説明

変速機の同期装置

【課題】ブロッキングリングの摩擦面からの潤滑油の排出性を確保しつつ、該摩擦面への潤滑油の導入量が少ない場合でも、摩擦面を適切な潤滑状態に保つことができる同期装置の潤滑構造を提供する。
【解決手段】アウターリング21は、内径側へ延びるフランジ部21bと、シンクロコーン35に摺接するテーパ状の摩擦面23と、環状溝からなる潤滑油案内路22とを有している。また、アウターリング21の係合片21cと、インナーリング33の切欠部33cとの間には、回転軸2側を向いて開口する隙間部Sが形成されている。そして、摩擦面23には、潤滑油案内路22からの潤滑油を排出する排出溝25と、摩擦面23の潤滑を行うための潤滑溝27との2種類の溝が設けられている。潤滑溝27は、隙間部Sに対向する位置でその幅寸法の範囲内に配置されて、その容積が排出溝25の容積よりも少なく設定されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の手動変速機などに用いられる同期装置(シンクロメッシュ装置)の潤滑構造に関し、特に、ブロッキングリングの摩擦面を潤滑するための潤滑構造に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の手動変速機(マニュアルトランスミッション)をはじめとする各種の変速機は、複数段の変速ギヤ列を有しており、シフトレバーによって変速段を切り換えて各段のギヤを噛合させる。これにより、走行条件に応じてエンジンの動力を変換して出力することで、車輪を駆動するように構成されている。このような変速機においては、ギヤの噛み合い状態の切り換えを伴う変速の際に、シンクロ荷重(シフト操作荷重)を低減して変速操作を迅速且つ容易に行うための機構として、例えば特許文献1に示すような同期装置(シンクロメッシュ装置)を備えている。
【0003】
このような同期装置としては、シンクロリング(シンクロナイザーリング)とドグギヤとをテーパ面同士の接触で当接させるシングルコーン方式のほか、インナーリングとアウターリングとの間に挟まれたシンクロコーンをその内外周のテーパ状の摩擦面でインナーリング及びアウターリングにそれぞれ当接させるダブルコーン方式のものが知られている。さらにトリプルコーン方式の同期装置もある。マニュアルトランスミッションのほか、AMT(Automatic Manual Transmission)、デュアルクラッチトランスミッションなどにおける変速段の一部には、ダブルコーン方式の同期装置が採用されている。
【0004】
ダブルコーン方式の同期装置では、同期動作の際にアウターコーンの内周に形成したテーパ状の摩擦面がシンクロコーンの外周面に対して摺接する。そのため、上記の摩擦面には、軸心潤滑構造の場合、回転軸内の潤滑穴から潤滑油が供給されるようになっている。この潤滑油は、回転軸の外周面に形成した油穴から該回転軸の回転による遠心力で径方向の外側に排出され、アウターコーンの内周側で受け止められてからテーパ状の摩擦面に導入される。
【0005】
しかしながら、摩擦面に導入された潤滑油が長い間滞留すると、潤滑油の温度が上昇するなどして同期結合に必要な摩擦力を保持できなくなったり、摩擦面の劣化を早めたりするおそれがある。そのため、上記の摩擦面には、導入された潤滑油を効率的に排出するための排出溝が形成されている。この排出溝は、テーパ状の摩擦面をその小径側から大径側へ軸方向に横断する所定幅の溝として形成されている。したがって、摩擦面に導入された潤滑油は、この排出溝に沿って流れることで摩擦面を横断して外部へ排出されるようになっている。
【0006】
上記の排出溝は、摩擦面に導入された潤滑油を効率的に排出するのに適した形状及び配置構成を有している。そのため、摩擦面に導入される潤滑油の量が十分に多いときは、摩擦面に存在する潤滑油が適量となり、摩擦面の状態を良好に保つことができる。しかしながら、回転軸が低回転の場合など、摩擦面に導入される潤滑油の量が少ないときは、潤滑油が過剰に排出されてしまい、摩擦面に存在する潤滑油が不足するおそれがある。これにより、摩擦面に必要な摩擦力を確保できなかったり、摩擦面の磨耗が早期に進行したりするおそれがある。そこで、上記の摩擦面の潤滑においては、従来からある排出溝によって潤滑油の排出性を確保しつつ、潤滑油の導入量が少ない場合でも摩擦面の機能を良好に維持できるような構造を採用することが必要である。
【0007】
なお、特許文献2には、シンクロナイザリングの摩擦面に導入された潤滑油を効率的に排出するための構造として、シンクロナイザリングの摩擦面とそれに摺接するスピードギヤの内周面との傾斜角を互いに異ならせることで、摩擦面と内周面との間に隙間を確保する構成が開示されている。しかしながら、この構成では、潤滑油の排出量が多くなってしまうため、摩擦面に導入された潤滑油を十分に保持することができない。したがって、やはり、摩擦面に導入される潤滑油の量が少ないときには、摩擦面に存在する潤滑油が不足するおそれがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2011−33134号公報
【特許文献2】実開平5−58966号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上述の点に鑑みてなされたものであり、その目的は、ブロッキングリングの摩擦面からの潤滑油の排出性を確保しつつ、該摩擦面への潤滑油の導入量が少ない場合でも摩擦面を適切な潤滑状態に保つことができる同期装置の潤滑構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するための本発明は、回転軸(2)に相対回転可能に支持された変速ギヤ(3)と、回転軸(2)に結合されたシンクロハブ(6)と、シンクロハブ(6)に対して回転軸(2)の軸方向に沿って移動可能にスプライン結合されたシンクロスリーブ(7)と、軸方向におけるシンクロハブ(6)と変速ギヤ(3)との間に配置されて、シンクロスリーブ(7)の移動に伴いシンクロハブ(6)と変速ギヤ(3)との摩擦係合を可能にするブロッキングリング(20)と、を備え、ブロッキングリング(20)は、径方向の外側に配置されて、シンクロスリーブ(7)に噛合可能なドグ歯(21d)を外周に有するアウターリング(21)と、径方向の内側に配置されてアウターリング(21)と相対回転不能に係合するインナーリング(33)と、径方向におけるアウターリング(21)とインナーリング(33)との間に配置されてそれらと摺接可能であると共に、変速ギヤ(3)側に相対回転不能に係合してなるシンクロコーン(35)と、で構成されている変速機の同期装置における潤滑構造であって、アウターリング(21)は、シンクロハブ(6)側の端部に設けた内径側へ延びるフランジ部(21b)と、シンクロコーン(35)に摺接するテーパ状の摩擦面(23)と、摩擦面(23)とフランジ部(21b)との間を周方向に延びる環状溝からなり回転軸(2)側から供給される潤滑油を摩擦面(23)へ案内する潤滑油案内路(22)と、フランジ部(21b)の内周縁(21e)から内径側に突出する突起状の係合部(21c)と、を有しており、インナーリング(33)は、アウターリング(21)の係合部(21c)を係合させる切欠部(33c)を有しており、該切欠部(33c)内には、係合部(21c)との間に回転軸(2)側を向いて開口する隙間部(S)が形成されており、アウターリング(21)の摩擦面(23)には、潤滑油案内路(22)から軸方向に延びて摩擦面(23)を横断する排出溝(25)と、潤滑油案内路(22)から摩擦面(23)内へ軸方向に延びる潤滑溝(27)と、が設けられており、潤滑溝(27)は、隙間部(S)に対向する位置で周方向における該隙間部(S)の幅寸法の範囲内に配置されており、かつ、その容積が排出溝(25)の容積よりも少なく設定されていることを特徴とする。
【0011】
本発明にかかる同期装置の潤滑構造によれば、アウターコーンの摩擦面には、潤滑油供給路から供給された潤滑油を流通させる溝として、相対的に容積の大きな排出溝と、相対的に容積の小さな潤滑溝との2種類の溝が形成されている。この構成により、潤滑油供給路から摩擦面に供給される潤滑油の量が多い場合には、排出溝の機能により摩擦面からの潤滑油の排出を適切に行うことができ、かつ、潤滑油供給路から摩擦面に供給される潤滑油の量が少ない場合には、潤滑溝の機能により潤滑油を摩擦面に流出させることで、摩擦面に適量の潤滑油を存在させることが可能となる。また、潤滑油供給路から摩擦面に供給される潤滑油の量が多い場合には、当該潤滑油が容積の大きな排出溝へ優先的に流れることで、摩擦面に供給される潤滑油が過剰となることがない。これらによって、回転軸側から供給される潤滑油の量に関わらず摩擦面に常に適切な摩擦力を付与することができ、かつ、摩擦面の磨耗などによる早期劣化を抑制することが可能となる。
【0012】
また、上記の潤滑構造では、インナーリングの切欠部内には、アウターリングの係合部との間で回転軸側を向いて開口する隙間部が形成されており、摩擦面の潤滑溝は、当該隙間部に対向する位置で周方向におけるその幅寸法の範囲内に配置されている。これにより回転軸内から排出された潤滑油は、上記の隙間部を通ってアウターリングとインナーリングとの間に入る。そして、アウターリングとインナーリングとの間に入った潤滑油の大部分が対向する摩擦面の潤滑溝へ導かれるようになる。したがって、たとえ回転軸側から供給される潤滑油の量が少ない状況でも、潤滑溝に入り込む潤滑油の量を可能な限り多く確保できるので、摩擦面の潤滑状態を良好に保つことが可能となる。
【0013】
上記の潤滑構造の一実施態様として、潤滑溝(27)は、排出溝(25)よりも浅い溝で構成されており、該潤滑溝(27)は、摩擦面(23)に形成した複数本の細溝(27a)からなり、各細溝(27a)の幅寸法を排出溝(25)の幅寸法よりも小さい寸法とすることができる。
【0014】
また、上記の潤滑構造の他の実施態様として、潤滑溝(27−2)は、排出溝(25)よりも浅い溝で構成されており、該潤滑溝(27−2)は、潤滑油案内路(22)から軸方向に沿って摩擦面(23)の途中まで延びており、摩擦面(23)における変速ギヤ(3)側の端辺(23e)には貫通しないように構成することができる。
【0015】
これらによれば、簡単な構成で、潤滑溝に流れ込んだ潤滑油を摩擦面に流出させて供給することが可能となる。したがって、回転軸側から供給される潤滑油の量が少ない状況でも、摩擦面に適量の潤滑油を存在させることができ、摩擦面の潤滑状態を良好に保つことが可能となる。
なお、上記の括弧内の符号は、後述する実施形態における構成要素の符号を本発明の一例として示したものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明にかかる同期装置の潤滑構造によれば、回転軸側から供給される潤滑油量の多少に関わらず、ブロッキングリングの摩擦面に常に適量の潤滑油を存在させることが可能となるので、該摩擦面に適切な摩擦力を付与することができ、かつ、摩擦面の磨耗などによる早期劣化を抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の一実施形態にかかる潤滑構造を備えた変速機の同期装置を示す側断面図である。
【図2】図1のX部分の部分拡大図である。
【図3】ブロッキングリングのアウターリングを示す斜視図である。
【図4】アウターリングの摩擦面を示す図で、(a)は、アウターリングの側断面図、(b),(C)はそれぞれ、(a)のY1−Y1,Y2−Y2部分の拡大断面図である。
【図5】シンクロハブ側から見たアウターリングとインナーリングの一部を示す斜視図である。
【図6】アウターリングの摩擦面における潤滑油の流れを説明するための図で、(a)は、アウターリングの一部を切断状態で示す概略斜視図、(b)は、摩擦面の一部を示す部分拡大図である。
【図7】アウターリングの摩擦面に設けた排出溝及び潤滑溝の他の構成例を示す図である。
【図8】図7のZ−Z部分の拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、添付図面を参照して本発明の実施形態を詳細に説明する。
〔第1実施形態〕
図1は、本発明の一実施形態にかかる潤滑構造を備えた同期装置(シンクロメッシュ装置)10を示す断面図であり、図2は、図1のX部分の部分拡大図である。図1に示す同期装置10は、車両用のマニュアルトランスミッションが備える所定の変速段用の同期装置であって、軸方向の両側それぞれに配置されたn(n=1,3,・・・)速用の同期結合機構と、n+1速用の同期結合機構とを備えている。ここで、上記のn速用の同期結合機構とn+1速用の同期結合機構は軸方向で対称なほぼ同一の構成であるため、以下ではn+1速用の同期結合機構の構成及び動作を中心に説明する。また、以下の説明で軸方向、径方向ということきは、回転軸2の軸方向及び径方向を指し、右、左というときは、図1に示す状態での回転軸2の軸方向に沿った右方向、左方向を指すものとする。
【0019】
同期装置10は、回転軸2上の変速ギヤ3を回転軸2に対して同期結合させるための機構である。変速ギヤ3は、カラー4及びニードルベアリング5を介して回転軸2の外周に相対回転自在に支持されている。軸方向における変速ギヤ3の一方の側部には、回転軸2にスプライン結合された環状のシンクロハブ6が設置されており、シンクロハブ6の外周側には、軸方向に沿って摺動自在にスプライン結合されたシンクロスリーブ7が設置されている。シンクロハブ6の外周面には、スプライン歯6aが形成されており、シンクロスリーブ7の内周面には、シンクロハブ6のスプライン歯6aに噛み合うスプライン歯7aが形成されている。シンクロスリーブ7は、外周の凹部7bに係合するシフトフォーク(図示せず)によって、図1に示すニュートラル位置から左右それぞれに移動するようになっている。
【0020】
シンクロハブ6の一方の側面(変速ギヤ3側の側面)に形成された環状の凹部6bには、ブロッキングリング20が設置されている。ブロッキングリング20は、径方向の外側に配置されたアウターリング21と、径方向の内側に配置されたインナーリング33と、径方向におけるアウターリング21とインナーリング33との間に挟まれたシンクロコーン35とで構成されている。
【0021】
変速ギヤ3におけるブロッキングリング20側の端部には、軸方向に突出する突出部37が設けられており、突出部37の外周には、ドグ歯37bが形成されている。アウターリング21の外周には、ドグ歯21dが形成されている。これらドグ歯37b及びドグ歯21dは、軸方向で互いに隣接する位置に配列されている。また、シンクロスリーブ7のスプライン歯7aにおける軸方向の端部には、テーパ形状のチャンファC1が形成されている。また、アウターリング21のドグ歯21d及び変速ギヤ3のドグ歯37bには、スプライン歯7aのチャンファC1とは逆方向にテーパする形状のチャンファC2,C3が形成されている(図5参照)。
【0022】
また、ブロッキングリング20の外周には、環状のシンクロスプリング30が設置されている。シンクロスプリング30は、弾性金属製の線材を円形環状に形成した部品であって、アウターリング20の外周において、ドグ歯21dに対してシンクロハブ6側に隣接して設置されている。このシンクロスプリング30は、シンクロスリーブ10がニュートラル位置にあるとき、アウターリング20のドグ歯21dと、シンクロハブ6の軸方向の端面と、シンクロスリーブ7のスプライン歯7aの先端部とに囲まれた位置にある。そして、シンクロスリーブ7が変速ギヤ3側に摺動すると、スプライン歯7aの先端部の下端で押圧されることで、ドグ歯21d側に向かって斜め下方へ押し出されることで、アウターリング20に押圧力を付与する。
【0023】
また、本実施形態の同期装置10は、ブロッキングリング20などを潤滑するための潤滑構造として、回転軸2の回転による遠心力で、該回転軸2の軸心側から径方向の外側へ潤滑油を供給する軸心給油方式の潤滑構造を採用している。したがって、回転軸2には、該回転軸2内を軸方向に貫通する潤滑穴2aと、該潤滑穴2aから径方向の外側へ延伸して回転軸2の外周面に貫通する小孔からなる供給口2bとが設けられている。
【0024】
図3及び図4は、ブロッキングリング20のアウターリング21を示す図で、図3は、アウターリング21の斜視図、図4(a)は、側断面図、(b),(c)はそれぞれ、(a)のY1−Y1,Y2−Y2部分の拡大断面図である。これらの図に示すように、アウターリング21は、軸方向に沿う円筒状の本体部21aと、該本体部21aの一方の端辺(シンクロハブ6側の端辺)から径方向の内側に延びる円環板状のフランジ部21bとでその断面が略L字型に形成されている。
【0025】
本体部21aの内周には、シンクロコーン35の外周面35aに摺接する摩擦面23が設けられている。摩擦面23は、シンクロハブ6側の端辺から変速ギヤ3側の端辺に向けて次第に拡径するテーパ状の面で、その表面は、図4(b),(c)に示すように、周方向に沿う複数本の環状の凸条23a(山部)と凹条(谷部)23bとが軸方向で交互に配列されていることで、軸方向に沿って微細な凹凸を有する面になっている。
【0026】
また、本体部21の内周における摩擦面23とフランジ部21bとの間には、周方向に延びる環状溝からなる潤滑油案内路22が形成されている。潤滑油案内路22は、その底面が摩擦面23よりも外径側へ掘り下げられた断面が略U字型の円周溝からなる。この潤滑油案内路22は、回転軸2の供給穴2bから径方向の外側へ供給される潤滑油を受け止めて摩擦面23に案内するものである。
【0027】
摩擦面23には、潤滑油案内路22から導入された潤滑油を排出するための排出溝25が形成されている。排出溝25は、摩擦面23の凸条23a及び凹条23bを削除してその部分を所定深さまで掘り下げてなる窪みであって、潤滑油案内路22から軸方向に延びて摩擦面23を横断する所定幅の帯状に形成されている。この排出溝25は、摩擦面23の周方向に沿って複数が等間隔に設けられている。
【0028】
また、摩擦面23には、潤滑油案内路22から取り込まれた潤滑油で摩擦面23を潤滑するための潤滑溝27が形成されている。潤滑溝27は、排出溝25と同様に、摩擦面23の凸条23aと凹条23bの一部を削除して所定深さまで掘り下げてなる窪みであって、潤滑油案内路22から軸方向に延びて摩擦面23を横断する所定幅の帯状に形成されている。本実施形態では、潤滑溝27は、周方向に所定間隔で平行に配列した複数本(図では3本)の細溝27aからなる。各細溝27aの幅寸法は、排出溝25の幅寸法よりも小さくなっている。
【0029】
潤滑溝27の各細溝27a及び排出溝25は、いずれも潤滑油案内路22から軸方向に延びて摩擦面23を横断し、摩擦面23の変速ギヤ3側の端辺23aに貫通している。また、排出溝25は、その深さ寸法が潤滑油案内路22の深さ寸法よりも大きくなっている。その一方で、潤滑溝27の各細溝27aは、その深さ寸法が、潤滑油案内路22の深さ寸法よりも小さくなっている。したがって、潤滑溝27の各細溝27aは、その深さ寸法が排出溝25の深さ寸法よりも小さくなっている。また、潤滑溝27の容積(体積)、すなわち潤滑溝27の各細溝27aを合計した容積は、排出溝25の容積よりも少ない容積になっている。
【0030】
シンクロコーン35は、図2に示すように、所定幅の薄板状の円筒状で、その外周面35a及び内周面35bは、軸方向に沿ってシンクロハブ6側から変速ギヤ3側に向かって次第に拡径する方向に傾斜するテーパ状になっている。外周面35aは、アウターリング21の摩擦面23に対して摺動可能に接触し、内周面35bは、インナーリング33の外周面33aに対して摺動可能に接触するようになっている。
【0031】
また、図2に示すように、変速ギヤ3の突出部37の端面37aには、係合穴38が設けられている。係合穴38は、突出部37の端面37aから軸方向に延伸する略円筒状の貫通穴である。この係合穴38は、突出部37の周方向に沿って所定間隔で複数個が設けられている。一方、シンクロコーン35における変速ギヤ3側の端辺には、突出部37の係合穴38に係合する係合爪(係合突起)39が設けられている。係合爪39は、シンクロコーン35の端辺における周方向に沿って係合穴38に対応する位置にそれぞれ設けられている。各係合爪39は、その先端側が係合穴38に挿入されるように軸方向に突出する小突起状の部分である。上記の係合穴38に係合爪39が係合していることで、シンクロコーン35が変速ギヤ3側に固定されて一体回転するようになっている。
【0032】
インナーリング33は、所定幅の薄板状の円筒状で、シンクロハブ6側から変速ギヤ3側に向かって次第に拡径するように傾斜している。また、各図に示すように、アウターリング21のフランジ部21bには、複数個の係合片21cが突出形成されている。係合片21cは、フランジ部21bの内周縁21eから径方向の内側へ突出する矩形状(長方形状)の凸部として形成されている。一方、インナーリング33のシンクロハブ6側の端辺には、複数個の切欠部33cが形成されている。切欠部33cは、インナーリング33の端辺における各係合片21cに対応する位置に設けた矩形状(長方形状)の凹部として形成されている。各切欠部33cは、各係合片21cを嵌合させることが可能な幅寸法を有している。
【0033】
図5は、シンクロハブ6側から見たアウターリング21及びインナーリング33の一部を示す斜視図である。同図及び図1,図2に示されているように、径方向に延びるアウターリング21の各係合片21cは、軸方向に延びるインナーリング33の各切欠部33cに対して略直角に交わっており、各係合片21cは各切欠部33cに対して嵌め合いで係合している。係合片21cと切欠部33cの係合によって、アウターリング21とインナーリング33は相対回転不能に係止されている。これにより、アウターリング21とインナーリング33は、径方向の両側からシンクロコーン35を挟んだ状態でシンクロコーン35に対して一体に回転するようになっている。
【0034】
そして、各係合片21cが各切欠部33cに係合した状態で、切欠部33c内の係合片21cとの間に隙間部Sが形成されている。隙間部Sは、係合片21cと同一の幅寸法を有し、回転軸2に向かって(内径側に)開口する略矩形状の貫通穴からなる。この隙間部Sは、回転軸2側からアウターリング21の内側の空間に連通している。
【0035】
そして、図3などに示すように、アウターリング21の摩擦面23に設けた各潤滑溝27は、アウターリング21の各係合片21c及び隙間部Sに対向する位置に設けられている。そして、3本の細溝27aからなる潤滑溝27の周方向の幅寸法D2は、係合片21c及び隙間部Sの幅寸法D1よりも小さな寸法になっており(D1>D2)、潤滑溝27は、係合片21c及び隙間部Sの内側に収まる幅寸法に設定されている。
【0036】
次に、上記構成の同期装置10におけるシフト操作時の同期結合動作について説明する。図1に示すように、シンクロスリーブ7がニュートラル位置にあるときは、ブロッキングリング20には荷重が作用しない。したがって、アウターリング21及びインナーリング33とシンクロコーン35との間には摩擦力が発生しておらず、シンクロコーン35は、アウターリング21及びインナーリング33に対して相対回転可能な状態にある。そのため、アウターリング21及びインナーリング33はシンクロハブ6と一体的に回転し、シンクロコーン35は変速ギヤ3と一体的に回転する。したがって、シンクロスリーブ7と変速ギヤ3との間には、同期作用が発生しない。
【0037】
この状態で、シンクロスリーブ7をシンクロハブ6に対して左方向に移動させると、シンクロスリーブ7とアウターリング21とがシンクロスプリング30を介して摺動する。その後、シンクロスリーブ7のスプライン歯7aに設けたチャンファC1がアウターリング21のドグ歯21dに設けたチャンファC2に接触する。これによって、アウターリング21が軸方向に押されることで、シンクロコーン35とアウターリング21及びインナーリング33との間に同期のための摩擦力が発生する。その結果、当該摩擦力でシンクロコーン35がシンクロスリーブ7と一体化し、シンクロコーン35に係合している変速ギヤ3の回転がシンクロスリーブ7の回転に同期する。
【0038】
シンクロスリーブ7がさらに左方向に移動すると、スプライン歯7aのチャンファC1とアウターリング21のドグ歯21dのチャンファC2との係合が外れ、スプライン歯7aとドグ歯21dが完全に噛み合う。これにより、チャンファC1,C2の係合による軸方向荷重が消滅するため、シンクロコーン35に作用する摩擦力は減少する。
【0039】
シンクロスリーブ7がさらに左方向に移動すると、スプライン歯7aのチャンファC1と変速ギヤ3のドグ歯37bのチャンファC3とが係合し、その楔作用でシンクロスリーブ7及び変速ギヤ3が僅かに相対回転することにより、シンクロスリーブ7のスプライン歯7aが変速ギヤ3のドグ歯37bに噛み合ってn+1速段が確立する。
【0040】
次に、同期装置10におけるアウターリング21の摩擦面23への潤滑油の流れについて説明する。同期装置10を備えた変速機では、詳細な図示は省略するが、該変速機のケーシング内の底部に溜まった潤滑油がディファレンシャルギヤなどの回転によって掻き上げられる。この掻き上げられた潤滑油は、樋状のオイルガタープレートなどで回転軸2の端部に設けた流入部から潤滑穴2aに流入する。潤滑穴2aに流入した潤滑油は、回転軸2の回転による遠心力で供給口2bから径方向の外側へ排出される。この潤滑油が回転軸2と変速ギヤ3の隙間などを抜けて外径側へ進み、ブロッキングリング20の内周側に達する。その後、インナーリング33の切欠部33c内の隙間部Sからアウターリング21の内側に導入される。この潤滑油は、アウターリング21の内側面で潤滑油案内路22により受け止められ、アウターリング21の回転による遠心力で、その一部が潤滑油案内路22から摩擦面23の排出溝25に流れ込む。また、他の一部が潤滑油案内路22から潤滑溝27に流れ込む。
【0041】
図6は、アウターリング21の摩擦面23における潤滑油の流れを説明するための図で、(a)は、アウターリング21の一部を切断状態で示す概略斜視図、(b)は、摩擦面23の一部を示す部分拡大図である。既述のように、摩擦面23の排出溝25は潤滑溝27よりも深い寸法に形成されており、かつその容積が大きいため、排出溝25に流れ込んだ潤滑油は、周方向の両側の摩擦面23には殆ど拡散せず、ほぼ全量がそのまま排出溝25に沿って流れて摩擦面23の変速ギヤ3側の端辺23cから外部へ排出される。その一方で、潤滑溝27は、排出溝25よりも浅い寸法で、かつその容積が小さいため、潤滑溝27に流れ込んだ潤滑油は、両側(周方向の両側)の摩擦面23(詳細には、摩擦面23の凹条23b)に流れ出す。この潤滑油は、摩擦面23とシンクロコーン35の外周面35aとの相対回転による摺接に伴い摩擦面23の全体に拡散する。これにより、摩擦面23に適量の潤滑油が保持されることで、摩擦面23の効果的な潤滑が行われる。
【0042】
このように、本実施形態の同期装置10の潤滑構造では、アウターリング21の摩擦面23には、潤滑油案内路22から供給された潤滑油を流通させる溝として、相対的に深い寸法でかつ容積の大きな排出溝25と、相対的に浅い寸法でかつ容積の小さな潤滑溝27との2種類の溝が形成されている。これにより、潤滑油案内路22から摩擦面23に供給される潤滑油の量が多い場合には、排出溝25の機能により摩擦面23からの潤滑油の排出を適切に行うことができる一方、潤滑油案内路22から摩擦面23に供給される潤滑油の量が少ない場合には、潤滑溝27の潤滑油を摩擦面23に流出させることで、摩擦面23に適量の潤滑油を存在させることが可能となる。これにより、回転軸2側からの潤滑油の供給量に関わらず摩擦面23に常に適切な摩擦力を付与することができ、かつ、摩擦面23の磨耗などによる早期劣化を抑制することが可能となる。
【0043】
また、この同期装置10では、回転軸2の供給口2bから供給される潤滑油が、インナーリング33の切欠部33c内の隙間部Sからアウターリング21の内側の空間に導入される。そして、摩擦面23の潤滑溝27を、アウターリング21の隙間部Sに対向する位置でその周方向の幅寸法の範囲内に配置していることで、隙間部Sから潤滑油案内路22に導入された潤滑油の大部分が効率的に潤滑溝27へ供給されるようになる。したがって、回転軸2側から供給される潤滑油の量が少ない状況でも、潤滑溝27に入り込む潤滑油の量を可能な限り多く確保できるので、摩擦面23の潤滑状態を良好に保つことが可能となる。その一方で、潤滑油供給路22から摩擦面23に供給される潤滑油の量が多い場合には、当該潤滑油が容積の大きな排出溝25へ優先的に流れることで、摩擦面23に供給される潤滑油が過剰となることがない。
【0044】
また、本実施形態の潤滑構造では、潤滑溝27は、摩擦面23に形成した複数本の細溝27aからなり、各細溝27aの幅寸法は、潤滑溝27の幅寸法よりも小さい寸法に設定されている。これにより、部品の加工が簡単な構成でありながら、潤滑溝27に流れ込んだ潤滑油を効率良く摩擦面23に流出させて供給することが可能となる。
【0045】
〔第2実施形態〕
次に、本発明の第2実施形態について説明する。なお、第2実施形態の説明及び対応する図面においては、第1実施形態と同一又は相当する構成部分には同一の符号を付し、以下ではその部分の詳細な説明は省略する。また、以下で説明する事項以外の事項については、第1実施形態と同じである。この点は、他の実施形態においても同様である。
【0046】
図7は、本発明の第2実施形態にかかる潤滑構造を示す図で、アウターリング21の摩擦面23に設けた排出溝25及び潤滑溝27−2を示す図である。また、図8は、図7のZ−Z部分の拡大断面図である。本実施形態の潤滑構造では、第1実施形態の潤滑構造が備える複数本の細溝27aからなる潤滑溝27に代えて、他の構成の潤滑溝27−2を設けている。この潤滑溝27−2は、図7に示すように、排出溝25と同程度の幅寸法を有する一本の溝からなり、アウターリング21の摩擦面23を潤滑油案内路22から軸方向に沿って途中まで延びている。したがって、潤滑溝27−2は、摩擦面23の変速ギヤ3側の端辺23aには貫通していない。
【0047】
潤滑溝27−2は、排出溝25よりも浅い溝として構成されている。また、潤滑溝27−2は、図8に示すように、その軸方向(長手方向)の傾斜度が摩擦面23(テーパ面)の傾斜度よりも小さな(緩やかな)傾斜度になっている。
【0048】
本実施形態の潤滑構造では、アウターリング21の摩擦面23に上記構成の潤滑溝27−2を形成したことで、第1実施形態と同様に、簡単な構成で、潤滑溝27−2に流れ込んだ潤滑油をその両側(周方向の両側)の摩擦面23に流出させることが可能となる。すなわち、潤滑溝27−2は、その下流端27−2aが摩擦面23の端辺23aに貫通せずに行き止まりとなっているため、潤滑溝27−2を流れた潤滑油は、その下流端27−2aの手前で両側の摩擦面23(凹条23b)に流出する。また、潤滑溝27−2は、その傾斜度が摩擦面23よりも小さな(緩やかな)傾斜度になっていることで、潤滑溝27−2を流れる潤滑油は、その一部が下流端27−2aからその先の摩擦面23へ流出し易くなっている。したがって、潤滑溝27−2の両側の摩擦面23だけでなく、潤滑溝27−2より奥側の摩擦面23にも潤滑油を供給することができる。これらによって、回転軸2側から供給される潤滑油の量が少ない状況でも、摩擦面23の全体に適量の潤滑油を存在させることができ、摩擦面23の潤滑状態を良好に保つことが可能となる。
【0049】
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲、及び明細書と図面に記載された技術的思想の範囲内において種々の変形が可能である。例えば、本発明にかかる潤滑構造における上記の潤滑溝の構成は、上記の実施形態に示すダブルコーン式の同期装置だけでなく、シングルコーン式の同期装置にも適用することが可能である。
【0050】
また、本発明にかかる潤滑溝の具体的な形状及び配置などの構成は、上記実施形態に示すように、所定間隔で平行に配列した複数本の細溝からなるもの、あるいは、摩擦面23の途中まで延伸する形状のものには限定されず、他の形状及び配置であってもよい。
【符号の説明】
【0051】
2 回転軸
2a 潤滑穴
2b 供給口
3 変速ギヤ
6 シンクロハブ
6a スプライン歯
6b 凹部
7 シンクロスリーブ
7a スプライン歯
10 同期装置
20 ブロッキングリング
21 アウターリング
21a 本体部
21b フランジ部
21d ドグ歯
21c 係合片(係合部)
21e 内周縁
22 潤滑油案内路
23 摩擦面
23a 凸条(山部)
23b 凹条(谷部)
23c 端辺
25 排出溝
27 潤滑溝
27a 細溝
30 シンクロスプリング
33 インナーリング
33c 切欠部
35 シンクロコーン
37 突出部
37a 端面
37b ドグ歯
38 係合穴
39 係合爪
C1〜C3 チャンファ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸に相対回転可能に支持された変速ギヤと、
前記回転軸に結合されたシンクロハブと、
前記シンクロハブに対して前記回転軸の軸方向に沿って移動可能にスプライン結合されたシンクロスリーブと、
前記軸方向における前記シンクロハブと前記変速ギヤとの間に配置されて、前記シンクロスリーブの移動に伴い前記シンクロハブと前記変速ギヤとの摩擦係合を可能にするブロッキングリングと、
を備え、
前記ブロッキングリングは、
径方向の外側に配置されて、前記シンクロスリーブに噛合可能なドグ歯を外周に有するアウターリングと、
径方向の内側に配置されて前記アウターリングと相対回転不能に係合するインナーリングと、
径方向における前記アウターリングと前記インナーリングとの間に配置されてそれらと摺接可能であると共に前記変速ギヤ側に相対回転不能に係合してなるシンクロコーンと、で構成されている変速機の同期装置における潤滑構造であって、
前記アウターリングは、前記シンクロハブ側の端部に設けた内径側へ延びるフランジ部と、前記シンクロコーンに摺接するテーパ状の摩擦面と、前記摩擦面と前記フランジ部との間を周方向に延びる環状溝からなり前記回転軸側から供給される潤滑油を前記摩擦面へ案内する潤滑油案内路と、前記フランジ部の内周縁から内径側に突出する突起状の係合部と、を有しており、
前記インナーリングは、前記アウターリングの前記係合部を係合させる切欠部を有しており、該切欠部内には、前記係合部との間に前記回転軸側を向いて開口する隙間部が形成されており、
前記アウターリングの前記摩擦面には、前記潤滑油案内路から軸方向に延びて前記摩擦面を横断する排出溝と、前記潤滑油案内路から前記摩擦面内へ軸方向に延びる潤滑溝と、が設けられており、
前記潤滑溝は、前記隙間部に対向する位置で周方向における該隙間部の幅寸法の範囲内に配置されており、かつ、その容積が前記排出溝の容積よりも少なく設定されている
ことを特徴とする同期装置の潤滑構造。
【請求項2】
前記潤滑溝は、前記排出溝よりも浅い溝で構成されており、
該潤滑溝は、前記摩擦面を横断する複数本の細溝からなり、各細溝の幅寸法が前記排出溝の幅寸法よりも小さい
ことを特徴とする請求項1に記載の同期装置の潤滑構造。
【請求項3】
前記潤滑溝は、前記排出溝よりも浅い溝で構成されており、
該潤滑溝は、前記潤滑油案内路から軸方向に沿って前記摩擦面の途中まで延びており、前記摩擦面における前記変速ギヤ側の端辺には貫通していない
ことを特徴とする請求項1に記載の同期装置の潤滑構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−113407(P2013−113407A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−262050(P2011−262050)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】