説明

多層皮膜被覆部材

【課題】溶着現象を抑制した耐摩耗性及び耐高温酸化特性を持つ多層皮膜被覆部材を提供する。
【解決手段】基材2表面に硬質皮膜1を2層以上被覆した多層皮膜被覆部材において、該硬質皮膜1は外層である第1硬質皮膜4と、内層である第2硬質皮膜3を有し、該第1硬質皮膜4は、SiBNCO系であり、該第2硬質皮膜3は、金属成分がAl、Ti、Cr、Nb、W、Si、V、Zr、Moから選択される2種以上、非金属成分がNと、硼素、C、O、Sから選択される1種以上を有し、該第1硬質皮膜4の表層は、Si−C結合を示すピークから求めた面積をα、Si−O結合を示すピークから求めた面積をβとしたとき9≦α/β≦22、B−N結合を示すピークから求めた面積をXとし、B−O結合を示すピークから求めた面積をYとし、比をX/Yとしたとき、5≦X/Y≦12、であることを特徴とする多層皮膜被覆部材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、切削工具、金型、燃焼機関用の摩耗部材として航空機または地上タービン、エンジン、ガスケット、歯車、ピストン等の耐摩耗性及び耐高温酸化特性が要求される部材に多層の皮膜を施した多層皮膜被覆部材に関する。
【背景技術】
【0002】
切削加工においては、難削材と呼ばれる鋼材を加工する際には、工具刃先への鋼材の凝着や溶着現象が発生する。溶着の発生により刃先の安定性が失われ、工具寿命が著しく短くなるため、この問題を改善する試みがなされてきた。
特許文献1には、TiN皮膜にV及びCを添加した(TiV)(CN)皮膜を超硬合金の切削工具に被覆して皮膜の硬度及び潤滑特性の改善を行うことが開示されている。本発明と特許文献1との解決課題は、ともに皮膜の耐溶着性等に関する改善であり、この点で類似している。しかし、本発明はスパッタリング法によるSiCBNOの皮膜組成であり、特許文献1はアークイオンプレーティング法による(TiV)(CN)の皮膜組成である点で、製法と組成が相違する。本発明は酸素を必須成分とし、Si、Bの結合状態に着目し、Si−C結合、Si−O結合との比、B−N結合、B−O結合との比を規定することによって耐溶着性を改善している点に特徴がある。
特許文献2には、鉄系の鋼材との親和性の低いCr系皮膜の潤滑特性、硬度を向上させた(CrSi)(BN)皮膜が開示されている。本発明と特許文献2との解決課題も、ともに皮膜の耐溶着性等に関する改善であり、この点で類似している。しかし、本発明はスパッタリング法によるSiCBNOの皮膜組成であり、特許文献2はアークイオンプレーティング法による(CrSi)(BN)の皮膜組成である点で、製法と組成が相違する。本発明は酸素を必須成分とし、Si、Bの結合状態に着目し、Si−C結合、Si−O結合との比、B−N結合、B−O結合との比を規定することによって耐溶着性を改善している点に特徴がある。
特許文献3には、耐熱性及び硬度の改善を行い、高速加工が可能な皮膜が開示され、スパッタリングによるSi(BCN)系皮膜の提案をしている。特許文献3は、Si(BCN)を主とする被覆材料と従来から知られる硬質被覆と組み合わせることにより、耐熱性・耐摩耗性が著しく改善される皮膜およびその製造技術を開示している。また、本発明の皮膜は、特許文献3に記載された皮膜組成範囲に含まれ、作用効果である潤滑特性に関する改善も同様に記載されている。しかし本発明は、耐溶着性を得るために最適な組成範囲とX線光電子分光分析によるSi−C結合、Si−O結合との比、B−N結合、B−O結合との比を規定することによって、皮膜中の酸素結合を示している。更に、この皮膜構造を達成するための製造条件としてArガス、酸素ガスの流量比率を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2000−129463号公報
【特許文献2】特開2001−328008号公報
【特許文献3】特開2007−126714号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本願発明の目的は、鋼材の種類を問わずに溶着現象を抑制した多層皮膜被覆部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本願発明は、基材表面に硬質皮膜を2層以上被覆した多層皮膜被覆部材において、該硬質皮膜は外層である第1硬質皮膜と、内層である第2硬質皮膜を有し、該第1硬質皮膜は、SiaBbNcCdOeで示され、但し、a、b、c、d、eは原子比を示し、a+b+c+d+e=1を満たし、0.1≦a≦0.5、0.01≦b≦0.2、0.05≦c≦0.6、0.1≦d≦0.7、0<e≦0.2、2b<a<4b、であり、該第2硬質皮膜は、金属成分がAl、Ti、Cr、Nb、W、Si、V、Zr、Moから選択される2種以上、非金属成分がNと、硼素、C、O、Sから選択される1種以上を有し、該第1硬質皮膜の表層は、Si−C結合を示すピークから求めた面積をαとし、Si−O結合を示すピークから求めた面積をβとし、比をα/βとしたとき、9≦α/β≦22、であり、B−N結合を示すピークから求めた面積をXとし、B−O結合を示すピークから求めた面積をYとし、比をX/Yとしたとき、5≦X/Y≦12、であることを特徴とする多層皮膜被覆部材である。上記の構成を採用することによって、鋼材の種類を問わずに溶着現象を抑制した多層皮膜被覆部材を提供することができる。
【発明の効果】
【0006】
本願発明の多層皮膜被覆部材は、鋼材の種類を問わずに溶着現象を抑制した多層皮膜被覆部材を提供することができた。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】図1は、本願発明の積層構造例を示す。
【図2】図2は、本願発明に用いた被覆装置例を示す。
【図3】図3は、本発明例1のTEM写真を示す。
【図4】図4は、従来例40のTEM写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本願発明の多層皮膜被覆部材は、外部からの加熱により皮膜のSi酸化物及び硼素の酸化物が低融点融液を生成して部材表面を覆うことにより、溶着の抑制が図られる。皮膜にSi及び硼素の酸化物が介在することにより、容易に低融点融液を生成することが可能となる。SiO2の融点は1600℃以上であり、B2O3の融点は450℃程度である。しかし、SiO2とB2O3は共晶反応を有しており、夫々の融点よりも低い温度でSiO2とB2O3の混ざり合った低融点融液を生成する。この比較的低温で生成される低融点融液が本願発明の多層皮膜被覆部材表面を覆うことにより、鋼材などの溶着を抑制するのである。
本願発明の多層皮膜被覆部材における第1硬質皮膜は、Si、硼素、C、N、Oを必須成分としてSiaBbNcCdOeで示される。ここで、原子比を示すa、b、c、d、eはa+b+c+d+e=1を満たしている。硼素、C、Nは硬質皮膜の高硬度化、耐熱性改善、潤滑性改善に有効な成分である。Oは潤滑性改善及び耐熱性改善に効果のある成分である。Si含有量のa値は、0.1≦a≦0.5である。a値が0.1未満であると耐熱性及び硬度の改善効果が十分でない。a値が0.5を超えると硬度が低下する。硼素含有量のb値は、0.01≦b≦0.2である。硼素を含まない場合は、硬度並びに耐熱性改善が十分ではなく、硬質皮膜が脆くなり過ぎてしまい、剥離が発生する傾向にあり切削性能の改善が認められないので、b≧0.01とする。また、硼素は潤滑特性の向上にも効果がある。しかし、硼素はOと反応しやすい為に、多く添加すると硬度などの特性や密着強度の低下を招くため、硼素の量は皮膜特性を向上させるのに必要最低限な量を添加するのがよく、b値の上限は0.2までとする。より好ましくは、0.05≦b≦0.2である。Siと硼素を同時に添加することによって、硬度と耐熱性を同時に改善することができる。これはSiが硼化物として存在する場合に特に顕著である。N含有量のc値は、0.05≦c≦0.6である。Nを含まない場合は、高硬度化と耐熱性の改善効果に乏しくなるため、c≧0.05とする。多量添加によってSi−N結合が増加して硬度の低下を招くため、c値の上限は0.6までとする。より好ましくは、0.1≦d≦0.35である。C含有量のd値は、0.1≦d≦0.7である。Cを含まない場合は、高硬度化が十分でないため、d≧0.1とする。多量添加は低硬度のフリーカーボンの存在により、硬度低下を招くため、d値の上限は0.7までとする。より好ましくは、0.15≦d≦0.4である。O含有量のe値は0<e≦0.2である。皮膜の構成元素はOを取り込みやすいものを多く含んでおり、不純物としてOが必ず含まれるため、e>0となる。予めOを添加することにより、摩耗環境下においてOの拡散が減り、高温においても耐酸化性が改善される。但し、多量添加は低硬度化を招くため、e値の上限は0.2までとする。より好ましくは、0.01≦e≦0.15である。Oを多く含む場合のその含有形態は、硬質皮膜の最表面から膜厚方向に500nm以下の表面近傍が最も高濃度となるようにすることが、摩耗環境下における潤滑性の点から好ましい形態である。OはSiや硼素の酸化物として皮膜中に介在していることが好ましい。皮膜にOが固溶した状態で存在していると、例えば、切削加工においては、切削温度の上昇に伴い、Si酸化物及び硼素の酸化物を形成する。その際に、被加工物成分の皮膜内部へ内向拡散が発生して、溶着を引き起こし、また皮膜の機械的特性の低下を引き起こす。その為、予め酸化物の形態で皮膜中に介在していることが好ましい。
また、a値とb値との関係は、2b<a<4bを満たすことも必要である。この理由は、SiO2とB2O3の間で生成される低融点融液はB2O3の多い側での融点が低いため、低融点融液の生成が十分でないと潤滑効果が得られないからである。反対に、低融点融液の生成が多すぎると低融点融液が流動化してしまい潤滑効果が得られない。即ち、a<4bを満たさないと低融点融液の生成が少なくなり潤滑効果が十分でなく、a>2bを満たさないと低融点融液の生成が多くなり、低融点融液の流動化により潤滑効果が得られないのである。従って、Siと硼素の皮膜中の含有量を制御することでSiO2とB2O3の存在比を所定の範囲内に規定する必要がある。
【0009】
本願発明に係る第2硬質皮膜は、実用環境下において第1硬質皮膜を被覆することにより優れた密着性、耐摩耗性を発揮する。本願発明に係る硬質皮膜が、第1硬質皮膜と第2硬質皮膜を有することにより、密着強度、耐摩耗性の効果が発揮される。第2硬質皮膜の役割は、第1硬質皮膜の耐摩耗性、耐熱性などの効果が十分に発揮できるようにすることである。従って、第2硬質皮膜は低残留圧縮応力化による、基材との密着強度を維持しつつ、高硬度化によって耐摩耗性も満たすことが必要になる。そこで、組成の選択は、低残留圧縮応力化、耐摩耗性の双方に優れたものでなければならない。第1硬質皮膜は残留圧縮応力の点から、硬質皮膜全体に占める割合を増加させることができない場合があり、その場合は第2硬質皮膜を厚く設定する。第1硬質皮膜と第2硬質皮膜との好ましい膜厚比は、全体を100%としたとき、第1硬質皮膜の占める比率が2%以上、50%以下が好ましい。特に好ましい第2硬質皮膜の組成系は、基材との密着強度及び第1硬質皮膜との密着強度の点から、(AlTi)N、(AlCr)N、(AlCrSi)N、(TiSi)N、(AlTiSi)Nが挙げられる。但し、第2硬質皮膜がSiを含有する場合に、第1硬質皮膜と第2硬質皮膜とを区別する目安は、第2硬質皮膜の金属成分が2種以上を含有していることである。
【0010】
本願発明の多層皮膜被覆部材において、第1硬質皮膜の表層のX線光電子分光分析(以下、XPS分析と記す。)により得られるα/β値が、9≦α/β≦22であり、X/Y値が、5≦X/Y≦12、となることが必要である。ここでα値は、XPS分析から得られたSi−C結合を示すピークから求めた面積を示し、β値はSi−O結合を示すピークから求めた面積であり、夫々の値は各結合状態の存在割合を反映した値と考えられる。従って、α/β値は、第1硬質皮膜におけるSi−C結合とSi−O結合との存在比を定量化したものと考えられる。同様に、X/Y値も第1硬質皮膜におけるB−N結合とB−O結合との存在比を定量化したものと考えられる。本願発明の第1硬質皮膜は、Si−O結合のβ値、B−O結合のY値を多く含む方が潤滑効果を得易い。そこで、α/β≦22としてSi−O結合による潤滑効果、溶着抑制効果を発揮させるのである。また、X/Y≦12としてB−O結合による潤滑効果、溶着抑制効果を発揮させるのである。その反面、Si−O結合、B−O結合を多く含み過ぎると低硬度となる要素を持っている。その為、Si−C結合のα値、B−N結合のX値を制御して、皮膜硬度を維持する必要がある。即ち、α/β≧9としてSi−C結合による皮膜硬度を維持するのである。また、X/Y≧5としてB−N結合による皮膜硬度を維持するのである。以上のことから本願発明は、潤滑効果、皮膜硬度の両者をバランス良く保つため、9≦α/β≦22、5≦X/Y≦12と規定する。このα/β値の範囲、X/Y値の範囲によって、十分な潤滑効果が得られ、十分な皮膜硬度が得られる。第1硬質皮膜の表層のXPS分析により得られたSiの2p軌道のピークであるSi−C結合、Si−O結合のピーク、及び硼素の1s軌道のピークであるB−N結合、B−O結合のピークから夫々ピーク分離を行い、ピークから求めた面積α、β及びX、Yをもとめ、α/β値、X/Y値を算出した。
【0011】
図1に本願発明の積層構造を示す。図1は硬質皮膜1が2層の積層構造からなり、多層皮膜被覆部材は切削工具や耐摩部材からなる基材2の上に、第2硬質皮膜3、第1硬質皮膜4の順で積層されている。第1硬質皮膜の膜厚は、10nm以上、1000nm以下、より好ましくは40nm以上、600nm以下である。第2硬質皮膜の膜厚は、100nm以上、5000nm以下、より好ましくは100nm以上、3000nm以下である。基材は、切削工具、金型、燃焼機関用の摩耗部材が挙げられる。例えば、切削工具には超硬合金、サーメット、高速度鋼、窒化硼素焼結体、セラミックスが、金型には金型用鋼材が、また燃焼機関用部材である耐熱合金にはチタン合金、インコネル、アルミニウム合金等が挙げられる。
【0012】
本願発明に係る第1硬質皮膜を被覆する方法は、スパッタリング法(以下、SP法と記す。)により被覆することが有効である。この場合、炭化珪素と窒化硼素の複合ターゲットとすることが好ましいが、炭化珪素と窒化硼素を別の蒸発源に設置し、同時にスパッタリングすることによっても製造することが可能である。更に、多層皮膜を被覆する方法は、第1硬質皮膜をSP法により被覆し、第2硬質皮膜をアークイオンプレーティング法(以下、AIP法と記す。)、SP法、又はAIP法とSP法を併用した方法から選択したいずれかの方法により被覆することが好ましい。例えば、第2硬質皮膜は、基材との密着強度改善が重要であることから、第2硬質皮膜と基材との界面部近傍はAIP法が好適である。界面部以外はSP法で被覆することも耐摩耗性改善に有効である。AIP法と併用することもできる。第1硬質皮膜は、SP法により被覆することができる。これらの被覆におけるSP法、AIP法の電源は、高周波電源若しくは直流電源でも可能であるが、被覆プロセスの安定性の観点からスパッタリング電源は高周波電源を用いることが好ましい。バイアス電源としては、硬質皮膜の電気伝導性、及び硬質皮膜の機械的特性を考慮して高周波バイアス電源を用いることがより好ましい。
第1硬質皮膜においてArガスをプロセスガスとして成膜を開始させ、所定時間経過後にArガスと酸素ガスの混合ガスをプロセスガスとして使用することで、O含有量の少ない層と多い層といったようにO含有比率を膜厚方向に傾斜させ変化させることも可能である。その場合は表面側の層ほどOが増加することが好ましい。そのとき、表層付近を成膜する際の成膜温度のT値を200℃から600℃の範囲内で制御する。成膜時の酸素ガス、Arガスとの流量比であるO/Ar値が、0.01≦O/Ar≦0.1を満たすように制御することが好ましい。O含有量の多い外層は潤滑性を有した摩耗保護層として機能する。また、上記の成膜条件を満たすことでα/β及びX/Yの制御が可能となる。
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、それにより本発明が限定されるものではない。
【実施例】
【0013】
(実施例1)
本願発明に係る硬質皮膜の製造方法に使用する被覆装置は、SP法による被覆ソースとAIP法による被覆ソースとを備え、被覆ソース毎にシャッターを備え、シャッターは互いに独立して稼動する機能を有した。図2は、本願発明に使用した被覆装置の構造を模式的に示す。被覆装置13は、減圧容器10、4種類の被覆ソース5、6、7、8、それらのシャッター14、15、16、17から構成される。ここで5と7はスパッタ用のRF被覆ソース、6と8はAIP用のアークソースである。各被覆ソースはシャッターを有し各被覆ソースを個別に遮蔽する。そして互いに独立して稼動することによって、夫々の被覆ソースを遮蔽することができる。従って被覆途中で被覆ソースを停止する必要はない。プロセスガスとしてArガス、反応性ガスとしての窒素ガス、酸素ガス、アセチレンガスを減圧容器10に供給するために、開閉機構を設けた吸気管12を有する。回転機構を有する基材ホルダー11には、DCバイアス電源又はRFバイアス電源9に接続されている。
本願発明に係る硬質皮膜の皮膜物性を評価する為に、Co含有量が重量%で8%の超硬合金を用い、本発明例1は、次に示す第1の被覆方法を用いて硬質皮膜を被覆した。第1の被覆方法は、基材をイオンクリーニングする第1の工程と、第2硬質皮膜を被覆する第2の工程と、第1硬質皮膜被覆用ターゲット表面をクリーニングする第3の工程と、第1硬質皮膜を被覆する第4の工程とからなる。即ち、第1の工程では、基材は基材ホルダーに保持した後、500℃に加熱し、負の電圧が200V、正の電圧が30V、周波数が20kHz、パルス/ポーズ比が4のパルスバイアス電圧を印加してイオンクリーニングを約30分間処理した。その間、各ソースのシャッターは全て閉じた。第2の工程では、クリーニング後、アークソースのシャッターを開き、第2硬質皮膜である(AlTi)Nを被覆した。第2硬質皮膜は、AIP法により成膜した。成膜時に印加するDCバイアス電圧値は、約10Vから400Vが好ましい。またバイポーラパルスバイアス電圧を使用することもできる。この時の周波数は、例えば0.1kHzから300kHzの範囲で、正のバイアス電圧は、特に3Vから100Vの範囲が好ましい。パルス/ポーズ比は、0.1から0.95の範囲とすることができる。第3の工程では、第2硬質皮膜の(AlTi)Nを被覆する一方、成膜途中で、シャッターは閉じた状態でRF被覆ソースを稼動させた。これは、ターゲット表面の酸化物などの不純物を除去する目的で実施した。第2硬質皮膜の成膜は基材のイオンクリーニング工程と同じく250℃から800℃で加熱するが、第1硬質皮膜ではT値を400℃以下に制御することが好ましい。そのため、第1硬質皮膜の成膜時にT値が400℃を超えないように、第2硬質皮膜の成膜途中から温度制御する必要がある。予備放電を行う際はRFスパッタリング出力を500Wから2500W程度の比較的高出力で行い、その後の成膜初期では低出力の100W程度、即ち成膜速度は時間あたり0.25nm以下で開始することが望ましい。第2硬質皮膜の成膜完了後、シャッターを開き、RF被覆ソースが同時に稼動し成膜を開始した。最後に第1硬質皮膜を被覆する第4の工程により、第1硬質皮膜であるSiBNCO膜は、RF被覆ソースにより成膜した。RF被覆ソースには、SiC−BNのターゲット材として、BN対SiCのモル混合比が1対3のターゲットを用いた。RF被覆ソースでRFスパッタ被覆することによって、SiBNCOを被覆し、RFバイアスに加えて、負の電圧が50VのDCバイアスを付加することによって、RFバイアスとDCバイアスの併用でSiBNCOを被覆した。第1硬質皮膜は、酸素ガスなどのプロセスガスが吸気管を通って減圧容器に供給することによって、Oを含有させた。最終的に積層構造は、(AlTi)N、SiBNCOの順に積層され、皮膜厚さを約3μmとした。また、RFスパッタ被覆の際には、T値が400℃以下になるように温度を調整した。第1硬質皮膜の厚さ5nmまでの成膜初期におけるP値は、低出力の100Wとし、その後漸次P値を増加させて、最終的に5000Wまで増加させた。表面の層近傍を成膜する際にはT値が500℃程度になるように調整した。
また、本発明例2から34、比較例、従来例ともに、ことわりのない限り第1の被覆方法に準拠して作成し、第1硬質皮膜の膜厚は1000nm程度になるように成膜条件を調整して成膜を実施した。本発明例2から10、14から22及び25から34は第1の被覆法に準拠して作成しているが、第2硬質皮膜の組成が異なるものである。本発明例11から13も同様に作成しているが、第1硬質皮膜の成膜時に、反応ガスとして夫々窒素ガス、酸素ガス、アセチレンガスを用いた。即ち、本発明例11は、RFスパッタ法で第1硬質皮膜の表層を成膜する際に、プロセスガスのArガスと反応ガスの窒素ガスの混合ガスを用いて成膜を行い、第1硬質皮膜の最表面から膜厚方向に100nm未満の領域の表層近傍における皮膜の窒素濃度を高濃度化した。本発明例12は反応ガスに酸素ガスを、本発明例13はアセチレンガスを用いた。比較例35から37、従来例38から42も第1の被覆法に準拠して作成しているが、比較例35はSiBNCO皮膜を成膜する際に反応ガスとして酸素ガス、Arガスを用い、その流量比、O/Ar値を0.3となるように制御した。比較例36はO/Ar値を0.025に、比較例37はO/Ar値を0.0125に制御した。但し、本発明例12、比較例35から37については、第1硬質皮膜の成膜初期における酸素ガスの使用を回避した。これは、第1硬質皮膜と第2硬質皮膜との界面近傍における酸素濃度を低くし、密着性を確保するための配慮である。従来例38はターゲットのBN対SiCのモル混合比を変え、SiC対BNを1対1とし、従来例39は1対3に調整したものを用いた。従来例40は第1硬質皮膜を成膜せず第2硬質皮膜のみのもの、従来例41、42は第2硬質皮膜のみを有し、従来例41は(TiAl)NとTiN皮膜の複層構造のもの、従来例42は(TiAl)NとCrNの複層構造のものとした。
第2の被覆方法で本発明例23、24を作成した。第2の被覆方法が第1の被覆方法と異なる点は、第2硬質皮膜をDCスパッタ法で成膜して第1硬質皮膜をRFスパッタ法で成膜している点である。
次に、得られた皮膜の評価について、組成分析は電子プローブマイクロアナライザー(以下、EPMAと記す。)を用いて測定を行った。夫々組成分析結果を表1に示す。
【0014】
【表1】

【0015】
本発明例、比較例及び従来例について熱処理を行い、表層への低融点融液保護層の形成の比較を行った。基材としてCo有量8%の超微粒子超硬合金製インサートを用いた。熱処理条件は、大気中900℃、湿度58%の条件下で1時間保持とし、熱処理後の硬質皮膜断面を透過型電子顕微鏡(以下、TEMと記す。)により観察をして評価した。例えば、本発明例1の熱処理後のTEM観察写真を図3に、従来例40を図4に示す。図3より、本発明例1には、表面側に緻密な低融点融液層18が確認された。この低融点融液層は酸化の進行の抑制にも効果を発揮し、皮膜の耐熱性向上にも効果を示すと考えられる。一方、図4では表層にポーラス状の酸化層19が確認されたが、緻密な低融点融液層は確認されなかった。また、1部で皮膜の剥離も確認された。
【0016】
(実施例2)
また、得られた各皮膜について第1硬質皮膜の表層のXPS分析も行い、α/β値、X/Y値を算出した。次に、得られた各皮膜の溶着抑制効果を評価する為に、本発明例、比較例及び従来例について、以下に示す試験条件とボールオンディスク式の摩擦摩耗試験を用いて評価を行った。摩擦摩耗試験には、SUJ2製のΦ6.0のボール材と、K10相当のISO型番SNMN120408の超硬合金インサートに皮膜をコーティングしたものを用いた。試験温度は、SiO2とB2O3の間で生成される低融点融液の潤滑効果を評価するため、500℃に設定して行った。また評価は摩擦痕周辺の皮膜への付着物の状態から、以下の基準で耐溶着性を評価した。評価はAからDの4段階評価で行った。A表記は、摩擦痕周辺部での付着物が確認されなかったもの、B表記は、摩擦痕の全周の〜1/2の範囲に付着物が見られたもの、C表記は、摩擦痕の全周の〜3/4の範囲に付着物が見られたもの、D表記は、摩擦痕周辺部の全周に渡って付着物が見られたもの、とした。各試料のXPS分析結果、評価結果を表2に示す。
(試験条件)
摺動速度:100mm/sec
摺動半径:4.0mm
荷重:2N
摺動距離:50m
評価温度:500℃
評価雰囲気:大気中、無潤滑
【0017】
【表2】

【0018】
表2の結果から本発明例は比較例、従来例に対して良好な耐溶着性を示した。本発明例の何れもα/β値、X/Y値が本願発明の規定範囲を満たしており、潤滑効果が発揮された為である。本発明例12、13はα/β値が本発明例の中で最大と最小のものである。最大値を示した本発明例13の方が良好な溶着抑制効果を発揮した。Si酸化物自体が潤滑効果を発揮したことにより、良好な溶着抑制効果を発揮したと推察される。この結果より、α/βはある程度高い値の方が良好な溶着抑制効果を示すと考えられるが、高すぎると比較例36、37のように溶着抑制効果が減少した。よって、α/β値は22までの範囲に制限する必要がある。本発明例12、25と34を比較すると、本発明例12はX/Y値が最小値であり、本発明例34は最大値を示し、本発明例25は平均値程度を示した。本発明例25は最も溶着抑制効果が良好であった。本発明例12はX/Y値が下限近くであり、低融点融液の生成が多く、溶着効果は本発明例25に対して、若干劣る結果となった。一方、本発明例34ではX/Yが高い値となっており、低融点融液の生成が少なくなっていることから本発明例25より溶着抑制効果が劣る結果となった。比較例35、36のように5≦X/Y≦12の範囲を外れると、極端に潤滑効果が低下することから、この範囲を満たすことが必要である。しかし、いずれの結果も溶着の有無の判断ではA評価となっており、比較例や従来例と比べると飛躍的に効果が向上した。特に、比較例36は広範囲で溶着が確認された。この理由は、α/β>22、X/Y>12となり、Si−O結合、B−O結合が少ない為に低融点融液の生成が十分でなく、溶着抑制効果が発揮されなかったからである。従来例38、39も、耐溶着性に効果を発揮できなかった。この理由は、本発明例の組成範囲を外れたものであることから、本発明例に対してSiと硼素の比率において硼素の方が多くなってしまったことにより低融点融液の生成が多くなり、保護膜として働くべき低融点融液層が流動化してしまったためである。また、X/Y<5であることより、B−O結合が多い為に低温で多くの低融点融液が生成された為である。従来例40、41も激しい溶着現象が発生しており、また従来例42のCrNでも溶着が確認された。ここで、激しい溶着現象が発生した従来例41の試験後の試料を用い、皮膜内部方向に向かってオージェ発光分光分析を行った。ボール材の主成分である鉄元素に着目した分析の結果、従来例41の皮膜内部への鉄元素の内向拡散距離は990nmであった。同様な試験を本発明例1で行った所、内向拡散距離は120nmであった。これより、本発明例1の内向拡散距離は、従来例41よりも1/8程度に少なく抑制されていることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明品は特に潤滑特性と耐溶着性に優れることより、切削工具、金型、エンジン部品若しくはガスタービンなどの耐摩耗性及び耐高温酸化特性が要求される部材または自動車のエンジン部品などの摺動特性が要求されるような部材への適用が可能である。
【符号の説明】
【0020】
1 硬質皮膜
2 基材
3 第2硬質皮膜
4 第1硬質皮膜
5 RF被覆ソース
6 アークソース
7 RF被覆ソース
8 アークソース
9 DCバイアス電源もしくはRFバイアス電源
10 減圧容器
11 基材ホルダー
12 ガス導入口もしくは排気管
13 被覆装置
14 シャッター
15 シャッター
16 シャッター
17 シャッター
18 低融点融液層
19 ポーラス状の酸化層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材表面に硬質皮膜を2層以上被覆した多層皮膜被覆部材において、該硬質皮膜は外層である第1硬質皮膜と、内層である第2硬質皮膜を有し、該第1硬質皮膜は、SiaBbNcCdOeで示され、但し、a、b、c、d、eは原子比を示し、a+b+c+d+e=1を満たし、0.1≦a≦0.5、0.01≦b≦0.2、0.05≦c≦0.6、0.1≦d≦0.7、0<e≦0.2、2b<a<4b、であり、該第2硬質皮膜は、金属成分がAl、Ti、Cr、Nb、W、Si、V、Zr、Moから選択される2種以上、非金属成分がNと、硼素、C、O、Sから選択される1種以上を有し、該第1硬質皮膜の表層は、Si−C結合を示すピークから求めた面積をαとし、Si−O結合を示すピークから求めた面積をβとし、比をα/βとしたとき、9≦α/β≦22、であり、B−N結合を示すピークから求めた面積をXとし、B−O結合を示すピークから求めた面積をYとし、比をX/Yとしたとき、5≦X/Y≦12、であることを特徴とする多層皮膜被覆部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−53448(P2010−53448A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−189528(P2009−189528)
【出願日】平成21年7月29日(2009.7.29)
【出願人】(000233066)日立ツール株式会社 (299)
【Fターム(参考)】