説明

円筒ころ軸受

【課題】極低温流体中で使用される円筒ころ軸受において、ころ端面にも十分に固体潤滑剤を移着できるようにすることである。
【解決手段】内輪12、外輪13、これらの軌道面14、15間に介在された円筒形の多数のころ16及びころ16を一定間隔に保持する保持器17とからなり、前記保持器17が固体潤滑剤を含んだ材料によって形成された円筒ころ軸受において、固定側の外輪13のつば20ところ16との間に固体潤滑剤を含んだ潤滑リング26が介在された構成とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、円筒ころ軸受に関し、特に液体ロケットエンジン用ターボポンプの極低温流体中で使用される円筒ころ軸受に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現行の液体ロケットエンジン用ターボポンプに使用される軸受(アンギュラ玉軸受)は、液体水素や液体酸素中の極低温流体中で使用されるため、潤滑油やグリースによる潤滑を採用することはできない。このため、固体潤滑剤であるPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)をガラス織布に含浸させた複合材によって保持器を形成し、回転中に保持器のポケットに滑り接触する転動体及びその転動体と接触する軌道輪の軌道面に固体潤滑剤を移着することで潤滑を行うようにしている(特許文献1)。
【0003】
この場合、運転開始直後においては保持器からの固体潤滑剤の移着が不十分であるため、予め転動体及び軌道面にスパッタリングによって固体潤滑剤の被膜を形成することにより、運転初期における潤滑性を確保している(非特許文献1)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−57744号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】「ロケットターボポンプ用軸受の保持器複合材の潤滑特性」野坂正隆 日本複合材料学会誌 第20巻、第6号、1944(2.ターボポンプと軸受)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
液体ロケットエンジン用ターボポンプでは、性能及び信頼性を高めるため、軸受のラジアル剛性を向上させる必要があるが、従来使用されているアンギュラ玉軸受では大幅なラジアル剛性の向上は望めない。そこで、ラジアル剛性の高い円筒ころ軸受を使用する。
【0007】
しかし、アンギュラ玉軸受において採られていた従来の潤滑手段をそのまま円筒ころ軸受に適用しただけでは、ころの端面に固体潤滑剤を積極的に移着させることができず、ころの端面とこれに対向した軌道輪のつばとの間の潤滑が不十分になる問題がある。
【0008】
そこで、この発明はころの端面にも十分に固体潤滑剤を移着させることができる構造の円筒ころ軸受を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記の課題を解決するために、この発明は、内輪、外輪、これらの軌道面間に介在された円筒形の多数のころ及び各ころを一定間隔に保持する保持器とからなり、前記保持器が固体潤滑剤を含んだ材料によって形成された円筒ころ軸受において、固定側の軌道輪のつばところとの間に固体潤滑剤を含んだ潤滑リングが介在された構成を採用した。
【0010】
前記ころが保持器の柱部に接触することによりころの転動面に固体潤滑剤が移着され、ころの自転に伴いその固体潤滑剤が内外輪の軌道面に移着される。
【0011】
固定側の軌道輪のつばと潤滑リングの間に固定リングが介在された構成を採ることが望ましい。固定リングにより潤滑リングの軸方向の反りを抑制させることができ、ころの端面と潤滑リングとの接触が確実となる。
【0012】
前記固定リングを潤滑リングとつばとの間に設けられた嵌合溝に密着嵌合させることにより、固定リングの姿勢を安定させることができる。前記嵌合溝の幅に比べて固定リングの幅が小さい場合は、嵌合溝とつばと間に皿ばね等の弾性体を介在することにより固定リングを安定させることができる。弾性体を介在させる構成は、固定リングや潤滑リングの幅が狭く剛性が低い場合のこれら部品の反りを防止するうえで有効である。
【発明の効果】
【0013】
以上のように、この発明によれば、液体水素や液体酸素などの極低温流体中で使用されることにより、潤滑油やグリースによる潤滑手段を採用できない場合の円筒ころ軸受において、ころの転動面はもとより、ころの端面にも積極的に固体潤滑剤を移着させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、実施形態1の円筒ころ軸受の断面図である。
【図2】図2は、同上の一部拡大断面図である。
【図3】図3は、同上の保持器部分の一部拡大平面図である。
【図4】図4は、同上の固定リングの斜視図である。
【図5】図5は、同上の一部拡大断面図である。
【図6】図6は、同上の円筒ころ軸受とアキシャル玉軸受の組み合わせ断面図である。
【図7】図7は、実施形態2の円筒ころ軸受の一部断面図である。
【図8】図8は、同上の一部拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、この発明の実施の形態を添付図面に基づいて説明する。
[実施形態1]
【0016】
図1及び図2に示した実施形態1の円筒ころ軸受11は、通常の場合と同様の内輪12、外輪13、これらの軌道面14、15の間に介在された円筒形の多数のころ16及び各ころ16を一定間隔に保持する保持器17を備えた内輪回転の円筒ころ軸受である。
【0017】
保持器17は、内輪12に接触して回転される内輪案内形式であり、ガラス織布にPTFE等の自己潤滑性を有する固体潤滑剤を含浸させた複合材によって形成される。保持器17は、図3に示したように、軸方向両側の円環部17aと、その円環部17a相互間を連結する一定間隔の柱部17bによって構成され、前記円環部17aと柱部17bによって囲まれた多数のポケット18が円周方向に等間隔に設けられる。ポケット18内にころ16が収納され、ころ16の両端面19が円環部17aに接触し、転動面21が柱部17bに接触する。
【0018】
図2に示したように、前記内輪12の軌道面14の両側に外径方向に立ち上がったつば22が設けられる。つば22の軌道面14からの高さをx1とする。外輪13の軌道面15の両側に外径方向の段差面23が設けられ、その段差面23だけ拡径された取付け面24が設けられる。前記取付け面24と外輪13のつば20の間に嵌合溝25が設けられる。
【0019】
前記段差面23と取付け面24によって形成されるコーナ部に、潤滑リング26が介在される。潤滑リング26は、PTFE等の自己潤滑性を有する固体潤滑剤によって形成される。また、より強度が求められる場合は、ガラス織布に上述の固体潤滑剤を含浸させた複合材によって形成してもよい。取付け面24の軸方向の幅は潤滑リング26の幅に一致するよう形成され、嵌合溝25に収納された固定リング27が前記潤滑リング26に密着する。固定リング27はスプリットリングにより形成される(図4参照)。
【0020】
潤滑リング26の内径は、外輪13の軌道面15から高さx2だけ内径側に突き出す大きさに設定される。前記高さx2は、前記内輪12のつば22の高さx1と等しいか、大きく設定される(x1≦x2)。
【0021】
前記固定リング27の内径は潤滑リング26の内径に等しいか、わずかに大きく形成され、固定リング27によって潤滑リング26が運転中にころ16と接触した時の軸方向の反りが抑制される。
【0022】
図2に示したように、前記のころ16が軌道面14、15のセンター位置にある場合において、ころ16の各端面19と潤滑リング26の内側面29との軸方向スキマy及び内輪12のつば22の内側面28との軸方向スキマzは、y<zの関係になるように設定される。
【0023】
スキマy、zが前記の関係にあることにより、つば22の内側面28の位置が潤滑リング26の内側面29の位置よりわずかな量δ(=z−y)だけ外方にある。これにより、ころ16が軸方向に移動して(図5の矢印a参照)その端面19が潤滑リング26の内側面29に接触した際において、端面19とつば22の内側面28との間にδの大きさの微小スキマが生じる。
【0024】
なお、運転開始直後においては保持器17及び潤滑リング26からの固体潤滑材(PTFE)の移着が不十分であることに対処すべく、予めころ16及び軌道面14、15及び内輪12のつば22の内側面28にスパッタリングによって固体潤滑剤被膜を形成することにより、運転初期における潤滑性を確保する。
【0025】
図6は、前記円筒ころ軸受11とアンギュラ玉軸受31を組み合わせた使用例を示す。アンギュラ玉軸受31は、その内輪32の幅面34と外輪33の幅面35を円筒ころ軸受11の内輪12と外輪13の端面に接触させている。これによりアンギュラ玉軸受31でアキシャル荷重を負荷し、円筒ころ軸受11の軌道面14、15のセンター位置を合わせ、内輪12及び外輪13の軸方向位置を固定するようにしている。
【0026】
実施形態1の円筒ころ軸受11は以上のように構成される。なお、外輪回転の場合は、固定側となる内輪に同様の構成を持つ。
次にその作用について説明する。
【0027】
前記のように、運転の初期においては、予め形成された固体潤滑剤被膜によってころ16及び軌道面14、15が潤滑される。また、前記のδの大きさの微小スキマがあることにより、運転初期においては、ころ16の端面19は潤滑リング26の内側面29に接触するが、つば22の内側面28には接触しない。これにより、固体潤滑剤を移着するに、ころ16の端面19がつば22の内側面28に接触することが避けられる。
【0028】
ころ16の転動面21が柱部17bに接触することにより、転動面21に固体潤滑剤の移着が行われる。ころ16の回転に伴い転動面21に移着した固体潤滑剤は各軌道面14、15に移着される。
【0029】
ころ16は左右のすきまyの範囲で軸方向に動きながら自転しつつ公転する。ころ16の端面19が潤滑リング26の内側面29と接触することにより、端面19と高さx2の範囲の接触部分に移着が行われる。
【0030】
つば22の高さx1と潤滑リング26の高さx2の関係を、x1≦x2に設定しておくことにより、ころ端面19が内側面28と接触する部分を補うことができる。
【0031】
運転が進行し、潤滑リング26の内側面29にδ(図5参照)に相当する厚さ分の摩耗が生じると、ころ16の端面19には十分に固体潤滑剤の移着が進んでいるから、その時点でころ16の端面19とつば22の内側面28が接触し、潤滑が不十分になることはない。
[実施形態2]
【0032】
図7に示した実施形態2に係る円筒ころ軸受11は、軸受幅が狭く前記の潤滑リング26及び固定リング27を装着するための幅Eを十分に確保できず、これらの部品に十分な厚さを持たせることができない場合の対策として有効な構造である。
【0033】
即ち、潤滑リング26及び固定リング27の厚さが十分でなく、その剛性が低い場合、潤滑リング26にころ16の端面19が接触して外向きの荷重が加えられると、潤滑リング26が軸受外側方へ大きく弾性変形する可能性がある。その場合、端面19と潤滑リング26との接触面積が減少するため、固体潤滑剤を端面19側へ十分に移着することができない不都合が生じる。
【0034】
このような不都合を防止すべく、実施形態2の場合は、嵌合溝25に収容された固定リング27の外側面に弾性体として皿ばね36を介在して、固定リング27の背面を支えるようにしたものである。
【0035】
図8に示したように、固定リング27と嵌合溝25の内端面間の幅をM、皿ばね36の自由高さ(無負荷時高さ)をH、ころ16の端面19と潤滑リング26の内側面29のスキマをFとすると、M≦H、ただし、M<Hのとき、H−M<Fの関係に設定される。
【0036】
前記のただし書きは、M<Hの関係があると皿ばね36の力によって潤滑リング26がころ16側へ反ることになるが、その場合においても潤滑リング26がころ16の端面19に荷重を加えない、即ち、接触しないように当該皿ばね36の自由高さを設定すべきであることを意味する。
【0037】
以上の構成により、ころ16に余計な荷重が加えられることがなく、またころ16の端面19が潤滑リング26と接触した際に外側方へ反ることがない。このため、潤滑リング26及び固定リング27の厚さが十分にとれない場合であっても、前記実施形態1の場合と同様に、前述の高さx2の範囲においてころ16の端面19が潤滑リング26に接触し、ころ16の端面19に固体潤滑剤を移着させることができる。
【符号の説明】
【0038】
11 円筒ころ軸受
12 内輪
13 外輪
14、15 軌道面
16 ころ
17 保持器
17a 円環部
17b 柱部
18 ポケット
19 端面
20 つば
21 転動面
22 つば
23 段差面
24 取付け面
25 嵌合溝
26 潤滑リング
27 固定リング
28 内側面
29 内側面
31 アンギュラ玉軸受
32 内輪
33 外輪
34 幅面
35 幅面
36 皿ばね

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪、外輪、これらの軌道面間に介在された円筒状のころ及び前記ころの保持器とからなり、前記保持器が固体潤滑剤を含んだ材料によって形成された円筒ころ軸受において、固定側の軌道輪のつばところとの間に固体潤滑剤を含んだ潤滑リングが介在されたことを特徴とする円筒ころ軸受。
【請求項2】
前記固定側の軌道輪のつばと潤滑リングの間に固定リングが介在されたことを特徴とする請求項1に記載の円筒ころ軸受。
【請求項3】
前記潤滑リングが、固体潤滑剤又はガラス織布に固体潤滑剤を含浸させた複合材によって形成されたことを特徴とする請求項1又は2に記載の円筒ころ軸受。
【請求項4】
前記固定側の軌道面の両側に拡径方向の段差面を介して前記潤滑リングの幅に一致する取付け面が設けられ、前記取付け面とつばの間に前記固定リングの嵌合溝が設けられ、前記取付け面と段差面とによって形成されるコーナ部に前記潤滑リングが介在され、前記嵌合溝に嵌合された固定リングが前記潤滑リングに接触して当該潤滑リングの軸方向の反りを抑制することを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の円筒ころ軸受。
【請求項5】
前記嵌合溝の幅が前記固定リングの幅に合致するように形成され、当該固定リングが前記嵌合溝に密着嵌合されたことを特徴とする請求項4に記載の円筒ころ軸受。
【請求項6】
前記嵌合溝の幅が前記固定リングの幅より大きく設定され、前記嵌合溝に嵌合された前記固定リングと前記固定側の軌道輪のつばとの間に弾性体が介在されたことを特徴とする請求項4に記載の円筒ころ軸受。
【請求項7】
前記弾性体が皿ばねであることを特徴とする請求項6に記載の円筒ころ軸受。
【請求項8】
固定側の軌道輪のつばの高さx1と、前記潤滑リングの固定側の軌道輪の軌道面からの高さx2の関係がx1≦x2の関係にあることを特徴とする請求項1から7のいずれかに記載の円筒ころ軸受。
【請求項9】
前記潤滑リングの内側面の位置に対し、前記回転側の軌道輪のつば内側面の位置が微小距離δだけ外側方に位置していることを特徴とする請求項1から8のいずれかに記載の円筒ころ軸受。
【請求項10】
前記固体潤滑剤がPTFEであることを特徴とする請求項1から9のいずれかに記載の円筒ころ軸受。
【請求項11】
前記内輪及び外輪の軌道面及びころにスパッタリングにより固体潤滑剤の被膜が形成されたことを特徴とする請求項1から10のいずれかに記載の円筒ころ軸受。
【請求項12】
保持器が固体潤滑剤を含む材料によって形成されたアンギュラ玉軸受を軸方向に組み合わせことを特徴とする請求項1から11のいずれか記載の円筒ころ軸受。
【請求項13】
用途が液体ロケットエンジン用ターボポンプ軸受であることを特徴とする請求項1から12のいずれかに記載の円筒ころ軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−60988(P2013−60988A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−198609(P2011−198609)
【出願日】平成23年9月12日(2011.9.12)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】