説明

ミラー及びその製造方法

【課題】精度上の要求を満たしつつ、大型化及び軽量化の両立を可能にするミラー及びその製造方法を提供する。
【解決手段】反射膜14を形成する板状の母材11が、板ガラスを加熱によって軟化させ湾曲させることで形成されるととともに、研磨を含む表面仕上処理を施した光学面である表面11aを有するので、ミラー本体10の光学的な精度を高めることができる。すなわち、母材11の表面(光学面)11aは、加熱を利用した湾曲によって所望の曲率を有する曲面になっているだけでなく、研削や研磨といった表面仕上処理によって精度劣化につながる微視的な凹凸や巨視的な凹凸が除去されて光学的に精密なものとなっている。よって、この表面11a上に反射膜14を形成することにより、湾曲した板状でありながら高精度の反射面を有するミラー本体10を得ること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精度を確保しつつ大型化が可能である軽量なミラー及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
反射鏡の製造方法として、下側に凹面を有する成形型の下端にガラス板を配置し、ガラス板を加熱によって軟化させつつ、成形型の中央に形成した通気孔から排気を行うことにより、ガラス板を成形型の凹面に倣った形状にするものが存在する(特許文献1参照)。この方法では、ガラス板と成形型とが密着し、これらの間に空気溜まりが残りにくく、凹面形状を比較的正確なものとしやすい。
【0003】
しかしながら、ガラス板を熱変形させるため、元々研磨された表面を有するガラス板であっても、所望の正確な光学面を得ることは容易でない。すなわち、ガラス板の裏面は精密な曲率を有するものとなっていても、ガラス板の肉厚の変化によって表面は精密な曲率とならない場合がある。また、ガラス板の加熱や変形に伴って光学面が劣化する可能性もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−7375号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記背景技術の問題に鑑みてなされたものであり、精度上の要求を満たしつつ、大型化及び軽量化の両立を可能にするミラー及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明に係るミラーは、(a)ガラス製の板材を加熱によって軟化させて湾曲させることで形成されるととともに、研磨を含む表面仕上処理を施した光学面と、光学面に対向する裏面とを有する板状の母材と、(b)母材の光学面上に形成された反射膜とを備える。
【0007】
上記ミラーでは、反射膜を形成する板状の母材が、ガラス製の板材を加熱によって軟化させ湾曲させることで形成されるととともに、研磨を含む表面仕上処理を施した光学面を有するので、ミラーの光学的な精度を高めることができる。すなわち、母材の光学面は、加熱を利用した湾曲によって所望の曲率を有する曲面になっているだけでなく、表面仕上処理によって精度劣化につながる微視的な凹凸や巨視的な凹凸が除去されて光学的に精密なものとなっている。よって、この光学面上に反射膜を形成することにより、湾曲した板状でありながら高精度の反射面を有するミラーを得ることができる。なお、以上のミラーは、板状の母材を利用するものであり、大型化しても比較的軽量性を確保しやすい。
【0008】
本発明の具体的な側面では、上記ミラーにおいて、母材の外周のうち少なくとも一部がカットによって除去されている。これにより、反射面の輪郭形状を簡易に設定することができる。
【0009】
本発明の別の側面では、母材が裏面側の中央領域に接着された複数の支持体によって支持されている。これにより、母材を少ない歪で安定して支持することができる。
【0010】
本発明のさらに別の側面では、複数の支持体が、ガラス製の円筒部材であり、当該円筒部材の一端で中央領域に接着される。この場合、ミラー本体の母材と支持体の円筒部材とが同質の材料で形成され、支持体の強度を確保しつつ、温度に対する安定性を高めることができる。
【0011】
本発明のさらに別の側面では、複数の支持体が、チルト調整装置を含む支持台上に固定されている。この場合、ミラーの設置や姿勢調節が容易となる。
【0012】
また、上記課題を解決するため、本発明に係るミラーの製造方法は、(a)ガラス製の板材を準備する工程と、(b)板材を上部に転写面を有する転写型台上で加熱によって軟化させ湾曲させることで湾曲面を有する前駆体を形成する工程と、(c)前駆体を仕上台上に固定して湾曲面に対して研磨を含む表面仕上処理を行うことによって光学面を有する板状の母材を形成する工程と、(d)母材の光学面上に反射膜を形成する工程とを備える。
【0013】
上記ミラーの製造方法では、前駆体を仕上台上に固定して湾曲面に対して研磨を含む表面仕上処理を行うことによって光学面を有する板状の母材を形成するので、ミラーの光学的な精度を高めることができる。すなわち、母材の光学面は、板材を加熱によって軟化させて形成した湾曲面から加工したものであり、所望の曲率を有する曲面になっている。さらに、母材の光学面は、表面仕上処理によって精度劣化につながる凹凸が除去されて光学的に精密なものとなっている。よって、この光学面上に反射膜を形成することにより、湾曲した板状でありながら高精度の反射面を有するミラーを得ることができる。以上のミラーは、板状の母材を利用するものであり、大型化しても比較的軽量性を確保しやすい。
【0014】
本発明の具体的な側面では、上記ミラーの製造方法において、反射膜が、アルミニウム製の蒸着層で形成されている。これにより、安価で高い反射率のミラーを提供することができる。
【0015】
本発明の別の側面では、反射膜が基材上の反射層を被覆する保護コートを有する。この場合、反射層の保護によって、反射膜延いてはミラーの耐久性を高めることができる。
【0016】
本発明のさらに別の側面では、ガラス製の板材が、厚みが一様な平板ガラスである。この場合、工業的に量産された安価な平板ガラスを利用して、比較的簡易に高精度のミラーを提供することができる。
【0017】
本発明のさらに別の側面では、転写型台が転写面を形成した珪藻土製の転写部を有する。珪藻土を用いて転写型台を作製することで、転写型台の耐久性すなわち高温下における形状的な安定性を高めることができる。また、珪藻土の成形物は、切削による形状創成が容易であり、安価であることから、転写型台の加工性を高めコストを抑えることができる。
【0018】
本発明のさらに別の側面では、仕上台が前駆体の裏面を支持する石膏製の支持部を有する。石膏を用いて仕上台を作製することで、仕上台の支持面を湾曲した前駆体に倣わせやすくなり、かつ、石膏の強度によって研磨を含む表面仕上処理に際して前駆体の支持を安定したものとできる。
【0019】
本発明のさらに別の側面では、前駆体を形成する工程で、加熱された板材の裏面を転写型台の転写面に吸引する。この場合、転写型台上に形成した転写面をガラス製の板材に確実に転写することができ、前駆体の湾曲面が正確な曲率を有するものとなるので、研磨を含む表面仕上処理が迅速になり、得られるミラーを高精度化しやすい。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】(A)は、第1実施形態のミラーの側方断面を説明する図であり、(B)は、ミラーの側面図であり、(C)は、ミラーの裏面図である。
【図2】(A)は、ミラー本体の断面構造を説明する図であり、(B)は、ミラー本体の裏面図であり、(C)は、支持体を説明する斜視図であり、(D)は、ミラー本体の変形例を説明する部分拡大断面図である。
【図3】(A)は、前駆体の製造を行うための加熱成形装置を説明する概念的な側面図であり、(B)は、加熱成形装置中の転写部の平面図である。
【図4】転写部の転写面を加工又は創成する方法を説明する図である。
【図5】(A)〜(C)は、前駆体の製造工程を段階的に説明する側面図である。
【図6】母材の製造を行うための仕上装置について説明する概念的な側面図である。
【図7】仕上装置について説明する概念的な平面図である。
【図8】第2実施形態のミラーの側方断面を説明する図である。
【図9】第3実施形態のミラーの側方断面を説明する図である。
【図10】(A)及び(B)は、ミラーの変形例を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
〔第1実施形態〕
以下、本発明の第1実施形態に係るミラーとその製造方法とについて、図面を参照しつつ説明する。
【0022】
まず、図1(A)〜1(C)を参照して、第1実施形態に係るミラーの構造について説明する。このミラー100は、ミラー本体10と、裏面支持ユニット20と、支持台30とを有する。
【0023】
ミラー本体10は、ガラス材料で形成されており、浅いドーム状の外形又は薄い部分球殻状の外形を有し、平面視において円形の輪郭を有し、側面視において弓形の輪郭を有する。ミラー本体10は、例えば直径数10cmから120cm程度のサイズを有する。ミラー本体10の表面10aは、例えば球面である平滑な反射面となっており、ミラー本体10の裏面10bは、反射面である表面10aに沿って略同一の曲率を有する球面となっている。つまり、表面10aと裏面10bとは、各部で等間隔となるように対向しており、ミラー本体10は、全体に亘って略一様な厚みを有している。
【0024】
図2(A)に示すように、ミラー本体10は、母材11の表面11aを反射膜14で被覆した構造を有する。反射膜14は、下側に反射層12を有し、上側に保護コート13を有する。母材11は、例えば5mm〜30mmの厚みを有する。母材11の表面11aは、例えば球面である平滑な光学面となっており、母材11の裏面11bは、ミラー本体10の裏面10bとなっている。母材11の表面11aは、研磨によって鏡面に表面仕上処理されている。表面11a上の反射層12は、例えばアルミニウム、銀等の蒸着層で形成され、例えば1500Å〜3000Å程度の一様な厚みを有する。反射層12上の保護コート13は、例えば酸化アルミニウム、酸化珪素等の薄膜で形成され、反射波長によるが、例えば反射波長が300nm〜800nmである場合800Å〜2300Å程度の一様な厚みを有する。
【0025】
図2(B)に示すように、裏面支持ユニット20は、複数の支持体21を有する。これらの支持体21は、一方でミラー本体10の裏面10bのうち中央領域A0に接着され、他方で図1(A)に示す支持台30の表面30aに接着されている。図示の例では、裏面支持ユニット20の構成要素として3本の支持体21を設けており、これらの支持体21は、ミラー本体10の光軸OAの周囲の円周上に等間隔で配置され固定されている。つまり、ミラー本体10は、裏面支持ユニット20を構成する3つの支持体21によって、少ない歪みでバランス良く3点支持されている。
【0026】
図2(C)に示すように、支持体21は、母材11に近い熱膨張係数を有するガラス材料で形成された円筒状の部材であり、直径10mm程度、長さ数cm程度のサイズを有する。支持体21の上側の端面21aは、エポキシ等の接着剤によって、隙間を充填するようにミラー本体10の裏面10bに接着される。支持体21の下側の端面21b及びその周囲の側面21cは、エポキシ等の接着剤によって、隙間を充填するように支持台30の表面30aと、支持台30上に設けられた支持突起31とに接着される。
【0027】
図1(A)等に示すように、支持台30は、上部板32と、下部板33と、複数の連結部材34とを有する。上部板32は、例えばステンレス等の鋼材で形成され、表面30aから突起する複数の支持突起31を有する。各支持突起31は、裏面支持ユニット20を構成する各支持体21の支持を補強する役割を有し、特に各支持体21の倒れを防止している。下部板33は、母材11に近い熱膨張係数を有し比較的高い靱性を有するフロート板ガラスその他のガラス材料で形成されている。なお、上部板32も下部板33と同様に母材11に近い熱膨張係数を有する材料で形成することができる。連結部材34は、バネ34aやネジ34bを含んで構成される伸縮機構であり、上部板32と下部板33との間の3箇所に形成されている。3つの連結部材34は、チルト調整装置35として機能し、3つの連結部材34の長さを個別に調整することで、下部板33に対する上部板32のチルト調整が可能になり、ミラー本体10の光軸OAを所望の方位に所望の傾斜角で傾けることができる。
【0028】
以上において、ミラー本体10は、板ガラスを加工した板状体であり、比較的軽量化することができる。さらに、母材11の表面11aは、ソフトな研磨によって形成した光学面すなわち鏡面であり、表面11a上に形成された表面(反射面)10aの光学的精度は高い。具体的な作製例では、ミラー本体10の直径を100mmとし、ミラー本体10の厚みを10mmとした。作製されたミラー本体10は、自重による撓みが多少あるものの、0.1mm以下の集光スポットを形成することができ、人間の肉眼と同程度の分解能(1分角程度)で結像可能であり、光学的な使用に十分耐えられることが分かった。なお、ミラー本体10の厚みは、自重による撓みによる誤差を考慮して、ミラー100の用途に応じたものに設定される。
【0029】
なお、図2(D)等に示すように、ミラー本体10の外周部10dは、保護部材15で被覆することができる。保護部材15は、例えば可撓性を有する樹脂等で形成され、例えばミラー本体10の全周に亘って形成される。このような保護部材15により、ミラー本体10の強度を高めることができ、他の部品や機構と接触による破損を防止できる。
【0030】
以下、図1(A)等に示す第1実施形態に係るミラー100の製造方法について具体的に説明する。
【0031】
まず、図3(A)及び3(B)を参照して、ミラー100の製造工程のうち、前駆体の製造を行うための加熱成形装置について説明する。図示の加熱成形装置200は、転写型台40と、ヒータ51と、排気装置53とを備える。
【0032】
転写型台40は、台座41上に転写部42を載置したものである。転写部42は、珪藻土で形成されたものである。転写部42の上部には、転写面42aが形成され、転写部42の中心には、排気用の通気孔42cが設けられている。転写面42aは、例えば凹の球面となっており、最終的な目的物であるミラー100のミラー本体10における表面10a又は裏面10bに相当する曲率を有している。
【0033】
転写部42は、例えば珪藻土層を円柱状に切削整形し、焼結したものを原型とし、この原型上に転写面42aを形成したものである。転写面42aは、例えば図4に示すように、板状のブレード49を軸AXのまわりに回転させることによって形成される。ブレード49の下端49aは、目的とする光学面の直径上における曲率に相当する輪郭を有している。ブレード49を軸AXまわりに回転させつつ徐々に降下させることによって、原型142の表面層142aが除去されるので、所望の回転対称な曲面としての転写面42aを有する転写部42が形成される。以上のブレード49は、珪藻土よりも十分硬い材料、例えば堅い金属、ガラス、セラミックス等で形成することができる。
【0034】
なお、転写部42を繰り返して使用した場合、転写面42aが徐々に摩耗する可能性があるが、図4に示すブレード49を用いることで、転写面42aの形状精度を元の状態に簡易に復元することができる。
【0035】
ヒータ51は、転写部42の側部及び上部を周囲から囲むように配置され、炉壁58内に収納されている。炉壁58内には、不図示の温度センサーが設置されており、温度センサーを監視しつつヒータ51への給電量を調整することで、転写部42周辺の炉内温度を調整することができる。
【0036】
排気装置53は、炉壁58の外部に配置される減圧装置53aを有し、減圧装置53aは、配管53b等を介して転写型台40の通気孔42cに連通している。減圧装置53aを動作させると、転写型台40の転写部42と板ガラス91との間に形成された空間SPの空気が、通気孔42c,41cと配管53bとを介して減圧装置53aに排出され、空間SP内が減圧される。これにより、板ガラス91の裏面91bが転写部42の転写面42aに向けて吸引される。
【0037】
以下、図3(A)に示す加熱成形装置200を用いた前駆体の製造工程について説明する。まず、図5(A)に示すように、転写部42の転写面42a上に板ガラス91を設置する。この際、板ガラス91は、外周部91pで転写部42に支持され水平に配置されることになる。板ガラス91は、市販の白板ガラス、青板ガラス、パイレックスガラス(登録商標)、コバール封着ガラス又はコバールガラス(ホウ珪酸ガラス)等であるガラス製の板材を円形にカットしたものであり、転写面42aに適合するように例えば円形に切断される。なお、板ガラスは、建材などに大量に使用され、厚さ10mmまでのものは非常に安価に入手することができきる。このような板ガラスは、研削及び研磨にも好都合な硬さを有しており、きれいな鏡面に仕上げることができる。また、板ガラスは、湿気や風化にも非常に強く、優れたコスト効率を特徴としている。
【0038】
次に、ヒータ51を動作させて、転写部42とその上の板ガラス91とを加熱し、板ガラス91の温度を軟化点よりも少し上の温度(例えば600℃〜700℃)まで上昇させる。この際、排気装置53を動作させて、板ガラス91の裏面91bを転写部42の転写面42aに吸引する。これにより、板ガラス91が徐々に軟化し、自重等によって中央が下側に突出するように湾曲し、転写部42の転写面42aが板ガラス91の裏面91bのいずれかの箇所に接する。さらに加熱を継続すると、板ガラス91が目的の形状まで変形し、板ガラス91の裏面91b全体が転写面42aに略密着する(図5(B)参照)。
【0039】
その後、ヒータ51の動作を停止させ板ガラス91を冷却することで、板ガラス91を硬化させる。これにより、図1(A)等に示すミラー本体10の前駆体191となる。
【0040】
その後、前駆体191を転写部42から分離して炉外に取り出す(図5(C)参照)。このようにして得られた前駆体191は、ミラー本体10の母材11となるものであり、母材11の外形と略等しい外形を有する。すなわち、前駆体191は、浅いドーム状の外形又は薄い部分球殻状の外形を有する。前駆体191の表面191aは、ミラー本体10の表面10aに相当する曲率を有する凹面であるが、光学的な精度は低くなっている。つまり、ミラー本体10の表面10aに比較すると、巨視的には面内において曲率が目標値からずれた領域が局所的に形成されており、微視的にも微細な皺、うねり等が存在し鏡面度の低いものとなっているので、これにミラーコートを行っても、光学的用途については制限されたものとなってしまう。なお、前駆体191の裏面191bは、転写部42の転写面42aに倣った曲率を有する凹面である。裏面191bも、光学的な精度は低くなっているが、光学的な精度は必要ないため、そのまま加工されることなくミラー本体10の裏面10bになる。
【0041】
図6を参照して、ミラー100の製造工程のうち、母材の製造を行うための仕上装置について説明する。図示の仕上装置300は、仕上台60と、加工皿70と、加工皿駆動装置81と、回転機構82と、駆動装置83とを備える。
【0042】
仕上台60は、基材部分61と、支持部62とを有する。基材部分61は、例えばセメント、セラミック等で形成され、上部に支持面61aを有する。支持面61aは、転写部42に転写面42aに近似する凹の球面となっており、図5(C)に示す前駆体191に近い曲率を有する。なお、基材部分61の外周上部は、例えばステンレス製の外周環64によって覆われている。支持部62は、基材部分61の支持面61a上であって外周環64の内側に層状に形成されている。支持部62は、中央領域を含む略全体領域で前駆体191の裏面191bに密着しており、前駆体191を下側から支持している。支持部62は、例えば石膏で形成される。具体的には、基材部分61の支持面61a上に石膏を塗布し、石膏が硬化する前に石膏上に前駆体191を降下させ、泡が入らないように前駆体191の裏面191bを石膏に密着させる。その後、石膏が硬化すると、基材部分61と前駆体191とに挟まれて両者にフィットした形状の支持部62が形成される。この支持部62は、通常10mm以下で適当な厚さに調整され、例えば1mm〜3mmの厚さになっている。なお、支持部62を補強する目的で、前駆体191の外縁部において隙間を充填し表面を被覆するように石膏を追加することもできる。
【0043】
加工皿70は、鉄等の金属材料で形成された部材であり、加工板71と、側壁72とを有する。加工板71の下面71aは、最終的な目的物であるミラー100のミラー本体10における表面10aに相当する曲率を有している。加工板71の上面71bには、後述する加工皿駆動装置81に連結されるリンク受け73が固定されている。側壁72は、加工板71の外周に溶接された円筒状の部材である。なお、加工板71の下面71aは、研削用の加工面であるが、加工板71の下面71aにピッチその他の研磨パッド75を付着させたものに交換することにより、研磨用の加工面とすることができる。
【0044】
加工皿駆動装置81は、昇降軸81aと、荷重部材81bと、一対のアーム81c,81dと、アーム駆動機構81eとを備える。ここで、昇降軸81aは、下端に球状のリンク部材81fを有し、上端に支持部81gを有する。リンク部材81fは、加工皿70のリンク受け73に係合し、加工皿70を支持しつつも、加工皿70の回転や傾斜を許容する。支持部81gは、荷重部材81bを交換可能に支持している。荷重部材81bは、昇降軸81aの支持部81g上に支持されて加工皿70を下方すなわち−Z方向に付勢する。荷重部材81bの重量を適宜調整することにより、加工皿70を前駆体191の表面191aに押し付ける圧力を調整することができる。一対のアーム81c,81dは、先端側に軸受け81jを有し、昇降軸81aに連結されるとともに昇降軸81aを鉛直に保持している。
【0045】
図7に示すように、一対のアーム81c,81dは、根元側でアーム駆動機構81eを構成する一対の円板81m,81nにそれぞれ連結されている。円板81m,81nは、モータ81rによって鉛直軸のまわりに回転する。一対の円板81m,81nをモータ81rによって固有の速度で回転させることで、一対のアーム81c,81dは、根元側で水平面内すなわちXY面内で回転する。このように、一対のアーム81c,81dの根元側を回転させることにより、結果的に、アーム81c,81dの先端に支持された昇降軸81aが仕上台60の上方で半径方向や円周方向に移動する。つまり、昇降軸81aの下方に連結された加工皿70を仕上台60に支持された前駆体191の表面191a上でまんべんなく走査或いは揺動させることができる。なお、各アーム81c,81dは、円板81m,81n上に設けたリンク機構81sにより、駆動の有効長さや根元側での回転半径を調整できるようになっており、加工皿70の前駆体191上における走査又は揺動パターンを変更することができる。
【0046】
図6に戻って、回転機構82は、回転テーブル82a、不図示のモータ等とを有しており、回転テーブル82a上の仕上台60を所望の速度で回転させることができる。
【0047】
駆動装置83は、加工皿駆動装置81のモータ81r(図7参照)を制御して、モータ81rを所望のタイミング及び回転速度で動作させる。
【0048】
以下、図6等に示す仕上装置300を用いた母材11の製造工程について説明する。まず、図6に示すように、前駆体191を仕上装置300の仕上台60上に固定する。この際、前駆体191は、支持部62によって下方から支持され、それ自体では外力によって撓み変形しやすい薄板状であるが、仕上台60上に安定した状態で保持される。
【0049】
次に、研削用の加工皿70を前駆体191の表面191a上に載置し、加工皿駆動装置81の昇降軸81aを連結する。その後、研削砂を含む研削液を供給しつつ、駆動装置83を介して回転機構82を動作させることで回転テーブル82a上の仕上台60を回転させる。これと同時に、駆動装置83を介して加工皿駆動装置81を動作させることで加工皿70を前駆体191上で2次元的に走査又は揺動させる。これにより、前駆体191の表面191aの表面が徐々に研削され、表面191aの曲率を目的とする曲率に近づけることができる。この際、荷重部材81bの重量を適宜調整することで、前駆体191の表面191aに過剰な圧力が付与されて過度の変形が生じないようにする。つまり、研削の進行をソフトなものとする。研削工程では、研削液に含まれる研削砂を徐々に小さくすることで、前駆体191の表面191aの平滑度を徐々に高める。なお、以上の研削工程では、研削の途中で深さ計と撮像カメラを用いた表面形状試験を行い、次の工程に進むかどうか等を判定する工程管理を行う。
【0050】
次に、加工皿70を研削用のものから研磨用のものに交換する。加工皿70に設けた研磨パッド75は、例えばコールタールを熱融解後に下面71aに付着させて冷却固化したものである。研磨に際しては、酸化セリウム等を含む研磨液を供給しつつ、駆動装置83を介して回転機構82を動作させることで回転テーブル82a上の仕上台60を回転させる。これと同時に、駆動装置83を介して加工皿駆動装置81を動作させることで加工皿70を前駆体191上で2次元的に走査又は揺動させる。これにより、前駆体191の表面191aの表面が徐々にであるが一様に研磨され、表面191aを目的とする曲率の鏡面とすることができる。なお、以上の研磨工程では、研磨の途中で深さ計と撮像カメラを用いた表面形状試験を行い、研磨を終了するか研磨パターンを変更するかといった判定を行う。
【0051】
以上の研削及び研磨が終了した前駆体191の表面191aは鏡面化され、図1(A)及び2(A)に示すミラー本体10の母材11となる。この母材11は、仕上台60上から過度の応力を与えないように取り外され、洗浄される。
【0052】
以下、ミラー本体10の最終的な作製工程について説明する。図6に示す仕上装置300によって研削及び研磨された光学面としての表面11aを有する母材11は、必要ならば不要な周辺部がカットされ、蒸着装置内にセットされて、表面11a上にアルミニウム製の反射層12が形成される。その後、反射層12を形成した母材11は、陽極酸化処理され、表面に酸化アルミニウムの保護コート13を有するものとなる。
【0053】
以上で説明した第1実施形態に係るミラー100では、反射膜14を形成する板状の母材11が、板ガラス91を加熱によって軟化させ湾曲させることで形成されるととともに、研磨を含む表面仕上処理を施した光学面である表面11aを有するので、ミラー本体10の光学的な精度を高めることができる。すなわち、母材11の表面(光学面)11aは、加熱を利用した湾曲によって所望の曲率を有する曲面になっているだけでなく、研削や研磨といった表面仕上処理によって精度劣化につながる微視的な凹凸や巨視的な凹凸が除去されて光学的に精密なものとなっている。よって、この表面(光学面)11a上に反射膜14を形成することにより、湾曲した板状でありながら高精度の反射面を有するミラー本体10を得ることができる。なお、以上のミラー本体10は、板状の母材11を利用するものであり、大型化しても比較的軽量性を確保しやすい。
【0054】
本実施形態のミラー100は、反射型光学望遠鏡に搭載される反射鏡、太陽集光発電装置に搭載される集光用反射鏡等として使用可能である。
【0055】
なお、具体的な作製例のミラー100では、研磨工程の丁寧さにもよるが1分角程度以下の分解能を実現することができ、0.1mm以下の集光スポットを形成することができた。また、作製例のミラー100は、天体観測等の肉眼と同レベルの分解能の用途で使用される肉厚のミラーに比較して、極めて安価でありながら高い集光効率を達成できた。
【0056】
〔第2実施形態〕
以下、第2実施形態に係るミラーとその製造方法とについて、図面を参照しつつ説明する。第2実施形態に係るミラー等は、第1施形態のミラー等を一部変更したものであり、特に説明しない部分は第1実施形態と同様であるものとする。
【0057】
図8に示すように、支持台30は、ミラー本体10を背後から覆う円形のカバー37を有する。カバー37は、薄い板状の金属材で形成され、中央の開口周辺部37aで、支持台30に固定されている。また、カバー37は、外周において、ミラー本体10の表面10a側に折り返されたガード37bを有する。カバー37は、ミラー本体10の光学的精度を劣化させないように、ミラー本体10に対して非接触の状態とされている。このような、ガード37bを設けることにより、ミラー本体10の耐久性を高め、ミラー100の取り扱いを容易にすることができる。
【0058】
〔第3実施形態〕
以下、第3実施形態に係るミラーとその製造方法とについて、図面を参照しつつ説明する。第3実施形態に係るミラー等は、第1又は第2実施形態のミラー等を一部変更したものであり、特に説明しない部分は第1又は第2実施形態と同様であるものとする。
【0059】
図9に示すように、支持台30は、ミラー本体10を背後から覆う円形のカバー37を有し、カバー37とミラー本体10との間に発泡性の樹脂、繊維等からなる充填部材38を挿入している。この場合、ミラー100の振動に対する耐性等を含めた機械的強度が高まる。
【0060】
以上実施形態に即して本発明を説明したが、本発明は、上記の実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば次のような変形も可能である。
【0061】
ミラー本体10は、凹の反射面を有するものに限らず、転写部42の転写面42aの変更によって凸の反射面を有するものとすることができる。また、ミラー本体10の反射面は、球面に限らず、転写面42aの変更等によって非球面とすることができる。さらに、ミラー本体10の反射面の輪郭は、円形に限らず、用途や目的に応じて楕円、多角形等とすることができる。例えば、ミラー本体10の中央をくりぬいてドーナッツ状とすることもできる。
【0062】
上記実施形態では、ミラー本体10の厚みを5mm〜30mmとしたが、ミラー本体10の厚みは、自重による撓みによる誤差を考慮して、ミラー100の用途に応じて設定される。ただし、ミラー本体10の母材11を板ガラスから形成する場合、市販の規格に従った厚みとすることが望ましい。
【0063】
上記実施形態では、裏面支持ユニット20として3つの支持体21を用いて三点支持を行っているが、本発明はこのような裏面支持ユニット20に限定されるものではない。例えばミラー本体10の外周での撓みが大きい場合、中央領域A0だけでなく、周辺部に支持体21を追加することができる。また、ミラー本体10が円形の輪郭を有しない場合、対称性が低く撓みが増加する傾向があるので、支持体21の配置や個数を変更して支持のバランスをとる必要が生じる場合もある。
【0064】
ミラー100は、単独で使用することができるが、例えば図10(A)又は10(B)に示すように、複数のミラー100を組み合わせて大きなミラー100Aを構成することもできる。
【0065】
転写部42は、珪藻土に限らず、カーボングラファイト、加工性セラミックスその他の無機材料で形成することができるが、コスト、耐熱性、加工性等を考慮すると、現時点では珪藻土が優れていると考えられる。
【0066】
支持部62は、石膏に限らず、研磨用ワックス等で形成することができる。ただし、石膏は、前駆体191の裏面191bの形状にフィットさせやすく、硬化時の温度と使用時の温度とを一致させやすく、ある程度の強度を有しており、コストを抑えることができる点で、優れている。
【0067】
上記実施形態では、加熱成形装置200において板ガラス91を湾曲させているが、予め湾曲させた板ガラス91をさらに湾曲させることもできる。
【0068】
上記実施形態では、加熱成形装置200において板ガラス91を自重で湾曲させているが、板ガラス91をプレス等によって強制的に湾曲させることもできる。
【0069】
上記実施形態では、仕上装置300において研削と研磨とを行っているが、仕上装置300で研磨のみを行うこともできる。
【0070】
上記ミラー100は、反射型光学望遠鏡に限らず、微弱光を高速度撮影可能な車載イメージセンシング装置の結像系、外光を室内に導く目的等で利用される光源照明系、突発事故等の災害や危機の監視装置の監視光学系、医療等の診断観察装置における観察光学系、高品位道路鏡、ステッパーの照明系等の各種分野に応用することができる。
【0071】
上記ミラー100は、可視光の波長域だけでなく、赤外その他の波長域で使用される光学機器に組み込むことができる。
【符号の説明】
【0072】
10…ミラー本体、 10a…表面、 10b…裏面、 11…母材、 11a…表面、 11b…裏面、 12…反射層、 13…保護コート、 14…反射膜、 15…保護部材、 20…裏面支持ユニット、 21…支持体、 30…支持台、 34…連結部材、 35…チルト調整装置、 37…カバー、 38…充填部材、 40…転写型台、 41…台座、 42…転写部、 42a…転写面、 42c…通気孔、 51…ヒータ、 53…排気装置、 58…炉壁、 60…仕上台、 61…基材部分、 62…支持部、 70…加工皿、 82…回転機構、 91…板ガラス、 100…ミラー、 191…前駆体、 200…加熱成形装置、 300…仕上装置、 A0…中央領域、 AX…軸、 OA…光軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス製の板材を加熱によって軟化させて湾曲させることで形成されるととともに、研磨を含む表面仕上処理を施した光学面と、前記光学面に対向する裏面とを有する板状の母材と、
前記母材の前記光学面上に形成された反射膜と
を備えるミラー。
【請求項2】
前記母材の外周のうち少なくとも一部は、カットによって除去されている、請求項1に記載のミラー。
【請求項3】
前記母材は、前記裏面側の中央領域に接着された複数の支持体によって支持されている、請求項1及び2のいずれか一項に記載のミラー。
【請求項4】
前記複数の支持体は、ガラス製の円筒部材であり、当該円筒部材の一端で前記中央領域に接着される、請求項3に記載のミラー。
【請求項5】
前記複数の支持体は、チルト調整装置を含む支持台上に固定されている、請求項1から4までのいずれか一項に記載のミラー。
【請求項6】
ガラス製の板材を準備する工程と、
前記板材を上部に転写面を有する転写型台上で加熱によって軟化させ湾曲させることで湾曲面を有する前駆体を形成する工程と、
前記前駆体を仕上台上に固定して前記湾曲面に対して研磨を含む表面仕上処理を行うことによって光学面を有する板状の母材を形成する工程と、
前記母材の前記光学面上に反射膜を形成する工程と
を備えるミラーの製造方法。
【請求項7】
前記反射膜は、アルミニウム製の蒸着層で形成されている、請求項6に記載のミラーの製造方法。
【請求項8】
前記反射膜は、前記基材上の反射層を被覆する保護コートを有する、請求項6及び7のいずれか一項に記載のミラーの製造方法。
【請求項9】
前記ガラス製の板材は、厚みが一様な平板ガラスである、請求項6から8までのいずれか一項に記載のミラーの製造方法。
【請求項10】
前記転写型台は、前記転写面を形成した珪藻土製の転写部を有する、請求項6から9までのいずれか一項に記載のミラーの製造方法。
【請求項11】
前記仕上台は、前記前駆体の裏面を支持する石膏製の支持部を有する、請求項6から9までのいずれか一項に記載のミラーの製造方法。
【請求項12】
前記前駆体を形成する工程で、加熱された前記板材の裏面を前記転写型台の前記転写面に吸引する、請求項6から11までのいずれか一項に記載のミラーの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−203268(P2012−203268A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−68980(P2011−68980)
【出願日】平成23年3月25日(2011.3.25)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】