説明

メラニン産生抑制剤の鑑別方法

【課題】メラニン産生抑制作用を有する物質の機作を指標とするメラニン産生抑制剤の鑑別方法を提供する。
【解決手段】メラニン産生抑制作用を有する物質の機作を指標とするメラニン産生抑制剤の鑑別方法は、1)チロシナ−ゼへの直接阻害作用を有しないこと、2)チロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用を有しないこと、3)プロトンポンプ阻害作用を有すること、を特徴とするメラニン産生抑制剤の鑑別方法を提供することにより、前記課題を解決することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メラニン産生抑制作用を有する物質の機作を指標とする、メラニン産生抑制剤の鑑別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体には、内因性又は外因性の様々な要因に対し恒常性を維持する機能が存在する。この様な生体内の恒常性は、生体組織又は細胞に存在する蛋白質、核酸、酵素をはじめとする様々な種類の生命分子により維持されている。特に、生体高分子である蛋白質の立体構造や機能は、周辺環境(光、温度、pH、酸化還元など)に強く依存しているため、周辺環境の著しい変化は、時として生体内に於ける恒常性の破綻を導きことに繋がり、生体機能を破壊し、多様な疾患として顕在化する。
【0003】
細胞の主要な構成成分であるチャネル(カルシウムチャネル、カリウムチャネルなど)、トランスポ−タ−(モノアミントランスポータ−、プロトンポンプなど)、輸送体(糖輸送体、アミノ酸輸送体など)は、必要な物質を細胞内に取り込み、必要のない物質を細胞外に汲み出す役割を果たしている。膜ATPaseは、細胞又は細胞小器官内におけるイオン濃度を制御する働きを担っており、輸送するイオンによってNa+/K+−ATPase、H+−ATPase、Ca2+−ATPaseに分類される。特に、プロトンを輸送するH+−ATPaseには、ミトコンドリア内膜に存在するF型ATPase群、細胞内の液胞などの細胞内膜に存在するV型ATPase群、形質膜に存在するP型ATPase群が存し、能動輸送によりプロトンを輸送している。一方、イオンポンプのNa+/K+−ATPaseと共役的に働くことによりプロトンを受動的に細胞外に輸送するNa+/H+交換輸送体も存する。細胞又は細胞小器官内に存在する蛋白質、酵素などの生体分子には、至適なpH範囲において活性を発現するものが少なくなく、細胞又は細胞小器官内のプロトン濃度の劇的な変化は、生体高分子の構造や機能を破壊し、疾患の発症に繋がる。このため、細胞又は細胞小器官内におけるプロトン濃度を調節する物質は、pH依存性の生体高分子が関与する疾患の胃潰瘍、糖尿病、本態性高血圧、不整脈、狭心病、心肥大、虚血若しくは虚血性再潅流による臓器障害、脳虚血障害、色素異常の改善等に対する予防又は治療薬として期待される。
【0004】
メラニン合成には、チロシナ−ゼ、チロシナ−ゼ関連タンパク1(TRP1)、チロシナ−ゼ関連タンパク2(TRP2)などの特異的な酵素が関与している。これらの酵素は、遺伝子レベル及びアミノ酸レベルの相同性が高いことからチロシナ−ゼファミリ−と呼ばれ、いずれも活性中心に金属イオンを有するメラノソ−ム膜に結合した糖タンパクであるという特徴を有している。特に、メラニン合成における律速酵素として知られるチロシナ−ゼに関する研究は盛んに行われており、直接チロシナ−ゼ酵素を阻害するチロシナ−ゼ阻害剤(例えば、非特許文献1を参照)、チロシナ−ゼmRNA発現抑制作用によるチロシナ−ゼ発現抑制剤(例えば、特許文献1を参照)、チロシナ−ゼ酵素分解促進剤(例えば、特許文献2を参照)などが知られ、美白用の化粧料などとして広く使用されている。この様に、チロシナ−ゼの酵素活性、酵素発現量などチロシナ−ゼ酵素に直接的に働きかける物質、更には、これらの物質を複数配合した化粧料が数多く開発されているが、その効果は必ずしも満足のいくものとは言えず、さらには、安定性又は安全性に課題を有するものも少なくない。このため、既存の美白機序を有する物質に加え、新規な作用機序により高い美白効果、安全性及び安定性が期待出来る、新たな美白剤が望まれている。このため、美白剤の探索においては、チロシナ−ゼ酵素活性及び発現量などの既存の作用機作を介しチロシナ−ゼに働きかける物質を排除し、新たな作用機序を有する美白剤を効率的に探し出す方法が切望されている。また、これらとは別に、複数のメラニン産生抑制剤を組み合わせて化粧料などの皮膚外用剤に含有させる研究・開発も盛んに行われている。しかしながら、かかる組み合わせの効果は全く存しなかったり、相加的効果であったり、相乗的効果であったりするが、その原因などに付いても全くしられていない。これは、メラニン産生抑制の機作が殆ど知られていないことも一因であると考えられる。
【0005】
チロシナ−ゼは、重要な周辺環境のひとつとされるプロトン濃度(pH)により活性が変化する酵素であり、メラノサイト内を中性に変化させることにより、酵素活性及びメラニン産生量が影響されることが報告されている(例えば、非特許文献2を参照)。しかしながら、プロトンポンプ阻害剤が、細胞又は細胞小器官における酸性化を誘引し、pH依存性の酵素であるチロシナ−ゼ活性を低下させ、メラニン産生を抑制することにより美白をはじめとする色素異常関連疾患に有効であることは全く知られていなかった。
【0006】
また、メラニン産生抑制作用を有する物質の鑑別方法として、1)メラニン産生抑制作用を有し、2)チロシナ−ゼへの直接阻害作用を有しないこと、3)チロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用を有しないこと、4)プロトンポンプ阻害作用を有すること指標としプロトンポンプ阻害剤を鑑別することは行われていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−352697号公報
【特許文献2】特開2004−352647号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】鈴木正人 監修、老化防止、美白、保湿化粧品の開発技術(シ−エムシ−出版)
【非特許文献2】Janis Ancans et. al.、Experimental Cell Research、268、26−35(2001)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、この様な状況下においてなされたものであり、メラニン産生抑制作用を有する物質の機作を指標とするメラニン産生抑制剤の鑑別方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この様な状況に鑑みて、本発明者等は、プロトンポンプ阻害作用を有するメラニン産生抑制剤を効率的に鑑別する技術を求めて、鋭意努力・研究を重ねた結果、メラニン産生抑制作用を有する物質の中、1)チロシナ−ゼへの直接阻害作用を有しないこと、2)チロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用を有しないこと、3)プロトンポンプ阻害作用を有すること指標としたプロトンポンプ阻害剤の鑑別方法を見出し、本発明を完成させるに至った。本発明は、以下に示す通りである。
<1> メラノサイトに於けるメラニン産生抑制作用を有する物質の機作を指標とする鑑別法であって、該物質の、1)チロシナ−ゼへの直接作用の有無、2)チロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用を有するか否か、3)プロトンポンプ阻害作用を有するか否かを調べ、1)チロシナ−ゼへの直接作用がある場合は、チロシナ−ゼの直接阻害剤であると鑑別し、2)チロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用を有する場合には、チロシナ−ゼファミリ−タンパク減少剤であると鑑別し、3)プロトンポンプ阻害作用を有する場合には、チロシナ−ゼに対する間接阻害剤であると鑑別することを特徴とする、メラニン産生抑制作用を有する物質の鑑別法。
<2> 前記チロシナ−ゼの間接阻害作用を、メラノサイト内の酸性化作用として検知することを特徴とする、<1>に記載のメラニン産生抑制作用を有する物質の鑑別法。
<3> 前記メラノサイト内の酸性化作用の検知が、pH応答性色素によることを特徴とする、<2>に記載のメラニン産生抑制作用を有する物質の鑑別法。
<4> メラニン産生抑制剤のスクリ−ニング方法であって、以下の工程を有することを特徴とする、メラニン産生抑制剤のスクリ−ニング方法。
(工程1)被険物質のメラノサイトにおけるメラニン産生量を測定する。
(工程2)工程1に於いてメラニン産生抑制作用を有した物質に付いて、チロシナ−ゼへの直接阻害作用を測定する。チロシナ−ゼへの直接阻害作用を有した物質は、チロシナ−ゼ直接阻害剤に分類する。
(工程3)工程1に於いてメラニン産生抑制作用を有し、工程2に於いてチロシナ−ゼへの直接作用を有しない物質に付いて、チロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用の有無を測定する。チロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用を有する物質は、チロシナ−ゼファミリ−タンパク減少剤に分類する。
(工程4)工程1に於いてメラニン産生抑制作用を有し、工程2に於いてチロシナ−ゼへの直接阻害作用を有さず、工程3に於いてチロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用を有しない物質に付いて、プロトンポンプ阻害作用を調べ、プロトンポンプ阻害作用を有する物質は、チロシナ−ゼ間接阻害剤に分類する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、メラニン産生抑制作用を有する物質の機作を指標とするメラニン産生抑制剤の鑑別方法を提供することが出来る。斯くの如くメラニン産生抑制剤をその機作によって、働き方、性質を鑑別することにより、補完するメラニン産生抑制剤の組み合わせを見出し、相乗作用を有する美白用の皮膚外用剤を設計するなど、新規の皮膚外用剤を設計、製造することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明におけるフラバノン誘導体(化合物1〜4)のチロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用の検討結果を示す図である。
【図2】本発明におけるフラバノン誘導体(化合物1〜3)のプロトンポンプ阻害作用の検討結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<本発明のメラニン産生抑制作用を有する物質の機作を指標とするメラニン産生抑制剤の鑑別方法>
本発明のメラニン産生抑制作用を有する物質の機作を指標とするメラニン産生抑制剤の鑑別方法は、1)チロシナ−ゼへの直接作用の有無、2)チロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用を有するか否か、3)プロトンポンプ阻害作用を有するか否かを指標とすることを特徴とする。該鑑別方法に於いては、メラニン産生抑制剤を、1)チロシナ−ゼへの直接作用がある場合は、チロシナ−ゼの直接阻害剤であると鑑別し、2)チロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用を有する場合には、チロシナ−ゼファミリ−タンパク減少剤であると鑑別し、3)プロトンポンプ阻害作用を有する場合には、チロシナ−ゼに対する間接阻害剤であると鑑別する。ここで、本発明におけるメラニン産生抑制作用を有する物質とは、後述するヒト正常メラノサイト(NHEM)を用いたメラニン産生抑制作用試験において、細胞毒性の認められない濃度において、コントロ−ルと比較しメラニン産生量を50%以下のレベルに低下させる作用を有する物質を意味する。これは、メラニン産生抑制作用が低い物質をメラニン産生抑制剤と鑑別した場合には、期待されるメラニン産生抑制作用が現われないためである。
【0014】
メラニンは、フェノ−ル性物質の酵素的酸化により形成された高分子の総称であり、神経節由来細胞であるメラノサイト内の小器官であるメラノサイトで合成され、メラノサイトの樹枝状突起を通して隣接する周囲のケラチノサイトに移行し、表皮細胞に貧食され核上部に集まり紫外線から核を守る働きをする。チロシナ−ゼは、チロシンからメラニンが生合成される過程における律速酵素であり、その酵素活性は、pH依存的である。本発明に於いてチロシナ−ゼの直接阻害剤に分類されない物質とは、後述するヒト正常メラノサイト細胞抽出液を用いたチロシナ−ゼ直接阻害作用試験において、メラニン産生抑制作用を示した被験物質の濃度に比較し、100倍以上の濃度の被験物質を反応系に添加してもチロシナ−ゼ直接阻害作用を示さなかった物質を意味する。これは、チロシナ−ゼの直接阻害作用が高い物質をチロシナ−ゼ阻害剤として除外しなかった場合には、チロシナ−ゼ直接阻害作用によるメラニン産生抑制作用を発揮する物質を含み鑑別方法としての意味をなさないためである。
【0015】
前述のメラニン生合成に関与する酵素としては、チロシナ−ゼに加え、チロシナ−ゼ関連タンパク1(TRP1)及びチロシナ−ゼ関連タンパク2(TRP2)が知られている。これらの酵素は、遺伝子レベル及びアミノ酸レベルにおいても、相同性が高く、チロシナ−ゼファミリ−タンパクと呼ばれている。本発明に於いてチロシナ−ゼファミリ−タンパク減少剤に分類されない物質とは、後述するヒト正常メラノサイト細胞抽出液を用いたチロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用検討において、コントロ−ルと比較し、有意なチロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用を有しない物質を意味する。これは、シロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用が高い物質をチロシナ−ゼファミリ−タンパク減少剤として除外しなかった場合には、チロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用によるメラニン産生抑制作用を発揮する物質を含み鑑別方法としての意味をなさないためである。
【0016】
細胞又は細胞小器官内におけるプロトン濃度を調整する働きを担う主な生体内分子としては、プロトンポンプと呼ばれる膜タンパク質のH+−ATPaseがよく知られている。さらに、イオンポンプのNa+/K+−ATPaseと共役的に働くことによりプロトンを受動的に細胞外に輸送するNa+/H+交換輸送体も、プロトン濃度の調整に重要な役割を果たしている。本発明におけるプロトンポンプ阻害作用とは、H+−ATPase等のプロトンポンプのみならず、Na+/H+交換輸送体等のプロトン輸送に関与する生体分子を包含し、プロトン濃度を調整する生体分子に働きかけることにより、細胞又は細胞小器官内におけるプロトン移動を抑制し、細胞又は細胞小器官内における酸性化を誘引する作用を意味する。また、本発明において、プロトンポンプ阻害剤に分類される物質とは、後述するヒト正常メラノサイトを用いたプロトンポンプ阻害作用検討において、レ−ザ−顕微鏡による目視観察にて、コントロ−ルに比較し評価物質処理により、pH感受性蛍光色素の発色強度が増強している場合を意味する。これは、メラノサイト内におけるプロトンポンプ阻害作用(酸性化作用)が低い物質を配合した場合には、期待されるプロトンポンプ阻害作用によるチロシナ−ゼの間接阻害作用が現われないためである。
【0017】
メラノサイトとは、メラニンを産生する色素細胞であり、哺乳動物では、表皮基底層及び毛根に多数存在する。また、ヒト表皮のメラノサイトは、人種によらずほぼ一定の密度(約1500/mm2)で分布していることが知られている。本発明で用いることが出来るメラノサイトは、ヒト、マウス等に由来するものが挙げられる。
【0018】
メラノサイトを取得、培養する方法としては、特に制限はないが、鈴木等の方法(In vitro Cell Dev. Bio. 29A、419−426(1993))が挙げられる。具体的には、生体の特定の部位(例えば、マウスの尻尾等)の皮膚切片をトリプシン処理等し、メラノサイトを含む表皮細胞を真皮層より分離し、牛胎仔血清(FBS)、酢酸テトラデカノイルフォルボール(TPA)、イソブチルメチルキサンチン(IBMX)等を加えた、イーグルの最小培地等の培地で培養する方法で実施できる。
【0019】
また、メラニン産生抑制作用を有する物質の機作を指標とするメラニン産生抑制剤の各指標に関する評価に於いて添加される評価サンプルの添加量は、従来の薬物成分の検定に準じて行えばよく、細胞毒性などの毒性発現の閾値の1/2〜1/10量を上限として、濃度を振ればよい。
【0020】
本発明におけるプロトンポンプ阻害作用を有するチロシナ−ゼに関する間接阻害剤に分類される物質とは、単純な化学物質、生薬及び動植物からの抽出物とその分画精製物などの混合組成物等の総称を意味する。また、かかる成分は、唯1種を含有させることも出来るし、2種以上を組み合わせて含有させることも出来る。かかる成分は、メラノサイトの細胞膜に存在するプロトンポンプのH+−ATPase、さらには、Na+/K+−ATPaseと共役的に働くNa+/H+−ATPase等の細胞又は細胞小器官内におけるプロトン濃度を調整する生体分子に働きかけ、細胞又は細胞小器官内の酸性化を誘引し、pH依存性のチロシナ−ゼ活性を低下させ、メラニン産生抑制作用を示し、しみ、くすみをはじめとする色素関連異常疾患に関する予防又は治療効果が期待出来る。
【0021】
以下に、本発明について、実施例を挙げて更に詳細に説明を加えるが、本発明がかかる実施例にのみ、限定されないことは言うまでもない。
【0022】
<試験例1: 本発明のメラニン産生抑制作用を有する物質の機作を指標とするメラニン産生抑制剤の鑑別方法に用いるフラバノン誘導体の単離精製>
本発明におけるメラニン産生抑制剤の鑑別方法に使用するフラバノン誘導体は、マメ科ハギ属キハギより単離精製し、評価に用いた。
マメ科ハギ属キハギ(Lespedeza buergeri Miq.) 1(kg)の地上部にメタノ−ル 5(L)を加え還流下にて3時間抽出し、吸引濾過により抽出液を得た。得られた抽出液を減圧下にて濃縮し、熱水500(mL)に懸濁した後、エ−テルにて連続抽出を3時間行った。エ−テル層を減圧下にて濃縮し、褐色のエキス 5.83(g)を得た。得られたエ−テル層をシリカゲルカラムクロマトグラフィ−(PSQ−100B、富士シリシア化学株式会社、展開溶媒:クロロホルム:メタノ−ル=97:3→90:10)に付した後、さらに、液体クロマトグラフィ−(カラム:Inertsil ODS−3 3×50cm、溶媒:水:アセトニトリル=42:58→19:81、UV検出:205nm)により分取を行い、一般式(1)に表される化合物、特に、Euchrenone a6(化合物1)、Euchrenone a3(化合物2)、amorisin(化合物3)、さらには、フラバノン誘導体のLespedezaflavanone H(化合物4)を得た。
【0023】
【化1】

Euchrenone a6(化合物1)
【0024】
【化2】

Euchrenone a3(化合物2)
【0025】
【化3】

amorisin(化合物3)
【0026】
【化4】

Lespedezaflavanone H(化合物4)
【0027】
<Euchrenone a6(化合物1)の物理恒数>
1H-NMR(Acetone-d6):δ1.42(6H、s)、1.72(6H、s)、1.75(3H、s)、1.81(3H、s)、2.88(1H、dd)、3.06(1H、dd)、3.29(2H、d)、3.34(2H、d)、5.16(1H、m)、5.23(1H、m)、5.48(1H、d)、5.52(1H、dd)、6.25(1H、d)、6.36(1H、s)、6.52(1H、s)、6.57(1H、s)、6.89(1H、s)、12.31(1H、s).
これらの示性値は、かかる分画が、Euchrenone a6(化合物1)であることを支持している。
【0028】
<Euchrenone a3(化合物2)の物理恒数>
1H-NMR(Acetone-d6):δ1.61(3H、s)、1.63(3H、s)、1.67(3H、s)、1.71(6H、s)、2.77(1H、dd)、3.10(1H、dd)、3.30−3.40(6H、m)、5.13−5.19(2H、m)、5.32−5.40(2H、m)、6.89(1H、d)、7.20(1H、d)、7.30(1H、s).
これらの示性値は、かかる分画が、Euchrenone a3(化合物2)であることを支持している。
【0029】
<amorisin(化合物3)の物理恒数>
1H-NMR(Acetone-d6):δ1.71(6H、s)、1.73(3H、s)、1.76(6H、s)、1.89(3H、s)、2.75(1H、dd)、2.98(1H、dd)、3.30−3.40(6H、m)、5.17―5.48(4H、m)、6.71(1H、m)、6.85(1H、s).
これらの示性値は、かかる分画が、(化合物3)であることを支持している。
【0030】
<Lespedezaflavanone H(化合物4)の物理恒数>
1H-NMR(Acetone-d6):δ1.59(3H、s)、1.61(3H、s)、1.64(3H、s)、1.69(3H、s)、1.72(3H、s)、1.76(3H、s)、2.80(1H、dd)、3.10(1H、dd)、3.26−3.36(6H、m)、5.16−5.21(2H、m)、5.30−5.35(1H、m)、5.67(1H、dd)、6.49(1H、s)、7.20(1H、s).
これらの示性値は、かかる分画が、Lespedezaflavanone H(化合物4)であることを支持している。
【実施例1】
【0031】
<本発明のメラニン産生抑制作用試験>
前記の方法に従い得られた植物抽出物を用い、以下の記載の方法に従い、メラニン産生抑制作用を評価した。
24穴プレ−トにヒト正常メラノサイト(クラボウ株式会社)を22500(cells/cm2)播種する。翌日、評価物質を含有する培地 0.5(mL/well)に交換し、0.25(μCi)2−[2−14C]チオウラシル(GEヘルスケアバイオサイエンス社)を添加し培養を継続した。播種4日後、培地を除去しPBSで1回プレ−トを洗浄した後、細胞生存率を評価するため生細胞数測定試薬SF(ナカライテスク社)溶液を添加した培地に交換し、37℃、3時間呈色反応を行った。反応後、450(nm)の吸光度をマイクロプレ−トリ−ダ−Benchmark Plus(Bio-Rad Laboratories)を用いて測定した。コントロ−ルとして評価物質を含まないサンプルを前記同様に調製し、コントロ−ルに対する各評価物質を含むサンプルの吸光度の百分率を求め細胞生存率とした。
メラニン量測定のため吸光度測定後、PBSで1回プレ−トを洗浄し、TCAを添加し、細胞を溶解した後、蒸留水 を加え溶液をバイアルに移した。氷上に放置後、15000rpm、5分間遠心した後、上清を除去した。再度、各バイアルに10%TCA 500(μL)を添加し、氷上15分間放置した。15000rpm、5分間遠心した後、上清を除去した。残渣にアクアゾ−ル−2(パ−キンエルマ−社) 1(mL)を添加し、液体シンチレ−ションカウンタ− LSC−6100(アロカ社製)にて放射線量を測定した。コントロ−ルとして評価物質を含まないサンプルを前記同様に調製し、コントロ−ルに対する評価物質を含むサンプルの放射線量の百分率を求めメラニン量(%)とした。本発明に於いて、メラニン産生抑制作用を有する物質とは、ヒト正常メラノサイトを用いたメラニン産生抑制作用評価において、細胞毒性の認められない濃度においてコントロ−ルと比較しメラニン産生量を50%以下のレベルに低下させる作用を有する場合を意味する。これは、メラニン産生抑制作用が低い物質を配合した場合には、期待されるメラニン産生抑制作用が現われないためである。また、メラニン産生抑制作用を有する陽性対照としては、ハイドロキノンを用いた。結果を表1に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
表1の結果より、マメ科ハギ属キハギより得られたフラバノン誘導体(化合物1〜4)は、顕著なメラニン産生抑制作用を有していることが判った。陽性対照のハイドロキノンも優れたメラニン産生抑制作用を示しており、この評価系の客観性も認められた。かかる陽性対照に比して、化合物1、2及び4は優れたメラニン産生抑制作用を示しており、化合物3は、陽性対照と同等乃至はそれ以上のメラニン産生抑制作用を示していることが判る。
【実施例2】
【0034】
<本発明のヒト正常メラノサイト細胞抽出液を用いたチロシナ−ゼ直接阻害作用検討>
本発明のフラバノン誘導体(化合物1〜4)を用い、文献記載の方法(Busca, R. et. al.、J. Biol. Chem.,271、31824−30(1996))を参考に、以下の手順に従いチロシナ−ゼ阻害活性を測定した。ヒト正常メラノサイト(クラボウ株式会社)をセルスクレ−パ−にて剥離し、バイアルに移し、5000rpm、5分間遠心して細胞を回収した後、lysis buffer[1% nonidet P-40、100mM NaCl、2mM EDTA、0.5%deoxycholate(DOC)、2mM phenylmethylsulfonyl fluoride(PMSF)、1mM Na3VO4、10μg/mL aprotinin及び10μg/mL leupeptin]を含有した50mM Tris-HCl buffer(pH7.6)]にて溶解した。溶解液を15000rpm、5分間遠心し、上清を回収し細胞抽出液とした。細胞抽出液のタンパク量は、Bio-Rad Dc Protein Assay Kit(Bio-Rad Laboratories)を用いて定量した。96穴プレ−トの1ウェルあたりに評価物質又はフェニルチオウレア(陽性対照)を含有する培地 10μLと基質の0.1%dihydroxyphenylalanine(L-DOPA)(和光純薬工業株式会社) 50μLを添加・混合し、さらに細胞抽出液(蛋白量10μg)を添加・混合して酵素反応を行い、マイクロプレ−トリ−ダ−を用いて37℃保温下にて450nmの吸光度を15分間測定した。コントロ−ルとして評価物質を含まないサンプルも前記同様に調製し、測定した。チロシナ−ゼ活性の50%阻害濃度(IC50値)は、評価物質無添加サンプル(陰性対照)の吸光度を100%とした場合の各評価物質添加サンプルの吸光度の割合を算出し、縦軸に吸光度(%陰性対照)、横軸に各評価物質添加サンプル添加濃度を設定したグラフを作成し、近類曲線の傾きにより求めた。
本発明に於いて、チロシナ−ゼ直接阻害作用を有しない物質とは、ヒト正常メラノサイトの細胞抽出液を用いたチロシナ−ゼ直接阻害作用評価において、メラニン産生抑制作用を示した評価物質の濃度に比較し、100倍以上の濃度の評価物質を反応系に添加してもチロシナ−ゼ直接阻害作用を示さなかった物質を意味する。結果を表2に示す。
【0035】
【表2】

【0036】
表2の結果より、マメ科ハギ属キハギより得られたフラバノン誘導体(化合物1〜4)は、メラニン産生抑制作用を示す濃度において、チロシナ−ゼ直接阻害作用を有していないことが判った。
【実施例3】
【0037】
<本発明のWestern Blot法によるチロシナ−ゼファミリ−タンパクに対する影響>
φ6cmディッシュにヒト正常メラノサイト(クラボウ株式会社)を22500cells/cm2播種し、翌日、評価物質を含む培地 5mL/dishに交換し培養を継続した。播種後4日後、実施例1に記載の方法に従い細胞生存率を測定した。実施例2に記載の方法に従い、評価物質を含む培地で処理した細胞より細胞抽出液を得た。コントロ−ルとして評価物質を含まないサンプルも前記同様に調製した。12.5%ポリアクリルアミドゲルを用いて、1レ−ンあたりに細胞抽出液(タンパク量10μg)を添加し、SDS-PAGEにて分離したタンパク質をPVDF膜にブロッティングし、3%スキムミルク/0.4%Tween20含有PBSにて室温1時間ブロッキングを行った。0.4%Tween20含有PBSにて洗浄後、抗体反応を実施した。1次抗体は、それぞれ抗チロシナ−ゼ(H-109)抗体、抗TYRP1(H-90)抗体、抗TYRP2(D-18)抗体(いずれもSanta Cruz Biotechnology, Inc.)を0.5%スキムミルク/0.4%Tween20含有PBSにて1:400希釈し、室温1時間、PVDF膜と共にインキュベ−ションした。なお、内部標準としてβ−actinを用いた。0.4%Tween20含有PBSにて洗浄後、ペルオキシダ−ゼ標識された二次抗体と共に再度室温1時間、PVDF膜をインキュベ−ションし、抗体反応を行った。反応終了後、0.4%Tween20含有PBSにて洗浄し、ECLPlus Western Blotting Detection Reagents(GEヘルスケアバイオサイエンス社)を用いて検出した。本発明に於いて、チロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用を有しない物質とは、ヒト正常メラノサイト細胞抽出液を用いたチロシナ−ゼファミリ−タンパクに対する影響の検討において、コントロ−ルと比較し、有意なチロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用を有しない場合を意味する。結果を図1に示す。
【0038】
図1の結果より、マメ科ハギ属キハギより得られたフラバノン誘導体(化合物1〜4)は、チロシナ−ゼファミリ−タンパクの減少作用を有していないことが判った。
【実施例4】
【0039】
<本発明のプロトンポンプ阻害作用検討>
ヒト正常メラノサイト(クラボウ株式会社)を4ウェルLab-Tek chamber slide(Thormo Fisher Scientific社)に10000cells/cm2播種し、翌日、評価物質を含有する培地 0.5mL/wellに交換し、1時間30分培養した。コントロ−ルとして評価物質を含まないサンプルを前記同様に調製した。その後、3−(2,4−dinotroanilino)−3’−amino−N−methyldipropylamine(DAMP、Biomedical Research社)を加え、30分間培養した。培養終了後、PBSにて洗浄し、4%パラホルムアルデヒドで室温15分固定を行った。次いで、PBSにてウェルを洗浄し、4℃、2分間放置した、その後、10%FBS/PBSで室温、30分ブロッキングを行った。抗体反応として抗チロシナ−ゼ抗体(C-19:Santa Cruz Biotechnology, Inc)と抗DAMP抗体(ab24319:abcam)をそれぞれブロッキング溶液で1:100希釈した溶液を添加し、37℃、45分間インキュベ−ションした。反応終了後、PBSにてウェルを洗浄し、Cy3標識ウサギ抗ヤギ抗体(Invitrogen Corporation)とFITC標識ラット抗マウスIgE抗体(American research Products、Inc.)をそれぞれブロッキング溶液で1:100希釈した溶液を添加し、37℃、45分間インキュベ−ションした。PBSにてウェルを洗浄し、スライドガラスでサンプルを封入し、共焦点レ−ザ−顕微鏡(LSM510:Zeiss)にて観察した。本発明に於いて、プロトンポンプ阻害作用を有する物質とは、前記のヒト正常メラノサイトを用いたプロトンポンプ阻害作用評価において、pH感受性蛍光色素の発色強度が、レ−ザ−顕微鏡による目視的観察により発色強度の増強が認められる場合を意味する。結果を図2に示す。
【0040】
評価物質無処理のコントロ−ルに比較し、評価物質処理によりDAMPの蛍光強度(緑色)が増強していれば、ヒト正常メラノサイト内の酸性化が亢進したと考えられる。さらに、チロシナ−ゼの検出も同時に行い、DAMP染色領域と重ねあわせることで酸性化領域とメラノソ−ムの共局在性を確認できる。即ち、チロシナ−ゼの局在を示す赤色と、酸性化領域の局在を示す緑色が重ね合わさった黄色の発色が認められれば、メラノソ−ム内が酸性化していることが判る。結果を図2に示すが、図2において、コントロ−ルでは、酸性化度を示す緑色の染色は薄く、チロシナ−ゼの存在を示す赤色の染色は濃く、これを重ね合わせた写真はオレンジ色を呈しており、化合物1においては、酸性化度を示す緑色の染色が濃くなっており、チロシナ−ゼの存在を示す赤色の染色はコントロ−ルと同程度であり、これを重ね合わせた写真は黄色を呈している。化合物2においては、緑色の染色は、コントロ−ルより明確に濃くなっているが、化合物1には及ばず、チロシナ−ゼの存在は、コントロ−ル、化合物1と同程度であり、この重ね合わせは黄色より幾分オレンジ色がかっている。化合物3では、化合物2よりも緑色の染色が少ないが、コントロ−ルよりは強く、チロシナ−ゼの存在は同程度であり、重ね合わせは、化合物2によりオレンジがかっているが、コントロ−ルほどではない。これらから、酸性化度の度合いは、化合物1>化合物2>化合物3>コントロ−ルであることが判る。図2の結果より、マメ科ハギ属キハギより得られたフラバノン誘導体(化合物1〜3)は、顕著なメラノサイト内における酸性化作用(プロトンポンプ阻害作用)を示すことが判った。フラバノン誘導体(化合物4)は、非特異的な発色を示したため、プロトンポンプ阻害作用を有しないと判断した。
尚、前記の結果を踏まえ、プロトンポンプ阻害作用を介するメラノサイト内の酸性化を以って、メラノサイト内のチロシナ−ゼ活性を阻害する機作のメラニン産生抑制作用の代替値として、このメラノソ−ム内の酸性化作用を用いることが出来ることも判る。かかる作用を有する成分を、プロトンポンプ阻害作用を機作とするメラニン産生抑制剤と見なす。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は、メラニン産生抑制剤を含有する美白用の化粧料などの応用出来る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
メラノサイトに於けるメラニン産生抑制作用を有する物質の機作を指標とする鑑別法であって、該物質の、1)チロシナ−ゼへの直接作用の有無、2)チロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用を有するか否か、3)プロトンポンプ阻害作用を有するか否かを調べ、1)チロシナ−ゼへの直接作用がある場合は、チロシナ−ゼの直接阻害剤であると鑑別し、2)チロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用を有する場合には、チロシナ−ゼファミリ−タンパク減少剤であると鑑別し、3)プロトンポンプ阻害作用を有する場合には、チロシナ−ゼに対する間接阻害剤であると鑑別することを特徴とする、メラニン産生抑制作用を有する物質の鑑別法。
【請求項2】
前記チロシナ−ゼの間接阻害作用を、メラノサイト内の酸性化作用として検知することを特徴とする、請求項1に記載のメラニン産生抑制作用を有する物質の鑑別法。
【請求項3】
前記メラノサイト内の酸性化作用の検知が、pH応答性色素によることを特徴とする、請求項2に記載のメラニン産生抑制作用を有する物質の鑑別法。
【請求項4】
メラニン産生抑制剤のスクリ−ニング方法であって、以下の工程を有することを特徴とする、メラニン産生抑制剤のスクリ−ニング方法。
(工程1)被険物質のメラノサイトにおけるメラニン産生量を測定する。
(工程2)工程1に於いてメラニン産生抑制作用を有した物質に付いて、チロシナ−ゼへの直接阻害作用を測定する。チロシナ−ゼへの直接阻害作用を有した物質は、チロシナ−ゼ直接阻害剤に分類する。
(工程3)工程1に於いてメラニン産生抑制作用を有し、工程2に於いてチロシナ−ゼへの直接作用を有しない物質に付いて、チロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用の有無を測定する。チロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用を有する物質は、チロシナ−ゼファミリ−タンパク減少剤に分類する。
(工程4)工程1に於いてメラニン産生抑制作用を有し、工程2に於いてチロシナ−ゼへの直接阻害作用を有さず、工程3に於いてチロシナ−ゼファミリ−タンパク減少作用を有しない物質に付いて、プロトンポンプ阻害作用を調べ、プロトンポンプ阻害作用を有する物質は、チロシナ−ゼ間接阻害剤に分類する。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−203936(P2010−203936A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−50227(P2009−50227)
【出願日】平成21年3月4日(2009.3.4)
【出願人】(000113470)ポーラ化成工業株式会社 (717)
【Fターム(参考)】