説明

プラズマディスプレイパネルの誘電体保護膜の製造方法

【課題】誘電体保護膜の製造方法の工夫により、PDPとしての寿命、閾値電圧、書き込み速度等を良好に維持しながら、PDPの生産性の向上を実現する。
【解決手段】ガラス基板上に電極と誘電体層とが形成された基板101を搬送しながら基板101の誘電体層上に誘電体保護膜を形成する方法において、誘電体保護膜製造装置200を構成する成膜室202内に基板101の搬送方向に沿って誘電体保護膜を成膜するための上流側蒸着ハース205、下流側蒸着ハース206を配置し、上流側蒸着ハース205、下流側蒸着ハース206の蒸発レートを基板101の搬送方向の入り口側から出口側にかけて段階的に変化させて誘電体保護膜を成膜する方法からなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラズマディスプレイパネルの誘電体膜上に形成する誘電体保護膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、平板型ディスプレイとして、プラズマディスプレイが商品化され、家庭用ばかりでなく様々な公共機関にも使用されてきている。このプラズマディスプレイパネル(以下、PDPとよぶ)は、前面板と背面板とを放電空間を有して貼り合わせた構成であり、前面板には一対の表示電極対が複数個配列され、その上に誘電体層と誘電体保護膜とが形成されている。また、背面板には複数のアドレス電極と、このアドレス電極に平行に隔壁が形成され、さらに隔壁間には蛍光体層が形成されている。なお、前面板に形成された表示電極対と背面板に形成されたアドレス電極とは直交するように貼り合わされる。
【0003】
現在一般的に用いられるAC型のPDPでは、表示電極対上に誘電体膜が必要とされる。この誘電体膜は一般的には低融点ガラスを印刷・焼成方式で形成している。また、誘電体保護膜はプラズマ放電により誘電体膜がスパッタリングされないようにするために設けるもので、耐スパッタリング性に優れた材料であることが要求される。
【0004】
前面板と背面板とを対向させると、前面板と背面板との間で、かつそれぞれ2本の隔壁で囲まれたストライプ状の放電空間が生じる。この空間に所定のガスを所定の圧力となるように充填し、それぞれの表示電極対間に交流電圧を印加して放電させると、励起されたXe原子が基底状態に戻る際に発生する紫外線により蛍光体膜を励起することができる。この励起により蛍光体膜は、塗布された材料に応じて赤(R)光、緑(G)光、または青(B)光の発光をするので、アドレス電極により発光させる画素および色の選択を行えば、所定の画素部で必要な色を発光させることができ、カラー画像を表示することが可能となる。
【0005】
上記誘電体保護膜としては、酸化マグネシウム(MgO)が多く用いられている。MgO膜は、放電空間中で生じるイオンがこのMgO膜表面に衝突しても、スパッタリングされて膜減りしにくい特性を有している。また、MgOは大きな2次電子放出係数(γ)も有しているので、放電開始電圧を低減する効果もある。しかしながら、MgO膜は、その結晶の組成や構造によって2次電子放出係数とスパッタ率が異なり、PDPの発光効率や寿命、さらにはPDPのコストにも大きな影響を有している。なお、スパッタ率とは1個の放電ガスイオンがターゲットを衝撃するときに飛び出す原子の統計的確率値をいうが、このスパッタ率はターゲット物質と衝撃粒子の組み合わせ、衝撃粒子の運動エネルギー、衝撃粒子のターゲット表面入射角度等に依存することが知られている。
【0006】
図10は、このMgO膜を作製する従来の製造装置の概略構成図である。この装置は誘電体膜(図示せず)までが形成された基板705の表面にMgO膜を形成する装置である。ローディング室700、成膜室701、アンローディング室702までの間を基板705が連続的に移動しながら成膜室701の蒸着ハース708、710から蒸発したMgO蒸気流707によりMgO膜が成膜される。なお、ローディング室700、成膜室701、アンローディング室702のそれぞれの前後にはゲートバルブ703が設けられている。さらに、これらを真空排気するための真空ポンプ704も設けられている。
【0007】
基板705が成膜室701に入ると、蒸着ハース708、710から生じたMgO蒸気流707により基板705の表面に加熱ヒータ712によって加熱されながらMgO膜が成膜される。このMgO蒸気流707は、蒸着ハース708、710上にそれぞれ配置されたMgOペレットに対して電子銃709、713から電子ビームを照射し加熱して昇華させることで得られる。基板705と蒸着ハース708、710との間には防着板706が設けられている。この防着板706により基板705以外の不要な部分にはMgO膜が成膜されないようにMgO蒸気流707を規制する。この従来例では、蒸発源が2つあるものを例として説明したが、蒸発源の数に関しては装置によって種々選択することができる。また、MgOは電子ビームにより加熱され昇華するときに酸素(O)が失われる。このため、MgO膜の組成比を化学量論組成に近づけるために、蒸着中に外部より酸素ガスを酸素ボンベ714から流量調整器715を通して成膜室701へ流入させることが一般に行われている。
【0008】
上述したように、MgO膜はPDPの発光効率や寿命に大きな影響を有しており、このために種々の製造方法が検討され、実用されている。例えば、インライン方式の誘電体保護膜の製造装置において、基板上に成膜する蒸着材料の粒子の入射角度を制限することにより、高品位の膜質を有する薄膜を形成する蒸着装置が示されている(例えば、特許文献1)。
【0009】
また、PDPの誘電体保護膜としてのMgO膜の結晶カラムの断面形状を膜厚方向に対して5〜50度の角度を有する形状に作成することで、高速書き込み時の黒欠陥(ちらつき)を防止できることが示されている(例えば、特許文献2)。
【0010】
さらに、同様にインライン方式の誘電体保護膜の成膜装置において、蒸着開口領域を基板搬送の入り口側に偏在させて、薄膜形成過程の初期において蒸着材料の斜め入射成分を多くし、中期において垂直に近い入射にするとともに終期にも斜め成分を付加して、MgO膜の結晶性と密度を高める方法が示されている。このようにして作製することで、PDPの放電応答性と耐久性が向上できることが示されている(例えば、特許文献3)。
【0011】
さらに、放電開始電圧を低減するために、誘電体保護膜としてMgO膜を用いて、このMgO膜に対して酸素イオンを注入して酸素欠損を生じさせることも示されている(例えば、特許文献4)。
【0012】
このように蒸着気流の飛翔方向を最適範囲に規制して成膜することにより、PDPの寿命、閾値電圧、書き込み速度、黒欠陥等の改善がなされてきた。しかしながら、生産量の増大と、低コスト化のために成膜装置の生産性を向上させることが要求されてきている。このために、従来方式の一例である図10に示したように複数の蒸着ハースを搬送方向に並べ、それぞれの蒸着ハースから誘電体保護膜材料となる蒸気流を発生させ単位時間あたりの生産枚数を増やす試みが行われている。しかし、このような方法によると誘電体保護膜(MgO膜)の膜質が悪化し、放電特性の劣化につながることが見出されてきた。
【0013】
図10に示すように、基板の搬送方向に複数の蒸発源が存在する場合、個々の蒸発源から飛翔する蒸気流は様々な入射角をもって、基板上に入射してくる。そのため複数の蒸発源から種々の入射角度を有したMgO粒子が基板へ入射するため、MgO膜の結晶性に乱れが生じる。このMgO膜の結晶性の乱れによりPDPの放電特性が悪化するのである。
【特許文献1】特開平10−176262号公報
【特許文献2】特開2002−83546号公報
【特許文献3】特開2003−297237号公報
【特許文献4】特開2001−332175号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上記の開示例では、誘電体保護膜を作製する場合の蒸着粒子の入射角度を規制すること、および誘電体保護膜の結晶カラムの断面形状を膜厚方向に対してある一定の範囲に規制することで、高品位の膜を作製し、特性の良好なPDPを実現することが示されている。
【0015】
しかし、量産性を考慮しながら誘電体保護膜の結晶性を良好にすることについてはまったく記載されていない。また、誘電体保護膜の結晶性の乱れが膜の内部のみに限定される場合であっても、PDP点灯表示時間の経過とともにMgOの表面はスパッタされて、次第に薄くなるために結晶性の乱れが生じた層が表面に露出して放電特性が悪化する現象が発生する。このため、閾値電圧、書き込み速度、黒欠陥等の画質の劣化が生じ、非常に短い時間で見かけ上のPDPの寿命が低下することになる。すなわち、量産性を向上しながら、かつ誘電体保護膜の結晶性を制御する方法について、従来の製造方法では特に考慮されていなかった。
【0016】
本発明はこのような従来の課題に対し、誘電体保護膜の製造方法の工夫により、PDPとしての寿命、閾値電圧、書き込み速度等を良好に維持しながらPDPの生産性の向上を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上述したような課題を解決するために、本発明のPDPの誘電体保護膜の製造方法は、電極と誘電体層とが形成された基板を搬送しながら誘電体層上に誘電体保護膜を形成する方法において、基板の搬送方向と同一方向に複数の蒸発源を配置し、基板の搬送方向の上流側に配置された蒸発源の蒸発レートと基板の搬送方向の下流側に配置された蒸発源の蒸発レートとを変えて誘電体保護膜を成膜する方法からなる。
【0018】
また、上記方法において、複数の蒸発源から発生する蒸気流のベクトル和を算出し、このベクトル和から搬送方向と平行な蒸気流成分を算出し、蒸気流成分が基板の搬送方向の上流側では上流方向に向くとともに基板の搬送方向の下流側では下流方向を向き、蒸気流成分の反転が1回のみとなるように複数の蒸発源の蒸発レートを設定してもよい。
【0019】
さらに、基板の搬送方向の下流側に配置された蒸発源の蒸発レートが、基板の搬送方向の上流側に配置された蒸発源の蒸発レートより小さくして誘電体保護膜を成膜する方法としてもよい。また、これらの製造方法において、誘電体保護膜が酸化マグネシウムとしてもよい。
【0020】
このような方法により、誘電体保護膜の結晶性の乱れ等を生じさせず特性の良好な誘電体保護膜を高成膜速度で作製できる。
【発明の効果】
【0021】
本発明のPDPの誘電体保護膜の製造方法によって、PDPの寿命、閾値電圧、書き込み速度、黒欠陥等の特性を良好に維持しながら、PDPの誘電体保護膜の製造装置の生産性を向上させることができる。それにより、PDPの量産性の向上を図れ、低コストのPDPを実現できるという大きな効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。なお、以降の図面において、同じ要素については同じ符号を付しているので説明を省略する場合がある。
【0023】
(第1の実施の形態)
図1は、本発明の第1の実施の形態の製造方法により作製されたPDPの要部斜視図である。透明で絶縁性の基板101上に、電極を構成する表示電極対104とブラックマトリクス107と、これらを覆うように誘電体層105とが形成され、さらにこの誘電体層105上に誘電体保護膜106が形成されて、前面板100が構成される。この表示電極対104は、サスティン電極102とスキャン電極103とで構成されており、これらは透明導電膜102a、103aと、さらに配線抵抗を小さくするためのバス電極102b、103bとにより構成されている。なお、このバス電極102b、103bは、それぞれ透明導電膜102a、103a上に平行で、かつこの透明導電膜102a、103aよりも細幅に形成されている。このような表示電極対104が基板101上に一定のピッチを有して必要な表示本数形成されている。
【0024】
透明導電膜102a、103aは、インジウム錫酸化物(ITO)、酸化錫(SnO)等の透明導電性材料を印刷・焼成あるいはスパッタリング等の方式で形成する。この透明導電性材料単独では電極としての抵抗を低くできないために、特に大画面のPDPにおいては、この導電膜による電力のロスが無視し得ない値となる。これを防止するために透明導電膜102a、103a上にバス電極102b、103bとして、抵抗の低い銀やアルミニウムや銅等の単層構成膜、あるいはクロムと銅の2層構成、クロムと銅とクロムの3層構成等の積層構成膜を、印刷・焼成方式やスパッタリング等の薄膜形成技術で形成する。
【0025】
AC駆動型のPDPでは、表示電極対104上に形成する誘電体層105が特有の電流制限機能を示すので、DC駆動型のPDPに比べて長寿命にできる。この誘電体層105は表示電極対104とブラックマトリクス107との形成後で、しかも、これらを確実に覆うように形成することが必要とされるために、一般的には低融点ガラスを印刷・焼成方式で形成している。
【0026】
また、誘電体保護膜106は先述したように、プラズマ放電により誘電体層105がスパッタリングされないようにするために設けるもので、耐スパッタリング性に優れた材料であることが要求される。このために、MgOが多く用いられている。
【0027】
一方、同様に透明で絶縁性を有する背面側基板111上に、画像データを書き込むためのアドレス電極112が前面板100の表示電極対104に対して直交する方向に形成される。このアドレス電極112を覆うように背面側基板111面上に下地誘電体層113を形成した後、このアドレス電極112と平行で、かつ2つのアドレス電極112間のほぼ中央部に隔壁114を形成し、さらに2つの隔壁114で挟まれた領域に、隔壁114の上部まで含めて蛍光体層115が形成されて、背面板110が構成される。なお、この蛍光体層115は、図1に示すように、赤(R)光、緑(G)光および青(B)光に発光する蛍光体115a、115b、115cが隣接して形成され、これらで画素を構成している。
【0028】
なお、アドレス電極112は前面板100のバス電極102b、103bと同様な材料と成膜法で形成することができる。また、下地誘電体層113は誘電体層105と同一の材料と成膜方式で形成することもできる。
【0029】
前面板100と背面板110とを対向させると、それぞれ2本の隔壁114、114、基板101上の誘電体保護膜106、および背面側基板111上の蛍光体層115で囲まれたストライプ状の放電空間120が生じる。この空間120に、例えばNeとXeの混合ガスを所定の圧力となるように充填し、それぞれのバス電極102b、103bを介してサスティン電極102とスキャン電極103間に数10〜数100kHzの交流電圧を印加して放電させると、励起されたXe原子が基底状態に戻る際に発生する紫外線により蛍光体層115を励起する。この励起により蛍光体層115は、塗布された材料に応じて赤(R)光、緑(G)光、または青(B)光の発光をするので、アドレス電極112により発光させる画素および色の選択を行えば、所定の画素部で必要な色を発光させることができ、カラー画像を表示することが可能となる。
【0030】
以上のような構成からなるPDPにおいて、誘電体保護膜106を形成する方法について、以下説明する。
【0031】
図2は、この誘電体保護膜106を形成するための本実施の形態のPDP用の誘電体保護膜製造装置の概略構成図である。なお、本実施の形態においては、誘電体保護膜106は上述したように誘電体層105まで形成された基板101上に形成する。本実施の形態の誘電体保護膜製造装置は、図10に示す従来の成膜装置と同様にインライン成膜方式である。なお、以降においては、誘電体保護膜106はMgO膜106として説明する。また、誘電体保護膜製造段階では、基板を複数設けた大面積の基板を用いる場合があるが、本実施の形態ではこれらを区別せずに説明する。
【0032】
この誘電体保護膜製造装置200は、ローディング室201、成膜室202、アンローディング室203、およびそれぞれの空間を仕切るゲートバルブ204で構成され、各室は真空ポンプ211によって真空状態を保っている。成膜室202には、矢印Aで示した基板101の搬送方向の上流側に配置した上流側蒸着ハース205と下流側に配置した下流側蒸着ハース206とが設置されている。この上流側蒸着ハース205と下流側蒸着ハース206には蒸発材料であるMgOペレットが充填されており、加熱蒸発させるための電子銃207、208からそれぞれ電子ビームが引き出され、上流側蒸着ハース205と下流側蒸着ハース206上のMgOペレットに照射され、MgO蒸気流が発生する。このMgO蒸気流が基板101の表面に堆積し、MgO膜106となる。
【0033】
また、蒸着中に成膜室202の内部を所定の酸素雰囲気に設定するための酸素を含むガスボンベ209と流量調整器210が設置され、設定した濃度の酸素が供給されている。また、基板101は加熱ヒータ212により加熱される。なお、成膜条件によっては、加熱ヒータ212で加熱する必要はない。さらに、上流側蒸着ハース205と下流側蒸着ハース206とから飛翔するMgO蒸気流が成膜室202の壁面に付着することを防止するために、防着板213も設けられている。
【0034】
図3および図4は、本実施の形態の製造装置により成膜する場合と従来の製造装置により成膜する場合とについて、基板の任意の点の位置におけるそれぞれの蒸発源からの蒸発レート分布(図中のFおよびBで示す曲線)と、これら2つの蒸発源からの蒸発レートのベクトル和を求めて、その搬送方向と平行な方向の蒸気流成分を計算により求めた結果(図中のRで示す曲線)を示す図である。
【0035】
これは、基板101のそれぞれの任意の位置において、上流側蒸着ハース205と下流側蒸着ハース206とのそれぞれの蒸発レートと入射角度とからベクトル和を求め、そのうち搬送方向と平行な蒸気流成分をR曲線としてプロットしたものである。それぞれの蒸発レートは蒸発源である上流側蒸着ハース205および下流側蒸着ハース206からコサイン則に沿って飛翔するとして計算した。
【0036】
なお、この蒸気流成分が負の場合には、MgO蒸気流は基板の搬送方向入り口側に向かって入射する成分が主体となり、正の場合には逆に基板の搬送方向出口側に向かって入射する成分が主体となることを示す。この入射成分の方向が変化することで、基板上の任意の点に堆積するMgOの成長は、そのコラムの大きさや結晶方位が変化する。図10に示すような従来のMgO膜の製造装置においては、2つの蒸発源の蒸発レートがほぼ同程度に設定されている。したがって、基板101の任意の点において、到達するMgO蒸気流のベクトル和の搬送方向に平行な蒸気流成分に着目すると、入り口側から出口側にかけてその方向が負から正に複雑に逆転する場合が生じる。
【0037】
図3は、図10に示した従来の製造装置および成膜法による場合について、基板の任意の点の位置における、それぞれの蒸発源からの蒸発レート分布(図中のFおよびBで示す曲線)と、2つの蒸発源からの蒸発レートのベクトル和を求めて、その搬送方向成分を計算により求めた結果(図中のRで示す曲線)を示す図である。なお、図3において、上流側に配置された蒸発源である蒸着ハース708はHで示し、下流側に配置された蒸着ハース710はLで示している。また、Y1はこれらの蒸着源間の距離を示す。さらに、横軸は基板705位置で、この位置における蒸発レートを縦軸左で示している。また、縦軸右にはその基板705位置でのそれぞれの蒸着ハース708、710の蒸発レートと入射角度からベクトル和を計算し、この値から搬送方向に平行な蒸気流成分を求めて表示している。以下、図4から図6についても同様である。
【0038】
従来の方式では、2つの蒸着ハース708、710の蒸発レートをほぼ同じにしているので、それぞれの蒸発レート分布を示すF曲線とB曲線とはそれぞれの蒸発源直上を基準にして対称形状である。したがって、これらのベクトル和から求めた搬送方向に平行な蒸気流成分Rは、2つの蒸着ハース708、710の間で負から正、正から負、さらに負から正に変化する。すなわち、図3からわかるように、基板705の搬送方向入り口側では上流側の蒸着ハース708のMgO蒸気流の影響が主体となるので搬送方向に平行な蒸気流成分は負になる。一方、上流側の蒸着ハース708と下流側の蒸着ハース710との間では、これら両方のMgO蒸気流の影響を大きく受けるので搬送方向に平行な蒸気流成分は、図示するように複雑に変化する。さらに、基板の搬送方向出口側では、下流側の蒸着ハース710のMgO蒸気流の影響が大きくなるので搬送方向に平行な蒸気流成分は正になる。
【0039】
このように、合成したMgO蒸気流の搬送方向に平行な蒸気流成分に着目すると、基板搬送方向入り口側から出口側にかけて負から正、正から負へ、さらに負から正に変化する。このようなMgO蒸気流の入射状態に対応してMgO膜が結晶成長するため、MgO膜の結晶性に乱れが生じやすくなる。そのため、PDP点灯表示時間の経過とともに、MgO膜がスパッタされ膜が薄くなるにつれて結晶性の異なる状態が露出してくるため放電特性が悪化すると推測される。
【0040】
一方、本実施の形態では、下流側蒸着ハース206上のMgOペレットに照射される電子ビームは、上流側蒸着ハース205上のMgOペレットに照射される電子ビームと比較すると、照射電力が小さくなるように制御されている。これにより、蒸発レートは下流側蒸着ハース206のほうが全体として小さくなる。このため図4に示すように、搬送方向に平行な蒸気流成分は基板搬送方向入り口側を除いて正方向になる。したがって、MgO蒸気流は入り口側を除くと同じ方向のみから基板101に入射するため、MgO膜106の結晶性の乱れが発生しにくくなる。なお、図4では、蒸着源間の距離Y1は図3と同じであるが、下流側蒸着ハース206の蒸発レートを上流側蒸着ハース205の蒸発レートに対して0.8に設定している。
【0041】
図3と図4とについて比較すると、図3では搬送方向に平行な蒸気流成分Rは負から正になった後、一旦再び負になり、その後、正になる。しかし、図4では搬送方向に平行な蒸気流成分Rは負から正になった後は正の状態を保持する。
【0042】
以上のように、下流側の蒸発源の蒸発レートを上流側より小さくすれば、搬送方向に平行な蒸気流成分Rは単純に負から正に反転するだけとなり、MgO膜の結晶性の乱れが生じにくくなる。しかし、このためには下流側の蒸発源からの蒸発レートには制約を設ける必要がある。
【0043】
図5と図6とは、本実施の形態の誘電体保護膜製造装置200を用いて、蒸着源間の距離をY2としたときの、蒸発レートF、Bと基板搬送方向に平行な蒸気流成分Rとを求めた結果を示す図である。図5は、上流側蒸着ハース205と下流側蒸着ハース206との蒸発レートを同じにしたときの結果を示す図である。蒸着源間の距離を図3に示すY1からY2へと大きくした結果、基板搬送方向に平行な蒸気流成分Rは図3の結果よりもさらに大きく変化することがわかる。
【0044】
一方、図6は蒸着源間距離については図5と同じであるが、下流側蒸着ハース206の蒸発レートを上流側蒸着ハース205の蒸発レートに比べて0.6にした結果を示す図である。このように蒸発レートの比を設定すると、基板搬送方向に平行な蒸気流成分Rは基板搬送方向入り口側では負になるが、それ以降は正を維持することがわかる。以上のように、蒸着源間距離に応じて蒸発レートの比を設定すればよい。
【0045】
図7は、上記のような計算を種々の条件により求めた結果を示す図である。すなわち、搬送方向に平行な蒸気流成分が単純に負から正に反転するのみとなる条件をプロットしている。縦軸は、上流側蒸着ハース205の蒸発レートと下流側蒸着ハース206の蒸発レートとの比である。横軸は、蒸発源間距離と基板間距離との比である。なお、蒸発源間距離は、上流側蒸着ハース205と下流側蒸着ハース206との距離をいう。また、基板間距離は、上流側蒸着ハース205および下流側蒸着ハース206から基板101までの垂直距離をいう。
【0046】
その結果、図7に示す直線X、縦軸および横軸とで囲まれる領域の値に設定すれば、図4に示すような搬送方向に平行な蒸気流成分Rと同様な条件を得られることが見出された。したがって、本実施の形態では、上流側蒸着ハース205と下流側蒸着ハース206との蒸発レートは、この領域に含まれる0.8に設定した。
【0047】
なお、蒸発レート比はできるだけ1に近い値を設定することが望ましいことから、これらの結果をもとにすると蒸発源間距離と基板間距離との比は0.8〜1.0の範囲が最適であることが見出された。
【0048】
これにより、複数の蒸発源を用いて実効的な成膜速度を大きくしてMgO膜106の生産効率を向上させながら、良好な結晶性を有するMgO膜106を成膜することができる。したがって、PDPの寿命、閾値電圧、書き込み速度、黒欠陥等の特性を低下させないようにすることができる。この結果、PDPの高信頼性を保持しながら、量産性の向上によるPDPの低コスト化を図れる。
【0049】
なお、本実施の形態では、MgO膜106の成膜初期においては、搬送方向に平行な蒸気流成分は負になる。この負になる領域があっても、本実施の形態の誘電体保護膜の製造方法では良好な特性のMgO膜106が得られる。しかし、さらに良好なMgO保護膜106を得たい場合には、基板搬送方向入り口側に蒸着角度規制板を設けてもよい。この蒸着角度規制板を用いることで、上流側蒸着ハース205から基板101に対して負方向に入射されるMgO蒸気流を遮断すればほぼ全体的に正方向のみとなるので、MgO膜の結晶性の乱れが生じるのをさらに防止できる。
【0050】
(第2の実施の形態)
図8は、本発明の第2の実施の形態にかかるPDPの誘電体保護膜の製造方法に用いる誘電体保護膜製造装置の構成図である。本実施の形態では、基板101の搬送方向入り口側には、リング形状の蒸着ハースであるリングハース502が設置されていることが特徴である。このリングハース502上に配置されたMgOペレットに電子銃508から照射される電子ビームによって、基板搬送方向の上流側領域503と下流側領域504が、それぞれMgO蒸気流の蒸発源となる。したがって、1つのリングハース502により、2箇所のMgO蒸気流505、506が発生する。すなわち、本実施の形態の製造装置では、リングハース502から2箇所のMgO蒸気流505、506および下流側蒸着ハース206からMgO蒸気流507が基板101に向けて飛翔する。
【0051】
リングハース502の上流側領域503と下流側領域504および下流側蒸着ハース206のそれぞれのMgOの蒸発レートは、上流側から段階的に低下するように設定する。すなわち、上流側領域503の蒸発レートを1とすると、下流側領域504の蒸発レートは図7に示すX直線より小さな値に設定する。さらに、下流側蒸着ハース206の蒸発レートは、下流側領域504の蒸発レートに対して、図7に示すX直線より小さな値に設定する。このため、リングハース502における上流側領域503と下流側領域504に対して電子銃508から照射される電子ビームの照射時間を変化させることで、上流側領域503のほうの蒸発レートを大きくする。また、リングハース502と下流側蒸着ハース206との蒸発レートは電子ビームの電力を調整することで行う。
【0052】
このように、3つの蒸発源を設けることによりMgO膜の生産性をさらに向上させながら、かつMgO膜の結晶性の乱れの発生を防止できる。
【0053】
なお、本実施の形態では、リングハースを用いて3つの蒸発源を設けたが、本発明はこれに限定されない。それぞれ別の蒸発源を用いてもよい。さらに、3つに限定することもなく、4つ以上としてもよい。
【0054】
また、本発明は同じ成膜室において複数の蒸発源を設置して、その蒸発レートを異ならせているが、このような成膜室を複数配置して連続的に成膜する方法としてもよい。
【0055】
(第3の実施の形態)
図9は、本発明の第3の実施の形態にかかるPDP用の誘電体保護膜の製造方法に用いる誘電体保護膜製造装置の構成図である。本実施の形態においては、蒸発源である下流側蒸着ハース206から蒸発するMgO蒸気流603の飛翔方向を規制するための蒸着角度規制板601を設けていることが、第1の実施の形態の誘電体保護膜製造装置と異なる。すなわち、上流側蒸着ハース205から蒸発するMgO蒸気流602は、第1の実施の形態と同様な入射角度で基板101に入射する。これに対して、下流側蒸着ハース206から蒸発するMgO蒸気流603は、蒸着角度規制板601により規制されて一定の入射角度のMgO蒸気流603のみが基板101に入射する。なお、蒸着角度規制板601は、下流側蒸着ハース206に近い位置に配置している。これにより、上流側蒸着ハース205からのMgO蒸気流602は、基板搬送方向出口側に向けては大きな角度まで基板101に入射できる。一方、下流側蒸着ハース206からのMgO蒸気流603は、基板搬送方向入り口側に向けては小さな角度領域しか基板101に入射できない。さらに、上流側蒸着ハース205の蒸発レートと下流側蒸着ハース206の蒸発レートとは、第1の実施の形態と同様に上流側蒸着ハース205のほうが大きくなるように設定している。これらにより、基板搬送方向入り口側の一部において基板搬送方向に平行な蒸気流成分が負の方向となる以外は、正の方向を維持することができるので、結晶性の乱れをさらに防止することができる。
【0056】
この結果、量産性を向上させるとともに、良好な結晶性を有するMgO膜を成膜できるので、PDPとしたときの放電特性を安定化することができる。したがって、量産性を向上できPDPの低コスト化を実現することができる。
【0057】
なお、第1の実施の形態から第3の実施の形態では、上流側蒸着ハースの蒸発レートを下流側蒸着ハースの蒸発レートより大きくしたが、本発明はこれに限定されない。上流側蒸着ハースの蒸発レートを下流側蒸着ハースの蒸発レートより段階的に小さくしてもよい。この場合には、主となるMgO蒸気流の入射方向が逆になるが、このような成膜条件であってもMgO膜の結晶性の乱れが生じず、PDPの放電特性を安定化できる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明のPDPの誘電体保護膜の製造方法は、良好な誘電体保護膜特性を有しながら、同時に量産性を向上させることが可能になり、PDP分野において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明の第1の実施の形態の誘電体保護膜の製造方法により作製されたPDPの要部斜視図
【図2】同実施の形態のPDPの誘電体保護膜を形成するためのPDP用の誘電体保護膜製造装置の概略構成図
【図3】従来の製造装置および成膜法による場合について、基板の任意の点におけるそれぞれの蒸発源からの蒸発レート分布と、搬送方向成分を計算により求めた結果を示す図
【図4】同実施の形態による場合について、基板の任意の点におけるそれぞれの蒸発源からの蒸発レート分布と、搬送方向成分を計算により求めた結果を示す図
【図5】同実施の形態による場合について、蒸着源間の距離をY2、蒸発レートを両方同じとしたときの蒸発レート分布と基板搬送方向に平行な蒸気流成分とを求めた結果を示す図
【図6】同実施の形態による場合について、蒸着源間の距離をY2、下流側蒸着ハースの蒸発レートを上流側蒸着ハースの蒸発レートに対して0.6としたときの蒸発レート分布と基板搬送方向に平行な蒸気流成分とを求めた結果を示す図
【図7】同実施の形態において、種々の条件で計算してプロットした図
【図8】本発明の第2の実施の形態にかかるPDPの誘電体保護膜の製造方法に用いる誘電体保護膜製造装置の構成図
【図9】本発明の第3の実施の形態にかかるPDPの誘電体保護膜の製造方法に用いる誘電体保護膜製造装置の構成図
【図10】誘電体保護膜であるMgO膜を作製するための従来の製造装置の概略構成図
【符号の説明】
【0060】
100 前面板
101,705 基板
102 サスティン電極
102a,103a 透明導電膜
102b,103b バス電極
103 スキャン電極
104 表示電極対
105 誘電体層
106 誘電体保護膜(MgO保護膜)
107 ブラックマトリクス
110 背面板
111 背面側基板
112 アドレス電極
113 下地誘電体層
114 隔壁
115 蛍光体層
115a,115b,115c 蛍光体
120 放電空間
200 誘電体保護膜製造装置
201,700 ローディング室
202,701 成膜室
203,702 アンローディング室
204,703 ゲートバルブ
205 上流側蒸着ハース
206 下流側蒸着ハース
207,208,508,709,713 電子銃
209 ガスボンベ
210,715 流量調整器
211,704 真空ポンプ
212,712 加熱ヒータ
213,706 防着板
502 リングハース
503 上流側領域
504 下流側領域
505,506,507,602,603,707 MgO蒸気流
601 蒸着角度規制板
708,710 蒸着ハース
714 酸素ボンベ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電極と誘電体層とが形成された基板を搬送しながら前記誘電体層上に誘電体保護膜を形成するプラズマディスプレイパネルの誘電体保護膜の製造方法において、
前記基板の搬送方向と同一方向に複数の蒸発源を配置し、前記基板の搬送方向の上流側に配置された蒸発源の蒸発レートと前記基板の搬送方向の下流側に配置された蒸発源の蒸発レートとを変えて前記誘電体保護膜を成膜することを特徴とするプラズマディスプレイパネルの誘電体保護膜の製造方法。
【請求項2】
複数の前記蒸発源から発生する蒸気流のベクトル和を算出し、前記ベクトル和から搬送方向と平行な前記蒸気流成分を算出し、前記蒸気流成分が前記基板の搬送方向の上流側では上流方向に向くとともに前記基板の搬送方向の下流側では下流方向を向き、前記蒸気流成分の反転が1回のみとなるように複数の前記蒸発源の蒸発レートを設定することを特徴とする請求項1に記載のプラズマディスプレイパネルの誘電体保護膜の製造方法。
【請求項3】
前記基板の搬送方向の下流側に配置された蒸発源の蒸発レートが、前記基板の搬送方向の上流側に配置された蒸発源の蒸発レートより小さいことを特徴とする請求項1または請求項2に記載のプラズマディスプレイパネルの誘電体保護膜の製造方法。
【請求項4】
前記誘電体保護膜が酸化マグネシウムであることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれかに記載のプラズマディスプレイパネルの誘電体保護膜の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2006−59627(P2006−59627A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−239264(P2004−239264)
【出願日】平成16年8月19日(2004.8.19)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】