説明

光学反射ミラー基板、及び、光学反射ミラー

【課題】高純度で緻密で高い熱伝導率を有する光学反射ミラー基板の提供。
【解決手段】99.5質量%以上が炭化珪素で構成され、相対密度が99.9%以上、かつ常温において熱伝導率が260W/mK以上である炭化珪素材料からなる光学反射ミラー基板である。当該光学反射ミラー基板は、耐熱性、寸法安定性に優れ、また不純物が極めて少なく緻密であるため、反射面を高い精度で平坦に加工することが可能であり、光学反射ミラーとして必須である高い反射率を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種光学機器等で使用される、レーザー光、シンクロトロン放射光、X線等の光学反射ミラー基板、及び、光学反射ミラーに関するものである。
【背景技術】
【0002】
半導体露光装置や半導体検査装置等の各種の光学機器においては、光源からの放射光やレーザー光を反射し、必要な光学系を形成するための光学反射ミラーが多数使用されている。光学反射ミラーに要求される特性としては、高い反射率(90%以上)、寸法安定性、耐熱性等がある。このような光学反射ミラーとしては、従来、銅等の高熱伝導金属や低熱膨張ガラス等のセラミックスの表面を鏡面研磨し、必要に応じて表面にアルミニウム等で反射膜を形成したものが使用されてきた。
【0003】
ここで、近年、半導体をはじめとした精密加工分野では、超微細加工を高スループットで実現するため、ウェハ等の処理物を移動させるX−Yステージに高精度、高速位置決めが求められている。さらに、半導体デザインルールの微細化に伴い、露光装置の光源として、従来の紫外線レーザーよりも波長の短い、シンクロトロン放射光やX線等の使用が検討されている。こうした背景から、光学反射ミラー基板には、耐熱性、寸法安定性等に対する要求が従来以上に高度になってきている。
【0004】
上記の要求に対して、炭化珪素(SiC)を光学反射ミラー基板として用いることが提案されている。SiCは、ヤング率が500GPaと高く(非特許文献1参照)、その理論密度は3.22g/cmと金属材料と比べて十分軽い(非特許文献2参照)ため、力学的な寸法安定性の指標である比剛性(ヤング率÷比重)は、鉄鋼材料の約6倍、石英ガラスの約5倍と言う極めて高い値(156GPa/g/cm)を示す。また、SiCは、物理的、化学的に安定であり、その分解温度は2545℃と高く(非特許文献3参照)、かつ、耐熱性にも優れている。
【0005】
これまでに、SiCを光学反射ミラー基板として利用する技術はいくつか開示されている。例えば、SiC焼結体を光学反射ミラー基板として用いる技術が開示されている(特許文献1参照)。光学反射ミラーの反射面を高精度に研磨する目的で、当該反射面には理論密度に近い緻密性が要求されているため、特許文献1では、SiC焼結体の表面に、真空蒸着又は化学気相蒸着(CVD)により理論密度のSiC皮膜を形成して反射面としている。
【0006】
しかしながら、上記特許文献1に記載のものでは、SiC焼結体の熱伝導率が50〜130W/mK程度と低いことから充分な放熱性を確保できず、該材料を光学反射ミラー基板として利用した場合、例えばX線やシンクロトロン放射光等の高エネルギーの光が照射されると局所的に熱変形が生じるなど、良好な寸法安定性が得られないおそれがある。また、SiC焼結体には気孔が多く存在するため、その表面に形成されるCVD膜などが研磨工程で剥離してしまうおそれがある。さらに、CVD膜はその残留応力のために鏡面加工で変形してしまうので高精度の研磨加工が困難であり、十分に高い特性と信頼性を有する光学反射ミラー基板が得られないおそれがある。
【0007】
また、黒鉛材の表面にCVDによりSiC基板を形成し、黒鉛材を除去した後にSiC基板の表面を鏡面研磨して光学反射ミラー基板とする技術が開示されている(特許文献2参照)。この特許文献2に記載の技術によれば、SiC基板に理論密度のSiC皮膜を形成するなど新たに反射面を形成する必要がない。また、当該SiC基板は、高純度かつ緻密であり、SiC焼結体よりも高い熱伝導率を有している。
しかしながら、特許文献2に記載のSiC基板は、熱伝導率は最高でも250W/mKであり、これはミラー基板として十分高い値とは言えず、良好な寸法安定性が得られないおそれがある。
【0008】
また、SiC焼結体やCVD−SiC等のSiC多結晶体の反射面は、通常は結晶方位が揃っておらず、さらには結晶粒界も存在し、高精度に表面を加工しようとする場合にはそれらが障害となると言う問題もある。
【0009】
以上述べたように、SiCは反射ミラー基板材料として潜在的に優れた特性を有しているが、従来のSiC反射ミラー基板はSiCが本来持つ特性が十分に発揮されているものとは言えない。
【0010】
【特許文献1】特開平5−107397号公報
【特許文献2】特開平11−125700号公報
【非特許文献1】Z. Li and R. C. Bradt, Int. J. High Tech. Ceram., 4 (1988) 1
【非特許文献2】JCPDS 26-1127
【非特許文献3】R. W. Olesiniki and G. J. Abbaschian, Bull. Alloy Phase Diagrams, 5 (1984)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は前述の状況を鑑みてなされたものであり、すなわち本発明が解決しようとする課題は、高い熱伝導率と、ほぼ理論密度の緻密性を有するSiCで構成された光学反射ミラー基板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、以下の構成より成るものである。
(1) 99.5質量%以上が炭化珪素で構成され、相対密度が99.9%以上、かつ、常温の熱伝導率が260W/mK以上である炭化珪素材料からなることを特徴とする光学反射ミラー基板。
(2) (1)に記載の光学反射ミラー基板において、前記炭化珪素材料の常温の熱伝導率が300W/mK以上であることを特徴とする光学反射ミラー基板。
(3) (1)又は(2)に記載の光学反射ミラー基板において、前記炭化珪素材料は、任意位置の1mm長さ当りの結晶粒界の数が20以下であることを特徴とする光学反射ミラー基板。
(4) (1)又は(2)に記載の光学反射ミラー基板において、前記炭化珪素材料は炭化珪素単結晶であることを特徴とする光学反射ミラー基板。
(5) (4)に記載の光学反射ミラー基板において、前記炭化珪素単結晶は、昇華再結晶法で育成させた炭化珪素単結晶であることを特徴とする光学反射ミラー基板。
(6) (5)に記載の光学反射ミラー基板において、前記炭化珪素単結晶は、昇華再結晶法で育成した直径50mm以上の単結晶インゴットから加工されてなるものであることを特徴とする光学反射ミラー基板。
(7) (1)ないし(6)のいずれかに記載の光学反射ミラー基板の反射面を鏡面研磨してなる光学反射ミラー。
(8) (1)ないし(6)のいずれかに記載の光学反射ミラー基板の反射面を研磨した後、反射膜を形成してなる光学反射ミラー。
【発明の効果】
【0013】
本発明による光学反射ミラー基板は、耐熱性、寸法安定性に優れ、また不純物が極めて少なく緻密であるため、反射面を高い精度で平坦に加工することが可能であり、光学反射ミラーとして必須である高い反射率を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の光学反射ミラー基板は、99.5質量%以上がSiCから構成されており、相対密度は99.9%以上であり、常温の熱伝導率は260W/mK以上、望ましくは300W/mK以上である。これらの特徴によって、本発明は各種光学系における利用価値が高い。
【0015】
以下、本発明に係る光学反射ミラー基板の特徴について説明する。
光学反射ミラー基板中に不純物粒子が存在すると、粒子と母材の研磨のされ易さが異なるために、研磨面の表面粗度が低下し、光学反射ミラーに要求される90%以上の反射率が得られなくなる。また、研磨面に気孔が存在する場合も、研磨面に窪みができるため表面粗度が低下し、光学反射ミラーに要求される90%以上の反射率が得られなくなる。
ここで、本発明では、光学反射ミラー基板のSiC含有量を99.5質量%以上、かつ相対密度を99.9%以上としている。これにより、極僅かしか含まれない不純物元素はSiC中に固溶するので不純物粒子は皆無となり。また、相対密度が99.9%以上となることで気孔等の欠陥が反射面の表面に殆ど存在しなくなるため、研磨加工によって反射面の表面粗度をRaで2nm以下、好ましくは1nm以下、より好ましくは0.2nm以下にすることができる。したがって、光学反射ミラーとして十分な反射率を得ることができる。
【0016】
また、本発明では、光学反射ミラーの常温での熱伝導率を260W/mK以上、望ましくは300W/mK以上としているので、熱の放散性に優れるようになり、X線やシンクロトロン放射光等の高エネルギーの光が照射されても容易に破壊されない。さらに、SiCの常温の熱膨張係数は3.0ppm/K以下であり、高い熱伝導率との相乗効果によって、熱的な寸法安定性にも優れるようになり、本発明の光学反射ミラー基板は寸法精度に対する高い要求も満足することができる。
【0017】
そして、本発明の光学反射ミラー基板は、結晶粒界を低減させたSiC材料、具体的には、切断面を観察した時に、観察長さ1mm当りを横切る結晶粒界の数が20以下であるSiC材料、望ましくは結晶粒界の数が10以下であるSiC材料、さらに望ましくはSiC単結晶から製造することができる。
【0018】
ここで、SiC単結晶は、従来のSiC焼結体などのSiC材料よりも優れた物理・化学的特性を発揮することが知られている。特に熱伝導率に関しては、S. G. Muller et al., Materials Science and Engineering B80 (2001) pp.327〜331(以下、Muller文献と称す)において、六方晶のC軸方向で390W/mK、C軸と垂直な方向では490W/mKと、高熱伝導金属である銅に匹敵する高い値が報告されている。このように、SiC単結晶は、SiCという物質自体の高度に優れた特性を殆どそのままの状態で備えており、このことは従来のSiC焼結体やCVD−SiCでは発現させることはできなかった。
【0019】
本発明者らは、SiCを単結晶化して、SiCという物質自体が潜在的に有する性質を発揮させることで、従来無かった高性能な光学反射ミラー基板が製造できることを見出した。
なお、1mm長さ当りの結晶粒界を20以下、望ましくは10以下まで低減させても、SiC単結晶に近い特性を発揮させることができるが、その場合、特に光学反射ミラーとして熱伝導させる方向の結晶粒界の数を少なくすることが有効である。
【0020】
また、SiC単結晶はワイドバンドギャップ半導体として活発な研究開発が行われている。
従来、研究室程度の規模では、昇華再結晶法(レーリー法)等の方法で半導体素子の作製が可能なサイズのSiC単結晶を得ていた。しかしながら、レーリー法で得られるSiC単結晶は面積、寸法、形状等の制約があり、数mmから15mm程度の薄板状SiC単結晶しか製造することができず、ミラー部材に加工できる素材は得られない。20mm〜35mm以上の寸法が求められるミラーを加工するに当っては、直径50mm以上の大型結晶が必要となる。
一方、CVD法を用いて珪素(Si)などの異種基板上にヘテロエピタキシャル成長させることにより、SiC単結晶を成長させる方法もある。この方法では大面積の単結晶は得られるが、厚みのあるバルクを製造することは困難であるため、光学反射ミラー部材として使うには生産性に問題がある。
【0021】
これらの問題点を解決する方法として、SiC単結晶ウェハを種結晶として用いて昇華再結晶を行う改良レーリー法がある(Yu. M. Tairov and V. F. Tsvetkov, Journal of Crystal Growth, vol.52 (1981) pp.146〜150)。
近年、改良レーリー法によるSiC単結晶成長の技術は飛躍的な進歩を遂げており、SiC単結晶インゴットの寸法は着実に大型化してきている。例えば、T. Kato et al., Materials Science Forum, vols.457〜460 (2003) pp.99〜102においては、82mmのインゴット高さが報告されている。また、口径に関しては、現在2インチ(50mm)から3インチ(75mm)のSiC単結晶が商業生産されており、インゴットから加工されたウェハがデバイス作製等に供されている。
すなわち、改良レーリー法を用いれば、大型SiC単結晶を得ることができる。大型SiC単結晶インゴットから光学反射ミラー基板を加工する場合、基板形状の自由度が大きく、1個のインゴットから複数の光学反射ミラー基板を加工することも可能であり、本発明は生産性の点でも利点が大きい。
【0022】
また、SiC単結晶には結晶粒界が存在せず、反射面は必然的に単一の結晶格子面となるため、極めて均一に研磨加工を行うことができる。本発明の光学反射ミラー基板は、研磨加工によって反射面の表面粗度を十分に低減できるので、反射面を鏡面加工することにより、高い反射率を有した光学反射ミラーとすることができる。そして、光学反射ミラーに、より高い反射率が必要な場合は、反射面を研磨した後、反射面にAl等を蒸着して反射膜を形成することもできる。
【0023】
なお、SiC単結晶から本発明の光学反射ミラー基板を製造する場合、反射面は一つの結晶粒から構成されていることが望ましいが、必ずしも光学反射ミラー基板全体が一つの結晶粒から構成されている必要は無く、基板に含まれる最大の結晶粒が、基板の体積の90%以上を占めていれば、一つの結晶粒からなる光学反射ミラー基板と同等の特性が得られる。
【0024】
したがって、本発明の光学反射ミラー基板は、熱の放散に優れておりており、さらにSiCは本質的に物理的、化学的に安定であるため、X線やシンクロトロン放射光等の高エネルギー光の光学系で利用することができる。また、本発明の光学反射ミラー基板は熱的、力学的な寸法安定性にも優れており、例えば半導体露光装置のX−Yステージ位置検出用ミラー等の、超精密分野でも優れた性能を発揮する。
【実施例】
【0025】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。
(実施例1)
実施例1の光学反射ミラーは、図1に示す改良型レーリー法による結晶成長装置を用いて製造したSiC単結晶から得た。
具体的には、図1に示す結晶成長装置において、昇華原料2を誘導加熱により昇華させ、種結晶1上に再結晶させることにより結晶成長させた。すなわち、種結晶1として、口径75mmの{0001}面を有したSiC単結晶ウェハを用意し、Si面を成長面として黒鉛蓋4の内面に取り付けた。昇華原料2は、黒鉛坩堝3の内部に充填した。この黒鉛坩堝3及び黒鉛蓋4を、熱シールドのために黒鉛製フェルト7で被膜し、二重石英管5内部の黒鉛支持棒6の上に設置した。
【0026】
そして、石英管5の内部を、真空排気装置11を用いて1.0×10−4Pa未満まで真空排気した後、純度99.9999%以上の高純度Arガスを、配管9を介してArガス用マスフローコントローラ10で制御しながら流入した。そして、石英管5の内部圧力を8.0×10Paに保ちながらワークコイル8に高周波電流を流し、黒鉛坩堝3下部を目標温度である2400℃まで上昇させた。黒鉛坩堝3内部の温度計測は、黒鉛製フェルト7における黒鉛坩堝3の上部に対向する部位及び黒鉛坩堝3の下部に対向する部位のそれぞれに直径2〜15mmの光路を設けて二色温度計にて行った。なお、黒鉛坩堝3上部の温度を種結晶温度、黒鉛坩堝3下部の温度を原料温度とした。
その後、石英管5の内部圧力を成長圧力である1.3×10Paまで約15分かけて減圧し、当該内部圧力の状態を80時間維持して結晶成長を実施した。
【0027】
上記プロセスにより、高さ42mm、口径75mmのSiC単結晶インゴットが得られた。このプロセスで得られる単結晶は基本的に理論密度であるが、六方晶のc軸とほぼ平行に空洞状の欠陥(マイクロパイプ)が存在する。そこで、インゴットの成長表面を光学顕微鏡で観察して、マイクロパイプの数と寸法を計測し、そこから相対密度の概略値を計算した。c面のマイクロパイプの密度は、平均で9.7個/cmであり、直径の平均は5μmであった。これを基に導出された相対密度は99.9999%以上であった。また、マイクロパイプを除いたc面の面積を有効反射面積と定義すると、(有効反射面積/c面の面積)は99.9999%以上であり、マイクロパイプは反射率に殆ど影響しないと考えられる。
【0028】
上記インゴットから、正方形板状のミラー形状試験片(20mm×20mm×2mm)を4枚切り出した。その内の2枚は1つの結晶粒のみから構成されていた(試験片A,B)。また、残り2枚は1つの結晶粒が試験片の体積の96%以上を占めており、残り4%未満の部分は異なる結晶粒から構成されていた(試験片C,D)。そして、上記インゴットの残材から長方形板状の不純物元素分析用試験片(11mm×4mm×0.4mm)、及び円柱状の熱伝導率測定用試験片(φ10mm×4mm)を得た。
【0029】
不純物分析は、2次イオン質量分析法(Secondary Ion Mass Spectrometry、SIMS)にて行った。分析した元素は、窒素、硼素、アルミニウムである。上記不純物元素分析用試験片について分析した結果、不純物元素の含有量は合計で約0.2ppm(質量比)であり、分析した元素以外の元素は極めて量が少なく、SIMSの測定限界以下であった。これより、試験片AないしDのそれぞれにおいて、SiC含有量は99.99998質量%であることが分かった。
【0030】
熱伝導率の測定は、レーザーフラッシュ法を用いて、JIS−R1611に準拠した方法で行った。上記熱伝導率測定用試験片について測定した結果、常温(24℃)における熱伝導率は、六方晶のc軸方向で360W/mKであった。これより、試験片AないしDのそれぞれにおいて、c軸方向の熱伝導率は360W/mKであることが分かった。なお、この熱伝導率は、前述のMuller文献に記載の熱伝導率よりもやや低いが、これは不純物元素によるフォノン散乱の影響によるものと考えられる。
【0031】
上記試験片AないしDのそれぞれに対して、ダイヤモンド遊離砥粒を用いて、ラップ盤により反射面(20mm×20mm)を研磨した。なお、試験片C及びDについては、一つの結晶粒のみで構成された面を反射面とした。仕上げ研磨は1/4μm程度の遊離砥粒を用いて行った。
研磨後の反射面は、ランクテーラーホブソン社製タリステップを使用し、針圧2mgで表面粗度の測定を行った。この結果、試験片AないしDの反射面には不純物粒子は皆無であり、粒界も存在せず、Raで表される面粗度で0.1nmまで高精度に加工できたことが分かった。
【0032】
上記試験片A及びCの反射面には、真空蒸着によってアルミニウムを200nmコーティングし、反射膜を形成した。一方、上記試験片B及びDの反射面には、アルミニウムを蒸着せず、研磨後の状態のままとした。
上記試験片A及びCの反射面に対してはHe−Neレーザーを照射し、上記試験片B及びDの反射面に対してはX線を照射し、それぞれの反射率を測定した。この結果、上記試験片A及びCの反射率(He−Neレーザー)は94%であり、上記試験片B及びDの反射率(X線)は96%であり、すべての試験片において非常に高い値を示した。また、上記試験片B及びDにおいて、X線の照射による反射面の劣化等は生じなかった。
一つの結晶粒から構成された試験片A,Bと、96体積%以上が一つの結晶粒から構成された試験片C,Dとでは、反射特性には大きな差異が見られなかった。
【0033】
(実施例2,3)
実施例2,3は、図1に示す改良型レーリー法による結晶成長装置を用いて製造したSiC多結晶インゴットを分割することにより得た。
すなわち、実施例2,3となる多結晶インゴットの製造方法は実施例1と略同様であり、種結晶1を用いずに黒鉛坩堝3内部で昇華原料2を誘導加熱により昇華、再結晶させて行った。これにより、昇華原料2の昇華ガスは黒鉛坩堝3内部における黒鉛蓋4の表面で再結晶化し、ここからSiC多結晶体が成長する。製造プロセスも実施例1と略同様であるが、SiC多結晶体は成長が速いため60時間で結晶成長を終了させた。これにより、高さ49mm、口径75mmのSiC多結晶インゴットを得た。
【0034】
この多結晶インゴットを、成長方向に三等分に分割した。
そして、最も早い時間帯に成長したブロックから、正方形板状のミラー形状試験片(20mm×20mm×2mm)を2枚切り出してこれらを実施例2とし、同じブロックから、長方形板状の不純物元素分析用試験片(11mm×4mm×0.4mm)、及び円柱状の熱伝導率測定用試験片(φ10mm×4mm)を得た。
同様に、最も遅い時間帯に成長したブロックから、正方形板状のミラー形状試験片(20mm×20mm×2mm)を2枚切り出してこれらを実施例3とし、同じブロックから、長方形板状の不純物元素分析用試験片(11mm×4mm×0.4mm)、及び円柱状の熱伝導率測定用試験片(φ10mm×4mm)を得た。
【0035】
実施例2及び3の各ミラー形状試験片は、実施例1と同様にダイヤモンド遊離砥粒を用いて、ラップ盤により反射面(20mm×20mm)を研磨した。
研磨後の反射面は、実施例1と同じ方法で表面粗度の測定を行った。この結果、実施例2及び3の反射面には粒界は存在するものの不純物粒子は皆無であり、実施例2についてはRaで表される面粗度で0.7nmまで、実施例3についてはRaで表される面粗度で0.4nmまで高精度に加工できたことが分かった。
研磨後の反射面を金属顕微鏡で観察した結果、気孔は存在していなかったため、この多結晶体もほぼ理論密度と考えることができる。また、観察長さ1mm当りでは、実施例2については12本、実施例3については6本の結晶粒界が観察された。
【0036】
不純物、熱伝導率の分析も実施例1と同様の方法で行った。不純物分析の結果、不純物元素の含有量は、実施例2,3とも合計で約0.2ppm(質量比)であり、これより実施例2,3のSiC含有量は99.99998質量%であることが分かった。熱伝導率測定の結果、常温(24℃)における熱膨張係数は、実施例2が270W/mK、実施例3が290W/mKであった。
【0037】
実施例2及び3の各2枚のミラー形状試験片のうちそれぞれの1枚目には、研磨した反射面に実施例1と同様の方法でアルミニウムを200nmコーティングし、反射膜を形成した。実施例2及び3の各2枚のミラー形状試験片のうちそれぞれの2枚目には、アルミニウムを蒸着せず、研磨後の状態のままとした。
アルミニウムを蒸着した実施例2及び3の各試験片の反射面に対してHe−Neレーザーを照射し、アルミニウムを蒸着していない実施例2及び3の各試験片の反射面に対してはX線を照射し、それぞれの反射率を測定した。この結果、それぞれの反射率は、実施例2においてはX線が92%、He−Neレーザーが90%であり、実施例3においてはX線が93%、He−Neレーザーが91%であり、すべての試験片において非常に高い値を示した。また、アルミニウムを蒸着していない実施例2及び3の各試験片において、X線の照射による反射面の劣化等は生じなかった。
【0038】
(比較例1)
比較例1は、SiC多結晶インゴットから製造した。比較例1となる多結晶インゴットの製造方法、製造プロセスは実施例2,3と略同様であるが、比較例1は、黒鉛坩堝3下部温度を2450℃に上昇させると同時に、種結晶と原料との間の温度差を大きくして行った。この製造条件により、比較例1は実施例2,3よりもさらに成長が速くなったため、45時間で成長を終了させた。これにより、高さ47mm、口径75mmのSiC多結晶インゴットを得た。
【0039】
この多結晶インゴットを、成長方向に三等分に分割した。そして、最も速い時間帯に成長したブロックから、正方形板状のミラー形状試験片(20mm×20mm×2mm)を2枚切り出してこれらを比較例1とし、同じブロックから長方形板状の不純物元素分析用試験片(11mm×4mm×0.4mm)、および円柱状の熱伝導率測定用試験片(φ10mm×4mm)を得た。
【0040】
比較例1のミラー形状試験片は、実施例1と同様にダイヤモンド遊離砥粒を用いて、ラップ盤により反射面(20mm×20mm)を研磨した。研磨後の反射面は実施例1と同じ方法で表面粗度の測定を行った。この結果、比較例1の研磨面には粒界は存在するものの不純物粒子は皆無であるため、Raで表される面粗度で、1.4nmまで高精度に加工できたことが分かった。研磨後の反射面を金属顕微鏡で観察した結果、気孔は存在していなかったため、比較例1の多結晶体もほぼ理論密度と考えることができる。また、観察長さ1mm当りでは、89本の結晶粒界が観察された。
【0041】
不純物、熱伝導率の分析も実施例1と同様の方法で行った。不純物分析の結果、比較例1の材料のSiC含有量は、合計で約0.2ppm(質量比)であり、これより比較例1の材料のSiC含有量は99.99998質量%であることが分かった。熱伝導率測定の結果、比較例1の常温(24℃)における熱膨張係数は240W/mKであった。
【0042】
比較例1の2枚のミラー形状試験片のうち1枚目には、研磨した反射面に実施例1と同様の方法でアルミニウムを200nmコーティングし、反射膜を形成した。残り1枚のミラー形状試験片にはアルミニウムを蒸着せず、研磨後の状態のままとした。比較例1において、アルミニウムを蒸着していない試験片の反射面に対してはX線を照射し、アルミニウムを蒸着した試験片の反射面に対してはHe−Neレーザーを照射し、それぞれ反射率を測定した。測定した結果、それぞれの反射率は、X線については86%、He−Neレーザーについては85%と、実施例1ないし3よりも低い値であった。また、X線が照射された試験片の反射面を金属顕微鏡で観察した結果、発熱により粒界部分で化学反応が生じたことが分かった。
【0043】
(比較例2)
比較例2として、SiC焼結体を基板とした光学反射ミラーを作製した。
すなわち、SiC粉末(平均粒径:0.7μm)96.3質量%と、焼結助剤であるBC粉末0.37質量%と、AlN粉末0.90質量%と、カーボンブラック2.43質量%とを秤量し、これらの粉体をボールミルにて、水を溶媒として24時間混練した。次いで、得られたスラリーをスプレードライし、乾燥混合粉体を得た。この乾燥混合粉体をCIP(Cold Isostatic Pressing)成形した後、取り出した成形体をArガス中2050℃で8時間かけて焼成した。こうして得られたSiC焼結体を、アルキメデス法によって密度を測定した。測定した結果、当該SiC焼結体は、密度が3.12g/cmであり、約3%の気孔を含んでいたことが分かった。
【0044】
得られたSiC焼結体から、正方形板状のミラー形状試験片(20mm×20mm×2mm)を2枚切り出してこれらを比較例2とし、同じSiC焼結体から円柱状の熱伝導率測定用試験片(φ10mm×4mm)を得た。
【0045】
熱伝導率は、実施例1と同条件で測定した。測定の結果、比較例2の熱伝導率は71W/mKと低い値であった。
また、実施例1と同様にして比較例2についても反射面を研磨した。比較例2における研磨後の反射面を金属顕微鏡で観察した結果、1mm当りに結晶粒界が1000本以上含まれており、TEM観察によって粒界にB化合物、Al化合物等の偏析が観察された。
比較例2における不純物の含有量は、高周波誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MAS)により分析した。分析した結果、比較例2は不純物を2.1質量%含有しており、SiCの含有量は97.9質量%であることが分かった。
比較例2の研磨後の反射面について表面粗度の測定を行ったが、比較例2の研磨後の反射面には不純物粒子や気孔が存在することが影響して、Raで3.4nm以下に加工できなかった。さらに、研磨面の気孔に入り込んだダイヤモンド砥粒や研磨の切子によって、仕上げ面の一部にスクラッチが発生していた。
【0046】
比較例2の2枚のミラー形状試験片のうち1枚目には、研磨した反射面に実施例1と同様の方法でアルミニウムを200nmコーティングし、反射膜を形成した。比較例2の2枚のミラー形状試験片のうち2枚目には、アルミニウムを蒸着せず、研磨後の状態のままとした。
比較例2において、アルミニウムを蒸着した試験片の反射面に対してHe−Neレーザーを照射し、アルミニウムを蒸着していない試験片の反射面に対してはX線を照射し、それぞれの反射率を測定した。測定した結果、それぞれの反射率は、X線については84%、He−Neレーザーについては80%と、実施例1ないし3よりも低い値であった。さらに、X線が照射された試験片の反射面には、発熱によって反応層が生成され、白濁が生じていた。
【0047】
上記実施例1ないし3、および、比較例1,2の各測定結果を表1にまとめて示す。表1より本発明が光学反射ミラーとして優れた特性を有していることが解る。
【0048】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明による光学反射ミラー基板及び光学反射ミラーは、高い寸法安定性、高い熱伝導率を有し、反射面を高精度に加工することが可能であり、各種の光学系で利用価値が高い。例えば、半導体露光装置、検査装置等の精密産業分野の他、X線顕微鏡等、多様な光学機器へ応用できる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の光学反射ミラーの素材であるSiCインゴットを製造するための結晶製造装置の一例を示す構成図
【符号の説明】
【0051】
1 種結晶(SiC単結晶)
2 昇華原料
3 黒鉛坩堝
4 黒鉛蓋
5 二重石英管
6 支持棒
7 黒鉛製フェルト
8 ワークコイル
9 高純度Arガス配管
10 高純度Arガス用マスフローコントローラ
11 真空排気装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
99.5質量%以上が炭化珪素で構成され、相対密度が99.9%以上、かつ、常温の熱伝導率が260W/mK以上である炭化珪素材料からなることを特徴とする光学反射ミラー基板。
【請求項2】
請求項1に記載の光学反射ミラー基板において、
前記炭化珪素材料の常温の熱伝導率が300W/mK以上であることを特徴とする光学反射ミラー基板。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の光学反射ミラー基板において、
前記炭化珪素材料は、任意位置の1mm長さ当りの結晶粒界の数が20以下であることを特徴とする光学反射ミラー基板。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載の光学反射ミラー基板において、
前記炭化珪素材料は炭化珪素単結晶であることを特徴とする光学反射ミラー基板。
【請求項5】
請求項4に記載の光学反射ミラー基板において、
前記炭化珪素単結晶は、昇華再結晶法で育成させた炭化珪素単結晶であることを特徴とする光学反射ミラー基板。
【請求項6】
請求項5に記載の光学反射ミラー基板において、
前記炭化珪素単結晶は、昇華再結晶法で育成した直径50mm以上の単結晶インゴットから加工されてなるものであることを特徴とする光学反射ミラー基板。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6のいずれかに記載の光学反射ミラー基板の反射面を鏡面研磨してなる光学反射ミラー。
【請求項8】
請求項1ないし請求項6のいずれかに記載の光学反射ミラー基板の反射面を研磨した後、反射膜を形成してなる光学反射ミラー。

【図1】
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【公開番号】特開2007−25136(P2007−25136A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−205679(P2005−205679)
【出願日】平成17年7月14日(2005.7.14)
【出願人】(306032316)新日鉄マテリアルズ株式会社 (196)
【Fターム(参考)】