説明

圧電アクチュエータとその再生方法および液体吐出装置

【課題】 共に圧電セラミック層によって形成された圧電素子と振動板とを備え、しかも、再生処理を行うことで、その全体を初期状態に復帰させることができるため、常に良好な圧電変形特性を維持することができる圧電アクチュエータと、この圧電アクチュエータを再生するための再生方法と、この再生方法によって圧電アクチュエータを再生させる機能を備えた液体吐出装置とを提供する。
【解決手段】 圧電アクチュエータ2は、振動板としての圧電セラミック層22を一対の電極層21、23で挟んだ。再生方法は、電極層21、23を介して、圧電セラミック層22に電界を印加する。液体吐出装置は、圧電アクチュエータ2を含む圧電インクジェットヘッドと、駆動電源3と、駆動電源3によって、圧電セラミック層22に電界を印加する機能を有する制御手段4とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電素子の変形によって撓み変形する圧電アクチュエータと、その再生方法と、上記再生方法によって圧電アクチュエータを再生する機能を備えた液体吐出装置とに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、インクジェットプリンタやインクジェットプロッタ等の、インクジェット記録方式を利用した記録装置が、コンシューマ向けの小型プリンタ等だけでなく、例えば、電子回路の形成や液晶ディスプレイ用のカラーフィルタの製造、有機ELディスプレイの製造といった工業用途にも、広く利用されている。
インクジェット記録方式の記録装置においては、インクジェットヘッドを主走査方向に移動させると共に、記録紙や基板等を、上記主走査方向と交差する副走査方向に移動させながら、記録情報に応じてインクジェットヘッドを駆動させて、当該インクジェットヘッドのノズルの開口から断続的にインク滴を吐出させることにより記録が行われる。例えば、小型プリンタの場合は、記録紙等の表面に文字や画像が記録され、工業用の記録装置の場合は、基板等の表面に電子回路、液晶ディスプレイのカラーフィルタ、有機ELディスプレイの発光セル等が形成される。
【0003】
ノズルの開口からインク滴を吐出させるためには、当該ノズルと連通する、内部にインクが充填される加圧室の容積を所定のタイミングで増減させることで、ノズル内に形成されるインクの液面のメニスカス(ノズルにおいて露出したインクの自由表面)を振動させてインク滴を発生させると共に、インク滴発生時のインクの運動エネルギーによって、ノズルの開口から吐出させることが行われる。
【0004】
また、加圧室の容積を増減させる手段としては、圧電セラミック層からなる圧電素子と、振動板とを含み、圧電素子が変形して振動板が撓むことによって加圧室の容積を増減させる圧電アクチュエータや、加圧室内のインクを加熱して気化させることにより、加圧室内に気泡を発生させて、その容積を減少させるヒータ等が一般的に用いられる。しかし、工業用途では、水性のインクだけでなく、有機溶媒を用いたインクも使用されることから、上記手段としては、噴射できるインクの種類に制限が少なく、しかも、耐久性にも優れた圧電アクチュエータの活用が注目されている。
【0005】
圧電アクチュエータを用いたインクジェットヘッドにおいては、圧電素子の変位性能を向上して、インクの吐出特性を向上させるために、圧電素子を分極処理するのが一般的である。ところが、圧電素子の分極は、時間の経過と共に次第に失われて行き、変位性能も徐々に低下する傾向にある。
そこで、経年使用後においても、インクを所望の吐出特性でもって吐出させるべく、圧電素子の変位性能を維持するために、当該圧電素子を、インクジェットヘッドの使用時の任意の時点において、環境温度以上で、かつキュリー温度未満に加熱しながら、インク滴を吐出する際に印加する駆動電圧波形と同極性の電圧を印加することで、再分極させる方法が提案されている(特許文献1参照)。
【0006】
しかし、圧電素子を、例えば、電荷制御や注入エネルギー制御等の制御を行って駆動させる場合には、印加した電界の方向と逆方向に内部分極が形成されるため、分域に有効に作用する電界が低下する。また、低電界の領域(電界が0または弱い逆電界)でも、必要以上の逆電界が分域に作用する。そのため、単に駆動電圧波形と同極性の電圧を印加しただけでは、圧電素子の変位に及ぼす90°分域反転の寄与が大きくなり、また、場合によっては変位に無関係な180°分域反転も発生することから、1サイクル中の損失エネルギーが増加してしまい、十分な変位性能の回復が期待できないという問題がある。
【0007】
圧電素子に、その使用時の任意の時点において、駆動電圧波形と逆極性で、かつ、その電圧値の絶対値が圧電素子の抗電界の電圧値以上である電圧を印加して、内部分極を解消することによって、圧電素子の変位性能を回復する再生方法が提案されている(特許文献2参照)。
この再生方法によれば、上記のように、その使用時の任意の時点において、圧電素子の内部分極を解消できることから、その後、引き続いて、例えば圧電素子を駆動させるべく、駆動電圧波形を印加した際等に、内部分極を解消せずに再生処理する場合に比べて、より効率よく圧電素子を再分極させて、その変位性能を十分に回復させることが可能である。
【0008】
ただし、インクジェットヘッド上に配列される複数の圧電素子においては、その駆動履歴の違いによって、上記の処理を行った際の、内部分極の解消状態にばらつきが生じるおそれがある。そこで、これら複数の圧電素子に、まず、駆動電圧波形と同極性の電圧を印加した後、引き続いて、駆動電圧波形と逆極性で、かつ、その電圧値の絶対値が圧電素子の抗電界の電圧値以上である電圧を印加して、内部分極を解消することも提案されている(例えば、特許文献3参照)。
【特許文献1】特開平9−141866号公報(請求項1、第0006欄〜第0007欄、第0028欄、図5)
【特許文献2】特開平6−342946号公報(請求項1、第0006欄〜第0007欄、第0009欄〜第0010欄、第0015欄〜第0021欄)
【特許文献3】特開2002−355967号公報(請求項1、請求項2、第0007欄〜第0011欄、第0036欄〜第0041欄)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
圧電アクチュエータの振動板としては、金属板が用いられる他、圧電素子と同様の圧電セラミック層を振動板として用いた圧電アクチュエータも広く用いられる。かかる圧電アクチュエータは、圧電素子と振動板とがほぼ同じ圧電セラミック層によって形成され、両層の熱膨張係数等が近似していることから、寸法安定性、耐熱性等に優れている。
しかし、圧電アクチュエータにおいては、前記のように、圧電素子の変形に伴って、振動板も繰り返し変形されることから、振動板として圧電セラミック層を用いた圧電アクチュエータの使用を繰り返すと、振動板としての圧電セラミック層に、徐々に歪みが蓄積する。そして、それに伴って、当該振動板と固定された圧電素子に応力が作用する結果、圧電素子に内部分極が発生して、圧電アクチュエータの圧電変形特性が低下するという問題がある。
【0010】
先に説明した各方法によれば、圧電素子自体が原因で発生する内部分極を解消することはできるが、振動板としての圧電セラミック層に歪みが蓄積することに伴って発生する、圧電素子の内部分極を解消することはできない。そのため、前記各方法によって圧電素子を再生しても、圧電アクチュエータの全体を、完全に初期状態に復帰させることはできない。そして、振動板としての圧電セラミック層に歪みが蓄積するのにしたがって、上記のように、圧電アクチュエータの圧電変形特性が徐々に低下してしまう。
【0011】
本発明の目的は、共に圧電セラミック層によって形成された圧電素子と振動板とを備え、しかも、再生処理を行うことで、その全体を初期状態に復帰させることができるため、常に良好な圧電変形特性を維持することができる圧電アクチュエータと、この圧電アクチュエータを再生するための再生方法と、この再生方法によって圧電アクチュエータを再生させる機能を備えた液体吐出装置とを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1記載の発明は、圧電セラミック層からなる圧電素子と、この圧電素子に電界を印加して変形させるための電極層と、圧電セラミック層からなる振動板とを含む圧電アクチュエータであって、振動板としての圧電セラミック層の少なくとも一部を挟む、一対の電極層を備えることを特徴とする圧電アクチュエータである。
請求項2記載の発明は、振動板としての圧電セラミック層を挟む一対の電極層のうち、圧電素子側の電極層を、圧電素子に電界を印加する電極層と兼用させる請求項1記載の圧電アクチュエータである。
【0013】
請求項3記載の発明は、振動板としての圧電セラミック層の、圧電素子側と反対面の、電極層の外側に、圧電セラミック層を有する請求項1記載の圧電アクチュエータである。
請求項4記載の発明は、あらかじめ、所定の方向に分極させた圧電セラミック層を振動板として用いて形成される請求項1記載の圧電アクチュエータである。
請求項5記載の発明は、請求項1〜4のいずれかに記載の圧電アクチュエータを再生する方法であって、振動板としての圧電セラミック層に、当該圧電セラミック層を挟む一対の電極層を介して、その抗電界強度以上の電界を印加することを特徴とする圧電アクチュエータの再生方法である。
【0014】
請求項6記載の発明は、あらかじめ、所定の方向に分極させた、振動板としての圧電セラミック層に、当該圧電セラミック層を逆方向に分極させる電界を印加する請求項5記載の圧電アクチュエータの再生方法である。
請求項7記載の発明は、印加する電界の極性を複数回、逆転させる請求項5記載の圧電アクチュエータの再生方法である。
【0015】
請求項8記載の発明は、あらかじめ、所定の方向に分極させた圧電素子に、その抗電界強度以上で、かつ圧電素子を逆方向に分極させる電界を印加する請求項5記載の圧電アクチュエータの再生方法である。
請求項9記載の発明は、圧電素子に、その抗電界強度以上で、かつ極性が複数回、逆転する電界を印加する請求項5記載の圧電アクチュエータの再生方法である。
【0016】
請求項10記載の発明は、
(1) 液体が充てんされる加圧室と、
(2) 加圧室に連通するノズルと、
(3) 圧電セラミック層からなる圧電素子と、この圧電素子に電界を印加して変形させるための電極層と、圧電セラミック層からなる振動板と、この圧電セラミック層の少なくとも一部を挟む、一対の電極層とを備え、圧電素子に電界を印加して変形させることで、その全体が撓み変形する圧電アクチュエータと、
を有し、圧電アクチュエータの撓み変形によって加圧室の容積を増減させることで、加圧室内の液体を、ノズルを通して液滴として吐出させる液体吐出装置であって、
両圧電セラミック層に、それぞれの電極層を介して電界を印加するための電源と、この電源を制御するための制御手段とを備え、
制御手段は、請求項5〜9のいずれかに記載の再生方法を実施して圧電アクチュエータを再生させるべく、電源を制御する再生機能を有することを特徴とする液体吐出装置である。
【0017】
請求項11記載の発明は、制御手段は、圧電アクチュエータの撓み変形による液滴の吐出時に、振動板としての圧電セラミック層を挟む一対の電極層を同電位に維持するべく、電源を制御する機能を有する請求項10記載の液体吐出装置である。
請求項12記載の発明は、インクジェット記録方式の記録装置に組み込まれる圧電インクジェットヘッドであり、制御手段は、記録装置の電源投入直後、ノズルクリーニング時、記録紙の排紙時、および記録開始直前に、圧電アクチュエータの再生処理を行う請求項10記載の液体吐出装置である。
【発明の効果】
【0018】
請求項1記載の発明においては、振動板としての圧電セラミック層の少なくとも一部を挟む、一対の電極層を介して、当該圧電セラミック層に電界を印加することで、この圧電セラミック層自体の歪みを解消することができる。
例えば、圧電素子が、その厚み方向に電界を印加した際に面方向に収縮する横振動モードの圧電セラミック層からなると共に、この圧電素子と積層される、振動板としての圧電セラミック層が、圧電素子とほぼ同じ厚みを有するとき、圧電アクチュエータは、圧電素子と、振動板としての圧電セラミック層との積層界面を、撓み曲線の中立面として撓み変形する。つまり、圧電素子を面方向に収縮させて、圧電アクチュエータを撓み変形させると、振動板としての圧電セラミック層は、面方向に伸長されることになる。そのため、圧電アクチュエータの撓み変形を繰り返すと、振動板としての圧電セラミック層には、引張方向の塑性歪みが徐々に蓄積すると共に、結晶内のドメインの回転によって、上記塑性歪みが固定されることになる。
【0019】
これに対し、上記のように、一対の電極層を介して、圧電セラミック層に電界を印加してやると、結晶内のドメインの配列を修正して、引張方向の塑性歪みの固定を打ち消すと共に、圧電セラミック層を収縮させて、塑性歪みを解消することができる。そのため、上記の操作と、先に説明した各種の方法による、圧電素子の再生操作とを適宜、組み合わせて行うことによって、圧電アクチュエータの全体を、初期状態に復帰させることができる。したがって、請求項1記載の発明によれば、共に圧電セラミック層によって形成された圧電素子と振動板とを備えた圧電アクチュエータの圧電変形特性を、常に良好な状態に維持することが可能となる。
【0020】
請求項2記載の発明によれば、振動板としての圧電セラミック層を挟む一対の電極層のうち、圧電素子側の電極層を、圧電素子に電界を印加する電極層と兼用させることによって、圧電アクチュエータの全体の層構成を簡略化することができる。
請求項3記載の発明によれば、振動板としての圧電セラミック層の、圧電素子側と反対面の、電極層の外側に圧電セラミック層を設けて、当該電極層が、インク等の液体と接触しないように保護することができる。そのため、上記電極層の耐食性を向上して、圧電アクチュエータの耐久性を向上することができる。
【0021】
請求項4記載の発明によれば、あらかじめ、所定の方向に分極させた圧電セラミック層を振動板として用いることによって、圧電アクチュエータの圧電変形特性を常に一定に維持することができる。すなわち、あらかじめ、所定の方向に分極させていない圧電セラミック層を振動板として用いて圧電アクチュエータを製造した場合には、その再生時に、圧電セラミック層が分極して、圧電素子に作用する応力が初期状態から変動し、それに伴って圧電アクチュエータの圧電変形特性が変化するおそれがある。これに対し、あらかじめ、所定の方向に分極させた圧電セラミック層を振動板として用いて圧電アクチュエータを製造すれば、再生時に、圧電素子に作用する応力が変動するのを防止して、圧電アクチュエータの圧電変形特性を常に一定に維持することができる。また、あらかじめ、所定の方向に分極させた圧電セラミック層を振動板として用いることによって、当該圧電セラミック層の初期状態の分極方向を特定して、再生処理の際に、圧電セラミック層に印加する電界の極性の設定を容易に行うこともできる。
【0022】
請求項5記載の発明によれば、振動板としての圧電セラミック層に、一対の電極層を介して、当該圧電セラミック層を形成する圧電セラミックの、抗電界強度以上の電界を印加している。かかる電界を印加すると、前記のように、結晶内のドメインの配列を修正して、引張方向の塑性歪みの固定を打ち消すと共に、圧電セラミック層を収縮させて、塑性歪みを解消することができるだけでなく、圧電セラミック層の内部分極を解消することもできる。
【0023】
請求項6記載の発明によれば、上記の、抗電界強度以上の電界を、あらかじめ、所定の方向に分極させた、振動板としての圧電セラミック層に対して、それと逆方向の分極を生じさせるように、その極性を設定して印加している。そのため、圧電セラミック層の歪みを、より一層、確実に、しかも効率よく、除去することができる。
前記のように、圧電セラミック層からなる横振動モードの圧電素子と、振動板としての圧電セラミック層とを組み合わせた圧電アクチュエータにおいては、圧電素子と、振動板としての圧電セラミック層との積層界面を、撓み曲線の中立面として撓み変形するように、両層の厚みを設定するのが一般的である。しかし、両層の厚みの比率によっては、振動板としての圧電セラミック層の、厚み方向の途中に、撓み曲線の中立面が位置し、圧電アクチュエータの撓み変形によって、振動板としてのセラミック層のうち、上記中立面より圧電素子側の領域が、圧電素子の面方向の収縮に伴って、面方向に圧縮応力を受ける場合が生じる。そして、この場合には、圧電素子と、振動板としてのセラミック層との界面に介在する電極層に、クリープによる塑性歪みが生じたり、圧電セラミック層のうち、上記領域内の部分に、通常とは逆の、圧縮方向の塑性歪みが徐々に蓄積したり、結晶内のドメインの回転によって、上記塑性歪みが固定されたりするという問題を生じる。
【0024】
これに対し、一対の電極層を介して、圧電セラミック層に、その分極方向と逆方向に分極させる電界を印加すると、当該圧電セラミック層を、一旦、伸長させた後、収縮させることができる。そのため、電極層の、クリープによる塑性歪みを解消したり、圧電セラミック層のうち、撓み曲線の中立面より圧電素子側の領域の、結晶内のドメインの配列を修正して、圧縮方向の塑性歪みの固定を打ち消すと共に、塑性歪みを解消したりすることができる。そして、その後の収縮によって、圧電セラミック層のうち、撓み曲線の中立面より外側の領域の、結晶内のドメインの配列を修正して、引っ張り方向の塑性比済みの固定を打ち消すと共に、塑性歪みを解消することができる上、圧電セラミック層の内部分極を解消することもできる。つまり、請求項6記載の発明によれば、圧電セラミック層や電極層の歪みを、確実に除去することができると共に、圧電セラミック層については、その層内における領域の違いによる、塑性歪みの方向性の違いに関係なく、全領域の塑性歪みを解消することが可能となる。
【0025】
請求項7記載の発明によれば、印加する電界の極性を複数回、逆転させることで、振動板としての圧電セラミック層の分極方向を複数回、反転させて、1回の分極処理では十分に除去しきれない、圧電セラミック層や電極層の歪みを、確実に除去することができると共に、結晶のドメインの配列を、できる限り初期状態に近い状態まで回復させることができる。また、先に説明した、圧電セラミック層内における領域の違いによる、塑性歪みの方向性の違いに関係なく、圧電セラミック層の全領域の塑性歪みを解消することもできる。
【0026】
請求項8記載の発明によれば、あらかじめ、所定の方向に分極させた圧電素子に、当該圧電素子を形成する圧電セラミックの抗電界強度以上で、かつ圧電素子を逆方向に分極させる電界を印加することによって、その内部分極を効率よく解消することができる。そのため、その後、圧電アクチュエータを撓み変形させるために駆動電圧波形を印加した際等に、圧電素子を、より効率よく再分極させることができる。
【0027】
請求項9記載の発明によれば、印加する電界の極性を複数回、逆転させることで、圧電素子の分極方向を複数回、反転させて、1回の分極処理では十分に除去しきれない、圧電素子の内部分極を、確実に除去することができる。そのため、その後、圧電アクチュエータを撓み変形させるために駆動電圧波形を印加した際等に、圧電素子を、より効率よく再分極させることができる。
【0028】
請求項10記載の発明によれば、インクジェットヘッドなどの液体吐出装置に組み込まれた圧電アクチュエータを、上記の再生方法によって、効率よく再生することができる。
請求項11記載の発明によれば、液滴を吐出させるために圧電アクチュエータを撓み変形させる際に、振動板としての圧電セラミック層を挟む一対の電極層を同電位に維持して、両電極層間に電位差が生じることで圧電セラミック層が変形するのを防止している。そのため、圧電セラミック層の変形により、圧電素子の変形が妨げられるのを防止して、圧電アクチュエータの圧電変形特性を、良好な状態に維持することができる。
【0029】
液体吐出装置が、インクジェット記録方式の記録装置に組み込まれる圧電インクジェットヘッドである場合に、請求項12に記載したように、上述した圧電アクチュエータの再生処理を、記録装置の電源投入直後、ノズルクリーニング時、記録紙の排紙時、および記録開始直前等の、記録を行うにあたって必要とされる待機時間中に行うようにすると、圧電インクジェットヘッドの稼働率を低下させることなしに、圧電素子の変位性能を常に良好な状態に維持することができる。そのため、例えば工業用途の記録装置においては、電子回路や、液晶ディスプレイのカラーフィルタ、有機ELディスプレイの発光セル等を、生産性を低下させることなく、所望の形状に、精度良く形成し続けることができる。また、コンシューマ向けの小型プリンタ等においては、上記の、通常の待機時間以外は待機時間を増加させて駆動速度を低下させることなく、文字や画像などを記録し続けることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下に、本発明を、インクジェットプリンタやインクジェットプロッタ等の記録装置に組み込まれるインクジェットヘッドに適用した場合を例に挙げて説明する。
〈インクジェットヘッド〉
図1は、この例のインクジェットヘッドの一部を拡大した断面図である。図1を参照して、この例のインクジェットヘッドは、図においてその上面側に、インクを充てんするための加圧室11が面方向に複数個、所定のドットピッチで配列された、流路部材としての基板1と、この基板1の上面に、加圧室11を閉じるように積層された圧電アクチュエータ2と、圧電アクチュエータ2を撓み変形させるための駆動回路3と、駆動回路3を制御して圧電アクチュエータ2を撓み変形させるための制御手段4とを備えている。
【0031】
また、圧電アクチュエータ2は、基板1上に、この順に積層された、いずれも複数個の加圧室11を覆う大きさを有する、第1共通電極層21と、平板状の圧電セラミック層22(振動板)と、第2共通電極層23と、平板状の圧電セラミック層24と、そして、それぞれの加圧室11に対応して分離形成した複数個の個別電極層25とを備えている。
このうち、第1共通電極層21と、第2共通電極層23は、圧電アクチュエータ2の再生時に、振動板としての圧電セラミック層22に電界を印加して処理するための、一対の電極層として機能する。また、上記第2共通電極層23と、個別電極層25とは、記録時に、圧電素子としての圧電セラミック層24に、駆動のための電界を印加して変形させることで、圧電アクチュエータ2を撓み変形させると共に、圧電アクチュエータ2の再生時に、圧電セラミックそう24に、再生のための電界を印加して処理するための電極層として機能する。つまり、第2共通電極層23は、圧電セラミック層22に再生のための電界を印加する電極層と、圧電セラミック層24に、駆動および再生のための電界を印加する電極層とを兼ねており、これにより、圧電アクチュエータ2の層構成を簡略化することができる。
【0032】
各加圧室11には、それぞれ、基板1の、圧電アクチュエータ2を積層した側と反対側である、図において下側の面1aに達する、インク滴吐出のためのノズル12が連通されている。また図示していないが、各加圧室11には、それぞれ、インクジェットプリンタのインク補給部からインクを供給するための共通供給路が、供給口を介して連通されている。
【0033】
そして、インク補給部から、共通供給路と供給口とを介してインクを各加圧室11に充てんした状態で、第2共通電極層23と、複数個の個別電極層25のうち、インク滴を吐出させるノズル12に対応した個別電極層25との間に、駆動回路3から、所定のパルス波形を有する駆動電圧を印加すると、それに応じて、圧電セラミック層24のうち、駆動電圧を印加した領域が変形することで、圧電アクチュエータ2の同領域が撓み変形して、加圧室11の容積が所定のタイミングで増減される。そして、それに伴って、ノズル12内に形成されるインクの液面のメニスカスが振動して、ノズル12から、インク滴が吐出されて記録が行われる。
【0034】
上記のうち基板1は、金属製の板材や、セラミック製の板材等を用いて形成される。例えば金属製の基板1は、圧延法等によって所定の厚みに形成された板材をエッチング加工して、加圧室11とノズル12とを形成することによって作製される。かかる基板1を形成する金属材料としては、例えば、Fe−Cr系合金、Fe−Ni系合金、WC−TiC計合金等が挙げられ、中でもインクに対する耐食性と、加工性とを考慮すると、Fe−Ni系合金が好ましい。
【0035】
圧電アクチュエータ2のうち、圧電セラミック層22、24は、例えば、圧電体のグリーンシートを焼成したり、圧電材料の焼結体を薄板状に研磨したりして形成される。圧電セラミック層22、24を構成する圧電セラミックとしては、例えば、ジルコン酸チタン酸鉛(PZT)や、当該PZTにランタン、バリウム、ニオブ、亜鉛、ニッケル、マンガンなどの酸化物の1種または2種以上を添加したもの、例えばPLZTなどの、PZT系の圧電材料を挙げることができる。また、マグネシウムニオブ酸鉛(PMN)、ニッケルニオブ酸鉛(PNN)、亜鉛ニオブ酸鉛、マンガンニオブ酸鉛、アンチモンスズ酸鉛、チタン酸鉛、チタン酸バリウムなどを主要成分とするものを挙げることもできる。圧電体のグリーンシートは、焼成によって上記いずれかの圧電材料となる化合物を含んでいる。
【0036】
また、圧電セラミック層22と、第2共通電極層23と、圧電セラミック層24とは、圧電セラミック層22、24のもとになる圧電体のグリーンシートと、第2共通電極層23のもとになる導電ペーストの層との積層体を、同時に焼結して形成されるのが好ましい。これにより、圧電セラミック層22、24の反り変形を矯正することができる。
第2共通電極層23を形成する金属としては、例えば、Ag、Pd、Pt、Rh、Au、Ni等の金属単体、もしくはこれらの金属を含む合金が挙げられ、特にAg−Pd系合金が好ましい。第2共通電極層23は、上で説明したように、上記金属や合金の粉末を含む導電性のペーストを、圧電セラミック層22、24のもとになる圧電体のグリーンシートと同時に焼結して形成されるのが好ましく、その厚みは、十分な導電性を確保しつつ、圧電アクチュエータ2の変形を妨げない範囲として0.5〜8μmであるのが好ましく、1〜3μmであるのがさらに好ましい。
【0037】
第1共通電極層21および個別電極層25を形成する金属としては、上記と同様の金属または合金が挙げられ、特に電気抵抗および耐食性等を考慮するとAuが好ましい。第1共通電極層21、個別電極層25の厚みは、それぞれ、0.5〜5μmであるのが好ましく、0.5〜2μmであるのがさらに好ましい。このうち、第1共通電極層21は、例えば、上記Au等の導電性に優れた金属の粉末を含む導電性のペーストを、圧電セラミック層22の表面に、スクリーン印刷法等の印刷法によって印刷したり、塗布法によって塗布したり、上記金属からなる薄板を、圧電セラミック層21の表面に、例えば接着剤を用いて接着して一体化したり、あるいは圧電セラミック層21の表面に、上記金属を湿式または乾式めっきしたりすることで形成できる。
【0038】
また、個別電極層25は、例えば、上記Au等の導電性に優れた金属の粉末を含む導電性のペーストを、圧電セラミック層24の表面に、スクリーン印刷法などの印刷法によって所定の形状に印刷して形成したり、上記金属からなる薄板を、圧電セラミック層24の表面に、例えば接着剤を用いて接着して一体化したのち、フォトリソグラフ法を利用したエッチングなどによって所定の形状に形成したり、あるいは圧電セラミック層24の表面に、フォトリソグラフ法などを利用して、所定の形状の開口部を有するめっきレジスト層を形成し、上記金属を湿式または乾式めっきしたのち、レジスト層を除去して所定の形状に形成したりすることができる。
【0039】
圧電アクチュエータ2の総厚みは、駆動回路3から駆動電圧が印加された際に良好に変形させることを考慮すると、100μm以下、好ましくは80μm以下、より好ましくは65μm以下、特に50μm以下であるのが良い。また、十分な機械的強度を付与し、取り扱い時および駆動時に破損するの防止することを考慮すると、20μm以上であるのが良い。
【0040】
また、圧電セラミック層22、24を、先に説明したメカニズムによって、できるだけ低い電圧で、効率よく再生させることを考慮すると、両圧電セラミック層22、24の厚みは、それぞれ、50μm以下、好ましくは30μm以下、より好ましくは20μm以下であるのが好ましい。また、十分な機械的強度を付与し、取り扱い時および駆動時に破損するのを防止することを考慮すると、5μm以上であるのが好ましい。
【0041】
振動板としての圧電セラミック層22は、圧電アクチュエータ2に組み込むに先立って、あらかじめ、所定の方向に分極させておくのが好ましい。これにより、圧電アクチュエータ2の圧電変形特性を常に一定に維持することができる。すなわち、あらかじめ、所定の方向に分極させていない圧電セラミック層22を振動板として用いて圧電アクチュエータ2を製造した場合には、その再生時に、圧電セラミック層22が分極して、圧電素子としての圧電セラミック層24に作用する応力が初期状態から変動し、それに伴って圧電アクチュエータ2の圧電変形特性が変化するおそれがある。
【0042】
これに対し、あらかじめ、所定の方向に分極させた圧電セラミック層22を振動板として用いて圧電アクチュエータ2を製造すれば、再生時に、圧電セラミック層24に作用する応力が変動するのを防止して、圧電アクチュエータ2の圧電変形特性を常に一定に維持することができる。また、あらかじめ、所定の方向に分極させた圧電セラミック層22を振動板として用いることによって、当該圧電セラミック層22の初期状態の分極方向を特定して、再生処理の際に、圧電セラミック層22に印加する電界の極性の設定を容易に行うこともできる。
【0043】
基板1と圧電アクチュエータ2とは、例えば接着剤の層(図示せず)を介して接着して一体化することができる。接着剤としては、従来公知の種々の接着剤が挙げられるが、インクジェットヘッドの耐熱性や、インクに対する耐性を向上することを考慮すると、熱硬化温度が100〜250℃であるエポキシ樹脂系、フェノール樹脂系、ポリフェニレンエーテル樹脂系等の、熱硬化性の接着剤を使用するのが好ましい。これら接着剤の層を介して、基板1と圧電アクチュエータ2とを積層して、接着剤の熱硬化温度まで加熱することによって、インクジェットヘッドが製造される。
【0044】
上記インクジェットヘッドの圧電アクチュエータ2のうち、第1共通電極層21、第2共通電極層23、および個別電極層25は、それぞれ、駆動回路3に接続されており、駆動回路3は、制御手段4に接続されている。
制御手段4は、記録時には、例えば、ホストコンピュータから送信された文字や画像等の記録情報をもとに駆動回路3を制御して、当該駆動回路3により、第2共通電極層23と、任意の個別電極層25との間に、所定のパルス波形を有する駆動電圧を印加させる。そうすると、圧電アクチュエータ2の、駆動電圧が印加された領域が撓み変形して、その領域に対応する加圧室11に連通したノズル12から、インク滴が吐出されて記録が行われる。
【0045】
詳しくは、ノズル12内にインクの液面のメニスカスが形成された状態で、圧電アクチュエータ2を撓み変形させて、加圧室11の容積を所定のタイミングで増減させる。そうすると、供給口、加圧室11、およびノズル12内のインクが振動を起こし、それに伴ってメニスカスが振動する。そして、振動の速度が結果的にノズル12の外方へ向かうことによって、メニスカスが外部へと柱状に押し出される。この押し出されたインクは、その形状からインク柱と呼ばれる。
【0046】
振動の速度は、やがてノズル12の内方向へ向かうが、インク柱はそのまま外方向に運動を続けるため、メニスカスから切り離される。そして、切り離されたインク柱は1〜2滴程度のインク滴にまとまり、それが記録紙等の方向に飛翔して、当該記録紙等の表面にドットを形成する。そして、このドットの集合によって、記録紙等の表面に、文字や画像等が記録される。
【0047】
圧電アクチュエータ2を撓み変形させてインク滴を吐出させる駆動方法としては、いわゆる引き打ち式の駆動方法と、押し打ち式の駆動方法とがあり、このうち、引き打ち式の駆動方法においては、待機時に、図3(a)に示すように、圧電アクチュエータ2のうち圧電セラミック層24の、すべての加圧室11に対応する領域に駆動電圧を印加し続けて、いずれも充電された変形状態を維持することで、加圧室11の容積を減少させた状態を維持しておく。
【0048】
記録を行うに際して、ノズル12からインク滴を吐出させる加圧室11においては、
(1) まず、図3(a)のS1の時点で、圧電セラミック層24の該当する領域を放電させて変形解除状態として、加圧室11の容積を増加させることで、ノズル12内のメニスカスを加圧室11の側に引き込んだ後、
(2) 図3(a)のS2の時点で、再び、圧電セラミック層24の該当領域に充電して変形状態として、加圧室11の容積を減少させることによって、
ノズル12内のメニスカスを振動させて、前記のメカニズムによってインク滴を発生させると共に、ノズル12から吐出させる。また、この間、インク滴を吐出させない加圧室11においては、圧電セラミック層24の該当する領域の充電された変形状態を維持し続ける。
【0049】
そうすると、上記(1)(2)の操作を行った加圧室11に対応するノズル12のみから選択的にインク滴を吐出させて記録を行うことができる。
一方、押し打ち式の駆動方法においては、待機時には、図3(b)に示すように、圧電アクチュエータ2のうち圧電セラミック層24の、すべての加圧室11に対応する領域に駆動電圧を印加せずに、放電された変形解除状態を維持することで、加圧室11の容積を平常の状態に維持しておく。
【0050】
記録を行うに際して、ノズル12からインク滴を吐出させる加圧室11においては、図3(b)のS1の時点で、圧電セラミック層24の該当する領域に充電して変形状態として、加圧室11の容積を減少させることによってインク滴を発生させる。
また、この間、インク滴を吐出させない加圧室11においては、圧電セラミック層24の該当する領域の放電された変形解除状態を維持し続ける。そうすると、上の操作を行った加圧室11に対応するノズル12のみから選択的にインク滴を吐出させて記録を行うことができる。ドットの形成後は、図3(b)のS2の時点で、圧電セラミック層24の該当領域を放電させて変形解除状態とすることにより、待機状態に復帰させることができる。
【0051】
上記引き打ち式または押し打ち式の駆動方法によって圧電アクチュエータ2を撓み変形させて、所定の加圧室11に対応するノズル12からインク滴を吐出させて記録を行う間、圧電セラミック層22を挟む第1共通電極層21と第2共通電極層23とは、当該両共通電極層21、23間に電位差が生じることで圧電セラミック層が変形するのを防止するため、同電位に維持しておく、具体的には、駆動回路3において、両共通電極層21、23間を短絡させると共に、接地しておくのが好ましい。これにより、圧電セラミック層22の変形によって、圧電セラミック層24の変形が妨げられるのを防止して、圧電アクチュエータ2の圧電変形特性を、良好な状態に維持することができる。
【0052】
〈圧電素子の再生方法〉
制御手段4は、上で説明した、インク滴を吐出させて記録を行う動作が行われないものの、記録を行うにあたって必要とされる待機時間中、詳しくは、記録装置の電源投入直後、ノズルクリーニング時、記録紙の排紙時、および記録開始直前に、駆動回路3を制御して、当該駆動回路3により、圧電アクチュエータ2の圧電セラミック層22に、所定の電圧波形の電圧を印加して、当該圧電セラミック層22に生じた歪みを解消して、圧電アクチュエータ2を再生させる再生機能を有している。
【0053】
詳しくは、制御手段4は、上記の待機時間中に、駆動回路3を制御して、圧電セラミック層22に、両共通電極層21、23を介して、当該圧電セラミック層22を構成する圧電セラミックの抗電界強度以上で、かつあらかじめ所定の方向に分極させた圧電セラミック層22を逆方向に分極させる電界、または、極性が複数回、逆転する電界を印加する。
そうすると、前者の場合は、圧電セラミック層22の内部分極を解消することができると共に、当該圧電セラミック層22を、面方向に、一旦、伸長させた後、収縮させることができるため、先に説明したように、圧電セラミック層22の歪みや、当該圧電セラミック層22と、圧電素子としての圧電セラミック層23との間に介在し、圧電アクチュエータ2の撓み変形の際に、クリープによる塑性歪みを生じやすい第2共通電極層23の歪みを、確実に除去することができる。それと共に、圧電セラミック層22については、その層内における領域の違いによる、塑性歪みの方向性の違いに関係なく、全領域の塑性歪みを解消することもできる。
【0054】
また、後者の場合には、やはり、圧電セラミック層22の内部分極を解消することができると共に、これも先に説明したように、1回の分極処理では十分に除去しきれない、圧電セラミック層22や第2共通電極層23の歪みを、確実に除去することができ、かつ、結晶のドメインの配列を、できる限り初期状態に近い状態まで回復させることができる。また、圧電セラミック層22内における領域の違いによる、塑性歪みの方向性の違いに関係なく、当該圧電セラミック層22の全領域の塑性歪みを解消することもできる。
【0055】
そのため、上記の処理を行って圧電セラミック層22の歪みを解消すれば、当該圧電セラミック層22と固定された、圧電素子としての圧電セラミック層24に作用する応力を解消することができる。そして、上記の処理を行うと共に、圧電セラミック層24を再生処理することで、圧電アクチュエータ2の全体を初期状態に戻して、その圧電変形特性を、常に良好な状態に維持することが可能となる。
【0056】
圧電セラミック層24を再生するため、制御手段4の再生機能には、上で説明した圧電セラミック層22の処理と前後して、もしくは同時に、駆動回路3を制御して、当該駆動回路3により、圧電セラミック層24に、所定の電圧波形の電圧を印加して、当該圧電セラミック層24に生じた内部分極を解消させる機能も含まれている。
詳しくは、制御手段4は、圧電セラミック層22の処理と前後して、もしくは同時に、駆動回路3を制御して、圧電セラミック層24に、共通電極層23と個別電極層25とを介して、当該圧電セラミック層24を構成する圧電セラミックの抗電界強度以上で、かつあらかじめ所定の方向に分極させた圧電セラミック層24を逆方向に分極させる電界、または、極性が複数回、逆転する電界を印加する。そうすると、いずれの場合にも、圧電セラミック層24内に発生した内部分極を、効率よく解消することができる。また、特に後者の場合には、1回の分極処理では十分に除去しきれない内部分極まで、確実に除去することができる。そのため、その後、圧電アクチュエータ2を撓み変形させるために駆動電圧波形を印加した際等に、圧電セラミック層24を、より効率よく再分極させることが可能となる。
【0057】
〈その他〉
なお、本発明の圧電アクチュエータ2は、例えば、図2(a)に示すように、圧電セラミック層22の、圧電セラミック層24側と反対面の、第1共通電極層21の外側に、さらに、圧電セラミック層20を有していてもよい。これにより、第1共通電極層21が、加圧室11内のインクと接触しないように保護することができるため、上記第1共通電極層21の耐食性を向上して、圧電アクチュエータ2の耐久性を向上することができる。なお、上記圧電セラミック層20としては、圧電セラミック層22、24と同様の構成を有するものを採用することができる。また、圧電セラミック層20に代えて、樹脂等からなる保護層を設けて、第1共通電極層21を保護するようにしてもよい。
【0058】
また、本発明の圧電アクチュエータ2は、以上で説明した、1層の圧電セラミック層24を、第2共通電極層23と、個別電極層25とで挟んだ、いわゆるユニモルフ型のものには限定されず、例えば、図2(b)に示すバイモルフ型の構成を有していてもよい。すなわち、図の例の圧電アクチュエータ2は、上記圧電セラミック層20と、第1共通電極層21と、振動板としての圧電セラミック層22と、第2共通電極層23と、圧電セラミック層24と、個別電極層25とを積層した上に、さらに、圧電セラミック層26と、第3共通電極層27とを備えている。
【0059】
上記の、バイモルフ型の圧電アクチュエータ2は、個別電極層25と、第3共通電極層27とを介して、圧電セラミック層26に電界を印加して、当該圧電セラミック層26を面方向に収縮させるのと同時に、第2共通電極層23と、個別電極層25とを介して、圧電セラミック層24に電界を印加して、当該圧電セラミック層23を面方向に伸長させることで、撓み変形される。そのため、ユニモルフ型のものに比べて、より低電圧の電界の印加によって、良好に撓み変形できるという利点がある。なお、図2(a)(b)の変形例は、以上で説明した相違点以外は、先の、図1の例のものと同様であるので、同一個所に同一符号を付して説明を省略する。
【実施例】
【0060】
実施例1:
(圧電アクチュエータの作製)
粒径0.5〜3.0μmのチタン酸ジルコン酸鉛を主成分とする圧電セラミック粉体に対して、アクリル系樹脂エマルションと、純水とを配合し、平均粒径10mmのナイロンボールと共に、ボールミルを用いて30時間、混合してスラリーを調製した。
【0061】
次に、このスラリーを用いて、引き上げ法によって、厚み30μmのポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム上に、圧電セラミック層22、24のもとになる、厚み35〜37μmのグリーンシートを形成した。
次に、このグリーンシートを、PETフィルムと共に、縦50mm×横50mmの正方形に裁断したものを2枚、用意し、そのうち1枚のグリーンシートの、露出した表面のほぼ全面に、第2共通電極層23のもとになる金属ペーストを、スクリーン印刷法によって印刷した後、2枚のグリーンシートを、防爆型の乾燥機を用いて、50℃で20分間、乾燥させた。なお、金属ペーストとしては、共に平均粒径が2〜4μmである銀粉末とパラジウム粉末とを、重量比で7:3の割合で配合したものを用いた。また、もう1枚のグリーンシートには、第2共通電極層23への配線のためのスルーホールを形成した。
【0062】
次に、乾燥させた1枚目のグリーンシートの、金属ペーストを印刷した面に、もう1枚のグリーンシートを位置合わせしながら重ね合わせた後、その厚み方向に5MPaの圧力をかけながら、60℃で60秒間、保持して熱圧着させ、次いで、両グリーンシートからPETフィルムを剥離すると共に、スルーホールに、上記と同じ金属ペーストを充てんして積層体を作製した。
【0063】
次に、この積層体を、乾燥機中で、100℃から昇温を開始して、毎時8℃の昇温速度で、25時間かけて300℃まで昇温させて脱脂した後、室温まで冷却した。そして、さらに焼成炉中で、ピーク温度1100℃で2時間、焼成して、圧電セラミック層22と、第2共通電極層23と、圧電セラミック層24との積層体を得た。圧電セラミック層22、24の厚みは、共に20μmであった。
【0064】
次に、上記積層体のうち、圧電セラミック層24の、露出した表面に、スクリーン印刷法によって、前記と同じ金属ペーストを用いて、複数個の個別電極層25に対応するパターンを印刷し、ピーク温度850℃で30分間かけて連続炉中を通過させることで、金属ペーストを焼き付けて、複数個の個別電極層25を形成した後、積層体を、ダイシングソーを用いて周辺をカットして、外形を、縦33mm×横12mmの長方形に揃えた。個別電極層25のパターンは、254μmピッチで1列あたり90個の個別電極層25を、上記長方形の長さ方向に沿って2列、配列した。
【0065】
しかる後、積層体の、個別電極層25を形成した面を、スパッタリング装置の基板ホルダに対向させた状態で、基板ホルダに保持させると共に、周囲の端面をマスクで覆って、積層体の、圧電セラミック層22の表面のみを露出させた状態で、スパッタリング法によって、この表面に、Pd、CuおよびAuの各スパッタリング層を順に成膜して総厚み1μmの第1共通電極層21を形成して圧電アクチュエータ2を作製した。
(圧電インクジェットヘッドの製造)
厚み100μmのステンレス箔を、金型プレスを用いて打ち抜き加工して、長さ2mm×幅0.18mmの加圧室11が、前記個別電極層25の形成ピッチに合わせて、90個ずつ2列に配列された第1基板を作製した。また、厚み100μmのステンレス箔を、同じく金型プレスを用いて打ち抜き加工して、インクジェットプリンタのインク補給部から、各加圧室にインクを供給するための共通供給路と、加圧室11とノズル12とを繋ぐ流路とが、加圧室11の配列に対応させて配列された第2基板を作製した。さらに、厚み40μmのステンレス箔をエッチング加工して、ノズル12が、加圧室11の配列に対応させて配列された第3基板を作製した。
【0066】
そして、上記第1〜第3基板を、接着剤を用いて貼り合わせて基板1を作製し、この基板1と、先に作成した圧電アクチュエータ2とを、接着剤を用いて貼り合わせた後、圧電アクチュエータ2の表面側において、各個別電極層25と、スルーホール内に充てんされ、第2共通電極層23と接続された電極層剤の露出部とを、フレキシブル基板を用いて、駆動回路3に接続し、また、第1共通電極層21は、当該第1共通電極層21と電気的に接続させた基板1を介して、駆動回路3の接地に接続して圧電インクジェットヘッドを製造した。
(圧電インクジェットヘッドの駆動試験)
上記圧電インクジェットヘッドの第1および第2共通電極層21、23を、共に接地した状態で、各個別電極層25に、それぞれ駆動回路3から、図3(a)に示す引き打ち式の駆動電圧波形を繰り返し、印加して、圧電アクチュエータ2の、個別電極層25に対応する領域を連続的に撓み変形させると共に、撓み変形させた状態での、圧電アクチュエータ2の、厚み方向の変形量を、レーザードップラー振動計を用いて測定した。駆動電圧波形は、待機時の電圧を25V、電圧の遮断間隔〔図3(a)中のS1からS2までの間隔〕を8μS、駆動周波数(上記遮断を繰り返す間隔)を13kHzに設定した。
【0067】
そして、圧電アクチュエータ2を1億回、撓み変形させるごとに両共通電極層21、23間を遮断し、当該両共通電極層21、23を介して、圧電セラミック層22に、電位差25Vの電界を印加して歪みを除去する再生処理を行った場合と、再生処理を行わなかった場合とで、圧電アクチュエータ2の、厚み方向の変形量がどの程度、変化するかを、圧電アクチュエータ2の撓み変形の回数が100億回になるまで追跡した。結果を、表1に示す。なお、表中の平均変位は、圧電アクチュエータ2の、90個の個別電極層25に対応する領域について、変位量を測定した結果の平均値であり、初期値比は、各駆動回数ごとの平均変位値が、初期の平均変位値からどの程度低下したかを百分率で表した値である。
【0068】
【表1】

【0069】
表より、圧電セラミック層22の歪みを除去する再生処理をしなかった場合には、100億回の撓み変形によって、平均変位値が、初期値から、13%以上も低下したが、歪みを除去する再生処理をした場合には、平均変位値の、初期値からの低下を、5%以内に抑えられることが判った。
実施例2:
表2〜4に示すように、圧電セラミック層22、24の厚みを違えたこと以外は実施例1と同様にして、圧電アクチュエータ2を作製し、圧電インクジェットヘッドを製造した。そして、各圧電インクジェットヘッドを駆動させて、実施例1と同様の測定を行った。なお、駆動電圧波形のうち待機時の電圧、および歪みを除去する再生処理を行う際に、圧電セラミック層22に印加する電界は、それぞれ、表2、3に記載した値とした。結果を表2、3に示す。
【0070】
【表2】

【0071】
【表3】

【0072】
両表および表1より、圧電アクチュエータ2を、比較的、低電圧で、より効率よく変位させると共に、圧電セラミック層22の歪みを除去する再生処理を行って、圧電アクチュエータの特性を、より効率よく回復させるためには、圧電セラミック層22、24の厚みを50μm以下、中でも30μm以下、特に20μm以下とするのが好ましいことが判った。
【0073】
実施例3:
実施例1で製造した圧電インクジェットヘッドを用い、圧電セラミック層22の歪みを除去する再生処理の条件を、下記に示すように変化させて、実施例1と同様の測定を行った。また、測定結果から、変位値の正規分布の3σ値を求めた。結果を、表4、5に示す。
【0074】
再生処理A:圧電アクチュエータ2を1億回、撓み変形させるごとに両共通電極層21、23間を遮断し、当該両共通電極層21、23を介して、圧電セラミック層22に、電位差25Vの電界を印加して歪みを除去する。
再生処理B:圧電アクチュエータ2を1億回、撓み変形させるごとに両共通電極層21、23間を遮断し、当該両共通電極層21、23を介して、圧電セラミック層22に、当該圧電セラミック層22を初期と逆方向に分極させるための、電位差25Vの逆方向の電界を印加して歪みを除去する。
【0075】
再生処理C:圧電アクチュエータ2を1億回、撓み変形させるごとに両共通電極層21、23間を遮断し、当該両共通電極層21、23を介して、圧電セラミック層22に、電位差が25Vで、かつ極性が複数回、逆転する電界を印加して歪みを除去する。
再生処理D:圧電アクチュエータ2を1億回、撓み変形させるごとに両共通電極層21、23間を遮断し、当該両共通電極層21、23を介して、圧電セラミック層22に、電位差が25Vで、かつ極性が複数回、逆転する電界を印加して歪みを除去するとともに、共通電極層23と個別電極層25とを介して、圧電セラミック層24に、電位差が25Vで、かつ極性が複数回、逆転する電界を印加して内部分極を解消する。
【0076】
【表4】

【0077】
【表5】

【0078】
両表より、圧電セラミック層22に、当該圧電セラミック層22を、その分極方向と反対方向に分極させる電界を印加する再生処理Bを行うと、より確実に、劣化を抑制できることが判った。また、圧電セラミック層22に、その極性が複数回、逆転する電界を印加する再生処理Cを行うと、劣化を抑制できる上、個々の撓み変形領域のばらつきを抑制できることが判った。さらに、圧電セラミック層22の歪みを除去するのと同時に、圧電セラミック層24の内部分極を除去する再生処理Dを行うと、圧電アクチュエータ2の特性を、より一層、良好に回復できることが判った。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】本発明の圧電アクチュエータの一例を装備した液体吐出装置としての、インクジェットヘッドの一部を拡大した断面図である。
【図2】同図(a)(b)はそれぞれ、圧電アクチュエータの変形例を装備したインクジェットヘッドの一部を拡大した断面図である。
【図3】同図(a)(b)は、図1のインクジェットヘッドを駆動する際に、圧電素子に印加する駆動電圧波形の例を示すグラフである。
【符号の説明】
【0080】
11 加圧室
12 ノズル
2 圧電アクチュエータ
21 第1共通電極層
22 圧電セラミック層(振動板)
23 第2共通電極層
24 圧電セラミック層(圧電素子)
3 駆動電源
4 制御手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電セラミック層からなる圧電素子と、この圧電素子に電界を印加して変形させるための電極層と、圧電セラミック層からなる振動板とを含む圧電アクチュエータであって、振動板としての圧電セラミック層の少なくとも一部を挟む、一対の電極層を備えることを特徴とする圧電アクチュエータ。
【請求項2】
振動板としての圧電セラミック層を挟む一対の電極層のうち、圧電素子側の電極層を、圧電素子に電界を印加する電極層と兼用させる請求項1記載の圧電アクチュエータ。
【請求項3】
振動板としての圧電セラミック層の、圧電素子側と反対面の、電極層の外側に、圧電セラミック層を有する請求項1記載の圧電アクチュエータ。
【請求項4】
あらかじめ、所定の方向に分極させた圧電セラミック層を振動板として用いて形成される請求項1記載の圧電アクチュエータ。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の圧電アクチュエータを再生する方法であって、振動板としての圧電セラミック層に、当該圧電セラミック層を挟む一対の電極層を介して、その抗電界強度以上の電界を印加することを特徴とする圧電アクチュエータの再生方法。
【請求項6】
あらかじめ、所定の方向に分極させた、振動板としての圧電セラミック層に、当該圧電セラミック層を逆方向に分極させる電界を印加する請求項5記載の圧電アクチュエータの再生方法。
【請求項7】
印加する電界の極性を複数回、逆転させる請求項5記載の圧電アクチュエータの再生方法。
【請求項8】
あらかじめ、所定の方向に分極させた圧電素子に、その抗電界強度以上で、かつ圧電素子を逆方向に分極させる電界を印加する請求項5記載の圧電アクチュエータの再生方法。
【請求項9】
圧電素子に、その抗電界強度以上で、かつ極性が複数回、逆転する電界を印加する請求項5記載の圧電アクチュエータの再生方法。
【請求項10】
(1) 液体が充てんされる加圧室と、
(2) 加圧室に連通するノズルと、
(3) 圧電セラミック層からなる圧電素子と、この圧電素子に電界を印加して変形させるための電極層と、圧電セラミック層からなる振動板と、この圧電セラミック層の少なくとも一部を挟む、一対の電極層とを備え、圧電素子に電界を印加して変形させることで、その全体が撓み変形する圧電アクチュエータと、
を有し、圧電アクチュエータの撓み変形によって加圧室の容積を増減させることで、加圧室内の液体を、ノズルを通して液滴として吐出させる液体吐出装置であって、
両圧電セラミック層に、それぞれの電極層を介して電界を印加するための電源と、この電源を制御するための制御手段とを備え、
制御手段は、請求項5〜9のいずれかに記載の再生方法を実施して圧電アクチュエータを再生させるべく、電源を制御する再生機能を有することを特徴とする液体吐出装置。
【請求項11】
制御手段は、圧電アクチュエータの撓み変形による液滴の吐出時に、振動板としての圧電セラミック層を挟む一対の電極層を同電位に維持するべく、電源を制御する機能を有する請求項10記載の液体吐出装置。
【請求項12】
インクジェット記録方式の記録装置に組み込まれる圧電インクジェットヘッドであり、制御手段は、記録装置の電源投入直後、ノズルクリーニング時、記録紙の排紙時、および記録開始直前に、圧電アクチュエータの再生処理を行う請求項10記載の液体吐出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−158127(P2006−158127A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−347222(P2004−347222)
【出願日】平成16年11月30日(2004.11.30)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【Fターム(参考)】