説明

二ホウ化マグネシウム超電導薄膜の作製方法および二ホウ化マグネシウム超電導薄膜

【課題】広い範囲の印加磁場角度に対して高い臨界電流密度を示す二ホウ化マグネシウム(MgB)超電導薄膜を提供すること。
【解決手段】高真空中において、マグネシウム(Mg)蒸気とホウ素(B)蒸気を基板法線軸に対して傾いた方向から供給することで、MgBの柱状結晶粒を基板法線に対して傾けて成長させる。基板に対するマグネシウム(Mg)蒸気とホウ素(B)蒸気の供給角度を制御することで、粒界の傾き角度が互いに異なるMgB柱状結晶粒を含んだ複数の層から成るMgB超電導薄膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は核磁気共鳴(NMR)計測用プローブコイルなどの磁場中で動作する超電導デバイスに応用可能な二ホウ化マグネシウム(MgB)超電導薄膜の構造と作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
超電導材料を用いた核磁気共鳴(NMR)計測用プローブコイルなど、磁場中で動作する超電導デバイスには、磁場中において高い臨界電流密度を示す超電導薄膜が求められる。一般に、超電導薄膜の臨界電流密度は印加する磁場強度の増加に伴って低下し、さらに印加する磁場の角度にも依存する。また、超電導体は完全反磁性という性質を有し、−1/4πという大きな磁化率を有する。従って、プローブコイルの設計に際しては、静磁場を乱さないように、静磁場の均一性を保つことが必要である。
【0003】
このため、超電導デバイスの超電導薄膜は静磁場と平行に配置して静磁場を乱さないようにする工夫がなされているが、一方では、超電導薄膜は静磁場と平行に配置する構造では超電導薄膜を形成する基板の集合体が静磁場を乱す傾向があり不都合であるとの指摘もある。これに対して、ボビン型のプローブコイルとして問題を回避することが検討されている。このタイプのプローブコイルでは、超電導薄膜は法線方向から磁場を受けることになるので、この磁場に対して高い臨界電流密度を示す超電導薄膜であることが必要となる。
【0004】
二ホウ化マグネシウム(MgB)超電導薄膜の磁場中臨界電流密度は、薄膜の結晶構造と強い相関があることが知られている(非特許文献1)。所定の条件を用いて高真空中でマグネシウム(Mg)とホウ素(B)を基板上に同時蒸着すると、基板と垂直方向に成長した柱状結晶粒を含むMgB薄膜が形成される。
【0005】
この柱状結晶粒の粒界は磁場中において有効なピンニングセンタとして働く。すなわち、柱状結晶粒の粒界と平行方向に磁場を印加した場合に高い臨界電流密度が得られる。MgB薄膜の柱状結晶粒は基板平面とおおむね垂直方向に成長しているため、基板平面とおおむね垂直方向に磁場を印加した場合に、高い臨界電流密度が得られる。ただし、印加する磁場の角度が基板平面と垂直方向(柱状結晶粒の成長方向)からずれると、結晶粒界に起因するピンニング力が弱まり臨界電流密度が低下する。したがって、従来のMgB薄膜では、柱状結晶粒の粒界ピンニングに起因した高い臨界電流密度が得られる印加磁場角度の範囲が狭いことが問題であった。
【0006】
【非特許文献1】著者名:H.Kitaguchi et al, “MgB2 films with very high critical current densities due to strong grain boundary pinning”, Applied Physics Letters, Vol. 85, No. 14, pp. 2842-2844 (2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、超電導薄膜の面の法線方向から磁場を受ける場合に、広い範囲の印加磁場角度に対して高い臨界電流密度を示す二ホウ化マグネシウム(MgB)超電導薄膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のMgB超電導薄膜は、MgBの柱状結晶粒を含む層を少なくとも二層以上有するものとし、各層における柱状結晶粒の粒界が互いに異なる角度で形成されていることを特徴とする。超高真空中の蒸着法やスパッタ法などを用いて基板上に所定の条件でMgB薄膜を形成すると、薄膜内部にはMgBの柱状結晶粒が形成される。この柱状結晶粒の成長角度は、マグネシウム(Mg)やホウ素(B)蒸気を基板に供給する方向と相関がある。MgBの柱状結晶粒は、マグネシウム(Mg)やホウ素(B)蒸気が供給される方向に沿って成長する。そのため、成膜中に基板回転を行わず、マグネシウム(Mg)やホウ素(B)蒸気を基板に対して常に同じ方向から供給すると、蒸気の供給方向に傾いた柱状結晶粒を形成できる。この成膜方法を用いて、基板の法線方向に対して傾いた柱状結晶粒を有するMgB薄膜層を、傾きの方向を変えながら複数積層する。
【0009】
このような構造の薄膜では、それぞれの層における柱状結晶粒の傾き角度に対応した印加磁場角度において強いピンニング力がはたらく。そのため、臨界電流密度の印加磁場角度依存性において複数の臨界電流密度ピークが得られる。それら複数の臨界電流密度ピークが重ね合わされた結果として、広い範囲の印加磁場角度において高い臨界電流密度が得られる。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、二ホウ化マグネシウム(MgB)超電導薄膜において、従来よりも広い範囲の印加磁場角度に対して高い臨界電流密度が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
(実施例1)
図1に、実施例1におけるMgB超電導薄膜の模式的な断面図を示す。実施例1のMgB超電導薄膜は、基板5上に形成された2層のMgB薄膜10,10からなる。第1層10と第2層10のMgB薄膜中には、ともに柱状結晶粒が形成されている。各層の柱状結晶粒は、基板5の法線方向に対して傾いて成長しており、かつ、第1層10と第2層10における柱状結晶粒の粒界20、20の傾き角度は互いに異なる。各層の膜厚はいずれも300nmである。
【0012】
実施例1におけるMgB超電導薄膜の作製方法について説明する。図2(A)、(B)、(C)は、MgB超電導薄膜の成膜方法を模式的に示す図である。図2(A)は成膜の第一段階、図2(B)は成膜の第二段階、図2(C)は成膜の第三段階を示す。
【0013】
本発明は、一般的な成膜装置で実施できるものであり、超高真空の真空チャンバ30中において、エフュージョンセル17と電子ビーム蒸着源27が成膜する基板5の真下方向から外れた位置に設置してあり、マグネシウム(Mg)蒸気16とホウ素(B)蒸気26が基板の法線に対して斜め方向から供給されるものとされる。
【0014】
はじめに、マグネシウム(Mg)15と、ホウ素(B)25を超高真空の真空チャンバ30中において、基板5の表面上に同時蒸着し、第1層のMgB薄膜10を形成した。マグネシウム(Mg)の蒸発には、抵抗加熱により原料を蒸発させるエフュージョンセル17を用い、ホウ素(B)の蒸発には電子ビーム蒸着源27を用いた。
【0015】
実施例1では、マグネシウム(Mg)蒸気16を基板表面の法線軸から約45°傾いた角度から供給し、ホウ素(B)蒸気26を基板表面の法線軸から約15°傾いた角度から供給した。成膜中には基板5を静止させておくことにより、マグネシウム(Mg)蒸気16とホウ素(B)蒸気26が常に同じ方向から基板5の表面に供給される。その結果、マグネシウム(Mg)とホウ素(B)蒸気の供給方向に傾いてMgBの柱状結晶粒が成長する。以上のとおり、基板表面の法線方向に対して傾いた柱状結晶粒の粒界を有する第1層のMgB超電導薄膜10を形成した。
【0016】
第1層の薄膜10を形成後、図2(B)に示すように基板5を面内方向に180°回転させた。その後、図2(C)に示すように、第1層と同様の成膜方法により第1層10の上に第2層のMgB超電導薄膜10を積層した。基板を180°回転させたことにより、第2層の成膜時は、第1層のマグネシウム(Mg)蒸気16とホウ素(B)蒸気26の供給方向の基板表面の法線軸の対称な方向からマグネシウム(Mg)蒸気16とホウ素(B)蒸気26が供給されることとなる。そのため、第2層の柱状結晶粒の粒界は、第1層の柱状結晶粒と基板表面の法線軸の対称に傾いて形成される。
【0017】
以上の薄膜形成プロセスにおいて、成膜中の真空度は1×10−8〜1×10−7Torr、基板5の温度は300℃、マグネシウム(Mg)とホウ素(B)の蒸着レートはそれぞれ14Å/s、0.8Å/sであった。
【0018】
形成した積層構造のMgB超電導薄膜を、フォトリソグラフィとエッチングプロセスを経て幅0.2mmのブリッジパターンに加工した。液体ヘリウム中(温度4.2K)において、作製したMgB薄膜試料に印加する磁場の角度を変化させつつ、薄膜試料の臨界電流密度を測定した。
【0019】
図3は、実施例1におけるMgB超電導薄膜の臨界電流密度の印加磁場角度依存性(温度4.2K、磁場強度5T)を示す図である。この図から、印加磁場角度90°(薄膜の膜面と垂直方向)付近に二つの臨界電流密度のピークが確認できる。これらは、積層構造薄膜における第1層目10と第2層目10のそれぞれの柱状結晶粒の粒界ピンニングに対応するピークである。柱状結晶粒を有するMgB薄膜では、結晶粒の粒界20、20と同じ方向に磁場を印加した場合にピンニング力が最も強くはたらき、高い臨界電流密度が得られる。そのため、臨界電流密度の印加磁場角度依存性において、柱状結晶粒の傾き角度に臨界電流密度のピークが現れる。
【0020】
従来の単一層構造の薄膜では、柱状結晶粒の成長角度に対応した臨界電流のピークは一つのみ確認される。その場合、臨界電流密度の最大値から80%の値を維持できる磁場角度の範囲は20°程度であった。これに対し、実施例1のMgB薄膜は、柱状結晶粒が基板表面の法線軸と対称な角度に傾いて成長した2層の薄膜から形成されているため、それぞれの傾き角度(約80°、約110°)に応じた臨界電流密度のピークが得られた。その結果、臨界電流密度の最大値から80%の値を維持できる磁場角度の範囲は、従来の単一層MgB薄膜(20°)に比べ約2倍(40°)に拡大した。
【0021】
また、基板5にはAl、LaAlO、LSAT、MgO、AlN、ポリイミド、ポリテトラフルオロチレンなどの材料を用いたが、いずれの基板でも同様の結果が得られた。尚、実施例1ではマグネシウム(Mg)の蒸発にエフュージョンセルを用いたが、電子ビーム蒸着源でマグネシウム(Mg)を蒸発させて薄膜形成を行った場合でも、実施例1と同様の構造を有する薄膜を形成できることは明らかである。
【0022】
(実施例2)
実施例2のMgB超電導薄膜の模式的な断面構造を図4に示す。実施例2におけるMgB薄膜は、互いに異なる角度で成長したMgB柱状結晶粒を含む3つの層からなる。第1の層10および第3の層10は、実施例1の場合と同じく、基板の法線方向に対して互いに対称な角度に傾いて成長した柱状結晶粒を含む。これら2つの層に挟まれた第2の層10は、基板の法線方向と平行に成長した柱状結晶粒を含む。各層の膜厚はいずれも300nmである。
【0023】
実施例2におけるMgB超電導薄膜の作製方法について説明する。図5(A)、(B)、(C)は、MgB超電導薄膜の成膜方法を模式的に示す図である。図5(A)は成膜の第一段階、図5(B)は成膜の第二段階、図5(C)は成膜の第三段階を示す。実施例2でも、成膜装置は実施例1と同じで良く、エフュージョンセル17と電子ビーム蒸着源27は、成膜する基板5の真下方向から外れた位置に設置してあり、マグネシウム(Mg)蒸気16とホウ素(B)蒸気26が基板5の法線に対して斜め方向から供給される。
【0024】
はじめに、マグネシウム(Mg)と、ホウ素(B)を超高真空の真空チャンバ30中において、基板5上に同時蒸着し、第1層のMgB薄膜10を形成した。マグネシウム(Mg)15はエフュージョンセル17により蒸発させ、ホウ素(B)25の蒸発には電子ビーム蒸着源27を用いた。マグネシウム(Mg)蒸気16を基板の法線軸から約45°傾いた角度から供給し、ホウ素(B)蒸気26を基板の法線軸から約15°傾いた角度から供給した。成膜中に基板を静止させておくことにより、マグネシウム(Mg)蒸気16とホウ素(B)蒸気26が常に同じ方向から基板5の表面に供給される。その結果、マグネシウム(Mg)蒸気16とホウ素(B)蒸気26の供給方向に傾いてMgBの柱状結晶粒が成長する。その結果、実施例1と同様、基板の法線方向に対して傾いた柱状結晶粒の粒界を有する、第1層のMgB超電導薄膜10が形成された。
【0025】
第1層の薄膜10を形成した後、図5(B)に示すように第1層と同様の成膜方法により、第1層10の上に第2層の薄膜10を積層した。ただし、この段階では、成膜は基板5を面内方向に回転させながら行った。これにより、基板5の表面に対してマグネシウム(Mg)蒸気16とホウ素(B)蒸気26の供給方向が等方的となり、MgBの柱状結晶粒は基板5の表面の法線方向に対して傾かず平行に成長した。
【0026】
第2層の薄膜10を形成後、マグネシウム(Mg)蒸気16とホウ素(B)蒸気26が、基板法線に対して第1層の薄膜10を形成した際と逆方向から供給されるように、基板5を面内方向に180°回転させた。その後、図5(C)に示すように第1層と同様の成膜方法により、基板を静止させたまま、第2層10の上に第3層の薄膜10を積層した。その結果、実施例1と同様、基板5の表面の法線方向を基準として、第1層の柱状結晶粒と対称に傾いた柱状結晶粒を含む第3層の薄膜10が形成された。
【0027】
以上の薄膜形成プロセスにおいて、成膜中の真空度は1×10−8〜1×10−7Torr、基板の温度は300℃、マグネシウム(Mg)とホウ素(B)の蒸着レートはそれぞれ14Å/s、0.8Å/sであった。
【0028】
形成した積層構造のMgB超電導薄膜を、フォトリソグラフィとエッチングプロセスを経て幅0.2mmのブリッジパターンに加工した。液体ヘリウム中(温度4.2K)において、作製したMgB薄膜試料に印加する磁場の角度を変化させつつ、薄膜試料の臨界電流密度を測定した。
【0029】
図6は、実施例2におけるMgB超電導薄膜の臨界電流密度の印加磁場角度依存性(温度4.2K、磁場強度5T)を示す図である。実施例2のMgB薄膜は、柱状結晶粒の成長角度が異なる3層の薄膜から形成されているため、基板平面方向に対するそれぞれの成長角度(約80°、約90°、約110°)に応じた臨界電流密度のピークが得られた。その結果、臨界電流密度の最大値から80%の値を維持できる磁場角度の範囲は、従来の単一層MgB薄膜(20°)に比べ約2倍(40°)に拡大した。さらに、基板5の表面の法線方向については、より大きな臨界電流密度が観測された。
【0030】
また、基板5にはAl、LaAlO、LSAT、MgO、AlN、ポリイミド、ポリテトラフルオロチレンなどの材料を用いたが、いずれの基板でも同様の結果が得られた。尚、実施例2ではマグネシウム(Mg)の蒸発にエフュージョンセルを用いたが、電子ビーム蒸着源でマグネシウム(Mg)を蒸発させて薄膜形成を行った場合でも、実施例2と同様の構造を有する薄膜を形成できることは明らかである。
【0031】
(実施例3)
実施例3のMgB超電導薄膜の模式的な断面構造を図7に示す。実施例3におけるMgB薄膜は、互いに異なる角度で成長したMgB柱状結晶粒を含む4つの層10、10、10、10からなる。各層の膜厚はいずれも300nmである。
【0032】
実施例3におけるMgB超電導薄膜の作製方法について説明する。図8(A)、(B)、(C)、(D)、(E)は、MgB超電導薄膜の成膜方法を模式的に示す図である。図8(A)は成膜の第一段階、図8(B)は成膜の第二段階、図8(C)は成膜の第三段階、図8(D)は成膜の第四段階、図8(E)は成膜の第五段階を示す。実施例3でも、成膜装置は実施例1と同じで良く、エフュージョンセル17と電子ビーム蒸着源27は、成膜する基板5の真下方向から外れた位置に設置してあり、マグネシウム(Mg)蒸気16とホウ素(B)蒸気26が基板5の法線に対して斜め方向から供給される。
【0033】
はじめに、図8(A)に示すように基板5の成膜面を水平方向から約10°傾けた状態で固定した。この状態でマグネシウム(Mg)15と、ホウ素(B)25を基板5の表面上に同時蒸着し、第1層のMgB薄膜10を形成した。マグネシウム(Mg)15はエフュージョンセル17により蒸発させ、ホウ素(B)25の蒸発には電子ビーム蒸着源27を用いた。実施例3では、基板表面を水平方向から傾ける前の状態を基準にして、マグネシウム(Mg)蒸気16を基板表面の法線軸から約45°傾いた角度から供給し、ホウ素(B)蒸気26を基板の法線軸から約15°傾いた角度から供給した。成膜中に基板を回転させないことにより、マグネシウム(Mg)蒸気16とホウ素(B)蒸気26が常に同じ方向から基板5に供給される。その結果、マグネシウム(Mg)蒸気16とホウ素(B)蒸気26の供給方向に傾いてMgBの柱状結晶粒が成長する。以上のように、基板の法線方向に対して約20°傾いた柱状結晶粒の粒界20を有する第1層のMgB超電導薄膜10を形成した。
【0034】
第1層の薄膜10を形成した後、傾けていた基板面を水平方向に戻して固定した。そのままの状態で、図8(B)に示すように第1層と同様の成膜方法により、第1層10の上に第2層の薄膜10を積層した。このように、第1層の薄膜10よりも基板表面の法線方向に対する傾きが小さい(約10°)柱状結晶粒を含む第2層の薄膜10を形成した。
【0035】
第2層の薄膜10を形成後、図8(C)に示すように基板を面内方向に180°回転させた。その後、基板を静止させたまま、第1層、第2層と同様の成膜方法により、図8(D)に示すように第2層10の上に第3層のMgB超電導薄膜10を積層した。基板を180°回転させたことにより、第3層の成膜時は、基板表面の法線方向に第2層と対称の方向からマグネシウム(Mg)蒸気16とホウ素(B)蒸気26が供給されることとなる。そのため、第3層の柱状結晶粒の粒界20は、基板法線方向を基準として、第2層の柱状結晶粒の粒界20と対称の方向に傾いて(約−10°)形成される。
【0036】
続いて、第1層の薄膜10の形成時と同様に、基板面を水平方向から約10°傾けた状態で固定した。その状態で、図8(E)に示すように第1〜3層の薄膜と同様の成膜方法により第3層10の上に第4層のMgB超電導薄膜10を積層した。基板面を水平から傾けたことにより、第3層の薄膜10よりも基板法線方向に対する傾きが大きい(約−20°)柱状結晶粒を含む第4層の薄膜10を形成した。
【0037】
以上の薄膜形成プロセスにおいて、成膜中の真空度は1x10−8〜1x10−7Torr、基板の温度は300℃、マグネシウム(Mg)とホウ素(B)の蒸着レートはそれぞれ14Å/s、0.8Å/sであった。
【0038】
形成した積層構造のMgB超電導薄膜を、フォトリソグラフィとエッチングプロセスを経て幅0.2mmのブリッジパターンに加工した。液体ヘリウム中(温度4.2K)において、作製したMgB薄膜試料に印加する磁場の角度を変化させつつ、薄膜試料の臨界電流密度を測定した。実施例3のMgB薄膜は、柱状結晶粒の成長角度が異なる4層の薄膜から形成されているため、基板平面方向に対する各層の柱状結晶粒の成長角度(約70°、約80°、約110°、約120°)に応じた臨界電流密度のピークが得られた。その結果、臨界電流密度の最大値から80%の値を維持できる磁場角度の範囲は、従来の単一層MgB薄膜(20°)に比べ約3倍(60°)に拡大した。
【0039】
また、基板5にはAl、LaAlO、LSAT、MgO、AlN、ポリイミド、ポリテトラフルオロチレンなどの材料を用いたが、いずれの基板でも同様の結果が得られた。尚、実施例3ではマグネシウム(Mg)の蒸発にエフュージョンセルを用いたが、電子ビーム蒸着源でマグネシウム(Mg)を蒸発させて薄膜形成を行った場合でも、実施例3と同様の構造を有する薄膜を形成できることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】実施例1のMgB超電導薄膜の断面構造を模式的に示す図である。
【図2】実施例1のMgB超電導薄膜の作製方法を模式的に示す図である。(A)は薄膜作製の第一段階を模式的に示す図である。(B)は薄膜作製の第二段階を模式的に示す図である。(C)は薄膜作製の第三段階を模式的に示す図である。
【図3】実施例1のMgB超電導薄膜の、温度4.2Kにおける臨界電流密度の印加磁場角度依存性を示す図である。
【図4】実施例2のMgB超電導薄膜の断面構造を模式的に示す図である。
【図5】実施例2のMgB超電導薄膜の作製方法を模式的に示す図である。(A)は薄膜作製の第一段階を模式的に示す図である。(B)は薄膜作製の第二段階を模式的に示す図である。(C)は薄膜作製の第三段階を模式的に示す図である。
【図6】実施例2におけるMgB超電導薄膜の臨界電流密度の印加磁場角度依存性(温度4.2K、磁場強度5T)を示す図である。
【図7】実施例3のMgB超電導薄膜の断面構造を模式的に示す図である。
【図8】実施例3のMgB超電導薄膜の作製方法を模式的に示す図である。(A)は薄膜作製の第一段階を模式的に示す図である。(B)は薄膜作製の第二段階を模式的に示す図である。(C)は薄膜作製の第三段階を模式的に示す図である。(D)は薄膜作製の第四段階を模式的に示す図である。(E)は薄膜作製の第五段階を模式的に示す図である。
【符号の説明】
【0041】
5…基板、10…第1層のMgB超電導薄膜、10…第2層のMgB超電導薄膜、10…第3層のMgB超電導薄膜、10…第4層のMgB超電導薄膜、20…第1層のMgB超電導薄膜における柱状結晶粒の粒界、20…第2層のMgB超電導薄膜における柱状結晶粒の粒界、20…第3層のMgB超電導薄膜における柱状結晶粒の粒界、20…第4層のMgB超電導薄膜における柱状結晶粒の粒界、15…マグネシウム(Mg)原料、16…マグネシウム(Mg)蒸気、17…エフュージョンセル、25…ホウ素(B)原料、26…ホウ素(B)蒸気、27…電子ビーム蒸着源、30…真空チャンバ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超高真空チャンバ中に基板表面が水平方向で下を向くように基板を配備する過程と、
前記超高真空チャンバ中で、前記基板表面より下方位置で前記基板表面に対して該基板表面の法線方向に対してそれぞれ所定の角度傾いた位置に配置されたマグネシウム(Mg)蒸気源とホウ素(B)蒸気源からマグネシウム(Mg)蒸気とホウ素(B)蒸気を前記基板表面に供給する第1の過程と、
前記超高真空チャンバ中で、前記基板表面より下方位置で前記基板表面に対して該基板表面の法線方向に対して前記第1の過程の傾き角度と異なる位置からマグネシウム(Mg)蒸気とホウ素(B)蒸気を前記基板表面に供給する第2の過程と、
よりなり、前記超高真空チャンバ中で前記基板表面に二ホウ化マグネシウムの柱状結晶粒が前記第1の過程と第2の過程とで前記基板表面の法線方向に対して互いに逆方向に異なる角度で成長した積層構造を形成することを特徴とする二ホウ化マグネシウム超電導薄膜の作製方法。
【請求項2】
超高真空チャンバ中に基板表面が水平方向で下を向くように基板を配備する過程と、
前記超高真空チャンバ中で、前記基板表面より下方位置で前記基板表面に対して該基板表面の法線方向に対してそれぞれ所定の角度傾いた位置に配置されたマグネシウム(Mg)蒸気源とホウ素(B)蒸気源からマグネシウム(Mg)蒸気とホウ素(B)蒸気を前記基板表面に供給する第1の過程と、
前記超高真空チャンバ中で前記基板を前記配備された位置で所定の速度で連続回転させて、前記基板表面に対して、前記マグネシウム(Mg)蒸気源とホウ素(B)蒸気源からマグネシウム(Mg)蒸気とホウ素(B)蒸気を前記基板表面に供給する第2の過程と、
前記超高真空チャンバ中で、前記基板表面より下方位置で前記基板表面に対して該基板表面の法線方向に対して前記第1の過程の傾き角度と異なる位置からマグネシウム(Mg)蒸気とホウ素(B)蒸気を前記基板表面に供給する第3の過程と、
よりなり、前記超高真空チャンバ中で前記基板表面に二ホウ化マグネシウムの柱状結晶粒が前記第1の過程と第3の過程とで前記基板表面の法線方向に対して互いに逆方向に異なる角度で成長し、前記第2の過程では前記基板表面の法線方向に柱状結晶粒が成長した積層構造を形成することを特徴とする二ホウ化マグネシウム超電導薄膜の作製方法。
【請求項3】
前記第1の過程が前記基板表面の法線方向に対して異なる二つの角度で繰り返し行われ、
前記第2の過程が前記基板表面の法線方向に対して異なる二つの角度で繰り返し行われ、
る請求項1記載の二ホウ化マグネシウム超電導薄膜の作製方法。
【請求項4】
前記第1の過程と前記第2の過程において、前記基板表面に対して、該基板表面の法線方向に対してそれぞれ傾いた角度からマグネシウム(Mg)蒸気とホウ素(B)蒸気を前記基板表面に供給する供給方向の変更は、前記第1の過程と前記第2の過程の間で前記基板をおおよそ180°面内回転させることにより行う請求項1記載の二ホウ化マグネシウム超電導薄膜の作製方法。
【請求項5】
前記第1の過程と前記第3の過程において、前記基板表面に対して、該基板表面の法線方向に対してそれぞれ傾いた角度からマグネシウム(Mg)蒸気とホウ素(B)蒸気を前記基板表面に供給する供給方向の変更は、前記第1の過程と前記第2の過程の間で前記基板をおおよそ180°面内回転させることにより行う請求項3記載の二ホウ化マグネシウム超電導薄膜の作製方法。
【請求項6】
前記第1の過程が前記基板表面の法線方向に対して異なる二つの角度で繰り返し行われ、
前記第3の過程が前記基板表面の法線方向に対して異なる二つの角度で繰り返し行われ、
る請求項2記載の二ホウ化マグネシウム超電導薄膜の作製方法。
【請求項7】
前記第1の過程と前記第3の過程において、前記基板表面に対して、該基板表面の法線方向に対してそれぞれ傾いた角度からマグネシウム(Mg)蒸気とホウ素(B)蒸気を前記基板表面に供給する供給方向の変更は、前記第1の過程と前記第3の過程の間で前記基板をおおよそ180°面内回転させることにより行う請求項2記載の二ホウ化マグネシウム超電導薄膜の作製方法。
【請求項8】
前記第1の過程と前記第3の過程において、前記基板表面に対して、該基板表面の法線方向に対してそれぞれ傾いた角度からマグネシウム(Mg)蒸気とホウ素(B)蒸気を前記基板表面に供給する供給方向の変更は、前記第1の過程と前記第3の過程の間で前記基板をおおよそ180°面内回転させることにより行う変化させる請求項6記載の二ホウ化マグネシウム超電導薄膜の作製方法。
【請求項9】
前記第1の過程と前記第2の過程におけるマグネシウム(Mg)蒸気とホウ素(B)蒸気は、前記超高真空チャンバ中に設置された独立の温度制御がなされる独立した複数の蒸着源を用いて供給する請求項1記載の二ホウ化マグネシウム超電導薄膜の作製方法。
【請求項10】
前記第1から前記第3の過程におけるマグネシウム(Mg)蒸気とホウ素(B)蒸気は、前記超高真空チャンバ中に設置された独立の温度制御がなされる独立した複数の蒸着源を用いて供給する請求項2記載の二ホウ化マグネシウム超電導薄膜の作製方法。
【請求項11】
前記第1の過程と前記第2の過程におけるマグネシウム(Mg)蒸気は抵抗加熱蒸着源により蒸発させ、ホウ素(B)蒸気は電子ビーム蒸着源により蒸発させる請求項1記載の二ホウ化マグネシウム超電導薄膜の作製方法。
【請求項12】
前記第1から前記第3の過程におけるマグネシウム(Mg)蒸気は抵抗加熱蒸着源により蒸発させ、ホウ素(B)蒸気は電子ビーム蒸着源により蒸発させる請求項2記載の二ホウ化マグネシウム超電導薄膜の作製方法。
【請求項13】
前記第1の過程と前記第2の過程におけるマグネシウム(Mg)蒸気およびホウ素(B)蒸気は、共に、電子ビーム蒸着源により蒸発させる請求項1記載の二ホウ化マグネシウム超電導薄膜の作製方法。
【請求項14】
前記第1から前記第3の過程におけるマグネシウム(Mg)蒸気およびホウ素(B)蒸気は、共に、電子ビーム蒸着源により蒸発させる請求項2記載の二ホウ化マグネシウム超電導薄膜の作製方法。
【請求項15】
基板と、
前記基板上に前記基板表面の法線方向に対して所定の角度傾いた角度で形成された柱状結晶粒による二ホウ化マグネシウム(MgB)からなる第1の超電導薄膜と、
前記第1の超電導薄膜上に前記基板表面の法線方向に対して前記角度と異なる角度で形成された柱状結晶粒による二ホウ化マグネシウム(MgB)からなる第2の超電導薄膜と、
よりなることを特徴とする二ホウ化マグネシウム超電導薄膜。
【請求項16】
前記第1の超電導薄膜と前記第2の超電導薄膜との間に、前記基板表面の法線方向に形成された柱状結晶粒による二ホウ化マグネシウム(MgB)からなる第3の超電導薄膜が形成されている請求項15記載の二ホウ化マグネシウム超電導薄膜。
【請求項17】
前記所定の角度の方向で傾き角度を異にする複数の第1の超電導薄膜と、
前記異なる角度の方向で傾き角度を異にする複数の第2の超電導薄膜と、
よりなる請求項15記載の二ホウ化マグネシウム超電導薄膜。
【請求項18】
前記所定の角度の方向で傾き角度を異にする複数の第1の超電導薄膜と、
前記異なる角度の方向で傾き角度を異にする複数の第2の超電導薄膜と、
よりなる請求項16記載の二ホウ化マグネシウム超電導薄膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−314362(P2007−314362A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−143472(P2006−143472)
【出願日】平成18年5月24日(2006.5.24)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度、文部科学省、新方式NMR分析技術の開発(新方式NMRシステム技術の開発) 委託研究、産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】