説明

ポリアミック酸、それからなるポリイミドフィルムおよびその製造方法、並びにフレキシブル回路基板

【課題】新規なポリイミドを与える前駆体として特定の構造を有するポリアミック酸を提供し、それからなるポリイミドが寸法安定性に優れ、さらには接着剤を介して金属箔と接着した場合の金属箔との剥離強度が高いポリイミドフィルムを得ることにある。
【解決手段】カルボキシ−4,4’− ジアミノジフェニルエーテルを0.1〜100モル%の割合で含有する芳香族ジアミンと、芳香族テトラカルボン酸二無水物またはその誘導体とから合成されるポリアミック酸と、これを熱的および/または化学的にイミド化させることにより得られるポリイミドフィルム。このポリイミドフィルムは線膨張係数が制御され、かつ接着剤を介し金属箔と圧着された際の剥離強度が高い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジアミンとテトラカルボン酸二無水物との重合体であるポリアミック酸、該ポリアミック酸を前駆体とするポリイミドよりなるフィルムおよびその製造方法、並びに前記ポリイミドフィルムを用いたフレキシブル回路基板に関するものである。更に詳しくは、寸法安定性に優れ、また接着剤を介して金属箔と接着した場合に、極めて大きな剥離強度を得ることのできるポリイミドフィルム、そのフィルムの製造方法およびそれを利用したフレキシブル回路基板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリイミドは、通常、主鎖に環状イミド結合を有するポリマーを指し、芳香族ポリイミドは、芳香環の共役による剛直な分子構造と、極性の高いイミド結合による分子鎖間の強固な結合力を有するため、高い耐熱性、機械特性、耐化学薬品性を持つ。現在工業的に利用されている一般的な合成方法としては、ジアミンとテトラカルボン酸二無水物とを等モルで重合させ、ポリイミドの前駆体であるポリアミック酸を得て、その溶液を乾燥させて所望のフィルムやコーティングとし、加熱または触媒等を用いてイミド化するというものである。こうして得られるポリイミドは、その特性から、成形加工して複写機の軸受けや自動車のタイヤホイール等の構造材に、またフィルムとしてフレキシブルプリント基板用、電線の絶縁被覆材等に広く使用されている。
【0003】
中でも、成長著しいエレクトロニクスの分野では不可欠な材料であり、銅箔などの金属箔と接着剤を介し積層したフレキシブル回路基板用のベースフィルムとして、高い絶縁性と耐熱性を有する材料として優れた効果を発揮している。しかし、高密度回路の形成に当たってポリイミドフィルムには金属箔との高い剥離強度が要求されているところ、必ずしも充分とは言えないために、微小パターン形成時に断線したり、長期的に使用された際に剥離することがあり、長期信頼性に欠けるという問題があった。この欠点を改良するために、ポリイミドフィルムに対するさまざまな電気、物理あるいは化学的処理が試みられてきたが、これらの処理はその処理工程に多くの試薬、時間、労力などを要するという問題があった。
【0004】
すなわち、ポリイミドフィルムの接着力を改質する方法としては、例えば、フィルム表面をプラズマ処理する方法(例えば、特許文献1参照)が知られている。この方法では、プラズマ処理の前に火炎処理を施すなど工程数が増えるばかりか、プラズマ処理によってフィルム表面に導入された水酸基や、カルボン酸基などの親水基も、環境内の空気(は疎水性であるため)との接触によってフィルム基材の内層方向に埋没してしまい、プラズマ処理後時間が経過するにつれて接着力が低下してしまうという問題があった。
【0005】
また、ポリイミドフィルムの表面処理として接着剤フィルムを接着する前に、シラン系カップリング剤を塗布したポリイミドフィルム(例えば、特許文献2参照)も知られている。しかし、この場合には、シラン系カップリング剤を塗布する工程が増え、シラン系カップリング剤のpHの調整に注意しなければ(低pHでは分子内の水素結合で環状分子が生成するためであり、一方高pHでは屈曲構造をとるため樹脂との相互作用が弱くなるためと考えられているが)、接着力が低下してしまうという問題があった。
【0006】
さらに、接着性に優れた熱可塑性ポリイミド(例えば、特許文献3参照)も知られているが、この場合には、熱可塑性のために製造工程において加熱された場合にポリイミドフィルム基板が沈み込むという欠点を有していた。
【0007】
さらにまた、硝酸処理を施した易接着性ポリイミド成型体(例えば、特許文献4参照)も知られている。しかし、該文献によれば、硝酸によって均一な表面処理を施すために前もってアルカリ処理が必要となる、或いは濃硝酸や発煙濃硝酸を取り扱う上でかなり注意を要し、処理装置等も高価になる、といった問題があった。
【0008】
ポリイミドフィルムは、上記剥離強度の他に、電子部品の高機能化に伴う寸法安定性が要求され、このため線膨張係数(単位温度(1℃)上昇した時の膨張率)が40×10−6/℃未満であることが好ましい。金属との組合せで寸法精度をあわせることは製品設計上非常に重要なことだからである。樹脂の線膨張係数は一般的な傾向として、金属より大きいが、代表的なポリイミドである4.4’−ジアミノジフェニルエーテルとピロメリット酸二無水物からなるポリイミドフィルムは、線膨張係数が40×10−6/℃未満で、その点においては問題はない。しかし、これまでのところ十分な剥離強度を得るまでには至っていない。
【特許文献1】特開平8−41227号公報
【特許文献2】特開平6−336533号公報
【特許文献3】特開2003−27014号公報
【特許文献4】特開平8−157629号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上述した従来技術における問題点の解決を課題として検討した結果なされたものであり、その目的とするところは、新規なポリイミドを与える前駆体として特定の構造を有するポリアミック酸を提供し、それからなるポリイミドが寸法安定性に優れ、さらには接着剤を介して金属箔と接着した場合の金属箔との剥離強度が高いポリイミドフィルムを得ることにある。
【0010】
また、本発明の他の目的は、ポリイミドフィルムの線膨張係数を制御し、金属箔との剥離強度を向上させるための処理に、多くの試薬、時間、労力などを必要とせず、大量生産に適し、低コストでかつ高品質の高剥離強度ポリイミドフィルムを製造する方法を確立することにある。
【0011】
さらに、本発明の目的は、前記ポリイミドフィルムを用いて薄く、軽く、柔軟性に富み、小型化と多機能化を両立するフレキシブル回路基板を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記の目的を達成するために鋭意検討した結果、下記一般式(I)で表されるカルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテルを0.1〜100モル%の割合で含有する芳香族ジアミンと、芳香族テトラカルボン酸二無水物またはその誘導体とから合成されたことを特徴とするポリアミック酸が、上記目的を効果的に達成することを見出し、本発明に至った。
【化1】

(ただし、式中のm、nは0を含む4以下の整数であり、(m+n)は1以上の整数である)
【0013】
前記カルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテルの中でも下記一般式(II)で表される3,3’−ジカルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテルであることを好ましい条件とする。
【化2】

【0014】
また、本発明のポリイミドフィルムは、前記ポリアミック酸からなることを特徴とし、下記一般式(III)および(IV)で示される構造単位を有することをその要旨とする。
【化3】

【化4】

(ただし、式中のR1は、下記一般式で示される基のいずれかであり、
【化5】

式中のR2は、下記一般式で示される基のいずれかであり、
【化6】

また、式中のX:Yのモル比は0.1:99.9〜100:0である。)
【0015】
接着剤を介して銅箔と熱圧着した際に、下記の方法により測定した剥離強度が10N/cm以上であること、線膨張係数が40×10−6/℃未満であること、はいずれも本発明の好ましい条件として挙げられる。
(剥離強度:接着剤フィルムであるパイララックスR(デュポン社の登録商標)LF−0100を用いて、ポリイミドフィルムと銅箔(厚み35μm、ジャパンエナジー社製BAC−13−T)とを、180℃、4.4×10Paで60分間加熱圧着し、得られた積層体をJIS C5016−1994に記載の方法で引き剥がした強さを剥離強度とする。
線膨張係数:線膨張係数は島津社製TMA−50により、温度範囲50℃から200℃、昇温速度10℃/minの条件で測定する。)
【0016】
さらに本発明のポリイミドフィルムの製造方法は、前記ポリアミック酸溶液を製膜した後、これを熱的および/または化学的にイミド化することを特徴とする。
【0017】
また、本発明のフレキシブル回路基板は、前記ポリイミドフィルムに接着剤を介して金属箔を圧着してなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、新規なポリアミック酸が提供され、該ポリアミック酸を前駆体とするポリイミドからなるフィルムは、線膨張係数が40×10−6/℃未満であり寸法安定性に優れ、さらに接着剤を介して金属箔に圧着された際に10N/cm以上の剥離強度を有するポリイミドフィルムを得ることができる。このポリイミドフィルムは長期信頼性に優れたフレキシブル回路基板用のベースフィルムとして利用することが可能である。
また、ポリイミドフィルムの線膨張係数を制御し、銅箔との剥離強度を向上させるための処理に、多くの試薬、時間、労力などを必要とせず、大量生産に適し、低コストでかつ高品質のポリイミドフィルムを製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明について具体的に詳述する。
本発明のポリアミック酸の合成には、芳香族ジアミンと芳香族テトラカルボン酸二無水物またはその誘導体が使用され、これらを等モル反応させることにより得られる。そして特に芳香族ジアミンに前記式(I)で表されるカルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテルを含有することが必須の条件である。この芳香族ジアミンを含有しない場合には、最終的に得られるポリイミドフィルムが、目的とする剥離強度を示さないからである。従来の代表的ポリイミドには芳香族ジアミンとして4,4’−ジアミノジフェニルエーテルを使用していた。この化合物は、2つのアミノ基が結合に関与するためにポリマー形成後は芳香環に置換基が残らず、接着剤フィルムとの接着力において、フリーのカルボキシ基を有する本発明のカルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテルの方が優れているのである。
【0020】
本発明のポリアミック酸に使用されるカルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテルの添加量は、組み合わされるその他の芳香族ジアミンや芳香族酸無水物などによって異なり一義的には決定できないが、一般的には0.1〜100モル%、好ましくは1〜50モル%、より好ましくは1〜20モル%の範囲とすることが重要である。この場合のモル%は、全芳香族ジアミンを100モル%としたときのカルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテルの占める割合を指す。添加量が前記範囲未満の場合は、目的とする剥離強度が得難いからであり、添加量が多いと組み合わされる他の成分との関係で吸水率が増加する傾向があるため好ましくない場合が生じうる。
【0021】
前記カルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテルのカルボキシル基の置換基数は1つ以上であり多置換であってもかまわない。置換基数が3より多い場合には置換基数2の場合に比して相対的に使用量を少なくすることが望ましい。このカルボキシ基は接着強度を向上させるものであるが、同時にポリイミドフィルムを親水化するものでもあるため、吸水率の増加によって寸法安定性に影響を及ぼすおそれがあるからである。さらに、カルボキシル基の置換位置は任意の位置であり、その具体例としては2,6’−ジカルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテル、3,3’−ジカルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテルおよび2,3’−ジカルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテルが挙げられる。しかし、合成面での簡便さの観点から3,3’−ジカルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテル(前記式(II)参照)を用いることは好ましい条件である。
【0022】
本発明では、前記カルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテル以外に以下の芳香族ジアミン類(以下「その他の芳香族ジアミン類」ということがある)を一種以上適宜組み合わせて使用できる。具体的には、パラフェニレンジアミン、メタフェニレンジアミン、ベンジジン、パラキシリレンジアミン、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル、3,4’−ジアミノジフェニルエーテル、4,4’−ジアミノジフェニルメタン、4,4’−ジアミノジフェニルスルホン、3,3’−ジメチル−4,4’−ジアミノジフェニルメタン、1,5−ジアミノナフタレン、3,3’−ジメトキシベンジジン、1,4−ビス(3メチル−5アミノフェニル)ベンゼン、3,3’カルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルメタン、2,6’−ジカルボキシ−4,4’−ジアミノビフェニル、3,3’−ジカルボキシ−4,4’−ジアミノビフェニルおよびこれらのアミド形成性誘導体が挙げられる。これらのうち、入手が容易で代表的ポリイミドに使用されている4,4’−ジアミノジフェニルエーテルが特に好ましい。これは、本発明の前記カルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテルと構造上類似し、ポリアミック酸の合成においても両者が均等に反応するからであり、ポリアミック酸分子鎖にランダムにカルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテル単位が分散することとなって、フィルムに成形した後の接着力も均質なものが得られるからである。
【0023】
また、3,3’カルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルメタンを用いると、ポリイミドフィルムとしたときのヤング率の制御のために使用することができる。当該使用量は1〜10モル%の範囲とすることが好ましい。なお、ヤング率は、JISK7113に準じて、室温でORIENREC社製のテンシロン型引張試験器により、引張速度100mm/分にて得られる張力−歪み曲線において、初期立ち上がり部の勾配から求めた値である。ヤング率は、2.5Gpa以上7Gpa以下であることが必要であり、2.5Gpa未満の場合はハンドリング性を、7Gpaより大きい場合はフレキシビリティを、それぞれ損なうので好ましくない。
【0024】
さらに、2,6’−ジカルボキシ−4,4’−ジアミノビフェニルおよび/または、3,3’−ジカルボキシ−4,4’−ジアミノビフェニルを用いると、ポリイミドフィルムとしたときの剥離強度を向上させる効果がある。
【0025】
前記のその他の芳香族ジアミン類の使用モル数は、カルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテルとの合計のモル数が、ポリアミック酸の合成系における芳香族テトラカルボン酸のモル数と実質上等モルまで添加することができる。ポリアミック酸は芳香族ジアミンと芳香族テトラカルボン酸の交互重合体であり、等モル反応が基本だからである。
【0026】
本発明のポリアミック酸のもう一つの構成成分である芳香族テトラカルボン酸二無水物またはその誘導体について説明する。前記芳香族テトラカルボン酸二無水物またはその誘導体の具体例としては、ピロメリット酸、3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸、2,3’,3,4’−ビフェニルテトラカルボン酸、3,3’,4,4’−ベンゾフェノンテトラカルボン酸、2,3,6,7−ナフタレンジカルボン酸、2,2−ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)エーテル、ピリジン−2,3,5,6−テトラカルボン酸およびこれらのアミド形成性誘導体が挙げられる。ポリアミック酸の製造にあたっては、これらの芳香族テトラカルボン酸類の酸無水物が好ましく使用される。前記芳香族テトラカルボン酸類の酸無水物は二種以上を組み合わせて使用することもできる。これらのうち、入手が容易で代表的ポリイミドに使用されている実績の観点から、ピロメリット酸二無水物が特に好ましい。
【0027】
本発明においてポリアミック酸を構成する芳香族テトラカルボン酸類と芳香族ジアミン類とは、それぞれのモル数が実質上等しくなる割合で重合されるが、その一方が10モル%の範囲内で他方に対して過剰に配合されることが好ましく、5モル%の範囲内で他方に対して過剰に配合されることもより好ましい。過剰に配合された成分は後に未反応モノマーとして残留することになるが、少ない方の成分が略完全に重合に利用される為、後のフィルム形成過程で残留成分を容易に除去できるからである。本発明において過剰に配合する成分としては、その他の芳香族ジアミン類の方を選択するのが好ましい。特にその他の芳香族ジアミン類として4,4’−ジアミノジフェニルエーテルは工業的に大量に生産され、コスト的にも、入手のし易さの点でも、あるいは残留成分の除去の容易性の点でも有利だからである。
【0028】
次に、本発明のポリアミック酸の重合について説明する。本発明のポリアミック酸は前記の通り芳香族テトラカルボン酸類と芳香族ジアミン類との重合反応により生成する。反応に際しては、各成分を溶解する有機溶媒を使用することが好ましい。溶媒はすべての反応成分およびポリアミック酸生成物と実質上非反応性であることが望ましく、そのような溶媒として、具体的には、ジメチルスルホキシド、ジエチルスルホキシドなどのスルホキシド系溶媒、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジエチルホルムアミドなどのホルムアミド系溶媒、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジエチルアセトアミドなどのアセトアミド系溶媒、N−メチル−2−ピロリドン、N−ビニル−2−ピロリドンなどのピロリドン系溶媒、フェノール、o−,m−,またはp−クレゾール、キシレノール、ハロゲン化フェノール、カテコールなどのフェノール系溶媒、あるいはヘキサメチルホスホルアミド、γ−ブチロラクトンなどの非プロトン性極性溶媒を挙げることができ、これらを単独又は混合物として用いるのが望ましいが、さらにはキシレン、トルエンのような芳香族炭化水素の使用も可能である。これらのうち、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミドが重合反応および後のフィルム成形工程における操作性、コストなどの点で好ましい。
【0029】
本発明で用いる前記有機溶媒の使用量は、反応成分(芳香族テトラカルボン酸類と芳香族ジアミン類)として5〜40重量%で含有するのが好ましく、10〜30重量%で含有するのがより好ましい。この濃度に設定することにより、得られるポリアミック酸の分子量が最適に制御できるからである。本発明においてポリアミック酸溶液を得るための反応手順としては、有機溶媒中に芳香族ジアミンを添加し溶解したのち、別途準備した芳香族テトラカルボン酸二無水物を有機溶媒に溶解した溶液を添加する方法、または有機溶媒中に芳香族テトラカルボン酸二無水物を添加し溶解したのち、別途準備した芳香族ジアミンを有機溶媒に溶解した溶液を添加する方法、後に添加する成分を固体状態のまま添加する方法などいずれの方法でも可能である。このとき芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンの添加量は、前記の通り一方を多く添加することも、或いは実質的に等モルとすることもできる。通常の重合反応は、カルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテル等の芳香族ジアミン類を前記溶媒に溶解しておき、これに、前記溶媒に芳香族テトラカルボン酸二無水物を溶解した溶液を添加する方法が採用される。
【0030】
前記重合反応は、不活性雰囲気中で前記の添加方法に従ってゆっくりと撹拌および/または混合しながら、0〜80℃の温度の範囲で、10分〜30時間連続して進めるのが好ましく、必要により重合反応を分割したり、温度を上下させてもかまわない。また数種の芳香族テトラカルボン酸類および/または芳香族ジアミン類を使用する場合にあっては、それぞれのモノマーを溶解させた溶液を交互に添加することによってブロックポリマーを生成することもできる。さらに、重合反応中に真空脱泡することは、重合反応の進行を阻害する酸素などを除去し溶液内を均一化するので、良質なポリアミック酸の溶液を製造するために有効な方法である。
【0031】
また、重合反応の前に芳香族ジアミン類に少量の末端封止剤、例えばアニリン、4−アミノビフェニル、2−ナフチルアミン、無水フタル酸、3,4−ジフェニルエーテルジカルボン酸無水物、1,8−ナフタレンジカルボン酸無水物などを、芳香族ジアミン類および芳香族テトラカルボン酸二無水物の全モル数に対し、1〜10モル%の範囲で添加することによって、分子量の調整など重合反応の制御を行ってもよい。
【0032】
次に、本発明のポリイミドフィルムおよびその製造方法について説明する。本発明のポリイミドフィルムは、前記ポリアミック酸を前駆体とするフィルムをイミド化することにより得られる。芳香族ポリイミドは、前記の通り、芳香環の共役による剛直な分子構造と、極性の高いイミド結合による分子鎖間の強固な結合力を有するので、一般的には熱可塑性を有さず、また溶媒に対して難溶性であるため、成形に際しては前駆体であるポリアミック酸を利用するのである。ポリアミック酸の溶液は、重合反応系の溶液をそのまま使用しても良いし、一旦ポリアミック酸を精製して未反応モノマーを除去し、フィルム形成用の溶媒に再溶解させて調製することもできる。本発明のフィルム形成用のポリアミック酸溶液の粘度は、安定した送液のため、ブルックフィールド粘度計による測定値で10〜2000Pa・sの範囲が好ましく、100〜1000Pa・sの範囲がより好ましい。この範囲の粘度がフィルム形成に際し均一な膜厚を形成し、溶液を塗布した際の適度な広がりが得られるからである。なお、溶液中のポリアミック酸は部分的にイミド化されていてもよい。
【0033】
前記ポリアミック酸溶液を支持体上にキャストし、150℃以下の温度で約5〜120分間加熱して自己支持性のポリアミック酸フィルムを得る。次いで、得られたポリアミック酸フィルムを支持体から引き剥がし、枠体により端部を固定する。その後、200℃以上500℃以下の温度、好ましくは200℃〜400℃で徐々に加熱して、1〜5時間、好ましくは2〜3時間かけて熱処理を行うことによりポリイミドフィルムを得るのが好ましい。加熱により脱水・環化(イミド化)を進行させると同時に残留モノマーや溶媒を除去することもできるからである。なお、ここでいう支持体とは、ガラス、金属、高分子フィルムなど平面を有し、ポリアミック酸をこの上にキャストした場合に、キャストされたポリアミック酸を支持することができるものを意味する。また、キャストとは、ポリアミック酸溶液を支持体上に展開し溶媒を揮発させてフィルムを得ることを意味する。キャストの一例としては、バーコート、スピンコート、あるいは任意の空洞形状を有するパイプ状物質からポリアミック酸を押し出し、支持体上に展開する方法が挙げられる。
【0034】
前記加熱による方法以外にも、脱水剤と触媒を用いて閉環する化学的閉環法、あるいはその両者を併用した閉環法のいずれで行ってもよい。化学的閉環法で使用する脱水剤としては、無水酢酸などの脂肪族酸無水物、フタル酸無水物などの酸無水物などが挙げられ、これらを単独あるいは混合して使用するのが好ましい。脱水剤の濃度範囲はイミド基に対し200〜400モル%が好ましい。前記以上の濃度であっても反応に寄与しない成分濃度が増すだけであり、前記以下の濃度では、充分な効果を発揮しないからである。また、触媒としては、ピリジン、ピコリン、キノリンなどの複素環式第3級アミン類、トリエチルアミンなどの脂肪族第3級アミン類、N,N−ジメチルアニリンなどの芳香族第3級アミン類などが挙げられ、これらを単独あるいは混合して使用するのが好ましい。これらの触媒添加量は、使用する触媒によって一概には決定できないが、例えばβ−ピコリンを使用する場合にはイミド基に対し200〜400モル%の濃度範囲で使用される。なお、化学的閉環法による場合にイミド化を完了させたのちに300℃〜500℃で熱処理することによりフィルムの物性をより向上させることができる。
【0035】
また、上記キャストに先立って0.02〜10重量%となるように錫(II)塩または錫(IV)塩をポリアミック酸溶液に添加することができる。これによりさらなる接着性の改善が期待できるからである。
【0036】
こうして得られるポリイミドは、前記式(III)および式(IV)で示される構造単位を有することが特徴である。特に式(III)で示されるカルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテル単位を有するポリイミドによって剥離強度に優れた特性を発揮するのである。式(III)の構造単位Xと式(IV)の構造単位Yとの構成比率はX:Yが0.1:99.9〜100:0の範囲で剥離強度が所望の強さを有すること、後述する寸法安定性に影響しないような線膨張係数となることを基準に設定されるが、該構成比率は好ましくは3:97〜50:50、さらに好ましくは5:95〜20:80である。式(III)の構造単位が比較的少なくても、すなわちカルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテルを芳香族ジアミンとして少量添加したポリアミック酸を前駆体とするポリイミドを使用するだけで充分な剥離強度を得ることができるからである。ここで、本発明でいう剥離強度とは、接着剤フィルムであるパイララックスR(デュポン社の登録商標)LF−0100を用いて、ポリイミドフィルムと銅箔(厚み35μm、ジャパンエナジー社製BAC−13−T)とを、180℃、4.4×10Paで60分間加熱圧着することにより得られた積層体を、JIS C5016−1994に記載の方法で引き剥がした時の強さである。
【0037】
剥離強度は、ポリイミドフィルムに対し必要に応じてプラズマ処理、コロナ処理などの電気処理や、物理、化学処理を行うことによって、さらに向上させることが可能である。しかしながら、本発明では、前記処理を全く施さない状態で、上記方法により測定した値を剥離強度と定義する。この値はポリイミドフィルムが本質的に有する剥離強度を的確に再現するからである。
【0038】
本発明のポリイミドフィルムの剥離強度は、10N/cm以上、好ましくは13N/cm以上である。剥離強度が10N/cm未満の場合は、フレキシブル回路基板としての使用時に金属箔層の剥がれなどを生ずることがあるため好ましくない。
【0039】
また本発明のポリイミドフィルムの特性として線膨張係数が小さいことが挙げられる。本発明でいう線膨張係数は、島津社製TMA−50により、温度範囲50℃から200℃、昇温速度10℃/minの条件で測定する。線膨張係数は40×10−6/℃未満であることが重要であり、40×10−6/℃以上の場合には寸法安定性を損なうので好ましくない。通常樹脂と金属では、樹脂の方が線膨張係数が大きいため、本発明の一つの目的であるフレキシブル回路基板として使用する際に、金属箔との線膨張係数の差が大きいと剥離強度が大きくても、基板の形状にひずみを生じ易くなって好ましくないからである。
【0040】
本発明のポリイミドフィルムの厚みは3〜250μmであることが望ましい。すなわち、厚みが3μm未満では形状を保持することが困難となり、また250μmを越えると屈曲性に欠けるため、フレキシブル回路基板用途には適用しにくくなるからである。また、ポリイミドフィルムは、延伸および未延伸のものをいずれも使用することができる。さらに、加工性改善などを目的として10重量%以下の無機質または有機質の添加物を含有することも可能である。
【0041】
こうして得られた本発明のポリイミドフィルムは、線膨張係数は40×10−6/℃未満であり寸法安定性に優れ、接着剤を介して金属箔に圧着された際の剥離強度が10N/cm以上と高く、フレキシブル回路基板用ベースフィルムとして極めて有用である。
【0042】
本発明のフレキシブル回路基板は、上記のポリイミドフィルムをベースフィルムとし、これに接着剤を介して金属箔を圧着することによって得られるが、ここで用いられる接着剤としては、アクリル系、ポリイミド系およびエポキシ系接着剤などが挙げられる。特に限定するものではないが、接着剤フィルムであるパイララックスR(デュポン社の登録商標)が好適に使用できる。
【0043】
また、接着剤を介して本発明のポリイミドフィルムと熱圧着される金属箔は銅箔であることが好ましいが、アルミニウムなど他の金属箔でもかまわない。
【0044】
かくして得られる本発明のフレキシブル回路基板は、長期的に高い剥離強度を維持し、寸法安定性に優れるという性能を発揮する。
【実施例】
【0045】
以下の実施例によって本発明の効果をより具体的に説明する。なお、実施例中の各物性値は、以下の方法により測定した値である。
[剥離強度]
接着剤フィルムであるパイララックスR(デュポン社の登録商標)LF−0100を用いて、ポリイミドフィルム(厚み約50μm)と銅箔(厚み35μm、ジャパンエナジー社製BAC−13−T)とを、180℃、4.4×10Paで60分間加熱圧着し、得られた積層体をJIS C5016−1994に記載の方法で引き剥がした強さを剥離強度とする。
【0046】
[線膨張係数]
線膨張係数:線膨張係数は島津社製熱機械分析装置TMA−50により、温度範囲50℃から200℃、昇温速度10℃/minの条件で測定する。なお、この時使用するポリイミドフィルムのサンプル形状は厚み約50μm、長さ13mm、幅5mmである。
【0047】
[実施例1]
DCスターラーを備えた500mlセパラブルフラスコ中に、3、3’−ジカルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテル3.30g(11.5mmol)と4,4’−ジアミノジフェニルエーテル26.37g(131.7mmol)、N,N’−ジメチルアセトアミド239.1gとを入れ、窒素雰囲気下、室温で撹拌した。さらに30分から1時間後にかけてピロメリット酸二無水物30.29g(138.9mmol)を固体(粉体)状態で数回に分けて投入した。1時間撹拌した後、ピロメリット酸二無水物のN,N’−ジメチルアセトアミド溶液(6wt%)13.5gを30分かけて滴下し、さらに1時間撹拌した。
【0048】
得られたポリアミック酸溶液100.00gを、株式会社キーエンス社製ハイブリットミキサーを用いて5分脱泡した。このポリアミック酸混合物の一部をポリエステルフィルム上に取り、スピンコーターを用いて均一な膜を形成した。これを100℃で30分加熱し、自己保持性のポリアミック酸フィルムを得た。型からフィルムを剥離して、200℃30分、300℃30分、400℃5分で熱処理を行い、厚さ45μmのポリイミドフィルムを得た。得られたポリイミドフィルムの剥離強度および線膨張係数を測定した。
【0049】
[実施例2]
DCスターラーを備えた500mlセパラブルフラスコ中に、3、3’−ジカルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテル4.91g(17.0mmol)と4,4’−ジアミノジフェニルエーテル25.02g(125.0mmol)、N,N’−ジメチルアセトアミド239.1gを入れ、窒素雰囲気下、室温で撹拌した。さらに30分から1時間後にかけてピロメリット酸二無水物30.04g(137.7mmol)を数回に分けて投入した。1時間撹拌した後、ピロメリット酸二無水物のN,N’−ジメチルアセトアミド溶液(6wt%)12.3gを30分かけて滴下し、さらに1時間撹拌した。
【0050】
得られたポリアミック酸から、実施例1と同様の方法を用いて、厚さ48μmのポリイミドフィルムを得た。得られたポリイミドフィルムの剥離強度および線膨張係数を測定した。
【0051】
[実施例3]
DCスターラーを備えた500mlセパラブルフラスコ中に、3、3’−ジカルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテル6.09g(21.1mmol)と4,4’−ジアミノジフェニルエーテル24.02g(120.0mmol)、N,N’−ジメチルアセトアミド239.1gを入れ、窒素雰囲気下、室温で撹拌した。さらに30分から1時間後にかけてピロメリット酸二無水物29.86g(137.9mmol)を数回に分けて投入した。1時間撹拌した後、ピロメリット酸二無水物のN,N’−ジメチルアセトアミド溶液(6wt%)12.6gを30分かけて滴下し、さらに1時間撹拌した。
【0052】
DCスターラーを備えた200mlセパラブルフラスコ中に、上記で得られたポリアミック酸100.00gを入れ、−10℃で1時間冷却した。これにβ−ピコリン12.0gと無水酢酸12.5gを加え、真空下で30分撹拌した。このポリアミック酸混合物の一部をガラス板上に取り、アプリケータを用いて均一な膜を形成した。これを90℃で15分時間熱処理を行い、得られたフィルムをガラス板から引き剥がし金枠に固定した。これを200℃30分、300℃30分、400℃5分で熱処理を行い、厚さ?μmのポリイミドフィルムを得た。得られたポリイミドフィルムの剥離強度および線膨張係数を測定した。
【0053】
[比較例1]
DCスターラーを備えた500mlセパラブルフラスコ中に、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル38.48g(190mmol)、N,N’−ジメチルアセトアミド320.00gを入れ、窒素雰囲気下、室温で撹拌した。さらに30分から1時間後にかけてピロメリット酸二無水物40.27g(185mmol)を数回に分けて投入した。1時間撹拌した後、ピロメリット酸二無水物のN,N’−ジメチルアセトアミド溶液(6wt%)22.01gを30分かけて滴下し、さらに1時間撹拌した。
【0054】
得られたポリアミック酸から、実施例1と同様の方法を用いて、厚さ48μmのポリイミドフィルムを得た。得られたポリイミドフィルムの剥離強度および線膨張係数を測定した。
【0055】
上記の結果を下記表1に示す。この表から明らかなように、本発明のポリイミドフィルム(実施例1〜3)は、比較例1のポリイミドフィルムに比べて、剥離強度および線膨張係数が改質されていた。
【0056】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0057】
以上説明したように、本発明によるポリアミック酸を前駆体とするポリイミドから得られるフィルムは、線膨張係数が40×10−6/℃未満に制御され、かつ接着剤を介して金属箔と接着した場合に、10N/cm以上の剥離強度を発現するフィルムを得ることができ、このポリイミドフィルムは、長期信頼性に優れたフレキシブル回路基板用のベースフィルムとして利用することが可能である。
【0058】
また、本発明によれば、線膨張係数を制御し、金属箔との剥離強度を向上させるための処理に、多くの試薬、時間、労力などを必要とせず、大量生産に適し、低コストでかつ高品質の高剥離強度ポリイミドフィルムを製造することができるため、この分野へ与える貢献度が高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)で表されるカルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテルを0.1〜100モル%の割合で含有する芳香族ジアミンと、芳香族テトラカルボン酸二無水物またはその誘導体とから合成されたことを特徴とするポリアミック酸。
【化1】

(ただし、式中のm、nは0を含む4以下の整数であり、(m+n)は1以上の整数である)
【請求項2】
前記カルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテルが下記一般式(II)で表される3,3’−ジカルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテルであることを特徴とする請求項1記載のポリアミック酸。
【化2】

【請求項3】
請求項1または請求項2記載のポリアミック酸を前駆体とするポリイミドからなるフィルム。
【請求項4】
下記一般式(III)および(IV)で示される構造単位を有することを特徴とする請求項3に記載のポリイミドフィルム。
【化3】

【化4】

(ただし、式中のR1は、下記一般式で示される基のいずれかであり、
【化5】

式中のR2は、下記一般式で示される基のいずれかであり、
【化6】

また、式中のX:Yのモル比は0.1:99.9〜100:0である。)
【請求項5】
接着剤を介して銅箔と熱圧着した際に、下記の方法により測定した剥離強度が10N/cm以上であることを特徴とする請求項3または4に記載のポリイミドフィルム。
(剥離強度:接着剤フィルムであるパイララックスR(デュポン社の登録商標)LF−0100を用いて、ポリイミドフィルムと銅箔(厚み35μm、ジャパンエナジー社製BAC−13−T)とを、180℃、4.4×10Paで60分間加熱圧着し、得られた積層体をJIS C5016−1994に記載の方法で引き剥がした強さを剥離強度とする)
【請求項6】
下記方法で測定した線膨張係数が40×10−6/℃未満であることを特徴とする請求項3〜5のいずれか1項に記載のポリイミドフィルム。
(線膨張係数:線膨張係数は島津社製TMA−50により、温度範囲50℃から200℃、昇温速度10℃/minの条件で測定する)
【請求項7】
請求項1または請求項2記載のポリアミック酸溶液を製膜した後、これを熱的および/または化学的にイミド化することを特徴とするポリイミドフィルムの製造方法。
【請求項8】
請求項3〜6のいずれか1項に記載のポリイミドフィルムに接着剤を介して金属箔を圧着してなることを特徴とするフレキシブル回路基板。

【公開番号】特開2008−239930(P2008−239930A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−86817(P2007−86817)
【出願日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【出願人】(000219266)東レ・デュポン株式会社 (288)
【Fターム(参考)】