説明

塗膜密着性に優れた塗装鋼板、及びその製造方法

【課題】 クロムフリー系の化成処理を行った場合、絞り成形のような厳しい成形をした後であっても優れた塗膜密着性を有する塗装鋼板、及びその製造方法を提供する。
【解決手段】 素地鋼板の少なくとも片面に6価クロムを含まない化成処理層を備え、さらにその上層に1層以上の塗膜を備える塗装鋼板であって、化成処理層はシリカ及びシランカップリング剤とを主成分とするとともに、リン酸根を実質的に含有しない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗膜密着性に優れた塗装鋼板及びその製造方法に関し、特に製品を成形する部位に用いる塗装鋼板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
家電製品、家具、建材及び自動車部品等の外板として塗装鋼板を用いる場合は、従来、加工を行わない平板部や曲げ加工等の単純な加工がなされる用途にのみ使用されていた。一方、絞り成形がなされる用途には、冷延鋼板又はめっき鋼板を使用して、成形加工後塗装するポストコートを行っていた。しかし近年、塗装鋼板の普及率の増加に伴い、絞り加工がなされる用途へも塗装鋼板(いわゆるプレコート鋼板)が使用されるようになっている。
【0003】
絞り加工をなされる用途では、例えばこのように最外層の塗膜の潤滑性を高めた塗装鋼板を適用することがよく知られている。また、最近の環境規制に対応すべく、塗装鋼板においても、化成処理としてのクロムフリー化が進められている。
【0004】
この際、クロメートに代わるクロムフリー系の化成処理として、例えば特許文献1にシランカップリング剤、樹脂、シリカの3元系のクロムフリー化成処理を用いた塗装鋼板が記載されている。当該特許文献1では、リン酸をpH調整剤として添加することが記載されており、またその実施例において、3元系を下地とした塗装鋼板の密着性を評価している。
【0005】
また特許文献2には、金属イオン−リン酸−シランカップリング剤−樹脂系のクロムフリー化成処理を用いた塗装鋼板が記載されており、その0038段落にはシリカゾルを添加してよい旨の記載もある。
【特許文献1】特開平11−256096号公報
【特許文献2】特開平11−106945号公報
【特許文献3】特開平9−324282号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
成形される用途に適用される塗装鋼板においては、成形前だけでなく成形後も塗膜の密着性が維持されている必要がある。従来のシリカ−リン酸−有機樹脂複合系の化成処理では、絞り成形のような厳しい成形をした後の塗膜密着性は、必ずしも良好でなかった。この現象を調査したところ、めっきと化成処理との界面で剥離が生じていることがわかった。めっき界面での塗膜密着性を向上させる方法として、化成処理がクロメートの場合は、特許文献3のようにめっき皮膜にあらかじめ微細なクラックを設けておく方法も考えられる。しかしながら、この方法のみでは、十分な塗装密着性は得られなかった。
【0007】
そこで本発明は、クロムフリー系の化成処理を行った場合、絞り成形のような厳しい成形をした後であっても優れた塗膜密着性を有する塗装鋼板、及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、シリカ−リン酸−有機樹脂複合系の化成処理をベースに検討したところ、さらにシランカップリング剤を適用することが塗膜密着性の向上に有効である場合があることを見出した。しかしながら、このような処理液では、塗膜密着性が必ずしも良好でない場合もあった。一方、リン酸を実質的に含まない化成処理液を用いて処理したところ、塗膜密着性が向上し、リン酸を含有する液を用いた場合よりも、化成処理液自体の経時安定性は良好であった。
【0009】
本発明は、上記知見に基づき完成されたものであり、その要旨は以下の通りである。
【0010】
請求項1に記載の発明は、素地鋼板の少なくとも片面に6価クロムを含まない化成処理層を備え、さらにその上層に1層以上の塗膜を備える塗装鋼板であって、化成処理層はシリカ及びシランカップリング剤とを主成分とするとともに、リン酸根を実質的に含有しないものであることを特徴とする塗装鋼板である。ここに「主成分とする。」とは、化成処理層全体の質量を100としたとき、当該成分の質量が50以上であることを意味する(以下、同様である。)。
【0011】
請求項2に記載の発明は、素地鋼板の少なくとも片面に6価クロムを含まない化成処理層を備え、さらにその上層に1層以上の塗膜を備える塗装鋼板であって、化成処理層はシリカ及びシランカップリング剤、並びに樹脂を主成分とするとともに、リン酸根を実質的に含有しないものであることを特徴とする塗装鋼板である。
【0012】
請求項3に記載の発明は、請求項1又は2に記載の塗装鋼板において、化成処理層に、ジルコニウム塩、及びベンゾチアゾール又はその誘導体の少なくとも一種を含有することを特徴とする。
【0013】
請求項4に記載の発明は、請求項1〜3のいずれか1項に記載の塗装鋼板において、化成処理層の付着量が当該皮膜中のSiとして10mg/m以上であることを特徴とする。
【0014】
請求項5に記載の発明は、請求項1〜4のいずれか1項に記載の塗装鋼板において、素地鋼板が表面にクラックを備える電気亜鉛系合金めっき鋼板であるとともに、鋼板表面1mmあたりのクラックで囲まれた領域の個数が1000個〜15000個であることを特徴とする。
【0015】
請求項6に記載の発明は、素地鋼板の少なくとも片面に化成処理層を形成する化成処理工程と、化成処理層の上に1層以上の塗装を行う塗装工程とを備える塗装鋼板の製造方法であって、化成処理工程がコロイダルシリカ及びシランカップリング剤を主成分とするとともにリン酸根を実質的に含まない水性化成処理液を使用するものであり、乾燥質量比で、水性化成処理液中のコロイダルシリカの質量(B)に対するシランカップリング剤の質量(C)の比(B/C)が1.5〜10であることを特徴とする、塗装鋼板の製造方法である。
【0016】
請求項7に記載の発明は、請求項6に記載の塗装鋼板の製造方法において、水性化成処理液にさらに樹脂が含まれ、乾燥質量比でで、樹脂の質量(A)に対するコロイダルシリカとシランカップリング剤との合計質量(B+C)の比(A/(B+C))が0.01〜0.5であることを特徴とする。
【0017】
請求項8に記載の発明は、請求項6又は7に記載の塗装鋼板製造方法において、素地鋼板が電気系亜鉛合金めっき鋼板であり、化成処理工程の前に該めっき鋼板を酸性水溶液に接触させる工程を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明の塗装鋼板は、成形後も塗膜密着性が良好であり、特に厳しい成形がなされるような用途へも適用が拡大できる。またクロムフリーの塗装鋼板であり、環境面からも塗装鋼板の適用範囲を拡大できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明は、塗装下地鋼板の上にシリカ及びシランカップリング剤を含有し燐酸を実質的に含有しない化成処理を施した後、さらに1層以上の塗膜を形成する塗装鋼板、及びその製造方法である。図1は、該塗装鋼板の層構成の一例を概略的に示す斜視図である。図1においては理解を容易にするために各層の厚みを同程度に表している(実際にはこれと異なる。)。図11の塗装鋼板において、通常は鋼板の両面側にそれぞれに各層が同一順に積層されているが、本発明ではこれらの層は少なくとも一面側に形成されていれば良い。鋼板の片面側(例えば図11の上面側)に注目すると、塗装鋼板は、
鋼板/亜鉛系めっき層/クロムフリー化成処理層/下塗り塗膜/上塗り塗膜、
の順に各層が積層されている。
【0020】
1.素地鋼板
本発明では、塗装下地に用いられる素地鋼板は特に限定されない。通常は、耐食性の観点から亜鉛系めっき鋼板を用いることが多い。また、絞り成形される用途に適用される場合は、絞り性に優れた鋼板、例えばTi及び/又はNbなどの炭窒化物形成元素がC及びN量に対して当量以上添加されている極低炭素系のIF(Interstitial Free)鋼を用いるのが好ましい。
【0021】
また、めっき種についても特に限定されない。ただし、後述するように表面に微細なクラックを有すると、塗膜密着性が改善される。溶融めっきでは、合金化溶融亜鉛めっき鋼板が、電気めっきでは表面に微細クラックを有するZn-Ni合金めっきやZn-Fe合金めっき鋼板が好ましい。この微細クラックは、めっき後に、例えば酸水溶液に接触させる(電気めっきの場合、酸性のめっき液中を無通電で通過させてもよい。)ことで、めっき皮膜に微細なクラックを比較的容易に発生させることができる。クラックの目安としては、1mmあたりのクラックで囲まれた領域の個数として1000個〜150000個の範囲である。好ましくは2000個〜50000個の範囲である。
【0022】
一方、素地鋼板に合金化溶融亜鉛めっき鋼板を用いた場合、表面の微細凹凸によって、塗装後の光沢、ツヤや鮮映性を低下させることがある。そのため、このような光沢等と前述した塗膜密着性を両立させるには、素地鋼板として微細クラックを備える電気Zn-Ni合金めっきやZn-Fe合金めっき鋼板を用いるのがよい。
【0023】
2.化成処理
2−1) 化成処理液の成分
本発明においては、クロムフリー化成処理として、シリカ及びシランカップリング剤を含有し、リン酸を実質的に含有しない化成処理液を用いた化成処理を施す。
【0024】
本発明では、さらにシリカ及びシランカップリング剤を必須成分とする。これらを含有することにより、塗膜密着性が良好となる。
【0025】
シリカとしては、コロイダルシリカを用いる。これは乾式シリカを用いる場合と比較して、水溶液中での分散、分散液の経時安定性の点で有利だからである。ただし、性能が許す限り乾式シリカをコロイダルシリカと併用してもよい。
【0026】
シランカップリング剤は、アルコキシ基が加水分解して水酸基となり、水酸基同士が縮合することで、架橋シロキサン結合を骨格とする皮膜を形成する。アルコキシ基が少ないと、架橋反応が遅延し、基体との密着性が低下することがある。一方、有機官能基が少ないと、上層のクリア塗膜との密着性が低下することがある。これらの点から、シランカップリング剤はトリアルコキシル型であることが好ましい。本発明で使用するのに適したシランカップリング剤の具体例としては、下記の化合物(慣用名も含む。)を例示することができるが、これらに限定されるものではない。
:ビニルエトキシシラン、ビニルメトキシシラン、N-(2-アミノメチル)3-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N-(2-アミノメチル)3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラメトキシシラン
【0027】
これらの好ましい配合比は、乾燥質量比で、コロイダルシリカの質量をB、シランカップリング剤の質量をCとしたとき、B/Cが1.5〜10の配合比であり、さらに好ましくはB/Cが2〜3の範囲である。
【0028】
上記配合比が大きすぎると、かえって塗膜密着性が悪くなる。一方、配合比が小さすぎると、化成処理液がゲル化しやすくなるなど処理液自体の安定性が大幅に損なわれる。
【0029】
本発明では、化成処理液中にリン酸を実質的に含有しない。これは、調合後にある程度時間の経過した化成処理液を使用した場合、塗膜密着性がかならずしも良好でないからである。この理由は明らかでないが、リン酸が化成処理液中のシリカやシランカップリング剤の分散性に悪影響を及ぼし、凝集が起こるためではないかと考えられる。なお、不純物として許容されるリン酸根の含有量上限の目安としては、シリカの乾燥質量比に対するリン酸根の乾燥質量比で0.01であると考えられる。
【0030】
本発明においては、使用する化成処理液中に有機樹脂を配合して、さらに塗装密着性や耐食性等の向上をはかることもできる。好ましい有機樹脂としては、水に分散可能な水分散型樹脂又は樹脂エマルションが挙げられる。これら水分散型樹脂として、熱硬化可能でしかも加工性、耐薬品性に優れるという点から、アクリル系樹脂エマルション、水分散型ポリエステル樹脂、水分散型ウレタン樹脂が好ましい。また、配合比としては、乾燥質量比で、有機樹脂の質量をA、シリカ及びシランカップリング剤の合計量を(B+C)としたとき質量比A/(B+C)は、0.01〜0.5が好ましく、さらに好ましくは0.1〜0.3である。
【0031】
また、本発明においては、耐食性を向上させるため、必要に応じ防錆添加剤を添加してよい。好ましい防錆添加剤としては、例えば、ジルコニウム塩、バナジウム化合物、チアゾール化合物等が挙げられる。
【0032】
さらに、本発明の性能を害しない限り、下地鋼板との密着性向上を図るためのフッ酸根(フッ化物イオンのほか、フッ化チタン酸イオンのような錯フッ化イオンを含む。)や、各種防錆添加剤、塗装作業性、液安定性改善のための増粘剤や界面活性剤、pH調整剤等を添加することができる。
【0033】
本発明で用いる化成処理液は、作業環境面、安全面から水系の処理液が好ましい。ただし、必要であればアルコールその他溶剤系溶媒が若干量混合されていてもよい。
【0034】
2−2) 化成処理液の付着量・塗布方法
化成処理皮膜の付着量に関しては、付着量が多いほど、耐食性だけでなく成形後の塗膜密着性も良好な傾向がある。具体的には、前述した処理液組成であって、調合後時間をおかずに用いる場合、化成処理被膜中のSiとして、10mg/m以上付着させるのが好ましい。一方、付着量が大きすぎると、化成処理膜自体の膜厚が大きくなり化成処理被膜での凝集破壊の危険性があるので、化成処理被膜中のSiは50mg/m以下とするのが好ましい。
【0035】
化成処理液の塗布方法についても特に限定されない。連続操業においては、ロールコート法や、基材を処理液に浸漬、又は基材に処理液をスプレーしたのちリンガーロールで付着量を絞る方法等が挙げられる。
【0036】
3.塗装
本発明においては、化成処理皮膜の上に1層以上の塗膜を形成する。通常、プレコート鋼板においては、性能、特に外観を保証する面には、下塗り、上塗りの2層の塗装がなされる。必要に応じて、塗膜は1層、又は3層若しくはそれ以上であってもよい。塗膜の成分や厚みは、要求される性能に応じて設計されればよい。以下、2層塗装の場合の好ましい形態を説明する。
【0037】
2層塗装の際の下塗り、いわゆるプライマーとしては、塗膜密着性や耐食性の観点から、ポリエステル系樹脂、ウレタン系樹脂、あるいはエポキシ系樹脂が多く用いられている。このとき、ガラス転移温度(Tg)の低い樹脂を使用する方が、塗膜密着性が一般に良好である。これは、塗膜中の内部応力が減少し、密着性が向上するためであると考えられる。好ましくはTgが30℃以下の樹脂を用いるのがよいとされている。しかしながら、本発明の塗装鋼板では、後述する実施例で示すように、Tgが35℃の樹脂を使用したプライマーであっても塗膜密着性が良好である。
【0038】
本発明において、上塗り塗膜については、特に限定されない。なお本発明では、主に高加工用途での塗装鋼板の塗膜密着性を中心に検討しているが、このような用途に適用する場合には、ワックス等の潤滑剤を含有した高加工性の塗膜とすることも好ましい。
【実施例】
【0039】
(1)塗装鋼板試験片の作成
1−1.塗装下地鋼板
厚さ0.60mmの冷間圧延鋼板を母材とする、12%Ni−Zn電気めっき鋼板(めっき付着量:20g/m)を基材として使用した。このめっき鋼板は、めっきに引き続いてそのまま酸性めっき液中に無通電状態で浸漬することにより、めっき皮膜に1mmあたり1000個〜50000個程度のクラックで囲まれた領域を形成した。
【0040】
このような電気めっき鋼板を、アルカリ脱脂後、酸性液のニッケル処理液で表面調整することにより、めっきクラックをさらに増加させた。処理後の鋼板は、めっき皮膜中に1mmあたり3000個〜150000個程度のクラックで囲まれた領域を有していた。その後さらに水洗、乾燥してから、速やかに後述する化成処理を施した。
【0041】
1−2.化成処理
処理液1の調合(本発明例1に使用される水系化成処理液)
コロイダルシリカ分散液(B液)として、日産化学工業株式会社製のスノーテックスN(コロイダルシリカの平均粒径:10〜20nm、シリカ含有量:20質量%)を使用した。この水溶液に攪拌しながら水を加えた液にさらに、シランカップリング剤(C液)として、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(チッソ株式会社製サイラスエースS510)を徐々に添加した。この混合液の質量比率は、B液:水:C液=6.0:93.5:0.5とした。
シランカップリング剤の混合にあたっては、約15分程度かけて徐々に添加した。このようにして水系化成処理液1を得た。
【0042】
処理液2の調合(本発明例2に使用される水系化成処理液)
まず、ポリエステル系樹脂エマルションの含有液(A液)を次のように作製した。
水分散ポリエステル系樹脂の分散液(MD-1400 バイロナール 東洋紡績株式会社製、樹脂分30%)1質量部に、2,5-ジメルカプト-1,3,4-チアジアゾール(和光純薬工業株式会社製)0.34質量部と炭酸ジルコニウムアンモニウム(シグマ-アルドリッチジャパン株式会社製)0.85質量部とを加え、そこにさらに水を加えて合計で93.5質量部とした。
次に、このA液を緩やかに攪拌しながら、コロイダルシリカ分散液(B液)を徐々に添加した。A液:B液の混合比は、A液:B液=93.5:6とした。なおB液としては、前述の日産化学工業株式会社製スノーテックスNを用いた。
さらに、A液とB液の混合後速やかに、この混合液を攪拌しながら、シランカップリング剤含有液(C液)として、3−グリシジルプロピルトリメトキシシラン(S510 サイラエース チッソ株式会社)を徐々に添加した。A、B混合液とC液の混合比は、A、B混合液:C液=99.5:0.5とした。C液の混合にあたっては、約15分程度かけて徐々に添加し、水系化成処理液2を得た。
【0043】
処理液3の調合(比較例に使用される水系化成処理液)
まず、ポリエステル系樹脂エマルションとリン酸の混合液(A液)を次のように作製した。
水分散ポリエステル系樹脂の分散液(MD-1400 バイロナール 東洋紡績株式会社製、樹脂分30%)1質量部 に リン酸ナトリウム(和光純薬工業株式会社製)0.37質量部と2,5-ジメルカプト-1,3,4-チアジアゾール(和光純薬工業株式会社製)0.34質量部と 炭酸ジルコニウムアンモニウムシグマ-アルドリッチジャパン株式会社製):0.85質量部とを加え、さらに水を加えて合計で93.5重量部とした。
次に、このA液を緩やかに攪拌しながら、コロイダルシリカ分散液(B液)を徐々に添加した。A液:B液の混合比は、A液:B液=93.5:6とした。なおB液としては、前述の日産化学工業株式会社製スノーテックスNを用いた。
さらに、A液とB液の混合後速やかに、この混合液を攪拌しながら、シランカップリング剤含有液として、3−グリシジルプロピルトリメトキシシラン(S510 サイラエース チッソ株式会社)を徐々に添加した。A、B混合液とC液の混合比(液としての質量比)は、99.5:0.5とし、C液の混合にあたっては、約15分程度かけて徐々に添加し、比較用化成処理液3を得た。
これら処理液1〜3の100質量部中の各成分の乾燥質量を表1に示す。
【0044】
【表1】

【0045】
これら化成処理液を、作製した直後、3日後、90日後のものを使用して以下の塗装作業を実施した。化成処理液の塗布にあたっては、バーコート法を用い、化成処理付着量は、被膜中Si付着量で0.5〜45g/mの範囲で変更した。処理液を塗布後、熱風炉で板温が約100℃程度となるように乾燥した。一部については、板温が230℃となるように乾燥し、その後温度が下がってから水洗、乾燥した。
【0046】
1−3 塗装
化成処理後、以下に述べる方法で上記方法で化成処理を施しためっき鋼板の両面に塗膜を形成させた。
a)下塗り塗膜:Tgが35℃のポリエステル系樹脂塗料(ポリエステル樹脂100質量部に対し、メラミン系架橋剤を18質量部、顔料としてリン酸アルミニウム、リン酸カルシウムを各15質量部含有する。)を塗布した。これを45秒間で鋼板の最高温度が200℃となるような条件で乾燥し、下塗り塗膜を形成した。
b)上塗り塗膜:下塗り塗膜を形成させた後、ポリエステル系樹脂塗料(ポリエステル樹脂100質量部に対し、メラミン系架橋剤を18質量部、顔料としてチタニア25質量部、シリカ15質量部、及びポリエチレンワックス3質量部を含有する。)を塗布した。これを60秒間で鋼板の最高温度が230℃となるような条件で乾燥し、上塗り塗膜を形成した。上塗り塗膜の平均膜厚は、15μmとした。
【0047】
(2)評価
2−1 処理液の経時変化
調合後の経過時間の異なる化成処理液について、可視光領域での透過率を測定した。処理液中の成分であるコロイダルシリカの凝集が生じると、透過するはずの光が散乱することにより、初期の状態と比較して透過率が低下すると考えられる。この方法により、簡易的ではあるが、処理液の凝集状態、すなわち調合からの時間経過による処理液の経時変化を測定した。
【0048】
2−2 塗装密着性
上記(1)に記載した方法により作成された塗装鋼板試験片を用いて、以下の条件で円筒深絞りを行った。
深絞り条件
ポンチ径:50mm ポンチ肩R:5mm ダイス径:52.5mm ダイス肩R:5mm
しわ抑え力:14700N
絞り速度:毎分10mm
潤滑油:使用せず。
塗膜面をダイス側、有機皮膜面をポンチ側とした。
このような条件で作成した絞りサンプルを、沸騰水に24時間浸漬し、その後の塗膜の剥離状態を評価した。図4に示すように、塗膜の状態にほとんど変化がないものを「5(良)」とし、以下、塗膜のフクレや端面からの塗膜剥離等の異常の状態に応じて、「1」を最低とする1〜5までの評点で評価した。
(評価基準)
5点:絞りフランジ面、その他で塗膜の剥離無し。 ・・・ 合格レベル
4点:絞りフランジ面で若干小さな剥離あり。 ・・・ 合格レベル
3点:絞りフランジ面で小さな剥離多々あり。
2点:絞りフランジ面、絞り壁部で塗膜の剥離あり。
1点:絞りフランジ面、絞り壁部で大部分の塗膜が剥離。
【0049】
2−3 耐食性
前記の条件で円筒深絞りを施した深絞りサンプルについて、JIS Z2371に規定する塩水噴霧試験で120時間後の変化を観察した。試験前とほとんど変化がないものを「5(良)」とし、以下、塗膜のフクレや端面からの塗膜剥離等の異常の状態に応じて、「1」を最低とする1〜5の評点で評価した。
(評価基準)
5点:絞りフランジ面、その他で塗膜の剥離、膨れ無し。 ・・・ 合格レベル
4点:絞りフランジ面で若干塗膜の小さな剥離、膨れあり。・・・ 合格レベル
3点:絞りフランジ面で小さな剥離多々あり。
2点:絞りフランジ面、絞り壁部で塗膜の剥離あり。
1点:絞りフランジ面、絞り壁部で大部分の塗膜が剥離。
【0050】
(3)評価結果
3−1 処理液の経時変化
図1〜3は、調合後1日以内、調合後3日後、及び調合後90日を経過した処理液1〜3について、可視光領域での波長を変えて透過率を測定したものである。リン酸根を含む処理液3の同一波長における化成処理液の透過率は、調合後の経過時間によって低下する傾向が認められた(図3)。これに対し、リン酸根を含んでいない処理液1、及び処理液2(本発明にかかる処理液である。)では透過率の変化はほとんど確認されなかった(図1、2)。
【0051】
3−2 塗装密着性
図5〜7は、表1に示した3種類の処理液1〜3を、調合後1日以内、調合後3日後、及び調合後90日を経過したものを用いて化成処理を施し、被膜中Si付着量が0.5〜45g/mの範囲となるように調整したサンプルの円筒絞り後の塗膜密着性を比較したものである。処理液1により化成処理された本発明例1、及び処理液2により化成処理された本発明例2では調合後の時間の影響はほとんどなく、いずれの条件でも10mg/m以上の化成処理付着量で合格レベル(4以上)であった(図5、6)。これに対して、処理液3により化成処理された比較例においては、調合後1日以内の液を用いたもののみ、処理液1、2により化成処理された本発明例1、本発明例2と同様の結果を示し、調合後3日、調合後90日と時間の経過とともに密着性が低下していることが確認された(図7)。
【0052】
3−3 耐食性
図8〜10は、表1に示した3種類の化成処理液1〜3を調合後1日以内、調合後3日後、及び調合後90日を経過した処理液を用いて化成処理を施し、被膜中Si付着量が0.5〜45g/mの範囲となるように調整したサンプルの円筒絞り後の耐食性を比較したものである。処理液1により化成処理された本発明例1、及び処理液2により化成処理された本発明例2では調合後の影響はほとんどなく、いずれの条件でも10mg/m以上の化成処理付着量で合格レベル(4以上)であった(図8、9)。しかしながら本発明例1(図8)は、本発明例2(図9)と比較して若干耐食性が劣っていることが確認された。これは本発明例2で使用した処理液2と比較して、本発明例1で使用した処理液1は、化成処理液成分にシリカのみしか配合されておらず、防錆添加剤を含んでいないためであると推測できる。比較例においては調合後1日以内の化成処理液3を用いたもののみ、本発明例1、本発明例2と同等の結果を示し、調合後3日、調合後90日と時間の経過とともに耐食性が低下していることが確認された(図10)。
【0053】
これらのことから、処理液3では、時間の経過とともにリン酸の影響により、処理液中のシリカが凝集を起こしているものと推測される。図7、図10で見られるリン酸根を含む比較例での経時劣化後の密着性、耐食性低下は、リン酸根の影響により化成処理液成分であるシリカが凝集したことで引き起こされたものと考えられる。
【0054】
以上、現時点において、もっとも、実践的であり、かつ、好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲及び明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う塗装鋼板、及びその製造方法もまた本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】化成処理液1作成後の日数を変化させた場合における、可視光領域での波長と透過率との関係を示す図である。
【図2】化成処理液2作成後の日数を変化させた場合における、可視光領域での波長と透過率との関係を示す図である。
【図3】化成処理液3作成後の日数を変化させた場合における、可視光領域での波長と透過率との関係を示す図である。
【図4】塗装鋼板の、塗膜密着性基準を表す図である。
【図5】本発明例1にかかる塗装鋼板の、被膜中Si付着量と化成塗膜密着性との関係を示す図である。
【図6】本発明例2にかかる塗装鋼板の、被膜中Si付着量と化成塗膜密着性との関係を示す図である。
【図7】比較例にかかる塗装鋼板の、被膜中Si付着量と化成塗膜密着性との関係を示す図である。
【図8】本発明例1にかかる塗装鋼板の、被膜中Si付着量と耐食性との関係を示す図である。
【図9】本発明例2にかかる塗装鋼板の、被膜中Si付着量と耐食性との関係を示す図である。
【図10】比較例にかかる塗装鋼板の、被膜中Si付着量と耐食性との関係を示す図である。
【図11】塗装鋼板の層構成を示す概略図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
素地鋼板の少なくとも片面に6価クロムを含まない化成処理層を備え、さらにその上層に1層以上の塗膜を備える塗装鋼板であって、
前記化成処理層は、シリカ及びシランカップリング剤とを主成分とするとともに、リン酸根を実質的に含有しないものであることを特徴とする塗装鋼板。
【請求項2】
素地鋼板の少なくとも片面に6価クロムを含まない化成処理層を備え、さらにその上層に1層以上の塗膜を備える塗装鋼板であって、
前記化成処理層は、シリカ及びシランカップリング剤、並びに樹脂を主成分とするとともに、リン酸根を実質的に含有しないものであることを特徴とする塗装鋼板。
【請求項3】
前記化成処理層に、ジルコニウム塩、及びベンゾチアゾール又はその誘導体の少なくとも一種を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の塗装鋼板。
【請求項4】
前記化成処理層の付着量が当該皮膜中のSiとして10mg/m以上であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の塗装鋼板。
【請求項5】
前記素地鋼板が表面にクラックを備える電気亜鉛系合金めっき鋼板であって、前記鋼板表面1mmあたりのクラックで囲まれた領域の個数が1000個〜15000個であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の塗装鋼板。
【請求項6】
素地鋼板の少なくとも片面に化成処理層を形成する化成処理工程と、前記化成処理層の上に1層以上の塗装を行う塗装工程とを備える塗装鋼板の製造方法であって、
前記化成処理工程が、コロイダルシリカ及びシランカップリング剤を主成分とするとともに、リン酸根を実質的に含まない水性化成処理液を使用するものであり、
乾燥質量比で、前記水性化成処理液中の前記コロイダルシリカの質量(B)に対する前記シランカップリング剤の質量(C)の比(B/C)が1.5〜10であることを特徴とする、塗装鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記水性化成処理液にさらに樹脂が含まれ、乾燥質量比で、前記樹脂の質量(A)に対する前記コロイダルシリカと前記シランカップリング剤との合計質量(B+C)の比(A/(B+C))が0.01〜0.5であることを特徴とする、請求項6に記載の塗装鋼板の製造方法。
【請求項8】
前記素地鋼板が電気系亜鉛合金めっき鋼板であり、前記化成処理工程の前に該めっき鋼板を酸性水溶液に接触させる工程を備えることを特徴とする、請求項6又は7に記載の塗装鋼板製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2006−281710(P2006−281710A)
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−108003(P2005−108003)
【出願日】平成17年4月4日(2005.4.4)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】