説明

印刷用版材およびその製造方法

【課題】光触媒機能を利用すべき印刷用版材において、版材の耐久性、とくに光触媒機能を有する層の基材自体の層への密着性を格段に高め、それによって版材全体の耐久性を大幅に高めて、その版材を実際の印刷工程に問題なく使用できるようにするとともに、高精細な印刷を可能とし、しかも、問題なく容易に再生できるようにする。
【解決手段】基材(2)自体の表層が、陽極酸化処理した後加熱処理することにより光触媒機能を有する酸化層(3)に改質されており、その酸化層(3)の上に、疎水性の化合物を含み光触媒機能により分解可能な層(4)が被覆されていることを特徴とする印刷用版材(1)、およびその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、印刷用版材およびその製造方法に関し、とくに、印刷用の版を作製した際に優れた耐久性を有し、使用後に再生することも可能であり、しかも高精細な印刷に対応可能な版を容易に作製可能な、オフセット印刷等に用いて好適な印刷用版材とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光触媒機能を利用して印刷用の版を作製する技術が知られている(例えば、特許文献1)。この特許文献1に開示されている技術は、基材の表面に直接又は中間層を介し、酸化チタン光触媒のバンドギャップエネルギよりも高いエネルギをもつ波長の光、すなわち活性光を照射することにより水酸基が予め形成されている酸化チタン光触媒を含むコート層と、該コート層上に上記活性光を照射することで分解可能な化合物からなる塗布層を備えた印刷用版材を用いる技術である。この塗布層の表面は疎水性を示し、塗布層に向けて所定のパターンで活性光を照射することにより、活性光が照射された部分の塗布層をコート層の光触媒機能により分解除去してコート層表面を現出させるとともにその露出したコート層表面部分を親水性表面に変換し、活性光が照射されず分解されなかった塗布層部分を疎水性表面をもつ部分として残すことにより、疎水性表面部分と親水性表面部分とが目標とする印刷パターンに区画された印刷用版が形成される。この印刷用版の疎水性表面をもつ部分を、印刷の際に印刷用インクが塗布され被印刷物に転写される、所定の印刷用パターン部分として用いる。
【0003】
このような光触媒機能を利用して印刷用版を形成することによって、デジタルデータに対応した光照射を行うことによりデジタルデータから直接版を作製することが可能になる。また、印刷に使用した後の印刷用版に、さらに活性光を照射して印刷パターンを形成していた塗布層を除去し、全面に現れた酸化チタン光触媒を含むコート層上に再び塗布層を設ければ、版材の再生が可能であり、再利用が可能になる。したがって、デジタル化への対応と、版材の再生が可能になり、高精細な印刷と、使用版材の低コスト化が可能になる。
【特許文献1】特許第3495605号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1に開示された印刷用版材、印刷用版の作製技術は原理的には優れた技術であるが、実際の印刷に適用する場合には、以下のような基本的な問題がある。すなわち、印刷用版は、被印刷物に対して多数回繰り返し使用されるものであるから、極めて高い耐久性が要求される。印刷用インクが塗布、転写される所定の印刷用パターン部分が目標とする所定のパターンや表面形態に維持されるのは勿論のこと、印刷用パターン部分を画成するための、前記塗布層が除去され露出されたコート層部分にも高い耐久性が要求される。このコート層の耐久性は、印刷に使用した後の版材の再生の可否にも大きな影響を及ぼす。
【0005】
ところが、前述の特許文献1に開示された印刷用版材では、このような高耐久性の要求を確実に満たすことが困難である。特許文献1に記載の印刷用版材においては、酸化チタン光触媒を含む層が、基材の表面に基材自体とは別のコート層として設けられるため、基材自体の層とこのコート層との間の密着性、固定性が求められることとなるが、完全に別の層として形成されている限り、層間剥離やずれの問題は完全には除去し切れず、コート層と基材自体の層とを含む版材の層全体の耐久性を向上することには限界がある。この問題に対し、特許文献1では、中間層を介してコート層を設けることにより、基材自体の層とコート層との間の密着性を向上できる旨記載されているが、この方法では、中間層を設ける工程が増え製造工程全体の煩雑化は避けられない。また、基材自体の層とこのコート層とが完全に別の層として形成されることに変わりはないので、やはり、版材全体の耐久性を向上することには限界がある。
【0006】
とくに、特許文献1では、特許文献1に記載の印刷用版材を大型の輪転機に適用することを目指していたようであるが、輪転機に適用する場合には印刷用版材から作製された印刷用版は湾曲されて装着されることになるため、基材自体の層とコート層との間にさらに高い密着性が要求されることになる。しかし、基材自体の層とコート層とが完全に別の層として形成されている限り、このような高い密着性を満足するのは極めて困難であると考えられる。
【0007】
そこで本発明の課題は、特許文献1に開示された印刷用版材の上記のような基本的な問題に着目し、光触媒機能を利用すべき印刷用版材において、版材の耐久性、とくに光触媒機能を有する層の基材自体の層への密着性を格段に高め、それによって版材全体の耐久性を大幅に高めて、その版材を実際の印刷工程に問題なく使用できるようにするとともに、高精細な印刷を可能とし、しかも、問題なく容易に再生できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明に係る印刷用版材の製造方法は、基材自体の表層を、陽極酸化処理した後加熱処理することにより光触媒機能を有する酸化層に改質した後、その酸化層の上に、疎水性の化合物を含み前記光触媒機能により分解可能な層を被覆することを特徴とする方法からなる。また、本発明に係る印刷用版材は、基材自体の表層が、陽極酸化処理した後加熱処理することにより光触媒機能を有する酸化層に改質されており、その酸化層の上に、疎水性の化合物を含み前記光触媒機能により分解可能な層が被覆されていることを特徴とするものからなる。
【0009】
すなわち、本発明においては、光触媒機能を有する層は、基材の上にコート層として設けられるのではなく、基材自体の表層が陽極酸化処理された後加熱処理されることによって改質されることにより光触媒機能を有する酸化層として形成される。この光触媒機能を有する表層としての酸化層とその下の基材層(基材自体の層)は、もともと同一の材質の一体層として構成されていたものであるから、改質された光触媒機能を有する酸化層とその下の基材層との間の密着性は、光触媒機能を有する層が別の層として付加されていた場合に比べ、格段に高い。したがって、この光触媒機能を有する表層としての酸化層は、版材が印刷用版に作製された後多数回繰り返し印刷に使用された後にあっても、優れた耐久性のまま維持され、印刷用版全体としての耐久性も大幅に向上される。その結果、印刷使用後にあっても、上記光触媒機能を有する表層としての酸化層とその下の基材層との間の密着性および両層間の形態は初期の望ましい特性、形態にそのまま維持され、印刷パターンを形成していた印刷使用後の疎水性の化合物を含む被覆層の除去、再被覆により、印刷用版材は問題なく容易に再生できるようになる。とくに本発明では、光触媒機能を有する表層が陽極酸化処理とその後の加熱処理によって改質されることにより形成されるので、陽極酸化処理特有の形態である、表面に多数の細孔または窪みが均一に形成された形態となり、容易に適切な表面粗さに制御可能となる。適切な表面粗さに制御することにより、その上に被覆される疎水性の化合物を含む被覆層に対して適切なアンカー効果を発揮することが可能になり、光触媒機能を有する表層としての酸化層とその上の被覆層との間の密着性も高められることになって、印刷用版全体としての耐久性がさらに大幅に向上される。また、この酸化層の表面は、上記陽極酸化処理によってナノチューブという特異な形状に形成できるため、光励起の際、酸化層の内部に生じた励起電子と正孔の寿命が長くなり、それによって光触媒活性が高められて、被覆層分解除去による印刷パターン形成が短時間で迅速に行うことが可能になる。さらに、光触媒活性の発揮に伴う上記酸化層の親水性化(水の接触角の低下)も良好に達成され、分解除去されずに印刷用パターンとして残された疎水性の被覆層の表面との間に、明確に大きな接触角の差をもたせることが可能になり、この大きな接触角の差により、高精細な印刷が可能となる。
【0010】
光触媒機能を有する上記酸化層の表面にその光触媒機能を発揮させるには、光活性を発揮させ得る光の照射が必要であり、光活性を発揮させ得る光としては、所定の波長範囲の紫外線、例えば300〜500nmの波長の紫外線を挙げることができる。このような光照射により、基材自体が改質された表層としての酸化層に光触媒機能を発揮させ、後述の遮光パターン形成用の遮光インクが塗布された部分以外の被覆層を分解、除去して、分解、除去されなかった被覆層部分を疎水性表面を有する印刷用パターン部分として残すことができるとともに、被覆層が分解、除去されることにより露出された上記改質表層の表面を上記の如く良好に親水化して親水性の表面に変換することによって、所望の印刷用版の形成が可能になるとともに、高精細な印刷が可能となる。
【0011】
上記基材の材質としては、代表的にはチタンを適用できる。基材がチタンからなる場合には、上記光触媒機能を有する表層は、酸化チタンを含む酸化層として形成される。陽極酸化処理された酸化層に、光触媒機能を持たせるために、本発明では陽極酸化処理後に加熱処理が施される。基材がチタンからなる場合には、この加熱処理は、例えば500℃の温度で、3時間程度の処理が適切である。上記基材の材質としては、チタン以外に、ジルコニウム、タンタル、ニオブ、モリブデン、タングステン等の使用も可能であり、これら材質の基材においても、陽極酸化処理および加熱処理により基材自体の表層を光触媒機能を有する酸化層に改質することが可能である。
【0012】
上記光触媒機能を有する表層としての酸化層は、とくに上記陽極酸化処理により、表面にナノチューブアレイ構造を有する層に形成することはできる。すなわち、表面から表層内へと延びる、多数のナノサイズあるいは数十ナノサイズの径の細孔または窪みが、均一に配列されたアレイ構造を有する層に形成することが可能である。このようなナノチューブアレイ構造を有する表層に形成することにより、前述の被覆層に対するアンカー効果を均一に増大させることが可能になるとともに、表面粗さも適切にかつ容易に所望の粗さに制御することが可能になり、目標とする光触媒活性の発現、さらには目標とする親水性の発現が可能になる。
【0013】
また、本発明において、上記被覆層としては上記光触媒機能を有する表層の光触媒機能により分解可能な層であればとくに限定されないが、この被覆層に含まれる、上記光触媒機能により分解可能な疎水性の化合物としては、分解効率や、印刷パターンとして残される被覆層上への遮光パターン形成用の遮光インクの塗布性および印刷パターン形成後の除去性等の面からは、例えば、オクタデシルホスホン酸またはオクタデシルトリメトキシシランを用いることが好ましい。ただし、後述するように、その他の各種疎水性化合物も使用可能である。
【0014】
上記光触媒機能により分解可能な被覆層は、前述の如く、この印刷用版材を用いて印刷用版を作製する際には、印刷用のパターン部分のみが残される(パターニングが施される)層であるので、光触媒機能により分解、除去される際には、印刷用パターンに応じたパターン部分に対しては遮光して光触媒機能により分解しないようにし、それ以外の部分に対しては光を照射して光触媒機能により分解、除去できるようにする必要がある。そのために、この光触媒機能により分解可能な被覆層は、遮光パターン形成用の遮光インクを表面に塗布可能な層に形成されている。塗布の容易性、印刷用パターン形成後の除去の容易性の面からは、この遮光パターン形成用の遮光インクは水性インクであることが好ましい。
【0015】
本発明に係る印刷用版材の全体形状はとくに限定されず、例えば、板形態、とくに平版形態に構成することができる。平版形態であれば、この印刷用版材を印刷用版として形成した後、直ちに平板印刷、例えばオフセット印刷に使用できる。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る印刷用版材およびその製造方法によれば、基材自体の表層を陽極酸化処理および加熱処理により光触媒機能を有する酸化層に改質し、該酸化層上に、疎水性の化合物を含み該酸化層の光触媒機能により分解可能な被覆層を設けるようにしたので、光触媒機能を有する表層とその下の基材自体の層とが実質的に一体化された構成とでき、両層間の密着性を、光触媒機能を有する層を基材自体とは完全に別の層として設ける場合に比べ、格段に高めることができる。また、この酸化層の表面には、陽極酸化処理により、均一でかつ適切な表面粗さを付与できるので、酸化層と疎水性被覆層との間の密着性も大幅に高めることができる。その結果、印刷用版材全体の、ひいては該版材から形成された印刷用版全体の耐久性を大幅に高めることができ、真に実用に供することのできる光触媒機能利用印刷用版材を提供できる。この印刷用版材は、耐久性が極めて高いので、多数回の印刷に使用された後にあっても、問題なく容易に再生できるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に、本発明について、望ましい実施の形態とともに図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施態様に係る印刷用版材の断面を示している。図1において、1は印刷用版材全体を示しており、印刷用版材1の基材2自体の表層3が、陽極酸化処理およびその後の加熱処理により、光触媒機能を有する表層としての酸化層に改質されており、その酸化層3の上に、疎水性の化合物を含み上記光触媒機能により分解可能な層が被覆されている(被覆層4)。本実施態様では、基材2はチタン板から構成されており、この基材2自体の表層3が、陽極酸化処理および加熱処理により、光触媒機能を有する酸化層、つまり、酸化チタンを含む層に改質されている。基材の材質としては、前述したように、チタン以外に、ジルコニウム、タンタル、ニオブ、モリブデン、タングステン等の使用も可能である。基材1全体の厚さは特に限定されず、例えば、通常の平版印刷に用いられる版材の厚さ等に合わせればよい。上記光触媒機能を有する基材2自体の表層としての酸化層3は、活性光(例えば、所定波長の紫外光)の照射により、その表面が親水性化される。
【0018】
上記陽極酸化処理は、例えば図2に示すように、電解液5として例えば所定濃度の酸性水溶液5中に、基材2と、対向電極6を対向配置し、両者間に、直流電源7により、所定の化成電圧を所定時間印加することによって行われ、この陽極酸化処理とその後の加熱処理により、基材2自体の表層が光触媒機能を有する酸化層に改質される。加熱処理の条件としては、陽極酸化処理後の加熱処理により、酸化層3の表面に光触媒活性が付与される条件であればよい。基材がチタンの場合には、500℃、3時間程度の条件が適切である。
【0019】
陽極酸化処理においては、処理時間と化成電圧を適切に制御することにより、基材2自体の表層として形成される光触媒機能を発揮させるべき酸化層の表面には、適切な表面粗さが付与される。例えば、サンプルサイズが2×2cmのチタン基材を使用し、電解液として0.5%HF水溶液を使用して試験を行った結果、表1に示すように、適切な化成電圧にて、ある時間以上の処理を行えば、表面構造として、ナノパーティクル構造、さらには均一なナノチューブアレイ構造を形成できることが分かる。望ましくは、表面がナノチューブアレイ構造に形成された酸化層とされ、その上に前記被覆層4が被覆される。
【0020】
【表1】

【0021】
疎水性の化合物を含み上記光触媒機能により分解可能な被覆層4は、ごく薄い膜でよく、例えば、通常の平版印刷に用いられる、印刷パターンとして残される膜厚等に合わせればよい。この疎水性の化合物を含む被覆層4の表面は撥水性を有し、パターニング後の被覆層4の表面は印刷時の印刷用インクの塗布、被印刷物への転写面となる。
【0022】
被覆層4を形成する撥水性薄膜層としては、疎水性を有する膜成分により構成される薄膜であれば特に限定されるものではなく、吸着膜、堆積膜、自己組織化単分子膜など、例えば平版印刷版の使用態様に応じて適宜選択することができる。例えば、平版印刷版の製造において、光触媒機能を有する上記表層3と酸素分子との接触可能性を担保する点、撥水性薄膜層の撥水性を向上させる点、および後述の遮光インクにより微細なパターン形成を可能する点から、撥水性薄膜層としては、疎水性基を有する化合物により形成される自己組織化単分子膜を採用することが好ましい。
【0023】
疎水性基を有する化合物を用いて撥水性薄膜層を形成する場合、疎水性基を有する化合物と光触媒機能を有する上記表層3との結合様式は特に限定されるものではなく、共有結合、配位結合、水素結合、ファンデルワールス結合等が挙げられる。ただし、経時的に安定な自己組織化単分子膜を形成するという観点からは、上記結合様式は共有結合であることが好ましい。
【0024】
疎水性基を有する化合物としては、疎水性基と、光触媒機能を有する上記表層3への結合を達成できる化合物であれば、特に限定されるものではない。ただし、例えば平版印刷版の製造において、光触媒機能層の光触媒作用により容易に分解除去される化合物であるという点、および光触媒機能層との結合性の観点から、下記一般式(1)及び(2)で表される化合物の少なくとも1種を用いることが好ましい。
【0025】
1nSiX4-n ・・・(1)
2−PO32 ・・・(2)
〔上記一般式中、R1 及びR2 はそれぞれ独立に水素原子の一部又は全部がフッ素原子により置換されていてもよい炭素数1〜20の炭化水素基を示し、Xは加水分解性基を示し、nは1〜3の整数を示す。〕
【0026】
ここで、上記一般式(1)におけるXの具体例としては、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、イソプロポキシ基、ブトキシ基、sec−ブトキシ基、t−ブトキシ基等のアルコキシ基;ビニロキシ基、2−プロペノキシ基等のアルケノキシ基;フエノキシ基、アセトキシ基等のアシロキシ基;ブタノキシム基等のオキシム基;アミノ基等が挙げられる。これらの中でも、炭素数1〜5のアルコキシ基が好ましく、特に加水分解、縮合時の制御のし易さから、メトキシ基、エトキシ基、イソプロポキシ基、及びブトキシ基が好ましい。
【0027】
また、上記一般式(1)で表される化合物において、隣接して存在する当該化合物のケイ素原子がシロキサン結合を形成することにより、撥水性薄膜層の安定性をより向上させることができるという観点から、nは1又は2であることが好ましく、1であることがより好ましい。上記一般式(1)又は(2)で表される化合物の好ましい具体例としては、オクタデシルホスホン酸およびオクタデシルトリメトキシシランが挙げられる。
【0028】
前記のような印刷用版材1は、例えば図3に示すような工程により、印刷用版に作製され、印刷(例えば、平版印刷)に供される。まず、図3(A)に示すように、印刷パターンに応じた形状にて、遮光インク11が上記被覆層4の表面に塗布される。この遮光インク11は、例えば平版印刷原版の撥水性薄膜層上に遮光パターンを形成する際に用いられるものである。遮光インク11による遮光パターンは、例えばインクジェット方式で形成することができ、それによってCTP等のデジタル化にも対応できるようになる。
【0029】
この遮光インク11としては、光触媒機能を有する表層3の光触媒活性を発揮させることが可能な所定の波長域の光に対して高い吸収能を有するものであれば、特に限定されるものではない。好適な具体例としては、300〜500nmの波長の紫外光に対して高い吸収能を有する水溶性染料を含有するインク(水性インク)が挙げられる。
【0030】
300〜500nmの波長域の光に対して高い吸収能を有する水溶性染料としては、水中での吸収スペクトルにおいて300〜500nmの波長域に高い吸収があり、かつ水に対する溶解度が5質量%以上、好ましくは7質量%以上であるものを適宜選択すればよい。このような染料の具体例としては、水溶性の銅フタロシアニン染料、黄色染料、褐色染料等が挙げられる。これらの水溶性染料は2種以上併用してもよい。
【0031】
遮光インクは、水を媒体として調製することができる。水溶性染料は、この遮光インク中に5〜20質量%、好ましくは5〜15質量%含有される。この遮光インクは、必要に応じて、水溶性有機溶剤を少量含有してもよい。この水溶性有機溶剤は、染料溶解剤、乾燥防止剤(湿潤剤)、粘度調整剤、浸透促進剤、表面張力調整剤、消泡剤等として使用される。また、遮光インクは、防腐防黴剤、pH調整剤、キレート試薬、防錆剤、紫外線吸収剤、粘度調整剤、染料溶解剤、表面張力調整剤、消泡剤、分散剤等の公知の添加剤を含有していてもよい。水溶性有機溶剤の含有量は、遮光インク全体に対して0〜60質量%が好ましく、10〜50質量%がより好ましい。その他の添加剤の含有量は、遮光インク全体に対して0〜25質量%が好ましく、0〜20質量%がより好ましい。上記以外の残部は水である。
【0032】
遮光インク11が所定の印刷パターンにて被覆層4の表面に塗布された後、図3(B)に示すように、例えば、上記のような所定の範囲内の波長の紫外光12が照射され、遮光インク11により遮光されていない部位の被覆層4は、光触媒機能を有する酸化層3の光触媒活性により分解、除去されて、酸化層3の表面が、被覆層4を持たない部位13として露出される。この露出された部位13の酸化層3の表面には、さらに紫外光12が照射され、その表面が親水性化される。つまり、光照射による光触媒機能の発現により、表面が親水性化される。
【0033】
一方、遮光インク11により遮光されていた部位の被覆層部分4aは、光触媒活性によっては分解、除去されないので、遮光インク11の塗布パターン(つまり、印刷パターン)と同一平面形状のまま残される。
【0034】
次に、図3(C)に示すように、上記遮光インク11が除去され、所定のパターンで残されていた被覆層部分4aが、印刷パターンを形成する層4bとして形成される。遮光インク11が水性インクからなる場合には、水洗により容易に遮光インク11が除去される。印刷パターンを形成する層4bとして形成された被覆層部分4aの表面は疎水性を示すから、例えば、平版印刷における印刷パターン面として機能でき、それ以外の部分、つまり上記露出された部位13の酸化層3の表面は親水性を示すから、目標とする性能を有する印刷用版14、例えば、オフセット印刷用の平版印刷用版が作製されることになる。
【0035】
上記の被覆層4を分解除去した後の、露出酸化層3の表面の親水性への変換の様子を、水の接触角(Contact Angle)の変化により確認した。この確認試験では、サンプルサイズが10×10cmのチタン基材を使用し、電解液として0.5%HF水溶液を使用して陽極酸化処理を施し、表面にナノチューブアレイ構造が形成された酸化層を有する6つのサンプルを作製し、各サンプルの酸化層上にオクタデシルトリメトキシシランを含む被覆層4を設け、波長255nmの紫外光を7.5mW/cm2 の強度で照射して、被覆層4分解除去後の酸化層の表面の水の接触角(Contact Angle)の紫外光の照射時間に対する変化を測定した。結果を図4に示す。図4に示すように、各サンプルとも、酸化層の表面は、紫外光の照射により迅速にかつ良好に親水性化されることが確認された。
【0036】
上述の印刷用版14は、印刷用版材1の段階から、パターンニング時においては光触媒機能を有する表層として機能し、印刷使用時において親水性表面を形成するための表層として機能する、陽極酸化処理により改質、形成された酸化層3が、基材2自体の表層として基材2自体と一体に構成されているので、酸化層3とその下の基材2自体の層との間においては、表層がコート層等の完全に別の層に形成されている場合に比べ、格段に高い密着性を達成できる。そのため、この表層としての酸化層3は、剥離や変形等を生じない、極めて高い耐久性を有することになり、多数回の印刷にも耐えて、そのままの形態を維持できる。つまり、印刷用版として要求される耐久性についての性能を良好に満たすことができる。また、形成されている印刷パターンの形態を良好に維持できるとともに、疎水性表面の印刷パターン部と親水性表面部の両方が所定の形態に維持されることになるから、長時間にわたって高精細な印刷状態を維持、継続できるようになる。
【0037】
また、陽極酸化処理により形成される酸化層3の表面は、ナノチューブアレイ構造等の均一で適切な表面粗さの表面に制御可能であり、その上に被覆される疎水性の化合物を含む被覆層4に対して適切なアンカー効果を発揮することが可能になるので、酸化層3と被覆層4との間の密着性も高められることになって、印刷用版全体としての耐久性がさらに大幅に向上される。さらに、陽極酸化処理および加熱処理により形成される酸化層3の表面は、前述の如く、紫外光照射により被覆層4の分解除去後に良好に親水性化できるので、分解除去されずに印刷用パターンとして残された疎水性の被覆層4の表面との間に、明確に大きな接触角の差をもたせることが可能になり、この大きな接触角の差により、高精細な印刷がより確実に可能となる。
【0038】
上記印刷用版14は、例えば図5に示すように、元の印刷用版材へと再生することが可能である。基材2自体の表層として形成されていた光触媒機能を有する酸化層3は、上記のように優れた耐久性を有しているため、印刷使用後にも元の形態のまま維持されている。図5(A)に示すような印刷使用後の印刷用版21(図3(C)に示した印刷用版14と実質的に同等のもの)に、図5(B)に示すように、所定波長の紫外光22を照射することにより、遮光されていない、印刷パターンを形成していた被覆層4bを光触媒機能を利用して分解、除去する。露出された光触媒機能を有する酸化層3上に、図5(C)に示すように、図1に示した疎水性の化合物を含む被覆層4を再び設けることにより、図1に示したのと実質的に同じ印刷用版材23として再生される。このように、耐久性、密着性の高い光触媒機能を有する表層としての酸化層3はそのまま維持されているから、所望の印刷用版材23が効率よく、容易に再生されることになる。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明に係る印刷用版材は、耐久性に優れた印刷用版が求められ、高精細な印刷状態の維持が求められるあらゆる印刷用途に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の一実施態様に係る印刷用版材の断面図である。
【図2】図1の基材に陽極酸化処理を施す場合の概略説明図である。
【図3】図1の印刷用版材から印刷用版を作製する場合の一例を示す工程フロー図である。
【図4】紫外光照射による酸化層の表面の親水性(水の接触角)の変化特性の一例を示す図である。
【図5】図3の工程で作製された印刷用版の印刷使用後の状態から印刷用版材を再生する場合の一例を示す工程フロー図である。
【符号の説明】
【0041】
1 印刷用版材
2 基材
3 光触媒機能を有する表層(陽極酸化処理による酸化層)
4 疎水性の化合物を含み光触媒機能により分解可能な被覆層
4a 遮光パターンに対応する被覆層部分
4b 印刷パターンを形成する被覆層部分
5 電解液
6 対向電極
7 直流電源
11 遮光インク
12 紫外光
13 光触媒機能を有する酸化層の露出部分
14 印刷用版
21 印刷使用後の印刷用版
22 紫外光
23 再生された印刷用版材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材自体の表層を、陽極酸化処理した後加熱処理することにより光触媒機能を有する酸化層に改質した後、その酸化層の上に、疎水性の化合物を含み前記光触媒機能により分解可能な層を被覆することを特徴とする、印刷用版材の製造方法。
【請求項2】
前記基材がチタンからなる、請求項1に記載の印刷用版材の製造方法。
【請求項3】
前記酸化層が、酸化チタンを含む層からなる、請求項2に記載の印刷用版材の製造方法。
【請求項4】
前記酸化層を、前記陽極酸化処理により、表面にナノチューブアレイ構造を有する層に形成する、請求項1〜3のいずれかに記載の印刷用版材の製造方法。
【請求項5】
前記光触媒機能により分解可能な被覆層に含まれる疎水性の化合物として、オクタデシルホスホン酸またはオクタデシルトリメトキシシランを用いる、請求項1〜4のいずれかに記載の印刷用版材の製造方法。
【請求項6】
前記光触媒機能により分解可能な被覆層を、遮光パターン形成用の遮光インクを表面に塗布可能な層に形成する、請求項1〜5のいずれかに記載の印刷用版材の製造方法。
【請求項7】
前記光触媒機能により分解可能な被覆層を、遮光パターン形成用の遮光インクとしての水性インクを表面に塗布可能な層に形成する、請求項6に記載の印刷用版材の製造方法。
【請求項8】
印刷用版材を平版形態に形成する、請求項1〜7のいずれかに記載の印刷用版材の製造方法。
【請求項9】
基材自体の表層が、陽極酸化処理した後加熱処理することにより光触媒機能を有する酸化層に改質されており、その酸化層の上に、疎水性の化合物を含み前記光触媒機能により分解可能な層が被覆されていることを特徴とする印刷用版材。
【請求項10】
前記基材がチタンからなる、請求項9に記載の印刷用版材の製造方法。
【請求項11】
前記酸化層が、酸化チタンを含む層からなる、請求項10に記載の印刷用版材
【請求項12】
前記酸化層が、前記陽極酸化処理により、表面にナノチューブアレイ構造を有する層に形成されている、請求項9〜11のいずれかに記載の印刷用版材。
【請求項13】
前記光触媒機能により分解可能な被覆層に含まれる疎水性の化合物が、オクタデシルホスホン酸またはオクタデシルトリメトキシシランからなる、請求項9〜12のいずれかに記載の印刷用版材。
【請求項14】
前記光触媒機能により分解可能な被覆層が、遮光パターン形成用の遮光インクを表面に塗布可能な層に形成されている、請求項9〜13のいずれかに記載の印刷用版材。
【請求項15】
前記光触媒機能により分解可能な被覆層が、遮光パターン形成用の遮光インクとしての水性インクを表面に塗布可能な層に形成されている、請求項14に記載の印刷用版材。
【請求項16】
平版形態に構成されている、請求項9〜15のいずれかに記載の印刷用版材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−234064(P2009−234064A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−83682(P2008−83682)
【出願日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【出願人】(000220239)東京応化工業株式会社 (1,407)
【Fターム(参考)】