説明

切断加工用水溶性油剤改質剤および切断加工用水溶性油剤

【課題】 活性な被加工物と油剤成分との反応を抑制しうる切断加工用水溶性油剤を提供する。
【解決手段】 酸化剤を含有することを特徴とする切断加工用水溶性油剤とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遊離砥粒を用いて被加工物を高能率、高精度に切断加工するためのワイヤーソー等に使用する、切断加工用水溶性油剤およびそのための改質剤に関する。本発明は、切断加工用油剤を製造する産業分野及び水晶、石英、シリコン等を切断する産業分野等において広く利用されるものであり、特にシリコンインゴットの切断加工に適するものである。
【背景技術】
【0002】
水晶、石英、シリコンを切断する方法としては、遊離砥粒を用いたワイヤーソー、ブレードソー等を用いる加工方法が広く使用されている。その際には、砥粒と油剤とを混合して調製した液(スラリー)が使用される。以前は、主に基油にアルミナ、酸化ケイ素、ダイヤモンド等の砥粒を分散させた非水系の油剤が使われていたが、近年では、引火性等の安全面や環境への影響等を考慮して、水やグリコールをベースとした水系の油剤が多く使用されるようになってきた。
【0003】
この切断加工用油剤の水性化にあたり、これまでに種々の検討が行われてきた。例えば特許文献1には、カチオン性水溶性樹脂とベントナイトあるいは水性シリカゾルを用いた切断加工用油剤組成物が、また、特許文献2には、水と多価アルコールをベースにベントナイト、セルロース、雲母等を添加した切断加工用油剤組成物が開示されている。さらに、特許文献3には、水溶性エーテル化合物とアルキルアミン誘導体を組み合わせた組成物が開示されている。これらはいずれも砥粒分散安定性の改善を主な目的とした発明であり、水性スラリー組成物の性能向上に大きく寄与している。
【0004】
しかし、切断する対象物がシリコンインゴット等の、油剤成分に対して反応活性な物質である場合には、油剤成分と切断対象物との反応についても考慮する必要がある。例えば、高純度シリコンを切断加工した時に生じるシリコン微粉は活性態であり、油剤中の水分と反応して水素ガスを発生するため危険である。さらに、水と反応したシリコンは、ケイ酸イオンとなってスラリー粘度を著しく上昇させるため、作業性が低下してしまう。
【0005】
この点に着目した水溶性切断加工油剤の改良に関する報告はあまりないが、例として特許文献4および特許文献5には、油剤中に有機酸を配合し、油剤のpHを中性〜酸性(8〜5)にすることが提案されている。
【特許文献1】特開平11−349979号公報
【特許文献2】特開2000−327838号公報
【特許文献3】特開2001−164284号公報
【特許文献4】特開2000−160185号公報
【特許文献5】特開2002−80883号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献4や特許文献5に見られるような特定の油剤に有機酸を配合したものは、活性態のシリコン微粉には効果がまだ不十分であった。
【0007】
そこで本発明は、活性な被加工物と油剤成分との反応を抑制しうる切断加工用水溶性油剤を提供することを目的とする。特には、水とシリコンとの反応を抑制し、水素ガス発生量が少なく、さらにスラリーが増粘しにくい切断加工用水溶性油剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは本発明に至る過程の中で種々の改質剤について検討を行った結果、切断加工用水溶性油剤に酸化剤を含有させることにより、中性〜アルカリ性領域においても、切断加工用水溶性油剤の性能(砥粒分散安定性等)を損なうことなく、水素ガスの発生やスラリ−の増粘を抑制することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明の第一の態様によれば、酸化剤を含有することを特徴とする切断加工用水溶性油剤改質剤を提供して前記課題を解決する。
【0010】
この発明によれば、従来の切断加工用水溶性油剤に、この切断加工用水溶性油剤改質剤を添加することによって、容易に活性な被加工物と油剤成分との反応を抑制しうる切断加工用水溶性油剤を提供することができる。
【0011】
本発明の第二の態様によれば、酸化剤を含有することを特徴とする切断加工用水溶性油剤を提供して前記課題を解決する。
【0012】
この発明によれば、被加工物と油剤成分との反応を抑制しうる切断加工用水溶性油剤を提供することができる。
【0013】
第一と第二態様において、酸化剤は過酸化水素であることが好ましい。
【0014】
また、第二の態様において、酸化剤の含有量は、切断加工用水溶性油剤全量基準で0.1〜10質量%含有されていることが好ましい。
【0015】
酸化剤の含有量をこのような範囲にすることによって、効果的に活性な被加工物と油剤成分との反応を抑制することができる。
【0016】
また、この切断加工用水溶性油剤はシリコンインゴット切断加工に好適に用いられ、その際には、水とシリコンとの反応を抑制し、水素ガス発生量が少なく、さらにスラリーを増粘しにくいものとすることができる。
【発明の効果】
【0017】
切断加工用水溶性油剤に酸化剤を配合することにより、油剤成分に対して反応活性な被加工物と油剤成分との反応を抑制することができる。特に、シリコンの切断加工に使用した場合には、水とシリコンとの反応を抑制できるため、砥粒分散安定性等の油剤性能を損なうことなしに、水素ガス発生量が少なくスラリーの粘度変化が少ない切断加工用水溶性油剤とすることができる。その結果、危険性低減と作業効率の向上効果も得ることができる。
【0018】
本発明のこのような作用及び利得は、次に説明する発明を実施するための最良の形態から明らかにされる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明は、切断加工用水溶性油剤に酸化剤を含有させることを特徴とするものである。酸化剤は、切断加工用水溶性油剤調整時に他の原料成分と一緒に添加してもよいが、市販の切断加工用水溶性油剤や、予め調整された切断加工用水溶性油剤に、後から改質剤として添加することもできる。切断加工用水溶性油剤の保存による酸化剤の失活を防ぐためにも、必要に応じて後から改質剤として添加することが好ましい。その際、改質剤は、酸化剤そのものであっても、適当な溶媒によって希釈されたものであってもよい。
【0020】
酸化剤としては、スラリー状の切断加工用水溶性油剤中で酸素を放出し、効果を発揮する物質であれば、特に支障なく使用できる。例えば、過酸化水素、次亜塩素酸及びその塩、オゾン、過硫酸及びその塩、過マンガン酸及びその塩、過炭酸及びその塩、硫酸銅、塩化鉄、硝酸銀等が使用できる。このうち、好ましいのは過酸化物であり、最も好ましいものは過酸化水素である。その含有量は、あまり少ないと効果が期待できず、また多すぎると腐食が懸念されることから、切断加工用水溶性油剤全量基準で0.1〜10質量%である。
【0021】
本発明の切断加工用水溶性油剤は、上述の酸化剤成分以外の成分に関しては、切断加工用水溶性油剤として公知の組成のものを使用することができる。切断加工用水溶性油剤の基本的な組成は、媒体となる水と、グリコール化合物等の水溶性の有機化合物とを必須成分とし、必要に応じて、ケイ酸塩等の分散剤やカルボン酸、塩基性物質等を含有するものである。具体的な油剤組成は、例えば、特許第2816940号公報、特許第3296781号公報、特開2000−160185号公報、特開2002−80883号公報に記載のものを挙げることができる。代表的な成分である、グリコール化合物、ケイ酸塩、カルボン酸、塩基性物質について以下説明する。
【0022】
本発明の切断加工用水溶性油剤に使用されるグリコール化合物は、公知の切断加工用水溶性油剤に適用されているものを特に制限なく使用することができる。例えば、エチレングリコール、エチレングリコールのエステル誘導体、エチレングリコールのエーテル誘導体、プロピレングリコール、プロピレングリコールのエステル誘導体、プロピレングリコールのエーテル誘導体等が使用できる。このうち最も好ましいグリコール化合物は、プロピレングリコールである。
【0023】
本発明の切断加工用水溶性油剤に使用されるケイ酸塩も、公知の切断加工用水溶性油剤に適用されているものを特に制限なく使用することができ、例として、ケイ酸カリウム、ケイ酸ナトリウム、メタケイ酸カリウム、メタケイ酸ナトリウム、オルソケイ酸カリウム、オルソケイ酸ナトリウム等が挙げられる。このうち最も好ましいケイ酸塩は、ケイ酸カリウムである。
【0024】
本発明で使用されるカルボン酸も、公知の切断加工用水溶性油剤に適用されているものを特に制限なく使用することができ、例として、カプリン酸、カプリル酸、ラウリン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸等の直鎖脂肪酸;イソステアリン酸、イソパルミチン酸等の分岐脂肪酸;アジピン酸、セバシン酸等の二塩基酸;安息香酸、桂皮酸、フタル酸等の芳香族カルボン酸;クエン酸、グルコン酸、リンゴ酸等のヒドロキシカルボン酸等が挙げられる。このうち最も好ましいカルボン酸はヒドロキシカルボン酸であり、その中でもクエン酸が最も好ましい。
【0025】
本発明で使用される塩基性物質は、主としてカルボン酸の中和剤として使用されるものであり、公知の切断加工用水溶性油剤に適用されているものを特に制限なく使用することができる。例えば、ブチルアミン、オクチルアミン、オレイルアミン等の脂肪族アミン;ベンジルアミン等の芳香族アミン;エチレンジアミン、プロピレンジアミン、ジエチレントリアミン、ポリエチレンイミン等のポリアミン;モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン等のアルカノールアミン等が使用できる。また、これらの誘導体、例えばアルキレンオキサイドを付加させたものを使用することもできる。このうち、最も好ましいアミン類は、アルカノールアミンであり、その中でもトリエタノールアミンが最も好ましい。
【0026】
この他にも必要に応じて一般的なアニオン系界面活性剤、ノニオン系界面活性剤、防腐剤、防カビ剤、非鉄金属防食剤、消泡剤、pH緩衝剤等を適宜含有させてもよい。さらに砥粒混合時のスラリーの性能に種々対応させるため、従来から広く用いられているベントナイト系化合物、セルロース系高分子化合物等を添加することも可能である。
【0027】
上記した切断加工用水溶性油剤は、砥粒と混合したスラリーとして、被加工物の切断加工の際に使用される。本発明の切断加工用水溶性油剤は、シリコンインゴットの切断加工に特に好適に用いることができる。酸化剤成分が、活性態であるシリコン微粉と切断加工用水溶性油剤中の水分との反応を抑制するため、切断加工作業中における水素ガスの発生や、スラリー粘度の上昇を効果的に防止することができる。
【実施例】
【0028】
以下実施例により本発明を具体的に説明する。
本発明の切断加工用水溶性油剤(実施例1〜6)および本発明以外の切断加工用水溶性油剤(比較例1〜3)を、表1の組成となるように作成した。作成したそれぞれの切断加工用水溶性油剤について、JIS Z 8802に準拠してガラス電極法により測定したpHもあわせて表1に示す。また、表中の測定値なお、表中のpH以外の数字は、切断加工用水溶性油剤中の質量%を示している。
【0029】
【表1】

【0030】
上記作成した試料油剤について、以下の操作を行い、各段階におけるスラリー粘度と、水素ガス発生量を測定した。
(1)各試料油剤100gに、シリコン粉(純度99%、粒子径2μm)20gおよび砥粒(GC800(信濃電気精錬社製))100gを加える。実施例6については、過酸化水素もここで加えられる。撹拌混合後、スラリー粘度(η0)を測定する。
(2)(1)のスラリーにステンレス鋼球(直径2mm)100gを入れ、1000rpmで10時間撹拌し、シリコン粉を粉砕する。金網(50メッシュ)でろ過し、ステンレス鋼球を除いた後、スラリー粘度(η1)を測定する。
(3)(2)で処理したスラリ―を、ガス捕集管を付けた密閉容器に入れ、50℃の恒温槽に24時間放置後、水素ガス発生量を測定する。また、24時間放置後のスラリー粘度(η2)を測定する。
【0031】
粘度(η0〜η2)は、JIS K 7117に準拠し、25℃で回転粘度計によって測定した値である。結果を表2に示す。
【0032】
【表2】

【0033】
表2から、酸化剤を含有していない切断加工用水溶性油剤(比較例1〜3)を用いたスラリーの粘度は、粉砕を行って24時間放置した後の値(η2)が、粉砕前の値(η0)と比較して一桁も大きい値となっていることが分かる。また、水素ガス発生量も、比較例の切断加工用水溶性油剤ではすべて30ml以上と非常に多いことが分かる。これに対し、本発明の切断加工用水溶性油剤(実施例1〜6)を用いたスラリーの粘度は、シリコン粉の粉砕前の値(η0)から、粉砕を行ってから24時間放置した後の値(η2)まで、大きな粘度の変化は見られなかった。さらに、水素ガスも、本発明の切断加工用水溶性油剤を用いたものではほとんど発生しなかった。このことから、本発明のように切断加工用水溶性油剤に酸化剤を含有させることによって、水とシリコンとの反応が効果的に抑制されることがわかる。
【0034】
以上、現時点において、もっとも、実践的であり、かつ、好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲および明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う切断加工用水溶性油剤およびそのための改質剤もまた本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化剤を含有することを特徴とする切断加工用水溶性油剤改質剤。
【請求項2】
前記酸化剤が過酸化水素であることを特徴とする、請求項1に記載の切断加工用水溶性油剤改質剤。
【請求項3】
酸化剤を含有することを特徴とする切断加工用水溶性油剤。
【請求項4】
前記酸化剤が過酸化水素であることを特徴とする、請求項3に記載の切断加工用水溶性油剤。
【請求項5】
前記酸化剤の含有量が、前記切断加工用水溶性油剤全量基準で0.1〜10質量%含有されていることを特徴とする、請求項3または4に記載の切断加工用水溶性油剤。
【請求項6】
シリコンインゴット切断加工用であることを特徴とする、請求項3〜5のいずれか1項に記載の切断加工用水溶性油剤。

【公開番号】特開2006−182901(P2006−182901A)
【公開日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−377453(P2004−377453)
【出願日】平成16年12月27日(2004.12.27)
【出願人】(000115083)ユシロ化学工業株式会社 (69)
【Fターム(参考)】