説明

ルチル構造を有する酸化チタン

本発明は、新規の形の酸化チタンに関する。この酸化チタンは、斜方格子及びPnmm空間群を有するルチルの結晶構造を有すること、小板状の形態構造を有し、該小板状体が3〜10nmの長さ、3〜10nmの幅及び1nm未満の厚さを有する四角形のものであること;並びに窒素吸着/脱着によって測定して100〜200m2/gの比表面積を有すること:を特徴とする。用途:自浄性ガラス、光起電力電池。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規の形の酸化チタン及びその調製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化チタンは、様々な産業分野において広く用いられている化合物である。用途は様々であり、特にその結晶構造及びその形態構造に依存する。
【0003】
様々な調製方法が従来技術において知られている。水熱経路による調製が広く研究されているが、しかしその主な欠点は比較的高い温度及び圧力が必要とされることにある。実際、ルチルは熱力学的に安定な相であり、その形成には厳しい条件、即ち酸性の媒体、高い温度及び/又は長いエージング時間が必要である。これらの水熱合成は、TiCl4のような前駆体(H. Yin, Y. Wada, T. Kitamura, S. Kambe, S. Murasawa, H. Mori, T. Sakata, J. Mater. Chem., 2001, 11, 1694)を、又はTi(OiPr)4のような前駆体を水性媒体中で(C.C. Wang, J.Y. Ying, Chem. Mater., 1999, 11, 3113)若しくは有機(アルコール性)媒体中で(S.T. Aruna, S. Tirosh, A. Zaban, J. Mater. Chem., 2000, 10, 2388)、その他の反応成分(酸、錯化剤、塩等)の存在下で、140℃〜1200℃の範囲に加熱することから成る。得られる粒子は一般的に細長く、それらの寸法は100nm程度である。鉱化剤(例えばNaCl、NH4Cl又はSnCl4)を添加すると、ルチル粒子の寸法が小さくなるという効果がある(H. Cheng, J. Ma, Z. Zhao, L. Qi, Chem. Mater., 1995, 7, 663)。
【0004】
酸化チタンはまた、Ti(IV)化合物を水性媒体中で100℃以下の温度において加水分解することによっても調製されているが、しかし得られる化合物は異方性(非等方性)である(S. Yin, H, Hasegawa, T. Sato, Chem. Lett., 2002. 564)。
【0005】
また、電気化学的合成によってTiO2を得ることも可能であるが、しかしその合成条件は要求が厳しいものであり、そして得られる化合物の形態構造は制御するのが困難である。
【0006】
また、TiO2の調製のために、様々な前駆体の加水分解も採用されてきた。
【0007】
例えば、5より低いpHにおいて水性TiCl3溶液からブルッカイト(板チタン石)の形でTiO2が得られる(B. Othani, et al., Chem. Phys. Lett., 1995, 120(3), 292)。
【0008】
尿素を含有させた水性TiCl3溶液の加水分解(この溶液のpHは尿素が分解するにつれて塩基性pH値に戻っていく)によって、ルチル、ブルッカイト、Ti611及びTi713の混合物の形でTiO2が得られる(A. Ookubo, et al., J. Mater. Sci., 1989, 24, 3599)。
【0009】
室温におけるTiCl3の直接酸化によるルチル形のTiO2の調製が、F. Pedrazaらによって報告されている(Phys. Chem. Solids, 1999, 60(4), 445)。この方法は、TiCl3をTiO2に加水分解するためにTiCl3を水中に所定時間(例えば60時間)入れておくか、又は水性TiCl3溶液を80℃に加熱し、次いで形成された粒子を濾過し、120℃以上において乾燥させることから成る。
【0010】
J. Sunら(Huazue Xeubo, 2002, 60(8), 1524)によれば、温和な条件下で沈殿剤としての働きをする(CH3)4NOHの存在下においてTiCl3溶液を直接加水分解することによって、ルチルのナノ粉末が得られる。このルチル粒子は、針状の形にある。
【0011】
M. Koelschら(Thin Solid Films, 2004, 86-92, 451-542)によれば、水性媒体中でのTiCl4又はTiCl3の熱分解によって3種のTiO2の多形を合成することができ、沈殿条件(酸性度、アニオンの性状、イオン力、チタン濃度等)を調節することによって、粒子の結晶構造、寸法及び形態構造を制御することができる。かくして、ほぼ球形のナノアナターゼ(鋭錐石)、ナノ規模寸法の純粋なブルッカイト小板状体及び様々な形状のルチルを得ることができる。例示されている特別な場合は、球状アナターゼの粒子、棒状又は針状の形態構造を有するルチル(この棒状又は針状体は様々な寸法のものである)及び純粋なブルッカイトの小板状体の形成を結果としてもたらす。
【0012】
水中で20〜95℃の範囲の温度で2日間より長いエージング時間でTiCl4を加水分解することによって、ルチルが得られる(Li, Y. Fan, Y. Chen, J. Mater. Chem., 2002, 12, 1387)。
【0013】
HCl酸性水溶液中で25〜200℃の温度においてTi(iPr)4を加水分解することによって、ルチル棒状体が得られる(S. Yin, H. Hasegawa, T. Sato, Chem. Lett., 2002, 564)。
【0014】
HCl中又はNH4OHを含有させた水中で60℃の温度においてTiOCl2を加水分解することによって、ルチルが得られる(D. S. Seo, J. K. Lee, H. Kim, J. Cryst. Growth, 2001, 223, 298)。
【特許文献1】国際公開WO91/16719号パンフレット
【非特許文献1】H. Yin, Y. Wada, T. Kitamura, S. Kambe, S. Murasawa, H. Mori, T. Sakata, J. Mater. Chem., 2001, 11, 1694
【非特許文献2】C.C. Wang, J.Y. Ying, Chem. Mater., 1999, 11, 3113
【非特許文献3】S.T. Aruna, S. Tirosh, A. Zaban, J. Mater. Chem., 2000, 10, 2388
【非特許文献4】H. Cheng, J. Ma, Z. Zhao, L. Qi, Chem. Mater., 1995, 7, 663
【非特許文献5】S. Yin, H, Hasegawa, T. Sato, Chem. Lett., 2002. 564
【非特許文献6】B. Othani, et al., Chem. Phys. Lett., 1995, 120(3), 292
【非特許文献7】A. Ookubo, et al., J. Mater. Sci., 1989, 24, 3599
【非特許文献8】F. Pedraza, et al., Phys. Chem. Solids, 1999, 60(4), 445
【非特許文献9】J. Sun, et al., Huazue Xeubo, 2002, 60(8), 1524
【非特許文献10】M. Koelsch, et al., Thin Solid Films, 2004, 86-92, 451-542
【非特許文献11】Li, Y. Fan, Y. Chen, J. Mater. Chem., 2002, 12, 1387
【非特許文献12】S. Yin, H. Hasegawa, T. Sato, Chem. Lett., 2002, 564
【非特許文献13】D. S. Seo, J. K. Lee, H. Kim, J. Cryst. Growth, 2001, 223, 298
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
かくして、所定タイプの方法について、特定のプロセス条件が得られる酸化チタンの結晶構造及び形態構造に対して大きな影響を有することは明らかである。
【0016】
本発明者らはここに、非常に特定的なプロセス条件下におけるTiCl3加水分解法が新規の形状の酸化チタンをもたらすことを見出した。従って、本発明の主題は、酸化チタン及びその調製方法にある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明に従う酸化チタンは、次の特徴を有する:
・斜方格子及びPnmm空間群を有するルチルの結晶構造を有する;
・小板状の形態構造を有し、該小板状体が3〜10nmの長さ、3〜10nmの幅及び1nm未満の厚さを有する四角形のものである;並びに
・窒素吸着/脱着によって測定して100〜300m2/gの比表面積を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明に従う酸化チタンは、例えば0.15モル/リットルのTiCl3濃度を有する水性TiCl3溶液を調製し、反応混合物の温度を60℃±3℃に上昇させ、24時間放置して熟成し、次いで得られた沈殿を遠心分離することから成る方法によって得ることができる。
【0019】
初期水性TiCl3溶液は、適量の塩基、例えばアルカリ金属水酸化物(特にNaOH及びKOH)、NH4OH又はNH3を添加することによって所望のpHにすることができる。
【0020】
1つの特定的な具体例においては、遠心分離後に得られた沈殿を、水性酸溶液を用いてすすぎ、再度遠心分離し、蒸留水を用いて再度すすぎ、次いで乾燥させる。
【0021】
1回目のすすぎは、3モル/リットルまでの酸濃度を有する水性酸溶液、例えばHCl、HNO3又はHClO4溶液を用いて実施するのが好ましい。
【0022】
最後の乾燥は、オーブン中で又は窒素流中で実施することができる。
【0023】
本発明に従うルチルの小板状の形態構造は、様々な基材に対してコーティングを形成させるに当たって、明らかな利点を有する。本発明のナノ規模寸法のルチル粒子は、小板状の形態構造故に、球状又は棒状の形の粒子から得られるものより高品質のコーティングを形成する。例えば、小板状の形態構造のルチルコーティングは、より透明であり、且つ、被覆性がより高い。かくして、本発明の小板状の形態構造を有するルチルは、自浄性ガラスの製造に用いることができる。かかるガラスは、小板の形態構造を有するルチルフィルムをガラスシート上に既知の技術を用いて付着させることによって得られる。また、これは、コーティングとして、又はUVフィルター(特にサンクリーム、UV抵抗性衣類)の製造用の組成物の成分として、又は黄変防止剤として、用いることもできる。
【0024】
さらに、前記ルチルのナノ規模寸法の小板状の形態構造は、有用な光電気化学的特性を与える。従って、本発明に従うルチルは、国際公開WO91/16719号パンフレットに記載されたもののような、光起電力電池の製造用の感光性フィルムの形成に用いることができる。かかる電池は、2つの電極(その少なくとも1つは透明である)、及び電流通過手段を含み、前記電極は、光増感剤を含浸させた後に本発明に従う酸化チタンの少なくとも1つの層を塗布したガラス又は透明ポリマーの少なくとも1つのシートによって隔てられる。
【0025】
感光性フィルムは、酸化チタンフィルムを濃厚水溶液から形成させ、次いでこのフィルムに例えばRu若しくはOs錯体又は例えばFeのような遷移金属の錯体から選択される光増感剤を含浸させることによって得ることができる。
【実施例】
【0026】
以下、実施例によって本発明を例示する。
【0027】
例1
【0028】
蒸留水50mlに、HCl中の市販のTiCl3の(15%)溶液4mlを添加した。水酸化ナトリウムを用いて溶液のpHを3.5に調節した。こうして得られた溶液のTiCl3濃度は0.15モル/リットルだった。この溶液を次いで60℃に加熱し、この温度に24時間保った。形成した粒子を次いで遠心分離によって分離し、蒸留水で洗浄し、次いでpH2の水性HNO3溶液100mlを添加することによって再び水溶液に戻した。こうして得られたゾルは安定だった。
【0029】
遠心分離後に得られた粒子の一部を窒素流中で乾燥させた。回収された乾燥粉末をX線回折分析に付した。図1に、得られた化合物についてのX線回折像を示す。結晶パラメーターは、a=4.570(1)Å、b=4.674(1)Å及びc=2.9390(5)Åである。小板状体の長さ及び幅は、それぞれ[110]及び[001]面に相当する。
【0030】
比較のために与えた図2に、従来技術の棒状の形態構造を有するルチルのX線回折像を示す。このルチルは、正方格子、P42/mnm空間群並びに次の結晶パラメーター:a=4.5933Å、b=4.5933Å及びc=2.9592Åによって特徴付けられる。
【0031】
図3には、得られた生成物のTEM顕微鏡写真を示す。
【0032】
例2
【0033】
小板状のルチルの感光性フィルムの調製
【0034】
フッ素ドープ酸化スズコーティングによって導電性にしたガラス基材上に、例1に従って調製されたゾルを遠心分離することによって得られた1モル/リットルのルチル溶液の試料を付着させた。付着させたフィルムをオーブン中で60℃において数分間乾燥させ、次いで450℃において30分間焼鈍しをした。焼鈍しをしても初期の小板状体の寸法及び結晶構造が保たれることが確認された。得られた焼鈍しフィルムは多孔質であり、その表面は均質だった。このフィルムは、1〜2μmの厚さを有していた。
【0035】
このフィルムをエタノール中のルテニウムビピリジル誘導体(Ruthenium 535の名前でSolaronix社より販売)の溶液中に浸漬し、暗所でこの溶液中に24時間保った。このフィルムは暗赤色を呈した。
【0036】
開路電位VOCを次の態様で測定した。感光フィルム、硫酸第1水銀照合電極及び白金対電極を、アセトニトリル、ヨウ化カリウム(0.1モル/リットル)及びヨウ素を含有させたキュベット中に浸漬する。可視範囲のランプによってフィルムを照らし、様々なヨウ素濃度について作用電極と白金電極との間のVOCを測定した。白金電極の電位EPtは、次の式に従って、溶液中のヨウ素濃度に比例した。
【数1】

【0037】
図4に、EPt(mV)の関数としてのVOC(mV)を示す。図5及び6は、比較のために与えたものであり、本発明に従う小板状の形態構造を有するルチルのフィルムと同じ条件下で増感した、棒状の形態構造を有するルチルのフィルムから得られたVOCの変化(図5)及び球状の形態構造を有するアナターゼのフィルムから得られたVOCの変化(図6)を示す。
【0038】
小板状の形態構造を有するルチルのVOCが、棒状の形態構造を有するルチルのVOCと比較して改善されることがわかり、また、酸化チタンをベースとする感光性フィルム用に一般的に用いられるアナターゼのVOCとほぼ同等であるが、しかし、それらのそれぞれの形態構造故に、小板状の形態構造を有するルチルのフィルムは、球状の形態構造を有するアナターゼのフィルムのものより大きい被覆力を有するという利点を示す。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】例1において得られた化合物についてのX線回折像である。
【図2】従来技術の棒状の形態構造を有するルチルのX線回折像である。
【図3】例1において得られた生成物のTEM顕微鏡写真である。
【図4】小板状のルチルの感光性フィルムの、EPt(mV)の関数としてのVOC(mV)を示したグラフである。
【図5】棒状の形態構造を有するルチルの感光性フィルムの、EPt(mV)の関数としてのVOCを示したグラフである。
【図6】球状の形態構造を有するルチルの感光性フィルムの、EPt(mV)の関数としてのVOCを示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
斜方格子及びPnmm空間群を有するルチルの結晶構造を有すること;
小板状の形態構造を有し、該小板状体が3〜10nmの長さ、3〜10nmの幅及び1nm未満の厚さを有する四角形のものであること;並びに
窒素吸着/脱着によって測定して100〜200m2/gの比表面積を有すること:
を特徴とする、酸化チタン。
【請求項2】
0.15モル/リットルのTiCl3濃度及び3.5のpHを有する水性TiCl3溶液を調製し、反応混合物の温度を60℃に上昇させ、24時間放置して熟成し、次いで得られた沈殿を遠心分離することから成ることを特徴とする、請求項1に記載の酸化チタンの製造方法。
【請求項3】
初期水性TiCl3溶液のpHを適量の塩基を添加することによって調節することを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記塩基がNaOH、KOH、NH3又はNH4OHであることを特徴とする請求項3に記載の方法。
【請求項5】
遠心分離後に得られた沈殿を、水性酸溶液を用いてすすぎ、再度遠心分離し、蒸留水を用いて再度すすぎ、次いで乾燥させることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項6】
すすぎのために用いられる前記酸溶液が3モル/リットルまでの酸濃度を有する水性HCl、HNO3又はHClO4溶液であることを特徴とする、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
最後の乾燥をオーブン中又は窒素流中で実施することを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項8】
請求項1に記載の酸化チタン及び感光性化合物から成ることを特徴とする、感光性フィルム。
【請求項9】
ガラス基材に請求項1に記載の酸化チタンのコーティングを施すことから成ることを特徴とする、自浄性ガラス基材の製造方法。
【請求項10】
2つの電極及び電流通過手段を含み、前記電極の少なくとも1つが透明であり、これら電極がガラス又は透明ポリマーの少なくとも1つのシートによって隔てられ、前記シートに少なくとも1つの酸化チタンフィルムが適用された光起電力電池であって、前記酸化チタンが、請求項1に記載のルチル形のものであって、これに光増感剤を含浸させたものであることを特徴とする、前記光起電力電池。
【請求項11】
請求項1に記載の酸化チタンのコーティングを含むことを特徴とする、自浄性ガラス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2008−506627(P2008−506627A)
【公表日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−521975(P2007−521975)
【出願日】平成17年7月12日(2005.7.12)
【国際出願番号】PCT/FR2005/001795
【国際公開番号】WO2006/018492
【国際公開日】平成18年2月23日(2006.2.23)
【出願人】(507018539)ユニベルシテ ピエール エ マリー キュリー (10)
【出願人】(506369944)サントル ナスィオナル ド ラ ルシェルシュ スィアンティフィク (45)
【Fターム(参考)】