説明

ポリアクリロニトリル系繊維および炭素繊維の製造方法

【課題】製糸延伸性を向上させ、炭素繊維前駆体としての生産性を向上することができるポリアクリロニトリル系繊維の製造方法を提供する。
【解決手段】ポリアクリロニトリル系重合体を含む溶液を湿式紡糸し、得られた繊維(束)に、分子構造内にウレタン結合とポリアルキレングリコール鎖を有するポリマーを付与した後、延伸することを特徴とするポリアクリロニトリル系繊維の製造方法である。前記ポリマーとしては、水溶性であり、空気中240℃の温度で2時間加熱後の残存率が0〜30%のポリマーが好適に用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアクリロニトリル系繊維の製造方法および炭素繊維の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、他の繊維に比べて高い比強度および比弾性率を有するため、複合材料用補強繊維として、スポーツ用途や航空・宇宙用途に加え、自動車、土木・建築、圧力容器および風車ブレードなどの一般産業用途にも幅広く展開されつつある。炭素繊維の前駆体の1つとして、ポリアクリロニトリル系フィラメントからなる繊維(糸条)が使用されている。ポリアクリロニトリル系フィラメントからなる炭素繊維前駆体としての繊維(糸条)は、アクリロニトリル系重合体を有機または無機溶媒に溶解した溶液を用いて製糸される。この炭素繊維前駆体の製糸方法においては、アクリロニトリル系重合体の溶液を凝固浴中に紡出し得られた未延伸のアクリロニトリル系フィラメントは、凝固浴中で脱溶媒された後、熱水中での延伸工程を経て処理剤を付与され乾燥緻密化工程に導かれる。乾燥緻密化工程を経ると、一応炭素繊維前駆体として用いることのできる繊維(糸条)が得られるが、熱水中での延伸だけではフィラメント中のアクリロニトリル系重合体の配向は、それほど高くならない。そのため、乾燥緻密化工程の後に、さらに、高温高湿雰囲気下での延伸処理が行われるのが通常である。乾燥緻密化工程の後に、高温高湿雰囲気下で行うこのような延伸処理を二次延伸とよび、このような工程を二次延伸工程という。
【0003】
この二次延伸工程では、吸水によりアクリロニトリル系重合体を可塑化した状態で加熱延伸することにより、フィラメント内のアクリロニトリル系重合体を配向させ高強度化がなされる。その結果、乾熱延伸に比べて高倍率延伸が達成でき、また、品質・品位に優れた炭素繊維前駆体が得られる。二次延伸の方法としては、加圧水蒸気による繊維の可塑化、いわゆる加圧水蒸気延伸が用いられることが多い。
【0004】
一方、炭素繊維の一般産業への用途展開にともない、より低コストな炭素繊維が求められるようになってきている。炭素繊維は、多くの工程を経て製造されるために、低コスト化には製造の各工程における生産性向上が必要である。上記の製糸工程における生産性向上のためには、延伸倍率を上げ、巻取り速度を向上させることが有効だと考えられる。
【0005】
製造設備を大きく変更することなく、延伸倍率を向上するためには、巻取り工程に近い二次延伸工程における延伸倍率向上が有効であるが、二次延伸工程の延伸倍率を高くすると、毛羽や糸切れの発生が顕著になるという問題があった。
【0006】
二次延伸において毛羽や糸切れの発生を抑え、優れた品位の炭素繊維前駆体を得ることを目的とする技術は数多く提案されており、例えば、延伸チューブを予熱域と加熱域に分割し、圧力差を利用して2段階で延伸する方法(特許文献1、2および3参照。)、スチーム圧力と温度の関係を制御して、高い湿り度の状態で延伸する方法(特許文献4参照。)、およびラビリンスシール径を制御して、スチームによる糸条の損傷を防ぎつつ延伸する方法(特許文献5参照。)が挙げられる。
【0007】
これらの技術を用いることにより、ある程度延伸性を向上することは可能であるが、得られる最大延伸倍率やそれによる生産性向上効果には限界があり、さらなる高倍率延伸を達成する方法が望まれている。
【0008】
また別に、加圧水蒸気延伸前の繊維(束)に付与するシリコーンの分子量を1,000〜1,000,000に制御することにより、加圧水蒸気延伸の延伸倍率経時変化を抑制し、生産を安定化する方法が提案されている(特許文献6参照。)。しかしながら、この提案は、加圧水蒸気延伸の延伸倍率経時変化を抑制する効果はあるものの、延伸倍率を向上させるものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第2705453号公報
【特許文献2】特開平08−246284号公報
【特許文献3】特許第2968377号公報
【特許文献4】特許第3192689号公報
【特許文献5】特許第3044896号公報
【特許文献6】特開2004−244771号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで本発明の目的は、上記従来技術の課題に鑑み、製糸延伸性を向上させ、炭素繊維前駆体としての繊維(束)の生産性を向上することができるポリアクリロニトリル系繊維の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは検討を重ねた結果、分子内に特定の構造を有するポリマーを、加圧水蒸気延伸前の炭素繊維前駆体の繊維(束)に付与することによって、従来技術に比較して製糸工程の品質安定化を達成することが可能であり、さらなる高倍率延伸を達成できることを見出し、本発明に想到した。
【0012】
すなわち、本発明は、上記目的を達成せんとするものであって、本発明のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法は、
ポリアクリロニトリル系重合体を含む溶液を湿式紡糸し、得られた繊維(束)に、分子構造内にウレタン結合とポリアルキレングリコール鎖を有するポリマーを付与した後、延伸することを特徴とするポリアクリロニトリル系繊維の製造方法である。
【0013】
本発明のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法の好ましい態様によれば、前記のポリマー付与に加えて、焼成工程における単繊維融着防止用油剤を付与することである。
【0014】
本発明のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法の好ましい態様によれば、前記のポリマーの数平均分子量は10,000〜500,000である。
【0015】
本発明のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法の好ましい態様によれば、前記のポリマーは水溶性のポリマーである。
【0016】
本発明のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法の好ましい態様によれば、前記のポリマーとして、空気中で240℃の温度で2時間加熱後の残存率が0〜30%のポリマーを用いることである。
【0017】
本発明のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法の好ましい態様によれば、前記のポリマーを付与した後、加圧水蒸気延伸を行なうことである。
【0018】
本発明においては、前記のいずれかの製造方法により得られたポリアクリロニトリル系繊維を加熱炭化させることにより炭素繊維を得ることができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、高延伸倍率で延伸した場合に生じるポリアクリロニトリル系繊維の毛羽立ち、糸切れを抑制し、高延伸倍率で延伸した場合においてもポリアクリロニトリル系繊維の品質を従来よりも安定化することができることから、製糸工程における延伸倍率を従来よりもさらに向上することができる。このため、得られたポリアクリロニトリル系繊維を炭素繊維前駆体として用いることにより、炭素繊維の生産性を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法は、ポリアクリロニトリル系重合体を含む溶液を湿式紡糸し、得られた繊維(束)に、分子構造内にウレタン結合およびポリアルキレングリコール鎖を有するポリマー(以後、ポリマー[A]と略記することがある。)を付与した後、延伸することを特徴とするものである。ここで、ポリアルキレングリコール鎖とは、エチレングリコールをはじめとするアルキレングリコールの繰り返し単位からなる骨格を意味する。
【0021】
本発明で用いられるポリマー[A]は、分子構造内にウレタン結合とポリアルキレングリコール部位(鎖)を有していれば、本発明の効果を奏すると考えられるが、入手容易性の点から、ジイソシアネートとポリアルキレングリコールの共重合体を好ましく用いることができる。
【0022】
ジイソシアネートは、広範囲のジイソシアネートが使用可能であるが、例えば、トリレンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネートおよびヘキシレンジイソシアネート等が好ましく用いられる。
【0023】
また、ポリアルキレングリコールとしては、例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、テトラメチレングリコールおよびペンタメチレングリコール等の低級アルキレングリコールを単独または複数用い、共重合したものが例示され、特にポリエチレングリコール、ポリエチレングリコール・ポリプロピレングリコール共重合体およびポリプロピレングリコールが好ましく用いられる。
【0024】
ポリマー[A]は、分子構造内にエステル結合やアミド結合等、ウレタン結合以外の化学結合を含んでいても良い。
【0025】
ポリマー[A]の製造方法としては、例えば、ジイソシアネートとポリアルキレングリコールを無溶媒下混合し、攪拌しながら120℃の温度で加熱しウレタン化する方法等、公知の方法を使用することができる。
【0026】
また、ポリマー[A]の市販品としては、“テキサノール”PE−10F(吉村油化学(株)製)、“メルポール(登録商標)”F−220(三洋化成工業(株)製)、および“スーパーフレックス(登録商標)“840(第一工業製薬(株)製)等が挙げられる。
【0027】
本発明で用いられるポリマー[A]が、製糸工程における延伸倍率を向上させる効果を奏するメカニズムについては、次のように推定される。
【0028】
まず、本発明で用いられるポリマー[A]が、水和すると潤滑性が良くなるポリアルキレングリコール鎖を有することにより、延伸時に単繊維同士を滑らせ、単繊維にかかる張力をより均一にする効果があると考えられる。単繊維にかかる張力が均一になると、単繊維切れの頻度も減少すると考えられる。加えて、本発明で用いられるポリマー[A]が、ウレタン結合を有し、高極性を有するポリアクリロニトリル系繊維上に強く吸着することにより、ポリマーがポリアクリロニトリル系繊維上から剥ぎ取られロールへ転写したり、加圧水蒸気を用いて延伸を行なう際に高圧の水蒸気によってポリマーが吹き飛ばされたりし、ポリアクリロニトリル系繊維上のポリマーの残存量が減少することを防止する効果があると考えられ、これにより、単繊維にかかる張力を均一とする効果を安定して発現するものと考えられる。このようにして、分子構造内にウレタン結合およびポリアルキレングリコール鎖を有するポリマーを延伸前に適用することにより、高い延伸倍率で延伸が可能になるものと推定される。
【0029】
本発明のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法に使用されるポリマー[A]の数平均分子量は、好ましくは10,000以上であり、より好ましくは10,000〜500,000である。数平均分子量が10,000に満たない場合、延伸性向上効果は少ない場合があり、また、分子量が500,000を超えると、付与時の溶液の粘度が向上するため、取り扱い性が悪化するためである。ここでのポリマー[A]の数平均分子量は、サイズ排除クロマトグラフィーで測定されたポリスチレン換算値を用いる。
【0030】
ポリマー[A]を繊維(束)に付与する方法としては、繊維(束)にポリマー[A]を均一付与するという観点から、ポリマー[A]を何らかの溶媒に溶解・分散させるか、もしくはポリマー[A]を融点以上に加温して溶融させることにより、液状にして付与することが好ましく、作業性の観点からは、溶媒に溶解・分散させることが好ましい。用いられる溶媒としては、作業環境の側面から、有機溶媒よりも水を用いることが望ましい。また、溶媒が水であると、既存の製糸設備において、後述する焼成工程用油剤(以下、単に油剤と略記することがある)の付与設備を転用することができ、新たな設備を追加する必要がない。加えて、油剤を併用する場合においては、油剤を混合して同時に付与することも可能であることから、工程設計の自由度が高い点でも好ましい態様である。
【0031】
ポリマー[A]を水に溶解・分散するにあたり、水に不溶のポリマー[A]を界面活性剤等の併用により水分散液としてもよいが、より繊維(束)に均一に付与するためには、ポリマー[A]は水に溶解していることが好ましく、そのため、ポリマー[A]は水溶性であることが好ましい。
【0032】
前述のポリマー[A]を繊維(束)に付与するタイミングは、二次延伸の前であれば特に限定されない。例えば、油剤付与後の濡れた繊維(束)にポリマー[A]を付与して乾燥してから二次延伸しても良いし、油剤付与・乾燥後の繊維(束)にポリマー[A]を付与しそのまま二次延伸しても良いし、油剤付与・乾燥後にポリマー[A]を付与し、乾燥した後二次延伸しても良いし、ポリマー[A]を油剤浴に添加し、油剤と同時に付与しても良い。
【0033】
ポリマー[A]の付与方法としては、浸漬法、噴霧法、タッチロール法あるいはガイド給油法などで水膨潤繊維に付与する手段が好適に用いられる。
【0034】
ポリマー[A]の繊維(束)への付着量は、繊維(束)の乾燥重量に対し、0.01〜3.0重量%の範囲が好ましく、より好ましい付着量は0.01〜0.5重量%の範囲である。付着量が0.01重量%に満たないと延伸性向上効果が見られない場合があり、付着量が3.0重量%を超えると後述する残渣の量が増え炭素繊維の強度が低下する場合がある。
【0035】
付与されるポリマー[A]は、製糸工程の延伸性向上に寄与するが、酸化分解しやすいポリアルキレングリコール鎖を有するため、耐炎化工程において酸化分解・再結合をしてチャーやタール等の残渣に化学変化する場合がある。この残渣が繊維上に残存した場合、傷の生成や応力集中の起点となり、炭素繊維の強度が低下することがある。
【0036】
炭素繊維の製造には、毛羽の発生や糸切れおよび単繊維同士の融着を防ぐため、焼成工程用油剤が付与されることが多いが、炭素繊維の高強度化に必要な焼成工程用油剤に悪影響を及ぼさないためには、ポリマー[A]は耐炎化工程初期において揮散することが好ましいと考えられる。耐炎化工程初期における残存率の指標として、空気中で240℃の温度で2時間加熱後の残存率を用いることができる。
【0037】
上記推定メカニズムより、ポリマー[A]の空気中で240℃の温度で2時間加熱後の残存率は、0〜30%であることが好ましい。空気中で240℃の温度で2時間加熱後の残存率は、より低い方が好ましいが、炭素繊維の物性への影響が許容される範囲は、空気中で240℃の温度で2時間加熱後の残存率が0〜30%のときである。また、空気中で240℃の温度で2時間加熱後の残存率が30%よりも高い場合、炭素繊維の強度低下が顕著となる場合がある。
【0038】
本発明で得られるポリアクリロニトリル系繊維を用いて、高強度で高品質の炭素繊維を得るためには、耐炎化工程および炭素化工程などの焼成工程における単繊維間の融着を防ぐこともまた重要である。これらの焼成工程において、単繊維間の融着を防止するために、上記の分子構造内にウレタン結合およびポリアルキレングリコール鎖を有するポリマー(ポリマー[A])の処理に加えて、焼成工程用油剤を付与することが好ましい。
【0039】
本発明において、ポリアクリロニトリル系繊維を製造する際に適用される油剤としては、シリコーン化合物および多価エステル化合物等の高耐熱油脂、またこれらを混合した油剤などが好ましく用いられる。
【0040】
本発明において、上記油剤として用いられるシリコーン化合物としては、表面平滑な均一皮膜を素早く形成することから、25℃の温度における動粘度が好ましくは10〜10000mm/sであり、より好ましくは100〜2000mm/sであり、さらに好ましくは300〜1000mm/sであるシリコーン化合物が好ましく用いられる。また、ポリシロキサン骨格中のケイ素原子に結合する有機基として、アミノ基、脂環式エポキシ基およびアルキレンオキサイド基などを含むものが好ましく、ポリアクリロニトリル系繊維と親和性の高いアミノ基が含まれていることがより好ましい態様である。有機基としてアミノ基、脂環エポキシ基およびアルキレンオキサイド基などを含むシリコーン化合物を、アミノ変性シリコーン、脂環式エポキシ変性シリコーンおよびアルキレンオキサイド変性シリコーンというように呼ぶ場合もある。油剤としてアミノ変性シリコーンを用いる場合、アミノ基は、モノアミンタイプでもポリアミンタイプでもよいが、アミノ基として、次の構造式(I)
−Q−(NH−Q’)−NH・・・(I)
(ここで、QおよびQ’は同種または異種の炭素数1〜10の2価の炭化水素基を表し、Pは0〜5の整数である。)で示されるアミノ基を含むアミノ変性シリコーンが好ましく用いられる。
【0041】
油剤としてアミノ変性シリコーン化合物を用いる場合、アミノ基を含有する比率は、繊維との親和性と耐熱性のバランスの観点から、アミノ基を−NHに換算して0.05〜10重量%とすることが好ましく、より好ましくは0.1〜5重量%である。アミノ基を含有する比率が、アミノ基を−NHに換算して0.05重量%未満の場合、繊維との親和性が低下し、10重量%を超えると耐熱性が低下する場合があるからである。
【0042】
また、シリコーン化合物として、アミノ変性シリコーンとその他のシリコーン化合物と併用する場合には、全シリコーン化合物の中に、アミノ変性シリコーンを20〜100重量%含有していることが好ましく、30〜90重量%含有していることがより好ましく、40〜80重量%含有していることがさらに好ましい態様である。
【0043】
本発明において、油剤として、構造中にケイ素を含まない多価エステル化合物等の高耐熱油脂を用いると、焼成工程におけるスケールが低減できる。このような多価エステル化合物としては、例えば、トリメリット酸エステル、トリメチロールプロパンエステル、単数または複数のビスフェノールA型の骨格を有する芳香族エステル、アルキルジフェニルエーテルおよびジアルキルチオジプロピオネートなどが挙げられる。
【0044】
次に、高耐熱油脂のそれぞれの化合物群の好ましい構造等について説明する。
【0045】
まず、第1の群として、トリメリット酸エステルとトリメチロールプロパンエステルにおいては、それぞれ3個の脂肪族基を有するが、それらの炭素数は4〜23であることが好ましく、炭素数はより好ましくは10〜15である。脂肪族基の構造は、直鎖状でも一部分岐を有していても構わないし、全てが飽和結合でも一部に不飽和結合を有していても構わないし、同一構造であっても、それぞれ異なる構造であっても構わない。具体例としては、WO2007/066517号公報等に記載の、トリメリット酸とイソデシルアルコールからなるエステル化合物や、トリメチロールプロパンとイソステアリン酸からなるエステル化合物等が挙げられる。
【0046】
次に、第2の群として、単数または複数のビスフェノールA型の骨格を有する芳香族エステルとしては、1分子内にビスフェノールA型の骨格を1〜4個有するものが好ましく用いられる。また、ビスフェノールA型の骨格に含まれる構造としては、炭素数2〜4のアルキレンオキサイド基および/または炭素数4〜23のアルキルエステル基が好ましく挙げられる。ここで炭素数2〜4のアルキレンオキサイド基および炭素数4〜23のアルキルエステル基とは、一部に脂肪族炭化水素以外の置換基を有する誘導体も含むものとする。具体例として、WO97/09474号公報に開示されているビスフェノールAのアルキレンオキサイド付加物をモノアルキルエステル化し、さらに飽和脂肪族ジカルボン酸を反応させて得られた化合物、特許第4048230号公報の請求項1記載のビスフェノールAのアルキレンオキサイド付加物をジアルキルエステル化した化合物、特開2004−360133号公報の請求項3記載の炭化水素基のアルキレンオキサイド付加物をモノアルキルエステル化し、さらに飽和脂肪族ジカルボン酸を反応させて得られた化合物とポリオキシアルキレンアルキルアミンもしくはポリオキシアルキレン脂肪族アミドとをエステル化反応させて得られる化合物、および特開2005−23502号公報の式(1)あるいは式(4)に記載の化合物等が挙げられる。
【0047】
次に、第3の群としてのアルキルジフェニルエーテルにおいて、アルキル鎖は好ましくは炭素数11〜28のものである。アルキル鎖の構造は、直鎖状でも一部分岐を有していても構わないし、飽和結合でも不飽和結合を有していても構わないし、同一構造であっても、それぞれ異なる構造であっても構わない。
【0048】
次に、第4の群としてのジアルキルチオジプロピオネートにおいは、アルキル鎖は好ましくは炭素数11〜18のものである。アルキル鎖の構造は、直鎖状でも一部分岐を有していても構わないし、飽和結合でも不飽和結合を有していても構わないし、同一構造であっても、それぞれ異なる構造であっても構わない。また、構造の一部に繰り返し単位が1〜20のアルキレンオキサイド鎖を含んでも構わない。アルキレンオキサイドの中でも、エチレンオキサイド、プロピレンオキサイドおよびそれらのブロック共重合体がより好ましく、特に、エチレンオキサイドが好ましく用いられる。
【0049】
上述の油剤付与する場合に用いられる溶媒としては、特に水が好ましく、水に難溶である高耐熱油剤を用いる場合は、油剤を水に乳化・分散させて繊維(束)に付与することが好ましい。この場合には、油剤に界面活性剤を添加しても良い。
【0050】
水に難溶である高耐熱油剤を用いる場合に用いられる界面活性剤は、アニオン性、カチオン性、ノニオン性および両性のいずれの界面活性剤も用いることができる。アニオン性とカチオン性の界面活性剤の組み合わせ以外は、2種以上の界面活性剤を組み合わせて用いても構わない。中でも、カチオン性界面活性剤が好ましく、アミノ基などがもたらす弱カチオン性界面活性剤が好ましく用いられる。カチオン性の界面活性剤としては、塩化アルキルトリメチルアンモニウム、塩化ジアルキルジメチルアンモニウム、塩化アルキルベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム,塩化ステアリルジメチルベンジルアンモニウム、ラノリン誘導四級アンモニウム塩、ステアリン酸ジエチルアミノエチルアミド、ステアリン酸ジメチルアミノプロピルアミド、および塩化ベヘニン酸アミドプロピルジメチルヒドロキシプロピルアンモニウムなどを挙げることができる。
【0051】
また、ノニオン性界面活性剤も好ましく用いられる。ノニオン性の界面活性剤としては、例えば、ポリエチレングリコールのアルキルエーテル、プロピレンオキサイドとエチレンオキサイドのブロック共重合体、アルキルフェニルエーテル、スチレン化フェノールおよびアルキルアミンエーテルなどを挙げることができる。
【0052】
また、両性界面活性剤としては、例えば、イミダゾリン型、アミドベタイン型、アルキルベタイン型、アルキルアミドベタイン型、アルキルスルホベタイン型、アミドスルホベタイン型、ヒドロキシスルホベタイン型、カルボベタイン型、ホスホベタイン型、アミノカルボン酸型、およびアミドアミノ酸型両性界面活性剤が例示される。
【0053】
上述の油剤には、上記した成分以外にも、粘度調整剤、酸化防止剤、抗菌剤、防腐剤、防錆剤およびpH調整剤などの成分を、焼成工程における操業性低下抑制および炭素繊維物性維持の効果を阻害しない範囲で配合することができる。特に、酸化防止剤としては、例えば、ペンタエリスリチル−テトラキス〔3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕、トリエチレングリコール−ビス〔3−(3−t−ブチル−5−メチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕、オクタデシル−3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート、1,3,5−トリス(4−t−ブチル−3−ヒドロキシ−2,6−ジメチルベンジル)イソシアヌル酸、2,2−チオ−ジエチレンビス〔3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕、および4,4’−ブチリデンビス(3−メチル−6−t−ブチルフェニル−ジトリデシルホスファイト)などが好ましく用いられ、これらは単独でも組み合わせでも良い。
【0054】
酸化防止剤は、油剤に対して5重量%までの範囲で配合することが好ましく、配合量はより好ましくは0.1〜2重量%であり、更に好ましくは0.5〜1.5重量%である。酸化防止剤を添加することにより、油剤が耐炎化工程や炭素化工程の前半で分解することを抑制し、融着防止効果を高めることができる。
【0055】
油剤を付与する場合、ポリアクリロニトリル系繊維の製糸工程のいずれの工程でも付与することができるが、繊維(束)の乾燥前に付与することにより、乾燥工程を簡略化することができる。この場合、ポリアクリロニトリル系重合体を含む紡糸溶液を紡糸し、これを水洗・延伸して得られた水膨潤状態の繊維(束)に油剤を付与した後、130〜200℃の温度で熱処理し、さらに二次延伸するという手順により、炭素繊維前駆体の繊維(束)が得られる。この場合もポリマー[A]は、前述のように、二次延伸の前のいずれかの工程で付与する。
【0056】
油剤を付与する場合の付与手段としては、繊維(束)内部まで均一に油剤を付与することができる手段を選択して使用する。例えば、油剤成分の濃度が0.01〜10重量%となるように水等に添加して分散液を調製し、浸漬法、噴霧法、タッチロール法あるいはガイド給油法などで水膨潤繊維に付与することが好ましい。油剤成分の濃度が0.01重量%未満では、繊維(束)に対して単繊維間融着などの効果を十分に付与することができない場合がある。また、油剤成分の濃度が10重量%を超えると、油剤の粘度が大きくなりすぎて流動性が悪くなり、繊維(束)を束内まで均一に処理することが困難になる場合がある。
【0057】
油剤を付与する場合の付着量は、繊維(束)の乾燥重量に対する分散媒を除く油剤成分の割合が、好ましくは0.1〜5重量%、より好ましくは0.3〜3重量%、さらに好ましくは0.5〜2重量%となるように調整する。油剤の付着量が0.1重量%未満では、単繊維同士の融着が生じ、得られる炭素繊維の引張強度が低下する場合があり、付着量が5重量%を超えると、油剤が単繊維間を覆い、耐炎化工程での酸素の透過が悪くなることがある。
【0058】
本発明において用いられるポリアクリロニトリル系重合体の成分としては、少なくとも95モル%以上、より好ましくは98モル%以上99.9モル%以下のアクリロニトリルと、耐炎化を促進し、かつ、アクリロニトリルと共重合性のある耐炎化促進成分を0.1モル%以上5モル%以下、より好ましくは2モル%以下の範囲で共重合したものを好適に使用することができる。耐炎化促進成分としては、アクリル酸、メタクリル酸およびイタコン酸からなる群から選ばれた少なくとも一種の酸単量体を用いることが好ましい。このような耐炎化促進成分は、0.1モル%以上で耐炎化促進効果を発揮し始め、5モル%以下なら耐炎化時の異常発熱などを避けることができる。また、このような耐炎化促進成分以外にも、溶媒への溶解性を高める観点から、例えば、アクリル酸メチルなどの(メタ)アクリル酸アルキルエステルを共重合しても構わない。
【0059】
紡糸溶液は、溶液重合法、懸濁重合法および乳化重合法などの重合法を採用して得ることができる。紡糸溶液に使用される溶媒としては、有機、無機のいずれの溶媒も使用することができるが、特に有機溶媒を使用することが好ましい。具体的には、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどが好ましく、特にジメチルスルホキシドが好ましく用いられる。
【0060】
紡糸方法は、湿式紡糸法が好適に使用される。紡糸口金から直接または一旦空気中を経てから凝固浴中に紡糸溶液を吐出し、凝固糸を得る。凝固浴液は、簡便性の点から、紡糸溶液に使用される溶媒と凝固促進成分とから構成することが好ましく、凝固促進成分としては水を用いることが好ましい。凝固浴中の紡糸溶媒と凝固促進成分の割合および凝固浴液温度は、得られる凝固糸の緻密性、表面平滑性および可紡性などを考慮して適宜選択して使用される。
【0061】
紡糸して得られた凝固糸は、20〜98℃の温度に温調された単数または複数の水浴中で水洗され延伸される。延伸倍率は、糸切れや単繊維間の接着が生じない範囲で、適宜設定することができるが、表面がより平滑な炭素繊維前駆体の繊維(束)を得るためには、延伸倍率は5倍以下であることが好ましい。延伸倍率はより好ましくは4倍以下であり、さらに好ましくは3倍以下である。延伸倍率は、全工程の延伸倍率を高めやすいことから、1.1倍以上であること好ましい。
【0062】
また、得られる炭素繊維前駆体の緻密性を向上させる観点から、延伸浴の最高温度は、50℃以上とすることが好ましく、より好ましくは70℃以上である。浴延伸の最高温度が99℃を超えると水の蒸発が激しく、製造エネルギー消費が大きくなる。
【0063】
ポリマー[A]および/または油剤を付与するタイミングとしては、工程簡略化のために、前述のように水中で延伸された繊維(束)を乾燥する前に付与することが好ましい。
【0064】
繊維(束)の乾燥手段としては、加熱された複数のローラーに繊維(束)を直接接触させる手段が好ましく用いられる。乾燥温度は、生産性の観点からも高いほど好ましく、単繊維間の融着が生じない範囲で高く設定することが好ましい。具体的には、乾燥温度は130℃以上が好ましく、より好ましくは180℃以上である。通常、乾燥温度の上限は200℃程度である。乾燥時間は、膨潤繊維(束)が乾燥するのに十分な時間とする。具体的には、乾燥時間は15〜60秒程度である。また、繊維(束)への加熱状態が均一になるように、繊維(束)をできるだけ拡幅した状態でローラーに接触させることが好ましい。
【0065】
得られる炭素繊維前駆体の緻密性を向上する観点から、乾燥された繊維(束)を、さらに二次延伸する。二次延伸の方法としては、加圧水蒸気延伸や乾熱延伸等を用いることができるが、生産性向上の観点から加圧水蒸気延伸が好ましく用いられる。加圧水蒸気延伸時の水蒸気圧または温度や二次延伸倍率は、糸切れや毛羽発生のない範囲で適宜選択して使用することができるが、本発明の効果を最大限活かすためには、二次延伸倍率は高い方が好ましい。具体的には、二次延伸倍率は4倍以上が好ましく、より好ましくは7倍以上である。
【0066】
通常の条件では、二次延伸倍率が7倍程度になると毛羽の発生が顕著になるため、安定生産のために、4倍前後での生産が行なわれるが、本発明においてポリマー[A]を用いた場合、二次延伸倍率が9.0倍程度まで目立った毛羽は発生しないため、さらに二次延伸倍率を高くすることができる。ここで毛羽とは、走行中のポリアクリロニトリル系繊維(束)から突出した5mm以上の単繊維切れのことを言う。
【0067】
その後、繊維(束)はワインダーにより巻き上げられ、ポリアクリロニトリル系繊維のパッケージが得られる。
【0068】
炭素繊維前駆体の繊維(束)を構成する単繊維の繊度(単繊維繊度)は、好ましくは0.1〜2.0dTexであり、より好ましくは0.3〜1.5dTexであり、さらに好ましくは0.5〜1.2dTexである。単繊維繊度は、小さいほど得られる炭素繊維の引張強度や弾性率を向上する点で有利であるが、生産性は低下することが多いため、性能とコストのバランスを勘案し選択することが好ましい。
【0069】
また、炭素繊維前駆体の繊維(束)を構成する単繊維数は、好ましくは1000〜96000本であり、より好ましくは、12000〜48000本であり、さらに好ましくは24000本〜48000本である。ここで、炭素繊維前駆体の繊維(束)を構成する単繊維数とは、耐炎化処理される直前の単繊維数をいい、生産性の観点から単繊維数は多いほど好ましい。単繊維の数が少なすぎると生産性が悪化することが多く、また、多すぎると耐炎化の際に焼成むらを発生しやすくなることが多い。
【0070】
上述した方法により、炭素繊維前駆体としてのアクリロニトリル系繊維が製造され、さらに次に述べる方法で、このアクリロニトリル系繊維を耐炎化処理した後、炭素化処理することにより、高性能な炭素繊維を製造することができる。
【0071】
耐炎化処理は、通常、酸素含有気体雰囲気下、好ましくは空気雰囲気下で、好ましくは200〜300℃の温度で行われる。コスト削減および得られる炭素繊維の性能を高める観点から、炭素繊維前駆体が反応熱の蓄熱によって糸切れを生じる温度よりも10〜20℃低い温度で耐炎化することが好ましい。耐炎化処理の時間は、生産性および得られる炭素繊維の性能を高める観点から、10〜100分間が好ましく、より好ましくは30〜60分間である。この耐炎化処理の時間とは、炭素繊維前駆体が耐炎化炉内に滞留している全時間をいう。この時間が少なすぎると、各単繊維の酸化された外周部分と酸化不足の内側部分の構造差が全体的に顕著となり、炭素繊維の物性を低下させる可能性がある。
【0072】
耐炎化処理の工程における炭素繊維前駆体の延伸比は、好ましくは0.85〜1.10であり、より好ましくは0.88〜1.06であり、さらに好ましくは0.92〜1.02である。延伸比を高めることにより、同じ熱処理量で炭素繊維の弾性率を向上させることができる。
【0073】
耐炎化処理の工程に続いて、炭素化処理の工程に移るが、その前に温度300〜800℃の不活性雰囲気下、好ましくは窒素またはアルゴン雰囲気下で行う予備炭素化処理の工程を設けることも好ましい態様である。この予備炭素化処理の工程における延伸比は、得られる炭素繊維の性能を高める観点から、好ましくは0.90〜1.25であり、より好ましくは1.00〜1.20であり、さらに好ましくは1.05〜1.15である。
【0074】
炭素化処理は、通常、不活性雰囲気下で、1000〜2000℃の温度で行われる。その最高温度は、所望する炭素繊維の要求特性に応じて適宜選択して決定されるが、低すぎると、得られる炭素繊維の引張強度、弾性率が低下することがある。炭素化処理の工程における延伸比は、得られる炭素繊維の性能を高める観点から、好ましくは0.95〜1.05であり、より好ましくは0.97〜1.02であり、さらに好ましくは0.98〜1.01である。
【0075】
弾性率がより高い炭素繊維を所望する場合には、炭素化処理に引き続いて、黒鉛化処理を行うこともできる。黒鉛化処理は、通常、不活性雰囲気下で、2000〜3000℃の温度で行われる。その最高温度は、所望する炭素繊維の要求特性に応じて適宜選択して決定される。黒鉛化処理の工程における延伸比は、所望する炭素繊維の要求特性に応じて、毛羽発生など品位低下の生じない範囲で適宜選択することができる。
【0076】
得られた炭素繊維に対しては、表面処理を行うことにより、複合材料としたときのマトリックスとの接着強度をより高めることができる。表面処理方法としては、気相処理や液相処理を採用することができるが、生産性や品質ばらつきを考慮すると、液相処理の中でも電解処理(陽極酸化処理)が好ましく適用される。
【0077】
電解処理に用いられる電解液としては、硫酸、硝酸および塩酸のような酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムおよびテトラエチルアンモニウムヒドロキシドのようなアルカリ、あるいはそれらの塩を含む水溶液を用いることができるが、特に好ましくはアンモニウムイオンを含む水溶液が用いられる。例えば、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、過硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、臭化アンモニウム、燐酸2水素アンモニウム、燐酸水素2アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、炭酸アンモニウムあるいはそれらの混合物を含む水溶液を電解液として用いることができる。
【0078】
電解処理において炭素繊維に与える電気量は、使用する炭素繊維により異なる。例えば、炭素化度の高い炭素繊維ほど高い通電電気量が必要となるが、一般には、接着特性向上の観点から、X線光電子分光法(ESCA)により測定される炭素繊維の表面酸素濃度O/Cおよび表面窒素濃度N/Cが、それぞれ0.05以上0.40以下および0.02以上0.30以下の範囲になるように電気量を設定することが好ましい。
【0079】
これらの条件を満足することにより、複合材料とした際の炭素繊維とマトリックスとの接着が適正なレベルとなる。したがって、炭素繊維とマトリックスとの接着が強すぎて非常に脆性的な破壊となって複合材料の縦方向の引張強度が低下してしまうという欠点も、あるいは、複合材料の縦方向の引張強度は強いものの、炭素繊維とマトリックスとの接着力が低すぎて、複合材料の非縦方向の機械的特性が発現しないという欠点も防止することができ、縦および非縦方向にバランスのとれた複合材料特性が発現される。
【0080】
得られた炭素繊維は、さらに、必要に応じて、サイジング処理がなされる。サイジング剤には、マトリックスとの相溶性のよいサイジング剤が好ましく、マトリックスに併せて選択して使用される。
【0081】
このようにして得られた炭素繊維は、プリプレグ化した後に複合材料に成形することもできるし、織物などのプリフォームとした後、ハンドレイアップ法、プルトルージョン法およびレジントランスファーモールディング法などにより複合材料に成形することもできる。また、炭素繊維は、フィラメントワインディング法や、チョップドファイバーやミルドファイバー化した後、射出成形することにより複合材料に成形することができる。
【0082】
本発明で得られた炭素繊維を用いた複合材料は、ゴルフシャフトや釣り竿などのスポーツ用途、航空宇宙用途、フードやプロペラシャフトなどの自動車構造部材用途、およびフライホイールやCNGタンクなどのエネルギー関連用途などに好適に用いることができる。
【実施例】
【0083】
以下、実施例を用いて、本発明のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法について、さらに具体的に説明する。
【0084】
実施例では、各特性を次の方法により測定した。
【0085】
<加圧水蒸気延伸限界倍率の測定>
加圧水蒸気延伸前の速度を30m/分にし、引き取り側の速度を120m/分から約2m/秒の速度で増加させ、断糸したときの引き取り側の速度を読み取り、かかる速度を加熱水蒸気延伸に前の速度で除した値を、延伸限界倍率とした。また、供給するスチーム圧力を0.05GPaずつ変化させながら試験を行ない、延伸限界倍率のピーク値を求め、その値を用いて延伸性を評価した。n=2で測定し、その平均値を用いた。
【0086】
<ポリマー[A]の加熱残存率(耐熱性)>
ポリマー[A]1.0gを、底直径が70mm、深さ15mmの底が平坦なアルミニウム皿に入れ、測定温度の熱風循環式オーブン中で2時間加熱したときの残存率を、空気中で240℃の温度で加熱後の残存率と定義した。n=2で測定し、その平均値を用いた。
【0087】
<単繊維繊度の測定>
乾燥糸または炭素繊維前駆体の繊維(束)を1巻き1m金枠に10回巻いた後、120℃の温度で2時間乾燥させた後の重量を測定し、10,000m当たりの重量を算出することにより求めた。
【0088】
<炭素繊維のストランド引張強度および引張弾性率の測定>
炭素繊維束を、下記組成の樹脂に浸漬することにより含浸させ、130℃の温度で35分間硬化させた後、JIS R7601(1986年)に基づいて引張試験を行い、n=6本のストランドについて測定し、平均値でストランド引張強度と引張弾性率を求めた。
【0089】
[樹脂組成](かっこ内は、メーカー等)
・3,4−エポキシシクロヘキシルメチル−3,4エポキシシクロヘキシルカルボキシレート(ERL−4221、ユニオンカーバイド社製)・・・・・・・・・100重量部
・3フッ化ホウ素モノエチルアミン(ステラケミファ(株)製)・・・・・3重量部
・アセトン(和光純薬工業(株)製)・・・・・・・・・・・・・・・・・4重量部
<炭素繊維前駆体の繊維(束)の品位>
炭素繊維前駆体繊維(束)をボビンから10m引き出し、毛羽の個数を数え、下記の判定基準で評価した。n=3で測定し、評価にはその平均値を用いた。
◎:(炭素繊維前駆体の繊維(束)10mあたりの毛羽数)=0個以上1個未満
○:(炭素繊維前駆体の繊維(束)10mあたりの毛羽数)=1個以上2個未満
△:(炭素繊維前駆体の繊維(束)10mあたりの毛羽数)=2個以上10個未満
×:(炭素繊維前駆体の繊維(束)10mあたりの毛羽数)=10個以上
<使用した成分>
実施例および比較例に用いたポリマー[A]等の成分は、次のとおりである。
・A−1:水溶性ポリウレタン(ポリマー[A])
吉村油化学(株)製“テキサノール”PE−10F(数平均分子量約100,000)
このポリマーは、分子構造内にウレタン結合およびポリエチレングリコール鎖を有するもので、空気中で240℃の温度で2時間加熱後の残存率(耐熱性)は、22質量%であった。
・A−2:水溶性ポリウレタン(ポリマー[A])
下記原料を用い、特開平10−212672号公報記載の方法に従って合成した。
・テレフタル酸1モル
・平均分子量400のポリプロピレングリコール2モル
・平均分子量2000のポリエチレングリコール2モル
・トリレンジイソシアネート1.3モル
テレフタル酸1モルに平均分子量400のポリプロピレングリコール2モルを加え、180℃〜200℃の温度で酸価が1以下になるまで脱水反応を行った。酸価が1以下になってから、平均分子量2000のポリエチレングリコール0.5モルを加え120℃の温度まで冷却し、これにトリレンジイソシアネート1.3モルを加えウレタン化して水溶性ポリウレタンを得た。
【0090】
得られたポリマーの数平均分子量は約15,000であった。このポリマーは、分子構造内にウレタン結合およびポリプロピレングリコール鎖とポリエチレングリコール鎖を有し、また、空気中で240℃の温度で2時間加熱後の残存率(耐熱性)は、28質量%であった。
・A−3:水溶性ポリウレタン(ポリマー[A])
平均分子量2000のポリエチレングリコール1.0モルにトリレンジイソシアネート0.9モルを加え、120℃の温度で約3時間ウレタン化してポリウレタン化合物を得た。得られたポリマーの数平均分子量は、約20,000であった。このポリマーは、分子構造内にウレタン結合およびポリエチレングリコール鎖を有し、また、空気中で240℃の温度で2時間加熱後の残存率(耐熱性)は、35質量%であった。
・A−4:ポリエチレングリコール
和光純薬工業(株)製PEG20,000(分子量20,000)
このポリマーは、分子構造内にウレタン結合を有していない。また、このポリマーの空気中で240℃の温度で2時間加熱後の残存率(耐熱性)は、3質量%であった。
【0091】
<炭素繊維の製造方法>
(実施例1)
<乾燥糸の作成>
アクリロニトリル99.5モル%とイタコン酸0.5モル%を共重合した共重合体を、ジメチルスルホキシドを溶媒とする溶液重合法により重合し、濃度22重量%の紡糸原液を得た。重合後、紡糸原液にアンモニアガスをpH8.5になるまで吹き込み、イタコン酸を中和して、アンモニウム基を成分に導入することにより、紡糸原液の親水性を向上させた。得られた紡糸原液を40℃の温度で、直径0.15mm、孔数6000の紡糸口金を用いて、一旦空気中に吐出し、約4mmの距離の空間を通過させた後、10℃の温度にコントロールした40重量%ジメチルスルホキシド水溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸により凝固させた。得られた凝固糸を水洗した後、70℃の温度の温水中で2.8倍に延伸し、さらに3%の油剤浴中を通過させることにより、アミノ変性シリコーン系油剤を付着量1重量%となるようにディップ−ニップ法で付与した。さらに、上記のA−1(ポリマー[A])の0.3%水溶液中を通過させることにより、ポリマー[A]を付与した後、180℃の温度の加熱ローラーを用いて、接触時間40秒の乾燥処理を行った。乾燥糸の単繊維繊度は、4dtexであった。得られた乾燥糸の加圧水蒸気延伸限界倍率を測定したところ、10.1倍であった。
【0092】
<炭素繊維前駆体の繊維(束)の作成>
得られた乾燥糸を、二次延伸倍率を4倍として0.4MPaの加圧水蒸気中で延伸することにより、単繊維繊度1dtex、単繊維本数6000本の炭素繊維前駆体の繊維(束)を得た。製糸工程全延伸倍率は、11.2倍である。
【0093】
<炭素繊維前駆体の焼成、後処理、引張強度測定>
得られた炭素繊維前駆体の繊維(束)を4本を合糸して単繊維本数を24000本とした後、240〜280℃の温度の空気中で加熱して耐炎化繊維に転換した。耐炎化処理の時間は40分で、耐炎化処理の工程における延伸比は1.00とした。
【0094】
さらに、このようにして得られた耐炎化繊維を、300〜800℃の温度の窒素雰囲気中で加熱して予備炭素化処理した後、最高温度1300℃の窒素雰囲気中で加熱して炭素化処理した。予備炭素化処理の工程における延伸比は1.10で、炭素化処理の工程における延伸比は0.97とした。さらに、炭素化処理して得られた繊維を、硫酸水溶液中で10クーロン/g−CFの電気量で陽極酸化処理を行って炭素繊維を得た。これらの間、炭素繊維には、操業性に影響を及ぼすような顕著な毛羽や切断は発生しなかった。得られた良好な品位の炭素繊維の引張強度は5.6GPaであり、引張弾性率は240GPaであった。結果を表1に示す。
【0095】
(実施例2)
紡糸原液の吐出量を乾燥糸の単繊維繊度が7dtexとなるように変更したこと以外は、実施例1と同様の方法で乾燥糸を得た。得られた乾燥糸の加圧水蒸気延伸限界倍率は、10.2倍であった。二次延伸倍率を7倍として0.4MPaの加圧水蒸気中で延伸することにより、単繊維繊度1dtex、短繊維本数6000本の炭素繊維前駆体の繊維(束)を得た。製糸工程全延伸倍率は19.6倍であった
また、毛羽や糸切れもほとんどなく、品位の良いポリアクリロニトリル系繊維を得ることができた。さらに、実施例1と同様の方法で焼成・後処理を行ない、炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の引張強度は5.5GPaであり、引張弾性率は240Gaであった。結果を表1に示す。
【0096】
(比較例1)
ポリマー[A]を付与しなかったこと以外は、実施例1と同様にして単繊維繊度が4dtexの乾燥糸を得た。得られた乾燥糸の加圧水蒸気延伸限界倍率は8.0倍であり、実施例1に比べて明らかに劣っていた。
【0097】
さらに、実施例1と同様にして、二次延伸倍率を4倍として単繊維繊度1dtexの炭素繊維前駆体の繊維(束)を作成した。得られた繊維(束)の品位は良好であり、焼成通過性に関しても問題ないレベルであったが、実施例1と比較すると、多少毛羽が多い結果となった。また、実施例1と同様の方法で焼成・後処理を行ない炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の引張強度は5.5GPaであり、引張弾性率は240Gaであった。結果を表1に示す。
【0098】
(比較例2)
ポリマー[A]を付与しなかったこと以外は、実施例2と同様に単繊維繊度が7dtexの乾燥糸を得た。得られた乾燥糸の加圧水蒸気延伸限界倍率は7.9倍であり、実施例2と比べて劣っていた。さらに、実施例2と同様にして、二次延伸倍率を7倍として単繊維繊度1dtexの炭素繊維前駆体の繊維(束)を作成した。得られた繊維(束)は毛羽が多く品位に劣り、焼成工程を通過せず炭素繊維を作成することはできなかった。結果を表1に示す。
【0099】
(実施例3)
付与するポリマーを上記A−2(ポリマー[A])に変更したこと以外は、実施例1と同様の方法で単繊維繊度4dtexの乾燥糸を作成し、加圧水蒸気延伸限界倍率を測定した。さらに、実施例1と同様にして、二次延伸倍率を4倍として単繊維繊度1dtexの前駆体繊維を作成した。また、実施例1と同様の方法で焼成・後処理を行ない炭素繊維を得た。加圧水蒸気延伸限界倍率は9.9倍であり、得られた炭素繊維の引張強度は5.5GPaであり、弾性率は240GPaであった。前駆体繊維に毛羽はほとんど無く品位良好であった。また、操業性も問題なかった。結果を表1に示す。
【0100】
(実施例4)
付与するポリマーを上記A−3(ポリマー[A])に変更したこと以外は、実施例3と同様の製造測定等を実施した。加圧水蒸気延伸限界倍率は9.8倍であり、得られた炭素繊維の引張強度は5.1GPaであり、弾性率は240GPaであった。製糸工程においては毛羽や巻付きの発生がなく、炭素繊維前駆体の繊維(束)の品位は良好であったが、ポリマーの炭化残渣の影響か、炭素繊維の引張強度は若干低下した。結果を表1に示す。
【0101】
(比較例3)
付与するポリマーを上記A−4に変更したこと以外は、実施例3と同様の製造測定等を実施した。加圧水蒸気延伸限界倍率は7.8倍と、延伸性向上効果は見られなかった。また、得られた炭素繊維の引張強度は5.4GPaで弾性率は240GPaと、比較例1に対して優位性は見出せなかった。結果を表1に示す。
【0102】
(実施例5)
アミノ変性シリコーン系油剤3質量%の水エマルションに、0.3質量%の上記A−1(ポリマー[A])を添加し、溶解したものを調整し、これを乾燥前に繊維(束)に付与したこと以外は、実施例1と同様の方法で単繊維繊度4dtexの乾燥糸を得た。得られた乾燥糸の加圧水蒸気延伸限界倍率は10.0倍であり、実施例1と比較し遜色なかった。また、実施例1と同様、二次延伸倍率を4倍として単繊維繊度1dtexの炭素繊維前駆体の繊維(束)を作成した。得られた繊維(束)に毛羽はほとんどなく、品位良好であった。さらに、実施例1と同様の方法で焼成・後処理を行ない炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の引張強度は5.6GPaであり、引張弾性率は240Gaであった。結果を表1に示す。
【0103】
【表1】

【0104】
比較例1はポリマー[A]を添加せず、操業性および炭素繊維の強度を考慮した上で製糸工程全延伸倍率を最適化した例であり、本発明における実施例との比較の基準となる。また、比較例2のように、ポリマー[A]を添加しない場合、二次延伸前の乾燥糸単繊維繊度を7dtexとし、二次延伸倍率を8倍とすると、得られた前駆体繊維は毛羽が多くなり、操業性が悪いものであった。
【0105】
それに対し、ポリマー[A]を添加した実施例2においては、二次延伸限界倍率の向上が見られ、二次延伸前の乾燥糸単繊維繊度を7dtexとし、二次延伸倍率を7倍としても得られた炭素繊維前駆体の繊維(束)の品位は良好であり、得られた繊維(束)を焼成した炭素繊維も高強度であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアクリロニトリル系重合体を含む溶液を湿式紡糸し、得られた繊維(束)に、分子構造内にウレタン結合とポリアルキレングリコール鎖を有するポリマーを付与した後、延伸することを特徴とするポリアクリロニトリル系繊維の製造方法。
【請求項2】
ポリマー付与に加えて、焼成工程における単繊維融着防止用油剤を付与することを特徴とする請求項1記載のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法。
【請求項3】
ポリマーの数平均分子量が10,000〜500,000である請求項1または2記載のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法。
【請求項4】
ポリマーが水溶性のポリマーである請求項1〜3のいずれかに記載のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法。
【請求項5】
ポリマーとして、空気中で240℃の温度で2時間加熱後の残存率が0〜30%のポリマーを用いる請求項1〜4のいずれかに記載のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法。
【請求項6】
ポリマーを付与した後、加圧水蒸気延伸を行なう請求項1〜5のいずれかに記載のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかの製造方法により得られたポリアクリロニトリル系繊維を加熱炭化する炭素繊維の製造方法。

【公開番号】特開2011−208290(P2011−208290A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−74223(P2010−74223)
【出願日】平成22年3月29日(2010.3.29)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】