説明

動力伝達装置及びクラッチトルク学習方法

【課題】クラッチトルクの大きさを適正に学習できる動力伝達装置を提供すること。
【解決手段】入力軸及びクラッチを2組有するいわゆるデュアルクラッチ変速機において、制御部が第1クラッチ及び第2クラッチのうちの一方である開離側クラッチ(第1クラッチ)を開離させ継合側クラッチ(第2クラッチ)の継合を完了するまでに、継合側入力軸(第2入力軸)の回転数よりも低い回転数にまで内燃機関回転数を至らせる回転数ダウン機構と、回転数ダウン機構により低下した内燃機関回転数が上昇するように継合側クラッチのクラッチトルクを調節するクラッチトルク調節部と、クラッチトルク調節部により調節された時に内燃機関回転数の変化(ΔNe)と内燃機関のイナーシャとから内燃機関の回転軸に釣り合うクラッチトルクを算出するクラッチトルク算出部とを備えることである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関などの動力源から出力される回転動力を伝達する動力伝達装置及びその動力伝達装置が備えるクラッチのクラッチトルクを学習するクラッチトルク学習方法に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の変速機の1つに、2つのクラッチを有するいわゆるデュアルクラッチを用いた変速機(DCT)がある。DCTは、変速段を切り替える際に、トルク伝達が切れることなく速やかに変速動作を行うことができる等の特徴を有している。
【0003】
ところで、DCTは、継合状態とされている一方のクラッチに対応する入力軸上の変速段で走行中、開離状態とされている他方のクラッチに対応する入力軸上の変速段を予め選択することにより変速要求に速やかに変速できるように変速制御されている。予め選択する変速段は、通常、現在の車両状態、例えば車速やアクセル開度等からシフトマップを用いて決定する(特許文献1)。
【0004】
ここで、アップ変速時に入力軸の切り替えを伴う場合には、回転数が高い入力軸から回転数が低い入力軸にエンジンの回転数を変化させる必要が有り、その過程において回転数が低い入力軸に対応するクラッチのクラッチトルクを適正な大きさに制御する必要が生じる。すなわち、回転数が低い入力軸に対応するクラッチのクラッチトルクを大きくし過ぎると大きな変速ショックが生じたりするし、反対に小さくし過ぎてエンジンの回転数が低下するトルクよりも小さくなるとエンジンの回転数を所定の大きさに保持することができなくなる。特にオフアップ変速時(アクセルをオフにした状態でアップシフトを行う時)にスムーズな変速を行うために重要である。
【0005】
従って、クラッチトルクの大きさを適正範囲に制御することが求められるが、クラッチは経時変化や個体差が存在するため、適正範囲に制御するためにはクラッチトルクの大きさを学習する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−292250号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記実情に鑑みて完成したものであり、動力伝達装置が備えるクラッチトルクの大きさを適正に学習できる動力伝達装置及びその学習方法を提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための請求項1に係る動力伝達装置の構成上の特徴は、動力源の回転軸に回転連結された継合状態と前記動力源から開離された開離状態とを独立して切り替え可能である第1クラッチ及び第2クラッチと、
前記第1クラッチにより前記動力源に継断可能に回転連結される第1入力軸と、
前記第2クラッチにより前記動力源に継断可能に回転連結される第2入力軸と、
駆動輪に回転連結された出力軸と、
前記第1入力軸と前記出力軸との間に設けられて、複数の変速段を構成するとともに1組を選択的に噛合結合可能とする複数の歯車組を有する第1変速機構と、
前記第2入力軸と前記出力軸との間に設けられて、複数の変速段を構成するとともに1組を選択的に噛合結合可能とする複数の歯車組を有する第2変速機構と、
車両の状態に基づいて適正な変速段を選択する変速段選択手段と、
前記動力源、前記第1クラッチ、前記第2クラッチ、前記第1変速機構、前記第2変速機構、及び前記変速段選択手段を制御して変速動作を行う変速制御部をもつ制御部と、
を有する動力伝達装置であって、
前記制御部は、
前記第1クラッチ及び前記第2クラッチのうちの一方であり前記変速動作により前記継合状態から前記開離状態に制御される開離側クラッチに対応する入力軸である開離側入力軸の回転数が他方のクラッチである継合側クラッチに対応する入力軸である継合側入力軸の回転数よりも高い場合に、前記開離側クラッチを開離させ前記継合側クラッチの継合を完了するまでに、前記継合側入力軸の回転数よりも低い回転数にまで前記動力源の回転軸の回転数を至らせる回転数ダウン機構と、前記回転数ダウン機構により低下した前記動力源の回転軸の回転数が上昇するように前記継合側クラッチのクラッチトルクを調節するクラッチトルク調節部と、前記クラッチトルク調節部により調節された時に前記動力源の回転軸の回転数変化と前記動力源のイナーシャとから前記動力源の回転軸に関するクラッチトルクを算出するクラッチトルク算出部とを備えるクラッチトルク学習部をもつことである。
【0009】
また請求項2に係る動力伝達装置の構成上の特徴は、請求項1において、前記クラッチトルク調節部が作動しているときには前記動力源の回転軸の回転トルクを一定にする動力源回転トルク定常化手段を有することである。
【0010】
また請求項3に係る動力伝達装置の構成上の特徴は、請求項2において、前記動力源は内燃機関であり、
前記動力源回転トルク定常化手段は前記動力源への燃料供給を停止することで回転トルクを定常化することである。
【0011】
また請求項4に係るクラッチトルク学習方法の構成上の特徴は、動力源の回転軸に回転連結された継合状態と前記動力源から開離された開離状態とを独立して切り替え可能である第1クラッチ及び第2クラッチと、
前記第1クラッチにより前記動力源に継断可能に回転連結される第1入力軸と、
前記第2クラッチにより前記動力源に継断可能に回転連結される第2入力軸と、
駆動輪に回転連結された出力軸と、
前記第1入力軸と前記出力軸との間に設けられて、複数の変速段を構成するとともに1組を選択的に噛合結合可能とする複数の歯車組を有する第1変速機構と、
前記第2入力軸と前記出力軸との間に設けられて、複数の変速段を構成するとともに1組を選択的に噛合結合可能とする複数の歯車組を有する第2変速機構と、
車両の状態に基づいて適正な変速段を選択する変速段選択手段と、
前記動力源、前記第1クラッチ、前記第2クラッチ、前記第1変速機構、前記第2変速機構、及び前記変速段選択手段を制御して変速動作を行う制御部と、
を有する動力伝達装置に対して、
前記第1クラッチ及び前記第2クラッチのうちの一方であり前記変速動作により継合状態から開離状態に制御される開離側クラッチに対応する入力軸である開離側入力軸の回転数が他方のクラッチである継合側クラッチに対応する入力軸である継合側入力軸の回転数よりも高い場合に、前記開離側クラッチを開離させ前記継合側クラッチの継合を完了するまでに、前記継合側入力軸の回転数よりも低い回転数にまで前記動力源の回転軸の回転数を至らせる回転数ダウンステップと、前記回転数ダウン機構により低下した前記動力源の回転軸の回転数が上昇するように前記継合側クラッチのクラッチトルクを調節するクラッチトルク調節ステップと、前記クラッチトルク調節部により調節された時に前記動力源の回転軸の回転数変化と前記動力源のイナーシャとから前記動力源の回転軸に関するクラッチトルクを算出するクラッチトルク算出ステップとを備えることである。
【発明の効果】
【0012】
請求項1に係る発明においては、開離側入力軸から継合側入力軸(開離側入力軸よりも低回転数側)に向けて動力源の回転軸の継合を切り替えるときに、動力源の回転軸の回転数を開離側入力軸の回転数から継合側入力軸の回転数よりも低い回転数にまで一旦低下させた後に継合側クラッチのクラッチトルクにより動力源の回転軸の回転数を継合側入力軸の回転数にまで上昇させることによって、動力源の回転軸と入力軸との間を同期させるために必要なクラッチトルクを簡単且つ正確に学習することができる。動力源の回転数を継合側入力軸の回転数よりも低くせずに回転数を継合側入力軸の回転数にまで低下させる過程においてクラッチトルクを学習しようとすると、動力源自身の回転抵抗(学習されるクラッチトルクの大きさはこの回転抵抗の大きさに大きく依存する)とクラッチトルクとが共に動力源の回転軸の回転数を低下させる方向に作用するため、動力源の回転軸と入力軸との間を同期させるために必要なクラッチトルクの大きさを正確に測定することは困難である。なお、本発明においてクラッチトルクの学習に利用する動力源のイナーシャの値は個体毎にバラツキがあると共に経時変化が生じることも想定されるため、それらについて正確な値を測定しておかないと今回の発明により学習されるクラッチトルクの大きさの絶対値については正確に測定できないことも考えられるが、動力源の回転軸と入力軸との間を同期できるクラッチトルクが学習できれば充分であるとの観点では相対的な値ではあるもののクラッチトルクの大きさを正確に測定することが可能である。
【0013】
請求項2に係る発明においては、動力源の回転軸の回転トルクを定常化することにより、クラッチトルク算出部における算出に要する計算量を減らすことができる。
【0014】
請求項3に係る発明においては、特に動力源の回転軸の回転トルクを定常化するために、動力源として内燃機関を採用した上で、燃料供給を停止することによって動力源の回転抵抗を簡単に定常化することができる。
【0015】
請求項4に係る発明においては、請求項1に係る発明と同様に、開離側入力軸から継合側入力軸(開離側入力軸よりも低回転数側)に向けて動力源の回転軸の継合を切り替えるときに、動力源の回転軸の回転数を開離側入力軸の回転数から継合側入力軸の回転数よりも低い回転数にまで一旦低下させた後に継合側クラッチのクラッチトルクにより動力源の回転軸の回転数を継合側入力軸の回転数にまで上昇させることによって、動力源の回転軸と入力軸との間を同期させるために必要なクラッチトルクを簡単且つ正確に学習することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本実施形態の動力伝達装置の構成を示す説明図である。
【図2】本実施形態の動力伝達装置におけるクラッチトルク算出部が作動しているときの各構成要素作動状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の動力伝達装置及びクラッチトルク学習方法について以下代表的な実施形態に基づいて説明を行う。以下の説明においては適宜図面を参照するが、その図面は概念図でありその図面における記載は必ずしも正確なものではなく、説明を容易にするなどの目的のために部分毎に縮尺を変えたり細かい部分の記載を省略したりする場合があると共に各部の形状は必ずしも厳密なものではない場合がある。
【0018】
本実施形態に係る動力伝達装置は車両に搭載される。また、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。例えば、制御手段を除いた動力伝達装置の機械的な構成については、本明細書にて説明した以外のデュアルクラッチ機構をもつ動力伝達装置の構成を採用とすることができる。また、制御手段についても発明の思想が同様である限り、細かいロジックの相違は問題としない。
【0019】
本発明の動力伝達装置1は、図1に示されるように、第1クラッチC1と、第2クラッチC2と、第1入力軸21と、第2入力軸22と、出力軸23と、第1変速機構3と、第2変速機構4と、制御手段5とを有する。
【0020】
第1クラッチC1は、動力源としての内燃機関(エンジン、図示略)と後述する第1入力軸21との間に位置し、内燃機関の出力トルクを第1入力軸21側に伝達するかしないかの断続を行う装置である。内燃機関からの出力トルクが第1入力軸21に伝達される場合が継合状態で、内燃機関からの出力トルクが第1入力軸21に伝達されない場合が開離状態である。
【0021】
第2クラッチC2は、内燃機関と後述する第2入力軸22との間に位置する。そして、内燃機関の出力トルクを第2入力軸22側に伝達するかしないかの断続を行う装置である。内燃機関からの出力トルクが第2入力軸22に伝達される場合が継合状態で、内燃機関からの出力トルクが第2入力軸22に伝達されない場合が開離状態である。
【0022】
第1クラッチC1及び第2クラッチC2は、後述する制御部5からの信号により制御されるが、動力源とし電気式、流体圧式などのアクチュエータ7により駆動する。これらのクラッチC1及びC2はアクチュエータ7によりクラッチストロークを調整することでクラッチトルクが制御される。
【0023】
第1入力軸21は、第1クラッチC1に連結して回転トルクを伝達する軸状の部材である。第2入力軸22は、第2クラッチC2に連結して回転トルクを伝達し、第1入力軸21と同軸で、第1入力軸21の外周側に位置する円筒状の部材である。
【0024】
出力軸23は、第1及び第2入力軸21、22と平行に配置され、後述する第1及び第2変速機構3、4を経て伝達された出力トルクを車輪(図示略)側に出力する軸状の部材である。
【0025】
第1変速機構3は、第1歯車機構31と第1歯車機構選択手段32とを有する。第1歯車機構31は、第1入力軸21と出力軸23との間に設けられた変速段1速、3速、5速、7速の組み合わせである。そして、各変速段と後述するスリーブ321との間に同期装置(図示略)を有する。各変速段は第1入力軸21の外周側を相対回転可能に保持される変速ギヤ311〜314と、第1入力軸21及び第2入力軸22に平行に配置されるカウンタ軸61にカウンタ軸61と一体回転可能に固定され変速ギヤ311〜314に対応するカウンタギヤ62とからなる。変速段1速が変速ギヤ311、変速段3速が変速ギヤ312、変速段5速が変速ギヤ313、及び変速段7速が変速ギヤ314である。
【0026】
第1歯車機構選択手段32は、スリーブ321とフォーク322とフォークシャフト323とアクチュエータ324とを有する。スリーブ321は、円筒状の部材で第1入力軸21の外周側で第1入力軸21と一体回転可能に、2つの変速段の間に位置する。本実施形態1では、1速と7速との間に1つと、3速と5速との間に1つの計2つのスリーブ321が配置されている。スリーブ321は、どちらの変速段にも係合しない中立位置と変速段と係合する係合位置とを有し、中立位置と係合位置とを軸方向に移動する。フォーク322は、スリーブ321の外周側に位置し、スリーブ321が2つの変速段の間(中立位置と係合位置との間)を回転しながら移動することができるようにスリーブ321と係合している。フォークシャフト323は、フォーク322と一体的に係合している棒状の部材である。そして、フォークシャフト323は、フォーク322がスリーブ321を移動させるのと同時に移動可能にアクチュエータ324によって移動する。
【0027】
第2変速機構4は、第2歯車機構41と第2歯車機構選択手段42とを有する。第2歯車機構41は、第2入力軸22と出力軸23との間に設けられた変速段2速、4速、6速、リバース(後退)の組み合わせである。そして、各変速段と後述するスリーブ421との間に同期装置(図示略)を有する。各変速段は第2入力軸22の外周側を相対回転可能に保持される変速ギヤ411〜414と、カウンタ軸61に一体回転可能に固定され変速ギヤ411〜414に対応するカウンタギヤ62とからなる。変速段2速が変速ギヤ411、変速段4速が変速ギヤ412、変速段6速が変速ギヤ413、及び変速段リバースが変速ギヤ414である。
【0028】
リバースは、変速ギヤ414とカウンタギヤ62との間にあるアイドラギヤ63とにより実現される。アイドラギヤ63は、第1入力軸21、第2入力軸22、及びカウンタ軸61と平行で回転不能に固設されているアイドラギヤ軸64に、回転可能且つ軸方向に移動可能に保持されている。リバースが変速段として選択された場合に、変速ギヤ414とカウンタギヤ62との間であってそれぞれに噛合するようにアイドラギヤ63が軸方向に移動させられる。そうすると、第2入力軸22の回転がリバースの変速ギヤ414に伝達され、アイドラギヤ63が回転し、そしてカウンタギヤ62が回転しカウンタ軸61が回転する。
【0029】
第2歯車機構選択手段42は、スリーブ421とフォーク422とフォークシャフト423とアクチュエータ424とを有する。スリーブ421は、円筒状の部材で第2入力軸22の外周側で第2入力軸22と一体回転可能に、2つの変速段の間に位置する。本実施形態1では、2速と4速との間に1つと、6速とリバースとの間に1つの計2つのスリーブ421が配置されている。スリーブ421は、どちらの変速段にも係合しない中立位置と変速段と係合する係合位置とを有し、中立位置と係合位置との間を軸方向に移動する。フォーク422は、スリーブ421の外周側に位置し、スリーブ421が2つの変速段の間(中立位置と係合位置との間)を回転しながら移動することができるようにスリーブ421と係合している。フォークシャフト423は、フォーク422と一体的に係合している棒状の部材である。そして、フォークシャフト423は、フォーク422がスリーブ421を移動させるのと同時にアクチュエータ424によって移動される。
【0030】
第1歯車機構選択手段32及び第2歯車機構選択手段42は、後述する制御部5からの信号により制御され、アクチュエータ324及び424は、動力源として一般的な電気式、流体圧式、液圧シリンダ又は空圧シリンダなどによって駆動する。
【0031】
制御手段5は、内燃機関、第1クラッチC1、第2クラッチC2、第1歯車機構選択手段32、第2歯車機構選択手段42を制御する。制御手段5は変速段制御部とクラッチトルク学習部とをもつ。
【0032】
変速段制御部は車両の状態(車速、アクセルペダル(図略)の開度、ブレーキペダル(図略)の操作量、ハンドル(図略)の操作量、ナビゲーションシステムなどから取得できる道路情報などから任意に選択した情報を使用できる)に基づいて要求される、適正な変速段(要求変速段)を選択しその変速段に対応する変速信号を出力する手段である(シフトの制御)。変速信号は変速段を変える(変速を行う)ときにだけ出力するようにすることもできるし、常時変速信号を出力しておきその変速信号が指示する変速段が変化したときにのみ変速動作を行うようにすることもできる。適正な変速段の選択は予め作成しておいたシフトマップに従い行う方法のほか、何らかの計算式を用いてその都度算出しても良い。変速段制御部は、現在選択すべき変速段を選択するほか、現在使用している歯車機構とは別の歯車機構において予め選択すべき変速段の選択も行うこともできる(プレシフトの制御)。プレシフトの制御において選択すべき変速段(プレシフト変速段)の選択も通常の変速段の選択と同様に予め用意したプレシフトマップを用いて選択したり、何らかの計算式などを用いて選択したりすることができる。また、5速から3速への変速を行うなど変速段を飛ばして変速を行う場合には予めプレシフトされている変速段(5速から3速への変速の場合には4速の変速段)に一旦変速してから改めてそれ以下の変速段(この場合には3速)に変速し直すことも考えられるため、そのような変速段の選択を行うこともある。
【0033】
変速段制御部は変速信号に基づいて変速段を選択する。変速機の変速は大きく分けてギヤ比が小さな変速段に変速するアップ変速とギヤ比が大きな変速段に変速するダウン変速との2種類がある。アップ変速は車速が上昇したり、アクセル開度が小さくなったときなどの状態変化に基づいて行われる変速であり、ダウン変速はアップ変速とは反対に車速が下がったりアクセル開度が大きくなったときなどの状態変化に基づいて行われる変速である。
【0034】
変速段制御部はこの変速信号が示す変速段になるように第1及び/又は第2変速機構を動作させる手段である。プレシフトを行う変速段についても選択するように第1及び/又は第2変速機構を動作させる。
【0035】
クラッチトルク学習部は内燃機関の回転軸と継合側入力軸とを同期させるために必要な継合側クラッチのクラッチトルクを学習する手段である。内燃機関の状態としては燃料カットを行った状態の他、一定の燃料を供給した状態など定常状態で運転している状態であることが考えられる。また、クラッチトルク学習部は、2つあるクラッチのそれぞれについて学習を行うことが望ましい。そして、クラッチトルク学習部は、変速段制御部が制御する変速のうちアップ変速時に作用する手段である。
【0036】
クラッチトルク学習部は回転数ダウン機構とクラッチトルク調節部とクラッチトルク算出部とを備える。クラッチトルク学習部はアップ変速時に作動する。アップ変速時には変速比が小さくなるため内燃機関の回転軸の回転数は、回転数が高い入力軸(変速前に継合しており変速が完了したときに開離する入力軸(以下、「開離側入力軸」と称する)から回転数が低い入力軸(変速前には開離しており変速が完了したときに継合する入力軸(以下、「継合側入力軸」と称する)に継合できるように低下する方向に調節される。つまり、開離側入力軸に対応するクラッチ(以下、「開離側クラッチ」と称する)を開離した後、継合側入力軸に対応するクラッチ(以下、「継合側クラッチ」と称する)が継合完了するまでの間に内燃機関の回転軸の回転数は継合側入力軸の回転数に一致する。
【0037】
回転数ダウン機構は内燃機関の回転軸の調節の過程において、一旦継合側入力軸の回転数よりも内燃機関の回転軸の回転数を低下させる制御を行っている。クラッチトルク学習部は、最終的に継合側クラッチを継合して内燃機関の回転軸と継合側入力軸とを同期させるが、回転数ダウン機構においては開離側クラッチ及び継合側クラッチの継合の程度を調節して内燃機関の回転軸の回転数を低下させる。具体的には開離側クラッチのクラッチトルクを低下(望ましくは0)とし、継合側クラッチのクラッチトルクを内燃機関のイナーシャなどの大きさよりも小さな値(もちろん0にしても良い)とすることで回転数を低下させる。回転数をダウンさせるために内燃機関は燃料供給を停止するなどの制御を行うことができる。ここで、クラッチトルクの大きさは以前にクラッチトルク学習部を作動させたことがある場合には、その時に学習した、内燃機関の回転軸を同期させるために必要なトルク(必要クラッチトルク:燃料の供給を停止している場合には内燃機関のイナーシャの大きさに相関する値である)を基に、回転数が必要な時間で低下するような値に制御することもできる。具体的には内燃機関の回転軸の回転数が継合側入力軸の回転数に一致する前後において前述した必要クラッチトルクの大きさよりも小さな値とする。それよりも前の段階においては必要クラッチトルクの大きさよりも大きくしても回転数の低下速度が速くすることができるため、速やかな変速動作の実現との観点では望ましいものと考えられる。また、その後においては後述するクラッチトルク調節部により必要クラッチトルクの大きさよりも大きな値に制御される。回転数を低下させる程度としてはクラッチトルク算出部の説明時に合わせて説明を行う。
【0038】
クラッチトルク調節部は内燃機関の回転軸の回転数が継合側入力軸の回転数に至るまで上昇するように継合側クラッチのクラッチトルクの大きさを調節・制御する。ここで、継合側クラッチのクラッチトルクの大きさは内燃機関の回転軸を継合側入力軸に継合できる大きさに等しいか又はそれよりも僅かに大きい程度にすることが望ましい。その大きさよりも非常に大きくする場合(例えば継合側クラッチが発生させることができる100%の大きさなど)と比べて、継合に伴う看過できない衝撃の発生を抑制できる。
【0039】
クラッチトルク算出部は前述するクラッチトルク調節部が作動することにより内燃機関の回転軸の回転数が継合側入力軸の回転数に向けて上昇しているときに作動する手段であり、内燃機関の回転軸の回転数変化(ΔNe)と内燃機関が有するイナーシャ(Ie)とから、継合側クラッチの現在のクラッチトルク(Tc)と、現状の内燃機関の回転軸に釣り合う回転トルク(Te:以下、「必要クラッチトルク」と称する)との差を算出する手段である。例えば、これらの値の間には以下の関係式が成り立つ。(Tc−Te)=Ie・ΔNe。なお、回転数変化(ΔNe)は内燃機関の回転軸に回転数センサを設けることで容易に測定可能である。特に継合側入力軸の回転数に向けて内燃機関の回転軸の回転数をクラッチトルク調節部により上昇させる際に、継合側クラッチのクラッチトルクの値を一定にし、内燃機関を定常状態(例えば燃料供給を停止した状態)にした上で内燃機関の回転軸の回転数の時間変化の傾きを測定することで高精度に測定可能である。従って、前述した回転数ダウン機構において内燃機関の回転軸の回転数を低下させる程度としては、必要な精度でΔNeを測定できる程度の大きさとする。
【0040】
算出された継合側クラッチの現在のクラッチトルクの値を用いて継合側クラッチのクラッチトルクの値を補正する。クラッチトルクの大きさは前述したようにアクチュエータ7によりクラッチストロークを可変することで調節するが、クラッチトルク学習部が複数回作動するときのそれぞれにおいて、設定するクラッチストロークの大きさを2つ以上に変化させてクラッチトルクの大きさを学習させることにより、クラッチトルクとクラッチストロークとの関係をも学習することが可能になる。
【0041】
ここで、内燃機関のイナーシャの大きさとしては、実測値、理論値などの適正な値を設定する。なお、イナーシャの値として正確な値を設定しなかった場合、算出される現在のクラッチトルクの大きさと必要クラッチトルクの大きさとのそれぞれの絶対値が変化するものの、それらの相対的な関係は変化せず、更には現在のクラッチトルクの大きさと必要クラッチトルクの大きさがずれている程度を算出することは可能であるあため、継合側クラッチのクラッチトルクを必要クラッチトルクの大きさに基づき制御するためには充分な精度の情報を得ることができる。なお、イナーシャの大きさは算出したクラッチトルクの大きさに基づいて補正することも可能である。
【0042】
以下に具体的な制御手段の動作をクラッチトルク学習部の作動の様子を中心として順番に説明する。以下の説明では、第1変速機構3に存在する変速ギヤから第2変速機構4に存在する変速ギヤに変速を行う時に基づいて説明を行う。反対に第2変速機構4に存在する変速ギヤから第1変速機構3に存在する変速ギヤに変速を行う時については両者を入れ替えることで同様の説明が成り立つため説明を省略する。
【0043】
変速段制御部が現在選択すべき変速段を算出した上でその変速段への変速を行う。変速段制御部は車両の現在の状況(車速、アクセル開度など)、運転者の操作などの情報に基づき適正な変速段に変速動作を行う。
【0044】
(ダウン変速)
ダウンシフトを行う場合には第2歯車機構41について選択された目的の変速段が選択されていることを確認した後、第1クラッチC1を開離し、その後第2クラッチC2を継合する。第1クラッチC1の開離と第2クラッチC2の継合とは並行して行っても良い。並行して行うことにより加速感の途切れが低減できる。
【0045】
(アップ変速)
アップ変速を行う場合には第2歯車機構41について選択された目的の変速段が選択されていることを確認した後、第1クラッチC1を開離し、その後第2クラッチC2を継合する。第1クラッチC1の開離と第2クラッチC2の継合とは並行して行っても良い。並行して行うことにより加速感の途切れが低減できる。エンジントルクの大きさが小さくなるようにエンジンを制御することも望ましい。そうすることにより加速感の途切れを少なくした状態で速やかに第1入力軸21の回転数から第2入力軸22の回転数にエンジンの回転数を下げることができる。
【0046】
このアップ変速時において必要な場合(オフアップ変速を行う場合など)にクラッチトルク学習部を作動させて継合側クラッチとしての第2クラッチC2におけるクラッチトルクの学習を行う。
【0047】
(アップ変速時のクラッチトルク学習部の作動)
クラッチトルク学習部が作動しているときの様子を図2に基づき詳細に説明する。図2においては第1変速機構3がもつ変速段にて走行中にアクセル開度を0%にしたことにより第2変速機構4がもつ変速段にアップシフトする場合について記載している。なお、内燃機関トルクはアクセル開度の変化に伴いトルク0に向けて変化する。
【0048】
アクセル開度を0%としたことにより変速段制御部がアップシフトを行うことを判断し、変速が開始Aされる。変速が開始Aされると第1クラッチC1がクラッチトルク0に向けて開離される。第2クラッチC2におけるクラッチトルクは第1クラッチとは反対に継合されていく。クラッチトルクの大きさは必要クラッチトルクの大きさよりも小さな値とする。第2クラッチC2におけるクラッチトルクを0より大きくすることにより速やかに第1入力軸21の回転数から第2入力軸22の回転数に向けて内燃機関の回転軸の回転数が低下する。その後、第2クラッチC2におけるクラッチトルクが必要トルクの値よりも小さいために内燃機関の回転軸の回転数は第2入力軸22の回転数よりも低下する(回転数ダウン機構)。なお、回転数ダウン機構が作動する場合には、アクセル開度に関わらず積極的に内燃機関への燃料供給を停止することもできる。
【0049】
その後、第2クラッチC2におけるクラッチトルクを必要クラッチトルクの大きさ(前回の学習結果を反映するか、何らかの方法で求めた値を採用する)よりも僅かに大きな値(Tc)に増加させる。ここで内燃機関の回転軸の回転数が上昇することを確認する(クラッチトルク調節部)。図2において、クラッチトルクの大きさを大きくするタイミングとしては、内燃機関回転数が継合側入力軸(第2入力軸22)の回転数よりも低くなったときにクラッチトルクを大きくし始めるようにしている。なお、このタイミングは特に限定されず、内燃機関回転数が必要以上に低下しないように調節される。
【0050】
すると、内燃機関の回転軸の回転数は図2に示すように直線的な傾き(ΔNe)をもって変化する。このようにして測定した値を用いて、(Tc−Te)=Ie・ΔNeの式からTeの値とTcの値との差を求める。ここで、Tcの値とクラッチアクチュエータ7の作動の程度との関係を求め、次回以降にクラッチトルク学習部が作動したときに、異なる大きさでクラッチアクチュエータ7を作動させることにより、クラッチアクチュエータ7の作動の程度とクラッチトルクの値との関係を求めることが可能である(クラッチトルク算出部)。
第2入力軸22の回転数と内燃機関の回転軸の回転数とが一致したら変速完了Bと判断して第2クラッチC2におけるクラッチトルクを最大限にまで増加させる。
【0051】
・作用効果
このようにクラッチトルクの大きさを学習することにより、内燃機関の回転軸の回転数を適正に制御することが可能になる(図2において実線で表す内燃機関回転数)。ここで、継合側クラッチ(第2クラッチC2)のクラッチトルクが必要クラッチトルクよりも過剰であると、図2の左側の破線で示す内燃機関回転数のように、急激に回転数が低下し継合側入力軸22に継合するためにショックが生じることになる。反対に必要クラッチトルクよりも過小であると図2の右側の破線で示す内燃機関回転数のように、内燃機関回転数が速やかに低下せずに変速動作が遅れたり、クラッチトルク調節部の制御が間に合わずに内燃機関の回転軸の回転数が必要以上に低下したり、内燃機関の回転軸の回転数が低下しすぎると速やかに継合側入力軸の回転数に一致させようとすることにより継合側クラッチの継合時にショックが発生したりすることが考えられる。
【符号の説明】
【0052】
1:動力伝達装置、
21:第1入力軸、22:第2入力軸、23:出力軸、
3:第1変速機構、31:第1歯車機構、32:第1歯車機構選択手段、
311:1速(変速ギヤ)、312:3速(変速ギヤ)、313:5速(変速ギヤ)、314:7速(変速ギヤ)、321、421:スリーブ、322、422:フォーク、
323、423:フォークシャフト、324、424:アクチュエータ、
4:第2変速機構、41:第2歯車機構、42:第2歯車機構選択手段、
411:2速(変速ギヤ)、412:4速(変速ギヤ)、413:6速(変速ギヤ)、414:リバース(変速ギヤ)、
5:制御手段、
61、65、66:カウンタシャフト、62:カウンタギヤ、63:アイドラギヤ、
64:アイドラギヤ軸、
7:クラッチアクチュエータ、
C1:第1クラッチ、C2:第2クラッチ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動力源の回転軸に回転連結された継合状態と前記動力源から開離された開離状態とを独立して切り替え可能である第1クラッチ及び第2クラッチと、
前記第1クラッチにより前記動力源に継断可能に回転連結される第1入力軸と、
前記第2クラッチにより前記動力源に継断可能に回転連結される第2入力軸と、
駆動輪に回転連結された出力軸と、
前記第1入力軸と前記出力軸との間に設けられて、複数の変速段を構成するとともに1組を選択的に噛合結合可能とする複数の歯車組を有する第1変速機構と、
前記第2入力軸と前記出力軸との間に設けられて、複数の変速段を構成するとともに1組を選択的に噛合結合可能とする複数の歯車組を有する第2変速機構と、
車両の状態に基づいて適正な変速段を選択する変速段選択手段と、
前記動力源、前記第1クラッチ、前記第2クラッチ、前記第1変速機構、前記第2変速機構、及び前記変速段選択手段を制御して変速動作を行う変速制御部をもつ制御部と、
を有する動力伝達装置であって、
前記制御部は、
前記第1クラッチ及び前記第2クラッチのうちの一方であり前記変速動作により前記継合状態から前記開離状態に制御される開離側クラッチに対応する入力軸である開離側入力軸の回転数が他方のクラッチである継合側クラッチに対応する入力軸である継合側入力軸の回転数よりも高い場合に、前記開離側クラッチを開離させ前記継合側クラッチの継合を完了するまでに、前記継合側入力軸の回転数よりも低い回転数にまで前記動力源の回転軸の回転数を至らせる回転数ダウン機構と、前記回転数ダウン機構により低下した前記動力源の回転軸の回転数が上昇するように前記継合側クラッチのクラッチトルクを調節するクラッチトルク調節部と、前記クラッチトルク調節部により調節された時に前記動力源の回転軸の回転数変化と前記動力源のイナーシャとから前記動力源の回転軸に関するクラッチトルクを算出するクラッチトルク算出部とを備えるクラッチトルク学習部をもつことを特徴とする動力伝達装置。
【請求項2】
前記クラッチトルク調節部が作動しているときには前記動力源の回転軸の回転トルクを一定にする動力源回転トルク定常化手段を有する請求項1に記載の動力伝達装置。
【請求項3】
前記動力源は内燃機関であり、
前記動力源回転トルク定常化手段は前記動力源への燃料供給を停止することで回転トルクを定常化する請求項2に記載の動力伝達装置。
【請求項4】
動力源の回転軸に回転連結された継合状態と前記動力源から開離された開離状態とを独立して切り替え可能である第1クラッチ及び第2クラッチと、
前記第1クラッチにより前記動力源に継断可能に回転連結される第1入力軸と、
前記第2クラッチにより前記動力源に継断可能に回転連結される第2入力軸と、
駆動輪に回転連結された出力軸と、
前記第1入力軸と前記出力軸との間に設けられて、複数の変速段を構成するとともに1組を選択的に噛合結合可能とする複数の歯車組を有する第1変速機構と、
前記第2入力軸と前記出力軸との間に設けられて、複数の変速段を構成するとともに1組を選択的に噛合結合可能とする複数の歯車組を有する第2変速機構と、
車両の状態に基づいて適正な変速段を選択する変速段選択手段と、
前記動力源、前記第1クラッチ、前記第2クラッチ、前記第1変速機構、前記第2変速機構、及び前記変速段選択手段を制御して変速動作を行う制御部と、
を有する動力伝達装置に対して、
前記第1クラッチ及び前記第2クラッチのうちの一方であり前記変速動作により前記継合状態から前記開離状態に制御される開離側クラッチに対応する入力軸である開離側入力軸の回転数が他方のクラッチである継合側クラッチに対応する入力軸である継合側入力軸の回転数よりも高い場合に、前記開離側クラッチを開離させ前記継合側クラッチの継合を完了するまでに、前記継合側入力軸の回転数よりも低い回転数にまで前記動力源の回転軸の回転数を至らせる回転数ダウンステップと、前記回転数ダウン機構により低下した前記動力源の回転軸の回転数が上昇するように前記継合側クラッチのクラッチトルクを調節するクラッチトルク調節ステップと、前記クラッチトルク調節部により調節された時に前記動力源の回転軸の回転数変化と前記動力源のイナーシャとから前記動力源の回転軸に関するクラッチトルクを算出するクラッチトルク算出ステップとを備えるクラッチトルク学習方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−79707(P2013−79707A)
【公開日】平成25年5月2日(2013.5.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−221153(P2011−221153)
【出願日】平成23年10月5日(2011.10.5)
【出願人】(592058315)アイシン・エーアイ株式会社 (490)
【Fターム(参考)】