説明

レーザ・アークハイブリッド溶接方法

【課題】ステンレス鋼の溶接継手において、従来よりも高強度、高靱性を備えた継手を得ることができるレーザ・アークハイブリッド溶接方法の提供。
【解決手段】ステンレス鋼の溶接部位において、レーザヘッド2から照射されるレーザLとアーク溶接トーチ3から放電されるアークAとを重畳してレーザLによるプルームとアークAとを相互作用させると共に、上記溶接部位を含む溶接ガス雰囲気を、上記プルーム以外のガス体積比でNを30体積%より多く含有する雰囲気に調節する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ・アークハイブリッド溶接方法に関し、特にステンレス鋼の溶接継手の強化手法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
レーザ・アークハイブリッド溶接方法は、レーザ溶接とアーク溶接とを併用して両者の欠点を補い合うことで、レーザ溶接で困難であったギャップのある継手の溶接を可能とし、また同時に、アーク溶接で困難であった深溶け込みや高速化を可能として、変形の少ない効果的な溶接を可能とさせる手法である。
このレーザ・アークハイブリッド溶接手法としては、例えば、下記特許文献1に記載されたものが知られている。この特許文献1には、様々な素材からなるワークピースを効果的に溶接すべく、溶接ゾーンを、含有量が70体積%以上のArおよび/あるいはHeと、含有量が0ないし30体積%のH、O、CO、Nから選択される少なくとも一種とからなるシールド雰囲気とするレーザ・アークハイブリッド溶接手法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−340981号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、従来から、継手強度を上げるために、素材あるいは溶接材料に強化元素を添加することがなされている。例えば、CrやNiを含み所定の靱性を備えるステンレス鋼に対しては、強化元素として窒素元素(N)を添加することで、高強度、高靱性を備えた継手を得ることができる。
しかしながら、素材あるいは溶接材料に如何に適切量の強化元素を添加しても、溶接の際の入熱により強化元素の一部がガス成分となって揮発してしまうため、継手に対し必要量の強化元素の添加ができず、目的とする継手強度が得られないという問題がある。なお、これを補うために、例えばシールドガスにNを用いる手法が考えられるが、アーク溶接においてシールドガスに、ガス体積比で30体積%より多くNを添加して用いることはアークが不安定になることから実施が不可能であった。
【0005】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、ステンレス鋼の溶接継手において、従来よりも高強度、高靱性を備えた継手を得ることができるレーザ・アークハイブリッド溶接方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために、本発明は、ステンレス鋼の溶接部位において、レーザ溶接トーチから照射されるレーザとアーク溶接トーチから放電されるアークとを重畳して上記レーザによるプルームと上記アークとを相互作用させると共に、上記溶接部位を含む溶接ガス雰囲気を、上記プルーム以外のガス体積比でNを30体積%より多く含有する雰囲気に調節するレーザ・アークハイブリッド溶接方法を採用する。
この手法を採用することによって、本発明では、レーザとアークプラズマとを重畳させることにより、レーザによるプルーム(金属蒸気)とアークとを相互作用させることで、アークを安定化させ、ガス体積比でNを30体積%より多く含有する雰囲気下における溶接を可能とさせる。そして、溶接時には溶接ガス雰囲気に含有するNを順次取り込みつつ溶接部位に強化元素(N)を固溶させることで、溶接の際の入熱により強化元素がガス成分となって揮発する量を補うことが可能となり、目的とする継手強度を得ることが可能となる。さらに、強化元素(N)の添加により、溶融池における気泡の発生を抑制することができ、継手の内部欠陥(ブローホール)の発生数を低減できる。
【0007】
また、本発明においては、上記溶接部位を含む溶接ガス雰囲気を、上記プルーム以外のガス体積比でNを30体積%より多く含有し、且つ、残部がArからなる雰囲気に調節するという手法を採用する。
この手法を採用することによって、本発明では、上記作用に加えて、Arによりアークの指向性を高めることで高精度な溶接が可能となる。
【0008】
また、本発明においては、上記溶接部位を含む溶接ガス雰囲気を、上記プルーム以外のガス体積比でNを100体積%の雰囲気に調節するという手法を採用する。
この手法を採用することによって、本発明では、上記作用に加えて、溶接ガス雰囲気を純窒素雰囲気に調節することにより、溶接部位により多くの強化元素(N)を固溶させることができ、ステンレス鋼の溶接継手においてこれまでにない高強度と高靱性を備えさせることが可能となる。
【発明の効果】
【0009】
本発明では、ステンレス鋼の溶接部位において、レーザ溶接トーチから照射されるレーザとアーク溶接トーチから放電されるアークとを重畳して上記レーザによるプルームと上記アークとを相互作用させることで、アークを安定化させ、上記プルーム以外のガス体積比でNを30体積%より多く含有する雰囲気下における溶接を可能とさせる。そして、上記溶接部位を含む溶接ガス雰囲気を、ガス体積比でNを30体積%より多く含有する雰囲気に調節して、溶接時には溶接ガス雰囲気に含有するNを順次取り込みつつ溶接部位に強化元素(N)を固溶させることで、溶接の際の入熱により強化元素がガス成分となって揮発する量を補い、目的とする継手強度を得る。さらに、強化元素(N)の添加により、溶融池における気泡の発生を抑制し、継手の内部欠陥(ブローホール)を低減させる。
したがって、本発明では、ステンレス鋼の溶接継手において、従来よりも高強度、高靱性を備えた継手を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の実施形態におけるレーザ・アークハイブリッド溶接方法に用いられる装置構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態におけるレーザ・アークハイブリッド溶接方法について図面を参照して説明する。
図1は、本発明の実施形態におけるレーザ・アークハイブリッド溶接方法に用いられる装置構成を示す図である。
図1に示すレーザ・アークハイブリッド溶接装置1は、ステンレス鋼からなるワーク(母材)Wに対してレーザ・アークハイブリッド溶接を実施し、溶接継手を強化するものである。このレーザ・アークハイブリッド溶接装置1は、レーザLを照射するレーザヘッド(レーザ溶接トーチ)2と、アークAを放電するアーク溶接トーチ3と、アーク溶接トーチ3からガスG1を供給する第1ガス供給装置4と、溶接部位を囲うトレーラー(囲い)6内にガスG2を供給する第2ガス供給装置5と、第1ガス供給装置4及び第2ガス供給装置5のガス供給量を制御する制御装置7とを有する。なお、図1に示す符号8はレーザLのキーホールを、符号9は溶接ワイヤ31が溶融した液滴を、符号10は溶融池を示す。
【0012】
レーザヘッド2は、その内部に集光レンズ等の光学レンズ系を備える。このレーザヘッド2は、不図示のレーザ発振装置から光ファイバーによって伝送されてきたレーザLを、ワークWの溶接部位に対して略垂直に照射するように配置されている。
アーク溶接トーチ3は、不図示のMIG溶接機と接続され、該溶接機から給送されてくる溶接ワイヤ31の先端部が、電極と溶加材を兼ねるように機能する構成となっている。このアーク溶接トーチ3は、溶接部位に対して略45度の斜め方向からアーク放電を行うように配置されている。
レーザヘッド2及びアーク溶接トーチ3は、溶接部位に対してレーザLとアークAとが重畳するように配置されている。より詳しくは、レーザヘッド2から照射されるレーザLによって形成されるキーホール8にアークプラズマが向かうように、レーザヘッド2及びアーク溶接トーチ3の配置位置が設定されている。
【0013】
アーク溶接トーチ3からは、MIG溶接機が備える第1ガス供給装置4から供給されるガスG1が不図示の噴射口から噴射される構成となっている。本実施形態の第1ガス供給装置4は、制御装置7の制御の下、シールドガスとしてAr(アルゴンガス)をアーク溶接トーチ3から溶接部位に向けて噴射させる構成となっている。
また、トレーラー6には、第2ガス供給装置5が接続されている。本実施形態の第2ガス供給装置5は、制御装置7の制御の下、溶接部位を囲うトレーラー6内にN(窒素ガス)を供給する構成となっている。
制御装置7は、第1ガス供給装置4及び第2ガス供給装置5のガス供給量を制御することで、トレーラー6によって囲まれた溶接部位を含む溶接ガス雰囲気を調節する構成となっている。本実施形態の制御装置7は、ステンレス鋼の溶接継手を強化する目的で、上記溶接ガス雰囲気を、レーザLによるプルーム以外のガス体積比でNを30体積%より多く含有する雰囲気に調節する構成となっている。また、本実施形態の制御装置7は、溶接ガス雰囲気の残部をArからなる雰囲気に調節する構成となっている。また、本実施形態の制御装置7は、トレーラー6内をNパージすることで、溶接ガス雰囲気を純窒素雰囲気に調節することが可能な構成となっている。
【0014】
次に、上記構成のレーザ・アークハイブリッド溶接装置1を用いたステンレス鋼の溶接継手の強化手法について説明する。
先ず、第1ガス供給装置4及び第2ガス供給装置5が、制御装置7の制御の下、トレーラー6によって囲まれた溶接部位を含む溶接ガス雰囲気を、ガス体積比でNを30体積%より多く含有する雰囲気に調節する。その後、レーザヘッド2及びアーク溶接トーチ3を駆動させ、ワークWの溶接部位に対してレーザLとアークAとを重畳させる。レーザLとアークAとを重畳させることにより、高速で広く深い溶け込み作用が得られる。
【0015】
本実施形態では、レーザヘッド2から照射されるレーザLによって形成されるキーホール8にアークプラズマが向かうように、レーザヘッド2及びアーク溶接トーチ3の配置位置を設定し、レーザLによるプルーム(金属蒸気)とアークAとを相互作用させることで、アークAを安定化させる。これにより、プルーム以外のガス体積比でNを30体積%より多く含有する雰囲気下における溶接を可能とさせる。このように、レーザヘッド2及びアーク溶接トーチ3の配置を適正位置に設定することにより、従来のアーク単独での溶接に懸念されていたアークの不安定化(暴れ)を招くことを抑制することができる。
【0016】
また、レーザ・アークハイブリッド溶接によれば、高速で広く深い溶け込み作用が得られるため、溶接時には溶接ガス雰囲気に含有するNを順次取り込み(引き込み)つつ、溶接部位に強化元素(N)を固溶させることが可能となる。また、ワークWあるいは溶接ワイヤ31に強化元素(N)を添加したものを用いた場合には、溶接の際の入熱により強化元素がガス成分となって揮発する損失量を、溶接ガス雰囲気中から補うことが可能となり、目的とする継手強度を得ることが可能となる。また、強化元素(N)の添加により、溶融池10における気泡の発生を抑制し、継手の内部欠陥(ブローホール)の発生数を低減できる。
このように、本手法によれば、ステンレス鋼の溶接継手において、従来よりも高強度、高靱性を備えた継手を得ることができる。
【0017】
(実施例)
以下、表1に示す実施例により本発明の効果をより明らかにする。
【0018】
【表1】

【0019】
本実施例では、母材として厚さ12mmのシート状のステンレス鋼材を用いた。また、溶接ワイヤ31としてTIG溶接用ワイヤを用いた。
そして、シールド雰囲気(溶接ガス雰囲気)を、(1)ガス体積比でArを100体積%の雰囲気(純アルゴン雰囲気)に調節してレーザ・アークハイブリッド溶接した場合、(2)ガス体積比でArを50体積%、Nを50体積%に調節してレーザ・アークハイブリッド溶接した場合、(3)ガス体積比でNを100体積%の雰囲気(純窒素雰囲気)に調節してレーザ・アークハイブリッド溶接した場合、に得られた溶接継手に対して、シャルピー衝撃試験を行い、また、静的な強度と伸びを評価した。
なお、本実施例では(1)〜(3)の各条件下において、それぞれ3つの溶接継手を形成してシャルピー衝撃試験を行い評価した。
【0020】
強度について評価すると、(1)〜(3)の各条件下で得られた溶接継手は、それぞれ母材と比較して高い強度を備えている。ここで、強度的に最も優れた溶接継手が得られる条件は、(3)の溶接ガス雰囲気を純窒素雰囲気に調節した場合であることが分かる。
【0021】
また、靱性について評価すると、Nを添加しなかった(1)の条件の溶接継手が最も低く、次いで靱性が高いのはNを50体積%添加した(2)の条件の溶接継手、最も靱性が高いのはNを100体積%添加した(3)の条件の溶接継手であることが分かる。具体的には、(1)の条件の溶接継手はシャルピー衝撃値が143Jであるのに対し、(2)の条件の溶接継手では159Jで、(3)の条件の溶接継手では300J以上の値を示した。なお、(3)の条件の300J以上とは、本試験に用いたシャルピー衝撃試験装置の仕様が300Jまでの計測性能であったことに起因する。また、静的な伸びについても(3)の条件の溶接継手が最も高い値を示した。
なお、(3)の条件において、溶接継手の靱性の低下が確認されなかった。すなわち、溶接ガス雰囲気を純窒素雰囲気に調節した場合であっても、固溶限界まで強化元素(N)が添加されないことが分かる。
【0022】
以上のことから、本手法によれば、ステンレス鋼の溶接継手において、従来よりも高強度、高靱性を備えた継手を得ることが可能となる。
【0023】
以上、図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。
例えば、上記実施形態では、溶接ガス雰囲気を、上記プルーム以外のガス体積比でNを30体積%より多く含有し、且つ、残部がArからなる雰囲気に調節すると説明したが、本発明はこの手法に限定されるものではなく、例えば、残部の0ないし70体積%未満を、Ar、He、H、COから選択された少なくとも一種で構成する手法を採用してもよい。
【符号の説明】
【0024】
1…レーザ・アークハイブリッド溶接装置、2…レーザヘッド(レーザ溶接トーチ)、3…アーク溶接トーチ、4…第1ガス供給装置、5…第2ガス供給装置、6…トレーラー(囲い)、7…制御装置、A…アーク、L…レーザ、G1…ガス(Ar)、G2…ガス(N

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼の溶接部位において、レーザ溶接トーチから照射されるレーザとアーク溶接トーチから放電されるアークとを重畳して前記レーザによるプルームと前記アークとを相互作用させると共に、
前記溶接部位を含む溶接ガス雰囲気を、前記プルーム以外のガス体積比でNを30体積%より多く含有する雰囲気に調節することを特徴とするレーザ・アークハイブリッド溶接方法。
【請求項2】
前記溶接部位を含む溶接ガス雰囲気を、前記プルーム以外のガス体積比でNを30体積%より多く含有し、且つ、残部がArからなる雰囲気に調節することを特徴とする請求項1に記載のレーザ・アークハイブリッド溶接方法。
【請求項3】
前記溶接部位を含む溶接ガス雰囲気を、前記プルーム以外のガス体積比でNを100体積%の雰囲気に調節することを特徴とする請求項1に記載のレーザ・アークハイブリッド溶接方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−98371(P2011−98371A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−254072(P2009−254072)
【出願日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】