説明

マイクロニードルスタンパーの製造方法

【課題】マイクロニードルシートは、母材に凹部を形成したスタンパーにニードル原料を注入して作製するが、スタンパーの先端にあたる凹部の尖鋭度を高くするのは、容易でなかった。
【解決手段】シート状の母材と錐状の突起を有する原版を加熱する工程と、前記原版の突起を前記母材に挿入して原版に錐状凹部を形成する工程と、前記原版を前記母材の挿入したまま冷却する工程と、前記原版を前記母材から離型する工程と、前記母材を加熱する工程を有するスタンパーの製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚より薬物を注入するマイクロニードルを製造する為の、雌型の製造方法に関する物である。
【背景技術】
【0002】
マイクロニードルシートは、長さおよそ1μmから600μmで根元の断面径と長さの比率が断面径:長さ=1:1.5及至1:3と高いアスペクト比を有する微小針をシート基体上に所定の密度で配置したものである。これは人体の主として皮膚部分に当てて、マイクロニードル(以下単に「ニードル」ともいう。)を皮膚内の表皮部分に挿入し、薬物を注入するために用いられる。
【0003】
マイクロニードルの長さは数百μm程度であるので、ほとんど痒痛を伴わない。また、シートを皮膚から除去した際に、マイクロニードルが皮膚内に残留しても、人体に支障が生じないように、マイクロニードル部分は自己溶解性物質で形成される。
【0004】
図5を参照して、マイクロニードルシートの一般的な製造方法を説明する。マイクロニードルシートの原版90は、微細機械加工や真空処理、フォトリソグラフィーといった方法で作製される。ニードルの長さ93は上述したように数百μm以下の錐形状をしている。断面は円、角、楕円などがある。ニードルは微小なサイズであるので、原版板91からニードル92を削り出しで形成するのが好ましい。
【0005】
次にスタンパーの母材81に原版90を押しつけてスタンパー80(マイクロニードルシートの鋳型)を作製する。そして、スタンパー80に樹脂ポリマーの溶解液又は薬物85を流し込み、乾燥後、固定基材88に貼り付け剥離転写することで、マイクロニードルシート77を得ることができる(特許文献1参照)。
【0006】
ここで、スタンパー80の作製方法としては、母材81に原版90を押しつけるのではなく、原版90に溶解した樹脂を流し込んで乾燥後剥離する方法もある(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−245955号
【特許文献2】特開2008−006178号
【特許文献3】特開2009−083125号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
マイクロニードルは皮膚に貫入されるため、先端はできるだけ尖鋭度を高くする必要がある。そして、マイクロニードルシートは、作製されたスタンパーにニードルの原料を流し込み、作製される。従って、原料が流し込まれるスタンパーの凹部の底(マイクロニードルの先端にあたる)は尖鋭度の高い凹みでなければならない。しかし、母材に対して尖鋭度の高い凹みを形成するのは容易でないという課題があった。
【0009】
また、スタンパーにニードルの原料を流し込む観点からは、スタンパーの凹部は大変微小な寸法であるので、空気や表面張力によってマイクロニードルの原料は容易にスタンパーの凹部に充填されないという課題もあった。
【0010】
より具体的には、図5(c)で、スタンパー81に樹脂ポリマーの溶解液又は薬物85を流し込む際に、スタンパーの凹部に空気72が存在してしまい、スタンパーから剥離した際に空気72があった部分(73)については、ニードルが不完全な形状にしか形成できない(図5(d))ということである。
【0011】
この課題は、特許文献2および3にも開示されている。特許文献2では、スタンパーに原料を充填する際に、減圧状態で行うことが開示されている。また、特許文献3には原料側から加圧してスタンパーの凹部に充填させることが開示されている。しかし、多数のマイクロニードルを配置する場合は、いくつかの凹部に原料が充填されず作製が予定されたすべてのマイクロニードルを形成できない場合があるという課題は存在していた。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は上記課題に鑑みて想到されたもので、具体的には、
シート状の母材と錐状の突起を有する原版を加熱する工程と、
前記原版の突起を前記母材に挿入して錐状凹部を形成する工程と、
前記原版を前記母材の挿入したまま冷却する工程と、
前記原版を前記母材から離型する工程と、
前記母材を加熱する工程を有するスタンパーの製造方法を提供する。
【0013】
また、さらに本発明のスタンパーの製造方法は、
前記錐状凹部を形成する工程では、
前記原版の突起は前記母材を貫通するまで挿入されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、温めたスタンパー部材に錐状突起を有する原版を挿入して錐状の凹部を設け、そのまま冷却してから離型するので、錐状突起によって変形されたスタンパー部材には応力が残存したまま凹部が形成される。そして錐状突起を離型した後、スタンパー部材を加熱すると、応力が開放され、凹部が埋められるように再変形が生じる。これは凹部の底を狭める方向に母材が再変形するので、先鋭度の高い凹部を形成することができる。
【0015】
また、予め凹部の底に、スタンパーの反対面まで貫通する貫通孔を形成しておき、上記の方法でスタンパー部材を再変形させると、微小貫通孔を形成することができる。微小貫通孔を有するスタンパーの凹部は、マイクロニードル部材の塗布の際に空気が溜まっていたとしても、空気が容易に抜ける。従って、すべてのスタンパーの凹部に原料を充填することができ、予定されたすべての本数のマイクロニードルが形成されたマイクロニードルシートを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明のスタンパーの概略図である。
【図2】本発明のスタンパーの製造工程を示す図である。
【図3】本発明のスタンパーの製造工程の詳細を示す図である。
【図4】本発明のスタンパーを用いたマクロニードルシートの製造工程を示す図である。
【図5】従来のスタンパーを用いたマイクロニードルシートの製造工程を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(実施の形態1)
図1に本発明のマイクロニードルシートのスタンパー1を示す。スタンパー1はシート状の母材2に錐状の凹部3が形成されたものである。母材2の材質は特に限定されるものではないが、医薬品であるため、コンタミネーション(汚染)が出にくい材質または人体に影響のない材質が良い。また、本発明のスタンパー1は、熱収縮によって尖鋭度の高い先端を有する凹部形状を形成するので、PTFE、ポリプロピレン、ポリエチレンなどのプラスチックが好適に用いられる。
【0018】
凹部3の底部分には母材の他の面に貫通する貫通孔4が形成されている。貫通孔4はマイクロニードルの先端を形成する部分になるので、その径は小さいことが好ましい。機能的には、原料が凹部3に充填されるように、凹部に溜まった空気が抜ければよく、常に有限長の径の孔があいていなくてもよい。すなわち、圧力がかかった際に空気が抜けさえすれば、通常は閉じているように見えてもよい。具体的には十数ミクロン若しくはそれ以下であるのが好ましい。
【0019】
マイクロニードルの設置密度や設置分布は特に限定されるものではなく、用途・目的によって随時決定されてよい。図面では、簡単のため、4本のマイクロニードルを有するマイクロニードルシートを作製するためのスタンパーで説明する。
【0020】
次に本発明のスタンパーの製造方法を例示する。図2(a)を参照して、原版10は平面状の本体11に錐状の突起12を形成させたもので、材質は特に限定されないものの、加工性に優れた金属が好適に利用できる。また、本発明では、母材の軟化点温度付近まで加熱されるので、その程度の温度で硬度が維持できる材質がよい。また、錐状の突起は微小である為、被切削性の高い材料が好ましい。例えば、銅、アルミ、ニッケル、シリコンなどが利用できる。また、突起12は本体11からの削り出しによる加工のほか、フォトリソグラフィーを用いた方法で形成してもよい。
【0021】
突起12は、本体11上に高さ1μmから600μm程度の高さ13を有する。マイクロニードルシートを用いて薬物等を注入させる表皮は、角質層、顆粒層、有棘層、基底層で形成されるが、角質層は体の部位によって厚さが異なるので、経皮投与させたい体の部位と薬物によってマイクロニードルの高さは変更される場合があるからである。
【0022】
突起12は、スタンパーによって形成されたマイクロニードルの根元の断面径と長さの比率が、断面径:長さ=1:1.5及至1:3の比較的高いアスペクト比を有する針形状になるように形成される。マイクロニードルは、使用する部位によって変更される場合があるからである。その断面形状には特に限定はなく、円形、楕円形、正方形を含む方形などが好適に適用される。また、突起表面に溝が形成されていてもよい。その溝形状が反映されたマイクロニードルは、皮膚への挿入をスムースにできる場合があるからである。
【0023】
母材2の厚み5は突起12の長さ13よりも薄い。突起12の先端は母材2を貫通し、貫通孔4を形成させるためである。母材2に形成される貫通孔4の直径は、数十ミクロン程度になるように、突起12の先端形状と母材2の厚み5から設定することができる。本発明では熱収縮で貫通孔4を収縮することができるので、原版10の突起12が母材2を貫通する際の貫通径4aはスタンパー1の貫通孔4より数倍大きくてもよいからである。
【0024】
まず、原版10と母材2は予め加熱14する。加熱温度は母材2の溶融温度より低い温度である。母材2の軟化点温度付近であれば好ましい。本発明のスタンパーの凹部の形成には、母材2に応力を残したまま塑性変形させる工程を経るからである。原版10の温度が母材2の溶融温度より高いと、母材2が溶融してしまい、原版10の突起12の形状に沿った凹部3を形成することができない。また、原版10の温度が母材2の温度に比較して低すぎると、再変形をさせる際に必要な応力が残留しない。
【0025】
次に加熱された原版10を加熱された母材2に突き刺す(図2(b))。そして、原版10を母材2に突き刺したまま、常温まで冷却し、原版10を離型する(図2(c))。図3(a)には、加熱された原版10の突起12が加熱された母材2に突き刺された部分の拡大図を示す。母材2において突起12が挿入された部分(符号26)では、突起12によって母材が押し広げられるため、分子が圧縮された状態になる。この圧縮された部分を凹部表面層26と呼ぶ。
【0026】
図3(b)を参照して、冷却後原版10を離型すると、貫通孔を有する凹部表面層26には応力27が蓄積されたままの状態で形状を保持されている。なお、図3(b)では、左右の矢印2つに符号をつけたが、残りの矢印も応力を示す。また、この時できる貫通孔は貫通孔4aである。
【0027】
図2(d)に戻って、冷却後、原版10が離型された母材2を再び加熱する。この時加熱する温度は、軟化点温度付近であり、溶融温度以下が好ましい。この範囲内の温度であれば、凹部表面層の応力開放によって変形が可能だからである。
【0028】
図3(c)を参照して、加熱された母材2の凹部表面層では、応力が開放されるため、自由空間に向かって(28)表面層が移動する。この熱収縮による再変形によって、貫通孔は収縮し尖鋭度の高い凹部を形成することができる。さらに、図3(b)の原版を離型した場合と比較して、貫通孔の径(4aφ)は、収縮によって小さく(4φ)なる。具体的な例として、母材2がポリエチレンの場合で90℃、10秒程度保持させると貫通孔が直径40μmが10μmにまで収縮させる事が可能となり、微小のマイクロニードルが作製可能となる。
【0029】
以上のようにして作製されたスタンパーでマイクロニードルシートを作製する。図4を参照して、マイクロニードルシートは、ニードル原料20をスタンパー1に塗布することで作製する(図4(a))。ニードル原料20は、体内に残留せずに排出される材料を用いるのが好適である。マイクロニードルシートを皮膚からはがした際に、ニードル部分が折れたり、抜けたりして全部回収できない場合もある。その際、体内で吸収される材料であれば、安全だからである。具体的には洩糸性物質などを主成分とした材料であるのが好ましい。また、ニードル原料に薬物を予め混入させておいてもよい。ここで薬物とは生理活性作用を有する純粋な化学物質のことで、インスリン、成長ホルモン、エリスロポエチン、インターフェロン等のペプチド蛋白薬や、高分子薬、ビタミンC等が挙げられ、これらを主成分とする物であっても良い。
【0030】
図4(a)を参照して、本発明のスタンパー1は、凹部3の底に貫通孔4が形成されているので、ニードル原料をスタンパーに注入するのは、塗布するだけでニードル原料は凹部へ充填される。すなわち、スタンパー1の凹部3の底に空気72があったとしても、貫通孔4を通って、容易に排出され、ニードル原料は凹部3に充填される。もちろん、塗布した後に加圧15してもよい(図4(b))。加圧すれば、スタンパーの凹部3の底にたまった空気はより容易に抜くことができる。
【0031】
また、多孔質の固体で形成した平面台18上にスタンパー1を配置し、平面台18の裏面から陰圧16をかけながらニードル原料20を塗布してもよい(図4(b)参照)。この場合も、スタンパーの凹部3へ容易にニードル原料20を注入することができる。また、平面台18の上面から加圧15し、裏面から陰圧16をかければさらによい。
【0032】
スタンパー1にニードル原料20を塗布した後、乾燥させ、スタンパーから剥離することでマイクロニードルシート30が完成する(図4(d)参照)。スタンパー1からの剥離は、固定基材88を乾燥したニードル原料20の裏面から貼り付け、スタンパーから引きはがす。スタンパーから剥離したマイクロニードルシート30に、薬物が仕込まれていない場合は、スタンパーから剥離後、ニードル部分31に薬物を散布するなどする。
【0033】
また、このようにして作製したマイクロニードル31の根元の断面径と長さの比率は、断面径:長さ=1:1.5及至1:3の比較的高いアスペクト比を有する錐形状になるように形成される。
【0034】
以上のように本発明のスタンパーは、ニードルを形成する凹部の底にスタンパーの対向面まで貫通する微小貫通孔が穿設されているので、凹部に空気が入っても容易に抜けるので、尖鋭度の高いニードルを作製できるマイクロニードルシートを得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は、薬物を表皮に注入するマイクロニードルシートだけでなく、基材上に微小突起を生成する方法に広く利用することができる。
【符号の説明】
【0036】
1 スタンパー
2 母材
3 凹部
4 貫通孔
5 母材厚み
10 原版
11 原版本体
12 突起
13 突起高さ
14 加熱
15 圧力
16 陰圧
18 多孔質固体の平面台
20 ニードル原料
26 凹部表面層
27 応力
28 凹部表面層の移動方向
30 マイクロニードルシート
31 ニードル
72 空気
77 マイクロニードルシート
80 従来のスタンパー
81 従来のスタンパー母材
85 ニードル原料
88 固定基材
90 原版
91 本体
92 突起
93 突起の長さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シート状の母材と錐状の突起を有する原版を加熱する工程と、
前記原版の突起を前記母材に挿入して錐状凹部を形成する工程と、
前記原版を前記母材の挿入したまま冷却する工程と、
前記原版を前記母材から離型する工程と、
前記母材を加熱する工程を有するスタンパーの製造方法。
【請求項2】
前記錐状凹部を形成する工程では、
前記原版の突起は前記母材を貫通するまで挿入される請求項1に記載されたスタンパーの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−78618(P2011−78618A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−234110(P2009−234110)
【出願日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)本発明は独立行政法人科学技術振興機構が(株)バイオセレンタックに委託した平成20年度独創的シーズ展開事業 革新的ベンチャー活用開発一般プログラムに係る「2層マイクロニードル製造装置」の成果によるものであり、産業技術力強化法第19条の適用を受けるものである。
【出願人】(000219314)東レエンジニアリング株式会社 (505)
【出願人】(502414389)株式会社バイオセレンタック (24)
【Fターム(参考)】