20IN(2),20IN(3),・・と1つの出力ポート20OUTとを有している。第1の入力ポート20IN(1)には、光アイソレータ18を介してシードLD26が接続される。第2および第3以降の入力ポート20N(2),20IN(3),・・には、アクティブファイバ12のコアを励起するための励起用LD(以下「ポンプLD」と称する。)30が接続される。出力ポート20OUTには、アクティブファイバ12の入力端が接続される。
【0025】
シード光発生部10、光アイソレータ18および光結合器20によって、アクティブファイバ12に対するシード光注入部が構成されている。ポンプLD30および光結合器20によって、アクティブファイバ12に対する励起光注入部が構成されている。
【0026】
なお、光アイソレータ18は、シードLD26より出力される微弱なパワー(通常数W以下)のシード光およびその反射戻り光をそれぞれ順方向および逆方向の入射光とするので、小型・安価なもので済ますことができる。
【0027】
アクティブファイバ12は、少なくともYbイオンを添加した石英からなるコアと、このコアを同軸に取り囲むたとえば石英からなるクラッドとを有しており、全長(ファイバ長)がたとえば3〜15mに選ばれている。アクティブファイバ12の利得は、ポンプLD30の総合出力によりたとえば10〜40dBの範囲で調節可能となっている。
【0028】
アクティブファイバ12と波長変換ファイバ14との間に設けられる第1の光フィルタ22は、たとえば波長選択性のある誘電体多層膜をガラス基板上に成膜してなる透過型または反射型ミラーからなり、シード光の波長のみを、つまりスペクトル中心波長(1060nm)およびその近辺の狭い帯域(たとえば1055〜1065nm)の波長のみを選択的に透過するバンドパスフィルタとして構成されている。
【0029】
アクティブファイバ12より出力される光ビームは、後述するようにアクティブファイバ12内の誘導放出によりシード光を増幅して得られるものであり、シード光と同じ波長を有している。したがって、アクティブファイバ12の出力端から光フィルタ22に入射する光ビームは、そのまま光フィルタ22を通過し、高パワーのポンプ光として波長変換ファイバ14の入力端に入射するようになっている。
【0030】
波長変換ファイバ14は、高パワーのポンプ光から誘導ラマン散乱光を生成するための非線形媒質であり、光学的に非線形なコアを有し、かつ高パワー耐性に優れているのが望ましく、通常の光伝送に用いられる安価な石英系ファイバ、特に添加物を含まない純石英系ファイバを好適に用いる。
【0031】
本発明においては、後述するように誘導ラマン散乱光(SRS光)のスペクトル幅を適度な範囲に調節する上では、波長変換ファイバ14のコア径φを20〜40μm、ファイバ全長を2〜10mに選定するのが好ましい。
【0032】
波長変換ファイバ14と光ビーム照射部16との間に設けられる第2の光フィルタ24は、第1の光フィルタ22と同様の構成を有する透過型または反射型のミラーからなり、波長変換ファイバ14の出力端より出力される光ビームの中からSRS光の波長帯域の全部または一部(たとえば後述するように、シード光の波長が1060μmのときは1080〜1300nm)のみを選択的に透過するバンドパスフィルタとして構成されている。両光フィルタ22,24および波長変換ファイバ14の作用については後に詳しく説明する。
【0033】
光ビーム照射部16は、第2の光ファイバ24により抽出されるパルス波形のSRS光つまり加工用光ビームLBをたとえばコリメータ32、ベントミラー34等の光伝送系を介して受け取り、受け取った加工用光ビームLBをステージ36上の被加工物W表面の所望の位置に集光照射するようになっている。たとえば、マーキング加工を行う場合、光ビーム照射部16にはガルバノスキャナが搭載される。
【0034】
制御部38は、キーボードあるいはマウス等の入力装置40およびディスプレイ(図示せず)等と接続するマイクロコンピュータからなり、メモリに格納された制御プログラムに基づいて上述した装置内の各部および装置全体の制御を行う。
【0035】
次に、図2および図3を参照して、このMOPA方式ファイバレーザ加工装置の作用を説明する。図2は装置内の各部における光ビームのパワーのパルス波形を示し、図3は装置内の各部における光ビームの波長スペクトルを示す。
【0036】
このMOPA方式ファイバレーザ加工装置において、マーキング加工を行う場合、シード光発生部10は、スペクトル中心波長が1060nmのパルス波形のシード光(LD光)を所望のパルス幅(たとえば0.1〜200ns)、所望のピークパワーPA(たとえば100〜2000mW)および所望の繰り返し周波数(たとえば20〜500kHz)で出力する。図2の(A)および図3の(A)に、シード光のパルス波形および波長スペクトルを示す。なお、繰り返し周波数は、たとえば10kHz〜1MHzの範囲で設定することができる。シード光発生部10より出力されたパルス波形のシード光は、アイソレータ18および光結合器20を介してアクティブファイバ12のコアに注入される。
【0037】
一方、ポンプLD30は、スペクトル中心波長が所定値たとえば915nm(または940nmもしくは975nm)である連続波(cw)の励起光を出力する。ポンプLD36より出力される連続波の励起光は光結合器24を介してアクティブファイバ12のコアに注入される。
【0038】
アクティブファイバ12の中で、シード光は、コアとクラッドとの境界面での全反射によって閉じ込められながらコアの中を軸方向にファイバ出力端側に向って伝搬する。一方、励起光は、クラッド外周界面の全反射によって閉じ込められながらアクティブファイバ12の中を軸方向に伝搬し、その伝搬中にコアを何度も横切ることでコア中のYbイオンを光励起する。
【0039】
こうして、シード光と励起光とがアクティブファイバ12を伝搬する間に、そのYb添加コアにおいて励起光スペクトルの吸収とシード光スペクトルの誘導放出とが繰り返し行われ、アクティブファイバ12の出力端より非常に高いピークパワーPB(好ましくは10kW以上、より好ましくは20kW以上)を有するまでに増幅されたパルス波形のシード光つまり増幅パルスの光ビームが出される。この増幅パルスの光ビームのスペクトル中心波長は、シード光のスペクトル中心波長と同じ(1060nm)である。図2の(B)および図3の(B)に、アクティブファイバ12の出力端に得られる増幅パルスの光ビームのパルス波形および波長スペクトルを示す。
【0040】
アクティブファイバ12の出力端から出た増幅パルスの光ビームは、第1の光フィルタ22を殆ど減衰せずに透過し、ポンプ光として波長変換ファイバ14の入力端に注入される。なお、アクティブファイバ12の中で非線形効果に基づく高調波または散乱光が発生しても、第1の光フィルタ22によって遮断されるので、後段の波長変換ファイバ14に入射することはない。
【0041】
こうして、非線形媒質である波長変換ファイバ14にラマン閾値を超えるパワーのポンプ光が入射すると、波長変換ファイバ14の中で石英の分子振動や格子振動に基づく誘導ラマン散乱によりポンプ光の波長(つまりシードの波長)よりも幾らか長い波長の光、いわゆるストークス光が発生する。しかも、この実施形態では、ポンプ光のピークパワーPBがラマン閾値を優に超えるため、ポンプ光からやや長い波長にシフトした1次ストークス光が発生するだけでなく、1次ストークス光からやや長い波長にシフトした2次ストークス光、さらには2次ストークス光からやや長い波長にシフトした3次ストークス光、・・・というように、ラマン閾値を超えなくなるまで高次のストークス光が次々と派生的に発生し、それら1次および高次のストークス光を含む誘導ラマン散乱光(SRS光)とポンプ光を波長成分とするパルス波形の光ビームが波長変換ファイバ14の出力端より出力される。
【0042】
図2の(C)および図3の(C)に、波長変換ファイバ14の出力端より得られる光ビームのパルス波形および波長スペクトルを示す。図3の(C)に示すように、波長スペクトル的にはポンプ光の波長にSRS光の波長が追加される。しかし、パワー的にはポンプ光のパワーがSRS光のパワーにシフトするだけなので、図2の(C)に示すように光ビーム全体のパワーは殆ど変わらない。
【0043】
図4A〜図4Fに、波長変換ファイバ14の入力端に注入されるポンプ光のピークパワーPBと波長変換ファイバ14の出力端に得られるSRS光の波長スペクトルとの相間関係(実験結果)を示す。
【0044】
図示のように、ポンプ光のピークパワーPBを高くするほど、SRS光のスペクトル幅(面積)が広がる、つまりポンプ光からSRS光への光エネルギーのシフトが増大することがわかる。しかし、SRS光のスペクトル幅が拡がり過ぎると、次のような問題が生じる。
(i) SRS光のスペクトル幅が拡がり過ぎると、第2の光ファルタ24の透過帯域外の波長成分が増大する。すなわち、第2の光フィルタ24を通らない光(レーザ加工に利用できない光)が増えて、レーザエネルギーの利用効率が低下する。
(ii) SRS光のスペクトル幅が拡がる過程で変換ロスが増えて波長変換効率が低下する。
(iii) SRS光のスペクトル幅が拡がり過ぎると、色収差が生じて光ビームを集光できなくなる。
(iv) 第2の光フィルタ24の透過帯域を拡げると、そのぶんコストが高くなる。
【0045】
上記(i)〜(iv)の観点から、この実施形態のMOPA方式ファイバレーザ加工装置において、シード光としてスペクトル中心波長1060nmのLD光を用いる場合は、SRS光のスペクトル幅を1080〜1300nmに調整するのが最も好ましいことが種種の実験で確認された。かかる知見に基づいて、この実施形態では、第2の光フィルタ24に、透過帯域1080〜1300nmのバンドパスフィルタを用いる。そして、第2の光フィルタ24に入射するSRS光の波長スペクトル特性がこの特定帯域(1080〜1300nm)に適合(フィット)するように、波長変換ファイバ14のコア径および全長ならびにポンプ光のピークパワーPBを選定する。
【0046】
図4A〜図4Fの実験では、波長変換ファイバ14にコア径φ20μmおよび全長5mの石英ファイバを用いた。この場合、ポンプ光のピークパワーPBを22〜26kWに選定したときに、上記特定帯域(1080〜1300nm)に適合するようなSRS光の波長スペクトル特性(図4D、図4E、図4F)が得られた。
【0047】
こうして、ポンプ光の波長成分とSRS光の波長成分を含む光ビームが、変換ファイバ14の出力端から第2の光フィルタ24に入射する。第2の光フィルタ24は、SRS光の波長成分(好ましくは1080〜1300nm)だけを選択的または限定的に透過し、ポンプ光の波長成分を遮断する。
【0048】
第2の光フィルタ24により抽出されたSRS光の波長成分からなる光ビームは、加工用の光ビームLBとして、コリメータ32、ベントミラー34を介して光ビーム照射部16へ送られる。
【0049】
光ビーム照射部16は、マーキング加工用のガルバノスキャナおよびfθレンズを備えている。ガルバノスキャナは、直交する2方向に首振り運動の可能な一対の可動ミラーを有しており、制御部38の制御の下でシード光発生部10のパルス発振動作に同期して両可動ミラーの向きを所定角度に制御することで、加工用光ビームLBをステージ36上の被加工物W表面の所望の位置に集光照射する。被加工物Wの表面に施されるマーキング加工は、典型的には文字や図形等を描画するものであるが、トリミング等の表面除去加工等も可能である。
【0050】
このようなレーザ加工の最中に、被加工物Wで反射した光の一部が反射戻り光として光ビーム照射部16、ベントミラー34およびコリメータ32を逆方向に伝搬して第2の光フィルタ24まで来ることがある。この反射戻り光は、加工用光ビームLBと波長が同じであるから、第2の光フィルタ24を逆方向に透過し、さらには波長変換ファイバ14も逆方向に透過する。しかし、反射戻り光は、波長変換ファイバ14を出た後に第1の光フィルタ22によって阻止される。この場合、反射戻り光は、途中で一切増幅されることなく第1の光フィルタ22に達する。したがって、反射戻り光によって途中の光学部品(光ビーム照射部16,ベントミラー34,コリメータ32、第2の光フィルタ24および波長変換ファイバ14)が損傷を受けることはない。一方、第1の光フィルタ22は、反射戻り光を漏らさず十全に遮断することができる。
【0051】
このように、このMOPA方式ファイバレーザ加工装置においては、アクティブファイバ12の後段に高価な高出力用の光アイソレータを設けなくても、低コストの光フィルタ22,24および波長変換ファイバ14を用いて反射戻り光から装置内の全ての光源(26,30)およびその他の光学部品を安全確実に保護することができる。
【0052】
特に、光フィルタ22,24は設計および製作が簡単であるうえ汎用品であってもパワー耐性が相当大きいので、ファイバレーザの高出力化を容易に推進することができる。
【0053】
本発明によれば、上記のように、高価な高出力用の光アイソレータを用いなくても、被加工物Wからの反射戻り光に対して装置内の全ての光源および光学部品を安全確実に保護できるので、加工用光ビームLBの出力を可及的に高くすることが可能であり、高品質、高性能のレーザ加工を実現することができる。
【0054】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、上述した実施形態は本発明を限定するものではない。当業者にあっては、具体的な実施態様において本発明の技術思想および技術範囲から逸脱せずに種々の変形・変更を加えることが可能である。
【0055】
たとえば、図5に示すように、複数(たとえば2つ)のアクティブファイバ12,42をカスケード接続する構成を好適に採ることができる。
【0056】
この場合、第1のアクティブファイバ12と第2のアクティブファイバ42との間に設けられる光結合器44は、複数の入力ポート44IN(1),44IN(2),44IN(3),・・と1つの出力ポート44OUTとを有している。第1の入力ポート44IN(1)には、第1のアクティブファイバ12の出力端が光アイソレータ21を介して接続される。第2および第3以降の入力ポート44N(2),20IN(3),・・には、アクティブファイバ42のコアを励起するための励起用LD46が接続される。出力ポート44OUTには、第2のアクティブファイバ42の入力端が接続される。
【0057】
このような多段アンプの全利得は、第1のアクティブファイバ12(第1段アンプ)の利得と第2のアクティブファイバ42(第2段アンプ)の利得とを足し合わせたものになる。したがって、シードLD26の出力をたとえば300mW以下に低くしてもシード光を段階的に無理なく所要の高出力の光ビームに増幅変換することができる。そして、この場合も、第2のアクティブファイバ42の後段に設けられる第1の光フィルタ22、波長変換ファイバ14および第2の光フィルタ24により反射戻り光を確実に遮断して、第1段および第2段アンプの光源および光学部品を安全に保護することができる。
【0058】
なお、第1段アンプ12と第2段アンプ42との間に設けられる光アイソレータ21は、比較的低い(通常1kW以下の)ピークパワーを有する第1段増幅パルスの光ビームおよびその反射戻り光をそれぞれ順方向および逆方向の入射光とするので、小型・安価なもので済ますことかできる。
【0059】
上記のように、本発明者が幾多の実験を重ねて鋭意検討した結果、上記実施形態のMOPA方式ファイバレーザ加工装置においては、上記のようにシード光の波長を1060nm近辺に選定するとともに、第2の光フィルタ24によって抽出するSRS光の波長を1080〜1300nmに選定し、かつ波長変換ファイバ14より出力されるSRS光の波長スペクトル特性を上記帯域(1080〜1300nm)に適合させることが、MOPA方式ファイバレーザ加工における反射戻り光の対策とレーザの高出力化とを最も効率的よく確実に両立させられる数値条件であることがわかった。しかし、他の数値範囲を選定することも可能である。
【0060】
また、波長変換用ファイバ14は、上記のように安価な一般の光伝送用の石英系ファイバを好適に使用できるが、誘導ラマン散乱に適した非線形性とパワー耐性を備えたものであれば非石英系ファイバであっても使用可能である。
【0061】
本発明のファイバレーザ加工装置は、マーキング加工に限るものではなく、穴あけ、切断、溶接等の他のレーザ加工にも使用可能である。
【符号の説明】
【0062】
10 シード光発生部
12,42 アクティブファイバ(増幅用光ファイバ)
14 波長変換ファィバ(波長変換用光ファイバ)
16 光ビーム照射部
20,44 光結合器
22 第1の光フィルタ
24 第1の光フィルタ
26 シードLD
30,46 ポンプLD

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シード光を発生するシード光発生部と、
希土類元素を添加したコアを有し、前記シード光発生部からの前記シード光を入力端より前記コアの中に入れ、前記シード光を出力端に向けて伝搬させながら誘導放出により増幅する増幅用光ファイバと、
前記増幅用光ファイバのコアを励起するための励起光を発生する励起光源と、
前記シード光発生部および前記励起光源を前記増幅用光ファイバの入力端に光学的に結合する光結合器と、
光学的に非線形なコアを有し、前記増幅用光ファイバより出力される前記シード光と同一波長の光ビームをポンプ光として入力端より前記コアの中に入れ、前記ポンプ光を出力端に向けて伝搬させながら誘導ラマン散乱光を生成する波長変換用光ファイバと、
前記波長変換用光ファイバより出力される前記誘導ラマン散乱光を加工用レーザ光として被加工物に集光照射する光ビーム照射部と、
前記増幅用光ファイバと前記波長変換用光ファイバとの間に設けられ、前記シード光の波長のみを透過する第1の光フィルタと、
前記波長変換用光ファイバと前記光ビーム照射部との間に設けられ、前記誘導ラマン散乱光の波長のみを透過する第2の光フィルタと
を有するMOPA方式ファイバレーザ加工装置。
【請求項2】
シード光を発生するシード光発生部と、
希土類元素を添加した第1のコアを有し、前記シード光発生部からの前記シード光を入力端より前記第1のコアの中に入れ、前記シード光を伝搬させながら誘導放出より増幅する第1の増幅用光ファイバと、
前記第1の増幅用光ファイバの第1のコアを励起するための第1の励起光を発生する第1の励起光源と、
前記シード光発生部および前記第1の励起光源を前記第1の増幅用光ファイバの入力端に光学的に結合する第1の光結合器と、
希土類元素を添加した第2のコアを有し、前記第1の増幅用光ファイバの出力端より出力される第1段増幅の光ビームを入力端より前記第2のコアの中に入れ、前記第1段増幅の光ビームを伝搬させながら誘導放出により増幅する第2の増幅用光ファイバと、
前記第2の増幅用光ファイバの第2のコアを励起するための第2の励起光を発生する第2の励起光源と、
前記第1の増幅用光ファイバの出力端および前記第2の励起光源を前記第2の増幅用光ファイバの入力端に光学的に結合する第2の光結合器と、
光学的に非線形なコアを有し、前記第2の増幅用光ファイバより出力される第2段増幅の光ビームをポンプ光として入力端より前記コアの中に入れ、前記ポンプ光を出力端に向けて伝搬させながら誘導ラマン散乱光を生成する波長変換用光ファイバと、
前記波長変換用光ファイバより出力される前記誘導ラマン散乱光を加工用レーザ光として被加工物に集光照射する光ビーム照射部と、
前記第2の増幅用光ファイバと前記波長変換用光ファイバとの間に設けられ、前記シード光の波長のみを透過する第1の光フィルタと、
前記波長変換用光ファイバと前記光ビーム照射部との間に設けられ、前記誘導ラマン散乱光の波長のみを透過する第2の光フィルタと
を有するMOPA方式ファイバレーザ加工装置。
【請求項3】
前記シード光発生部が、シード用のレーザダイオードを有し、前記シード用レーザダイオードを駆動してスペクトルの中心波長が1060nm付近にあるシード光を発生する、請求項1または請求項2に記載のMOPA方式ファイバレーザ加工装置。
【請求項4】
前記第2の光フィルタの透過帯域は1080〜1300nmである、請求項3に記載のMOPA方式ファイバレーザ加工装置。
【請求項5】
前記ポンプ光のパワーは10kW以上である、請求項1〜4のいずれか一項に記載のMOPA方式ファイバレーザ加工装置。
【請求項6】
前記ポンプ光のパワーは20kW以上である、請求項5に記載のMOPA方式ファイバレーザ加工装置。
【請求項7】
前記波長変換用光ファイバは、石英系ファイバである、請求項1〜6のいずれか一項に記載のMOPA方式ファイバレーザ加工装置。
【請求項8】
前記波長変換用光ファイバは、添加物を含まない純石英系ファイバである、請求項7に記載のMOPA方式ファイバレーザ加工装置。
【請求項9】
前記波長変換用光ファイバのコア径はφ20〜40μmである、請求項1〜8のいずれか一項に記載のMOPA方式ファイバレーザ加工装置。
【請求項10】
前記波長変換用光ファイバの全長は2〜10mである、請求項1〜9のいずれか一項に記載のMOPA方式ファイバレーザ加工装置。
【請求項11】
レーザダイオードを用いてスペクトルの中心波長が1060nm付近にあるシード光を生成する工程と、
前記シード光を励起光と一緒に増幅用光ファイバのコアの中を伝搬させながら誘導放出により増幅する工程と、
前記増幅用光ファイバより出力された光の中から、第1の光フィルタを用いて前記第1のシード光と同じ波長を有する光ビームをポンプ光として抽出する工程と、
前記ポンプ光を光学的に非線形なコアを有する波長変換用光ファイバに導入して、前記波長変換用光ファイバ内で誘導ラマン散乱光を生成する工程と、
前記波長変換用光ファイバより出力された光の中から、第2の光フィルタを用いて前記誘導ラマン散乱光の1080〜1300nmの波長成分を加工用レーザ光として抽出する工程と、
所与の被加工物に前記加工用レーザ光を集光照射して所望のレーザ加工を施す工程と
を有するレーザ加工方法。
【請求項12】
前記波長変換用光ファイバより出力される誘導ラマン散乱光のスペクトル特性が1080〜1300nmの帯域に適合するように、前記波長変換用光ファイバのコア径および全長ならびに前記ポンプ光の出力を選定する、請求項11に記載のレーザ加工方法。
【請求項13】
前記波長変換用光ファイバのコア径はφ20〜40μmである、請求項12に記載のレーザ加工方法。
【請求項14】
前記波長変換用光ファイバの全長は2〜10mである、請求項12または請求項13に記載のレーザ加工方法。
【請求項15】
前記ポンプ光のパワーは10kW以上である、請求項11〜14のいずれか一項に記載のレーザ加工方法。
【請求項16】
前記ポンプ光のパワーは20kW以上である、請求項15に記載のレーザ加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図4D】
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【図4E】
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【図4F】
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【公開番号】特開2012−243789(P2012−243789A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−109187(P2011−109187)
【出願日】平成23年5月16日(2011.5.16)
【出願人】(000161367)ミヤチテクノス株式会社 (103)
【Fターム(参考)】