説明

リチウム積層部材およびその製造方法

【課題】 リチウム膜の性能の向上を実現しうるリチウム積層部材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】真空チャンバー10内で、気相成長法により、基材フィルム21(基材)上にリチウム膜22を堆積させて、リチウム積層フィルム23(リチウム積層部材)を作成する。その後、リチウム膜積層フィルム23を電子デバイスの一部として利用するための処理を行う。リチウム積層フィルム23を収納する特定容器内の雰囲気を、不活性ガスと、COと、露点が−20℃未満となる水分とを含む特定雰囲気に調整する。特定容器としては、真空チャンバー10,作業室11,パスボックス12(中間室)などがある。これにより、リチウム膜を利用した電池の変色防止性能,保存特性,電池容量などの特性の向上が実現する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウム電池等に用いられる,リチウムまたはリチウム合金からなるリチウム膜を基材上に積層したリチウム積層部材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、各種電子機器,特に蓄電デバイスの高機能化,小型化の要請に応じ、電池に対しても軽量化が求められているが、負極などの電池の要素として、リチウムまたはリチウム合金からなる膜(以下、「リチウム膜」という)を用いるとともに、リチウム膜のさらなる薄膜化が要求されている。
【0003】
リチウム膜の製造技術として代表的な方法は、リチウムまたはリチウム合金のインゴットからの圧延によりリチウム箔を形成する圧延法であるが、より薄膜化を図るために、たとえば、特許文献1に開示されるように、蒸着により、基材フィルム上にリチウム膜を堆積して、リチウム積層フィルムを形成する方法が提案されている。蒸着法とは、気相成長法の1つであって、チャンバー内でリチウムまたはリチウム合金の原料を蒸発させて、飛散したその粒子を基材フィルム上に堆積させる方法であり、物理気相成長法の一種方法である。また、気相成長法には、気体の分解や反応を利用した化学気相成長法もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3608507号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、リチウムは化学的活性がきわめて高い元素であるために、リチウム膜を製造する際の雰囲気は、厳重に管理しなければならない。そこで、特許文献1の技術では、リチウム膜を堆積して、リチウム積層部材を形成した後、リチウム積層部材を移送等する過程で用いる装置内の雰囲気を、ヘリウム、窒素、ネオン、アルゴン、クリプトン、またはそれらの2種以上を組み合わせた混合気体、あるいは露点が−50℃以下の乾燥空気から選ばれた気体を充填している(同文献の段落[0025]参照)。
しかしながら、本発明者達の研究によると、上記従来の技術では、リチウム膜の性能(イオン伝導度など)を向上させるには限界があることがわかってきた。
【0006】
本発明の目的は、リチウム積層部材を取り扱う室の雰囲気をより適切に管理する手段を講ずることにより、リチウム膜の性能の向上を実現しうる、リチウム積層部材およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のリチウム積層部材の製造方法は、密閉容器内で、気相成長法により、基材上にリチウムまたはリチウム合金からなるリチウム膜を堆積させる工程(a)と、特定容器内でリチウム積層部材を取り扱う工程(b)とを含んでいる。
ここで、上記工程(a),(b)の少なくとも一方の工程では、上記特定容器内の雰囲気を、不活性ガスと、CO,COの少なくとも一方と、を含み、露点が−20℃未満である特定雰囲気に調整している。
「気相成長法」には、PVD(Physical Vapor Deposition 物理気相成長法)とCVD(Chemical Vapor Deposition 化学気相成長法)とがある。物理気相成長法には、たとえば、真空蒸着(抵抗加熱蒸着,電子ビーム蒸着,レーザブレーション等),スパッタリング(2極スパッタリング,マグネトロンスパッタリング,ECRスパッタリング,イオンビームスパッタリング,反応性スパッタリング等),イオンプレーティング(直流または高周波励起イオンプレーティング,電子ビーム励起イオンプレーティング,クラスターイオンプレーティング,反応性イオンプレーティング等)などがあり、いずれを用いてもよい。
化学気相成長法には、たとえば熱CVD,光CVD,プラズマCVD,有機金属CVD(MOCVD)などがあり、いずれを用いてもよい。
「リチウム膜を取り扱う」ことには、リチウム積層部材を搬送,梱包,加工する処理や、基材上に堆積されたリチウム膜を他の基材に転写させる処理がある。
「リチウム膜」には、純リチウムだけでなく、リチウム−アルミニウム合金のようなリチウム合金からなる膜も含まれる。リチウム合金としては、リチウムリッチな合金であれば特に限定されない。
【0008】
この方法により、以下の作用効果が得られる。
リチウムは、水分があると常温でも酸素や窒素と反応し易いため、従来の技術においては、できるだけ露点を低くした不活性ガス雰囲気下でリチウム積層部材を取り扱っている。ただし、コスト低減の目的で、乾燥空気を用いることも慣用化されている。乾燥空気を使用した場合、多少特性が劣化するとすれば、それはCOが存在するためと考えられていたようである。
ところが、本発明者達の研究によると、リチウム積層部材を電池等に利用したときの特性向上の観点からみて、ある特性についてはCOが存在する方が好ましいことがわかってきた。そのメカニズムは、まだ解明されたわけではないが、後述するデータに示すように、特定雰囲気下でリチウム積層部材を取り扱うことにより、電池容量や保存特性等のリチウム膜の性能が向上することが経験則として確認された。
同様に、減圧された密閉容器内で、上述の気相成長法を用いて、基材上にリチウム膜を堆積する際にも、COを含む方が好ましいと推定される。
【0009】
上記特定雰囲気における不活性ガスを希ガスとすることにより、リチウム膜表面に安定性の高い被膜が形成され、保存特性等が向上することが判明した。不活性ガスには、窒素(N)や希ガスがあり、希ガスには、ヘリウム,ネオン,アルゴン,クリプトン,キセノン,ラドンなどがある。いずれを用いてもよいが、後述する実験データから、希ガスを用いる方が好ましい。
【0010】
上記特定容器は、リチウム膜の堆積が行われた密閉容器,リチウム積層部材を処理する作業室,および,リチウム積層部材を上記密閉容器から作業室に移動させる中間室のうち少なくともいずれか1つであればよい。
リチウム膜の堆積には、減圧された密閉容器内で、抵抗加熱や電子ビーム加熱によってリチウムまたはリチウム合金の粒子を飛散させ、基材上に堆積させる真空蒸着法を用いることが多い。したがって、上記密閉容器は、一般的には、真空チャンバーと呼ばれる容器である。
また、リチウム積層部材は、一般的にはフィルム状であり、ロール状に巻回されて出荷される。したがって、上記作業室は、一般的には、巻回されたリチウム積層部材を梱包する室である。ただし、作業室は、リチウム積層部材(フィルム)を切断するなどの加工や、他の部材と組立てる、などの連続工程を行う室であってもよい。
【0011】
なお、製造装置の形式によっては、リチウム積層部材を、真空チャンバーから中間室を介さずに直接作業室に移動させるものもありうる。したがって、中間室が必ずしも設けられている必要はない。
【0012】
本発明のリチウム積層部材は、基材と、基材上に積層されたリチウムまたはリチウム合金からなるリチウム膜とを備え、リチウム膜は炭素含有化合物を含んでいる。
ここでいう炭素含有化合物は、上述の製造方法によって形成されていると推定できる。そして、まだ正確に特定されているわけではないが、可能性としては以下の化合物が考えられる。
すなわち、イオン性炭化物,共有結合性炭化物,侵入型炭化物,炭素を含むアニオン種や配位子を持つ塩,炭酸塩,シアン化物 ,カルボニル化物,カルベン錯体,カルベンを配位子とする錯体などがある。
【0013】
これらの化合物は、リチウム膜の表面を覆う保護膜、あるいは、リチウム膜内でリチウムの反応を抑制する障害物として存在しうる。よって、本発明により、保存特性が良好で安定したリチウム膜を有するリチウム積層部材が得られる。
【0014】
特に、リチウム膜の場合、リチウムとCOとの反応によって、カルボニル化合物の一種であるLiCOが生じやすい。そして、LiCOは、リチウム膜の表面を覆う強固な保護膜として機能する。
よって、LiCOを形成しておくことにより、より安定したリチウム膜を有するリチウム積層部材が得られることになる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によると、電池容量や保存特性などの電池性能の向上を実現しうるリチウム積層部材およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施の形態に係るリチウム積層部材製造装置の概略構成を、チャンバー内部を破断して示す側面図である。
【図2】実施の形態におけるリチウム膜の製造から出荷までの手順を示すフローチャートである。
【図3】実験サンプルの放電試験結果を表にして示す図である。
【図4】各サンプルの放電試験における放電時間−抵抗特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1は、本発明の実施の形態に係るリチウム積層部材製造装置Aの概略構成を、チャンバー10内部を破断して示す側面図である。
図1に示すように、実施の形態に係るリチウム積層部材製造装置Aは、真空チャンバー10と、作業室11と、真空チャンバー10と作業室11との間に介設され、真空チャンバー10と作業室11との間で各種部材を回収・導入するための中間室であるパスボックス12とを備えている。
【0018】
本実施の形態では、真空チャンバー10内で、後述する真空蒸着を行うために、真空引きが可能な構造となっている。
【0019】
真空チャンバー10内には、基材フィルム21(基材)上に、リチウムまたはリチウム合金からなるリチウム膜22を堆積してリチウム積層フィルム23(リチウム積層部材)とするための製造用部材が配置されている。リチウム膜22が堆積される前の基材フィルム21を巻回した基材リール24は、天井面に固定された支持部材27に回転可能に取り付けられており、リチウム積層フィルム23を巻回した製品リール25は、天井面に固定された支持部材29に回転可能に取り付けられている。また、基材リール24から製品リール25まで基材フィルム21が送られる間、基材フィルム21を案内する回転ロール26が配置されている。回転ロール26は、天井面に固定された支持部材28に回転自在に取り付けられている。
【0020】
また、回転ロール26の下方には、リチウムまたはリチウム合金(リチウム等)の原料が入れられた原料るつぼ13(または原料ボート)が配置されている。そして、原料るつぼ13内のリチウム等を、るつぼ13を加熱したり、側方からの電子ビームの照射などによってリチウム等を蒸発させる、いわゆる真空蒸着を行う構成となっている。
なお、真空蒸着以外の方法、たとえば、上述のスパッタリング,イオンプレーティングなどの物理気相成長法や、熱CVD,光CVD,プラズマCVD,有機金属CVD(MOCVD)などのCVD法を用いてもよい。
【0021】
また、一般的な蒸着法で用いられるように、原料るつぼ13を囲み、基材フィルム21の成膜領域に開口15を有する遮蔽板14が配置されている。蒸発したリチウム等の粒子は、遮蔽板14の開口15に位置する領域で、基材フィルム21上に堆積される。
【0022】
本実施の形態にいては、基材フィルム21としてプラスチックフィルムを用いているが、金属フィルムを用いてもよい。
プラスチックからなる基材フィルム21としては、リチウム膜の保護フィルムとして機能する程度の機械的強度を有するフィルム(腰のあるフィルム)であれば、特に限定されないが、ポリエステル,ナイロン,ポリプロピレン,ポリエチレン,ポリエチレンーポリプロピレン共重合体等の汎用樹脂のフィルム他、エンジニアリングプラスチック等のフィルムなどがある。
【0023】
これらの中でも、分子式がCnH2n+2-2m(m,nは自然数)で表されるポリオレフィン,PET,ポリ塩化ビニリデンおよび塩化ビニリデンを主成分とするポリマーは、リチウム膜10との反応が生じにくいので、基材フィルム21の材料として用いることにより、基材フィルム21やリチウム膜22のフレアの発生を抑制することができる。
ただし、本発明における基材は必ずしもフィルム状でなくてもよく、リチウム積層部材はリチウム積層フィルムでなくてもよい。
【0024】
なお、基材フィルム21の厚みは、リチウム膜22の幅,厚み,製品リール25への巻き取り速度などの作業状況に合わせて適宜最適なものを選択して用いればよい。汎用樹脂を用いる場合、腰のある強度を保つためには最低でも5μm以上好ましくは10μm以上の厚さが必要であり、上限はいくらでも構わないが、好ましくは3mm以下、より好ましくは、リチウム積層フィルム23を製品リール25に連続的に巻き取るために、100μm以下とするのがよい。
リチウム膜22の厚みは、1〜20μm程度が好ましいが、この範囲に限定されるものではない。
【0025】
なお、基材フィルム21やリチウム積層フィルム23をリールに巻き取るのではなく、例えば、装置内の駆動系を回転ロール25からX−Yステージに変更して枚葉タイプの基板を設置し、その表面にリチウム膜を積層することもできる。
【0026】
次に、作業室11およびパスボックス12の構成について説明する。
作業室11は、製品リール25に巻回されたリチウム積層フィルム23を取り外して、密閉容器に梱包する作業を行う室である。
パスボックス12は、製造物,原料,製造用部材などを真空チャンバー10に導入、あるいは真空チャンバー10から回収するための室である。図1では、図示を省略しているが、別途、部材準備室が設けられており、部材準備室と真空チャンバー10との間にもパスボックス12が介設されている。
【0027】
リチウムは、水分があると常温でも酸素や窒素と反応する性質を有することから、作業室11およびパスボックス12は、水分を除去して露点を低くできるように構成されている。
また、作業室11およびパスボックス12には、不活性ガス(たとえばアルゴンガス,ヘリウム,ネオン,クリプトン,キセノン,ラドン等の希ガス,あるいはNなど)と、COとを導入するように構成されている。
なお、真空チャンバー10にも、不活性ガス(たとえばアルゴンガス,ヘリウム,ネオン,クリプトン,キセノン,ラドン等の希ガス、あるいはNなど)と、COとを導入するように構成してもよい。
つまり、本実施の形態における特定容器である真空チャンバー10,作業室11,パスボックス12のうち少なくとも1つの室が、不活性ガスと、CO,COの少なくとも一方とを含み、露点が−20℃未満である特定雰囲気に調整可能であればよい。
【0028】
次に、本実施の形態におけるリチウム膜の製造手順(成膜手順)について説明する。
図2は、本実施の形態におけるリチウム膜の製造から出荷までの手順を示すフローチャートである。
まず、ステップST1で、真空チャンバー10の排気処理を行う。このとき、減圧下で、希ガスを混在させてもよい。
【0029】
次に、ステップST2で、原料るつぼ13に、リチウムまたはリチウム合金の原料を導入する。
【0030】
次に、ステップST3で、基材フィルム21を基材リール24から製品リール25まで送りつつ、原料るつぼ13を加熱して、リチウム等の原料を融点以上で沸点以下の温度に維持することにより、リチウム等を蒸発させて、リチウム等の粒子を真空チャンバー10内で飛散させる。
なお、このとき、真空チャンバー10内を減圧状態(たとえば0.01Pa(約10−4Torr)〜1Pa(約10−2Torr))に保持しつつ、不活性ガスとCOとを真空チャンバー10に供給してもよい。
【0031】
その結果、ステップST4に示すように、リチウム等が基材フィルム21に堆積して,リチウム膜22が形成される。つまり、製品リール25には、リチウム積層フィルム23が巻き取られる。
【0032】
そして、ST5で、製品リール25を真空チャンバー10からパスボックス12に取り出す。その際、以下の手順でパスボックス12を特定雰囲気に調整する。
まず、真空ポンプ等により、パスボックス12から大気を排出して、パスボックス12内を減圧する。このとき、露点が−20℃未満であればよい。
次に、希ガスとCOをパスボックス12に導入する。このとき、COの濃度を、10vol%〜20vol%程度に調整する。
【0033】
パスボックス12を上記特定雰囲気に調整した状態で、真空チャンバー10とパスボックス12との間の開閉扉を開いて、製品リール25を作業室11に移動させる。このとき、真空チャンバー10とパスボックス12とが互いに連通する。
【0034】
次に、ステップST6で、製品リール25を作業室11に移す。その際、以下の手順で作業室11を特定雰囲気に調整する。
まず、真空ポンプ等により、作業室11から大気を排出して、作業室11内を減圧する。このとき、露点は−20℃未満であればよい。
次に、希ガスとCOを作業室11に導入する。このとき、COの濃度を、10vol%〜20vol%程度に調整する。
作業室11を上記特定雰囲気に調整した状態で、パスボックス12と作業室11との間の開閉扉を開いて、製品リール25を作業室11に移動させる。
【0035】
次に、ステップST7で、リチウム積層フィルム23を金属製缶などに密封,梱包する。その後、作業室11内に大気を導入して、梱包されたリチウム堆積フィルム23を取り出して、製品として出荷する。
【0036】
ただし、上記工程は一例であって、他の処理を選択することもできる。特に、作業室11において、リチウム積層フィルム23から他の部材にリチウム膜22を転写して電子部品を製造する処理を行なってもよい。
【0037】
本実施の形態によると、基材フィルム21などの基材上にリチウム膜22を堆積した後の処理を、上記特定雰囲気下で行うようにしたので、リチウム膜22を利用した電池の性能の向上を図ることができる。
以下、リチウム膜22を利用した電池の性能に関する実験結果について説明する。
【0038】
−実験−
基材フィルム21として、東レ株式会社製のポリプロピレンフィルム(商品名「トレファン」(登録商標)を用いた。
蒸着源−基材フィルム間の距離を65mmとし、基材フィルムを蒸着源と対向する位置に、固定して、真空蒸着法により、基材フィルム上にリチウム膜を堆積した。保持時間は、一定ではない。つまり、実験では、図1に示すような基材リール24や製品リール25などは用いていない。その後、リチウム積層フィルムをパスボックス12を経て作業室11に取り出し、リチウム膜からφ11mmの円形リチウム膜を打ち抜き、銅箔に転写した。その後、後述する放電試験により、電池性能を評価した。
【0039】
実験では、パスボックス12および作業室11の雰囲気を変化させて、雰囲気による電池性能の違いを評価した。
パスボックス12および作業室11の雰囲気の測定は、株式会社GASTEC製のガス検知管により行なった。
【0040】
−放電試験−
放電試験は、三極ビーカーセルにより行なった。条件は、電解液:LiCO(1mol/L)、電極面積:φ11mm、電流値:1mA/cm、カットオフ電圧:1Vである。
上述の真空蒸着によって形成された各サンプルのリチウム膜の厚みは一定でないが、リチウム膜の重量、放電時間を計測し、上記理論式に基づいて、サンプルの放電容量(規格化放電容量%)を算出した。
【0041】
ここで、リチウム膜に、1mAの電流を流したとき、1グラム当たりのリチウム膜の理論放電容量は、下記理論式
リチウム膜の理論放電容量=3,861mAh/g
で表される。
ただし、hは、放電時間を表している。
【0042】
実験では、基材フィルムや計測時に用いる包装部材等の重量は既知であるので、リチウム膜だけの重量を計測することができる。
そこで、本実験では、100%リチウムで構成されているリチウム膜の重量が基準重量wthのとき、1mA/cmの電流を流すと1時間放電できたとする。このときの理論放電量を100%とする。
そして、サンプルに1mA/cmの電流を流して、放電時間hとサンプルの重量wとを測定し、下記換算式
サンプルの規格化放電容量(%)=100×放電容量/理論放電容量
=100×(3861・1・h/w)/(3861・1・1/wth)
=100×h×(wth/w)
(=サンプル放電時間×(基準重量/サンプル重量)
からサンプルの規格化放電容量(放電容量比)を算出している。
【0043】
そして、各サンプルの放電時間から算出される電池容量と、放電試験における初期抵抗の有無と、リチウム膜の変色の有無とから電池性能を評価した。
【0044】
図3は、実験サンプルの放電試験結果を表にして示す図である。図4は、各サンプルの放電試験における放電時間−抵抗特性を示す図である。図3に示す放電容量は、規格化放電容量(%)であり、理想値である理論放電容量にどの程度近いかを示している。
サンプルSA1〜SA6のリチウム膜はいずれも真空チャンバー10においては、同じ条件で真空蒸着されたものであるが、その後の処理におけるパスボックス12および作業室11の雰囲気が、以下のように異なる。
サンプルSA1は、アルゴンガスと、0.03vol%未満のCOと、露点−50℃以下の雰囲気にて処理されたものである。
サンプルSA2は、露点−50℃以下の乾燥空気(N:約79vol%,O:約21vol%,CO:約0.038vol%)の雰囲気で処理されたものである。
サンプルSA3は、アルゴンガスと、10vol%のCOと、露点−50℃以下の雰囲気にて処理されたものである。
サンプルSA4は、アルゴンガスと、CO(濃度未計測)と、露点−20℃の雰囲気にて処理されたものである。
すなわち、サンプルSA4を除くサンプルSA1〜SA3は、本発明における特定容器(真空チャンバー10,パスボックス12,および作業室11)を特定雰囲気に維持して処理されたものである。
【0045】
図5に示すデータから、以下のことがわかる。
いずれのサンプルにおいても、リチウム膜の変色はみられない。これは、COを導入したことによる効果と考えられる。
サンプルSA1,SA2,SA4は、初期抵抗が「0」でなく、相当の値に達した。初期抵抗は、内部抵抗であり、これが存在する場合には、リチウム膜表面に形成されている皮膜が不安定で、電池性能(たとえば保存特性、リチウムの利用率、電池に組み込んだときの電圧降下等の少なくともいずれか1つ)に悪影響を与えることが確認されている。
【0046】
サンプルSA4は、リチウム膜の変色はないものの、電池容量が84%であり、全てのサンプル中で最小である。この原因は、露点が−20℃と高い(水分濃度が高い)ことに起因すると考えられる。
サンプルSA1,SA2では、電池容量が非常に大きいものの、相当の初期抵抗が存在している。その原因は、CO濃度が薄すぎることに起因すると考えられる。また、サンプルSA2の場合、不活性ガスが希ガスではなく,窒素(N)であることも関係している可能性がある。
【0047】
サンプルSA3は、電池容量が85%以上で、初期抵抗が存在していない点で、優れた電池性能を有している。したがって、CO濃度が通常の大気中の濃度0.38%以上に大きいこと(たとえば10〜20vol%)が好ましい。なお、上記実験では、CO濃度の適正範囲は明確ではないが、経験的には、CO濃度が20vol%程度でも、良好な特性が得られている。
【0048】
本実施の形態では、基材(本実施の形態では基材フィルム21)上に、気相成長法によるリチウム膜22を堆積して、リチウム積層フィルム23(リチウム積層部材)を形成した後、その後の特定容器(本実施の形態では、真空チャンバー10,作業室11,パスボックス12)における処理を特定雰囲気下で行うようにしている。その結果、上記実験結果に示されるように、放電特性における初期抵抗の低減(保存特性の向上)や、電池容量の増大を図ることができる。
ここで、特定雰囲気は、上述のように、不活性ガスと、COと、露点が−20℃未満となる水分とを含む雰囲気である。特に、COの濃度を通常の大気中の濃度以上に大きくすることで、著効が得られることが判明している。
【0049】
上述の効果が得られる根拠は、完全に解明されているわけではないが、リチウム膜22の表面に、リチウムと大気中の水分,窒素,酸素との反応を妨げる化合物の皮膜が形成されているためと推定される。
最も生じやすい反応は、下記式(1)、(2)
Li+HO → LiOH+(1/2)HO (1)
2LiOH+CO→LiCO+HO (2)
あるいは、下記式(3)
2Li+CO+HO→LiCO+H (3)
の反応である。
形成された炭酸リチウムLiCOは、リチウムと水分,窒素,酸素との反応を妨げる不動態皮膜として機能する。ただし、炭酸リチウム以外のイオン性炭化物,共有結合性炭化物,侵入型炭化物,炭素を含むアニオン種や配位子を持つ塩,炭酸塩,シアン化物 ,カルボニル化物,カルベン錯体,カルベンを配位子とする錯体などが生成している可能性もある。どの化合物が生成されるかは、環境条件による。
また、上記実験のデータから、上述の効果が得られることが推定できる。すなわち、真空チャンバー10内で基材21上にリチウムを堆積する時点で、気相成長を円滑に維持しうる減圧状態を維持しつつ、不活性ガスおよびCOを導入しても、リチウム膜22内部および表面に、リチウムの反応を抑制しうる炭素含有化合物が生成されるからである。
【0050】
上記実施の形態では、パスボックス12,作業室11,場合によってはこれらに加えて真空チャンバー10にCOを導入したが、COに代えてCOを導入しても、ほぼ同じ効果が期待できる。上記式(2),(3)において、COに代えてCOを用いても、LiCOが形成することができるからである。
【0051】
上記各実施の形態では、基材フィルム21としてプラスチックフィルムを用いたが、実質的にリチウムと反応しない金属フィルムを用いてもよい。基材フィルム21として金属フィルムを用いた場合、金属フィルムとリチウム膜21とが相導通するので、金属フィルムをそのまま蓄電デバイスの一部として用いうるケースが増える。金属としては、リチウムとの反応性がほとんどない、Cu,Ni,Fe,Ta,Wなどが好ましい。
【0052】
上記開示された本発明の実施の形態の構造は、あくまで例示であって、本発明の範囲はこれらの記載の範囲に限定されるものではない。本発明の範囲は、特許請求の範囲の記載によって示され、さらに特許請求の範囲の記載と均等の意味及び範囲内でのすべての変更を含むものである。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、携帯電話,ノートパソコン,ハイブリッド車,電気自動車等の電源装置や,無停電電源装置に内蔵されるリチウム膜の製造に利用することができる。
【符号の説明】
【0054】
A リチウム積層部材製造装置
VP 真空ポンプ
10 真空チャンバー(密閉容器)
11 作業室(特定容器)
12 パスボックス(特定容器)
13 原料るつぼ
14 遮蔽板
15 開口
17 保護板
21 基材フィルム
22 リチウム膜
23 リチウム積層フィルム
24 基材リール
25 製品リール
26 回転ロール
27〜29 支持部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
密閉容器内で、気相成長法により、基材上にリチウムまたはリチウム合金からなるリチウム膜を堆積させて、リチウム積層部材を形成する工程(a)と、
上記工程(a)の後、特定容器内で上記リチウム積層部材を取り扱う工程(b)とを含み、
上記工程(a),(b)の少なくとも一方の工程では、上記特定容器内の雰囲気を、不活性ガスと、CO,COの少なくとも一方と、を含み、露点が−20℃未満である特定雰囲気に調整する、リチウム積層部材の製造方法。
【請求項2】
請求項1記載のリチウム積層部材の製造方法において、
上記特定雰囲気における不活性ガスは、希ガスである、リチウム積層部材の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2記載のリチウム積層部材の製造方法において、
上記特定容器は、上記密閉容器,上記リチウム積層部材を後処理する作業室,および,上記リチウム積層部材を上記密閉容器から上記作業室に移動させる中間室のうち少なくともいずれか1つである、リチウム積層部材の製造方法。
【請求項4】
基材と、該基材上に積層されたリチウムまたはリチウム合金からなるリチウム膜とを備え、
上記リチウム膜は、炭素含有化合物を含んでいる、リチウム積層部材。
【請求項5】
請求項4記載のリチウム積層部材において、
上記リチウム膜中の化合物は、LiCOである、リチウム積層部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−17478(P2012−17478A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−153643(P2010−153643)
【出願日】平成22年7月6日(2010.7.6)
【出願人】(390000435)本城金属株式会社 (10)
【出願人】(597051757)名阪真空工業株式会社 (15)
【Fターム(参考)】