説明

マイクロフォーカスX線管及びそれを用いたX線装置

【課題】マイクロフォーカスX線管の許容負荷を増加させる。
【解決手段】
X線管の陰極の電子銃は熱電子を発生するカソード48と、その電子放射面49から放射された熱電子を細いビーム状の電子線18に集束する3個のグリッド電極(G1電極、G2電極、G3電極)52、54、56と、電子線18を静電偏向する2個の偏向電極(H1電極、H2電極)59、60とから成る。H1電極59とH2電極60の間に二等辺三角波の交流電圧が印加されることにより、電子線18は矢印64で示す方向に偏向され、それに伴いターゲット20上に形成される焦点32も同じ方向に移動する。その結果、ターゲット20上の焦点32の実質的な面積が増加するため、X線管の許容負荷を増加させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工業用又は医療用のX線透視装置などに好適なX線管及びそれを用いたX線装置に係り、特に極めて高精細で高輝度のX線を発生することができるX線管及びそれを用いたX線装置に関する。
【背景技術】
【0002】
X線管は、その発生X線を被検体に照射し、被検体を透過したX線の線量を測定し、その測定線量に基づいてX線画像を作成して、被検体の検査又は診断を行うX線装置に用いられている。X線管を搭載したX線装置は、工業用の分野では種々の製品の欠陥検査や異物検査などに、また医療用の分野ではX線透視装置やX線撮影装置などに広く利用されている。
【0003】
このようなX線装置では、被検体内の対象物が微小な場合に、よい検査あるいは診断を行うためには、対象物のできるだけ拡大された像を得ることが望ましい。そのためには、X線管のX線発生領域であるX線源(以下、焦点と呼ぶ)の大きさをできるだけ小さくする必要がある。このような要請を受けて、近年焦点の寸法が10μmという微小焦点のマイクロフォーカスX線管が普及し始めている。
【0004】
一方、X線装置において高画質のX線透視像を得るためには、X線管のX線を発生させる電子線電流(以下、X線管電流という)はできるだけ大きいことが要求される。例えば、食品中の異物検査などを感度の低いラインセンサーを使用して検査する工業用X線装置や、生産ライン上を流れている検査物(被検体)の画像をイメージインテンシファイア(I.I)カメラのシャッター機能を使用して一瞬の静止画像として得るインラインの自動検査用X線装置などでは、X線管電流の大電流化による感度向上が要求される。また、医療用X線装置においても、X線フィルム撮影とX線透視を兼用するX線透視撮影装置などの機器では、撮影時間を短縮するためにX線管電流の大電流化による感度向上が必要となる。
【0005】
しかし、マイクロフォーカスX線管では、X線管電流の大電流化を防げる因子として、陽極のターゲット上の微小焦点に衝突する電子線の電力による焦点面の温度上昇の問題がある。マイクロフォーカスX線管の場合、電子線を極めて細く絞って陽極のターゲットに入射させるため、衝突時の焦点面における熱入力密度は極めて大きい。そのため、従来のマイクロフォーカスX線管では、製造者が許容している電子線の電力(X線管電圧×X線管電流)値、すなわち許容負荷は焦点の大きい医療用X線管などに比べて極めて小さく設定されている。
【0006】
一方、本発明の対象とするマイクロフォーカスX線管の場合のような極めて小さい焦点を得るための電子線集束方法の一つとして、複数個の電極を用いて電子レンズを形成し、電子線を静電的に集束する静電集束方式がある。この方式のマイクロフォーカスX線管の例としては特許文献1〜特許文献4などに開示されている。
【特許文献1】特開2001−273860号公報
【特許文献2】特開2002−324507号公報
【特許文献3】特開2003−7236号公報
【特許文献4】特開2003−317996号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
マイクロフォーカスX線管では、X線管電流の更なる大電流化が求められている。しかし、マイクロフォーカスX線管では、ターゲット上に形成される焦点の温度をターゲットの材料の融解温度以下にして使用しなければ、ターゲットの表面状態の劣化、融解などを引き起こし、マイクロフォーカスX線管の破損につながることになる。回転陽極X線管のターゲットの焦点表面の最高温度TMAXは非特許文献1によれば数1の如く表され、ターゲットへの熱入力、焦点寸法、ターゲットの大きさ、ターゲット角度、回転陽極の毎秒回転数などに依存している。
【数1】

数1において、βはターゲット角度、kはターゲットの熱伝導率、aは温度伝導率(=k/cρ:cはターゲットの比熱、ρはターゲットの密度)、Qは許容負荷(熱入力)、fは焦点寸法、nは回転陽極(ターゲット)の毎秒回転数、mはターゲットの回転回数、rは焦点の軌道半径、Rはターゲットの半径、dはターゲットの厚さである。
【非特許文献1】X線研究協議会編、X線管およびX線装置の研究第5号(1957〜1960)、95頁、昭和36年1月、X線研究協議会発行
【0008】
そのため、マイクロフォーカスX線管の焦点寸法を変えずにX線管電流すなわち許容負荷を大きくするためには、
(1) ターゲットの直径を大きくする。
(2) 回転陽極の毎秒回転数を増加する。
などの方法が考えられるが、(1)の場合にはマイクロフォーカスX線管が現行品と比べて大型のX線管となってしまうという問題があり、また(2)の場合には回転陽極の毎秒回転数を増加することによって回転陽極を支持する軸受の寿命が短くなるという問題がある。
【0009】
上記に鑑み、本発明のマイクロフォーカスX線管及びそれを用いたX線装置では、マイクロフォーカスX線管の陰極の電子銃を改良することによってマイクロフォーカスX線管の許容負荷を増加して、X線管電流を大電流化することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明のマイクロフォーカスX線管(以下、X線管と略称する)は、電子を発生するカソードと、電子を細いビーム状の電子線に集束するための複数個の電極から成る電子集束系(以下、電子銃という)と、カソード及び電子銃を絶縁支持する電極絶縁支持部とを有する陰極と、陰極からの電子線が衝突してX線を発生するターゲットを有する陽極と、陰極と陽極を真空気密に封入する外囲器を備え、電子銃の複数個の電極はそれぞれ電子線を通過させるための開口を有し、それぞれの電極にカソード電位を基準にした電位を印加することにより、電子線を集束するための電子レンズを形成するX線管において、前記電子銃は少なくとも3個の電子線集束のためのグリッド電極と、前記電子線を静電的に偏向するための偏向電極を有する(請求項1)。
【0011】
また、本発明のX線管では、前記陽極は回転陽極で、前記ターゲットは円盤状をしている。
【0012】
また、本発明のX線管では、前記偏向電極は少なくとも2個の電極を有し、該2個の電極は前記電子線を挟んで、対向して配置される。また、前記偏向電極は棒状体であり、前記グリッド電極と前記ターゲットの間に前記陽極の中心軸と平行に配置される。
【0013】
また、本発明のX線管では、前記2個の偏向電極の間に前記電子線を静電的に偏向するための偏向電圧が印加される。
【0014】
また、本発明のX線管では、前記電子線の偏向において、前記電子線がターゲット上に形成する焦点の回転軌跡(以下、焦点軌道という)が前記陽極の中心軸と平行な方向に変位するように偏向する。また、隣接する焦点軌道が重なり合わないように前記電子線を偏向する。
【0015】
また、本発明のX線管では、前記2個の偏向電極の間に二等辺三角波交流の偏向電圧が印加される。
【0016】
また、本発明のX線管では、前記電子線の偏向は、前記陽極の回転速度と同期して行われる。また、前記電子線の偏向は前記陽極が1回転する間に、前記電子線が前記ターゲット上の焦点の位置で前記電子線のビームの前記陽極の中心軸方向の幅寸法(以下、ビーム長さ寸法という)よりも大きい距離だけ移動するように行われる。
【0017】
また、本発明のX線発生装置は、微小焦点を有するマイクロフォーカスX線管と、マイクロフォーカスX線管にX線管電圧を供給する高電圧電源と、マイクロフォーカスX線管の陰極のカソード及び電子銃に電圧を供給する陰極電源と、少なくともマイクロフォーカスX線管を内包し支持する容器と、容器内に充填され、マイクロフォーカスX線管を浸漬して、絶縁する絶縁油と、絶縁油の膨張、収縮を緩衝するために容器に取り付けられたベローズを含むX線発生装置において、前記マイクロフォーカスX線管は本発明のマイクロフォーカスX線管であり、前記陰極電源が前記マイクロフォーカスX線管の偏向電極に偏向電圧を供給する偏向電源を含む(請求項2)。
【0018】
また、本発明のX線発生装置では、前記マイクロフォーカスX線管が回転陽極X線管であり、前記マイクロフォーカスX線管の陽極を回転させるためのステータと、該ステータを駆動するステータ電源を含む。
【0019】
また、本発明のX線発生装置では、前記偏向電源は偏向電圧として二等辺三角波の交流電圧を発生する。
【0020】
また、本発明のX線装置は、X線を発生するX線発生装置と、X線発生装置にて発生し、被検体を透過したX線を検出するX線検出装置と、X線検出装置から出力される検出X線量に対応する信号を入力してX線画像を作成する画像形成装置と、X線発生装置、X線検出装置及び画像形成装置を制御する制御装置とを有するX線装置において、前記X線発生装置が本発明のX線発生装置である(請求項3)。
【0021】
また、本発明のX線装置では、前記X線発生装置に含まれる前記マイクロフォーカスX線管の電子線の偏向により生ずる焦点の移動を補償するために、前記X線発生装置を移動するX線発生装置移動機構を設けたものである(請求項4)。
【0022】
また、本発明のX線装置では、前記X線発生装置移動機構は前記X線発生装置を、前記マイクロフォーカスX線管の電子線の偏向により生ずる焦点の移動とは逆の方向に、焦点の移動距離と同じ距離だけ移動させる。
【0023】
また、本発明のX線装置では、前記X線発生装置移動機構は前記X線発生装置が前記マイクロフォーカスX線管の焦点の移動方向に移動するように支持し、ガイドするX線発生装置支持体と、前記X線発生装置を移動するための駆動力を生成する駆動力発生部と、前記駆動力を前記X線発生装置に伝達する駆動力伝達部を有する。また、前記駆動力発生部で発生する駆動力は焦点の移動方向とは逆の方向で、同じ移動距離だけ前記X線発生装置を移動させることができる力である。
【0024】
また、本発明のX線装置では、前記X線発生装置のマイクロフォーカスX線管の電子線の偏向による焦点の移動と、前記X線発生装置移動機構によるX線発生装置の移動とは、前記マイクロフォーカスX線管の陽極の回転と同期して行われる。また、前記マイクロフォーカスX線管の焦点の移動は陽極の回転と同期して前記焦点軌道が重ね合わないように、陽極が1回転する間に焦点長さ寸法以上の距離だけ行われる。
【発明の効果】
【0025】
本発明のX線管は、陰極の電子銃が少なくとも3個の電子線集束のためのグリッド電極と、電子線を静電的に偏向するための偏向電極を有しているので、グリッド電極にて電子線を細いビームに集束し、陽極のターゲット上にマイクロフォーカスを形成し、偏向電極によって電子線を偏向して、ターゲット上で焦点を移動することができる。焦点の移動により電子線が衝突する実質的な焦点面積が大きくなるため、焦点に入力できる負荷を大きくすることが可能となり、X線管の許容負荷、すなわち許容されるX線管電流を増加させることができる。その結果、焦点から放射されるX線量も増加させることができる(請求項1)。
【0026】
また、本発明のX線管では、陽極が回転陽極で、ターゲットが円盤状をしているので、ターゲットの円盤の傾斜面に陰極からの電子線によって形成される焦点の実質的な焦点面積は、先ず陽極の回転によって円形の焦点軌道を描くことによって増加し、次に電子線の偏向によって焦点軌道とは直交する方向に増加することになるので、二重に増加するため、焦点面積は従来品に比べ格段に大きくなり、X線管の許容負荷すなわち許容X線管電流を格段に大きくすることが可能となり、高精細なX線画像を得ることができる。
【0027】
また、本発明のX線管では、電子線を偏向する偏向電極は少なくとも2個の電極を有し、その2個の電極が電子線を挟んで配置されているので、2個の電極間に電位差を与えることにより、電子線と電極が並んだ方向に電子線を静電的に容易に偏向することができる。また、偏向電極が棒状体で、陰極のターゲットに最も近い位置に、陽極の中心軸と平行に配置されているので、電子線の偏向は陽極の中心軸と同じ方向に行うことができ、この偏向によって、電子線によってターゲット上に形成される焦点はターゲットの傾斜面に沿ってターゲットの回転方向とは直交する方向に移動する。
【0028】
また、本発明のX線管では、2個の偏向電極の間に電子線を静電的に偏向するための偏向電圧が印加されるので、この偏向電圧によって形成される電界により電子線は容易に偏向され、その電子線の偏向方向は偏向電極の対向する面と直交する方向と平行となる。
【0029】
また、本発明のX線管では、電子線の偏向において、ターゲット上の焦点軌道が陽極の中心軸と平行な方向に変位するように偏向しているので、この電子線の偏向により、焦点の実質的な面積は焦点軌道と直交する方向に増加するため、焦点に入力できるX線管の許容負荷すなわち許容X線管電流を増加させることができる。また、隣接する焦点軌道が重なり合わないように電子線を偏向しているので、隣接する焦点軌道でオーバーラップして熱入力を受ける焦点面がなくなり、X線管の許容負荷すなわち許容X線管電流を更に増加させることができる。
【0030】
また、本発明のX線管では、2個の偏向電極の間に二等辺三角波交流の偏向電圧が印加されるので、電子線は単位時間当たりほぼ等距離偏向されることになり、その結果電子線によって形成される焦点の移動も陽極の1回転当たりほぼ等距離ずつ行われ、陽極の1回転当たりの焦点軌道の移動はほぼ等距離ずつ行われることになる。
【0031】
また、本発明のX線管では、電子線の偏向が陽極の回転速度と同期して行われるので、電子線によってターゲットに形成される焦点及び焦点軌道を陽極の回転速度と同期して移動することが可能となる。また、電子線の偏向は、陽極が1回転する間に、焦点及び焦点軌道が陽極の中心軸方向にビーム長さ寸法よりも大きい距離だけ移動するように行われているので、ターゲット上では、隣接する焦点軌道がオーバーラップすることはなくなり、X線管への許容負荷すなわち許容X線管電流を従来品より格段に増加することが可能となる。
【0032】
また、本発明のX線発生装置は、本発明のマイクロフォーカスX線管と、その陰極の偏向電極に偏向電圧を供給する陰極電源を備えているので、X線管の焦点の微小焦点化と、電子線の偏向によるターゲットでの焦点の移動が可能となる。X線管のターゲット上での焦点の移動により、焦点の実質的な面積が大きくなるため、X線管の許容負荷すなわち許容X線管電流を増加させることができる(請求項2)。
【0033】
また、本発明のX線発生装置では、X線管の陽極が回転陽極であり、X線管の陽極を回転させるステータと、このステータを駆動するステータ電源を備えているので、X線管の焦点の負荷の入力する実質的な焦点面積は陽極の回転及び電子線の偏向とによって二重に増加するため、焦点面積は従来品と比べ格段に大きくなり、X線管の許容負荷すなわち許容X線管電流を格段に大きくすることが可能となる。
【0034】
また、本発明のX線発生装置では、偏向電源によってX線管の陰極の偏向電極に二等辺三角波の偏向電圧が供給されるので、X線管の電子線は単位時間当たりほぼ等距離偏向され、その結果電子線によってターゲット上に形成される焦点及び焦点軌道は陽極の1回転当たりほぼ等距離ずつ移動する。
【0035】
また、本発明のX線装置は、本発明のX線発生装置を備えているので、X線管の微小焦点化とX線管の許容負荷すなわち許容X線管電流の増大化が可能となり、その結果高精細なX線画像を取得することができ、精密なX線診断やX線検査が可能となる(請求項3)。
【0036】
また、本発明のX線装置では、X線管の電子線に偏向により生ずる焦点の移動を補償するために、X線発生装置を移動するX線発生装置移動機構を備えているので、このX線発生装置移動機構の動作により、X線管の焦点の移動は補償され、X線管内では焦点が移動されているにもかかわらず、焦点は常に一定の位置に維持されてX線診断やX線検査を行うことができる(請求項4)。
【0037】
また、本発明のX線装置では、X線発生装置移動機構がX線管の焦点の移動とは、逆の方向に、同じ移動距離だけ、X線発生装置を移動させるので、X線装置内のX線管の焦点の位置は常に一定の位置に維持される。
【0038】
また、本発明のX線装置では、X線発生装置移動機構が、X線管の焦点の移動方向に移動可能なように支持し、ガイドするX線発生装置支持体と、X線発生装置を移動するための駆動力を生成する駆動力発生部と、駆動力をX線発生装置に伝達する駆動力伝達部を備えているので、駆動力発生部で生成した駆動力を駆動力伝達部を介してX線発生装置に伝達することにより、X線発生装置はX線発生装置支持体上でX線管の焦点の移動方向と同じ方向に移動させることができる。また、駆動力発生部で発生する駆動力は焦点の移動方向とは逆方向で、同じ移動距離だけX線発生装置を移動させることができる力であるので、この駆動によるX線発生装置の移動により、X線管の焦点の移動は補償され、X線装置内の焦点の位置は常に一定の位置に維持される。
【0039】
また、本発明のX線装置では、X線管の焦点の移動と、X線発生装置移動機構によるX線発生装置の移動とが、X線管の陽極の回転と同期して行われているので、X線管の焦点の移動を補償する操作と、ターゲット上の焦点軌道の幅の増加によるX線管の許容負荷の増加が同時に行われることになり、高精細なX線画像の取得に寄与する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0040】
以下、本発明の実施例について添付図面を参照しながら説明する。先ず、図1及び図2を用いて、本発明に係るマイクロフォーカスX線管の一実施例の構造について説明する。図1は本発明に係るマイクロフォーカスX線管の一実施例の全体構造図、図2は図1の要部となる電子銃の拡大図である。図1において、マイクロフォーカスX線管(以下、X線管と略称する)10は、陰極12と、回転陽極(以下、陽極と略称する)14と、陰極12と陽極14を真空気密に内包し、絶縁支持する外囲器16とから構成される。陰極12はマイクロフォーカス(微小焦点)を形成するために細いビーム状の電子線18を生成し、この電子線18が陽極14の円盤状のターゲット20の傾斜面20aに衝突することによりX線22が発生する。X線22は外囲器16に設けられたX線放射窓24から外部に取り出される。
【0041】
陰極12の構造については、後で図2に基づいて詳細に説明する。陽極14は回転陽極で、円盤状のターゲット20と、このターゲット20を支持するロータ26と、ロータ26を支持する回転軸(図示せず、ロータ26の内側に含まれている)と、回転軸を回転自在に支持する軸受(図示せず。ロータ26の内側に含まれている)と、軸受の外輪を固定する固定部28などから構成されている。ターゲット20は通常タングステンやタングステン合金などの高原子番号で高融点の金属材料から成る。ターゲット20の熱容量が大きい場合には、ターゲット20の軽量化のために、X線22の発生源となる傾斜面20aの表面層以外の部分はモリブデンなどの比熱の大きい高融点の金属材料またはグラファイトなどの比熱の大きい高融点の非金属材料に置き替えられる場合がある。このターゲット20は垂直方向の陽極14の中心軸30を回転中心軸として回転する。このターゲット20の傾斜面20aに陰極12からの電子線18が衝突すると、その衝突部分がX線源(通常焦点と呼ばれる)32となり、その焦点32からX線22が放射される。この焦点32は、ターゲット20が回転しているため、逐次回転移動し、全体とし円軌道を形成する。この円軌道は焦点軌道34と呼ばれる。
【0042】
外囲器16は、陽極14のターゲット20を囲む大径部36と、陽極14の陽極端38を絶縁支持する陽極絶縁部40と、陰極12を絶縁支持する陰極絶縁部42などから構成される。大径部36は円板部44と円筒部46とから成り、その大部分はステンレス鋼や銅などの耐熱性の比較的高い金属材料から成る。円板部44のターゲット20上の焦点32に近接する部分に開口が設けられ、この開口にX線放射窓24が取り付けられている。陰極絶縁部42は円筒形状をしており、円筒部46の側面に結合され、陽極14の中心軸30と直交する方向に延在している。陽極絶縁部40は一端がコーン状に広がった円筒形状をしており、そのコーン状に広がった部分に円筒部46の開口端部が結合されている。陽極絶縁部40と陰極絶縁部42は耐熱性ガラスやセラミックなどの絶縁材料から成り、これらの絶縁部40、42と大径部36または陽極端38との結合部には絶縁材料と熱的になじみのよい金属材料が挿入される。
【0043】
次に、図2を用いて陰極の構造について説明する。図2において、図2(a)は陰極の電子銃の部分の拡大図、図2(b)は電子線の集束及び偏向を説明するための図である。図2(a)において、マイクロフォーカス用の陰極12は熱電子を発生するカソード48と、熱電子を細いビーム状の電子線18に集束する電子銃50と、電極絶縁支持部66と、陰極支持体(図示せず)などから成る。電子銃50を構成する電極はほぼ同軸に配置され、それぞれの電極の外側は電極絶縁支持部66によって絶縁支持されている。この電極絶縁支持部66は陰極支持体に支持されている。また、陰極支持体にはカソード48、カソード48を加熱するヒータ及び電子銃50の各電極に必要な電圧を供給するためのリード線が封入されている。
【0044】
カソード48は、底付き円筒形状の酸化物または合浸形のカソードで、円筒の中に加熱用のヒータを備えており、ヒータによって加熱されることにより1000K以上の高温となり、底面の電子放射面49から熱電子を放射する。電子銃50は熱電子を細いビーム状の電子線18に集束する電子集束系と、電子線18を偏向する偏向電極58を有する。電子集束系は3個の円筒形またはカップ状に形成されたグリッド電極52、54、56から成り、それぞれのグリッド電極52、54、56は中心に電子線18を通過させるための開口52a、54a、56aを有する。3個のグリッド電極52、54、56はカソード48から近い順に第1グリッド電極(以下、G1電極と略称する)52、第2グリッド電極(以下、G2電極と略称する)54、第3グリッド電極(以下、G3電極と略称する)56と呼ぶことにする。3個のグリッド電極52、54、56の開口52a、54a、56aの中で、開口52aと開口54aは小さい口径であるのに対し、開口56aは大きな口径となっており、3個のグリッド電極52、54、56はこれらの開口52a、54a、56aの中心が同軸となるように配列されている。偏向電極58は2個の偏向電極59、60から成り、図示の如く電子集束系よりもカソード48から離れた位置、すなわちターゲット20に近い位置に配置される。2個の偏向電極59、60はほぼ直方体形状をしており、上側に配置されたものを上側偏向電極(以下、H1電極と略称する)59、下側に配置されたものを下側偏向電極(以下、H2電極と略称する)60と呼ぶことにする。図示の例では、電子集束系のグリッド電極の数を3個、偏向電極の数を2個としているが、これらの電極の数はこれに限定されず、他の数、例えばもっと多い個数であってもよい。グリッド電極52、54、56や偏向電極58はステンレス鋼などの耐熱性金属から成る。
【0045】
グリッド電極52、54、56と偏向電極58は外周部分または外側部分を電極絶縁支持部66に支持されている。電極絶縁支持部66は板状体(または棒状体)で耐熱性ガラスやセラミックなどの絶縁材料から成る。電極と電極絶縁支持部66との結合は溶着またはろう付けなどによって行われるが、結合にあたって特に溶着の場合などには両者の間に接続金具を挿入する場合がある。この電極52、54、56、58と電極絶縁支持部66との結合によって、電極間の絶縁が行われるとともに、電極が軸方向に精度良く配列される。このとき、カソード48はG1電極52に絶縁支持され、G1電極52を介して、電極絶縁支持部66に支持される。図示の例では、電極絶縁支持部66は2個の板状体から成っているが、これに限定されず、3個以上であってもよい。
【0046】
次に、図2(b)を用いて本発明のマイクロフォーカスX線管の陰極での電子線の集束と偏向について説明する。図2(b)は陰極の要部を示したもので、この陰極12の要部はカソード48と、電子集束系を構成するG1電極52とG2電極54とG3電極56と、偏向電極58とから成る。図2(b)において、カソード48にはカソード電位と、カソード48を加熱するヒータに印加されるヒータ加熱電圧が供給され、また電子集束系のG1電極52とG2電極54とG3電極56にはカソード電位を基準とした第1グリッド電圧(以下、G1電圧と略称する)と第2グリッド電圧(以下、G2電圧と略称する)と第3グリッド電圧(以下、G3電圧と略称する)が供給され、また偏向電極58のH1電極59とH2電極60には上側偏向電圧(以下、H1電圧と略称する)と下側偏向電圧(以下、H2電圧と略称する)が供給される。
【0047】
カソード48にヒータ加熱電圧が供給されると、カソード48が1,000K以上に加熱され、カソード48の電子放射面49から熱電子が放射される。G1電極52にはカソード電位に対し、正の電位のG1電圧が印加され、G2電極54にはG1電圧より更に高い正電位のG2電圧が印加される。G1電圧とG2電圧の値は所望とする電子線18の電流値や微小焦点の焦点寸法に応じて決定される。カソード48の電子放射面49から放射された熱電子はG1電極52の正電位によってG1電極52に向けて引き出され、加速される。上記の熱電子はG1電極52の開口52aによって、先ず細いビーム状の電子線18に絞られる。開口52aを加速されながら通過した電子線18はG2電極54の高い正電位によって更に加速される。G1電極52とG2電極54の間には、G2電極54とG1電極52との電位差によって電子線18を集束する軸対称の電子レンズ(カソードレンズ)が形成される。この電子レンズによる集束作用によって電子線18はG2電極54の開口54aの近傍にクロスオーバーと呼ばれる仮想焦点62を形成する。G3電極56にはカソード電位に対し数百V程度の正電位のG3電圧が印加されるが、このG3電圧と陽極14のターゲット20に印加される正の高電圧とで、G3電極56内に電子線18を集束するほぼ軸対称の電子レンズ(主レンズ)が形成される。この主レンズは、クロスオーバー(仮想焦点)62をターゲット20上に焦点として投射する役割を持ち、クロスオーバー62から発散しながらG3電極56内に入射して来た電子線18を集束させて、ターゲット20上に微小スポットの焦点32を形成する。
【0048】
偏向電極58のH1電極59とH2電極60には、カソード電位に対し、数Vから数千V程度の正または負の電位のH1電圧とH2電圧が印加され、またH1電極59とH2電極60の間には数Vから数千V程度の正または負の電位差が付与される。この正また負の電位差を以下偏向電位差と呼ぶことにする。この偏向電位差によってH1電極59とH2電極60との間に非軸対称の電位分布及び電界が形成される。G3電極56の開口56aを通過した電子線18は上記の非軸対称の電界によって偏向され、ターゲット20上の元の焦点の位置(以下、無偏向焦点位置という)から矢印64で示した上下方向に偏位した焦点位置(以下、偏向焦点位置という)に衝突し、X線を発生する。無偏向焦点位置と偏向焦点位置との間の距離は偏向電位差の大きさによって変化し、その距離が小さいときは、偏向電位差にほぼ比例する。
【0049】
図3には、図2の電子銃における電位分布と電子軌道の計算例を示す。図3において、図3(a)は本発明のX線管の電子銃を構成する電極の配置の概略を示す図、図3(b)は本発明のX線管の電子銃における電位分布と電子軌道の計算結果の一例を示す図である。また、比較のため、電子線の偏向を行わない従来の微小焦点X線管の場合の図3(a)、図3(b)に対応するものを図3(c)、図3(d)に示した。図3(a)は本発明のX線管の電子銃を構成するカソード48と、G1電極52、G2電極54、G3電極56の3個のグリッド電極と、偏向電極58の配置と電子線18の偏向状況を模式的に示している。図3(b)は微小焦点を形成する電子銃に実用的なグリッド電圧、偏向電圧を印加した時の電位分布と電子軌道の計算の一例を図示したものである。図3(b)において、偏向電極58にはH1電極59の電位がH2電極60の電位に対して正電位となる電位差の偏向電圧が印加されているため、電子線18は上側に向けて偏向されている。図3(b)を従来品の図3(d)と比較した場合、図3(d)ではG3電極56の開口56aの近傍では対称の電位分布が作られているのに対し、図3(b)では偏向電圧によってG3電極56から偏向電極58にかけて軸非対称な電位分布が作られており、電子線18を上側に偏向する電界が発生している。
【0050】
次に、図4および図5を用いて、本発明のX線管のターゲット上の焦点の軌跡が陰極からの電子線の偏向によってどのように変化するかについて説明する。図4は、本発明のX線管のターゲット上の焦点の軌跡と電子線の偏向との関係を説明するための図である。図4において、図4(a)はターゲット上の焦点の軌跡を側方から見た図、図4(b)はターゲット上の焦点の軌跡を上方から見た図であり、図5は偏向電極に印加する偏向電圧の一例とそのときの電子線の偏向の計算例を示した図である。図4(a)と図4(b)において、X線管の陰極(図示せず)は図の左側にあり、陰極からの電子線18がターゲット20の傾斜面20aに衝突する。図4(a)において、電子線18がターゲット20の傾斜面20aに衝突すると、その衝突点すなわち焦点(X線源)32でX線22が発生し、そのX線22はX線放射窓から上方(X線主放射方向)70に取り出される。本発明のX線管では、電子線18が矢印72で示す如く上下方向に偏向されるため、焦点32もターゲット20の傾斜面20に沿ってほぼ上下方向に移動する。このとき、ターゲット20が回転しているため、焦点32は、図4(b)に示す如く、ターゲット20上でほぼ円形の軌跡を描くことになる。これが焦点軌道34である。この焦点軌道34は電子線18の偏向を行わない場合には単一の軌道となるが、本発明の如く電子線18を偏向する場合には、図示の如く渦巻状に複数の軌道が描かれることになる。図4(a)では手前側の半円の焦点軌道34aを実線で、奥側の半円の焦点軌道34bを破線で示している。
【0051】
また、本発明のX線管では、電子線18の偏向時に、焦点32の位置を最初偏向幅の中心位置におき、次に上方向の上限位置まで移動し、次に上限位置から中心位置を通って下方向の下限位置まで移動し、次に下限位置から中心位置に移動し元に戻すサイクルを繰り返すことになる。この電子線18の偏向サイクルによって、焦点軌道34も焦点32の位置とともに上下方向に往復移動する。電子線18の偏向サイクル数はX線管の負荷時間と関係し、負荷時間が長い場合には複数サイクル繰り返されることになるが、負荷時間が短い場合には1サイクル未満になることもある。
【0052】
図5には、電子線18の偏向を1サイクル行う場合の偏向電極58のH1電極59とH2電極60に印加されるH1電圧とH2電圧の一例が示されている。グラフAはH1電圧、グラフBはH2電圧であり、両者の差が偏向電圧となる。図示では両者ともほぼ二等辺三角波の電圧が印加されており、0〜0.5サイクルの間は約800Vの正の二等辺三角波の偏向電圧が、0.5〜1サイクルの間は約800Vの負の二等辺三角波の偏向電圧がそれぞれ印加されている。このような偏向電圧の印加により、0〜0.5サイクルの間には電子線18は上側に偏向されて、焦点32の位置は最初の中心位置から上限位置に移動し、次に上限位置から中心位置に戻り、次の0.5〜1サイクルの間には電子線18は下側に偏向されて、焦点32の位置は最初の中心位置から下限位置に移動し、次に下限位置から中心位置に戻り、1サイクルが終了する。図5の上側の部分には参考のために、代表的な偏向電圧に対応する電子線18の偏向の計算例を示した。左側の図は0.25サイクルのときの例、中央の図は0.5サイクルのときの例、右側の図は0.75サイクルのときの例であり、それぞれの対応を矢印で示してある。
【0053】
また、本発明のX線管では、電子線18の偏向をターゲット20の回転すなわち陽極の回転の周期と同期して行っている。本発明ではX線管の許容負荷を増加することを目的としており、そのために、ターゲット20が1回転するごとに、電子線18が新しい焦点軌道面に衝突するように、電子線18を図4(a)の矢印72の方向に、上方または下方に偏向する。このときの電子線18の偏向では少なくとも焦点32の長さ寸法(fL)に対応する距離だけ移動するように偏向する。ここで、焦点32の寸法には幅寸法(fW)と長さ寸法(fL)があり、これらの寸法は電子線18によってターゲット20上に形成される焦点(実焦点)32の像をX線主放射方向70から見た時の焦点32の像の寸法で、ターゲット20の回転方向の寸法が幅寸法、それに直交する方向(図示では電子線18の進行方向)の寸法が長さ寸法である。焦点32の幅寸法(fW)は、電子線18のビームの幅方向寸法(bW)にほぼ等しくなるのに対し、焦点32の長さ寸法(fL)は電子線18のビームの長さ方向寸法(ビームの幅寸法と直交する方向の寸法)(bL、以下長さ寸法という)とターゲット角度(α)78に依存し、式fL=bL tanαで求められる。上記の焦点32の長さ寸法(fL)に対応する距離は電子線18のビームの長さ寸法(bL)に等しい。
【0054】
焦点32の寸法が約10μmの微小焦点X線管を例に上げると、その長さ寸法fLは約10〜15μmとなり、ターゲット角度α78を約20度前後とすると、電子線18のビームの長さ寸法(bL)は、最大で約40μmになる。このため、隣り合う焦点軌道34がオーバーラップしないようにするためには、ターゲット20の1回転当たり約50μm程度電子線18を移動する必要がある。また、電子線18の偏向を2秒間に1サイクル行い、陽極14の回転を1秒間に60回転行うとしたとき、電子線18の偏向による矢印72の方向の移動距離は約3mm(=50μm×60)となる。すなわち電子線18は2秒間で約3mmの距離を往復移動する。この電子線18の移動距離は焦点32の寸法、ターゲット角度、陽極14の回転数、電子線18の偏向のサイクルによって変化する。
【0055】
また、図5には、電子線18を偏向するための偏向電圧の一例を示したが、この偏向電圧の波形は二等辺三角波のように直線状に変化するものが適している。これは電子線18の偏向によってターゲット20の傾斜面20a上で焦点32の位置、すなわち焦点軌道34の位置が陽極14の1回転当たり一定の距離だけ移動する必要があるためである。図示の例では、偏向電圧の電位差を約800Vとしているが、この偏向電圧の電位差は電子線18の偏向による移動距離に依存し、上記の例の如く移動距離が約3mmの場合には約2,000Vまたはそれ以上の電圧が必要となる。
【0056】
以上説明した如く、本発明のX線管では、陰極からの電子線を偏向電極によって偏向して、ターゲット上の焦点の位置を傾斜面に沿って移動しているので、これに伴いターゲット上の焦点軌道も移動し、ターゲット上の実質的な焦点面積が大幅に増加することになる。この焦点面積の増加によって、焦点に入力できるX線管負荷すなわちX線管の許容負荷を増加することができる。また、X線管負荷はX線管電圧とX線管電流の積で表わされるため、許容負荷の増加に伴い許容X線管電流も増加する。また、この許容負荷の増加は、陽極の1回転当たりの焦点の移動距離が小さくて、隣り合う焦点軌道がオーバーラップしている場合には増加の割合は小さく、隣り合う焦点軌道がオーバーラップしない状態になると増加の割合は大きくなり、20〜30%以上の許容負荷の増加が期待できる。このように本発明のX線管では、微小焦点で、より大きな許容負荷すなわち許容X線管電流が得られるので、このX線管を用いたX線検査では高精細なX線画像が得られ、微細な欠陥の検査に役立つことができる。また、本実施例ではX線管を回転陽極のもので説明したが、本発明の効果は固定陽極のものでも得られ、同様にX線管の許容負荷を増加することができる。
【0057】
次に、図6を用いて、本発明に係るX線発生装置の一実施例の構成について説明する。図6は、本発明に係るX線管を内挿したX線発生装置の一実施例の全体構成図である。図6において、本発明のX線発生装置90は、微小焦点を有する本発明に係るマイクロフォーカスX線管10と、このX線管10を収納する容器92と、X線管10の陽極14と陰極12との間に高電圧のX線管電圧を供給する高電圧電源94と、X線管10の陰極12にカソードヒータ加熱電圧、グリッド電圧、偏向電圧などを供給する陰極電源96と、X線管10の陽極14を回転するためのステータ98と、ステータ98を駆動するためのステータ電源100と、X線管10を容器92の内壁などに支持するためのX線管支持体102と、X線管10や高電圧電源などを絶縁し、冷却するために容器92内に充填される絶縁油104と、絶縁油104の膨張、収縮を緩衝するために容器92に取り付けられるベローズ108などから構成される。
【0058】
容器92は直方体状または円筒形状をしており、鋼板やアルミニウム合金鋳物などから成る。容器92の内壁面のX線管10に近い部分には防X線処置が施されている。X線管10は外囲器16の金属部分が容器92の上側の内壁面に支持され、容器14が主として絶縁材料から成るX線管支持体102を介して容器92の内壁面に支持されている。この配置では、X線22は上方に放射される。ステータ98はX線管10の陽極14のロータの外周に配置され、X線管支持体102に支持されている。高電圧電源94は変圧器と整流回路などから成り、X線管10の陽極14に供給する正電位の高電圧と陰極12に供給する負電位の高電圧を生成する。陰極電源96は陰極12のカソードのヒータを加熱するためのカソードヒータ電源110と、G1電極にG1電圧を供給するG1電圧電源112と、G2電極にG2電圧を供給するG2電圧電源113と、G3電極にG3電圧を供給するG3電圧電源114と、H1電極59にH1電圧を供給するH1電圧電源115と、H2電極60にH2電圧を供給するH2電圧電源116から成る。カソードヒータ電源110は変圧器から成り、G1電圧電源112、G2電圧電源113、G3電圧電源114は変圧器と整流回路などから成る。これに対し、H1電圧電源115とH2電圧電源116は出力電圧が変化するので、変圧器と整流回路と電圧調整回路などから成る。陰極電源96からの出力電圧は負の高電位に保持されるので、ここで使用される変圧器としては通常絶縁変圧器が用いられる。高電圧電源94で発生した高電圧(X線管電圧)は高圧リード線106によりX線管10の陽極14と陰極12に供給され、陰極電源96で発生したカソードヒータ加熱電圧、G1電圧、G2電圧、G3電圧、H1電圧、H2電圧は高電圧電源94からの負電位の高電圧と共に高圧リード線106によりX線管10の陰極12に供給される。ステータ電源100はステータ98の種別(単相か3相かなど)によって少し異なるが、例えば単相の場合には進相用コンデンサなどから成る。ステータ電源100からの出力電圧は低電圧であるので、低圧リード線107によりステータ98に供給される。ベローズ108は椀形の形状をしていて、ゴムなどから成り、容器92の内壁面に油密に取り付けられ、絶縁油104の膨張、収縮を緩衝する。また、本実施例のX線発生装置では、高電圧源94や陰極電源96やステータ電源100を容器92内に含まれる構成としたが、これらの電源の一部または全部は容器92外に配置してもよい。その場合には、高電圧を容器92内に導入するための高電圧ケーブルやケーブルレセプタクルなどが必要となる。
【0059】
次に、図7を用いて、本発明に係るX線装置の一実施例の構成について説明する。図7は、本発明に係るX線装置の一実施例の概略構成図である。図7において、本発明のX線装置130は、X線22を発生する本発明に係るX線管10を内挿するX線発生装置90と、X線発生装置90にて発生し、台座133に支持された被検体132を透過したX線22を検出するX線検出装置134と、X線検出装置134から出力される検出X線量に対応する信号を入力して被検体132のX線画像を作成する画像形成装置136と、X線画像を画面に表示するモニタ装置137と、X線発生装置90、X線検出装置134画像形成装置134、画像形成装置136及びモニタ装置137を制御する制御装置138などから構成される。本発明のX線装置130では、従来品と比べ、X線検出装置134と画像形成装置136とモニタ装置137はほぼ同じであるが、X線発生装置90と、その支持機構と、制御装置138が異なるので、以下その相違点を重点に説明する。
【0060】
本発明のX線装置130では、X線発生装置90を、その中に内挿されたX線管10の電子線の偏向動作と同期させて移動させることに特徴があるので、先ず、図8を用いてX線発生装置90の移動機構117の構成について説明する。図8は本発明に係るX線発生装置の移動機構の一例を示した構成図である。図8において、図8(a)は全体構成図、図8(b)は図8(a)のX線発生装置の部分のA視図、図8(c)は図8(b)のB−B´断面図である。図8(a)において、X線発生装置90の移動機構117は、X線発生装置90と、駆動力発生部118と、駆動力伝達部119と、支持台120と、制御装置138などから構成される。X線発生装置90には本発明のX線管10が内挿されているが、説明を解りやすくするため、X線管10の陽極14の部分のみを拡大して示してある。このX線発生装置90では、X線管10の電子線の偏向によって、その焦点32、すなわち焦点軌道を移動させているので、本発明では、焦点32の移動と同期して、この移動機構117によって焦点32の移動とは反対方向にX線発生装置90を移動して、焦点32の移動を補償している。図8(b)と図8(c)において、X線発生装置90は支持台120に支持されている。支持台120にはガイド溝121が、X線発生装置90の底面にはガイド溝121と嵌合するレール状の突起122が、それぞれ設けられ、ガイド溝121と突起122が嵌合することにより、X線発生装置90の移動方向が矢印P123で示した方向に規制される。図8(a)において、駆動力発生部118はX線発生装置90を移動するための駆動力を発生する部分で、回転駆動力を発生するモータなどと、回転駆動力を直線状の駆動力に変換するラックとピニオンなどの組合せ機構などから成る力方向変換機構を有する。駆動力伝達部119は駆動力発生部118で生成した駆動力によりX線発生装置90を移動させる部分で、通常棒状体のものから成り、両端がX線発生装置90と駆動力発生部118に結合されている。上記において、支持台120としては、通常X線発生装置90の支持構造体を一部改造して使用することが可能である。
【0061】
次に、図4と図8を用いて、X線発生装置90の移動機構117の動作について説明する。図4(a)において、X線管10の陰極12からの電子線18を矢印72の方向に偏向すると、電子線18が陽極14のターゲット20の傾斜面20a上に形成される焦点32は傾斜面20aに沿って移動する。この焦点32の移動によって焦点軌道34も移動し、またX線主放射方向70も電子線18とは直交方向に移動する。このX線管10の焦点32の移動に関する状況を模式的に示したのが図8(a)のX線管10の陽極14の図である。但し、両図では、陽極14の中心軸30が90度回転してずれている。図8(a)において、X線管10の電子線18を最も大きく上側に偏向したとき、すなわち偏向電圧の電位差を正の最大値にしたときの電子線18aはターゲット20上に焦点Fa32aを形成し、また電子線18を最も大きく下側に偏向したとき、すなわち偏向電圧の電位差を負の最大値としたときの電子線18bはターゲット20上に焦点Fb32bを形成する。焦点Fa32aと焦点Fb32bに対応するX線主放射方向70はそれぞれ中心位置からは少しずれた右端のX線主放射方向70aと左端のX線主放射方向70bとになる。電子線18の偏向による焦点32の移動は、ターゲット20の焦点Fa32aと焦点Fb32bの間で行われることになり、矢印P123で示した方向に沿って往復することになる。図5の偏向電圧のグラフと対比すると、偏向電圧を1サイクル変化させると、電子線18の偏向は図4(a)の矢印72で示した上下方向に1サイクル行われ、その結果焦点32はターゲット20上で焦点Fa32aと焦点Fb32bの間を矢印72で示した方向に1往復する。同時に、焦点軌道34もターゲット20上を矢印72で示した方向に1往復する。
【0062】
図8(a)において、上記のX線管10の電子線18の偏向と同期して、X線発生装置90の移動機構117が動作する。X線発生装置90の移動機構117の動作は制御装置138によって制御される。移動機構117は制御装置138の制御のもとに、X線発生装置90をX線管10の焦点32の移動方向とは逆方向に移動させる。例えば、電子線18が偏向されて焦点32が焦点Fa32aから焦点Fb32bに向かう方向に移動するときには、X線発生装置90を逆方向の焦点Fb32bから焦点Fa32aに向かう方向に移動させる。このX線発生装置90の移動では、先ず、制御装置138から駆動力発生部118に移動方向と移動距離の指示が送られる。この指示は駆動力発生部118がモータと力方向変換機構を含む場合にはモータの回転方向と回転角(回転数)に対応し、モータの回転方向と回転角は力方向変換機構によって移動方向と移動距離に変換される。駆動力発生部118で発生した駆動力(移動方向と移動距離)は駆動力伝達部119によってX線発生装置90に伝達される。支持台120に載置されたX線発生装置90は上記の駆動力を受けて、支持台120のガイド溝121に沿って矢印P123の方向(この方向は指示された移動方向と同じ方向である)に指示された移動距離だけ移動する。X線発生装置90の逆方向の移動や往復移動なども制御装置138の指示により同様に行われる。ここで、移動距離については、ターゲット角度分の補正が必要となる。
【0063】
X線管10の電子線18の偏向とX線発生装置90の移動の制御はともに制御装置138によって行われるので、両者を同期させるのは比較的容易である。X線管10の焦点32の位置は電子線18を偏向する偏向電圧の電位差に依存するので、この電子線18の偏向電圧の電位差に基づいて、焦点32の位置及び焦点32の移動方向を判別すればよい。X線発生装置90の移動はX線管10の焦点32の位置及び焦点32の移動方向に基づき、これを補償するように行う必要があるので、制御装置138からX線管10の電子線18の偏向電圧の電位差及びX線発生装置90の移動方向と移動距離の指示を、X線発生装置90の陰極電源96のH1電圧電源115とH2電圧電源116及び移動機構117の駆動力発生部118に同時に与えることによって同期をとることができる。また、X線管10の電子線18の偏向による焦点32の移動距離は前述の如く約1〜10mm程度で短いが、焦点32の移動の往復サイクルは1秒間に1回以上であり、比較的高頻度である。このため、X線発生装置90の移動も高頻度で繰り返されることになるため、X線発生装置90を長時間連続して使用する場合には、X線発生装置90の移動方向と移動距離を基準にして、これと同期してX線管10の電子線18の偏向を行うとよい。
【0064】
これに対して従来は、例えば特許文献4に開示されたマイクロフォーカスX線管では、陰極として図9に示すような静電集束方式の電子集束系を有する。図9において、図9(a)には電子集束系の概略構成が、図9(b)には電子軌道の計算例が示されている。図9(a)において、電子集束系200はカソード202と、第1グリッド電極(以下、G1電極という)204と、第2グリッド電極(以下、G2電極という)206と、第3グリッド電極(以下、G3電極という)208から構成され、各グリッド電極には中心に電子線210を通す開口が設けられている。カソード202の電子放射面202aから放射された電子線210は、カソード202とG1電極204とG2電極206とG3電極208で形成される電子レンズによって集束されて細いビームとなり、陽極のターゲット212上の焦点214に衝突し、X線を発生させる。図9(b)は、電子線210の集束状況を示しており、電子線210はカソード202から放射された後、先ずG1電極204とG2電極206で細いビームに絞られ、次にG3電極208の内側で形成される電子レンズによって集束されて、ターゲット212上に微小な焦点214を作っている。
【0065】
上記の電子集束系200を構成するカソード202は酸化物カソードまたは含浸形カソードのような熱陰極であり、高温に加熱されて、空間電荷制限領域で用いられている。G1電極204にはカソード202の電位に対して少し高い正の電位が印加され、G2電極206にはG1電極204の電位よりも更に高い正の電位が印加される。これらの電位の値は所望のX線管電流の値や焦点寸法の値に応じて制御される。カソード202の電子放射面202aから出射した電子線210はG1電極204の正電位によって引き出される。G1電極204の小径の開口を加速されながら通過した電子線210はG2電極206によってさらに加速される。ここで、G2電極206とG1電極204の電位差によって、G2電極206の近傍に電子線210を集束する第一の電子レンズが形成される。この第一の電子レンズはカソード電子レンズと呼ばれているが、この電子レンズの集束作用によって電子線210は集束されて、G2電極206の開口の近傍にクロスオーバーと呼ばれる仮相焦点216を形成する。
【0066】
G3電極208はこのクロスオーバー216をターゲット212上に投射する第二のレンズを形成する役割を分担する。G3電極208にはカソード212に対し数千V程度の正の電位が印加され、G3電極208の開口部及びその近傍に第二の電子レンズが形成される。この第二の電子レンズは主レンズと呼ばれている。クロスオーバー216から発散しながらG3電極208に入射してきた電子線210は主レンズによって集束されて、その後ターゲット212までX線管電圧によって加速されて走行し、ターゲット212上に微小スポットの焦点214を形成する。
【0067】
本発明のX線装置では、X線管の電子線の偏向による焦点の移動を、新しく設けたX線発生装置移動機構を動作させることにより補償しているので、X線検査中にX線装置としてのX線源の位置は不動のものとなる。その結果、本発明のX線管の特長である微小焦点と許容負荷の増加の効果がX線検査において十分に発揮され、高精細なX線画像が得られ、被検体の精密なX線検査を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本発明に係るマイクロフォーカスX線管の一実施例の全体構造図。
【図2】図1の要部となる電子銃の拡大図。
【図3】図2の電子銃における電位分布と電子軌道の計算例。
【図4】本発明のX線管のターゲット上の焦点の軌跡と電子線の偏向との関係を説明するための図。
【図5】図4に示す焦点の軌跡と電子線の偏向電圧との関係を説明するための図。
【図6】本発明に係るX線管を内挿したX線発生装置の一実施例の全体構成図。
【図7】本発明に係るX線装置の一実施例の概略構成図。
【図8】本発明に係るX線発生装置の移動機構の一例を示した構成図。
【図9】従来のマイクロフォーカスX線管の電子集束系の一例。
【符号の説明】
【0069】
10・・・マイクロフォーカスX線管(X線管)
12・・・陰極
14・・・回転陽極(陽極)
16・・・外囲器
18・・・電子線
20・・・ターゲット
20a・・・傾斜面
22・・・X線
24・・・X線放射窓
26・・・ロータ
30・・・陽極の中心軸
32、32a、32b・・・X線源(焦点)
34、34a、34b・・・焦点軌道
36・・・大径部
38・・・陽極端
44・・・円板部
48・・・カソード
49・・・電子放射面
50・・・電子銃
52・・・第1グリッド電極(G1電極)
52a、54a、56a・・・開口
54・・・第2グリッド電極(G2電極)
56・・・第3グリッド電極(G3電極)
58・・・電子線偏向電極
59・・・上側偏向電極(H1電極)
60・・・下側偏向電極(H2電極)
62・・・クロスオーバー(仮想焦点)
64・・・偏向方向
66・・・電極絶縁支持部
70、70a、70b・・・X線主放射方向
72・・・矢印(偏向方向)
74・・・グラフA
76・・・グラフB
78・・・ターゲット角度
90・・・X線発生装置
92・・・容器
94・・・高電圧電源
96・・・陰極電源
98・・・ステータ
100・・・ステータ電源
102・・・X線管支持体
104・・・絶縁油
110・・・カソードヒータ電源
112・・・G1電圧電源
113・・・G2電圧電源
114・・・G3電圧電源
115・・・上側偏向電圧電源(H1電圧電源)
116・・・下側偏向電圧電源(H2電圧電源)
117・・・移動機構
118・・・駆動力発生部
119・・・駆動力伝達部
120・・・支持台
121・・・ガイド溝
122・・・突起
123・・・矢印P
130・・・X線装置
138・・・制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子を発生するカソードと、電子を細いビーム状の電子線に集束するための複数個の電極から成る電子集束系(以下、電子銃という)と、カソード及び電子銃を絶縁支持する電極絶縁支持部とを有する陰極と、陰極からの電子線が衝突してX線を発生するターゲットを有する陽極と、陰極と陽極を真空気密に封入する外囲器を備え、電子銃の複数個の電極はそれぞれ電子線を通過させるための開口を有し、それぞれの電極にカソードの電位を基準にした電位を印加することにより、電子線を集束するための電子レンズを形成するマイクロフォーカスX線管において、前記電子銃は少なくとも3個の電子線集束のためのグリッド電極と、前記電子線を静電的に偏向するための偏向電極を有することを特徴とするマイクロフォーカスX線管。
【請求項2】
微小焦点を有するマイクロフォーカスX線管と、マイクロフォーカスX線管にX線管電圧を供給する高電圧電源と、マイクロフォーカスX線管の陰極のカソード及び電子銃に電圧を供給する陰極電源と、少なくともマイクロフォーカスX線管を内包し支持する容器と、容器内に充填され、マイクロフォーカスX線管を浸漬して、絶縁する絶縁油と、絶縁油の膨張、収縮を緩衝するために容器に取り付けられたベローズを含むX線発生装置において、前記マイクロフォーカスX線管は請求項1記載のマイクロフォーカスX線管であり、前記陰極電源が前記マイクロフォーカスX線管の偏向電極に偏向電圧を供給する偏向電源を含むことを特徴とするX線発生装置。
【請求項3】
X線を発生するX線発生装置と、X線発生装置にて発生し、被検体を透過したX線を検出するX線検出装置と、X線検出装置から出力される検出X線量に対応する信号を入力してX線画像を作成する画像形成装置と、X線発生装置、X線検出装置及び画像形成装置を制御する制御装置とを有するX線装置において、前記X線発生装置が請求項2記載のX線発生装置であることを特徴とするX線装置。
【請求項4】
請求項3記載のX線装置において、前記X線発生装置に含まれる前記マイクロフォーカスX線管の電子線の偏向により生ずる焦点の移動を補償するために、前記X線発生装置を移動するX線発生装置移動機構を設けたことを特徴とするX線装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−165236(P2007−165236A)
【公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−363248(P2005−363248)
【出願日】平成17年12月16日(2005.12.16)
【出願人】(000153498)株式会社日立メディコ (1,613)
【Fターム(参考)】