説明

制動制御装置

【課題】前輪と後輪が回生について非対称である車両について、要求総制動力に対する制御精度が高くて滑らかな制動を可能とし、しかも走行安定性を確保しつつ回生量を増加させることができるようにする。
【解決手段】制動制御装置は、要求総制動力の配分を制御する制動力配分手段を備えており、制動力配分手段は、回生配分で要求総制動力の配分を行う。そしてその回生配分は、前輪と後輪が同時にロックする配分を与える理想配分線ILよりも後輪に配分率が偏る後輪優位の範囲であり、かつ制動時の路面摩擦係数との関係で後輪がロックする後輪ロック限界線μ2L以下の範囲であることを条件とし、さらに要求総制動力の変化に伴う前輪制動力の変化に対する後輪制動力の変化の比率である後輪制動力変化率が常に正となることを条件とするようにされている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回生制動機能を有した車両の制動制御に用いられる制動制御装置に係り、特に前輪と後輪が回生について非対称である車両の制動制御に好適な制動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
走行駆動源として電気モータを備える車両では、電気モータに回生制動を行わせることができ、その回生制動で車両の運動エネルギを電気エネルギとして回収することにより、エネルギ効率を高めることができる。
【0003】
回生制動を行える車両には様々なタイプがある。その1つとして、回生能力について前輪と後輪で差がある車両、つまり回生について非対称な車両がある。例えば回生制動を行えるのが後輪だけで、前輪は摩擦制動だけであるタイプの車両、あるいは前輪と後輪で例えば回生制動の伝達効率に差があり、そのために前輪が後輪よりも回生能力が小さくなるというように、回生能力に差を生じる車両などである。
【0004】
このような回生非対称車両では、車両の走行安定性を十分に確保できる範囲で可能な限り後輪への制動力配分を増やすことにより回生量を増加させることができ、これにより車両のエネルギ効率を向上させることができる。こうした考え方に基づく技術として、例えば特許文献1や特許文献2に開示の技術が知られている。
【0005】
特許文献1の技術では、前後輪間制動力配分線図上、流体圧制動力と回生制動力の合計を示す合計制動力線が後輪ロック限界又はその近傍に位置するように回生制動力を制御することで、後輪が先にロックする領域に入らない範囲で回生制動を最大限利用できるようにしている。
【0006】
また特許文献2の技術では、前後各モータの回生量を高めるために、後輪モータの上限制動トルクを路面状態(路面摩擦係数など)から設定し、前輪モータと摩擦ブレーキで分担するようにしている。すなわち、後輪モータの目標制動トルクが過大になると後輪のスリップが生じやすくなるので、後輪モータの目標制動トルクが路面状態に応じた許容最大値を超えないようにする。このようにすることにより、後輪モータを後輪と路面との所定の摩擦力を確保し得る範囲内に制限しつつ、目標減速トルクについて可能な限り多くのトルクを後輪モータの目標制動トルクに配分することができる。
【0007】
【特許文献1】特開平9−104333号公報
【特許文献2】特開2005−151633号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
要求総制動力の前後各輪への配分については、前後各輪が同時にロックする配分率で要求総制動力を配分する理想配分が1つの基準となる。しかし回生非対称車両では、理想配分による配分制御であると回生量を一定上に増加させることができない。
【0009】
ところで、後輪が先にロックすることのない範囲であれば、配分率を理想配分の場合により後輪へ偏らせても走行安定性を損なうことはないといえる。こうした制動と走行安定性の関係から、回生非対称車両については、制動時の路面摩擦係数に基づいて後輪がロックする制動力を求めてそれを後輪についての最大配分とし、この最大配分以下の範囲で理想配分よりも配分率を後輪へ偏らせるようにする配分(以下、これを仮に回生配分と呼ぶ)による配分制御とすることで、走行安定性を十分に保ちつつ回生量を増加させて車両のエネルギ効率を向上させることができる。上記特許文献2の技術は、こうした回生配分に関する技術の1つであるといえる。
【0010】
しかし、回生配分による配分制御には、制動の滑らかさについての問題がある。すなわち、一般に摩擦制動は回生制動に比べて応答性が劣るが、こうしたことが関係して、回生配分による配分制御では、要求総制動力に対する制御精度が低下する場合があり、そのために制動の滑らかさが損なわれる可能性があるということである。例えば特許文献2の技術の場合、路面状態に応じて後輪モータの目標制動トルクの許容最大値(最大配分)を設定しているものの、許容最大値以下における目標制動トルクの設定方法しだいでは、前輪または後輪のみの制動によって車両全体の総制動力を調整しなければならない場合があり得る。この場合、各輪に要求される制御応答速度が過剰になることがある。つまり、理想配分から逸脱した配分を行う場合には、前後各輪に制動力を自由に配分制御できるものの、前輪または後輪の制御装置の能力に対して、目標制動力の変化速度が過大となってしまう恐れがあるということである。そしてそのような状態になることで、目標制動力に対する実制動力の応答性が不十分になった場合には、制御精度が低下し、不適切な前後加速度や振動が発生してしまうなど、制動の滑らかさが損なわれる可能性がある。
【0011】
本発明は以上のような知見に基づいてなされたものであり、その課題は、前輪と後輪が回生について非対称である車両について、要求総制動力に対する制御精度が高くて、より滑らかな制動を可能とし、しかも走行安定性を確保しつつ回生量を増加させて車両のエネルギ効率の向上を可能とする制動制御装置の実現にある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明では上記課題を解決するために、後輪を電気モータの回生制動で制動できるようにされている車両の制動制御に用いられる制動制御装置において、運転者の操作入力で与えられる要求総制動力の配分を制御する制動力配分手段および路面摩擦係数を検出する路面摩擦係数検出手段を備え、前記制動力配分手段は、回生配分で前記要求総制動力の配分をなすようにされ、前記回生配分は、前輪と後輪が同時にロックする配分率で前記要求総制動力が配分される理想配分よりも後輪に配分率が偏る後輪優位の範囲であり、かつ前記路面摩擦係数検出手段で検出した路面摩擦係数との関係で後輪がロックする後輪ロック限界制動力以下の範囲であることを条件とし、さらに前記要求総制動力の変化に伴う前輪制動力の変化に対する後輪制動力の変化の比率である後輪制動力変化率が常に正となることを条件とするようにされていることを特徴としている。
【0013】
このような制動制御装置では、後輪ロック限界制動力以下あることを条件にして理想配分よりも後輪に配分率を偏らせる回生配分としているので、後輪が先にロックするのを防ぎながら回生量を増加させてエネルギ効率の向上を図ることができる。また後輪制動力変化率が常に正となる条件の回生配分としているので、要求制動力に対する十分な制御精度を確保することができ、したがって制動の滑らかさをより高めることができる。
【0014】
また本発明では上記のような制動制御装置について、前記制動力配分手段は、前輪制動力について設定される基準制動力に関して、前輪制動力が前記基準制動力より小さい場合は、前記回生配分における後輪制動力変化率が前記理想配分における後輪制動力変化率より大きくなり、前輪制動力が前記基準制動力より大きい場合は、前記回生配分における後輪制動力変化率が前記理想配分における後輪制動力変化率より小さくなるように、配分制御を行うようにするものとしている。このようにすることにより、前後各輪の制動力変化を適切に規制することができ、より滑らかな制動とすることができる。
【0015】
また本発明では上記のような制動制御装置について、前記制動力配分手段は、前記要求総制動力の変化方向に応じ、増加方向時の後輪配分率<減少方向時の後輪配分率となるように、配分率を異ならせて配分制御を行うようにするものとしている。このようにすることにより、前輪の制動の応答が後輪の回生制動の応答に比べて遅い場合においても、要求制動力に対する十分な制御精度を確保でき、したがって制動の滑らかさを高めることができる。
【0016】
また本発明では上記のような制動制御装置について、前記制動力配分手段は、前記要求総制動力の変化速度が大きくなるのに応じて後輪への配分率を減少させるように配分制御を行うようにするものとしている。このようにすることにより、要求総制動力が急激に変化する場合においても、要求制動力に対する十分な制御精度を確保でき、したがって制動の滑らかさを高めることができる。
【0017】
また本発明では上記のような制動制御装置について、前記制動力配分手段は、前輪における目標制動力と実制動力の誤差が所定の閾値以上のなった際に、前記要求総制動力を満たすように後輪への配分率を増大させる配分制御を行うようにするものとしている。このようにすることにより、要求総制動力の変化速度が変動する場合においても、要求制動力に対する十分な制御精度を確保でき、したがって制動の滑らかさを高めることができる。
【発明の効果】
【0018】
以上のような本発明によれば、前輪と後輪が回生について非対称である車両について、要求総制動力に対する制御精度が高く、より滑らかな制動を可能とし、しかも走行安定性を確保しつつ回生量を増加させて車両のエネルギ効率の向上を可能とする制動制御装置が実現される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための形態について説明する。図1に、一実施形態による制動制御装置を車両に搭載状態を模式化して示す。本実施形態は、従動輪である前輪が摩擦制動だけで制動され、駆動輪である後輪が回生制動と摩擦制動の併用で制動されるタイプの車両に適用される場合である。
【0020】
車両には運転者が操作するブレーキペダル1が備わり、ブレーキペダル1に付設された操作量検出器2がブレーキペダル1の操作量を検出する。またブレーキペダル1には、その操作力を圧力として変換する油圧式のマスタシリンダ3が接続される。操作量検出器2は、制動制御装置10と電気的に接続される。
【0021】
制動制御装置10は、制御演算装置11、摩擦ブレーキ制御装置12、および電気モータ13を含んでなる。制御演算装置11は、摩擦ブレーキ制御装置12と電気モータ13への電流を調整することによって、摩擦ブレーキの圧力とモータトルクを制御する。そのために制御演算装置11には、ブレーキペダル1の操作量とともに、図示を省略の各種車両状態検出器からの情報が入力される。車両状態検出器としては、例えば前後方向加速度センサ、横方向加速度センサ、ヨーレートセンサ、操舵角センサ、車輪速センサ、車速センサ、摩擦ブレーキの圧力センサなどの各種センサがある。
【0022】
摩擦ブレーキ制御装置12は、マスタシリンダ3に接続され、また前輪摩擦ブレーキ6FL、6FRと後輪摩擦ブレーキ6RL、6RRに接続される。この摩擦ブレーキ制御装置12は、車両の電気系統が起動されていないときにはマスタシリンダ3の圧力を摩擦ブレーキ6(6FL〜6RR)にそのまま伝達し、車両の電気系統が起動されているときには制御演算装置11からの電気信号に基づいて各車輪の摩擦ブレーキ6の圧力を電子制御する。摩擦ブレーキ6の圧力は前輪7FL、7FRと後輪7RL、7RRそれぞれの制動力へ機械的に変換される。
【0023】
電気モータ13は、制御演算装置11からの通電電流によって駆動トルクと制動トルクを発生し、後輪7RL、7RRの駆動力と制動力を制御する。電気モータ13で発生する制動トルクは、電気エネルギとして図示を省略のバッテリに蓄電される。
【0024】
図2に制御演算装置11の制御構成を示す。制御演算装置11は、要求総制動力算出手段21、路面摩擦係数検出手段22、前輪/後輪制動力配分手段23、摩擦/回生配分手段24、摩擦ブレーキ制御手段25、および電気モータ制御手段26を含んでなる。
【0025】
要求総制動力算出手段21は、運転者のブレーキペダル1の操作量や車両状態検出器の情報等に基づいて要求総制動力21sを算出し、それを前輪/後輪制動力配分手段23に出力する。
【0026】
路面摩擦係数検出手段22は、車両状態検出器からの情報に基づいて推定することで路面摩擦係数22sを検出し、それを前輪/後輪制動力配分手段23に出力する。車両状態検出器からの情報に基づく路面摩擦係数の推定は、例えば、車両の前後方向加速度センサと横方向加速度センサの最大検出値に基づいてなすことができる。また例えば、制動力に対する車輪の回転加速度や車輪の横すべり角に対する操舵装置の復元トルクでも路面摩擦係数を推定することができる。また例えば、光学センサやカメラなどの非接触センサを用いて路面の乾燥状態を検出して路面摩擦係数を推定する手法を用いることもできる。
【0027】
前輪/後輪制動力配分手段23は、要求総制動力の前輪制動力と後輪制動力への配分を制御する。その配分制御は、予め設定の配分線を用いて行うものとし、回生制動が可能な場合には回生配分線を用い、回生制動が不能な場合、つまり摩擦ブレーキ6だけで制動を行う場合には非回生配分線を用いる。具体的には、要求総制動力算出手段21からの要求総制動力を満たす点を回生配分線上や非回生配分線上で探索し、その探索された点における配分率で要求総制動力を前後各輪に配分して前輪目標制動力23saと後輪目標制動力23sbを求める。そして前輪目標制動力23saは摩擦ブレーキ制御手段25に出力し、後輪目標制動力23sbは摩擦/回生配分手段24に出力する。
【0028】
ここで、配分線とは、前輪制動力を横軸とし後輪制動力を縦軸とする座標上での要求総制動力の変化に伴う前後各輪制動力の関係の変化が描く曲線、つまり要求総制動力の変化に伴う前後各輪への配分率の遷移のことである。
【0029】
回生制動が可能な場合に用いられる回生配分線は、後に詳しく説明するように、前後各輪が同時にロックする配分を与える配分線である理想配分線よりも後輪に配分率が偏る後輪優位の範囲であり、かつ路面摩擦係数検出手段22で検出した路面摩擦係数との関係で後輪がロックする後輪ロック限界制動力以下の範囲であることを条件とし、さらに要求総制動力の変化に伴う前輪制動力の変化に対する後輪制動力の変化の比率(要求総制動力の変化に伴う後輪の制動力変化の微分値を要求総制動力の変化に伴う前輪の制動力変化の微分値で除算した除算値)である後輪制動力変化率が常に正となること、つまり要求総制動力の変化に伴う後輪制動力の変化が前輪制動力の変化に対して単調であることを条件として求められる。
【0030】
この回生配分線は、路面摩擦係数に応じて変化する。すなわち路面摩擦係数検出手段22が検出する路面摩擦係数に応じて異なる回生配分線を用いるということである。これについては、予め設定してある1つの回生配分線を制動時の路面摩擦係数に応じて変化させて配分制御に用いるようにすることができ、また予測されるいくつかの路面摩擦係数のそれぞれに対応する回生配分線を予め用意しておき、それらから路面摩擦係数に応じて選択した回生配分線を配分制御に用いるようにすることもできる。
【0031】
一方、回生制動が不能な場合に用いる非回生配分線は、理想配分線に相似しつつ理想配分線よりもわずかに前輪に偏らせた配分率となるように設定される。
【0032】
摩擦/回生配分手段24は、後輪目標制動力23sbをさらに後輪目標摩擦制動力(後輪目標摩擦ブレーキ制動力)24saと目標回生制動力(電気モータ目標制動力)24sbに配分し、後輪目標摩擦制動力24saを摩擦ブレーキ制御手段25へ出力し、目標回生制動力24sbを電気モータ制御手段26へ出力する。
【0033】
摩擦ブレーキ制御手段25は、摩擦ブレーキ制御装置12の電流を調整することによって、摩擦ブレーキの圧力を制御する。
【0034】
電気モータ制御手段26は、電気モータ13の電流を調整することによってそのモータトルクを制御する。
【0035】
図3の上図に、回生、理想、非回生の各配分線の例をそれぞれの関係や総制動力との関係などとともに示す。配分線は、上述のように、前輪制動力を横軸とし後輪制動力を縦軸とする座標系上での要求総制動力の変化に伴う前後各輪制動力の関係の変化が描く線である。配分線を与える座標系においては、傾きが「−1」の直線として、総制動力一定の線(総制動力線GL)が得られる。図3では、要求総制動力F1の場合の総制動力線GL1と要求総制動力F2の場合の総制動力線GL2を示してある。
【0036】
理想配分線ILは、上述のように、前後各輪が同時にロックする配分を与える配分線である。この理想配分線ILは、総制動力が増加するにしたがってその勾配が逓減する特性をもつ。このような理想配分線ILの勾配逓減性は、制動時の摩擦力が前輪では後輪よりも大きくなるという前輪と後輪の摩擦特性の違いによりもたらされるものである。
【0037】
こうした理想配分線ILでの配分の場合より前輪制動力を大きくすれば前輪が先にロックし、後輪制動力を大きくすれば後輪が先にロックする。後輪が先にロックすると車両の走行安定性が損なわれる。したがって一般的には配分制御用配分線は、前輪が先にロックする領域、つまり理想配分線ILより前輪に配分率が偏る領域で設定されることになる。
【0038】
ただ、後輪偏倚領域、つまり理想配分線ILより後輪に配分率が偏る領域であっても、制動時の路面摩擦係数との関係で後輪が先にロックすることのない配分が可能である。このため、路面摩擦係数検出手段22で常時的に路面摩擦係数μを検出し、その検出した路面摩擦係数μに基づいて後輪偏倚領域に回生配分線RLを設定し、この回生配分線RLを用いて配分制御を行うようにすることで、走行安定性を損なうことのない範囲で後輪への配分率を増やすことができ、したがって十分な走行安定性を確保しつつ、回生量を増大させてエネルギ効率を高めることができる。
【0039】
回生配分線RLは、上述のように路面摩擦係数μと相関する。具体的にいうと、回生配分線RLは、路面摩擦係数μの下での後輪ロック限界制動力以下の領域に在る必要がある。
【0040】
ここで、後輪ロック限界制動力とは、路面摩擦係数μの下で後輪が先にロックする後輪制動力である。この後輪ロック限界制動力については、後輪ロック限界線が得られる。例えばμ=μ1、μ=μ2(μ1<μ2)とした場合、後輪ロック限界線μ1Lと後輪ロック限界線μ2Lが得られる。これらの後輪ロック限界線は、総制動力線GLよりも緩やかな負の傾きの直線となる。
【0041】
このような後輪ロック限界線に対応させることで、後輪が先にロックすることのない範囲での後輪への配分率を最大にする後輪最大配分線が得られる。図3には、μ=μ2の場合の後輪最大配分線BLを示してある。制動時に路面摩擦係数がμ2であれば、後輪最大配分線BL以下の領域に在るように回生配分線RLを設定することで、後輪が先にロックすることを避けながら、後輪制動力の配分率を最大限に増やすことができる。
【0042】
以上のことから、回生配分線RLは、理想配分線ILよりも後輪に配分率が偏り、かつ路面摩擦係数μ2の場合であれば路面摩擦係数μ2の後輪ロック限界線μ2Lから定まる後輪最大配分線BL以下である後輪優位の範囲であることを条件としても設定されることになる。
【0043】
以上のように回生配分線RLは、理想配分線ILとの関係での後輪偏倚条件と後輪ロック限界制動力条件を満たすように設定される。しかし、このような条件だけであると、要求総制動力の変化に伴う前輪制動力や後輪制動力の変化が摩擦制動や回生制動の応答性との関係で速くなり過ぎることが起こり得る。そしてそのような状況となると、要求制動力に対する制御精度を十分に確保できなくなって制動の滑らかさを損なう可能性がある。
【0044】
そこで、回生配分線RLには、単調性条件をさらに課す。具体的には、要求総制動力の変化に伴う後輪制動力の変化が前輪制動力の変化に対して単調であることを条件とする。この条件は、要求総制動力の変化に伴う前輪制動力の変化に対する後輪制動力の変化の比率である後輪制動力変化率が常に正となる、つまり回生配分線RLの傾きが常に正であると言い換えることができる。このような単調性条件を満たすような回生配分線RLに基づいて配分制御を行うことにより、要求総制動力の増加時には前輪と後輪それぞれの制動力が必ず増加し、要求総制動力の増加時には前輪と後輪それぞれの制動力が必ず減少することになる。つまり、例えば要求総制動力の増加時に前輪または後輪の制動力が減少するような状況を生じることがなく、また前輪か後輪のいずれか片方の制動力だけで総制動力の調整を全て行うことになるような状況を招くことがない。この結果、理想配分線ILによる理想配分よりも後輪偏倚の配分として回生量を増やしても、要求総制動力の急な変化にあって前後各輪の制動力変化を小さなものに抑えることができる。そしてこのことにより、要求制動力に対する制御精度を十分に確保することができるようになり、したがって制動の滑らかさを高めることができる。
【0045】
以上のような単調性条件を満たす回生配分線RLについては、後輪制動力変化率に関する条件をさらに課すのが好ましい。理想配分線ILとの関係での後輪偏倚となる程度が大きくなるほど、後輪が総制動力を調節する比重が高くなり、前後各輪に要求される制動力の応答速度が増加する。そしてこのことは、要求制動力に対する制御精度を低下させる要因となる。後輪制動力変化率条件は、この問題を有効に解消するために課されるものであり、制動の滑らかさをさらに一層高めるのに有効である。
【0046】
後輪制動力変化率に関する条件では、前輪制動力について適切に設定される基準制動力に関して、回生配分線RLでの後輪制動力変化率と理想配分線ILでの後輪制動力変化率の関係を規定する。具体的には、前輪制動力が基準制動力より小さい場合は、回生配分線RLでの後輪制動力変化率が理想配分線ILでの後輪制動力変化率より大きくなり、前輪制動力が基準制動力より大きい場合は、回生配分線RLでの後輪制動力変化率が理想配分線ILでの後輪制動力変化率より小さくなるようにする。
【0047】
こうした後輪制動力変化率条件を示すのが図3の下図である。前輪制動力について基準制動力Ffを設定する。この基準制動力Ffは、回生配分線RLの傾きが常に正であるという要求を満たす範囲で任意に設定される。基準制動力Ff以下の前輪制動力の範囲(図中の範囲a)では、回生配分線RLでの後輪制動力変化率を理想配分線ILでの後輪制動力変化率よりも大きく、かつ所定の変化率最大値以下になるようにする。一方、基準制動力Ff以上で、回生配分線RLと理想配分線ILの交点P以下の前輪制動力の範囲(図中の範囲b)では、回生配分線RLでの後輪制動力変化率がゼロより大きく、かつ理想配分線ILでの後輪制動力変化率よりも小さくなるようにする。これらのことは、基準制動力Ffの前後について回生配分線RLの変化率を規定し、また回生配分線RLの変化率の最大値と最小値を規定することであるといえる。
【0048】
以上のような回生配分線RLによる配分制御は、回生制動が可能な場合に用いられる。一方、回生制動により電気モータ13で発生する電気エネルギを車両のバッテリが蓄電できないなど、回生制動が不能な場合には、摩擦ブレーキ6だけによる制動を行い、その場合には非回生配分線FLを用いて配分制御する。非回生配分線FLは、理想配分線ILに相似しつつ理想配分線ILよりもわずかに前輪に偏らせた配分率となるように設定される。
【0049】
ここで、以上のような回生配分線RLによる配分制御は、より一般化すれば、回生配分による配分制御であるといえる。そしてその回生配分は、理想配分よりも後輪に配分率が偏る後輪優位の範囲であり、かつ後輪ロック限界制動力以下の範囲であることを条件とし、さらに後輪制動力変化率が常に正となることを条件とすることになる。
【0050】
以上のような回生配分線RLによる配分制御については、要求総制動力の変化方向と変化速度に応じた補正を行うようにし、また摩擦ブレーキ制御装置12の制御誤差に応じた補正を行うようにするとさらに好ましい。
【0051】
まず要求総制動力の変化方向と変化速度に応じた補正について説明する。一般的に、油圧式の摩擦ブレーキ制御装置12は、電気モータ13よりも制動力の応答速度が遅い傾向がある。また油圧式の摩擦ブレーキ装置12は、制動力の減少方向よりも増加方向の応答速度が遅い傾向がある。こうしたことから、前輪制動力増加時の制御精度が不十分になる可能性がある。
【0052】
そこで、図4に示すように、要求総制動力の変化方向と変化速度に応じて図3の回生配分線RLを補正した補正回生配分線RLa、RLb、RLc、RLdを例えばその都度求め、これらの補正回生配分線RLa、RLb、RLc、RLdで配分制御を行うようにする。
【0053】
補正回生配分線RLa、RLbは、要求総制動力が増加方向の場合の増加方向回生配分線であり、補正回生配分線RLc、RLdは、要求総制動力が減少方向の場合の減少方向回生配分線である。これらから分かるように、補正回生配分線RLa、RLb、RLc、RLdは、「要求総制動力増加方向時の後輪配分率<要求総制動力減少方向時の後輪配分率」という関係になるようにして求められる。
【0054】
また増加方向回生配分線RLaは、要求総制動力が急激に増加する場合の急増加方向回生配分線であり、増加方向回生配分線RLbは、要求総制動力が緩やかに増加する場合の緩増加方向回生配分線である。同様に、減少方向回生配分線RLcは、要求総制動力が急激に減少する場合の急減少方向回生配分線であり、減少方向回生配分線RLdは、要求総制動力が緩やかに減少する場合の緩減少方向回生配分線である。これらから分かるように、補正回生配分線RLa、RLb、RLc、RLdは、「要求総制動力急変化時の後輪配分率<要求総制動力緩変化時の後輪配分率」という関係になるようにしても求められる。
【0055】
このような要求総制動力の変化方向と変化速度に応じ補正を行うことにより、前後各輪に必要な制動力の応答性を緩和でき、要求総制動力に対する制御精度をより一層向上させることができ、したがってより一層滑らかな制動とすることができる。
【0056】
次に、摩擦ブレーキ制御装置12の制御誤差の補正について説明する。図5に、制御誤差補正の例を示す。図5の(a)の上図は、上述のような補正回生配分線で求めた目標制動力で前輪を制動している際に、摩擦ブレーキ制御装置12の応答性不足に起因して実制動力が目標制動力に追従できず、目標制動力と実制動力の間に誤差が生じる様子を示している。このような追従誤差を生じる場合には、摩擦ブレーキ制御装置12に比べて応答性のよい電気モータ13で制動力の不足を補う。具体的には、図5の(a)の下図に示すように、後輪の目標制動力を増加することで要求総制動力に対する追従性を確保する。つまり前輪における追従遅れ分を後輪目標制動力の増加で補えるように、図3や図4の回生配分線による配分を補正しながら配分制御をなすということである。このような補正は、追従誤差が予め設定の閾値を超えることを条件にして行う。つまり追従誤差が閾値以上のなった際に、要求総制動力を満たすように後輪への配分率を増大させる配分制御を行うということである。
【0057】
以上のような補正がなされた場合、図3や図4の回生配分線は結果として、図5の(b)に示す「補正後回生配分線」となる。この結果、摩擦ブレーキによる前輪の実制動力が目標制動力に追従できない状況の発生を避けることができ、このことにより、要求総制動力に対する制御精度を十分に確保することができ、滑らかな制動とすることができる。
【0058】
以下では、前輪/後輪制動力配分手段23でなされる要求総制動力の配分制御処理について説明する。図6に配分制御処理の流れを示す。ステップS1では、要求総制動力の有無を判断する。要求総制動力なしであればステップS20へ進み、前後各輪の目標制動力をゼロに設定する。一方、要求総制動力ありであれば、ステップS2に進み、回生可能かどうか判断する。回生の可否はバッテリの蓄電状態などから判断する。回生不能であればステップS30へ進み、非回生配分線で前後各輪の目標制動力を算出する。一方、回生可能であればステップS3へ進み、要求総制動力の変化速度を算出する。ステップS3に続くステップS4では要求総制動力の変化方向を判断する。具体的には増加方向か否かとして変化方向を判断する。増加方向であればステップS5へ進み、減少方向であればステップS6へ進む。
【0059】
ステップS5では増加方向補正を行う。増加方向補正処理では、上述の例の場合であれば、図3の回生配分線RLを要求総制動力の増加速度に応じて図4の増加方向回生配分線RLaやRLbのように補正する。一方、ステップS6では減少方向補正を行う。減少方向補正処理では、上述の例の場合であれば、図3の回生配分線RLを要求総制動力の減少速度に応じて図4の減少方向回生配分線RLcやRLdのように補正する。
【0060】
ステップS5に続くステップS7では、増加方向回生配分線に基づいて前後各輪の目標制動力を算出し、ステップS9に進む。一方、ステップS6に続くステップS8では、減少方向回生配分線に基づいて前後各輪の目標制動力を算出し、ステップS9に進む。ステップS9では、目標制動力と実制動力の誤差についての判断処理を行う。具体的には、目標制動力と実制動力の誤差を算出し、その算出した追従誤差が閾値より大きいかを判断する。追従誤差が閾値を超えないと判断された場合には、処理を終了する。一方、追従誤差が閾値より大きいと判断された場合、つまり制御誤差補正要と判断された場合には、ステップS10に進んで上述の制御誤差補正処理を行った後、処理を終了する。
【0061】
図7に示すのは、要求総制動力がランプ状で比較的緩やかに単調増加する条件下で、上述のような制動制御装置10により制動制御した場合の実際の制動の様子の例であり、比較のために後輪ロック限界制動力基準での制動制御における実際の制動の様子の例を併せて示してある。なお図7の例は、図3のように、要求総制動力=F2における総制動力線GL2が後輪ロック限界線μ2Lと理想配分線ILの交点Qを通過する条件となっている。
【0062】
図7中に実線で示すのが制動制御装置10で制動制御した場合の実総制動力であり、点線で示すのが後輪ロック限界制動力基準で制動制御した場合の実総制動力である。ここで、後輪ロック限界制動力基準での制動制御とは、図3の後輪最大配分線BLを配分線とした配分制御による制御制動、つまり後輪最大配分線基準の制御制動であり、例えば上述の特許文献2の技術がこれに相当する。
【0063】
後輪最大配分線基準の場合、後輪の制動力については、制動開始初期に急速に増加し、総制動力がF2に達する途中で一旦減少し、総制動力がF2以上になると再び増加する。このように、後輪ロック限界制動力基準による制動制御では、目標総制動力が単調増加する場合でも、後輪の目標制動力は増加・減少の両方を伴う。このため、目標値への追従性が不十分になりやすい。その結果、要求総制動力に対する制御精度が低下し、運転者の意図しない車両減速度や前後振動を招く可能性がある。
【0064】
また後輪最大配分線基準の場合、前輪の制動力については、制動開始初期にゼロを保ち、途中から急速な増加を要求され、総制動力がF2以上になると理想配分に近い応答になる。このような場合、摩擦ブレーキ制御装置12の応答性が不十分であると、無駄時間と応答遅れが発生し、やはり運転者の意図しない車両減速度や前後振動を招く可能性がある。
【0065】
他方、制動制御装置10の場合、つまり上述のような回生配分線を用いる回生配分線基準の場合には、前輪に対する後輪の制動力変化率を上述のように規定しているため、制動開始初期から前後各輪の制動力のいずれもが徐々に増加し、総制動力がF2に達する途中でも前後各輪の制動力の急激な変化を抑えることができる。したがって、要求総制動力に対する制御精度に十分なものが得られ、運転者の意図しない車両減速度や前後振動を効果的に抑制することができる。
【0066】
図8に示すのは、図7に比べて要求総制動力の変化速度が大きい条件下で、制動制御装置10により制動制御した場合の実際の制動の様子の例である。要求総制動力の変化が急激な場合には、上述のように後輪への配分率を減少させる補正がなされる。
【0067】
要求総制動力の増加速度が大きいときは、後輪への配分量が抑制される。その結果、前後輪の制動力は、変化速度が低いときより理想配分に近い制動力変化を示す。また変化速度が大きい要求総制動力の減少時にも、後輪への配分量が抑制される。その結果、前後各輪の制動力は、変化速度が低いときより理想配分に近い制動力変化を示す。これらのことから分かるように、要求総制動力の変化速度に応じて後輪への配分率を変えることで、前後各輪に要求される制動力の変化速度を抑制でき、運転者の意図しない車両減速度や前後振動を効果的に抑制することができる。
【0068】
また、減少時よりも増加時の方が、後輪への配分量を抑制される。その結果、より理想配分に近い制動力変化を示す。このため、前輪へ要求される制動力の増加速度を抑制でき、摩擦ブレーキの増加方向の応答性が低い場合でも、運転者の意図しない車両減速度や前後振動を効果的に抑制することができる。
【0069】
以上、本発明を実施するための一つの形態について説明したが、これは代表的な例に過ぎず、本発明は、その趣旨を逸脱することのない範囲で様々な形態で実施することができる。例えば上記実施形態は、後輪にのみ電気モータ13が備わる車両へ適用した場合であったが、これに限られるものでなく、回生能力について前輪と後輪で差がある車両、つまり回生について非対称な車両であれば、車両の駆動方式、制動方式によらずに適用することができる。
【0070】
また上記実施形態では、運転者の操作量とは独立に摩擦制動を制御できる摩擦ブレーキ制御装置12が備わる車両へ適用した例を示したが、摩擦ブレーキ制御装置12の方式によらずに適用することができる。例えば、運転者の操作量に対して、摩擦ブレーキの制動力が一意に決まる車両においても適用できる。この場合、後輪モータの制動力に応じて、総制動力の変化が生じてしまうが、後輪の配分量と変加速を抑制することで、運転者が違和感として感じる車両減速度や前後振動を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】一実施形態による制動制御装置を車両に搭載状態を模式化して示す図である。
【図2】制御演算装置の制御構成を示す図である。
【図3】回生、理想、非回生の各配分線の例をそれぞれの関係や総制動力との関係などとともに示す図である。
【図4】補正回生配分線の例を示す図である。
【図5】制御誤差の補正を説明する図である。
【図6】配分制御処理の流れを示す図である。
【図7】本発明による制動制御装置で制動制御した場合の実際の制動の様子の例を示す図である。
【図8】本発明による制動制御装置で制動制御した場合の実際の制動の様子の他の例を示す図である。
【符号の説明】
【0072】
1 ブレーキペダル
2 操作量検出器
7FL、7FR 前輪
7RL、7RR 後輪
10 制動制御装置
13 電気モータ
21 要求総制動力算出手段
22 路面摩擦係数検出手段
23 前輪/後輪制動力配分手段(制動力配分手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
後輪を電気モータの回生制動で制動できるようにされている車両の制動制御に用いられる制動制御装置において、
運転者の操作入力で与えられる要求総制動力の配分を制御する制動力配分手段および路面摩擦係数を検出する路面摩擦係数検出手段を備え、前記制動力配分手段は、回生配分で前記要求総制動力の配分をなすようにされ、前記回生配分は、前輪と後輪が同時にロックする配分率で前記要求総制動力が配分される理想配分よりも後輪に配分率が偏る後輪優位の範囲であり、かつ前記路面摩擦係数検出手段で検出した路面摩擦係数との関係で後輪がロックする後輪ロック限界制動力以下の範囲であることを条件とし、さらに前記要求総制動力の変化に伴う前輪制動力の変化に対する後輪制動力の変化の比率である後輪制動力変化率が常に正となることを条件とするようにされていることを特徴とする制動制御装置。
【請求項2】
前記制動力配分手段は、前輪制動力について設定される基準制動力に関して、前輪制動力が前記基準制動力より小さい場合は、前記回生配分における後輪制動力変化率が前記理想配分における後輪制動力変化率より大きくなり、前輪制動力が前記基準制動力より大きい場合は、前記回生配分における後輪制動力変化率が前記理想配分における後輪制動力変化率より小さくなるように、配分制御を行うようにされていることを特徴とする請求項1に記載の制動制御装置。
【請求項3】
前記制動力配分手段は、前記要求総制動力の変化方向に応じ、増加方向時の後輪配分率<減少方向時の後輪配分率となるように、配分率を異ならせて配分制御を行うようにされていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の制動制御装置。
【請求項4】
前記制動力配分手段は、前記要求総制動力の変化速度が大きくなるのに応じて後輪への配分率を減少させるように配分制御を行うようにされていることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の制動制御装置。
【請求項5】
前記制動力配分手段は、前輪における目標制動力と実制動力の誤差が所定の閾値以上のなった際に、前記要求総制動力を満たすように後輪への配分率を増大させる配分制御を行うようにされていることを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の制動制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−179259(P2008−179259A)
【公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−14367(P2007−14367)
【出願日】平成19年1月24日(2007.1.24)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】