説明

多重放射線分析装置、多重放射線分析方法

【課題】微量の元素の分析を効率よく行う。
【解決手段】X線検出器11〜1Nの出力パルスは、それぞれパルス時刻検出回路(時刻検出部)21〜2Nに入力される。パルス時刻検出回路21〜2Nは共通のクロックで動作し、それぞれX線検出器11〜1Nの出力パルスが入力された到着時刻をそれぞれ認識する(出力A〜A)。N個のX線検出器11〜1Nからの独立した出力パルスにおいて、ほぼ同時、すなわち、到着(出力)時刻の時間差が予め設定されたある一定の短い間隔(例えば100ns)内である2つの出力パルスが出力パルス組として取り出される。この出力パルス組の抽出は、OR回路、時間差判定回路、抽出回路からなるパルス組抽出部でなされる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質から発せられる放射線を分析することによって元素の定性分析や定量分析を行う放射線分析装置、放射線分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、物質(原子や原子核)が発するX線やγ線を検出することによって、この物質が含有する元素を特定する組成分析方法は広く用いられている。X線を用いる場合には、電子線等が照射された際に原子が発する特性X線を検出器で検出する。各元素が発する特性X線のエネルギーは決まっているために、そのスペクトルを解析することによって、この物質に含まれる元素の種類や含有量を知ることができる。γ線を用いる場合には、例えばこの物質に加速器や原子炉から出る放射線を照射し、放射化した原子核が発する壊変γ線を同様に分析する。
【0003】
どちらの場合にも、X線やγ線を検出するためには、例えばシリコン検出器やゲルマニウム検出器等の半導体検出器が用いられる。半導体検出器においては、X線やγ線の光子を受光すると、その出力は光子に対応するパルスとして検出され、このパルスの個数が光子のカウント数に対応し、個々のパルスの高さがこの光子(X線やγ線)のエネルギーに対応する。従って、図6に示すように、γ線を一定時間にわたり検出し、横軸にパルスの高さ(γ線エネルギー)、縦軸にカウント数をとったグラフを作成すれば、このグラフ(1次元スペクトル)には多数のピーク(例えばγ、γ)が存在し、この各ピークは各元素が発する特性X線や各元素の原子核が発する壊変γ線に対応する。従って、この各ピークを同定すれば、物質に含まれる元素や原子核の種類や含有量を算出することができる。ただし、検出されるX線やγ線はこれらの特性X線やγ線だけではなく、図6に示されるように、様々な原因で発生する連続スペクトルをもつバックグラウンド成分も含む。このバックグラウンド成分が大きな場合には、元素の含有量が少ないために小さい(カウント数の少ない)ピークは、バックグラウンド成分に埋もれて認識しにくくなる。一方、測定されるカウント数を多くすれば統計誤差を小さくすることができ、精度を上げることができるが、このためには測定時間が長くなるため、効率のよい測定をすることが困難である。
【0004】
また、特性X線や壊変γ線のエネルギーは決まっているため、上記1次元スペクトルにおける各ピークは鋭い形状であり、その幅(エネルギーに対応するパルス高の広がり)は理想的には零に近くなる。しかしながら、実際には、半導体検出器は有限のエネルギー分解能をもち、これを(光子のエネルギー/検出されるピークの半値幅)で定義すると、例えばシリコン検出器の場合には10keVのエネルギーのX線に対しては30、例えばゲルマニウム検出器の場合には1.3MeVのエネルギーのガンマ線に対しては500程度である。すなわち、検出される各ピークは有限の幅をもつ。ここで、各元素が発する特性X線や壊変γ線の種類は複数存在するため、測定される物質に多数の元素が含有されている場合には、ピークの数は多くなる。これらの各ピークが有限の幅をもつため、例えば、大きなピークに近接して他の小さなピークがあった場合、この小さなピークは大きなピークの裾と重なるため、やはり認識が困難となる。すなわち、近接するピークが部分的に重なるため、各ピークの同定及びその強度の測定が困難になる。
【0005】
以上の理由により、X線やγ線の1次元スペクトルを解析することによる分析は精度が悪くなり、特に、含まれる量が微量である元素の分析は困難となる。
【0006】
このため、特許文献1において、上記のγ線分析において、2つの検出器で同時に検出されたエネルギーのγ線を解析することにより、高い精度で組成分析を行う方法(多重γ線分析)が提案された。この方法においては、壊変γ線が放射される際に複数のステップで該γ線が放射される場合が多いことを利用している。例えば、図7に示す放射性物質の152Eu原子核の場合には、例えば841.6keVの光子を放出するステップと121.8keVの光子を放出するステップの2つのステップによって壊変する。この2つの光子はほぼ同時に放出されるため、図8に示すように、x軸(第1の軸:図8における横軸)とy軸(第2の軸:図8における縦軸)をこれらの同時に検出された2つの光子のエネルギー(パルス高)とし、z軸(第3の軸:図8における紙面に垂直な軸)をその検出回数とした3次元グラフ(2次元スペクトル)を作成することができる。なお、ここで、z軸に対応する値は濃淡で表示しており、検出回数が多いほど淡く表示している。この図8に示す2次元スペクトルの場合には、第1の軸の値が841.6keV、第2の軸の値が121.8keVとなった検出がなされれば、この被測定物には152Euが含まれていると判定でき、この検出回数(第3の軸の値)を、同様に検出される他の元素についての値と比較することによって、各元素の含有量をも算出することができる。該2次元スペクトルにおいてもバックグラウンド成分の影響は現れるが、バックグラウンド成分の2つの光子が相関をもつ、例えばバックグラウンド成分における841.6keVの光子と、バックグラウンド成分における121.8keVの光子とが同時に検出される確率は極めて低い。従って、該2次元スペクトルにおいては、バックグラウンドの影響は1次元スペクトルの場合と比べて小さくなり、微量の元素の分析精度が高くなる。
【0007】
また、この場合に観測される各ピークは、2次元上で認識されるため、該2次元スペクトルにおいては、1次元スペクトルの場合よりも近接するピークの分離性能が高くなることも明らかである。従って、多数の元素が含まれる場合の分析精度も高くなる。
【0008】
すなわち、該2次元スペクトルにおいては、1次元スペクトルと同様に、含まれる複数ピークの解析をすることによって、含まれる元素の同定及びその含有量の解析を行うことができる。また、1次元スペクトルにおいて認識が困難であったピークがある場合でも、該2次元スペクトルにおけるこれに対応するピークの認識は容易であるため、その分析は容易となる。従って、含まれる量が微量であるために小さなピークしか出現しない元素の分析も可能となった。
【0009】
【特許文献1】特開2001−235547号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、同時に放射された2種類のγ線を2つの検出器によって効率よく検出することは困難である。すなわち、両方のγ線がどちらの検出器にも検出されない場合や、一方のγ線だけがどちらかの検出器に検出されるが他方のγ線は全く検出されない場合が多く存在し、同時に放射された2つの光子がそれぞれの検出器で別々に同時に検出される確率は低いからである。
【0011】
図8の2次元スペクトルにおいて、例えば152Euの場合には、一方の検出器が841.6keV、他方の検出器が121.8keVの光子を同時に検出した回数が第3の軸に対応する。特に元素の定量分析を行う場合には、この検出回数が充分であることが必要になるが、この検出効率が低い場合には、充分な検出回数を得ることが困難である。この場合には、充分な検出回数を得るために測定時間を充分に長くとることが必要になる。
【0012】
従って、上記多重γ線分析においても、同時に放射された2種類のγ線を利用した微量の元素の分析を効率よく行うことは困難であった。
【0013】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、上記問題点を解決する発明を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
本発明の多重放射線分析装置は、被測定試料から同時に放射される2種類のエネルギーの放射線を検出することによって前記被測定試料に含まれる元素分析を行う多重放射線分析装置であって、前記放射線を検出して出力パルスとして出力する2個以上の放射線検出器と、前記各放射線検出器からの出力パルスの到着時刻を認識する時刻検出部と、前記各出力パルスのうち、到着時刻の時間差が予め設定された間隔よりも短い2つの出力パルスを出力パルス組として抽出するパルス組抽出部と、前記2つの出力パルスのそれぞれのパルス波高から、前記2つの出力パルスに対応するそれぞれの放射線のエネルギーを算出するパルス波高分析部と、を具備することを特徴とする。
本発明の多重放射線分析装置において、前記パルス組抽出部は、前記2個以上の放射線検出器から出力された出力パルスのうちの一つの出力パルスである第1の出力パルスが入力され、該第1の出力パルス以降に出力パルスが入力された場合に、前記第1の出力パルス以降に入力された出力パルスと前記第1の出力パルスとの到着時刻の時間差を算出する時間差判定回路と、前記時間差が前記予め設定された間隔よりも短い出力パルスを第2の出力パルスと認識し、前記第1の出力パルス及び前記第2の出力パルスを前記出力パルス組として認識する抽出回路と、を具備することを特徴とする。
本発明の多重放射線分析装置において、前記放射線はX線であり、複数種類の元素の特性X線エネルギーをデータベースとして記憶する記憶部を具備することを特徴とする。
本発明の多重放射線分析方法は、被測定試料から同時に放射される2種類のエネルギーの放射線を検出することによって前記被測定試料に含まれる元素分析を行う多重放射線分析方法であって、前記放射線を検出して出力パルスとして出力する放射線検出器を2個以上用い、前記各放射線検出器からの出力パルスの到着時刻を認識し、前記各出力パルスのうち、到着時刻の時間差が予め設定された間隔よりも短い2つの出力パルスを出力パルス組として抽出し、前記2つの出力パルスのそれぞれのパルス波高から、前記2つの出力パルスに対応するそれぞれの放射線エネルギーを算出し、前記2つの出力パルスに対応する放射線エネルギーの度数分布である3次元グラフを作成することにより、前記被測定試料に含まれる元素の分析を行うことを特徴とする。
本発明の多重放射線分析方法において、前記2個以上の放射線検出器から出力された出力パルスのうちの一つの出力パルスである第1の出力パルスが入力された場合に、該第1の出力パルスの到着時刻と前記第1の出力パルス以降に出力パルスが入力された場合の、前記第1の出力パルス以降に入力された出力パルスと前記第1の出力パルスとの到着時刻の時間差を算出し、前記時間差が前記予め設定された間隔よりも短い出力パルスを第2の出力パルスと認識し、前記第1の出力パルス及び前記第2の出力パルスを前記出力パルス組として認識することを特徴とする。
本発明の多重放射線分析方法において、前記放射線はX線であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明は以上のように構成されているので、微量の元素の分析を効率よく行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明を実施するための最良の形態となる多重放射線分析装置につき説明する。図1は、この多重放射線分析装置の構成の概要を示す図である。この多重放射線分析装置10においては、N個の同一仕様のX線検出器11〜1Nが用いられる。これらのX線検出器は、被測定試料100が発するX線を検出する。なお、Nは2以上の任意の数である。
【0017】
被測定試料100には、例えば電子線やX線が照射され、これによって、被測定試料100に含まれる各種元素の原子においては、軌道上の電子が除去され、空の状態となる。このため、この空の状態に他の軌道の電子が入る際にこのエネルギー準位の変化に対応してX線が放射される。この際に2ステップでX線が放射される場合があり、特許文献1に記載の場合と同様に、この多重放射線分析装置10は2以上のステップでX線が放射される場合に対応する。すなわち、ここで分析の対象となる元素においては、後述するようにこの遷移は2ステップ以上で行われ、これに対応して2種類以上のX線(エネルギーXPとエネルギーXP等)が放射される。これらのステップは連続して行われるが、特許文献1の場合と同様に、実際には同時に行われるものとして扱うことができる。すなわち、これらのX線は同時に放射されるものとして扱うことができる。
【0018】
X線検出器11〜1Nは、例えばシリコン検出器である。この検出器においては、直流電圧が印加され、X線やγ線の光子が入射すると、これに対応してパルスが出力される。この出力パルスの高さは、入射したX線のエネルギーに対応し、X線のカウント数(検出した光子の数)は、この出力パルスのカウント数となる。なお、実際にはX線検出器11〜1Nは、X線が入射する検出部と電気出力を増幅するプリアンプ等で構成されているが、ここではこれらが一体化されたものをX線検出器と呼称する。X線検出器11〜1Nは、被測定試料100の周囲に配置され、被測定試料から放射されたX線を効率よく検出できるように配置され、その数(N)は多いことが好ましい。この多重放射線分析装置10においては、各X線検出器からの出力パルスが以下に述べる多重放射線分析方法に従って処理される。
【0019】
X線検出器11〜1Nの出力パルスは、それぞれパルス時刻検出回路(時刻検出部)21〜2Nに入力される。パルス時刻検出回路21〜2Nは共通のクロックで動作し、それぞれX線検出器11〜1Nの出力パルスが入力された到着時刻をそれぞれ認識する(出力A〜A)。この到着時刻は、例えばパルスのピーク時刻や立ち上がり時を基準にして適宜設定できる。
【0020】
この多重放射線分析装置10においては、N個のX線検出器(放射線検出器)11〜1Nからの独立した出力パルスにおいて、ほぼ同時、すなわち、到着(出力)時刻の時間差が予め設定されたある一定の短い間隔(例えば100ns)内である2つの出力パルスが出力パルス組として取り出される。この出力パルス組の抽出は、OR回路、時間差判定回路、抽出回路からなるパルス組抽出部でなされる。
【0021】
X線検出器11〜1Nのいずれかから出力パルスが発せられると、OR回路31は、これを第1の出力パルスとして認識して出力する(B)。なお、この際に、後述するように、予め検出される特性X線のエネルギーがわかっている場合には、検出される可能性のある特性X線のエネルギーをもつ出力パルスのみを出力Bとすることもできる。
【0022】
時間差判定回路32は、出力Bが得られた場合には、前記の出力A〜Aを参照して、出力Bにおける出力パルス(第1の出力パルス)と、第1の出力パルス以降に入力された出力パルスA〜Aにおける出力パルスとの到着時刻の時間差を算出する。
【0023】
抽出回路33は、この時間差が前記の間隔(例えば100ns)内である信号を、同時に検出された出力(第2の出力パルス)として認識する。すなわち、抽出回路33は、この時間差が前記の間隔よりも短い出力パルスを第2の出力パルスとして認識し、第1の出力パルスと第2の出力パルスを出力パルス組として認識する。また、この場合には、認識された第2の出力パルスを、前記の出力Bから除外することもでき、この場合には出力パルスが重複して出力パルス組として認識されることが抑制される。また、この間隔内に2つ以上の出力パルスがあると認識された場合には、例えば、一番時間差が短い出力を第2の出力パルスとすることができる。あるいは、後述するように、予め検出される特性X線のエネルギーがわかっている場合には、第1の出力パルスとなったX線と同時に検出されるべきX線のエネルギーをもつ出力パルスを優先的に第2の出力パルスとして認識することもできる。
【0024】
上記の動作によって、この間隔内に観測された2つの出力パルスを、出力パルス組として認識することができる。パルス波高分析回路(パルス波高分析部)34は、この2つの出力パルスのパルス波高から、各々のエネルギーを認識し、これを半導体メモリやハードディスクで構成される記憶装置(記憶部)35に記憶する。
【0025】
上記の測定をある一定時間、例えば100sの間行い、この間に検出された全ての出力パルス組におけるエネルギー(第1の出力パルスのエネルギーをX、第2の出力パルスのエネルギーをXとする)を記憶装置35に記憶する。記憶された全ての出力パルス組のヒストグラム(度数分布)が2次元スペクトルとなる。具体的には、例えばE≦X<E+ΔE、かつE≦X<E+ΔEとなっているパルス組の検出回数をN(E、E)として、x軸(第1の軸)をE、y軸(第2の軸)をE、z軸(第3の軸)をN(E、E)とした3次元グラフが2次元スペクトルとなる。ここで、ΔEはヒストグラムを求める際の区間の幅である。ΔEが小さすぎる場合には、この区間内で検出される度数が小さいために統計誤差が大きくなり、ピークの認識が困難となる。一方、ΔEが大きすぎる場合には、近接したピークの認識が困難となるため、ΔEはX線検出器のエネルギー分解能やピークの近接の度合いに応じて適宜決定され、N(E、E)の大きさが統計的に充分である範囲内で小さいことが好ましい。
【0026】
この場合に同時に検出される2種類のX線の発生機構の概要を原子における電子構造を単純化して概念的に図2に示す。図2は、原子核の周囲のK(最内)、L、M(最外)軌道に電子が存在する場合に電子線が照射された場合に特性X線が放射される場合の例を示している。同図(a)に示されるように、この原子においては、例えば電子線照射によってK軌道の電子が叩き出されて空になった状態(白丸)となる。この状態から、同図(b)に示すように、L軌道の電子が空となったK軌道に移り(黒丸)、この際のエネルギー準位差XPのエネルギーをもつ特性X線となって放射され、L軌道が空(白丸)となる。次に、同図(c)に示すように、M軌道の電子が空となったL軌道に移り(黒丸)、この際のエネルギー準位差XPのエネルギーをもつ特性X線として放射され、M軌道が空孔(白丸)となる。XP、XPのエネルギーは元素に固有の値となり、かつ以上の行程はほぼ同時に行われる。従って、上記の2次元スペクトルにおいて、(XP、XP)に対応するピークが有意に検出されればこの元素が存在することになる。また、このピークの検出回数N(XP、XP)を、同様に検出された他の元素のピークの検出回数と比較することにより、この元素の含有量を算出することが可能である。この点については特許文献1に記載の多重ガンマ線分析と同様である。
【0027】
この際、以上の構成の多重放射線分析装置10が用いられて2次元スペクトルが作成される。この場合には、第1のX線光子と第2のX線光子が同時に放射された場合、2個以上のX線検出器が同時に用いられると、この2種類の光子が共に検出される確率が高くなる。すなわち、出力ピーク組を高効率で検出することができる。従って、微量の元素の分析も効率よく行うことができる。3個以上のX線検出器を用いることが特に好ましい。
【0028】
この2次元スペクトル(3次元グラフ)の一例の概要を模式的に図3に示す。この2次元スペクトルにおいては複数のピークが見られるが、例えば上記のXP、XPのエネルギーのX線が放射される場合、複数ピークのうちの一つがこのうちの一つのピークとして認識される。同様に他のピークの各々も他の元素等が発する2つの特性X線に対応する。従って、各ピークの高さとなるN(XP、XP)等を比較することにより、元素の組成比率を算出することができる。
【0029】
なお、記憶装置35は、複数の種類の元素の特性X線エネルギー(XP、XP等)をデータベースとして記憶していることが好ましい。この場合には、2次元スペクトル中の各ピークの同定をマイクロコンピュータ等を用いて同定したり、前記の通り、予め検出されることが予測されるエネルギーに対応するパルス高をもつ出力パルスに対する処理を優先的に行うことも可能である。
【0030】
実際にこれによって得られた2次元スペクトルの一例を図4に示す。ここで、横軸、縦軸が前記のX線のエネルギー(図3におけるE、E)に対応し、度数(図3におけるN(E、E))は濃淡で示してあり、Smの特性X線に対応するピークが2次元スペクトルにおいて認識されている。なお、度数と色の濃淡の関係はグラフの右側に示されている。
【0031】
一方、単一のX線検出器を用い、横軸を一定時間内に検出されたX線のエネルギー、縦軸をその検出回数としたヒストグラム(1次元スペクトル)の一例を図5に示す。ここで、横軸は、エネルギーではなく、チャンネルで表示している。特許文献1に記載されたγ線の場合と同様に、連続成分となるバックグラウンドが存在し、かつ複数のピークが重なり合うために、各ピークの同定が困難であることが明らかである。
【0032】
なお、上記の例では、X線を検出する例について記載したが、特許文献1に記載される多重γ線分析においても同様の構成を用いることもできることは明らかである。この場合には、被測定試料100としては、放射線照射、例えば中性子線照射によって放射化した試料が用いられ、各X線検出器の代わりにγ線検出器となるゲルマニウム検出器が用いられる。これによって、同様にγ線の2次元スペクトルを高い効率で得ることができ、微量の元素を効率よく分析することができる。
【0033】
ただし、γ線分析を行うためには、被測定試料100を放射化するために、原子炉や加速器等の大型の装置によって発生した放射線で被測定試料100を照射することが必要になる。また、被測定試料100は放射化されるために再使用は不可能であり、破壊分析となり、かつ分析後の被測定試料100の処理(廃棄)も容易ではない。また、元素によっては、放射化してもその放射性核種の半減期が極めて短いために、実質的に壊変γ線の分析が困難となる場合がある。
【0034】
これに対して、上記の構成で多重X線分析を行う際には、例えば30kV程度の電子線をターゲットに照射して得られたX線を、空気中で被測定試料100に照射し、特性X線を発生させることができる。この際には大型の放射線設備は不要であり、電子銃等の小型の電子線発生装置を用いることができるため、この分析装置を単純で安価なものとすることができる。また、この場合には、被測定試料100は破壊されないため、再使用することができる。また、電子線の照射と同時にX線分析を行うため、γ線分析のように半減期が問題になることはない。
【0035】
また、放射化された被測定試料100から放射されるγ線(壊変γ線)は、原子核のエネルギー準位間のエネルギーに対応しているが、このエネルギーにおいては、明確な原子量依存性等は見られない。従って、複数の元素が混在している場合には、複数のピークが特に規則性なしに混在する。これに対して、特性X線は原子における電子のエネルギー準位間のエネルギーに対応し、これに応じて例えばK線やL線等がある。K線やL線には明確な原子番号依存性があり、他元素のピークとの間の干渉は少ないため、元素の同定はさらに容易である。
【0036】
また、上記の解析においては、前記の通り、各元素の放射する特性X線のエネルギーを予めデータベースとして準備しておき、これを用いて各ピークの同定を行うことができる。多重γ線分析を行う場合にも同様のデータベースを用いることができるが、壊変γ線を放射するのは原子核であり、原子核は、同一の元素に対しても複数種類(同位元素)存在する。従って、多重X線分析の場合にはこのデータベースは元素毎に必要であり、90種類程度の元素についてのデータが必要であるのに対して、多重γ線分析の場合にはこのデータベースは原子核毎に必要であり、250種類程度の原子核種についてのデータが必要になる。従って、各ピークの同定作業も、X線を用いる場合の方が容易となる。
【0037】
以上より、上記の多重放射線分析装置においては、X線を用いる方が、γ線を用いる場合よりもより好ましい。
【0038】
一方、X線やγ線以外の粒子線に対しても、上記の多重放射線分析装置を適用することができる。例えば、オージェ電子は、特性X線と同様のメカニズムによって、特性X線と等しいエネルギーをもつ電子である。従って、オージェ電子を検出する検出器を複数用いて上記の多重放射線検出器を構成すれば、同様の効果を奏することは明らかである。すなわち、ここでいう放射線としては、X線、γ線の他に、これらと同等のエネルギーをもち、輝線スペクトルをもつ任意の粒子線に対しても同様に適用できる。
【0039】
また、上記の例では、放射線検出器として半導体検出器を用いた例につき記載したが、放射線の検出数とエネルギーを同時に検出できる放射線検出器として他の方式、例えば比例計数管等を用いることもできる。
【0040】
また、パルス組抽出部の構成は、上記の例ではOR回路31、時間差回路32、抽出回路33を用いた構成としたが、これに限られるものではなく、到着時刻の時間差が小さな2つの出力パルスを認識できる構成であれば任意である。また、パルス組を選別した後にパルス波高分析回路34による処理を行っていたが、パルス組を選別する前にパルス波高分析回路34による処理を行ってもよい。
【0041】
また、X線、γ線、電子線等が同時に放射される場合には、上記構成におけるパルス時刻検出回路以降に対しても同様に、これらの検出器の出力に対して同様の分析を行うこともできる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明の実施の形態に係る多重放射線分析装置の構成を示す図である。
【図2】本発明の実施の形態に係る多重放射線分析装置が検出する2種類のX線発生機構の概要を原子における電子構造を単純化して示した図である。
【図3】本発明の実施の形態に係る多重放射線分析装置によって得られる2次元スペクトルの概要を示す図である。
【図4】本発明の実施の形態に係る多重放射線分析装置によって得られた2次元スペクトルの一例である。
【図5】従来のX線分析によって作成した1次元スペクトルの一例である。
【図6】従来のγ線分析によって作成した1次元スペクトルの一例である。
【図7】多重γ線分析によって同時に検出される2種類のγ線の一例である。
【図8】多重γ線分析によって作成した2次元スペクトルの一例である。
【符号の説明】
【0043】
10 多重放射線分析装置
11〜1N X線検出器
21〜2N パルス時刻検出回路(時刻検出部)
31 OR回路(パルス組抽出部)
32 時間差判定回路(パルス組抽出部)
33 抽出回路(パルス組抽出部)
34 パルス波高分析回路(パルス波高分析部)
35 記憶装置(記憶部)
100 被測定試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定試料から同時に放射される2種類のエネルギーの放射線を検出することによって前記被測定試料に含まれる元素分析を行う多重放射線分析装置であって、
前記放射線を検出して出力パルスとして出力する2個以上の放射線検出器と、
前記各放射線検出器からの出力パルスの到着時刻を認識する時刻検出部と、
前記各出力パルスのうち、到着時刻の時間差が予め設定された間隔よりも短い2つの出力パルスを出力パルス組として抽出するパルス組抽出部と、
前記2つの出力パルスのそれぞれのパルス波高から、前記2つの出力パルスに対応するそれぞれの放射線のエネルギーを算出するパルス波高分析部と、
を具備することを特徴とする多重放射線分析装置。
【請求項2】
前記パルス組抽出部は、
前記2個以上の放射線検出器から出力された出力パルスのうちの一つの出力パルスである第1の出力パルスが入力され、該第1の出力パルス以降に出力パルスが入力された場合に、前記第1の出力パルス以降に入力された出力パルスと前記第1の出力パルスとの到着時刻の時間差を算出する時間差判定回路と、
前記時間差が前記予め設定された間隔よりも短い出力パルスを第2の出力パルスと認識し、前記第1の出力パルス及び前記第2の出力パルスを前記出力パルス組として認識する抽出回路と、
を具備することを特徴とする請求項1に記載の多重放射線分析装置。
【請求項3】
前記放射線はX線であり、
複数種類の元素の特性X線エネルギーをデータベースとして記憶する記憶部を具備することを特徴とする請求項1又は2に記載の多重放射線分析装置。
【請求項4】
被測定試料から同時に放射される2種類のエネルギーの放射線を検出することによって前記被測定試料に含まれる元素分析を行う多重放射線分析方法であって、
前記放射線を検出して出力パルスとして出力する放射線検出器を2個以上用い、
前記各放射線検出器からの出力パルスの到着時刻を認識し、
前記各出力パルスのうち、到着時刻の時間差が予め設定された間隔よりも短い2つの出力パルスを出力パルス組として抽出し、
前記2つの出力パルスのそれぞれのパルス波高から、前記2つの出力パルスに対応するそれぞれの放射線エネルギーを算出し、前記2つの出力パルスに対応する放射線エネルギーの度数分布である3次元グラフを作成することにより、前記被測定試料に含まれる元素の分析を行うことを特徴とする多重放射線分析方法。
【請求項5】
前記2個以上の放射線検出器から出力された出力パルスのうちの一つの出力パルスである第1の出力パルスが入力された場合に、該第1の出力パルスの到着時刻と前記第1の出力パルス以降に出力パルスが入力された場合の、前記第1の出力パルス以降に入力された出力パルスと前記第1の出力パルスとの到着時刻の時間差を算出し、
前記時間差が前記予め設定された間隔よりも短い出力パルスを第2の出力パルスと認識し、前記第1の出力パルス及び前記第2の出力パルスを前記出力パルス組として認識することを特徴とする請求項4に記載の多重放射線分析方法。
【請求項6】
前記放射線はX線であることを特徴とする請求項4又は5に記載の多重放射線分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図6】
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【図7】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−101663(P2010−101663A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−271475(P2008−271475)
【出願日】平成20年10月22日(2008.10.22)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】