説明

回転検出装置付き車輪用軸受装置

【課題】 磁気エンコーダの摩耗・膨潤・割れの防止、構造強化、高低温環境化での使用が可能で、装置のコンパクト化が可能な回転検出装置付き車輪用軸受装置を提供する。
【解決手段】 車輪用軸受装置は、外方部材1と内方部材2の転走面3,4間に転動体5を介在させてなる。内方部材2の外周面に、軸方向に対して傾斜した傾斜面23bを有する磁気エンコーダ21が嵌合して取付けられる。磁気センサ24を内蔵する円環状のセンサホルダ25が外方部材1に取付けられる。磁気センサ24は、磁気エンコーダ21の傾斜面23bに対し所定隙間を介して平行に対峙する。センサホルダ25と内方部材2との間の空間を密封する密封装置8が、磁気エンコーダ21よりも軸受外側位置に設けられる。磁気エンコーダ21として、熱可塑性エラストマー磁気エンコーダが用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、アンチロックブレーキシステムを備えた自動車等に用いられる回転検出装置付き車輪用軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、経済成長の著しいBRICs諸国向けの自動車部品の輸出が拡大している。そのような自動車部品のうち、車体に対して車輪を回転自在に支持する車輪用軸受装置では、前記アンチロックブレーキシステム(ABS)のタイヤロック検知センサとして、磁気エンコーダと、この磁気エンコーダをターゲットとして車輪の回転を検出する磁気センサとでなる回転検出装置を内蔵させ、前記磁気エンコーダとして磁性ゴム製のものを使用する場合が多い。
【0003】
上記したBRICs諸国では、未舗装の悪路で自動車が運転される場合も多いので、その自動車の車輪用軸受装置に回転検出装置が内蔵される場合には、その磁気エンコーダとして耐摩耗性の高いものが要求される。このため、従来は、加熱圧縮により製造される磁性ゴム製の磁気エンコーダの表面を非磁性材料からなる保護カバーで被覆して、摩耗防止を図るなどの対策が講じられていた。
【0004】
しかし、非磁性材料からなる保護カバーで磁気エンコーダの表面を被覆するのでは、磁気エンコーダの表面と、これに対向して配置される磁気センサとのギャップが大きくなるため、より磁束密度の大きい磁気エンコーダが必要となる。
【0005】
そこで、このような課題を解決するものとして、前記磁気エンコーダと磁気センサとを軸受内部で軸方向に対向させて設置した回転検出装置付き車輪用軸受装置も提案されている(例えば特許文献1)。
【特許文献1】特開2005−300289号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、このようにゴム製の磁気エンコーダを軸受内部に設置した場合、潤滑剤であるグリースが磁気エンコーダに接触し、しかも磁気エンコーダは転動体などの軸受発熱部近傍の高温環境下に配置されることになるので、磁気エンコーダが膨潤し易く、磁気信号が乱れる不具合が生じ、正確な回転検出ができないという問題がある。
【0007】
そこで、本発明者等は、例えば特許文献1に開示の回転検出装置付き車輪用軸受装置において、磁気エンコーダを、その被検出部となる磁石がプラチック磁石であるプラスチック磁気エンコーダとしたものを開発した(特願2008−027280号)。
【0008】
しかし、この場合にもプラスチック磁気エンコーダが転動体などの軸受発熱部近傍の高温環境下に配置されることに変わりはなく、さらに自動車が極低温地域で使用される場合にはプラスチック磁気エンコーダが低温環境下に晒されることになる。このため、プラスチック磁気エンコーダと、プラスチック磁気エンコーダが取付けられる金属製の軸との線膨張率の違いから、プラスチック磁気エンコーダが損傷し易く、磁気信号が乱れる不具合が生じ、やはり正確な回転検出ができないという問題が残る。
【0009】
また、プラスチック磁気エンコーダと磁気センサとを軸方向に対向させて配置する構成では、回転検出装置付き車輪用軸受装置の軸方向スペースが大きくなり、コンパクト化の阻害要因となる。
【0010】
この発明の目的は、磁気エンコーダの摩耗・膨潤・損傷の防止、および構造強化が可能で、高低温環境化でも使用でき、かつ装置のコンパクト化が可能な回転検出装置付き車輪用軸受装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この発明の回転検出装置付き車輪用軸受装置は、内周に複列の転走面が形成され固定側部材となる外方部材と、前記各転走面に対向する転走面が外周に形成され回転側部材となる内方部材と、これら対向する転走面間に介在した複列の転動体とを備え、車体に対して車輪を回転自在に支持する車輪用軸受装置において、前記内方部材の端部付近の外周面に嵌合して取付けられ外周面が内方部材の端部側に向くように軸方向に対して傾斜した傾斜面とされた磁気エンコーダと、外周に有する芯金で前記外方部材に嵌合状態に取付けられて磁気センサを内蔵しこの磁気センサが前記磁気エンコーダの傾斜面に対して隙間を介して平行に対峙する円環状のセンサホルダと、磁気エンコーダよりも軸受外側位置で前記センサホルダと前記内方部材との間の空間を密封する密封装置とを備え、前記磁気エンコーダを、被検出部となる磁石が、熱可塑性エラストマーに磁性粉を混入させた熱可塑性エラストマー磁石である熱可塑性エラストマー磁気エンコーダとしたことを特徴とする。
この構成によると、磁気エンコーダの被検出面を外向きの傾斜面とし、この傾斜面に対峙する磁気センサを内蔵したセンサホルダを外方部材に取付け、磁気エンコーダよりも軸受外側位置に密封装置を設けたので、外部からの異物などにより磁気エンコーダが摩耗するのを防止できる。
特に、磁気エンコーダとして熱可塑性エラストマー磁気エンコーダを用いているので、ゴム磁気エンコーダと異なり、その磁石部が潤滑剤であるグリースに接触しても、膨潤することが回避される。また、高低温環境下での線膨張率差による磁気エンコーダ内部の応力も、プラスチック磁気エンコーダに比べて、熱可塑性エラストマーであれば小さくなり割れることはない。その結果、磁気エンコーダの摩耗・膨潤や損傷を防止して正確な回転検出が可能である。
また、磁気エンコーダは、被検出面を傾斜面としたので、断面概形を三角形状にできて構造を強化することができる。磁気エンコーダの被検出面が傾斜面であるため、センサホルダと同じ軸方向位置に磁気エンコーダが配置される。そのため、磁気エンコーダの軸方向長さ分だけ、回転検出装置付き車輪用軸受装置の軸方向長さを短くでき、装置のコンパクト化が可能となる。
【0012】
この発明において、前記熱可塑性エラストマー磁気エンコーダは、前記熱可塑性エラストマー磁石が円周方向に磁極が並ぶ多極磁石であり、この多極磁石は磁性粉と熱可塑性樹脂とを含み、前記磁性粉含有熱可塑性樹脂の溶融粘度が30Pa・s以上1500Pa・s以下であっても良い。
熱可塑性エラストマー多極磁石の材料である磁性粉含有熱可塑性エラストマーは、溶融粘度が30Pa・sよりも小さいと、射出成形時においてバリが多量に発生し、適切に成形することが困難になる。また、熱可塑性エラストマーの溶融粘度が1500Pa・sよりも大きいと、熱可塑性エラストマーに磁性粉を混練することが困難となる。特に、磁性粉の割合を高くした場合に、混練不良が顕著となる。そこで、磁性粉含有熱可塑性エラストマーの溶融粘度を、30Pa・s以上で、1500Pa・s以下とすることにより、生産性の良好な熱可塑性エラストマー磁気エンコーダを得ることができる。また、熱可塑性エラストマー磁気エンコーダの生産性向上は、回転検出装置付き車輪用軸受装置の生産性向上にもつながる。
【0013】
この発明において、前記熱可塑性エラストマーは、エステル系、ウレタン系、塩ビ系、オレフィン系の群から選択される1つ以上の化合物を含むものであっても良い。
これらの熱可塑性エラストマーは、軸受に潤滑剤として使用されるグリースに高温浸漬された時でも非常に膨潤量が小さい(10%以下)ので、車輪用軸受装置に組み込まれる熱可塑性エラストマー磁気エンコーダの材料として特に有効である。
【0014】
この発明において、前記磁性粉がフェライト系磁性粉であっても良い。フェライト系磁性粉は酸化しにくいため、熱可塑性エラストマー磁気エンコーダの防食性を向上させることができる。
【0015】
この発明において、前記磁性粉が異方性フェライト系磁性粉であっても良い。
【0016】
この発明において、前記熱可塑性エラストマー磁気エンコーダの前記熱可塑性エラストマー磁石が射出成形品であっても良い。
【0017】
前記熱可塑性エラストマー磁石が射出成形品である場合、この熱可塑性エラストマー磁石は、射出成形において磁場成形したものであっても良い。すなわち、射出成形時に射出成形金型内で磁場成形したものであっても良い。このように磁場成形することにより、より磁束密度の大きな熱可塑性エラストマー磁気エンコーダを得ることができる。
【0018】
この発明において、熱可塑性エラストマー磁気エンコーダは、前記内方部材の外周面に圧入して固定される内周面および前記傾斜面とされる外周面を有する円環状の熱可塑性エラストマー磁石の単体であっても良い。
このようにスリンガを持たない熱可塑性エラストマー磁石の単体で熱可塑性エラストマー磁気エンコーダを構成すると、熱可塑性エラストマー磁気エンコーダの低コスト化が可能になる。
【0019】
この発明において、前記熱可塑性エラストマー製磁気エンコーダは、前記内方部材の外周面に圧入して固定される円筒部およびこの円筒部の一端部から立ち上がる立板部からなる断面L字状のスリンガと、このスリンガの前記円筒部および立板部にわたって一体成形され前記傾斜面とされる外周面を有する熱可塑性エラストマー磁石とでなるものであっても良い。
【0020】
この発明において、前記スリンガを有する前記熱可塑性エラストマー磁気エンコーダは、そのスリンガを配置した金型内に磁性粉含有熱可塑性エラストマーを射出して前記熱可塑性エラストマー磁石を一体成形したインサート成形品であっても良い。またスリンガと熱可塑性エラストマー磁石を別々に製作し、これらを接着して一体化した前記スリンガを有する熱可塑性エラストマー磁気エンコーダとしても良い。
この時の接着剤として、イソシアネート系、ウレタン系、エステル系、塩ビ系、ゴム系、シアノアクリレート系の接着剤を使用できる。特にウレタン系やシアノアクリレート系が好適である。
【0021】
この発明において、熱可塑性エラストマー磁気エンコーダの射出成形で、熱可塑性エラストマー磁石をインサート法で前記スリンガと一体成形する場合、前記スリンガ材料としては非磁性材料が好ましい。スリンガの材料として非磁性材料を用いることにより、磁性材料を用いた場合に比べて、熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ中の磁性粉の配硬度が向上するために磁力を強くすることができる。
また、またスリンガと熱可塑性エラストマー磁石を別々に製作し、これらを接着して一体化することにより、スリンガを有する熱可塑性エラストマー磁気エンコーダとする場合には、スリンガの材料として磁性材料を用いることにより、非磁性材料を用いた場合に比べて、磁力を強くすることができる。
【発明の効果】
【0022】
この発明の回転検出装置付き車輪用軸受装置は、前記内方部材の端部付近の外周面に嵌合して取付けられ外周面が内方部材の端部側に向くように軸方向に対して傾斜した傾斜面とされた磁気エンコーダと、外周に有する芯金で前記外方部材に嵌合状態に取付けられて磁気センサを内蔵しこの磁気センサが前記磁気エンコーダの傾斜面に対して隙間を介して平行に対峙する円環状のセンサホルダと、前記磁気エンコーダよりも軸受外側位置で前記センサホルダと前記内方部材との間の空間を密封する密封装置とを備え、前記磁気エンコーダを、被検出部となる磁石が熱可塑性エラストマー磁石である熱可塑性エラストマー磁気エンコーダとしたため、磁気エンコーダの摩耗・膨潤・損傷の防止、および構造強化が可能で、高低温環境化でも使用でき、かつ装置のコンパクト化が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
この発明の一実施形態を図1ないし図3と共に説明する。この実施形態の回転検出装置付き車輪用軸受装置は、第3世代型に分類される複列のアンギュラ玉軸受型であり、内輪回転タイプでかつ駆動輪支持用のものである。なお、この明細書において、車両に取付けた状態で車両の車幅方向の外側寄りとなる側をアウトボード側と呼び、車両の中央寄りとなる側をインボード側と呼ぶ。
【0024】
この回転検出装置付き車輪用軸受装置における車輪用軸受装置は、図1に断面図で示すように、内周に複列の転走面3を形成した外方部材1と、これら各転走面3に対向する転走面4を外周に形成した内方部材2と、これら外方部材1および内方部材2の転走面3,4間に介在した複列の転動体5とで構成される。転動体5はボールからなり、各列毎に保持器6で保持されている。上記転走面3,4は断面円弧状であり、各転走面3,4は接触角が背面合わせとなるように形成されている。外方部材1と内方部材2との間の軸受空間のアウトボード側端は密封装置7によって密封されている。
【0025】
外方部材1は固定側部材となるものであって、車体の懸架装置(図示せず)におけるナックル60に取付ける車体取付用のフランジ1aを外周に有し、全体が一体の部品とされている。フランジ1aには、周方向の複数箇所に車体取付用のボルト孔14が設けられ、インボード側からナックル60のボルト挿通孔60aに挿通したナックルボルト61を前記フランジ1aのボルト孔14に螺合することにより、フランジ1aがナックル60にボルト止めされる。
内方部材2は回転側部材となるものであって、車輪取付用のハブフランジ9aを有するハブ輪9と、このハブ輪9の軸部9bのインボード側端の外周に嵌合した内輪10とでなる。これらハブ輪9および内輪10に、前記各列の転走面4が形成されている。ハブ輪9のインボード側端の外周には段差を持って小径となる内輪嵌合面12が設けられ、この内輪嵌合面12に内輪10が嵌合している。ハブ輪9の中心には貫通孔11が設けられている。この貫通孔11に、等速ジョイント62の外輪63のステム部63aを挿通し、ステム部63aの基端周辺の段面と先端に螺合するナット64との間で内方部材2を挟み込むことで、車輪用軸受装置と等速ジョイント62とを連結している。ハブフランジ9aには、周方向複数箇所にハブボルト15の圧入孔16が設けられている。ハブ輪9のハブフランジ9aの根元部付近には、ブレーキロータとホイール(図示せず)を案内する円筒状のパイロット部13がアウトボード側に突出している。このパイロット部13の案内により、前記ハブフランジ9aにブレーキロータとホイールとを重ね、ハブボルト15で固定する。
【0026】
図2は、図1におけるA部の拡大断面図である。内方部材2の外周面のインボード側端には、熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21が嵌合して取付けられる。外方部材1のインボード側端には、前記熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21の磁束を検出する磁気センサ24を内蔵した円環状のセンサホルダ25が取付けられる。前記熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21と磁気センサ24とで、熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21と一体の内方部材2の回転、つまり車輪の回転を検出する回転検出装置20が構成される。
【0027】
熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21は、内方部材2の外周面(ここでは内輪10の外周面)に圧入して固定される内周面23a、および軸受内側が大径となるように軸方向に対して外向きに傾斜した外周面である傾斜面23bを有する円環状の熱可塑性エラストマー多極磁石23の単体とされる。前記傾斜面23bが被検出面となる。この熱可塑性エラストマー多極磁石23は、軸方向の外側端に、後述の密封装置8のシール板31の外径面に嵌合する密封装置嵌合突部23cを有している。
センサホルダ25は、その磁気センサ24が前記熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21(熱可塑性エラストマー多極磁石23)の傾斜面23bに対して所定隙間を介して平行に対峙するように、外方部材1に取付けられる。
【0028】
熱可塑性エラストマー多極磁石23は、図3に示すように、円周方向に交互に磁極N,Sが並ぶように多極に磁化された環状の部材であり、磁性粉と、バインダとしての熱可塑性エラストマーとを含む射出成形品とされる。前記磁極N,Sは、ピッチ円直径PCDにおいて、所定のピッチpとなるように形成されている。
前記熱可塑性エラストマーは、エステル系、ウレタン系、塩ビ系、オレフィン系の群から選択される1つ以上の化合物を含むものとされる。例えば、熱可塑性エラストマーとしてTPO(オレフィン系熱可塑性エラストマー)、TPV(塩ビ系熱可塑性エラストマー)、TPEE(ポリエステル系熱可塑性エラストマー)等が使用できる。
【0029】
熱可塑性エラストマー多極磁石23の材料である磁性粉含有熱可塑性エラストマーの溶融粘度は、30〜1500Pa・sの範囲が好ましい。この溶融粘度が30Pa・sよりも小さいと、射出成形時においてバリが多量に発生し、適切に成形することが困難になる。また、熱可塑性エラストマーの溶融粘度が1500Pa・sよりも大きいと、熱可塑性エラストマーに磁性粉を混練することが困難となる。特に、磁性粉の割合を高くした場合に、混練不良が顕著となる。そこで、この実施形態では、前記磁性粉含有熱可塑性エラストマーの溶融粘度を、30Pa・s以上で、1500Pa・s以下としている。これにより、生産性の良好な熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21を得ることができる。また、回転検出装置付き車輪用軸受装置の生産性向上にもつながる。
なお、この場合の熱可塑性エラストマーの溶融粘度は、キャピログラフ(東洋精機(株)製)で、径1mmφ,ランド長10mmのキャピラリーを用いて、剪断速度100(l/s)、熱可塑性エラストマーの融点+50℃の温度で測定した結果を示す。
【0030】
また、この場合の熱可塑性エラストマーとしては、軸受に潤滑剤として使用されるグリースに高温浸漬された時でも非常に膨潤量の小さいエステル系熱可塑性エラストマーであるハイトレル4767(東レ・デュポン(株)製)を採用し、220℃でフェライト粉(戸田工業(株)製FA700)を体積含有率で50vol%添加してニーダーで混練して作成した。
このような熱可塑性エラストマーは、耐油性が良く車輪用軸受装置に組み込まれる熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21の材料として特に有効である。
【0031】
熱可塑性エラストマー多極磁石23の材料である磁性粉としては、バリウム系やストロンチウム系のフェライト粉が用いられる。フェライト系磁性粉の場合、等方性のフェライト系磁性粉であっても異方性のフェライト系磁性粉であっても良い。このようなフェライト系磁性粉は酸化しにくいため、熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21の防食性を向上させることができる。また、フェライト系磁性粉のみでは磁力が不足する場合、サマリウム鉄系磁性粉やネオジウム鉄系磁性粉などの希土類系磁性粉をフェライト系磁性粉に混合して使用しても良い。
【0032】
熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21は、以下の工程で製造される。まず、2軸押出機や混練機などを用いて、磁性粉と溶融した熱可塑性エラストマーとを混練し、磁性粉を熱可塑性エラストマーに適当に分散させる。その後、多極磁石の形状となるように射出成形等を行い、所望の成形体を得る。このようにして得られた成形品を、着磁ヨークを用いて多極に着磁することで磁極を形成する。なお、前記射出成形時には、磁気エンコーダ着磁面に対し80000Oe以上の垂直磁場を印加しながら磁場成形して、含有する磁性粉を磁場配向させるのが好ましい。このように磁場成形することにより、より磁束密度の大きな熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21を得ることができる。
【0033】
円環状のセンサホルダ25は、環状の芯金26と、磁気センサ24を内蔵し前記芯金26に結合された樹脂製のセンサ保持体27とでなる。センサ保持体27は、その軸方向の軸受内側端から内周面に突出してセンサ埋め込み突部27aが設けられる。このセンサ埋め込み突部27aは、先端面と軸受内側面との間の角部が、磁気エンコーダ21の傾斜面23bに平行な傾斜面とされ、この傾斜面に沿って磁気センサ24が内蔵されている。センサ埋め込み突部27aは、円環状であっても、また円周方向の一部に局部的に設けられたものであっても良い。芯金26は、外方部材1の外周面に圧入して取付けられる外径円筒部26aと、この外径円筒部26aのインボード側端から内径側に延びる鍔部26bと、この鍔部26bの内径側端から軸方向に延びる内径円筒部26cとでなる。この芯金26は、耐食性を有するステンレス鋼板などをプレス加工して形成される。芯金26における内径円筒部26cの周方向複数箇所には穿孔28が形成され、この内径円筒部26cから鍔部26bにわたる部位に樹脂製のセンサ保持体27が一体モールド成形されている。前記芯金26の外径円筒部26aを外方部材1の外周面に圧入し、その鍔部26bを外方部材1のインボード側端面に密着させた状態で、センサホルダ25が外方部材1のインボード側端に固定される。
【0034】
センサホルダ25の内周と内方部材2の外周との間の空間は、前記熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21よりも軸受外側位置に設置される密封装置8によって密封される。この密封装置8は、内方部材2の外周面およびセンサホルダ25の内周面にそれぞれ装着された環状の第1および第2のシール板31,32を有する。
第1のシール板31は、内方部材2の外周面に圧入して取付けられる円筒部31aと、この円筒部31aのインボード側端から外径側に延びる立板部31bとでなる断面L字状に形成されている。この第1のシール板31は、オーステナイト系ステンレス鋼板、あるいは防錆処理された冷間圧延鋼板をプレス加工して形成される。
第2のシール板32は、センサホルダ25の内周面におけるインボード側に圧入して取付けられる円筒部32aと、この円筒部32aのアウトボード側端から内径側に延びる立板部32bとでなる断面逆L字状に形成される。この第2のシール板32は、その立板部32bが第1のシール板31の立板部31bよりもアウトボード側に位置して、第1のシール板31の立板部31bと軸方向に対面するように配置される。第2のシール板32には、サイドリップ33a、グリースリップ33b、および中間リップ33cを有するシール部材33が加硫接着されている。このシール部材33はゴム等の弾性部材からなる。前記サイドリップ33aは第1のシール板31の立板部31bに摺接し、グリースリップ33bおよび中間リップ33cは第1のシール板31の円筒部31aに摺接する。第1のシール板31の立板部31bの先端は、第2のシール板32の円筒部32aと僅かな径方向隙間を介して対向し、ラビリンスシールを構成する。この密封装置8により、外方部材1と内方部材2の間の軸受空間におけるインボード側端が密封される。
【0035】
上記構成の回転検出装置付き車輪用軸受装置によると、車輪の回転に伴って内方部材2と一体の熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21が回転する。このとき、この熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21(熱可塑性エラストマー多極磁石23)の着磁面である傾斜面23bと所定隙間を介して平行に対峙する磁気センサ24が、熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21の磁極N,Sの磁力の変化を読み取る。これにより、熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21と磁気センサ24とで構成される回転検出装置20は、車輪の回転を検出できる。
【0036】
また、この回転検出装置付き車輪用軸受装置では、内方部材2の外周面に嵌合して取付けられる熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21とで回転検出装置20を構成する磁気センサ24を内蔵したセンサホルダ25を、その磁気センサ24が熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21の傾斜面23bと平行に対峙するように外方部材1に取付け、熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21よりも軸受外側位置でセンサホルダ25と内方部材2との間の空間を密封する密封装置8を設けているので、外部からの異物などにより熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21が摩耗するのを防止できる。
【0037】
特に、磁気エンコーダとして熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21(熱可塑性エラストマー多極磁石23)を用いているので、ゴム磁気エンコーダと異なり、磁気エンコーダが潤滑剤であるグリースと接触して膨潤するのを防止できる。また高低温環境下での線膨張率差による磁気エンコーダ内部の応力も、プラスチック磁気エンコーダに比べて、熱可塑性エラストマーであれば小さくなり割れることはない。その結果、磁気エンコーダの摩耗・膨潤や損傷を防止して正確な回転検出が可能となる。
【0038】
また、この回転検出装置付き車輪用軸受装置では、熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21の断面概形を三角形状にできるので、熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21の構造を強化することができる。
【0039】
さらに、この実施形態では、センサホルダ25と同じ軸方向位置に熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21が配置されるので、熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21の軸方向長さ分だけ、回転検出装置付き車輪用軸受装置の軸方向長さを短くでき、装置のコンパクト化が可能となる。
【0040】
高分子物質を大別すると、次のように樹脂とエラストマーに2分される。
(1)樹脂
・熱硬化性樹脂:フェノール樹脂、尿素樹脂など
・熱可塑性樹脂:PP(ポリプロピレン)、ABS樹脂(アクリロニトリルブタジ エンスチレン樹脂)、PPS(ポリフェニレンスルファイド)など
(2)エラストマー
・合成ゴム、天然ゴム:NBR(ニトリルゴム)、CR(クロロプレンゴム)、V MQ(シリコンゴム)など
・熱可塑性エラストマー:TPO(オレフィン系)、TPVC(塩ビ系)、TPEE (エステル系)、など
次に、磁気エンコーダの材料として熱可塑性エラストマーが優位であることを示すために、その物性等について他の材料(プラスチック、エラストマー)と比較したデータについて以下に説明する。
プラスチック(熱可塑性樹脂 または 熱硬化性樹脂)……………硬度が高く、弾性変形量が小さい(数%以内)。
熱可塑性エラストマー…常温ではゴム弾性体としての挙動をとるが、温度上昇によって 溶融する高分子材料であり、ゴムの性質とプラスチックの性質 を併せ持つ(弾性変形量十%程度)。このため、柔軟性を持ち 、そこそこ伸びがあって割れにくい。
エラストマー……………柔軟(低硬度)な弾性体であり、弾性変形量が大きい(数百% 程度)。常温で非常に大きな弾性を持つ高分子物質(天然ゴム 、合成ゴムなど)の総称であり、伸びがある。
図4は、プラスチックとして熱可塑性樹脂、ポリウレタン(熱可塑性エラストマー)、ポリエステル(熱可塑性エラストマー)、およびエラストマー(ゴム)の4つの材料について、応力−ひずみ挙動を比較して示したグラフである。同グラフから、次のことが分かる。
プラスチック:ゴムに比べて硬く、変形時の応力が大きく、弾性変形量が小さい。このため破損しやすい。
ゴム:弾性変形量が大きく、十分に延びる。弾性率(ヤング率)が小さい。
熱硬化性エラストマー:プラスチックの強度とゴムの柔軟性を兼ね備えている。図4中に示すひずみ量Wの範囲内で使用する限りでは、弾性体としての挙動を示す。
このように、熱可塑性エラストマーの場合、弾性域がプラスチックよりも広いので、より衝撃に対して耐性があり割れにくい。
【0041】
図5は、この発明の他の実施形態を示す。この実施形態は、図1〜図3の実施形態の回転検出装置付き車輪用軸受装置において、熱可塑性エラストマー多極磁石23の単体からなる熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21を、円環状のスリンガ22と熱可塑性エラストマー多極磁石23の複合体からなる熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21Aに置き換えたものである。この場合の熱可塑性エラストマーとしては、エステル系熱可塑性エラストマーであるハイトレル4767(東レ・デュポン(株)製)を採用し、220℃でフェライト粉(戸田工業・製FA700)を体積含有率で50vol%添加してニーダーで混練して作成した。
この材料で成形した熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21Aを軸受に組込み低温側−35℃および高温側110℃のヒートサイクル(各温度で1時間保持)試験で800サイクル後での割れの有無を調べたところ、割れは生じず、良好な高低温特性を示した。このことから十分に高低温環境下でも使用できることが分かる。
【0042】
スリンガ22は、内方部材2の外周面(ここでは内輪10の外周面)に圧入して固定される円筒部22aおよびこの円筒部22aの軸受内側の端部から外径側に立ち上がる立板部22bからなる円環状で断面L字状の芯金である。熱可塑性エラストマー多極磁石23は、前記スリンガ22と別体に成形され、その後、1液性シアノアクリレート系接着剤(東亞合成・アロンα201)でスリンガ22に接着して一体化することで、熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21Aが構成される。熱可塑性エラストマー多極磁石23の外周面が斜面部23bとされていることは、先の実施形態の場合と同様である。スリンガ22は磁性体(SUS430)の鋼板からなる。このように、スリンガ22の材料として磁性材料を用いることにより、非磁性材料を用いた場合に比べて、熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21Aの磁力を強くすることができる。
【0043】
この実施形態における熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21Aは、以下の工程によるインサート成形により製造することもできる。まず、2軸押出機や混練機などを用いて、磁性粉と溶融した熱可塑性エラストマーとを混練し、磁性粉を熱可塑性エラストマーに適当に分散させる。その後、前記スリンガ22を配置した金型内に磁性粉含有熱可塑性エラストマーを射出して、熱可塑性エラストマー多極磁石23をスリンガ22と一体成形し、所望の熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21Aを得る。このようにして得られた熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ21Aのインサート成形品を、着磁ヨークを用いて多極に着磁することで、前記熱可塑性エラストマー多極磁石23の磁極を形成する。なお、この場合にも、前記射出成形時には、着磁面である前記傾斜面23bに対し80000Oe以上の垂直磁場を印加しながら磁場形成して、含有する磁性粉を磁場配向させるのが好ましい。その他の構成は、図1〜図3に示す実施形態の場合と同様であり、ここではその説明を省略する。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】この発明の一実施形態にかかる回転検出装置付き車輪用軸受装置の断面図である。
【図2】図1におけるA部の拡大断面図である。
【図3】熱可塑性エラストマー磁気エンコーダを正面から見た磁極の説明図である。
【図4】エラストマーの応力−ひずみ挙動をプラスチックなどの他の材料と比較して示したグラフである。
【図5】この発明の他の実施形態にかかる回転検出装置付き車輪用軸受装置の部分拡大断面図である。
【符号の説明】
【0045】
1…外方部材
2…内方部材
3,4…転走面
5…転動体
8…密封装置
20…回転検出装置
21,21A…熱可塑性エラストマー磁気エンコーダ
22…スリンガ
22a…円筒部
22b…立板部
23…熱可塑性エラストマー多極磁石
23a…内周面
23b…傾斜面
24…磁気センサ
25…センサホルダ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周に複列の転走面が形成され固定側部材となる外方部材と、前記各転走面に対向する転走面が外周に形成され回転側部材となる内方部材と、これら対向する転走面間に介在した複列の転動体とを備え、車体に対して車輪を回転自在に支持する車輪用軸受装置において、
前記内方部材の端部付近の外周面に嵌合して取付けられ外周面が内方部材の端部側に向くように軸方向に対して傾斜した傾斜面とされた磁気エンコーダと、外周に有する芯金で前記外方部材に嵌合状態に取付けられて磁気センサを内蔵しこの磁気センサが前記磁気エンコーダの傾斜面に対して隙間を介して平行に対峙する円環状のセンサホルダと、前記磁気エンコーダよりも軸受外側位置で前記センサホルダと前記内方部材との間の空間を密封する密封装置とを備え、前記磁気エンコーダを、被検出部となる磁石が、熱可塑性エラストマーに磁性粉を混入させた熱可塑性エラストマー磁石である熱可塑性エラストマー磁気エンコーダとしたことを特徴とする回転検出装置付き車輪用軸受装置。
【請求項2】
請求項1において、前記熱可塑性エラストマー磁気エンコーダは、前記熱可塑性エラストマー磁石が円周方向に磁極が並ぶ多極磁石であり、この多極磁石は磁性粉と熱可塑性樹脂とを含み、前記磁性粉含有熱可塑性エラストマーの溶融粘度が30Pa・s以上1500Pa・s以下である回転検出装置付き車輪用軸受装置。
【請求項3】
請求項2において前記熱可塑性エラストマーは、エステル系、ウレタン系、塩ビ系、オレフィン系の群から選択される1つ以上の化合物を含む回転検出装置付き車輪用軸受装置。
【請求項4】
請求項2または請求項3において、前記磁性粉がフェライト系磁性粉である回転検出装置付き車輪用軸受装置。
【請求項5】
請求項4において、前記磁性粉が異方性フェライト系磁性粉である回転検出装置付き車輪用軸受装置。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のいずれか1項において、前記熱可塑性エラストマー磁気エンコーダの前記熱可塑性エラストマー磁石が射出成形品である回転検出装置付き車輪用軸受装置。
【請求項7】
請求項6において、前記熱可塑性エラストマー磁気エンコーダの前記熱可塑性エラストマー磁石は、射出成形において磁場成形したものである回転検出装置付き車輪用軸受装置。
【請求項8】
請求項1ないし請求項7のいずれか1項において、前記熱可塑性エラストマー磁気エンコーダは、前記内方部材の外周面に圧入して固定される内周面および前記傾斜面とされる外周面を有する円環状の熱可塑性エラストマー磁石の単体である回転検出装置付き車輪用軸受装置。
【請求項9】
請求項1ないし請求項7のいずれか1項において、前記熱可塑性エラストマー磁気エンコーダは、前記内方部材の外周面に圧入して固定される円筒部およびこの円筒部の一端部から立ち上がる立板部からなる断面L字状の円環状のスリンガと、このスリンガの前記円筒部および立板部にわたって一体成形され前記傾斜面とされる外周面を有する熱可塑性エラストマー磁石とでなる回転検出装置付き車輪用軸受装置。
【請求項10】
請求項9において、前記熱可塑性エラストマー磁気エンコーダは、前記スリンガを配置した金型内に磁性粉含有熱可塑性エラストマーを射出して前記熱可塑性エラストマー磁石を一体成形したインサート成形品である回転検出装置付き車輪用軸受装置。
【請求項11】
請求項9または請求項10において、前記スリンガが非磁性材料からなる回転検出装置付き車輪用軸受装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−32303(P2010−32303A)
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−193474(P2008−193474)
【出願日】平成20年7月28日(2008.7.28)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】