説明

光機能回路

【課題】 複数の機能を実行することのできる光機能回路を、1つの基板上で作製する。
【解決手段】 仮想的なメッシュにより画定される仮想的なピクセルの各々が有する屈折率により、入力ポートから入射された光信号が多重散乱しながら分岐し、出力ポートから出射されるように決定された空間的な屈折率分布が形成された波動伝達媒体を備え、ピクセルは、コアに相当する高屈折率部と、空隙からなる低屈折率部とを有し、空隙に任意の材料を注入して機能を実現する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光機能回路に関し、より詳細には、2次元的な屈折率分布に応じた多重散乱によりホログラフィックに波動を伝達させるホログラフィック波動伝達媒体を用いた光機能回路に関する。
【背景技術】
【0002】
光通信分野においては、光の分岐、干渉を容易に実現できる光回路として、光導波路構造を利用した集積光部品が開発されてきた。光の波動としての性質を利用した集積光部品は、光導波路長の調整により光干渉計の作製を容易にしたり、半導体分野における回路加工技術を適用することにより、光部品の集積化が容易になる。
【0003】
このような光導波路構造は、光導波路中を伝搬する光を屈折率の空間的分布を利用して空間的な光閉じ込めを実現する「光閉じ込め構造」である。光回路を構成するためには、光配線などを用いて、各構成要素を縦列的に接続することとなる。このため、光導波路回路の光路長は、光回路内で干渉現象などを生じさせるために求められる光路長よりも長くならざるを得ず、その結果、光回路そのものが極めて大型になってしまうという問題があった。
【0004】
たとえば、典型的なアレイ導波路格子を例にとると、入力ポートから入力された複数の波長(λj)の光は、スラブ導波路を有するスターカプラにより分波・合波を繰り返し、分波された光が出力ポートから出力されるが、波長の千分の1程度の分解能で光を分波するために要する光路長は、導波路を伝搬する光の波長の数万倍となる。また、光回路の導波路パターンニングをはじめとして、偏光状態に依存する回路特性を補正するための波長板などを設けるための加工も施す必要がある。(例えば、非特許文献1参照)。
【0005】
また、光回路の小型化のためには、光を導波路中に強く閉じ込める必要がある。従って、光導波路は、極めて大きな屈折率差を有する必要がある。例えば、従来のステップインデクッス型の光導波路では、比屈折率差が0.1%よりも大きな値となるように、屈折率の空間的分布を有するように光導波路を設計する。このような大きな屈折率差を利用して光閉じ込めを行うと、回路構成の自由度が制限されてしまう。特に、光導波路中での屈折率差を、局所的な紫外線照射、熱光学効果または電気光学効果などにより実現しようとしても、得られる屈折率の変化量は高々0.1%程度である。光の伝搬方向を変化させる場合には、光導波路の光路にそって徐々に向きを変化させざるを得ず、光回路長は必然的に極めて長いものとなり、その結果として光回路の小型化が困難になる。
【0006】
【非特許文献1】Y. Hibino, “Passive optical devices for photonic networks”, IEIC Trans. Commun., Vol.E83-B No.10, (2000).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、従来の光導波路回路、ホログラフィック回路を用いた光回路よりも小型で、緩やかな屈折率分布、すなわち小さな屈折率差でも充分に高効率の光信号制御を可能とする波動伝達媒体を用いることにより、高効率で小型の光回路を実現する。しかしながら、複数の機能を実行する光機能回路を実現しようとすると、1つの機能の光回路を複数接続する必要があり、光機能回路全体の小型化には限度があった。
【0008】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、小型で作製が容易な、複数の機能を実行する光機能回路を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、このような目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、仮想的なメッシュにより画定される仮想的なピクセルの各々が有する屈折率により、入力ポートから入射された光信号が多重散乱しながら分岐し、出力ポートから出射されるように決定された空間的な屈折率分布が形成された波動伝達媒体を備え、前記ピクセルは、コアに相当する高屈折率部と、空隙からなる低屈折率部とを有し、前記空隙に任意の材料を注入して機能を実現することを特徴とする。
【0010】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の前記空隙には、屈折率の温度依存性を有する材料が注入され、前記波動伝達媒体の温度を変えて前記低屈折率部の屈折率を制御し、複数の機能を実現することを特徴とする。
【0011】
請求項3に記載の発明は、請求項1に記載の前記空隙には、電気光学効果を有する材料が注入され、前記波動伝達媒体に電圧を印可または電流を注入することにより前記低屈折率部の屈折率を制御し、複数の機能を実現することを特徴とする。
【0012】
請求項4に記載の発明は、請求項1に記載の前記空隙には、光誘起屈折率変化効果を有する材料が注入され、前記波動伝達媒体に光を照射することにより前記低屈折率部の屈折率を制御し、複数の機能を実現することを特徴とする。
【0013】
請求項5に記載の発明は、請求項1に記載の光機能回路において、前記空隙が空気で満たされた状態と、前記空隙に任意の屈折率を有する液体を注入した状態とのいずれかにより、2つの機能を実現することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
以上説明したように、本発明によれば、複数の機能を実行することのできる光機能回路を、1つの基板上で作製することができ、製造工程の短縮とともに回路の小型化を図ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について詳細に説明する。本実施形態の光機能回路は、複数の散乱点により画定されるホログラフィック波動伝達媒体であり、2次元的な屈折率分布に応じた多重散乱によりホログラフィックに波動を伝達させる。ホログラフィック波動伝達媒体は、低屈折率を有するピクセルと高屈折率を有するピクセルからなる系であり、これら2種のピクセルの空間的分布により全体的な屈折率分布が決定される。このとき、媒体中の低屈折率ピクセルを可変にすることにより、複数の機能を実行する光機能回路を実現する。
【0016】
最初に、本願発明に用いる波動伝達媒体の基本的概念について説明する。ここでは、光回路へ適用することから、波動伝達媒体中を伝搬する「波動」は「光」である。なお、波動伝達媒体にかかる理論は、一般の波動方程式に基づいて、媒質の特性を指定するものであり、一般の波動においても原理的に成り立ち得るものである。波動伝達媒体は、コヒーレントな光のパターンを入力して所望の光のパターンを出力させるために、波動伝達媒体中を伝搬する順伝搬光と逆伝搬光の位相差が、波動伝達媒体中の何れの場所においても小さくなるように屈折率分布が決定される。屈折率分布に応じた局所的なレベルのホログラフィック制御を多重に繰り返すことにより、所望の光のパターンが出力される。
【0017】
図1を参照して、本実施形態にかかる波動伝達媒体の基本構造を説明する。図1(a)に示したように、光回路基板1の中に、波動伝達媒体により構成される光回路の設計領域1−1が存在する。光回路の一方の端面は、入力光3−1が入射する入射面2−1である。入力光3−1は、波動伝達媒体で構成された空間的な屈折率分布を有する光回路中を多重散乱しながら伝搬し、他方の端面である出射面2−2から出力光3−2として出力される。図1(a)中の座標zは、光の伝搬方向の座標(z=0が入射面、z=zが出射面)であり、座標xは、光の伝搬方向に対する横方向の座標である。なお、本実施形態では、波動伝達媒体は、誘電体からなるものと仮定し、空間的な屈折率分布は、波動伝達媒体を構成している誘電体の局所的な屈折率を後述する理論に基づいて設定することにより実現される。
【0018】
入力光3−1が形成している「場」(入力フィールド)は、光回路を構成する波動伝達媒体の屈折率の空間的分布に応じて変調され、出力光3−2の形成する「場」(出力フィールド)に変換される。換言すれば、本発明の波動伝達媒体は、その空間的な屈折率分布に応じて入力フィールドと出力フィールドとを相関づけるための(電磁)フィールド変換手段である。なお、これら入力フィールドおよび出力フィールドに対して、光回路中での伝搬方向(図中z軸方向)に垂直な断面(図中x軸に沿う断面)における光のフィールドを、その場所(x,z)における(順)伝搬像(伝搬フィールドあるいは伝搬光)と呼ぶ(図1(b)参照)。
【0019】
ここで、「フィールド」とは、一般に電磁場(電磁界)または電磁場のベクトルポテンシャル場を意味している。本実施形態における電磁場の制御は、光回路中に設けられた空間的な屈折率分布、すなわち誘電率の分布を変えることに相当する。誘電率はテンソルとして与えられるが、通常は偏光状態間の遷移はそれほど大きくないので、電磁場の1成分のみを対象としてスカラー波近似しても良い近似となる。そこで、本明細書では電磁場を複素スカラー波として扱う。なお、光の「状態」には、エネルギ状態(波長)と偏光状態とがあるため、「フィールド」を光の状態を表現するものとして用いる場合には、光の波長と偏光状態をも包含し得ることとなる。
【0020】
また、通常、伝搬光の増幅や減衰を生じさせない光回路では、屈折率の空間的分布を決めると、焦点以外の入力光3−1の像(入力フィールド)は、出力光3−2の像(出力フィールド)に対して一意的に定まる。このような、出射面2−2側から入射面2−1側へと向かう光のフィールドを、逆伝搬像(逆伝搬フィールドあるいは逆伝搬光)と呼ぶ(図1(c)参照)。このような逆伝搬像は、光回路中の場所ごとに定義することができる。すなわち、光回路中での任意の場所における光のフィールドを考えたとき、その場所を仮想的な「入力光」の出射点として考えれば、上記と同様に出力光3−2の像に対して、その場所での逆伝搬像を考えることができる。このように、光回路中の各場所ごとに逆伝搬像が定義できる。
【0021】
特に、単一の光回路において、出射フィールドが入射フィールドの伝搬フィールドとなっている場合には、光回路の任意の点で、伝搬フィールドと逆伝搬フィールドとは一致する。なお、フィールドは、一般的に、対象とする空間全体の上の関数であるが、「入射フィールド」または「出射フィールド」という場合は、入射面あるいは出射面におけるフィールドの断面を意味している。また、「フィールド分布」という場合でも、ある特定の断面に関して議論を行う場合には、その断面についてのフィールドの断面を意味している。
【0022】
屈折率分布の決定方法を説明するためには記号を用いるほうが見通しがよいので、各量を表すために以下のような記号を用いることとする。なお、対象とされる光(フィールド)は、単一状態の光には限定されないので、複数の状態の光が重畳された光を対象とされ得るべく、個々の状態の光にインデックスjを充てて一般的に表記する。
・ψj(x):j番目の入射フィールド(複素ベクトル値関数であり、入射面において設定する強度分布および位相の分布、ならびに、波長および偏波により規定される。)
・φj(x):j番目の出射フィールド(複素ベクトル値関数であり、出射面において設定する強度分布および位相分布、ならびに、波長および偏波により規定される。)
なお、ψj(x)およびφj(x)は、回路中で強度増幅、波長変換、偏波変換が行われない限り、光強度の総和は同じ(あるいは無視できる程度の損失)であり、それらの波長も偏波も同じである。
【0023】
・{ψj(x)、φj(x)}:入出力ペア(入出力のフィールドの組み。)
{ψj(x)、φj(x)}は、入射面および出射面における、強度分布および位相分布ならびに波長および偏波により規定される。
【0024】
・{n}:屈折率分布(光回路設計領域全体の値の組。)
与えられた入射フィールドおよび出射フィールドに対して屈折率分布を1つ与えたときに光のフィールドが決まるので、q番目の繰り返し演算で与えられる屈折率分布全体に対するフィールドを考える必要がある。そこで、(x,z)を不定変数として、屈折率分布全体をn(x,z)と表しても良いが、場所(x,z)における屈折率の値n(x,z)と区別するために、屈折率分布全体に対しては{n}と表す。
【0025】
・ncore:光導波路におけるコア部分のような、周囲の屈折率に対して高い屈折率の値を示す記号。
・nclad:光導波路におけるクラッド部分のような、ncoreに対して低い屈折率の値を示す記号。
・ψj(z,x,{n}):j番目の入射フィールドψj(x)を屈折率分布{n}中をzまで伝搬させたときの、場所(x,z)におけるフィールドの値。
・φj(z,x,{n}):j番目の出射フィールドφj(x)を屈折率分布{n}中をzまで逆伝搬させたときの、場所(x,z)におけるフィールドの値。
【0026】
本実施形態において、屈折率分布は、すべてのjについてψj(ze,x,{n})=φj(x)、またはそれに近い状態となるように{n}が与えられる。
【0027】
「入力ポート」および「出力ポート」とは、入射端面および出射端面におけるフィールドの集中した「領域」であり、例えば、その部分に光ファイバを接続することにより、光強度をファイバに伝搬できるような領域である。ここで、フィールドの強度分布および位相分布は、j番目のものとk番目のものとで異なるように設計可能であるので、入射端面および出射端面に複数のポートを設けることができる。さらに、入射フィールドと出射フィールドの組を考えた場合、その間の伝搬により発生する位相が、光の周波数によって異なるので、周波数が異なる光(すなわち波長の異なる光)については、位相を含めたフィールド形状が同じであるか直交しているかの如何にかかわらず、異なるポートとして設定することができる。
【0028】
ここで、電磁界は、実数ベクトル値の場で、かつ波長と偏光状態をパラメータとして有するが、その成分の値を一般な数学的取扱いが容易な複素数で表示し、電磁波の解を表記する。また、以下の計算においては、フィールド全体の強度は1に規格化されているものとする。図1(b)および図1(c)に示したように、j番目の入射フィールドψj(x)および出力フィールドφj(x)に対し、伝搬フィールドと逆伝搬フィールドとをそれぞれの場所の複素ベクトル値関数として、ψj(z,x,{n})およびφj(z,x,{n})と表記する。これらの関数の値は、屈折率分布{n}により変化するため、屈折率分布{n}がパラメータとなる。記号の定義により、ψj(x)=ψj(0,x,{n})、および、φj(x)=φj(ze,x,{n})となる。これらの関数の値は、入射フィールドψj(x)、出射フィールドφj(x)、および屈折率分布{n}が与えられれば、ビーム伝搬法などの公知の手法により容易に計算することができる。
【0029】
以下に、空間的な屈折率分布を決定するための一般的なアルゴリズムを説明する。図2に、波動伝達媒体の空間的な屈折率分布を決定するための計算手順を示す。この計算は、繰り返し実行されるので、繰り返し回数をqで表し、(q−1)番目まで計算が実行されているときのq番目の計算の様子が図示されている。(q−1)番目の計算によって得られた屈折率分布{nq-1}をもとに、各j番目の入射フィールドψj(x)および出射フィールドφj(x)について、伝搬フィールドと逆伝搬フィールドとを数値計算により求め、その結果を各々、ψj(z,x,{nq-1})およびφj(z,x,{nq-1})と表記する(ステップS220)。
【0030】
これらの結果をもとに、各場所(z,x)における屈折率n(z,x)を、次式により求める(ステップS240)。
n(z,x)=nq-1(z,x)−αΣjIm[φj(z,x,{nq-1})*・ψj(z,x,{nq-1})]
・・・(1)
ここで、右辺第2項中の記号「・」は、内積演算を意味し、Im[]は、[]内のフィールド内積演算結果の虚数成分を意味する。なお、記号「*」は複素共役である。係数αは、n(z,x)の数分の1以下の値をさらにフィールドの組の数で割った値であり、正の小さな値である。Σjは、インデックスjについて和をとるという意味である。
【0031】
ステップS220とS240とを繰り返し、伝搬フィールドの出射面における値ψj(ze,x,{n})と出射フィールドφj(x)との差の絶対値が、所望の誤差dよりも小さくなると(ステップS230:YES)計算が終了する。
【0032】
以上の計算では、屈折率分布の初期値{n}は適当に設定すればよいが、この初期値{n}が予想される屈折率分布に近ければ、それだけ計算の収束は早くなる(ステップS200)。また、各jについてφj(z,x,{nq-1})およびψj(z,x,{nq-1})を計算するにあたっては、パラレルに計算が可能な計算機の場合は、jごと(すなわち、φj(z,x,{nq-1})およびψj(z,x,{nq-1})ごと)に計算すればよいので、クラスタシステム等を利用して計算の効率化を図ることができる(ステップS220)。また、比較的少ないメモリで計算機が構成されている場合は、式(1)のインデックスjについての和の部分で、各qで適当なjを選び、その分のφj(z,x,{nq-1})およびψj(z,x,{nq-1})のみを計算して、以降の計算を繰り返すことも可能である(ステップS220)。
【0033】
以上の演算において、φj(z,x,{nq-1})の値とψj(z,x,{nq-1})の値とが近い場合には、式(1)中のIm[φj(z,x,{nq-1})*・ψj(z,x,{nq-1})]は位相差に対応する値となり、この値を減少させることで所望の出力を得ることが可能である。
【0034】
屈折率分布の決定は、波動伝達媒体に仮想的メッシュを定め、このメッシュによって画定される微小領域(ピクセル)の屈折率を、各ピクセルごとに決定することと言い換えることもできる。このような局所的な屈折率は、原理的には、その場所ごとに任意の(所望の)値とすることができる。最も単純な系は、低屈折率(n)を有するピクセルと高屈折率(n)を有するピクセルのみからなる系であり、これら2種のピクセルの空間的分布により全体的な屈折率分布が決定される。この場合、媒体中の低屈折率ピクセルが存在する場所を高屈折率ピクセルの空隙として観念したり、逆に、高屈折率ピクセルが存在する場所を低屈折率ピクセルの空隙として観念したりすることができる。すなわち、本発明の波動伝達媒体は、均一な屈折率を有する媒体中の所望の場所(ピクセル)を、これとは異なる屈折率のピクセルで置換したものと表現することができる。
【0035】
上述した屈折率分布決定のための演算内容を要約すると次のようになる。波動をホログラフィックに伝達させ得る媒体(光の場合には誘電体)に、入力ポートと出力ポートとを設け、入力ポートから入射した伝搬光のフィールド分布1(順伝搬光)と、入力ポートから入射した光信号が出力ポートから出力される際に期待される出力フィールドを出力ポート側から逆伝搬させた位相共役光のフィールド分布2(逆伝搬光)と、を数値計算により求める。フィールド分布1およびフィールド分布2を、伝搬光と逆伝搬光の各点(x,z)における位相差をなくすように、媒体中での空間的な屈折率分布を求める。なお、このような屈折率分布を得るための方法として最急降下法を採用すれば、各点の屈折率を変数として最急降下法により得られる方向に屈折率を変化させることにより、屈折率を式(1)のように変化させることで、2つのフィールド間の差を減少させることができる。このような波動伝達媒体を、入力ポートから入射した光を所望の出力ポートに出射させる光部品に応用すれば、媒体内で生じる伝搬波同士の多重散乱による干渉現象により、実効的な光路長が長くなり、緩やかな屈折率変化(分布)でも充分に高い光信号制御性を有する光回路を構成することができる。
【0036】
図3に、本発明の一実施形態にかかる光合分波回路を示す。上述したアルゴリズムにしたがって、約200回の繰り返しにより、図3(a)に示した屈折率分布を有する1×2光合分波回路が得られる。ここで、図中の光回路設計領域1−1内の黒色部分は、コアに相当する高屈折率部(誘電体多重散乱部)1−11であり、黒色部以外の部分はクラッドに相当する低屈折率部1−12であり、導波路より屈折率の低い散乱点である。クラッドの屈折率は、石英ガラスの屈折率を想定し、コアの屈折率は、石英ガラスに対する比屈折率が1.5%だけ高い値を有する。光回路のサイズは縦300μm、横140μmである。屈折率分布を求める際の計算に用いられたメッシュは、300×140である。
【0037】
図3(b)に、光合分波回路の透過スペクトルを示す。出力ポートaからは1.31μmの光信号が出力され、出力ポートbからは1.55μmの光信号が出力され、波長による光合分波器が形成されていることがわかる。
【0038】
図4に、波動伝達媒体を含む導波路の作成方法を示す。Si基板401上に、火炎堆積法により、SiOを主体にした下部クラッドガラススート402を堆積する。次に、SiOにGeOを添加したコアガラススート403を堆積する(図4(a))。その後、1000℃以上の高温でガラス透明化を行う。このとき、下部クラッドガラス404は30ミクロン厚、コアガラス405は7ミクロン厚となるように、ガラスの堆積を行っている(図4(b))。
【0039】
引き続き、フォトリソグラフィ技術を用いてコアガラス405上にエッチングマスク406を形成し(図4(c))、反応性イオンエッチングによってコアガラス405のパターン化を行う(図4(d))。すなわち、仮想的なメッシュにより画定される仮想的なピクセルのうち、コアに相当する高屈折率部を形成する。エッチングマスク406を除去した後、上部クラッドガラス407を、張り合わせる(図4(e))。上部クラッドガラス407は、BやPなどのドーパントを添加したSiOである。
【0040】
図3に示した高屈折率部(誘電体多重散乱部)1−11は、コア405に相当し、導波路より屈折率の低い散乱点である低屈折率部1−12は、下部クラッドガラス404と上部クラッドガラス407とに挟まれた空隙に相当する。本実施形態では、後述するように、この部分に様々な材料を注入する。(図4(f))。
【0041】
なお、波動伝達媒体の空隙に材料を注入するために、図5(a)に示すように、コアに相当する高屈折率部と上部クラッドガラス407との間に、材料の通過する隙間を設ける。図4(c),(d)のエッチングにおいて、2段階のエッチングを行って、波動伝達媒体の周辺部に、高い段差408を設けておく。また、図5(b)に示すように、段差の一部を取り除いて、材料の注入口411と、排出口412とを接続できるようにする。
【0042】
波動伝達媒体の空隙に、空気またはポリマ、半導体、液体など適当な材料を注入することにより、低屈折率部1−12を任意の屈折率に設定して、1つの基板上で複数の機能を実行することのできる光機能回路を実現することができる。具体的には、
1)ポリマ、半導体、シリコンオイルなどの液体のいずれかの材料を空隙に注入し、屈折率の温度依存性により所定の機能を実現する。
2)液晶、強誘電体材料などの電気光学効果を有する材料を空隙に注入し、電圧を印加して屈折率を変え、複数の機能を実行する。
3)半導体、ポリマなどの電気光学効果を有する材料を空隙に注入し、電流を注入して屈折率を変え、複数の機能を実行する。
4)ポリマなどの光誘起屈折率変化効果を有する材料を空隙に注入し、光を照射して屈折率を変え、複数の機能を実行する。光誘起屈折率変化効果として、光カー効果、光吸収による熱レンズ効果、相転移による屈折率変化、光吸収キャリアによる屈折率変化などがある。
5)空隙が空気で満たされた状態と液体を空隙に注入した状態との2値状態として、2つの機能を実行する。
などの方法が考えられる。
【0043】
空隙に注入する液体の屈折率をnとすると、n=ncladとすれば、計算されたとおりの屈折率分布を有する波動伝達媒体となり、所与の機能を実現する。n=ncoreとすれば、波動伝達媒体は、スラブ導波路として機能する。また、nclad<n<ncoreとすれば、例えば、図3に示した光合分波回路において、各々のポートに出力される波長をシフトすることができる。さらに、n>ncoreとすれば、減衰回路として機能する。
【実施例1】
【0044】
図6に、本発明の実施例1にかかる光機能回路を示す。基板501上に、波動伝達媒体502,503が形成されている。波動伝達媒体502には、入力導波路504が接続され、低屈折率部である空隙に液体を注入するための注入口506と、排出口507とが接続されている。波動伝達媒体503には、出力導波路505が接続されている。
【0045】
波動伝達媒体502の空隙にn=ncoreとなる液体を注入すると、スラブ導波路となって、波動伝達媒体502は、レンズとして機能する。すなわち、入力導波路504からの光信号を分岐して、波動伝達媒体503へ出力する。波動伝達媒体503は、分岐された光信号をそれぞれ出力導波路505に導く。
【0046】
波動伝達媒体502の空隙にn=ncladとなる液体を注入すると、波動伝達媒体として働き、波長分波素子として機能する。すなわち、入力導波路504からの光信号を波長に応じて光路を変え、波動伝達媒体503へ出力する。波動伝達媒体503は、分波された光信号をそれぞれ出力導波路505に導く。このようにして、分岐回路と分波回路という2つの機能を1つの基板上で実現することができる。
【実施例2】
【0047】
図7に、本発明の実施例2にかかる光機能回路を示す。基板601上に、波動伝達媒体602a,602bが導波路604を挟んで形成されている。波動伝達媒体602には、出力導波路605が接続され、低屈折率部である空隙に液体を注入するための注入口606と、排出口607とが接続されている。図8は、実施例2にかかる光機能回路の断面図である。結合部608は、ncore>n≧ncladからなるガラスである。結合部608の上部には、液体が流れるように連絡溝609が形成されている。
【0048】
波動伝達媒体602の空隙に空気が注入されている場合には、導波路604のコア部分に光は閉じ込められる。従って、導波路604に入力された光信号は、そのまま導波路604を伝搬して出力される。一方、波動伝達媒体602の空隙にn≧ncladとなる液体を注入すると、導波路604と波動伝達媒体602とは光学的に結合する。従って、導波路604に入力された光信号は、波動伝達媒体602を介して出力導波路605a,605bからそれぞれ出力される。すなわち分岐回路として機能する。
【0049】
なお、n=ncladの場合よりも、n>ncladの場合の方が、光の膜厚方向への散乱損失を低減することができる。本実施例では、液体としてシリコンオイルを用いたが、ポリマを含有する溶媒を用い、光照射や温度変化により屈折率変化を得ることもできる。また、液晶を充填した場合には、膜厚方向に電界を印加することにより、屈折率を変化させることもできる。
【0050】
さらに、半導体などの流動性のない媒質で空隙を埋め、電圧印加またはキャリア注入により、波動伝達媒体の屈折率を変化させる事により特性を変化させることもできる。このようにして、直線導波路と分岐回路という2つの機能を1つの基板上で実現することができる。
【実施例3】
【0051】
図9に、本発明の実施例3にかかる光機能回路を示す。Si上に石英を堆積した基板701上に、波動伝達媒体702が形成されている。波動伝達媒体502には、入力導波路704が接続され、波動伝達媒体703の出力ポートには、出力導波路705が光学的に結合されている。出力導波路705は、光ファイバを用いても構わない。波動伝達媒体702は、Geドープされた石英ガラスコアから形成されており、その空隙にはポリマが充填されている。ポリマの屈折率は、Geドープされた石英ガラスコアと常温で一致する。
【0052】
常温では、波動伝達媒体702は、単なるスラブ導波路として機能し、横方向に非常に広いスポットを有する出力が得られる。基板701をヒータにより加熱すると、スポットサイズが徐々に小さくなる。これは、ヒータの加熱による温度変化に伴って、充填されているポリマの屈折率が減少したことによる。出力導波路705として、光ファイバを用いたところ、可変のアッテネータとして機能する。
【0053】
本実施例では、ポリマの常温での屈折率をドープした石英ガラスコアと一致させたが、ポリマおよびその屈折率の選択には広い自由度がある。従って、低損失となる動作温度を、常温での屈折率を調整することにより可変することができる。例えば、屈折率をわずかに下げておくと、動作温度を下げることができる。また、動作原理として温度変化による屈折率変化を用いた場合には、動作速度が数m秒〜秒程度であるが、ポリマとして光照射により屈折率の変化する媒体を用いると、制御光により数μs以下の高速な動作を行うことができる。
【実施例4】
【0054】
図10に、本発明の実施例4にかかる光機能回路を示す。実施例4は、実施例2の光機能回路に、さらに波動伝達媒体を接続して、より複雑な機能を実現する光機能回路である。基板801上に、波動伝達媒体802a,802bが導波路804を挟んで形成されている。波動伝達媒体802には、導波路を介してさらに波動伝達媒体803a,803bが接続されている。波動伝達媒体802には、低屈折率部である空隙に液体を注入するための注入口806と、排出口807とが接続されている。波動伝達媒体803の空隙には不図示の注入口と排出口とを介して液体を注入することにより、屈折率を変えることができる。
【0055】
波動伝達媒体802の空隙に空気が注入されている場合には、導波路804のコア部分に光は閉じ込められる。従って、導波路804に入力された光信号は、そのまま導波路804を伝搬して出力される。一方、波動伝達媒体802の空隙にn≧ncladとなる液体を注入すると、導波路804と波動伝達媒体802とは光学的に結合する。従って、導波路804に入力された光信号は、波動伝達媒体802を介して波動伝達媒体803a,803bに入力される。
【0056】
波動伝達媒体803aは、空隙に液体が注入されているか否かにより、出力導波路805a,805bのいずれかに光路を切り替えることができ、波動伝達媒体803bは、出力導波路805c,805dのいずれかに光路を切り替えることができる。このようにして、直線導波路と分岐回路という2つの機能に、スイッチ回路を付加した光機能回路を1つの基板上で実現することができる。
【0057】
本実施形態では、石英ガラスを主体とした構成について説明したが、上述したように、半導体、ポリマ、液晶などを用いることができる。これら材料を用いた場合の光機能回路の製造方法について以下に説明する。
【0058】
半導体の場合には、レーザなどの通常の半導体光導波路型デバイスプロセスを用いる。最初に、導電性基板上に、結晶成長により、低屈折率の膜(例えばInP)と高い屈折率の膜(例えばInGaAsP)を形成する。フォト工程、ドライエッチング工程により、少なくとも高い屈折率の膜の部分のパターン加工を行う。結晶成長により、低屈折率膜(InPまたはコア膜よりも屈折率の低いInGaAsP)を形成する。同様にして、結晶成長により、クラッド層として導電性のクラッド層を形成する。次に、電流印加/電圧印加の為に、波動伝達媒体の上部および基板裏面に電極金属を形成する。劈開によりカットし、端面に反射防止膜を形成して、光機能回路が完成する。
【0059】
ポリマの場合には、図4に示した方法において、図4(d)のパターン化を行ったときに、ポリマを塗布し、溶媒を蒸発させて硬化させる。必要に応じて研磨工程などにより平坦化を行う。最後に、必要ならば、表面に加熱用の電極を形成する。
【0060】
液晶の場合は、石英ガラスを主体とした製造方法に同じであり、電圧印加のために、波動伝達媒体の上下面に電圧印加用の電極を形成する。
【0061】
LiNbOを材料とする製造方法では、LiNbO基板上に、ドーパントの拡散により導波路および波動伝達媒体を形成する。さらに、保護膜を形成した後に、電圧印加のために、波動伝達媒体の上面に電極を形成する。
【0062】
このようにして、上述した実施例1〜4において、石英ガラスのみならず半導体、ポリマ、液晶などを用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】波動伝達媒体の基本構造を説明するための図である。
【図2】波動伝達媒体の空間的な屈折率分布を決定するための計算手順を示すフローチャートである。
【図3】本発明の一実施形態にかかる光合分波回路を示す図である。
【図4】波動伝達媒体を含む導波路の作成方法を示す図である。
【図5】波動伝達媒体の空隙に材料を注入する方法を示す図である。
【図6】本発明の実施例1にかかる光機能回路を示す図である。
【図7】本発明の実施例2にかかる光機能回路を示す図である。
【図8】実施例2にかかる光機能回路の断面図である。
【図9】本発明の実施例3にかかる光機能回路を示す図である。
【図10】本発明の実施例4にかかる光機能回路を示す図である。
【符号の説明】
【0064】
1−1 光回路設計領域
1−2 基板
1−11 高屈折率部
1−12 低屈折率部
2−1 入射面
2−2,2−3 出射面
3−1 入力ポート
3−2 出力ポート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
仮想的なメッシュにより画定される仮想的なピクセルの各々が有する屈折率により、入力ポートから入射された光信号が多重散乱しながら分岐し、出力ポートから出射されるように決定された空間的な屈折率分布が形成された波動伝達媒体を備え、
前記ピクセルは、コアに相当する高屈折率部と、空隙からなる低屈折率部とを有し、
前記空隙に任意の材料を注入して機能を実現することを特徴とする光機能回路。
【請求項2】
前記空隙には、屈折率の温度依存性を有する材料が注入され、前記波動伝達媒体の温度を変えて前記低屈折率部の屈折率を制御し、複数の機能を実現することを特徴とする請求項1に記載の光機能回路。
【請求項3】
前記空隙には、電気光学効果を有する材料が注入され、前記波動伝達媒体に電圧を印可または電流を注入することにより前記低屈折率部の屈折率を制御し、複数の機能を実現することを特徴とする請求項1に記載の光機能回路。
【請求項4】
前記空隙には、光誘起屈折率変化効果を有する材料が注入され、前記波動伝達媒体に光を照射することにより前記低屈折率部の屈折率を制御し、複数の機能を実現することを特徴とする請求項1に記載の光機能回路。
【請求項5】
前記空隙が空気で満たされた状態と、前記空隙に任意の屈折率を有する液体を注入した状態とのいずれかにより、2つの機能を実現することを特徴とする請求項1に記載の光機能回路。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−47508(P2006−47508A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−226087(P2004−226087)
【出願日】平成16年8月2日(2004.8.2)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】