説明

圧電体膜の製造方法、成膜装置および圧電体膜

【課題】基板上に形成される圧電体膜であって、結晶配向性が高く、かつ表面側から基板側に向かう向きの自発分極を有する圧電体膜を提供する。
【解決手段】基板B上に、キュリー点以上の成膜温度でスパッタ法により圧電体膜53を成膜し、該成膜後、圧電体膜53の温度がキュリー点以下に低下する前に、該圧電体膜53に対して該圧電体膜53の表面側から基板B側に向かう電界E1を生じさせ、分極処理を開始し、電界E1を生じさせた状態で、圧電体膜53の温度をキュリー点以下に下げる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電体膜とその製造方法、およびその製造方法を実施するための成膜装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電界印加強度の増減に伴って伸縮する圧電性を有する圧電体と、圧電体に対して所定方向に電界を印加する電極とを備えた圧電素子が、インクジェット式記録ヘッドに搭載されるアクチュエータ等として使用されている。
【0003】
圧電体材料としては、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)等のペロブスカイト構造を有する複合酸化物が知られている。かかる材料は電界無印加時において自発分極性を有する強誘電体であり、従来の圧電素子では、強誘電体の分極軸に合わせた方向に電界を印加することで、分極軸方向に伸びる「圧電効果」を利用することが一般的であった。すなわち、従来は、電界印加方向と分極軸方向とが合うように、材料設計を行うことが重要とされてきた(分極軸=電界印加方向)。
【0004】
圧電体の自発分極を電界印加方向と一致させるため、従来、圧電体に対して分極処理が施されている。例えば、特許文献1にはPZT系圧電素子の分極方法として、バルク体の圧電体をキュリー点に近い温度まで加熱しながら高電圧を印加する方法が提案されている。
さらに、特許文献2には、エアロゾルデポジション法(以下、AD法という。)で圧電体膜を形成する方法において、成膜中に成膜室内に電界を形成することにより成膜と同時に分極処理を行う方法が提案されている。
【0005】
さて、圧電歪としては、
(1)自発分極軸のベクトル成分と電界印加方向とが一致したときに、電界印加強度の増減によって電界印加方向に伸縮する通常の電界誘起圧電歪、
(2)電界印加強度の増減によって分極軸が可逆的に非180°回転することで生じる圧電歪、
(3)電界印加強度の増減によって結晶を相転移させ、相転移による体積変化を利用する圧電歪、
(4)電界印加により相転移する特性を有する材料を用い、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含む結晶配向構造とすることで、より大きな歪が得られるエンジニアードドメイン効果を利用する圧電歪(エンジニアードドメイン効果を利用する場合には、相転移が起こる条件で駆動してもよいし、相転移が起こらない範囲で駆動してもよい)が挙げられる。
【0006】
上記の圧電歪(1)〜(4)を単独で又は組み合わせて利用することで、所望の圧電歪が得られる。また、上記の圧電歪(1)〜(4)はいずれも、それぞれの歪発生の原理に応じた結晶配向構造とすることで、より大きな圧電歪が得られる。したがって、高い圧電性能を得るには、圧電体は結晶配向性を有することが好ましい。
【特許文献1】特開平6−85345号公報
【特許文献2】特開2005―262108号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載のようなバルクの圧電素子あるいは特許文献2に記載のAD法により結晶成長させた圧電体膜では、高い結晶配向性を得ることが難しく、分極処理を施しても十分に高い圧電性能を得ることは難しい。
本発明者らは、良好な圧電性を有する圧電体膜の研究を進め、スパッタ法等の気相成長法により、基板上に成膜形成することにより得られるPZT系圧電体膜において、組成や添加物の材料によっても異なるが、成膜直後の特段の分極処理を行わない状態で通常、自発分極が基板側から膜表面に向かう(上向き)、非常に配向性の高い膜を得ることに成功した。
【0008】
このような圧電体膜を圧電素子として用いる場合、基板上に予め下部電極層を設けておき、圧電体膜を成膜後、上部電極層を形成すればよい。この圧電体膜は、自発分極が基板側(下部電極側)から膜表面(上部電極側)に向かう向きとなっている。圧電体素子として駆動する(圧電効果を生じさせる)ためには、自発分極の向きと同じ向きの電界を生じるように電圧を印加する必要がある。従って、この場合、下部電極を接地、上部電極側に負電圧を印加するように、負電圧用駆動ドライバを用いることが考えられる。
【0009】
しかしながら、負電圧用駆動ドライバは汎用されておらず、正電圧用駆動ドライブと比較して種類も少なく高価であるという問題がある。下部電極をパターニングしてアドレス電極とし上部電極をグラウンド電極とすれば、汎用の正電圧用駆動ドライバを用いることができるが、製造プロセスが複雑になり、好ましくない。
【0010】
そこで、正電圧用駆動ドライブを用いて駆動できるようにするために、基板上に成膜形成した配向性の高い、基板側から膜表面に向かう自発分極を有する圧電体膜に対して、分極方向を逆向きにするための逆分極処理を施して、基板側を接地、膜表面側を正電位として駆動できる圧電体膜を作製した。分極処理の方法としては、特許文献1に記載のように、圧電体膜を形成後、大気中に一旦取り出し、基板ごとキュリー点近傍まで加熱させて電界を印加する方法を採用した。しかしながら、逆分極度が低かったり、脱分極しやすかったりするなどの問題があることがわかった。
【0011】
一方、特許文献2に記載のAD法で成膜時に電界を印加する方法は、スパッタ法で成膜する場合には原理的に採用することができない。
【0012】
本発明は上記事情を鑑みてなされたものであり、基板上に設けられる圧電体膜において、結晶配向性が高く、かつ表面側から基板側に向かう向きの自発分極を有する圧電体膜を提供することを目的とするものである。また、本発明は、そのような圧電体膜の製造方法およびその製造方法を実施するための成膜装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の圧電体膜の製造方法は、基板上に、キュリー点以上の成膜温度でスパッタ法により圧電体膜を成膜し、
該成膜後、前記圧電体膜の温度が前記キュリー点以下に低下する前に、該圧電体膜に対して該圧電体膜の表面側から前記基板側に向かう電界を生じさせ、分極処理を開始し、前記電界を生じさせた状態で、前記圧電体膜の温度を前記キュリー点以下に下げることを特徴とするものである。
【0014】
すなわち、本発明の圧電体膜の製造方法で製造した圧電体膜は、その履歴として一度も逆分極方向を経験していないことを特徴とするものである。
なお、ここで、「成膜温度」とは成膜時の基板の温度(圧電体膜が形成される基板表面の温度)をいう。
【0015】
圧電体膜の表面側から基板側に向かう電界を生じさせる方法はいかなる方法であってもよい。例えば、前記電界は、前記基板に高周波電圧を印加した際に生じる負のセルフバイアス電圧により生じさせることができる。また、前記電界は、前記基板をマイナス電位とし、前記基板の表面側のプラズマ空間を前記マイナス電位よりも高い電位とすることにより生じさせることができる。またさらには、前記電界は、前記基板を接地もしくはマイナス電位とし、前記圧電体膜の表面をプラス電位とすることにより生じさせることもできる。この場合、例えば、前記圧電体膜の表面に対してプラスイオンを照射することにより前記圧電体膜の表面をプラス電位とすればよい。
【0016】
本発明の成膜装置は、成膜ガスの導入と排気が可能な真空容器と、該真空容器内に配置される、ターゲットを保持するターゲットホルダと、該ターゲットホルダに対向して配置され、膜が成膜される基板を保持する基板ホルダと、前記ターゲットホルダと基板側との間にプラズマ空間を生成するプラズマ生成部とを備えた成膜装置において、
前記基板の温度を制御する温度制御部と、
前記基板に成膜される膜の表面側から前記基板側に向かう電界を生じさせる電界生成部とを備えたことを特徴とするものである。
【0017】
前記電界生成部は、いかなる形態ものであってもよい。例えば、前記電界生成部は、前記基板に高周波電圧を印加する高周波電源を備えたものとすることができる。また、前記電界生成部は、前記基板をマイナス電位とするマイナス電位設定手段を備えたものとすることができる。またさらに、前記電界生成部は、前記基板を接地もしくはマイナス電位とする電位設定手段と、前記基板ホルダに対向する側から、該基板ホルダ側に向けてプラスイオンを照射するプラスイオン照射手段とを備えたものとすることができる。
【0018】
本発明の圧電体膜は、請求項1から5いずれか1項記載の圧電体膜の製造により基板上に成膜して製造された圧電体膜であって、
表面から前記基板側に向かう向きの自発分極を有し、圧電定数が200pm/V以上であることを特徴とするものである。
【0019】
ここで、前記圧電体膜は、チタン酸ジルコン酸鉛、または、チタン酸ジルコン酸鉛にNb,W,Ni,Biからなる群から選ばれた少なくとも1つを加えたペロブスカイト型酸化物からなる(不可避不純物を含んでいてもよい。)ものであることが望ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明の圧電体膜の製造方法によれば、基板上に、キュリー点以上の成膜温度でスパッタ法により圧電体膜を成膜し、該成膜後、圧電体膜の温度がキュリー点以下に低下する前に、該圧電体膜に対して該圧電体膜の表面側から基板側に向かう電界を生じさせ、分極処理を開始し、電界を生じさせた状態で、圧電体膜の温度を前記キュリー点以下に下げることのより、結晶配向性が高く、かつ表面側から基板側に向かう向きの自発分極を有する圧電体膜を得ることができる。このようにして得られた圧電体膜はその履歴として一度も逆分極方向を経験していないために、非常に脱分極が起こりにくく、かつ圧電性も高い。
【0021】
本発明の成膜装置は、成膜ガスの導入と排気が可能な真空容器と、該真空容器内に配置される、ターゲットを保持するターゲットホルダと、該ターゲットホルダに対向して配置され、膜が成膜される基板を保持する基板ホルダと、ターゲットホルダと基板側との間にプラズマ空間を生成するプラズマ生成部とを備えた成膜装置において、基板の温度を制御する温度制御部と、基板に成膜される膜の表面側から前記基板側に向かう電界を生じさせる電界生成部とを備えたことにより、圧電体膜の成膜に引き続き、圧電体膜の温度を下げることなく、分極処理を開始することができ、本発明の圧電体膜の製造方法に好適である。
【0022】
本発明の圧電体膜は、本発明の圧電体膜の製造方法により製造されたものであることから、結晶配向性が高く、かつ自発分極は、表面側から基板側に向かう向きである。また、本発明の圧電体膜はその履歴として一度も逆分極方向を経験していないために、非常に脱分極が起こりにくく、かつ圧電性も高い。特に、圧電定数が200pm/V以上であれば、圧電アクチュエータなどの用途に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
本発明の圧電体膜の製造方法では、基板上に、キュリー点以上の成膜温度でスパッタ法により圧電体膜を成膜し(成膜工程)、成膜後の、圧電体膜の温度が該圧電体膜のキュリー点以下に低下する前に、該圧電体膜に対して該圧電体膜の表面側から基板側に向かう電界を生じさせ、分極処理を開始し、電界を生じさせた状態で、圧電体膜の温度をキュリー点以下に下げる(分極工程)。これにより、結晶配向性が高く、かつ表面側から基板側に向かう向きの自発分極を有する圧電体膜を得ることができる。
【0024】
<第1の実施形態の圧電体膜の製造方法および成膜装置>
図1から図3を参照して、第1の実施形態の成膜方法およびそれを実施するための成膜装置の構成例について説明する。図1は装置全体の概略断面図、図2は成膜中の様子を模式的に示す図、図3は分極処理中の様子を模式的に示す図である。
【0025】
図1に示すように、本実施形態の成膜装置1は、成膜基板Bを保持すると共に成膜基板Bを所定温度に加熱することができるヒーター21を内部に備えた静電チャック等の基板ホルダ11と、プラズマを発生させるプラズマ電極(カソード電極)12と、それらを内包する真空容器10から概略構成されている。なお、このプラズマ電極12は、ターゲットTを保持するターゲットホルダに相当する。基板ホルダ11に備えられているヒーター21は、基板Bを所定温度に加熱する加熱手段であり、基板温度を調整する温度制御部を構成するものである。なお、温度制御部としては、さらに冷却手段、温度計(熱電対)等を備えていてもよい。加熱手段はヒーター線による直接加熱方式でもかまわないし、ランプ加熱でもかまわない。基板表面の温度は、赤外線放射計で直接測定してもかまわないし、予め基板に貼り付けてある熱電対にて基板表面温度を測定し、ヒーターの設定値あるいはヒーターに取り付けてある熱電対の温度にて、温度校正を行ったものでもかまわない。冷却手段としては、自然冷却でもかまわないし、空冷や水冷などの強制冷却をしてもかまわない。また自然冷却と温度加熱を組み合わせて、時間制御して冷却してもかまわない。ここでは、一例として、ランプヒーターを用い基板を加熱し、予め測定した基板表面温度と、基板ホルダに設置してある熱電対の温度を校正して用いるものとし、冷却手段は自然冷却とする。
【0026】
基板ホルダ11とプラズマ電極12とは互いに対向するように離間配置され、プラズマ電極12上に成膜する膜の組成に応じた組成のターゲットTが装着されるようになっている。プラズマ電極12は高周波電源13に接続されている。なお、プラズマ電極12と高周波電源13をプラズマ生成部という。
【0027】
真空容器10には、真空容器10内に成膜に必要なガス(成膜ガス)Gを導入するガス導入管14と、真空容器10内のガスの排気Vを行うガス排出管15とが取り付けられている。ガスGとしては、Ar、又はAr/O混合ガス等が使用される。また、真空容器10は接地されている。
【0028】
さらに、成膜装置1は、基板Bに高周波の交流電圧を印加するための第2の高周波電源22およびマッチングボックス23を備えている。第2の高周波電源22は、高周波電源13と同様のプラズマ発生用高周波電源装置であり、マッチングボックス23は、負荷の持つリアクタンス成分をキャンセルすることにより、負荷と高周波電源22との間でインピーダンスを整合するものであり、例えば、直流成分をカットし、交流成分のみを通過させるブロッキングコンデンサを用いて構成することができる。この高周波電源22とマッチングボックス23を電界生成部という。
【0029】
なお、基板Bへの交流電圧の印加は、基板ホルダを電極として基板Bに印加するようにしてもよいし、Si基板の下部電極に直接印加してもよい。ここでは、一例として、基板ホルダ裏面に電圧導入端子を介して交流電圧を印加することとする。
【0030】
真空容器10の底面10aに、プラズマ電極12を囲むように立設されたアースシールドすなわち接地部材16が設けられている。この接地部材16は、プラズマ電極12から側方或いは下方に向けて真空容器10に放電しないようにするためのものである。
【0031】
図2に模式的に示すように、成膜時には、高周波電源13によりプラズマ電極12に高周波の交流電圧が印加され、真空容器10とプラズマ電極12とがそれぞれアノードとカソードとして作用して両者間に放電が生じ、真空容器10内に導入されたガスGがプラズマ化され、Arイオン等のプラスイオンIpが生成される。生成されたプラスイオンIpはターゲットTをスパッタする。プラスイオンIpにスパッタされたターゲットTの構成元素Tpは、ターゲットから放出され中性あるいはイオン化された状態で基板Bに蒸着される。この蒸着を所定時間実施することで、所定厚の膜が成膜される。図中、符号Pがプラズマ空間を示している。
【0032】
「成膜工程」
基板ホルダ11に保持される基板Bは、例えば、ヘッドの加圧液室が形成された基板51上に第1の電極層52が形成されたものである。この基板B上に圧電体膜53をスパッタ法により成膜する。
【0033】
スパッタ法において、成膜される膜の特性を左右するファクターとしては、成膜温度、基板の種類、基板に先に成膜された膜があれば下地の組成、基板の表面エネルギー、成膜圧力、雰囲気ガス中の酸素量、投入電力、基板−ターゲット間距離、プラズマ中の電子温度及び電子密度、プラズマ中の活性種密度及び活性種の寿命等が考えられる。
【0034】
本発明者は多々ある成膜ファクターの中で、成膜される膜の特性への影響の大きなファクターを検討し、良質な膜を成膜可能となる成膜条件を見出した(本出願人が先に出願している特願2006-263978号,特願2006−263979号,特願2006-263980号(本件出願時において未公開)を参照。)
具体的には、成膜温度Tsと、Vs−Vf(Vsは成膜時のプラズマ中のプラズマ電位、Vfはフローティング電位)、Vs、及び基板−ターゲット間距離Dのいずれかとを好適化することにより、良質な膜を成膜できることを見出している。すなわち、成膜温度Tsを横軸にし、Vs−Vf,Vs,及び基板−ターゲット間距離Dのいずれか縦軸にして、膜の特性をプロットすると、ある範囲内(以下に示す条件)において良質な膜を成膜できることを見出した。なお、成膜温度Tsは、成膜する圧電体膜のキュリー点よりも高い温度である。
【0035】
(第1の成膜条件)
成膜温度Tsと、Vs−Vfとを好適化した成膜条件であり、成膜温度Ts(℃)と、成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との差であるVs−Vf(V)とが、下記式(1)及び(2)を充足する成膜条件で成膜を行う。なお、下記式(1)〜(3)を充足する成膜条件で成膜を行うことが特に好ましい◎
Ts(℃)≧400・・・(1)、
−0.2Ts+100<Vs−Vf(V)<−0.2Ts+130・・・(2)、
10≦Vs−Vf(V)≦35・・・(3)
(第2の成膜条件)
成膜温度Tsと基板BとターゲットTとの離間距離(基板―ターゲット間距離)D(mm)とを好適化した成膜条件であり、成膜温度Ts(℃)と基板―ターゲット間距離D(mm)とが下記式(4)及び(5)を充足する条件、又は(6)及び(7)を充足する成膜条件で成膜する。
400≦Ts(℃)≦500・・・(4)、
30≦D(mm)≦80・・・(5)、
500≦Ts(℃)≦600・・・(6)、
30≦D(mm)≦100・・・(7)
【0036】
(第3の成膜条件)
成膜温度Tsと成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とを好適化した成膜条件であり、成膜温度Ts(℃)と、成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とが、下記式(8)及び(9)を充足する成膜条件又は、(10)及び(11)を充足する成膜条件で成膜する。
400≦Ts(℃)≦475・・・・(8)、
20≦Vs(V)≦50・・・・・・(9)、
475≦Ts(℃)≦600・・・(10)、
Vs(V)≦40・・・・・・・・(11)
【0037】
なお、上述の第1から第3の成膜条件のいずれかを満たす条件で、例えば、下記一般式(P−1)、(P−2)で表されるペロブスカイト型酸化物からなる圧電体膜を成膜することにより、配向性の高い圧電体膜を得ることができる。
【0038】
Pb(Zrb1Tib2b3)O・・・(P−1)
(式(P−1)中、XはNb,W,Ni,Biからなる群より選ばれた少なくとも1種の金属元素である。a>0、b1>0、b2>0、b3≧0。a=1.0であり、かつb1+b2+b3=1.0である場合が標準であるが、これらの数値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1.0からずれてもよい。)
(Pba1)(Zrb1Tib2)O・・・(P−2)
(式(P−2)中、XはLa、Bi、Wからなる群より選ばれた少なくとも1種の金属元素である。a>0、a1≧0、b1>0、b2>0、a+a1=1.0であり、かつb1+b2=1.0である場合が標準であるが、これらの数値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1.0からずれてもよい。)
なお、Vs−Vfは、Vs−Vfは、基板とターゲットとの間にアースを設置するなどして、変えることができる。なお、本発明者が先に出願している特願2006-263981号(本件出願時において未公開)に記載の成膜装置を用いることにより、簡易な方法でプラズマ空間電位を調整することができる。この成膜装置は、ターゲットを保持するターゲットホルダの成膜基板側の外周を取囲むシールドを備え、シールドの存在によって、プラズマ空間の電位状態を調整することができるよう構成されている。
【0039】
「分極工程」
分極工程は、成膜装置1の真空容器10内において行う。成膜工程の後、プラズマ発生部の高周波電源13をオフとする。一方、圧電体膜53が成膜された基板Bは基板ホルダ11に保持させ、かつ該基板Bの温度がキュリー点Tc以下に下がる前に分極工程を開始する。
【0040】
分極工程は、高周波電源22をオンとして基板51上の下部電極層52にマッチングボックス23を介して高周波の交流電圧(以下、「以下、高周波電圧」という)を印加することにより開始される。この高周波電圧が印加されたことにより、基板Bの周囲の空間に放電が生じる。ここでは接地されている真空容器10と下部電極層52とがアノードおよびカソードとしてそれぞれ作用する。また、マッチングボックス23のブロッキングコンデンサは、アノード−カソード間のプラズマ負荷に直列に接続されており、カソードは、直流的には浮遊状態にある。高周波電源22により高周波電圧が印加されると、グロー放電が生じてプラズマが生成される。その際に、プラズマ空間中には、接地電位に対して正の電位であるプラズマ電位Vpが発生し、カソードには、自己バイアス作用により接地電位に対して負の電位Vbが発生する。これにより、アノード−カソード間、特には、アノードである下部電極層52とプラズマ空間(気相空間)との間に大きな電位差が生じる。この電位差による電界Eは、プラズマ空間から下部電極層52に向かう向き、すなわち、圧電体膜表面から基板Bに向かう向きである。
【0041】
電界Eを生じさせた状態で、基板Bを成膜温度Tsからキュリー点以下の温度Tb(<Tc)に降温させる。温度Tbはキュリー点より30℃程度、好ましくは50℃程度以上低い温度に設定することが好ましい。その後、基板Bに印加しているrf電力をオフとし、基板温度を室温に戻した。基板温度を降温させる場合は、自然冷却であってもよいし、基板ホルダの温度制御部に冷却手段を設けて強制冷却を行ってもよい。ただし、急激な冷却を行うと、自発分極の向きが十分に揃わない恐れがあることから、徐々に冷却することが好ましい。
【0042】
このようにして得られた圧電体膜は、結晶配向度が高くかつ自発分極の向きが圧電体膜表面から基板に向かうものとなっている。
【0043】
<第2の実施形態の圧電体膜の製造方法および成膜装置>
次に図4を参照して、第2の実施形態の成膜方法およびそれを実施するための成膜装置の構成例について説明する。図4は装置全体の概略断面図であり、図1に示した第1の実施形態の成膜装置と同等の要素には同一符号を付し、詳細な説明を省略する。
【0044】
第2の実施形態の成膜装置2は、第1の実施形態の成膜装置1とは電界生成部の構成が異なっており、成膜装置1に備えられていた高周波電源22とマッチングボックス23を備えていない。一方、第2の実施形態の成膜装置2は、基板Bにマイナス電位を与えるための電源25及び基板ホルダ11とターゲットホルダであるプラズマ電極12との間に出入自在なシャッター26とを備えている。本実施形態においては、電源25、プラズマ発生部を構成する高周波電源13およびプラズマ電極12が電界生成部を構成する。
【0045】
本成膜装置2を用いた圧電体膜の製造方法について説明する。成膜工程は、第1の実施形態の圧電体膜の製造方法と同一である。なお、成膜工程は、シャッター26をターゲット上から退避させた状態(図1と同様の状態)で実施する。本実施形態の分極工程は、その電界の発生方法が第1の実施形態の場合と異なる。
【0046】
圧電体膜53を第1の実施形態の場合と同様にして成膜後、基板温度をキュリー点以上の温度に保ったまま、一旦、プラズマ発生部の高周波電源13をオフとする。シャッター26をターゲットTと基板Bとの間に挿入し、ターゲットT上に配置する。電源25をオンとして基板(詳細には下部電極)を負電位とする。
【0047】
その後、プラズマ発生部の高周波電源13をオンとして高周波電力を投入し、再度プラズマを生成させる。シャッター26は、ターゲットTがプラズマ空間に生じるプラスイオンによりスパッタされたものが、基板B上の圧電体膜表面に到達しないようにするために備えられている。基板Bとシャッター26との間のプラズマ空間は、シャッター26がない場合と比較すると電位は低いが、シャッター26の端部からのプラズマにより正の電位となる。このとき、基板Bが負電位とされていることからプラズマ空間から基板Bに向かう、すなわち圧電体膜表面から基板側に向かう電界E2が生じる。
【0048】
電界E2を生じさせた状態で、基板Bをキュリー点以下の温度Tb(<Tc)に降温させる。その後、基板Bに印加している電圧およびターゲット側に印加している高周波電圧をオフとし、基板温度を室温に戻した。
【0049】
このようにして得られた圧電体膜53は、結晶配向度が高くかつ自発分極の向きが圧電体膜表面から基板に向かうものとなっている。
【0050】
<第3の実施形態の圧電体の製造方法および成膜装置>
次に図5を参照して、第3の実施形態の成膜方法およびそれを実施するための成膜装置の構成例について説明する。図5は装置全体の概略断面図であり、既述の成膜装置と同等の要素には同一符号を付し、詳細な説明を省略する。
【0051】
第3の実施形態の成膜装置3は、第1および第2の実施形態の成膜装置2とは電界生成部の構成が異なっている。第2の実施形態の成膜装置2と同様に、基板Bにマイナス電位を与えるための電源25を備えるが、さらに本実施形態においては、正イオンIeを照射するイオン源28を備えている。本実施形態においては、電源25およびイオン源28が電界生成部を構成する。
【0052】
イオン源28はどんな種類のものでもかまわない、例えば、高周波型、マイクロ波型、PIG(Penning Ionization Gauge)型、電子衝撃型、低電圧アーク放電型などを適宜使用することができる。また、正イオンのほかにも中性の粒子やラジカルなどを含んでいるプラズマ源でもよい。いずれの方式においても目標とする基板表面に正イオンを到達させることができればよい。照射するイオンの種類は特にこだわらないが不活性ガスの正イオンが好ましい。ここでは一例としてアルゴン(Ar)イオンを照射するイオン源を備えるものとする。
【0053】
本成膜装置3を用いた圧電体膜の製造方法について説明する。成膜工程は、第1の実施形態の圧電体膜の製造方法と同一である。本実施形態の分極工程は、その電界の発生方法が第1および第2の実施形態の場合と異なる。
【0054】
圧電体膜53を第1の実施形態の場合と同様にして成膜後、基板温度をキュリー点以上の温度に保ったまま、一旦、プラズマ発生部の高周波電源13をオフとする。その後、イオン源28からArイオンを圧電体膜表面に向けて照射し、基板には電源25をオンとして基板を負電位とする。これにより、圧電体膜表面から基板側に向かう電界E3が生じる。
【0055】
電界E3を生じさせた状態で、基板Bをキュリー点以下の温度Tb(<Tc)に降温させる。その後、イオン源によるイオン照射をオフとし、基板Bに印加している電圧およびターゲット側に印加している高周波電圧をオフとし、基板温度を室温に戻す。
【0056】
このようにして得られた圧電体膜53は、結晶配向度が高くかつ自発分極の向きが圧電体膜表面から基板に向かうものとなっている。
【0057】
「圧電素子およびインクジェット式ヘッド」
図6を参照して、本発明の圧電体膜を利用した、圧電素子5及び該圧電素子5を備えたインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)について説明する。図6は、インクジェット式記録ヘッドの要部断面図である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0058】
本実施形態のインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)1は、インクが貯留される加圧液室71と該加圧液室71から外部にインクを吐出する液体吐出孔(液体吐出口)72を有するノズル(液体吐出部材)74と、該ノズル74の加圧液室71に対応して設けられた圧電素子5と、加圧液室71の上壁面を構成すると共に圧電素子5の伸縮を加圧液室71へ伝達する振動板(ダイアフラム)75とからなる。
【0059】
ここでは、ノズル74は、基板51にドライエッチングもしくはウエットエッチングにより加圧液室71を形成し、この基板51に液体吐出孔72を有する薄板76が貼り付けられて構成されている。振動板75は基板51の加工により加圧液室71の一壁を構成するように構成されており、この振動板75の上に圧電素子5が形成されている。
【0060】
圧電素子5は、振動板75上に、下部電極層52と圧電体膜53と上部電極層54とが順次積層された素子であり、圧電体膜53は、下部電極層52と上部電極層54とにより膜厚方向に電界が印加されるようになっている。
【0061】
インクジェット式記録ヘッド1では、圧電素子5に印加する電界強度を増減させて圧電素子5を伸縮させ、この伸縮が振動板75により加圧液室71に伝達され、これによって加圧液室71からのインクの吐出や吐出量の制御が行われる。すなわち、圧電アクチュエータは、圧電素子5と振動板75とにより構成される。
【0062】
基板51としては、熱伝導率、加工性が良いことからシリコン基板が好ましく、特には、シリコン基板上にSiO膜とSi活性層とが順次積層されたSOI基板等の積層基板が好適に用いられる。また、振動板75と下部電極層52との間に、格子整合性を良好にするためのバッファ層や、電極と基板との密着性を良好にするための密着層等を設けても構わない。
【0063】
加圧液室71が形成される基板51と、振動板75とは一体であっても、別体であってもよく、基板と別体で構成する場合には、基板としては、シリコンのみならず,ガラス,ステンレス(SUS),イットリウム安定化ジルコニア(YSZ),アルミナ,サファイヤ,及びシリコンカーバイド等を用いることができる。
【0064】
本実施形態において、圧電体膜53は、自発分極dのマイナス側が上部電極層54側であり、自発分極dのプラス側が下部電極層52側である(=自発分極が下向き)。また、下部電極層52は印加電圧が固定されるグラウンド(GND)電極であり、上部電極層24は印加電圧が変動されるアドレス電極である。圧電素子21には、上部電極層22の印加電圧を変動させる駆動制御を行う正電圧用駆動ドライバDが備えられている。
【0065】
下部電極層52の主成分としては、特に制限なく、Ir、Au,Pt,IrO,RuO,LaNiO,及びSrRuO等の金属又は金属酸化物、及びこれらの組合せが挙げられる。下部電極層52と上部電極層54の厚みは特に制限なく、50〜500nmであることが好ましい。
【0066】
上部電極層54の主成分としては、特に制限なく、下部電極層52で例示した材料、Al,Ta,Cr,及びCu等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料、及びこれらの組合せが挙げられる。
【0067】
圧電体膜53の膜厚は特に制限なく、通常1μm以上であり、例えば1〜10μmである。
また、圧電体膜53としては、本発明の圧電体膜の製造方法(例えば、第1の実施形態の圧電体膜の製造方法)により製造された圧電体膜を用いる。ここでは、特に、室温における圧電定数が200pm/V以上のものを用いる。
【0068】
以下に、上記ヘッドの製造方法の一例について説明する。
まず、基板51にエッチングにより加圧液室71を形成すると共に、基板51の加圧液室71の一壁を構成する面を振動板75に加工し、この基板51を吐出孔72を有する薄板76と張り合わせる。その後、基板51上に下部電極層52を成膜する。必要に応じて、下部電極層52を成膜する前に、バッファ層や密着層を成膜してもよい。これを基板Bとして、上述の例えば、第1の実施形態の圧電膜の製造方法により、下部電極層52上に圧電体膜53を成膜し、分極処理を施す。その後、上部電極層54を成膜し、駆動ドライバ及び必要な配線を形成する。
【0069】
上述の実施形態の圧電体膜の製造方法により得られた圧電体膜53は、自発分極dが上部電極層54(圧電体膜表面)側から下部電極層52(基板)に向かう向きとなり、かつ結晶配向性が高いため、上部電極層54をアドレス電極とする正電圧駆動により、電界印加強度の増減に伴う伸縮が効果的に起こり、電界誘起歪による圧電効果が効果的に得られる。
【実施例】
【0070】
本発明に係る実施例及び比較例について説明する。
(実施例1)
実施例1として、第1の実施形態の圧電体膜の製造方法および成膜装置で製造した圧電体膜を備えた圧電素子を作製した。
【0071】
予め、加圧液室が形成されダイアフラム構造(振動板構造)が形成されたSi基板51を用意し、振動板25上に下部電極層52としてTiを10nm、Irを150nm形成した。これを第1の実施形態における基板Bとし、この基板B(下部電極層52)上に、第1の実施形態の圧電体膜の製造方法および成膜装置で圧電体膜を製造した。
【0072】
Pb1.3Zr0.52Ti0.48+Nb(以降はNb−PZTとする)のターゲットTを用いて、Nb−PZT膜53をスパッタ法にて下部電極層52上に4μm形成した。スパッタ時の基板温度(成膜温度Ts)は475℃とした。なお、この膜のキュリー点は同条件で作製した膜を用いた測定により約350℃であることがわかっており、成膜温度Tsである475℃はキュリー点Tcよりも高い温度である。
【0073】
成膜後、基板温度が350℃に下がる前に、分極処理を開始した。ここでは、基板温度が475℃の時点で下部電極52にマッチングボックス23を介して高周波電圧を印加することにより開始した。成膜室(真空容器)10内の真空度は0.5Pa、Ar/O混合雰囲気(O体積分率50%)の条件であった(なお、成膜―分極工程を通して同じ雰囲気とした)。
【0074】
このときのrfパワーは30Wで、基板に印加される直流成分Vdc(=負のセルフバイアス)は−120Vであった。また、プラズマ空間中のプラズマの電位は、シングルプローブ法にて測定したところ、30Vであった。これよりプラズマ空間側から基板側に向かう向きの電界Eが生じており、このPZT膜には−150Vの電圧が印加されていることがわかった。
【0075】
このままの状態で基板Bを475℃から30℃/minにて300℃まで降温させた。その後、基板Bに印加する高周波電圧をオフとして、基板温度を室温に戻した。ここで、得られた膜についてXRD解析を行い、a軸に強く配向しているものであることが確認できた。
【0076】
得られた膜に上部電極層54としてIrを形成し、リフトオフ法を用いてパターン形成した。このようにして、Si基板51上にTi−Ir下部電極52、Nb−PZT膜53、Ir上部電極54が積層されてなる圧電素子5を得た。
【0077】
(比較例1)
比較例1として、上記実施例1と同様の成膜工程でNb−PZT膜を成膜し、但し、分極処理を施してない圧電体膜59を得た。この圧電体膜59は図7に示すように、基板側から膜表面側に向かう自発分極dpを有するものである。
【0078】
(比較例2)
比較例2として、上記実施例1と同様の成膜工程でNb−PZT膜を成膜し、分極処理を行う前に一旦室温まで低下させた圧電体膜について、100℃に加熱し、100kV/cmの電界を10分印加して逆分極処理を施した素子を得た。
【0079】
上記の実施例1、比較例1および2の圧電素子について、駆動試験を以下の手順で行った。
まず、実施例1、比較例2は、上部電極層54をプラス電位、下部電極層52をマイナス電位(接地)とする正電圧駆動を行う構成とし、比較例1は、上部電極層54にマイナス電位、下部電極層52を接地させて駆動する、負電圧駆動を行う構成とした。
【0080】
周波数1kHzの交流電圧を印加し、上部電圧を40V(負電圧駆動の場合は−40V)まで徐々に絶対値を増加させた際の変位量をレーザドップラー計を用いて測定した。実施例および各比較例の変位量の駆動電圧依存性を図8に示す。図8中、実施例1は実線、比較例1は点線、比較例2は一点鎖線で示す。
【0081】
図8に示すように、実施例1の素子と比較例1の素子とでは同等の大きさの電圧の印加により同等の大きな変位が得られ、一方比較例2の素子は実施例1、比較例1の変位量と比較すると変位量が小さいという結果が得られた。
【0082】
本実施形態の製造方法における成膜工程では、非常に結晶配向性のよい膜を得ることができ、分極工程を行うことなく温度を室温に低下させた場合、圧電体膜の分極のdpの向きは基板面から上部電極に向かう向きとなっている。従って、比較例1の素子は、負電圧駆動を行うことにより大きな変位が得られる。
【0083】
一方、成膜工程に引き続き成膜温度がキュリー点以下となる前に分極処理を開始した実施例1の素子においても、同等の変位量が得られており、分極処理を行わない場合と同様の配向性の高い素子が得られていることが分かる。
【0084】
比較例2の素子のように、成膜後、一旦室温まで低下させた素子は、分極処理前の時点では比較例1の素子と同様に、非常に結晶配向性のよい、分極のdpの向きが基板面から上部電極に向かう向きとなっている。これに対して再度加熱して電界を印加する分極処理を施したものについては、分極処理が十分に行えていないために、変位量が小さかったものと考えられる。
【0085】
なお、実施例1の圧電体膜が分極処理を施さない圧電体膜(比較例1)と同様に高い圧電性を実現できる理由は、成膜後、基板温度をキュリー点以下に下げることなく、分極を開始しているため、膜の履歴として、成膜後から一度も逆方向の分極方向(上部電極に向かう方向)を体験せずに、分極処理が施されるためではないかと推察される。
【0086】
(実施例2)
実施例2として、上記第2の実施形態の製造方法により圧電体膜を製造した。
素子構成および成膜条件は実施例1と同一とした。成膜後に基板温度を475℃に保ったまま下部電極にマイナス50Vを印加し、Nb−PZTのターゲット側に高周波電圧を印加してスパッタプラズマを生成させた。このとき膜が形成されると困るので、ターゲット上にはシャッターを26設置し、基板Bへの膜の付着を防止した。しかしながら、シャッター横からのプラズマにて、プラズマ空間中は約10Vの電位となった。
【0087】
このままの状態で、基板温度を30℃/minにて300℃まで降温させた。その後、基板Bに印加する電圧およびターゲットに印加している高周波電圧をオフにして、基板Bの温度を室温に戻した。この得られた膜に上部電極層を形成した。
【0088】
このようにして得られた実施例2の素子について変位をレーザドップラー計にて測定した。上記実施例1と同様に上部電極側にプラス電位、下部電極側にマイナス電位としたときに良好に変位した。変位から圧電定数を求めるとd31=250pm/Vであり良好な値であった。
【0089】
一般に、上部電極形成後に、リフトオフ法によりパターニングすることにより、1つの基板に、多数の圧電素子(チャンネル)が形成されることとなる。実施例2の方法で同時に得られた多数のチャンネルのうち、無作為に抽出した15のチャンネルについて変位量を調べ、そのばらつきを調べた(図9に示す)。
【0090】
比較として上述の比較例2の方法で同時に得られた多数のチャンネルのうち、無作為に抽出した15のチャンネルについて変位量を調べ、同様にそのばらつきを調べた(図10に示す)。
【0091】
実施例2のものは、標準偏差5.7程度のばらつきで、良好な均一性を示した。一方で、比較例2のものは、標準偏差が34程度となりばらつきが非常に大きかった。
【0092】
このように、本発明の圧電素子の製造方法により製造された圧電素子は、圧電特性が高いと同時に圧電特性のばらつきも少ないことが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0093】
本発明の圧電素子は、インクジェット式記録ヘッド,磁気記録再生ヘッド,MEMS(Micro Electro-Mechanical Systems)デバイス,マイクロポンプ,超音波探触子等に搭載される圧電アクチュエータ等に好ましく利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1】第1の実施形態の成膜装置全体の概略断面図
【図2】第1の実施形態の圧電体膜の製造方法における成膜中の様子を模式的に示す図
【図3】第1の実施形態の圧電体膜の製造方法における極処理中の様子を模式的に示す図
【図4】第2の実施形態の成膜装置全体の概略断面図
【図5】第3の実施形態の成膜装置全体の概略断面図
【図6】本発明に係る実施形態の圧電素子及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造を示す要部断面図
【図7】比較例の圧電素子及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッドの構造を示す要部断面図
【図8】実施例および比較例の圧電素子の変位量の駆動電圧依存性を示す図
【図9】実施例2の圧電素子の変位量のばらつきを示す図
【図10】比較例2の圧電素子の変位量のばらつきを示す図
【符号の説明】
【0095】
1、2、3 成膜装置
5 圧電体素子
10 真空容器
11 基板ホルダ
12 ターゲットホルダ
13、22 高周波電源
21 ヒーター
23 マッチングボックス
52 下部電極層
53、59 圧電体膜
54 上部電極層
71 加圧液室
72 液体吐出孔(液体吐出口)
74 ノズル(液体貯留吐出部材)
75 振動板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、キュリー点以上の成膜温度でスパッタ法により圧電体膜を成膜し、
該成膜後、前記圧電体膜の温度が前記キュリー点以下に低下する前に、該圧電体膜に対して該圧電体膜の表面側から前記基板側に向かう電界を生じさせ、分極処理を開始し、前記電界を生じさせた状態で、前記圧電体膜の温度を前記キュリー点以下に下げることを特徴とする圧電体膜の製造方法。
【請求項2】
前記電界を、前記基板に高周波電圧を印加した際に生じる負のセルフバイアス電圧により生じさせることを特徴とする請求項1記載の圧電体膜の製造方法。
【請求項3】
前記電界を、前記基板をマイナス電位とし、前記基板の表面側のプラズマ空間を前記マイナス電位よりも高い電位とすることにより生じさせることを特徴とする請求項1記載の圧電体膜の製造方法。
【請求項4】
前記電界を、前記基板を接地もしくはマイナス電位とし、前記圧電体膜の表面をプラス電位とすることにより生じさせることを特徴とする請求項1記載の圧電体膜の製造方法。
【請求項5】
前記圧電体膜の表面に対してプラスイオンを照射することにより前記圧電体膜の表面をプラス電位とすることを特徴とする請求項4記載の圧電体膜の製造方法。
【請求項6】
成膜ガスの導入と排気が可能な真空容器と、該真空容器内に配置される、ターゲットを保持するターゲットホルダと、該ターゲットホルダに対向して配置され、膜が成膜される基板を保持する基板ホルダと、前記ターゲットホルダと基板側との間にプラズマ空間を生成するプラズマ生成部とを備えた成膜装置において、
前記基板の温度を制御する温度制御部と、
前記基板に成膜される膜の表面側から前記基板側に向かう電界を生じさせる電界生成部とを備えたことを特徴とする成膜装置。
【請求項7】
前記電界生成部が、前記基板に高周波電圧を印加する高周波電源を備えたことを特徴とする請求項6記載の成膜装置。
【請求項8】
前記電界生成部が、前記基板をマイナス電位とするマイナス電位設定手段を備えたことを特徴とする請求項6記載の成膜装置。
【請求項9】
前記電界生成部が、前記基板を接地もしくはマイナス電位とする電位設定手段と、前記基板ホルダに対向する側から、該基板ホルダ側に向けてプラスイオンを照射するプラスイオン照射手段とを備えたことを特徴とする請求項6記載の成膜方法。
【請求項10】
請求項1から5いずれか1項記載の圧電体膜の製造により基板上に成膜して製造された圧電体膜であって、
表面から前記基板側に向かう向きの自発分極を有し、圧電定数が200pm/V以上であることを特徴とする圧電体膜。
【請求項11】
前記圧電体膜が、チタン酸ジルコン酸鉛、または、チタン酸ジルコン酸鉛にNb,W,Ni,Biからなる群から選ばれた少なくとも1つを加えたペロブスカイト型酸化物からなる(不可避不純物を含んでいてもよい。)ものであることを特徴とする請求項10記載の圧電体膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−231417(P2009−231417A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−73032(P2008−73032)
【出願日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】