説明

亜鉛とタングステンからなる三斜晶系構造の複合酸化物および発光体

【課題】結晶系が三斜晶である亜鉛とタングステンからなる複合酸化物と、その製法方法を提供する。
【解決手段】亜鉛とタングステンからなる複合酸化物であり、結晶系が三斜晶である発光材料。複合酸化物は式ZnxW2-xO4で表され、0.5≦X≦1.5の範囲で三斜晶系結晶である。発光材料となる三斜晶系ZnWO4結晶の特定の結晶面が基板に対して略平行に成長した構造を持つ。発光材料は基板に対して略垂直方向に延びた柱状構造体である。柱状構造体の前記基板に対して平行な方向の断面の形状は、断面積が等しくなる円に換算したとき、その円の直径の平均が50nm〜500nmの範囲にある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は亜鉛とタングステンからなる三斜晶系構造の複合酸化物に係わり、特に電子線、X線等の放射線を検出するためのシンチレーションプレートや各種の表示装置として広範囲に利用される発光体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般式XWO4で表されるタングステン酸塩(例えばMnWO4,CoWO4,NiWO4,MgWO4,CdWO4,MnWO4等)はシンチレーター材料やレーザー材料などの光学材料として広く用いられている。ここで特にX=ZnであるZnWO4は、一般にタングステン原子と酸素原子6個が結合して八面体を形成した単斜晶系のSANMARTINITEと呼ばれる構造をもつ発光材料である。その発光スペクトルは500nm付近にピークを持つブロードな青緑色発光を示す。式ZnWO4で表される結晶構造として公知な構造は、この単斜晶系のみである。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明の目的は、電子線、X線、紫外線励起用発光材料として用いられる新規結晶構造を有する、亜鉛とタングステンからなる複合酸化物と、その製法方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は亜鉛とタングステンからなる複合酸化物であり、結晶系が三斜晶であることを特徴とする複合酸化物に関するものである。前記複合酸化物は、特には化学式ZnWO4で表されるものが好適に用いられるが、ZnWO4に限定されるものではなく、一般式ZnxW2-xO4で表され、0.5≦X≦1.5の範囲で三斜晶系タングステン酸亜鉛は形成し得る。かかる亜鉛とタングステンからなる複合酸化物は発光材料として用いられ、蛍光体を構成しえる。
【0005】
当該発光材料は、三斜晶系ZnWO4結晶の特定の結晶面が基板に対して略平行に成長した構造を持つことが望ましい。なお本願において、略平行とは、平行と、基板に対して傾いているが実質的に平行と見なせる程度を包含する意である(以下、同様である)。同様に略垂直とは、垂直と、基板に対して垂直な方向に対して傾いているが実質的に垂直と見なせる程度を包含する意である(以下、同様である)。
【0006】
結晶面としては(01−1)面が挙げられ、他にも(001)面や(0−10)面が基板に対して略平行に成長した構造をとってもよい。
【0007】
また、発光材料は基板に対して略垂直方向に延びた柱状構造体であることが望ましい。このように柱状構造体であれば、柱状構造体のほぼ長さ方向に光を取り出すことができる。そして、この光を2次元状に配列された光検出素子で検出した場合、解像度を向上させることができる。
【0008】
柱状構造体の基板に対して平行な方向の断面の形状は、断面積が等しくなる円に換算したとき、その円の直径の平均が50nm〜500nmの範囲にあることが望ましい。50nm〜500nmの範囲にするのは、柱状構造体の直径が、発生した光の波長よりも著しく小さい場合や、過度に大きい場合には、発生した光が柱状構造体界面で効率的に散乱されなくなり、外部への光取り出し効率が低下するためである。また、柱状構造体の膜厚は5μm以下であることが望ましい。5μm以下とするのは、膜厚が厚くなり過ぎると、光取り出し面から離れた部位で発生した光が、膜内での吸収や散乱により外部に取り出されなくなるためである。
【0009】
本発明は上記発光材料をスパッタリング法により基板上に形成する製造方法も提供する。本発明は上記の発光体を用いた発光素子、および放射線シンチレーターも提供する。特には無機EL素子、有機・無機複合発光素子、FED用蛍光薄膜、放射線用シンチレーターを提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、結晶系が三斜晶である亜鉛とタングステンからなる複合酸化物が得られる。前記材料は、530nmをピークとする緑色発光を示し、500nmに発光ピークを示す従来の単斜晶ZnWO4に比べ、より純粋な緑色発光を示す発光材料として用いることが可能である。前記材料は、電子線、X線等の放射線を検出するためのシンチレーションプレートや各種の表示装置として広範囲に利用される発光材料に利用することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に本発明の実施形態に関わる発光体、発光素子及び放射線シンチレーターについて説明する。
[第1の実施形態]
本実施例ではスパッタリング法を用いて、化学式がZnWO4で表され、結晶系が三斜晶である5蛍光体を作成した例を図1から図6を用いて説明する。
【0012】
図1は本実施形態で作成した薄膜蛍光体の模式図である。作成工程を以下に示す。
【0013】
RFスパッタリング法により、基板温度600℃のシリコン基板上にZnOとWO3をターゲットとして同時スパッタし、膜厚約700nmの蛍光薄膜を成膜した。図2に成膜時のターゲット−基板ホルダーの配置を示す。ターゲットとして直径2inch(2インチ)のZnOターゲットとWO3ターゲットを、基板にはシリコン基板を用いた。2つのターゲットの入射方向を120度ずらし、また基板の垂直方向に対して20度傾け、その交差点を基板中心から上にずらした位置関係にし、基板とターゲット間の距離は70mm離し、出力はそれぞれ150W、150Wに設定し、40分間成膜を行った。
【0014】
基板ホルダー内の領域を図3に示す4つの領域に分け、それぞれの領域に1inchシリコン基板を置いて成膜を行った。各領域で形成される結晶構造について以下に示す。
【0015】
領域A-1、A-2
作成した膜に紫外線を照射し、蛍光観察を行ったところ、領域A-1、A-2共に緑色発光であった。領域A-1の面内X線回折結果を図4に、領域A-2の面内X線回折結果を図5に示す。低角(2θ=13.5、14.6)に単斜晶系ZnWO4では同定できない特徴的なピークが現れた。X線回折による解析と併せて透過電子顕微鏡による解析を行ったところ、領域A-1、A-2の結晶系は、新規構造である三斜晶系ZnWO4結晶であることが明らかになった。
【0016】
ここで上記結晶の組成はZnWO4に限定されるものではなく、一般式ZnxW2-xO4で表され、0.5≦X≦1.5の範囲で三斜晶系ZnWO4は形成し得る。領域AではZnOターゲットに近いことから、三斜晶ZnxW2-xO4は1.0≦X≦1.5の範囲であった。図4、図5のX線回折結果は三斜晶系ZnWO4結晶と考えると全てのピークが同定できた。図4の3つの強いピークはそれぞれ三斜晶系ZnWO4の(01−1),(02−2),(03−3)のピークであり、基板に対して結晶面(01−1)が配向していることがわかった。基板とターゲットとの配置関係や基板温度などの条件を変えて成膜することにより、他にも(001)面や(0−10)面が基板に対して平行に成長した構造となる。
【0017】
また、当該領域を透過電子顕微鏡により平面構造と断面構造を観察したところ、図1に示すように直径約60nmの柱状の結晶が集合した構造であり、また電子線回折からも配向していることが確認された。
【0018】
図5のX線回折結果の各ピークは三斜晶系ZnWO4のピークと同定でき、透過電子顕微鏡により平面構造と断面構造を観察したところ、直径約60nmの微結晶が集合した構造であり、電子線回折からも配向していないことが分かった。微結晶の大きさの評価は、図10に示すような断面結晶を、図8に示すように、微結晶(ここでは六角形に記載してあるが、実際の形状は様々である)を円形状に換算して直径dを算出して(図10の黒線は円に換算した時の直径を示す)、その平均をとった。その結果換算した円の直径の平均値は60nmとなった。図10はTEM(透過型電子顕微鏡)による断面の写真を示す図である。
【0019】
このような、柱状構造体の基板に対して平行な方向の断面の形状は、断面積が等しくなる円に換算したとき、その円の直径の平均が50nm〜500nmの範囲にあるようにすることが好ましい。
【0020】
領域A-1で作成した薄膜において透過電子顕微鏡内での80keV電子線照射によるカソードルミネッセンスの測定を行った結果を図6に示す。530nm付近にピークをもち、単斜晶ZnWO4に比べ長波長にシフトした発光スペクトルであった。
領域B
本発明の三斜晶系ZnWO4結晶と、公知である単斜晶系ZnWO4結晶(SANMARTINITE)の2つの結晶が混じり合った構造になっていた。紫外線を照射し蛍光観察を行ったところ、青色発光であった。
領域C
単斜晶系ZnWO4結晶(SANMARTINITE)に加え、WO3ターゲットに近いためWO3が析出していた。紫外線を照射し蛍光観察を行ったところ、単斜晶系ZnWO4結晶に起因する青色発光であった。
【0021】
以上より、式ZnWO4で表される結晶構造として、公知である単斜晶系(SANMARTINITE)に加え、本製法を用いることにより新規結晶系である三斜晶系のZnWO4結晶を作成することができた。また、特別な場合においては、三斜晶系ZnWO4結晶の特定の結晶面が基板に対して平行に成長した構造を持つ薄膜発光材料を作成できた。
【0022】
三斜晶系のZnWO4結晶の膜厚は5μm以下とすることが望ましい。その理由は、膜厚が厚くなり過ぎると、光取り出し面から離れた部位で発生した光が、膜内での吸収や散乱により外部に取り出されなくなるためである。
[第2の実施形態]
本実施形態ではスパッタリング法を用いて基板に対して配向した三斜晶系ZnWO4結晶を作成した他の実施形態を示す。
【0023】
4inchシリコン基板上にZnO:WO3が1.2:1になるように組成比を調節したターゲットを用いて、基板温度600℃でRFスパッタリング法によりZnWO4膜を1μm成膜した。作成した膜をX線回折により解析したところ基板上の全ての領域で三斜晶系ZnWO4結晶となっていた。また、透過電子顕微鏡により平面構造と断面構造を観察したところ、実施例1と同様に約100nmの柱状の結晶が集合し、基板に対して配向した構造であった。
[第3の実施形態]
本実施形態では発光部位に三斜晶ZnWO4を用いた発光素子作成の実施例を示す。図7は本実施例の工程毎の断面図である。以下工程順に説明する。
【0024】
透明基板71上に透明電極72を成膜し、その後誘電体厚膜73を形成する。その後、ZnO:WO3が1:1の体積比になるように組成比を調節したターゲットを用いて、基板温度600℃でRFスパッタリング法によりZnWO4膜74を1μm成膜した。その後誘電体厚膜75を形成し、最後に電極76を形成する。
【0025】
次に透明電極膜72と電極76に1KHzの交流電圧を徐々に印加すると、100V程度から緑色発光が観測された。
[第4の実施形態]
本発明を放射線シンチレーターとして放射線イメージングシステムに用いる場合は、放射線照射によって発光する三斜晶ZnWOと、発生した光を検出してイメージ(電気信号)に変換する光検出素子とを組み合わせることにより可能となる。光検出素子は1次元状又は2次元状に配置されたセンサーパネルを用いることができる。例えば、透過電子顕微鏡用のイメージングシステムとして用いる場合は、三斜晶ZnWOからなるシンチレーションプレートと、光導波路としても光ファイバー束と光検出器(CCD)から構成される。
【0026】
また、センサーパネルとして、絶縁基板上に、アモルファスシリコンからなるスイッチ素子となるTFT、PIN型やMIS型の光検出素子からなる画素を1次元状又は2次元状に設けたものを用いることができる。放射線照射によって発光する三斜晶ZnWOからなる放射線シンチレーターと、かかるセンサーパネルとを接着剤で貼り合わせることで、放射線検出装置を構成することができる。さらに、センサーパネル上に直接、放射線照射によって発光する三斜晶ZnWOを積層することもできる。
【0027】
図9は、放射線シンチレーターパネルを、複数の光検出素子(光電変換素子)及びTFTからなる画素が2次元状に配置されているセンサーパネルと貼り合わせた放射線検出装置の断面図である。図9中、101はガラス基板、102はアモルファスシリコンを用いた光検出素子とTFTからなる光電変換素子部、103は配線部である。また、104は電極取り出し部、105は窒化シリコン等よりなる第一の保護層、106は樹脂膜等よりなる第二の保護層である。また、111は支持基板、114は反射層、115は下地層、112は柱状の蛍光体よりなる蛍光体層で、113は有機樹脂等よりなる耐湿保護層である。101〜106で2次元光検出器100が構成され、111〜115でシンチレーターパネル110が構成される。121は透明な接着剤よりなる接着剤層、122は封止部である。このように光検出器(センサーパネル)100とシンチレーターパネル110とを接着剤層121を介して貼り合わされて放射線検出装置が得られる。光電変換素子部の光検出素子とTFTとは同一の層構成からなり、例えば特許第3066944号にその構成が開示されている。
【0028】
光電変換素子部の光検出素子は、TFT上に絶縁層を介して設け、コンタクトホールを介して接続するようにしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は、電子線、X線等の放射線を検出するためのシンチレーションプレートや各種の表示装置として広範囲に利用される発光体に適用される。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の柱状発光材料を示す概略図である。
【図2】本発明の成膜方法を示す概略図である。
【図3】本発明の成膜方法において形成される結晶構造を示した図である。
【図4】本発明の領域A-1のX線回折結果である。
【図5】本発明の領域A-2のX線回折結果である。
【図6】本発明の領域A-1のカソードルミネッセンス測定結果である。
【図7】本発明の発光素子の構成図である。
【図8】断面の微結晶の形状を円形状に換算して直径を求める方法を示す図である。
【図9】放射線シンチレーターパネルを、複数のフォトセンサー及びTFTが配置されているセンサーパネルと貼り合わされた放射線検出装置の断面図である。
【図10】柱状結晶のTEM(透過型電子顕微鏡)写真の断面を示す図である。
【符号の説明】
【0031】
71 基板
72 透明電極
73 誘電体層
74 ZnWO4蛍光薄膜層
75 誘電体層
76 電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
亜鉛とタングステンからなる複合酸化物であり、結晶系が三斜晶であることを特徴とする複合酸化物。
【請求項2】
請求項1に記載の複合酸化物において、前記複合酸化物が化学式ZnWO4で表されることを特徴とする複合酸化物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の複合酸化物を発光材料として用いた発光体。
【請求項4】
請求項3に記載の発光体において、前記発光材料となる三斜晶系ZnWO4結晶の特定の結晶面が基板に対して略平行に成長した構造を持つことを特徴とする発光体。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の発光体において、前記発光材料は基板に対して略垂直方向に延びた柱状構造体であることを特徴とする発光体。
【請求項6】
請求項5に記載の発光体において、前記柱状構造体の前記基板に対して平行な方向の断面の形状は、断面積が等しくなる円に換算したとき、その円の直径の平均が50nm〜500nmの範囲にあることを特徴とする発光体。
【請求項7】
請求項5又は6に記載の発光体において、前記柱状構造体の膜厚は5μm以下であることを特徴とする発光体。
【請求項8】
請求項3から7のいずれか1項に記載の発光体と、前記発光体に電界を印加するための一対の電極とを備えたことを特徴とする発光素子。
【請求項9】
請求項3から7のいずれか1項に記載の発光体を用いたことを特徴とする放射線シンチレーター。
【請求項10】
請求項9に記載の放射線シンチレーターと、放射線シンチレーターからの光を電気信号に変換する光検出素子を配したセンサーパネルとを有する放射線検出装置。
【請求項11】
三斜晶を含む膜をスパッタ法を用いて作製する製造方法であって、
基板面に対して略垂直方向の第1の軸と、ターゲット面に対して略垂直方向の第2の軸とが交差するように、基板とターゲットを配置する工程と、
前記基板上に前記ターゲットの材料を含む膜を形成する工程とを有することを特徴とする三斜晶を含む膜の製造方法。
【請求項12】
請求項11に記載の三斜晶を含む膜の製造方法において、前記第1の軸と前記第2の軸との成す角度が略20度であることを特徴とする、三斜晶を含む膜の製造方法。
【請求項13】
請求項11又は請求項12に記載の三斜晶を含む膜の製造方法において、前記ターゲットが複数であることを特徴とする、三斜晶を含む膜の製造方法。
【請求項14】
請求項11から13のいずれか1項に記載の三斜晶を含む膜の製造方法において、前記三斜晶を含む膜はZnWO4結晶であることを特徴とする、三斜晶を含む膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−153702(P2007−153702A)
【公開日】平成19年6月21日(2007.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−353491(P2005−353491)
【出願日】平成17年12月7日(2005.12.7)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】