説明

定量的プロテオミクスに適用可能な多重荷電されたペプチドの選択的分離方法

【課題】第1のアミノ基の保護と陽イオン交換クロマトグラフィーとを組み合わせた、ペプチド混合物を単純化する方法を提供する。
【解決手段】1タンパク質あたり平均4つの多重荷電ペプチド(RHペプチド)の選択的分離と、分析されるプロテオームにおける90%のタンパク質の研究とを可能にする。この方法は、二次元電気泳動を使用しない定量的プロテオミクス研究に適しており、どのタイプの同位体標識とも適合し、単一の実験で異なった同位体標識を用いる場合には、複数の状態(3〜6通りの状態)に存在するタンパク質の差次的発現を測定するのに非常に有用である。使用されるクロマトグラフィーシステムでは、RHペプチドの分別分画も可能であり、それによって、より多数のタンパク質の同定が実現される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物工学分野に関し、詳細にはプロテオミクスに関する。概括して言えば、プロテオミクスは、プロテオームを研究するための1セットの手段、技法、相互に関係した方法として定義することができる。プロテオームという用語は、タンパク質におけるゲノムに対応するものを定義するのに用いる。
【背景技術】
【0002】
現在、質量分析と組み合わせた二次元ゲル電気泳働(2DE)を主とした分離技術と、自動データベース検索との組合せによって、複雑な混合物中にあるタンパク質のハイスループットな同定が可能となっている。2DEは、タンパク質の複雑な混合物を分離する最も分解能の高い技法であるが、以下の通り、それにもいくつかの制限がある(「膜タンパク質とプロテオミクス:不可能な愛(Membrane proteins and proteomics: Un amour impossible)」、Santoni V.、Molloy M.、Rabilloud T.、Electrophoresis 21、1054〜1070頁、2000年;「プロテオームにおけるプロファイリングの落とし穴と進歩(Proteome profiling−pitfall and progress)」Haynes P.A.、Yates III J.R.、Yeast 17、81〜87頁、2000年)。
・非常に疎水性の高いタンパク質の分析における困難性。例えば、膜タンパク質は常にワクチン開発の魅力的な候補であるが、2DEゲルで過小に提示されることはよく知られている。
・極端なpl値を有するタンパク質には効果的な方法で焦点を合わせることができない。
・再現性が高く且つ高品質の2DEゲルを得るためには、専門技師の多大な労力と高い操作技術とを必要とする。
・質量分析計に直接的に接続させることができないので、ハイスループット分析を妥当な時間内に達成することができない。
・差次的(differentially)に発現されたタンパク質を検出するには、自動画像解析が、専門技師の手作業による分析を回避する程十分に効果的でなく、分析には時間がかかる。
【0003】
質量分析によってペプチドにおける3〜5アミノ酸の配列を決定することが、発生源であるタンパク質の信頼できる同定を実施するのに十分である(「ペプチド配列タグによる、エラー耐性のある、配列データベースでのペプチドの同定(Error−tolerant identification of peptides in sequence databases by peptide sequence tags)」、Mann M、Wilm M.、Anal.Chem.1994年、第66巻、4390〜4399頁)という事実、及び、疎水性タンパク質のタンパク質分解によって、取り扱いの容易な非疎水性ペプチドを生成することさえできるという事実によって、完全なタンパク質の代わりにペプチドを操作するのが好ましいものとなっており、二次元電気泳動法を用いずにプロテオミクスを行う変法も登場し、且つ、分析混合物中の極めて多数のタンパク質のハイスループット同定が可能となっている。
【0004】
この方向に向かった第1のステップは、Linkらによって1999年に液体クロマトグラフィーシステムを質量分析計に直接接続した(LC−MS/MS)際になされた(Link,A.J.ら、質量分析を用いたタンパク質複合体の直接的分析(Direct analysis of protein complexes using mass spectrometry)」、Nat.Biotechnol.1999年、第17巻、676〜682頁)。彼らは、ミクロキャピラリーカラムを充填し、そのあとに逆相カラムを充填した。最初に、酸性pHで、すべてのペプチドを陽イオン交換体に保持し、これらのペプチドの画分を、移動相の食塩水濃度を増強することによってバッチ処理で溶出する。次に、アセトニトリルの連続勾配によって、逆相カラム中に保持されたペプチドを溶出し、配列データベースでのそれらの同定を進行させるために、それらを質量分析で分析する。この手順は、陽イオン交換クロマトグラフィーカラム中に保持されたペプチドが完全に溶出されるまで何回か反復される。MudPiT(多次元タンパク質同定技法)として知られているこの手順によって、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)の全加水分解タンパク質から1484のタンパク質を同定することができている(Washburn M.P.ら、「多次元タンパク質同定技法による酵母プロテオームの大規模解析(Large−scale analysis of the yeast proteome by multidimensional protein identification technology)」、Nature Biotechnology、2001年、第19巻、242〜247頁)。分析されるペプチド混合物が複雑であるため、多数のタンパク質を同定するには、この2次元分画が必須であり、液体クロマトグラフィーを質量分析に接続して用いることによって、タンパク質のハイスループット同定を促進している。
【0005】
しかし、複雑な混合物中のタンパク質の相対的定量化は容易に実現できない。この問題を解決する最初のステップは、Washburn MPらによって、窒素14(14N)を含有する普通培養培地で出芽酵母を増殖させ、窒素15(15N)を含有する強化培地でその他の細胞を増殖させた際になされた(「多次元タンパク質同定技法によって得られた定量的プロテオームデータの分析(Analysis of quantitative proteomic data generated via multidimensional protein identification technology)」、Anal.Chem.、2002年、第74巻、1650〜1656頁)。この手順によって、一方の条件で得られたすべてのタンパク質が15Nで標識され、もう一方の条件で得られたタンパク質は14Nで標識される。両方の条件で得られたタンパク質を混合し、質量分析によるペプチドの配列決定を介したタンパク質同定を行う。15N/14Nで標識された対応するペプチドの強度比に基づいて、タンパク質の相対量が決定される。
【0006】
同位体標識に基づくこのアプローチは、いつも可能なわけではなく、同位体濃度を高くした培地が高価であるため、酵母や細菌などの単純な生物でのみで行うことができる。その一方、標識されたペプチドと無標識のペプチドとの間で、それらの配列中の窒素原子の数に従って可変的な質量変化が存在するので、15N標識によって、同定過程にある種の制限が導入されることは、指摘しておく重要性を有する。
【0007】
この制限を克服するために、他の論文の執筆者は、研究中の生物を、ある天然アミノ酸が枯渇しているが、それに対応する標識されたアミノ酸が補足されている培養培地で増殖させる際に、同位体標識の導入を特定のアミノ酸に限定した。
【0008】
このストラテジーはSILAC(細胞培養中のアミノ酸による安定同位体標識)として知られ、比較される2通りの条件下において、標識及び無標識のロイシン、アルギニン、又はリジンが補足されている培地中の12C/13C又はH/Hでの標識を用いた多数の出版物がある(S.E.Ong、B.Blagoev、I.Kratchmarova、D.B.Kristensen、H.Steen、A.Pandey、M.Mann、Mol.Cell Proteomics.、2002年、第1巻、376〜386頁;Berger SJ、Lee SW、Anderson GA、Lijiana PT、Tolic N、Shen Y、Zhao R、Smith RD、「安定同位体アミノ酸標識及びデータ依存的多重MS/MSの併用によるハイスループット全域ペプチドプロテオーム分析(High−throughput Global Peptide Proteomic Analysis by Combining Stable Isotope Amino Acid Labeling and Data−Dependent Multiplexed−MS/MS)」、Analytical Chemistry、2002年、第74巻、4994〜5000頁;及び、「リシン特異的なin vivo大規模タグ標識によるヒトプロテオームでの正確なペプチドシーケンシングとタンパク質定量化(Precise peptide sequencing and protein quantification in the human proteome through in vivo lysine−Specific Mass Tagging)」、J.Am.Soc.Mass Spectrom.、2003年、第14巻、1〜7頁)。標識されたアミノ酸をペプチドが含有する場合、重いアミノ酸に対する軽いアミノ酸の質量シフトのみが検出されるため、標識されたアミノ酸を含有しないペプチドは定量化に用いることができない。SILACは費用が高く、細胞培養で研究される生物学的問題にのみ適用可能であるため、すべてのプロテオミクス実験にあまねく使用することはできない。
【0009】
定量化を行うのに最も普遍的な方法は18O標識である。これは、ある状態からの全タンパク質が正常水(HO)の存在下でタンパク質分解され、もう一方の状態からのタンパク質が18Oで標識された水(H18O)の存在下で加水分解されるものである。H18Oを用いて調製された緩衝液中で得られたペプチドは、それらのC末端に1原子又は2原子の18Oを組み込むことができ、これに対し、他のペプチドは、自然な同位体イオン分布を示す。定量化を行うに、標識されたペプチドと、無標識のペプチドとを混合し、質量分析スペクトルにおける、16O/18Oで標識された分子種の同位体イオン分布に対応する面積の比率が、それらを比較試料中で生成したタンパク質の相対濃度に比例する。
【0010】
この方法には2つの制限が存在する。すなわち、(1)標識されたペプチドと、無標識のペプチドとの間で、同位体イオン分布に十分な分離が生じないことと、(2)1原子の18Oを付加する場合と、2原子の18Oを付加する場合とがあり、18Oの付加が均質でないことである。これらの問題は両方とも、ソフトウェアによって、同位体イオン分布の複雑なオーバーラップの適切な解釈が可能とならない限り、これらの分子種の相対的定量化を困難なものとする。
【0011】
この問題を克服するために、Yaoら(Yao X、Afonso C、及びFenselau C.、「タンパク分解18O標識の精査:末端欠失ペプチド基質におけるエンドプロテアーゼを触媒とした16Oから18Oへの置換(Dissection of proteolytic 18O−labeling:endoprotease−catalyzed 16O−to−18O exchange of truncated peptide substrates)」J.Proteome Res.、2003年、第2巻、147〜52頁)は、ペプチドC末端における2原子の18Oの取込みが完全に行われることを保証し、それによって、標識されたペプチドと、無標識のペプチドとの間で、同位体イオン分布に4Daの分離が存在するように、トリプシン存在下でのペプチドのインキュベーションによるタンパク質分解を延長して行った後に、ペプチドを18Oで完全に標識することを提案した。
【0012】
しかし、一方では、トリプシンの切断によってペプチドが生成されると18Oの追加取込みに抵抗性のペプチドがあり、それが定量にかなりの誤差をもたらし、他方では、18Oによる16Oの完全な交換を保証する長時間の追加インキュベーションはペプチド配列に非特異的な切断を導入する可能性があり、配列データベースにおけるタンパク質同定に影響を与える。
【0013】
Karenらは、逆18O標識と名付けられた新規の方法を実施した(Y.Karen Wang、Zhixian Ma、Douglas F.Quin、W.Fu、「マーカー/標的タンパク質を迅速に同定するための逆18O標識質量分析(Inverse 18O Labeling Mass Spectrometry for the Rapid Identification of Marker/Target Proteins)」、Anal.Chem.、2001年、第73巻、3742〜3750頁)。この方法では、タンパク質のプール(8タンパク質で構成される)について、対照試料と試験試料とを調製した。タンパク質の各プールを2つの等しい画分に分割し、18O及び16Oを用いて調製された異なった緩衝液で消化する。消化の終了後には、混合物の2つのプールが生成するが、各グループは、それぞれ異なった同位元素で標識された画分によって表される。原法であるこの方法は、これらの実験両方の間でのサブトラクションによって、発現レベルの変化しない全てのタンパク質が除去されるので、データ分析の単純化を可能とし、また、特定の変動に起因する変化の検出を可能とし、ハイスループット分析に適しており、さらに、それらの発現レベルに変化を与えるシグナルにいかなる制限も導入しないので、分析を単純化する。
【0014】
この逆標識は、発現レベルが極端に異なるタンパク質の同定を容易にする。しかし、この方法では、2回の実験が必要であり、より多量の試料が必要であり、それがプロテオミクスの制限要素であることが非常に多いので、それによってその適用性が制限されている。
【0015】
18O標識は、Nグリコシル化を特異的に18O標識する定量的プロテオミクスでも使用されており、この場合、一方の試料はH18Oを用いて調製された緩衝液で脱グリコシル化され、もう一方は、通常水で調製された緩衝液で脱グリコシル化される(Kuster,B、及びMann M.、「ペプチド質量マッピング及びデータベース探索を用いた、ゲル上で分離された糖タンパク質の同定を改善するための、Nグリコシル化部位の18O標識(18O−labeling of N−glycosylation sites to improve the identification of gel−separated glycoprotein’s using peptide mass mapping and database searching)」、Anal.Chem.、1999年、第71巻、1431〜1440頁)。この分析試料を等量で混合した後、個々のタンパク質の相対量を、N糖ペプチドの脱グリコシル化反応で得たAspの側鎖に存在する16O/18O比によって推算する(Gonzalez J、Takao T、Hori H、Besada V、Rodriguez R、Padron G、Shimonishi Y.A、「衝突による糖タンパク質のN−グリコシル化部位の定量法−高速原子衝突質量分析における誘起解離分析:18O標識水中でのペプチド:N−グリカナーゼF処理による組換え体α−アミラーゼにおける糖結合アスパラギン部位の同定(Method for Determination of N−Glycosylation Sites in Glycoprotein’s by Collision − Induced Dissociation Analysis in Fast Atom Bombardment Mass Spectrometry: Identification of the Positions of Carbohydrate−Linked Asparagine in Recombinant a−Amylase by treatment with PNGase−F in 18O−labeled Water)」、Anal.Biochem.、1992年、第205巻、151〜158頁)。
【0016】
事実、N糖ペプチドに対するこの方法の高特異性は、データベース探索を潜在的Nグリコシル化部位(Asn−X−Ser/Thr)を含有するペプチドに限定することによって、擬陽性同定を識別するための戦略として提案されている(Kuster、B及びMann M.、「ペプチド質量マッピング及びデータベース探索を用いた、ゲル上で分離された糖タンパク質の同定を改善するための、Nグリコシル化部位の18O標識(18O−labeling of N−glycosylation sites to improve the identification of gel−separated glycoprotein’s using peptide mass mapping and database searching)」、Anal.Chem.、1999年、第71巻、1431〜1440頁)。
【0017】
定量的プロテオミクスを行う別の変法は、Zappacosta及びAnnanよって導入された(Zappacosta F及びAnnan RS、「定量的プロテオミクスのためのN末端同位元素タグ標識戦略:タンパク量変化の結果駆動分析(N−terminal isotope tagging strategy for quantitative proteomics: results−driven analysis of protein abundance changes)」、Anal Chem.、2004年、第76巻、6618〜6627頁)。この方法は、全てのリジン残基をホモアルギニンに変換した後で、タンパク質分解された全てのペプチドに標識を導入することを含み、比較されるコンディションの1つで得られたタンパク質分解された全てのペプチドのアミノ末端基を、重同位元素(特に重水素)濃度が高い保護試薬を用いて誘導体化し、他方もう一方のコンディションで得られたペプチドのアミノ末端基を無標識の試薬を用いて修飾する。両試料を混合した後、軽鎖ペプチドと重鎖ペプチドとに対応する同位体分布の強度比を推算して定量化を行う。
【0018】
標識された分子種及び無標識分子種の同位体分布のオーバーラップを回避するため、重水素化(d)された無水プロピオン酸、及び正常な無水プロピオン酸によってペプチドを誘導体化する。しかし、3原子を超える重水素を取込ませた場合、Zhangらが実証した通り、逆相クロマトグラフィーにおける軽分子種及び重分子種の滞留時間が異なるため、それらの相対的定量化に誤差を導入する可能性がある(Zhang R、Sioma CS、Wang S、Regnier FE、「定量的プロテオミクスにおける同位体標識されたペプチドの分画(Fractionation of isotopic ally labeled peptides in quantitative proteomics)」、Anal.Chem.、2001年、第73巻、5142〜5149頁)。定量化における誤差は、重分子種のアミノ酸配列に取り込まれる重水素原子の数が増大するのと同様に増大しうる(Zhang R、Sioma CS、Thompson RA、Xiong L、Regnier FE、「比較プロテオミクスにおける重水素同位体効果の制御(Controlling deuterium isotope effects in comparative proteomics)」、Anal Chem.、2002年、第74巻、3662〜3669頁)が、これらの誤差は、保護を13Cで標識された試薬を用いて行った場合に最小限に抑えられることが報告されている(Zhang R、Regnier FE、「比較プロテオミクスで同位体コードされたペプチドの分解能の最小化(Minimizing resolution of isotopically coded peptides in comparative proteomics)」、J.Proteome Res.、2002年、第1巻、139〜147頁)。
【0019】
複雑なタンパク質混合物のタンパク質分解分析は、現在のクロマトグラフィーシステム及び最新の質量分析計の分解能を超える圧倒に多数のペプチドが生成されるため、大いなる挑戦となっている。
【0020】
この挑戦に取り組み、二次元電気泳動法の使用を必要としない定量的プロテオミクスを実施するために、初期混合物中に存在する最大数のタンパク質の特性分析が可能となるように、共通の特徴を有するペプチドのサブセットの選択的単離を可能にし、且つ元のタンパク質の代表性に影響を与えない方法を開発することによって、ペプチド混合物を簡素化する傾向がある。適切な同位元素標識技法と、ペプチドの選択的分離との組合せは、初期比較混合物中に存在するタンパク質の同定のみならず、相対的定量化も可能にする。
【0021】
(システインを含有するペプチドの選択的分離)
このアプローチはGigyらによってシステインを含有するペプチドの選択的分離で基づく周知のICAT(同位元素コードアフィニティー標識)法が提案された際に開始された(「同位元素でコードされたアフィニティー標識を用いた複雑なタンパク質混合物の定量分析(Quantitative analysis of complex protein mixes using isotope−coded affinity tags)」、Gygi,S.P.、Rist,B.、Gerber,S.A.、Turecek,F.、Gelb,M.H.、及びAebersold,R、Nat.Biotechnol.、第17巻、994〜999頁、1999年)。この方法は、アフィニティークロマトグラフィー(ストレプトアビジン−ビオチン)と、ICAT試薬の軽鎖及び重鎖変種による標識とを組合せるものである。この試薬は、以下の3つの機能要素から成る。
1−システイン残基のチオール基と特異的に反応する官能基。
2−親和性要素(ビオチン)を有し、ICATと反応するペプチドの選択的分離を可能にする官能基。
3−前述の2要素を分離する腕部であって、重鎖変種では、8原子の重水素をその構造中に有し(重鎖ICAT)、軽鎖変種では、8原子の水素(軽鎖ICAT)を有する腕部。
【0022】
両方のコンディションからのタンパク質を、DTTの存在下で別々に還元すると、一方のコンディションで生成された遊離システインが重鎖ICATと反応し、もう一方のコンディションで生成されたものは軽鎖ICATと反応する。両方のタンパク質混合物を等量混合し、タンパク質分解を行う。生成されたペプチドを、ストレプトアビジンアフィニティーカラムで精製し、その結果、ICAT試薬で修飾されたシステイン含有ペプチドが選択的に単離される。相対的定量化を行うために、軽鎖及び重鎖ICATで標識されたペプチドに対応するシグナルの相対強度を測定する。これらの試薬で標識されたペプチドは、配列中に含有されるシステイン残基の数に応じて、分子量単位が8の倍数異なる質量を有する。
【0023】
この方法には、以下の通りのいくつかの限定がある。
【0024】
−ICAT試薬の大きさは無視できないものであり、ペプチドのイオン化効率及び質量分析スペクトルの解釈に影響を与える可能性がある。
【0025】
−重鎖ICATで修飾されたペプチド中に8原子の重水素が存在すると、軽鎖ICATで修飾されたペプチドと比較して、保持時間がかなり異なることがあるので、定量化に大きな誤差を引き起こす可能性がある(Zhang R、Sioma CS Wang S、Regnier F、「定量的プロテオミクスにおける同位体標識されたペプチドの分画(Fractionation of isotopically labeled peptides in quantitative proteomics)」、Anal Chem.、2001年、第73巻、5142〜5149頁)。また、定量化される軽鎖分子種及び重鎖分子種の溶離時間中におけるペプチドの強度比も同じではない。
【0026】
−ICAT用に記載された定量手順は、シグナルの分離が不十分で、同位体分布のオーバーラップを回避できない他の同位体標識法には適さない。
【0027】
−さらに、MudPit(Washburn M.P.ら、「多次元タンパク質同定技法による酵母プロテオームの大規模解析(Large−scale analysis of the yeast proteome by multidimensional protein identification technology)」、Nature Biotechnol、2001年、第19巻、242〜247頁)と同様の方法で、ペプチド混合物を分画したい場合、ペプチドの選択的分離に使用したものとは異なったクロマトグラフィーを用いる必要があり、それによって、試料操作中にかなりの減失がもたらされる。
【0028】
−選択的分離ステップで高親和性クロマトグラフィーを用いる場合、一部の特定のペプチドでは、かなりの減失が生じることがある。
【0029】
−システインをもたないタンパク質はこの方法で分析することができない。
【0030】
(メチオニンを含有するペプチドの選択的分離)
メチオニンを含有するペプチドの選択的分離には、複合対角線クロマトグラフィー(combined diagonal chromatography)を用いることによる別の方法が実施されており、この方法は文献でCOFRADIC技法として知られている(Gevaert K、Van Damme J、Goethals M、Thomas GR、Hoorelbeke B、Demol H、Martens L、Puype M、Staes E、Vandekerckhove J.、「ゲルを用いないプロテオーム分析のためのメチオニン含有ペプチドのクロマトグラフィー単離:800を超える大腸菌タンパク質の同定(Chromatographic isolation of methionine−containing peptides for gel−free proteome analysis: identification of more than 800 Escherichia coli proteins)」、Mol Cell Proteomics.、2002年、第11巻、896〜903頁)。還元及びS−アルキル化の後、全てのタンパク質を消化し、ペプチドを逆相クロマトグラフィーで分画し、多数の画分を収集する著者は第1分離(primary run)と命名する。これらの画分のそれぞれを、過酸化水素(3%)溶液と3分間反応させ、これらを、第2分離(second run)において、同じクロマトグラフィーシステム、同一条件下で新たに分析する。酸化されたメチオニン含有ペプチドは、それらが、疎水性が低下している分子種に変換され、保持時間が減少しており、そのため、それらは第2分離における保持時間が不変のままであるメチオニンを含有しない残りペプチドと異なるので選択的に単離され、それらは廃棄される。著者によれば、この方法は、ICATによって得られるのと同程度に、ペプチドの複雑混合物を単純化することができ、ホスホペプチド、タンパク質のN末端ペプチド、及びジスルフィド架橋で連結されたペプチドの選択的分離に適用できる(Martens L、Van Damme P、Damme JV、Staes E、Timmerman A、Ghesquiere B、Thomas GR、Vandekerckhove J、Gevaert K.、「ペプチド中心のプロテオミクスによるヒト血小板プロテオームのマッピング:機能的なタンパク質プロフィールへ(The human platelet proteome mapped by peptide−centric proteomics: To functional protein profile)」、Proteomics、2005年、第5(12)巻、3193〜3204頁)。著者は、システインやトリプトファンなど、変化しやすい残基の改変を避けるために酸化条件を最適化したと略述しているが、これが起こった場合には、この方法の選択性が影響を受けるであろうし、達成されるであろうペプチド混合物の単純化の程度も、著者が主張するようにICAT法と同程度のものとはならないであろう。その一方、全てのメチオニン含有ペプチドの選択的分離を実現するために、この方法を自動化することができると略述されているが、極めて多数のクロマトグラフィー分離を実行する必要があり、それによってこの方法の全体的収率が影響を受ける可能性がある。
【0031】
(N末端ペプチドの選択的分離)
全てのタンパク質のN末端ペプチドを選択的に単離するのに、COFRADICの変法が提案されている(Gevaert K、Goethals M、Martens L、Van Damme J、Staes TO、Thomas GR、Vandekerckhove J.、「選別されたN末端ペプチドの質量分析同定によるプロテオームの探索とタンパク質プロセシングの分析(Exploring proteomes and analyzing protein processing by mass spectrometric identification of sorted N−terminal peptides)」、Nat Biotechnol.、2003年、第21巻、566〜569頁)。この方法の第1ステップは、比較される複雑な混合物中に存在するタンパク質の全ての最初のアミノ基を保護することからなり、その後、修飾されたタンパク質の特異的タンパク質分解を行い、逆相クロマトグラフィーによって、ペプチド混合物を多数の画分に分離する。
【0032】
これらの画分のそれぞれに存在する、タンパク質分解中に生成された内部ペプチドの新規アミノ基が、疎水性の高い保護基とさらに反応し、前述の条件と同じ条件下、同じクロマトグラフィーシステムで再度分離される。第2の保護試薬の付加によって、全ての内部ペプチドの保持時間が大幅に延長される。しかし、第1ステップで保護されている、タンパク質の全N末端ペプチドは、元の画分の同じ保持時間で収集されたときに選択的に単離される。この戦略には難点が1つあり、それは、信頼できる定量化を行うためには、アミノ基の保護を行う第1ステップが定量的な様式で行われるべきであるが、タンパク質が複雑混合物中に存在する場合には、それは実現の困難なものであるということである。
【0033】
さらに、第1ステップでアミノ基の保護を行っている間に、タンパク質の溶解性が顕著に低下して沈殿を生じることがあり、これが、この方法の定量化に影響を与える可能性がある。最後に、1タンパク質あたり単一ペプチドが単離されるという事実は、過度の単純化であり、これは、複雑混合物中に存在するタンパク質の同定及び定量化に負の影響を与えうる。二次元電気泳動を使用しないプロテオミクス研究には、タンパク質あたり3〜4ペプチドに低減されたグループを単離することによって、重複を許容にする方法が理想的でありうる。それは、同一タンパク質の他のペプチドによる定量結果を確認することが可能となるからである。
【0034】
(N−糖ペプチドの選択的分離)
swissprotデータベース中に存在する膜タンパク質の約91パーセントが糖タンパク質であると報告されている(Gahmberg CG、Tolvanen M、「哺乳動物の細胞表面タンパク質は何故糖タンパク質なのか(Why mammalian cell surface proteins plows glycoprotein’s)」、Trends Biochem.Sci.、1996年、第21巻、308〜311頁)。このことは、レクチンアフィニティークロマトグラフィーの使用による、プロテオーム研究用糖ペプチドの選択的分離に基づく研究戦略を提起している(Geng M、Zhang X、Bina M、Regnier F、「トリプシン消化物からの糖ペプチドのアフィニティー選択に基づく糖タンパク質プロテオミクス(Proteomics of glycoprotein’s based on affinity selection of glycopeptides from tryptic digests)」、J Chromatogr B Biomed Sci Appl.、2001年、第752巻、293〜306頁;Kaji H、Saito H、Yamauchi、Shinkawa T、Taoka M、Hirabayashi J、Kasai K、Takahashi N、Isobe T.、「N結合糖タンパク質を同定するためのレクチン親和性捕捉、同位元素コードタギング、及び質量分析(Lectin affinity captures,isotope−coded tagging and mass spectrometry to identify N−linked glycoprotein’s)」、Nat.Biotechnol.、2003年、第21巻、667〜672頁)。
【0035】
特定のレクチンを用いる場合も、ひとそろいのレクチンを用いる場合も、クロマトグラフィーカラムに固定されたレクチンの使用には限界がある。何故なら、それは、試料中に存在する全ての糖鎖型を認識することができず、効率的な選択的分離を保証することができないからである。この限界を克服するために、Zhangら(Zhang H、Li XJ、Martin DB、Aebersold R、「ヒドラジド化学、安定同位体標識、及び質量分析を用いたN結合糖タンパク質の同定及び定量化(Identification and quantification of N−linked glycoprotein’s using hydrazide chemistry,stable isotope labeling and mass spectrometry)」、Nat Biotechnol、2003年、第21巻、627〜629頁)は、ヒドラジンを用いる誘導体化を利用することによって糖ペプチドを固形支持体に固定し、その後、PNGase−Fの作用によってそれを遊離させることを提案した。この最終ステップをH18Oの存在下及び非存在下で実行することによって、定量化の実施を可能にする。
【0036】
この方法は、膜タンパク質などの、生物学的に興味深い試料に適用することができ、これには、ワクチン及び受容体候補が含まれる。これは、さもなくば最も複雑なプロテオームである血清にも適用可能でありうるが、その適用性は、糖タンパク質を多く含む試料に限定される。
【0037】
(ヒスチジンを含有するペプチドの選択的分離)
プロテオミクスでは、ヒスチジンを含有するペプチドの選択的分離に、固定化キレート金属アフィニティークロマトグラフィーが用いられている。様々なマトリックス及び固定化金属イオンを評価する研究がいくつかある(Ren D、Penner NA、Slentz BE、Inerowicz HD、Rybalko M、Regnier FE.、「Cu(II)を用いた固定化金属アフィニティークロマトグラフィーの選択性に対する市販吸収剤の寄与(Contributions of commercial sorbents to the selectivity in immobilized metal affinity chromatography with Cu(II))」、J Chromatogr A.、2004年、第1031巻、87〜92頁)。しかし、結果は、以前に記述されている、ペプチドを選択的に分離する他の方法と比べて、特異性がまだ劣っていることを実証している(Ren D、Penner NA、Slentz BE、Mirzaei H、Regnier F、「比較プロテオミクスにおける、固定化金属アフィニティークロマトグラフィーの、ヒスチジン含有ペプチドの選択に関する評価(Evaluating immobilized metal affinity chromatography for the selection of histidine−containing peptides in comparative proteomics)」、J Proteome Res.、2003年、第2巻、321〜329頁;Ren D、Penner NA、Slentz BE、Regnier FE、「標的指向プロテオミクスにおける高ヒスチジンペプチドの選択と定量化(Histidine−rich peptide selection and quantification in targeted proteomics)」、J Proteome Res.、2004年、第3巻、37〜45頁)。実際、特異性を増大させるために、アフィニティークロマトグラフィーの前にペプチドを化学修飾する変法が探索されている。
【0038】
(陽イオン交換クロマトグラフィーによるペプチドの選択的分離)
ペプチドの選択的分離に、陽イオン交換クロマトグラフィーが使用されており、これは、簡単な方法で陽電荷を有するペプチド(電荷:1+、2+、3+、4+など)から中性ペプチド(電荷ゼロ)を分離することによって行われる。この方法は、最初、C末端ペプチドの単離(「タンパク質分解ペプチドの選択的保護と陽イオン交換クロマトグラフィーとを組み合わせたタンパク質のC末端ペプチドを単離する新規の方法(A new method for the isolation of the C−terminal peptide of proteins by the combination of selective blocking of proteolytic peptides and cation−exchange chromatography)」、Proteome and Proteome Analysis、第12章(1999年)、Springer Verlag publishers社);及び(「変異型(Cys125−Ala)組換え体のヒトインターロイキン2の修飾分子種の単離と特性分析(Isolation and characterization of modified species of a mutated (Cys125−Ala) recombinant human interleukin−2)」、Moya G、Gonzalez LJ、Huerta V、Garcia Y.J.、 Chromatogr.、2002年、第971巻、129〜142頁)、及び保護されているN末端ペプチドの単離(「トリプシン消化物からの、N末端保護されているペプチドの選択的分離及び同定(Selective isolation and identification of N−terminal blocked peptides from tryptic digests)」、Betancourt L、Besada V、Gonzalez LJ、Morera V、Padron G、Takao T、Shimonishi Y、J.Pept.、2001年、第7巻、229〜237頁)に使用された。しかし、これらの方法は、タンパク質の複雑混合物及びプロテオームの大規模な研究には適用できない。これらの方法では1タンパク質あたり単一ペプチドが単離されるが、同定されたタンパク質をさらに高い信頼性で定量化するには、1タンパク質あたり、さらに多数のペプチドの単離(約3〜4ペプチド/タンパク質)が必要だからである。一方、質量分析計の中で全てのペプチドが効率的に断片化されるわけではなく、構造情報の取得が常に可能なわけではないので、タンパク質の同定が1タンパク質あたり単一ペプチドに基づいている場合、多数のタンパク質の同定に失敗する危険性がかなりある。これらの2つの選択的分離法では、ペプチドが中性分子種(荷電ゼロ)として得られ、それらは、C末端にいかなる塩基性アミノ酸ももたず、質量分析計中での断片化を促進せず、その結果、配列データベース中での同定を促進しない。
【0039】
著者によってnHnRペプチドと命名された、ヒスチジンもアルギニンも含有しないペプチドを選択的に単離するプロテオミクス研究においても、陽イオン交換クロマトグラフィーに基づく、ペプチドの選択的分離方法も適用された(「SCAPE:タンパク質同定におけるペプチドの選択的捕捉を行うための新手段(SCAPE: A new tool for the Selective Captures of Peptides in Protein identification)」、Betancourt L、Gil J、Besada V、Gonzalez LJ、Fernandez−of−Cossio J、Garcia L、Pajon R、Sanchez A、Alvarez F、Census G.、J.Proteome Res.、2005年、第4巻、491〜496頁)。この方法は、ICATによって実現されたのと同程度の、分析されるペプチド混合物のかなりの単純化を実現した(「同位元素でコードされたアフィニティータグを用いたタンパク質の複雑混合物の定量分析(Quantitative analysis of complex protein mixes using isotope−coded affinity tags)」、Gygi,S.P.、Rist,B.、Gerber,S.A.、Turecek,F.、Gelb,M.H.、及びAebersold,R、Nat.Biotechnol.、第17巻、994〜999頁、1999年)。この方法で使用されるクロマトグラフィーシステムは、主として、第1のアミノ基が完全に保護されているnHnRペプチドによって構成される中性ペプチドからの、荷電されたペプチド(大部分はアルギニン及びヒスチジンを含有するペプチドで構成される)の分離も行う。質量分析計でnHnRを分析する前に、加水分解処理によって結合している保護基を除去して、遊離アミノ基を再生させ、そのイオン化及び断片化をより好適且つ効率的にし、その結果そのデータベースでの同定をより好適且つ効率的にする。
【0040】
この方法は、陽イオン交換クロマトグラフィーの非保持画分にnHnRペプチドを単離するが、より多数のタンパク質の同定を実現するには、追加の分画を行うためのもう1つのクロマトグラフィーステップを必要とする。これらの追加クロマトグラフィーステップは、操作中に減失を生じさせ、この方法の収率に影響を与えうる。
【0041】
この方法で廃棄される画分には、アルギニン及びヒスチジンを有するペプチドが濃縮されている。ペプチドはトリプシンによる切断によって生成されたものであるので、アルギニンは、おそらく、ペプチドのC末端に位置するはずであり、また、ヒスチジン残基は配列中に位置するはずである。
【0042】
これらの特徴を有するトリプシンペプチドは、イオン化過程で、それらの配列中(ヒスチジンに位置する)に可動プロトン(mobile proton)を有するので、質量分析で非常によく断片化し(Paizs B、Suhai S、「プロトン化されたオリゴペプチドの直列質量分析スペクトルの理解に向けて:アミド結合開裂の機構(Towards understanding the tandem mass spectra of protonated oligopeptides: mechanism of amide bond cleavage)」、J Am Soc Mass Spectrom.、2004年、第15巻、103〜13頁;Cordero MM、Houser JJ、Wesdemiotis C、「直列質量分析におけるプロトン化ペプチドのバックボーン断片化中に形成される中性産物(The neutral products formed during backbone fragmentations of protonated peptides in tandem mass spectrometry)」、Anal.Chem.、1993年、第65巻、1594〜1601頁)、ポリペプチド鎖に沿って複数の断片化を誘導することができ、同時に、ペプチドのC末端に位置する固定プロトン(アルギニンに位置する)を有する。衝突誘起解離実験によって生成されたそれらのESI−MSMSスペクトルは、y‥シリーズが豊富であり、データベースにおける信頼性の高い同定を実現するのに十分な構造情報を有する。
【0043】
これらの特徴を有するペプチドの分析は、魅力的であるが、SCAPE法で廃棄される画分はまだ非常に複雑である。所与のプロテオームにおけるタンパク質複雑混合物のトリプシン消化物は、平均約18〜20ペプチド/タンパク質を生成する。この複雑混合物をSCAPEによって単純化するとして、4〜5ペプチド/タンパク質を選択的に単離する場合、これは、廃棄された画分(前述の通り)には、平均約14〜15ペプチド/タンパク質が存在するはずであることを意味する。最後のこの値は過度に大きく、二次元電気泳動を用いないプロテオーム研究を実現するための最適条件ではなく、この画分の一層の単純化がなお必要である。したがって、塩基性残基、すなわちアルギニン及びヒスチジンを多く含むペプチドの選択的分離に基づく、2DEを含まない新規の方法を開発する必要がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0044】
これらの方法に関して記述した制限にもかかわらず、質量分析で特性分析されるべきで複雑混合物を単純化することによって、小グループのペプチドの選択的且つ特異的な単離を通じて、複雑混合物中に存在するタンパク質を同定し、それらの発現レベルを測定する大きな必要性が存在し続けている。
【課題を解決するための手段】
【0045】
RHペプチドを選択的分離する方法は、タンパク分解ペプチドの第1のアミノ基(primary amino groups)の保護と、酸性pHでの陽イオン交換クロマトグラフィーのステップとを組み合わせることによって実現される。この組合せは、効果的且つ単純な方法で、アルギニン又はヒスチジン残基を配列中に1つ以下しかもたない(R+H≦1)全てのタンパク質分解ペプチドの主要なサブセットを除去することによってペプチドの複雑混合物を単純化し、陽イオン交換カラム中に選択的に保持され、複数の正電荷を有するものによって構成される小さなサブセットのペプチドのみを分析する。これらのペプチドは、配列中に複数の塩基性残基、すなわちアルギニン又はヒスチジンを有する(R+H>1)。
【0046】
この方法は、複雑混合物のタンパク質構成要素の同定と、比較条件下におけるそれらの相対量の測定とに用いることができる。このため、人工的又は自然な方法で入手されたタンパク質の混合物を、図1に記載され、且つ以下に説明するステップに従って処理するべきである。
【0047】
(1)システイン残基の還元及びS−アルキル化。例えば、ヨードアセトアミド、ヨード酢酸、アクリルアミド、4−ビニルピリジンなど、この目的に使用される任意の試薬を用いて行う。以下のいくつかの理由から、この初期ステップは非常に重要である。(a)このステップは、分析される混合物中に存在するタンパク質のペプチド結合を酵素分解する次のステップがより高い効率に行われることを保証する。(b)システイン残基を有する様々なタンパク質のペプチドの架橋を回避する。(c)データベースにおけるタンパク質の同定を容易にする。
【0048】
(2)タンパク質の加水分解。このステップは、トリプシン、或いは、Glu−C、Asp−N、Lys−C、キモトリプシン、サーモリシン、ペプシン、パパイン、プロナーゼ又は他のプロテアーゼなどの他のエンドプロテイナーゼを用いた酵素分解を通じて実現することができる。また、臭化シアン、有機酸、又は無機酸を用いた化学的加水分解も用いることができる。ペプチド結合の加水分解は、前述の酵素的及び/又は化学的処置の組合せによって実施することができる。これらの処置によって生成されるペプチドは、それらを質量分析で同定するのに適した大きさを有するものである。
【0049】
(3)保護反応。これは、前述のいくつかの処置によって生成された全てのペプチドを含む、アミノ末端基及びリジン残基のエプシロンアミノ基の共有結合修飾からなる。この方法では、広範なアミノ基保護試薬を、それらが、修飾されるペプチドの構造に正味の正電荷を与えず、且つ、酸性pHでプロトン化されてそのペプチドに正電荷を与える可能性のある官能基をもたない限り使用できる。そのような保護試薬には、無水酢酸、N−ヒドロキシサクシニミド、N−アセトキシルスクシンイミド、無水シトラコン酸、無水マレイン酸、無水コハク酸、無水フタル酸、無水テトラヒドロフタル酸、9−フルオレニルメチルクロロギ酸(Fmoc−Cl)、2−メチルスルホニルエチルサクシニミジルカルボネート、尿素、並びに、(a)ベンジルオキシカルボニル、2−クロロベンジルオキシカルボニル、9−フルオレニルメチルオキシカルボニル、イソニコチルオキシカルボニル、及び4−メトキシベンジルオキシカルボニルを含めた芳香族ウレタン型保護基;(b)t−ブトキシカルボニル、t−アミルオキシカルボニル、イソプロピルオキシカルボニル、2−(4−ビフェニル)−2−プロピルオキシカルボニル、アリルオキシカルボニル、メチルスルホニルエトキシカルボニルを含めた脂肪族ウレタン型保護基;(c)アダマンチルオキシカルボニル、シクロペンチルオキシカルボニル、シクロヘキシルオキシカルボニル、及びイソボルニルオキシカルボニルを含めたシクロアルキルウレタン型保護基;(d)好ましくはベンジルオキシカルボニル、t−ブトキシカルボニル、アセチル、2−プロピルペンタノイル、4−メチルペンタノイル、t−ブチルアセチル、3−シクロヘキシルプロピオニル、n−ブタンスルホニル、ベンジルスルホニル、4−メチルベンゼンスルホニル、2−ナフタレンスルホニル、3−ナフタレンスルホニル、及び1−カンファースルホニルが含まれる、アシル保護基又はスルホニル保護基;(e)m−ニトロフェニル、3,5−ジメトキシベンジル、1−メチル−1−(3,5−ジメトキシフェニル)エチルの、そして、α−メチルニトロピペロニル、o−ニトロベンジル、3,4−ジメトキシ−6−ニトロベンジル、フェニル(o−ニトロフェニル)メチル、2−(2−ニトロフェニル)エチル、6−ニトロベラチル、4−メトキシフェナシル、及び3’,5’−ジメトキシベンゾインからのカルバミン酸誘導体を含めた光感受性保護基など、アミノ基の保護を提供する試薬が含まれる。一般的に、前述した特性を満たす試薬ならば、ペプチド合成の際にアミノ基の保護に使用される全ての試薬又は他の試薬が使用できる。このタイプの試薬、及びアミノ基の修飾を実施するためのプロトコールは、科学文献中に容易に見出すことができ(Protective groups in organic synthesis、Teodora W.Greene及びPeter G.M.Wuts、494〜654頁、Ed.John Wiley & Sons社(1990年)、及び、Peptide Chemistry、Bodanszky,N.、74〜103頁、Springer−Verlag社、ニューヨーク(1988年))、それらの使用も本発明に包含される。酸性pHにおけるペプチドの正電荷は、第1のアミノ基(アルファアミノ末端及びリシンのエプシロンアミノ基)のこの保護反応によって、ペプチド配列中に存在する他の2つの塩基性アミノ酸すなわちアルギニン(R)及びヒスチジン(H)の数にのみ依存するようになるため、この保護反応は非常に重要である。
【0050】
(4)修飾されたペプチド混合物の陽イオン交換クロマトグラフィー。ペプチドの選択的分離は、アセトニトリル(10%v/v)を含有する平衡溶液中、酸性pH(例えばpH2から4)で、強力な陽イオン交換体を用いることによって行う。この範囲のpHを得るために、ギ酸、酢酸、トリフルオル酢酸、及びヘプタフルオロ酪酸、又は必要なpHを提供する他の緩衝系若しくは溶媒を用いることができる。このクロマトグラフィーステップは、効果的な方法及び高い選択性で、ペプチドを以下の2つのグループ、すなわち、(a)中性又は単一の正電荷を有するペプチド(荷電0及び1+)と、(b)多重荷電ペプチド(荷電2+、3+、4+など)とに分離する。中性又は単一電荷ペプチドとは、それらのそれぞれの配列中にあるアルギニン残基(R)又はヒスチジン(H)の数が1以下(R+H≦1)であるペプチドと理解される。これらのペプチドは分析されず、陽イオン交換カラムによって保持されない画分中で廃棄される。多重荷電ペプチドとは、それらの配列中に複数のアルギニン残基及び/又はヒスチジンを有する(R+H>1)ペプチドであり、それらは本発明でRHペプチドと称され、それらの選択的分離によって、元のタンパク質の代表性を大きく損なうことなく、分析されるペプチド混合物がかなり単純化される(図1参照)。
【0051】
ここで開発されたクロマトグラフィーシステムは、RHペプチドが選択的に単離された際に分析される複雑混合物の単純化を可能にするだけでなく、質量分析計に連結された逆相クロマトグラフィーで分析する前に、移動相のイオン強度又はpHを増大させる勾配を適用することによって、分画をさらに進めることを可能にするので、二重の機能を有するものである。陽イオン交換クロマトグラフィーによるこの追加の分画は、多数のタンパク質を同定する鍵である(Washburn M.P.ら、「多次元タンパク質同定技法による酵母プロテオームの大規模解析(Large−scale analysis of the yeast proteome by multidimensional protein identification technology)」、Nature Biotechnology、2001年、第19巻、242〜247頁)。本発明の方法は、過剰の試薬を除去するため、又は使用溶液を変えるために、陽イオン交換クロマトグラフィーの前に、逆相カラム中での脱塩ステップを用いる。
【0052】
(5)副反応の除去。質量分析計で分析する前に、保護反応中に産生されたかもしれない、他のアミノ酸(チロシン、セリン、又はトレオニンなど)における副反応を元に戻すために、濃度1〜5%の、有機物又は無機物由来の塩基又は酸の存在下で、ペプチドの塩基又は酸処理を行う。加えて、このステップは、可逆的な保護が用いられた場合には、ステップ(3)で導入された保護基を除去するのに使用できる。RHペプチドは、質量分析による分析の前に、それらのアミノ基にいかなる保護基も持たないことが望ましい。
【0053】
この方法を定量的プロテオミクスに適用するためには、2つの比較される状態の1つで生成されるペプチドが、それらの構造内に1原子又は複数の重同位元素(13C、15N、18O、及び/又はH)を保持し、その一方で、もう一方の状態で生成されたペプチドは、前述の同じ元素を天然の同位体存在比で保持している(12C、14N、16O、及び/又はH)ことが必要である。相対的定量化を実現するのに必須な同位体標識を保持しない場合には、RHペプチドのアミノ基の保護基の除去が行われるだけであろう。修飾試薬が光感受性のものである場合には、修飾ペプチドに光照射することによって、これを除去することができる。
【0054】
重同位元素は、比較される2つの状態の1つでタンパク質分解が行われている間に生成されるペプチドの構造内に、以下の3つの異なった方法で取り込ませることができる。
【0055】
(a)細胞による同位体標識の導入。この方法は、細胞の増殖に必須である特定の栄養物の2種類の同位体変種を含む培地中で培養された組織又は細胞から調製されたタンパク質抽出物に適用される。これらの同位元素は、生合成機構によって、特定のアミノ酸又は使用された同位元素を有する全てのアミノ酸に組み込まれる。使用される栄養物には、窒素源(14N/15N)を構成する標識化合物;及び、特定の位置で水素(H/H)、窒素(14N/15N)、炭素(12C/13C)、酸素(16O/18O)、硫黄などの同位元素で標識された、細胞に必須なアミノ酸が含まれる。その後、両方の総タンパク質抽出物を混合し、加水分解し、RHペプチドの選択的分離を実現するために、ステップ1から5の記載に従ってこの方法を継続する。
【0056】
(b)タンパク質分解中の同位元素標識の導入。比較されるタンパク質試料は、この方法のステップ2に記載した通り、独立に、一方の場合には18O(H18O)濃度の高い水の中で、もう一方の場合には、天然の同位体存在比を有する水の中で加水分解される。第1の状態から得られた全てのタンパク質分解ペプチドが標識さる際には、それらのカルボキシC末端で1原子又は2原子の18Oが組み込まれる。その後、両方の状態で消化されたタンパク質を等量混合する前に、プロテアーゼ阻害剤のカクテル、又は使用されたプロテアーゼに特異的な阻害剤を添加することによって、酵素のタンパク質分解活性を抑制する。ステップ3〜5に示されている通りに、この方法を継続する。18O標識されたペプチドを酸性pHで長時間処理すると、酵素的処理によってペプチドのカルボキシ末端に導入した標識の部分的又は完全な減失が引き起こされ、それによって定量化に大きな誤差が導入されるので、この同位体標識法を使用する場合には、塩基性pHで保護基を除去することが推奨される。N末端保護基に重同位元素を導入しない場合、換言すれば、定量化を行うための標識を導入するためではなく、比較される状態で生成されたペプチドの第1のアミノ基を修飾するためのみに保護試薬が使用される場合に、同位体標識のこの変法が頻繁に用いられる。
【0057】
(c)保護反応中の同位体標識の導入。提案しているこの方法のステップ2に従って、比較されるタンパク質混合物をプロテアーゼで別々に消化し、得られたペプチドの第1のアミノ基を、保護試薬の同位体変種を用いて修飾する。定量化を可能にするために軽同位元素又は重同位元素を与えることによって、第1のアミノ基の保護基に、2つの変種が生じる。例えば、以下の試薬、すなわち(CCO)O/(CCO)O、(13CHCO)O/(12CHCO)O、又は(13CH13CO)O/(12CH12CO)Oを用いた場合、ペプチドは、それぞれ、1312、又は1312で標識される。この原則は、上述の同位元素、及び18O/16O、15N/14N、35S/32Sなどのうち任意のものを有する、前述した方法のステップ(3)で言及した保護試薬全てにあてはまる。標識を行った後に、前述した方法のステップで説明した通りに、陽イオン交換クロマトグラフィーによってRHペプチドを単離する。質量分析による分析の前にそれらが除去された場合、同位体標識も除去され、したがって、相対的定量化の実施が不可能となるので、このタイプの標識では、アミノ基の保護に一時的又は可逆的なものを用いることができない。
【0058】
質量スペクトルにおける、標識されたRHペプチドと、無標識のRHペプチドとの混合物の同位体分布の分析による相対的定量化は、適当なソフトウェアを用いて行う(Fernandez of Cossioら、「Isotopic、質量分析による生体高分子の同位体分布分析のためのウェブソフトウェア(Isotopic,A Web Software for Isotopic Distribution Analysis of Biopolymers by Mass Spectrometry)」、Nuclei Acid Research、2004年、第32巻、W674−W678頁、及び、Fernandez of Cossioら、「同位元素ピーク分布の照会による複雑混合物質量スペクトルの自動解釈(Automated Interpretation of Mass Spectra of Complex Mixtures by Matching of Isotope Peak Distributions)」、Rapid Commun.Mass Spectrom.、2004年、第18巻、2465〜2472頁)。このソフトウェアは、標識されたRHペプチド及び無標識のRHペプチドの理論上の同位体分布を計算し、結果として得られる理論上の同位体分布の面積が、実験で観測された同位体分布の面積に最も適合されるような組合せを実現する。軽同位元素及び重同位元素(12C/13C、14N/15N、16O/18O、及び/又はH/H)で標識されたペプチドに対応するそれぞれの面積間の比は、正規化されれば、比較される混合物中に含有されているタンパク質の相対比に相当する。
【0059】
定量化を行うには、(a)分析されるペプチドの元素組成又は配列と、(b)実験に用いられた同位体標識のタイプと、(c)質量スペクトルにおける、対象のRHペプチドの実験的同位体分布を含有する面積とを知る必要がある。これらの情報は、全て極めて限定的なものであり、実験ノイズを極めて正確な方法で計算すること、及び、定量化に関係ない他シグナルのオーバーラップを分析から除去することを可能にする。これらの情報全てによって、定量化過程が使用するソフトウェアで非常に使い回しのよい(robust)ものとなり、これは同位体標識の方法に依存しない。提案しているこの方法は、ペプチド及びタンパク質の特性分析に、より頻繁に使用されているイオン化法、すなわちエレクトロスプレイイオン化(ESI−MS)法及びマトリクス支援レーザーイオン化(MALDI−MS)法にも適用できる。これらのイオン化法は、重要な情報である分子質量を与えるが、配列データベースにおける、選択的に単離されたRHペプチドの信頼できる同定を可能にする構造情報を提供しない。これを実現するために、対象のペプチドを質量分析計の中で選択し、衝突室を通過させる。衝突室では、衝突誘起解離として知られる過程によって、十分な構造情報を含有する断片が生成し、それによって、分析されているペプチドの完全又は部分配列の解明が可能となる。
【0060】
この情報を含有する質量スペクトルは、MSMSスペクトルとして知られている。各MSMSスペクトルは、それが起因するペプチドの配列に極めて独特であり、断片イオンのフィンガープリントと考えることができ、コンピュータプログラムの補助を用いて、配列データベースにおけるそのペプチドの信頼できる同定を行うのに有用である。実際、これは、配列データベースでタンパク質を同定する検索エンジンの中でも最も人気のあるものの1つであるMASCOTプログラム(Matrix Science社、英国、Perkins,DNら、「質量分析データを用いた配列データベース探索による確率ベースのタンパク質同定(Probability−based protein identification by searching sequence databases using mass spectrometry data)」、Electrophoresis、1999年、第20巻、3551〜3567頁);及びSEQUESTプログラム(商標、ワシントン大学、ワシントン州Seattle、McCormack,A.L.ら、「低フェムトモルレベルでのLC/MS/MSとデータベース探索によるタンパク質混合物の直接分析及び同定(Direct Analysis and Identification of Proteins Mixtures by LC/MS/MS and Database Searching at the Low−Femtomole Level)」、Anal.Chem.、1996年、第69巻、767〜776頁;Eng,J.K.ら、「ペプチドの直列質量分析データをタンパク質データベースのアミノ酸配列と相関させるためのアプローチ(An Approach to Correlate Tandem Mass Spectral Dates of Peptides with Amino Acid Sequences in to Protein Database)」、J.Amer.Soc.Mass.Spectrom.、1994年、第5巻、976〜989頁;米国特許第5538897号(1996年7月23日)、Yates、IIIら)の設計原理となっている。
【0061】
これらのプログラム(MASCOT及びSEQUEST)は、実験的に得られたMSMSスペクトルを、使用されたプロテアーゼの特異的切断によって生じた、タンパク質配列データベース中で特定の分子量を有する全てのペプチドの理論上のMSMSスペクトルと比較する。理論上の断片の質量値と実験的に得られたものとの間で一致する確率がより大きいなMSMSスペクトルが、分析されたペプチドに対応するはずであり、それを含有するタンパク質がこれから推論され、データベース中での同定が行われる。
【0062】
以下の参考文献は、タンパク質同定、特にプロテオーム分析におけるタンパク質同定への、何らかの質量分析技法の適用に関するものである。Ideker T、Thorsson V、Ranish JA、Christmas R、Buhler J、Eng J K、Bungarner R、Goodlett D R、Aebersold R、Hood L、「系統的に撹乱させた代謝ネットワークのゲノム及びプロテオームの統合解析(Integrated genomic and proteomic analyses of a systematically perturbed metabolic network.)」、Science、2001年、第292巻、929〜934頁;Gygi SP、Aebersold R、「質量分析とプロテオミクス(Mass spectrometry and proteomics)」、Curr Opin Chem Biol、2000年、第4巻、489〜494頁、Gygi S P、Rist B、Aebersold R、「定量的プロテオーム分析による遺伝子発現の測定(Measuring gene expression by quantitative proteome analysis)」、Curr Opin Biotechnol、2000年、第1巻、396〜401頁、Goodlett D R、Bruce J、Anderson GA、Rist B、Pass−Tolic L、Fiehn OR、Smith R D、Aebersold R、「システイン含有ペプチドの単一精密質量を用いたタンパク質同定及び拘束データベース探索(Protein identification with to it sails accurate mass of to cysteine−containing peptide and constrained database searching)」、Anal Chem.、2000年、15;第72巻、112〜118頁;及びGoodlett D R、Aebersold R、Watts JD、「質量分析によるリンタンパク質分析の手引きとしての定量的in vitroキナーゼ反応(Quantitative in vitro kinase reaction as a guide for phosphoprotein analysis by mass spectrometry)」、Rapid Commun Mass Spectrom.、2000年、第14巻、344〜348頁。
【0063】
提案しているこの方法の高い選択性を考慮すると、より迅速な同定を保証するため、偽陽性同定を避けるため、そして、より信頼できる同定を得るために、MASCOT及びSEQUESTプログラムを用いることによって、同定をRHペプチドのみを有するデータベースに限定することができる。
【実施例】
【0064】
(実施例1)
(様々な生物のプロテオームに由来するペプチドの複雑混合物の、クロマトグラフィーシステムを用いた単純化のin silico実演を行ったところ、それは多重荷電ペプチド(2+、3+、4+など)又はRHペプチドの選択的分離が可能であることを示した)
DNA分子シーケンシングが非常に高い効率で行えるようになったため、いくつかの生物のゲノムの完全配列が公知となっており、どれがそのゲノムに由来するタンパク質であるか、研究されたプロテオームで実施された特異的タンパク分解処理に応じて、どのようなペプチドが生じるか予測できるようになった。
【0065】
RHペプチドを選択的に単離した場合の単純化の程度に関して正確な理解を得るため、SELESTACTという名称のプログラムを開発した。
【0066】
このプログラムはPCで使用するようにC言語で書かれており、所与の生物のプロテオームから以下の計算を行う。
1−Swissprotデータベースに登録されているタンパク質の総数。
2−特異的タンパク分解処置によって生成されうるペプチド/タンパク質の総数。
3−この特異的タンパク分解処置によって生成されるRHペプチド/タンパク質の数。
4−本発明で提案している方法によって成功裏に同定できるRHペプチドを有するタンパク質の割合(特定のプロテオームで報告されているタンパク質の総数を基準とした割合)(プロテオーム範囲)。
【0067】
このプログラムは、所与のプロテオームにおける、システイン残基を有し、したがって、ICAT法で選択的に単離することができるタンパク質分解ペプチドに関するこれらすべてのパラメータも計算する。ICAT法は、ペプチドの選択的分離、及びプロテオーム研究へのその適用において先駆的且つ最も使用されている方法の1つである。
【0068】
表1 SELESTACTソフトウェアの使用による様々な生物のプロテオームのin silico分析。この分析は、多重荷電ペプチド(荷電2+、3+、4+など)すなわちRHペプチドから中性ペプチド及び単一荷電ペプチド(荷電0及び1+)を分離するクロマトグラフィーシステムを用いた、図1に提示する方法を適用した際に含まれるRHペプチドを決定するためのものである。周知のICAT法を適用した場合の単純化の結果も示す。
【表1】


a)Swissprot配列データベースに登録されているタンパク質の総数に対応する。
b)分析された様々なプロテオームの、トリプシンによる特異的タンパク質分解によって生成されたトリプシンペプチド/タンパク質の総数。これは整数で表されている。
c)この表の見出しに記載したクロマトグラフィーシステムを用いた場合における、分析されたタンパク質あたりの多重荷電ペプチドの総数と、ICAT法によって得られるものの総数。両データとも整数で表されている。
d)分析されたプロテオームの範囲は、RHペプチドを有し、且つこの表の見出しに記載したクロマトグラフ法を用いた場合に単離することのできるタンパク質総数の割合を表す。これらの値は、提案している方法及びICATに対応している。
【0069】
表1は、細菌病原体、酵母、植物、及び哺乳動物を含めたいくつかのプロテオームにこの方法を適用した後に、in silico分析で得られた結果をまとめたものである。表から理解できるように、1タンパク質あたり平均18のトリプシンペプチドから、ICAT法と同程度に、4つのRHペプチド/タンパク質が選択的に単離されているので、これらの目的の最適値に達するまで、混合物がかなり単純化されるであろう。プロテオーム範囲の平均は、提案しているこの方法で研究できる生物プロテオームの割合(87.9%)を表するが、この値もlCATを用いて実現されたもの(87%)に極めた類似したものとなっている。しかし、個々のプロテオームを分析した場合、結核菌プロテオームでは、極めて著しい相違が明確に見られた。本発明の方法では、全プロテオームの94.6%が分析できるが、それに対して、ICAT法を使用した場合には、80%未満しか分析することができなかった。特にこの微生物をプロテオミクスで研究する場合には、本発明の選択的分離法が、選択するべき方法である。SELESTACTソフトウェアの使用は、本発明の方法で、特定の生物についてどのような結果が得られるかを予測するのに極めて有用であり、したがって、それは、プロテオーム研究のためにペプチドを選択的に分離する他の方法との比較を可能にする。
【0070】
これは、クロマトグラフィーシステムの使用によって多重荷電ペプチド(荷電2+、3+、4+など)から荷電0及び1+のペプチドを分離するという本発明の原理が、ペプチドの複雑混合物の理想的な単純化を可能にし、同時に、研究対象のプロテオームを高い割合でカバーすることを保証するものであるため極めて有用であり、様々な進化段階の生物のプロテオミクス研究用にそれを成功裏に使用できることを実証するものである。
【0071】
実施例2で実証するべきこととして残っているのは、提案している、多重荷電ペプチドからの中性ペプチド及び単一荷電ペプチドの分離が、クロマトグラフィーシステムによって単純且つ効果的な方法で実施可能であるということのみである。
【0072】
(実施例2)
(組換え体ストレプトキナーゼ(rSK)のRHペプチドの選択的分離。この方法の選択性及び特異性の評価)
図1に提示する方法をrSKタンパク質に適用した。このタンパク質は、トリプシン分解によって、多数のトリプシンペプチド及びRHペプチドを生成するので、モデルタンパク質として選択した。したがって、このタンパク質は、提案している方法の特異性及び選択性を評価するのが極めて容易である。
【0073】
従うべきステップは以下の通りである。
1.塩化グアニジン(2mol/L)を含有する500mM Hepes緩衝液(pH8.0)中にタンパク質を溶解させ、酵素:基質比が1:200となるまでリジルエンドペプチダーゼを添加し、37℃で16時間消化した。次に、塩化グアニジウム濃度が1mol/Lとなるまで消化緩衝液を希釈し、酵素:基質比が1:100となるまでトリプシンを添加し、37℃でさらに4時間消化を行った。
【0074】
2.タンパク質分解ペプチドの混合物を0〜5℃の温度でインキュベートし、第1のアミノ基(アルファ及びエプシロン)を基準として、モル比10:1で無水酢酸を添加した。混合物を短時間撹拌し、氷水中で再びインキュベートした。この手順をさらに2回、5分間隔で反復した。
【0075】
3.HO/TFA0.05%(v/v)溶液で予め平衡化されたRP−C4カラム(Vydac社、20×2.1mm)を用いた逆相クロマトグラフィーによって過剰の試薬を除去し、移動相における0.05%(v/v)TFA含有アセトニトリルの含有量を1%から80%まで増大させることによって、10分間の急速勾配溶出を行って、単一画分にペプチドを収集した。
【0076】
4.15%アセトニトリルを含有するHO/TFA(0.05%v/v)溶液で予め平衡化された強力な陽イオン交換カラム(例えば:Source 30S、2×20mm、Amersham−Pharmacia社、スウェーデン)に、第1のアミノ基を保護されたペプチドを、200μl/分の液流を用いて添加した。中性(R+H=0)又は単一荷電ペプチド(R+H=1)を含有する非保持画分は廃棄し、一方、多重荷電ペプチド(RH、R+H>1)を含有する保持画分は、平衡溶液の食塩水濃度を増大させることによってさらに分画した。
【0077】
5.質量分析に連結された液体クロマトグラフィーによる分析を行う前に、チロシン残基に存在する非特異的な保護(O−アシル化)をペプチド構造から除去するために、RHペプチドを塩基性pH(37℃で1時間、1%トリエチルアミン)で処理した。このステップで、導入されている標識はペプチドの相対的定量化の実施に不可欠なので、O−アシル化及び保護基(アミノ基に可逆的な保護を用いた場合)の除去に用いる加水分解処理は、それらの標識を除去しないものであるべきである。
【0078】
ESI−MSスペクトル(図2A)は、rSKのトリプシン分解中に生成されたペプチドに対応する多数のシグナルを示す。これらのシグナルが帰属するrSK配列(配列番号1、本明細書最後部に示す)と、各ペプチドの質量の実験値及び理論値とを表2に示す。この表では、ペプチドの第1のアミノ基がアセチル化された際に、それらが酸性pHでもつことのできる正電荷の数によって、ペプチドが分類された。当然ながら、正電荷の数(表2におけるZを参照)は、ペプチドそれぞれの配列中に含有されているアルギニン(R)及び/又はヒスチジン(H)残基の数(R+H)に依存している。表2に見ることができるように、25のシグナルのうち12は、酸性pHで第1のアミノ基が保護された後には、中性(z=0、それらそれぞれの配列中にアルギニンもヒスチジンももたない)であるか、或いは単一荷電(z=1、それらの配列中に1残基のアルギニン又はヒスチジン残基を有する)であるペプチドに対応している。
【0079】
帰属が太字で書かれているシグナルは、13の多重荷電ペプチドすなわちRHペプチドに対応している(図2におけるペプチドT、T7〜8、T10、T12、T14、T16、T18、T20〜22、T24〜25)。これらのペプチドは、配列中にアルギニン及び/又はヒスチジン残基の数が1より多い(R+H>1)という条件を満たしている。
【0080】
トリプシンペプチドの第1のアミノ基(アミノ末端及びリジンのエプシロンアミノ基)の保護を行ったところ、すべてのペプチドで、その構造中に付加されたアセチル基の数の応じた分子量の増大が観測された(図2B中で付加されているひし形の数を参照)。しかし、一部のペプチドには、チロシン残基に追加のアセチル基が組み込まれていた(図2B、ペプチド3〜6、9〜10、12、14、16、21〜22、及び25)。陽イオン交換体を通過した後では、この混合物はかなり単純化されており、最初に検出された25ペプチドのうちの12ペプチドのみが含まれていた。この後、チロシン残基に存在する望ましくないこの修飾(Zappacosta F及びAnnan RS、「定量的プロテオミクスのためのN末端同位元素タギング戦略:タンパク量変化の結果主導分析(N−terminal isotope tagging strategy for quantitative proteomics: results−driven analysis of protein abundance changes)」、Anal Chem.、2004年、第76巻、6618〜6627頁)を、この方法のステップ5で言及した塩基処理で除去した(図2C)。陽イオン交換クロマトグラフィーに保持されなかった画分を廃棄し、保持された画分を、移動相のNaCl濃度を2mol/Lに増大させることによる単一ステップで溶出させた。rSK由来のペプチドの混合物の単純化が予測通りに実現され、図2AでRHペプチドとして分類された13ペプチドのうち12ペプチド(ペプチドT、T7〜8、T10、T12、T14、T16、T18、T20〜22、T25)の単離が図2Cで成功しており、92%の選択性を実現していることに留意されたい。また、このESI−MSスペクトルでは、表2で登場した中性ペプチド(z=0)又は単一荷電ペプチド(z=1)はいずれも図2Aのスペクトルで検出されなかったにも留意されたい。これは、100%の特異性に等しいものである。
【0081】
一方、図2Cのスペクトルに示されている多重荷電ペプチドすなわちRHペプチドはどれも、予測されていたものと比較して追加のアセチル化(星印)を含有していなかった。したがって、チロシン残基におけるこれらのO−アシル化を除去する塩基処理は、定量的な様式で作用している。
【0082】
表2 rSKのトリプシンペプチドに関して図2Aで観測されたシグナルの帰属の概要
【表2】


a)図2Aで観測されたrSKのトリプシンペプチドに対応するコード。斜体太字で強調されているコードは、RHペプチドに対応している。
b)斜体太字で強調されているアミノ酸は、rSKのトリプシンペプチド配列中のアルギニン及びヒスチジン残基である。N末端及びC末端におけるアミノ酸の番号は、rSK配列におけるそれらの位置それぞれに対応している。
c)Zは、酸性pHで溶解しているペプチド中のアルギニン及びヒスチジン残基によって保持されている正電荷の数である。
d)rSKのトリプシンペプチドの実験上の質量。
e)rSKのトリプシンペプチドの理論上の質量。
【0083】
これらの結果は、設計されたクロマトグラフィーシステムが、多重荷電ペプチドすなわちRHペプチドを単離するのに極めて特異的且つ選択的であり、プロテオーム研究に成功裏に適用できることを実証している。
【0084】
(実施例3)
(3種類の異なった同位体標識(H、13C、及び18O)の使用、及びRHペプチドの選択的分離による2種類の人工混合物(A及びB)における成分タンパク質の同定及び相対的定量化)
rSK、ミオグロビン、及びチトクロームcタンパク質で構成された2種類の人工混合物A及びBを、Bと比較したAのモル比が、rSKで1:1、チトクロームcで2:1、そしてミオグロビンで1:3となるように調製した。これらのタンパク質の配列を、本明細書の最後部、配列番号1〜3に示す。
【0085】
RHペプチドの選択的分離は、実施例1で記述した方法で実施した。提案している方法が様々な種類の標識(H、13C、及び18O)に適合可能であることを実証するために、異なった同位体標識方法を用いることによって3つの実験を行った。また、遊離アミノ基を有するペプチドを質量分析計で分析するのが望ましい場合には、アミノ基の可逆的保護が使用できる可能性があることも実証される。
【0086】
(実験1)
混合物「A」のトリプシン分解で得られたペプチドの第1のアミノ基の保護を、正常な無水酢酸((CCO)O)を用いて行い、混合物「B」のペプチドは、ISOTEC社から購入した、重水素化された無水酢酸((CCO)O)(同位体純度99%)で誘導体化した。この実験では、保護反応中に付加されたアセチル基の数に応じて、両方の状態で得られたペプチドの分子量は、質量単位で3の倍数に相当する相違を有した。この実験では、単一のアセチル基が付加された場合に、標識されたペプチドと、無標識のペプチドとの間での同位体分布のオーバーラップが部分的に存在する可能性があり、このオーバーラップは、配列中にリジン残基を含有するペプチドに付加された保護基の数が増加するに従って減少する。
【0087】
(実験2)
混合物「A」のトリプシンペプチドの第1のアミノ基の保護を、正常な無水酢酸((12CHCO)O)を用いて行い、混合物「B」から得られたものは、13C(ISOTEC社から購入した99%同位体純度を有する(13CHCO)O)で誘導体化した)。この実験では、所与のペプチドに付加される保護基1つあたりの質量の相違が若干1Daであるため、標識されたペプチドと、無標識のペプチドとの間での同位体分布のオーバーラップが増大している。
【0088】
(実験3)
この実験では、ペプチドの第1のアミノ基の可逆的保護と18O標識の組合せを実演するために、実施例1で記載した方法にいくつかの改変を導入した。タンパク質混合物Aの消化は、実施例1に記載の緩衝液中で行い、混合物Bの消化、同一であるが、ISOTECにより購入した重水(H18O)(99%同位体純度)を用いて調製された緩衝液中で行った。この手順によって、この最後の状態で得られたペプチドは、C末端で1原子又は2原子の18Oで標識され、その一方で、もう一方のペプチドはそれらの自然な同位体分布を維持するであろう。一方で、両方の状態におけるトリプシンペプチドのアミノ基は、可逆的な試薬(Aldrich社販売の2(メチルスルホニル)エチルサクシニミジルカルボネート)で誘導体化され、それらは、質量分析による分析の前に、実施例1に前述したのと同じ条件を用いて、O−アシル化の排除と同じステップでチロシン残基から除去された。
【0089】
この場合、同位体分布の分析が、以前の場合より複雑になっている。何故なら、18Oで標識されるペプチドには、そのC末端で1原子の18Oが付加される場合と、2原子の18Oが付加される場合とがあり、したがって、両方の状態で得られたペプチドの相対量を計算するには、この関係が、式:(面積16O)/(面積18+面積18)に従って、16Oを有するペプチドの同位体分布の面積を、1原子(18)又は2原子(18)の18Oを取り込んだペプチドの同位体分布に対応する面積の合計で割った商によって得られることを考慮に入れることが重要であるからである。
【0090】
上述した全ての実験で、本発明の方法の詳細な説明で記述した通り、ISOTOPICAソフトウェアを用いることによって、分析される混合物中のペプチドの相対的定量化が行われる(Fernandez of Cossioら、「Isotopic、質量分析による生体高分子の同位体分布分析のためのウェブソフトウェア(Isotopic、A Web Software for Isotopic Distribution Analysis of Biopolymers by Mass Spectrometry)」、Nuclei Acid Research、2004年、第32巻、W674〜W678頁、及び、Fernandez of Cossioら、「同位元素ピーク分布の照会による複雑混合物質量スペクトルの自動解釈(Automated Interpretation of Mass Spectra of Complex Mixtures by Matching of Isotope Peak Distributions)」、Rapid Commun.Mass Spectrom.、2004年、第18巻、2465〜2472頁)。
【0091】
調製された混合物中に存在する3種類のタンパク質のRHペプチドを単一のLC−MS/MS実験で単離及び配列決定し、MASCOTプログラム(図3)によって自動的且つ確実に、人工的に調製された混合物中の3種類のタンパク質成分(rSK、チトクロームc、及びミオグロビン)を同定することができた。定量化を行うために、これらのペプチドの同位体分布のより大きな領域を選択して、全域的な化学式及び使用した標識のタイプと共に、ISOTOPICAソフトウェアに導入した。実験1、2、及び3の結果を表3にまとめる。これらの実験では、使用された標識がH、13C、及び18Oであった。
【0092】
表3 3種類のタンパク質で構成された2種類の人工混合物中における、3通りの異なった標識、すなわちH/H、12C/13C、及び16O/18Oを用いたRHペプチドの選択的分離とそれらの相対的定量化の概要。
【表3】


a)MASCOTソフトウェアによって自動的に同定されたタンパク質のRHペプチドの配列。星印は、リジンのエプシロンアミノ基のアセチル化を示す。
b)比較される人工混合物A及びBにおける理論上のタンパク質比率。
c)比較される2種類の人工混合物中に存在するタンパク質の相対量に関して得られた実験値。各タンパク質の相対的定量化の平均値が各実験の最後に太字で強調されており、標準偏差の値が括弧内に示されている。
【0093】
これら3種類のタンパク質では、相対的定量化の実験値の平均が理論値と非常に良く一致しており、標準偏差も非常に良い値(5%未満)が得られた。
【0094】
これらの結果は、混合物中のタンパク質の相対数量を決定する定量的プロテオミクスで、非常に良い精度で、この方法が使用できることを実証するものである。
【0095】
この実施例で言及した3つの実験で分析されたタンパク質それぞれにおける1ペプチドで得られた実験的な同位体分布に対応する面積の調整を図4、5、及び6に示す。
【0096】
使用された標識のタイプ(13C、H、又は18Oのいずれか)に関係なく、すべての場合において同位体分布の理論曲線(赤線)と、実験的に得られたスペクトル(黒塗りのスペクトル)との間で、非常に良い調整が得られていることに留意されたい。
【0097】
3つの実験で同一タンパク質に関して得られた相対的定量化の結果は、使用された標識のタイプに関係なく極めて類似したものであった。この方法は、相対的定量化で高い精度を得るために、様々なタイプの標識に適合させることができ、それによって、この方法が、多用性で、使い回しのよいものとなっていることを実証するものである。
【0098】
(LC−MS/MS及びデータベース探索)
Micromass社(英国、Manchester)のハイブリッド質量分析計(四重極及び飛行時間、QTof−2)で測定を行った。この質量分析計は、200×1mm(Vydac社、USES)カラムを通してオンラインでHPLC(AKTA Basic、Amersham Pharmacia Biotech社、スウェーデン)に接続されていた。120分間で、5%の緩衝液B(アセトニトリル中に0.2%ギ酸)から45%に至る線形勾配によって、ペプチドを溶出した。
【0099】
質量分析計は、コーン電圧35ボルト、キャピラリー電圧3000ボルトで操作した。MSMSスペクトルを取得するために、単一荷電、二重荷電、及び三重荷電前駆体イオンを自動的に選択し、一度はこれらが7カウント/秒を超える強度を示した。総イオン電流(TIC)が2カウント/秒に低下したとき、或いはMS/MSスペクトルが4秒間得られたときに、測定モードをMSMSからMSに変換した。データの取得及び処理は、MassLynxソフトウェア(バージョン3.5、Micromass社)によって行ったが、MSMSスペクトルに基づいたタンパク質の同定は、インターネットで自由に利用可能なMASCOTソフトウェアのバージョンを用いて行った。検索パラメータの中には、システイン修飾、潜在的酸化、及び脱アミド化が含まれていた。
【0100】
(実施例4)
(好気条件及び嫌気条件で増殖させた生物(コレラ菌)のプロテオームから得られた複雑混合物の定量的プロテオミクスへの、提案の方法の適用)
37℃、LB培地(Sambrok、J.、Fritsch、E.F.、Maniatis、T.、Molecular cloning:a laboratory manual、Cold Spring Harbor Laboratory Press社、New York、1989年、A.1)中で16h増殖させたコレラ菌O1バイオタイプEl Tor C7258株(Ogawa;ペルー、1991年)のコロニーを、0.4%w/vグルコース、及び1%w/vカゼイン加水分解物で補足したsyncase培地(pH7.5)(Finkelstein,R.A.、Attasampunna,A.、Chulasamaya,M.、Charunmethee,P.、J.Immunol.、1966年、第96巻、440〜449頁)5mLに接種し、37℃、200rpmで終夜培養した。
【0101】
新たに補足されたsyncase培地で培養物を1:100希釈し、最終の好気条件接種を行う前に、OD約0.2まで前培養を行い、嫌気培養物をプロテオミクス研究に用いた。嫌気性雰囲気は、Oxoid社(英国、Hampshire、Basingstoke)製のAnaeroGen(商標)バッグを用いて生成させ、酸素濃度を1%未満に低下させ、9〜13%のCO濃度を30分間生成させた。嫌気培養に決定的な接種を行う前に、syncase培地200mLを含有する1Lエルレンマイヤーフラスコを、30分間嫌気生活に前調整し、その後、前培養されたC7258株2mLで接種し、光学密度が約0.5に達するまで37℃、220rpmで撹拌した。細胞を10000g、5分間の遠心によって収集し、エレクトロポレーション緩衝液(270mMショ糖、1.3mM NaHPO、1mM MgCl、pH7.4)で2回洗浄し、同一緩衝液に再懸濁し、10000gで、3分間、遠心した。1010細胞のアリコートを−70℃で保存した。好気培養及び嫌気培養からの2アリコート(1×10細胞)を1mLの溶解緩衝液(10mM EDTA、2mol/L塩化グアニジニウムを含有する500mM HEPES(pH8.0))に別々に溶解させた。交互の超音波サイクル(1分間)を行って細胞を完全破砕し、氷水中でインキュベートした。この手順を3回反復し、その後、溶液の粘性が低下するまで、何度か継続的に試料のパイペッティングを行った。最後に、硫酸ストレプトマイシン(Merck社、独国)を濃度が1%に達するまで添加し、再度、0℃で15分間、インキュベートし、これを500gで遠心して、沈殿を廃棄した。
【0102】
その後、図1に記述した方法に従って、複雑混合物を分析した。同定及び相対的定量化の結果を表3に示す。同定された137ペプチドのうち、RHペプチドとして分類されなかったのは、2ペプチドのみであった(NPDGEVLR/タンパク質番号62;及びTRDNEWAK/タンパク質番号72)。これらの結果は、高度の特異性(98%超)を確認するものである。これらの結果は、タンパク質配列データベースにおける検索をRHペプチドのみに限定するのに使用することができるであろう。そして、これは、偽陽性の同定を回避するのに寄与する。
【0103】
本発明の方法を用いて同定された91のタンパク質のうち、18のタンパク質(19.8%に相当する)は、それらのアミノ酸配列中にシステインを含有しない(タンパク質#2、12、13、20、22、28、29、40、41、42、44、47、48、52、60、62、68、及び88、表4を参照)。したがって、それらは、定量的プロテオミクスで最も良く使用されている方法の1つであるICAT(「同位元素でコードされたアフィニティー標識を用いた複雑タンパク質混合物の定量分析(Quantitative analysis of complex protein mixtures using isotope−coded affinity tags)」、Gygi,S.P.、Rist,B.、Gerber,S.A.、Turecek,F.、Gelb,M.H.、及びAebersold、R.、Nat.Biotechnol.、第17巻、994〜999頁、1999年;「プロテオーム分析のための複雑なペプチド混合物の単純化:システインペプチドの可逆的ビオチン化(Simplification of complex peptide mixtures for proteomic analysis: reversible biotinylation of cysteineyl peptides)」、Spahr CS、Sushi INC、Bures EJ、Robinson JH、Davis MT、McGinley MD、Kroemer G、Patterson SD.、Electrophoresis、第21(9)巻、1635〜1650頁、2000年)を用いて同定することができなかった。この方法によって同定された、発現レベルの変化した10タンパク質(タンパク質#8、9、33、43、46、55、58、70、88、及び89、表4)のうち、1タンパク質(10%)は配列(タンパク質88、表4)中にシステイン残基をもたないため、ICATで同定することができなかった。そして、この貴重な情報は、ICAT法を使用した場合には失われていただろう。
【0104】
これらの結果は、この方法がタンパク質の複雑混合物を研究するのに優れており、ICATなどの既に確立されている方法で同定できなかったタンパク質の同定を可能にするものであることを実証する。
【0105】
表4 好気条件及び嫌気条件で増殖したコレラ菌の総タンパク質の加水分解物中に存在するRHペプチドの選択的分離の概要
【表4−1】


【表4−2】


【表4−3】


【表4−4】


a)Kはエプシロンアミノ基でアセチル化されたリジンを表す。同定されたすべてのペプチドがアミノ末端にアセチル基を有する。Nは完全に脱アミド化されたアスパラギン残基を表す。塩基性アミノ酸であるアルギニン及びヒスチジンが太字で強調されている。
b)好気条件及び嫌気生活条件で得られたペプチドをそれぞれ正常無水酢酸((CHCO)O)及び重水素無水酢酸((CDCO)O)で誘導体化した。両分子種間の比率を百分率で表した。
c)配列(8、9、33、46、89)及び(43、55、58、70、88)は、それぞれ嫌気生活条件及び好気生活条件で過剰発現されたタンパク質に対応している。
【0106】
(実施例5)
(異なるゲノムのRHペプチド中にある遮断基の含量のコンピュータによる決定)
アミノ基の不可逆遮断を用いるとき、特に重水素化無水酢酸を用いるときのRHペプチドの構造における幾つかの遮断基の存在は、主に以下の3つの理由で関心事となり得る。
1.RHペプチドの構造中の遮断基数が増加するにつれ、該ペプチドが疎水性の増加した化学種に変換されるため、全プロセス中での損失が増加すると思われる。
2.遮断基の数が増加するにつれ、RHペプチドの配列中の重水素原子数が増加することになり、そのため逆相クロマトグラフィーにおける軽化学種と重化学種との分離も、比較条件下での相対的定量の誤差も増加する(Zhang R,Sioma CS,Wang S,Regnier FE.「定量的プロテオミクスにおける同位体標識ペプチドの分別(Fractionation of isotopically labeled peptides in quantitative proteomics)」,Anal.Chem.2001,73,5142−5149; Zhang R,Sioma CS,Thompson RA,Xiong L,Regnier FE.「比較プロテオミクスにおける重水素同位体効果の制御(Controlling deuterium isotope effects in comparative proteomics)」,Anal.Chem.2002,74,3662−3669)。
3.1個又は数個の遮断基の存在は、質量分析計中での衝突誘発解離実験においてRHペプチドのフラグメンテーションに影響し得る。
【0107】
RHペプチドは全て、少なくともN−末端に1個の遮断基を有すべきであり、追加の遮断基の存在はリジン残基が存在するためである(各リジン残基に対し1個の遮断基が追加される)。RHペプチド中のリジンの存在は、以下の3つの理由に由来し得る。
a)不完全なタンパク質分解、
b)切断部位に隣接してプロリンが存在することに起因する、トリプシンのタンパク分解切断に抵抗する部位の存在(K−P)、
c)RHペプチドのC末端がリジンで終わり、その配列内部には多数のヒスチジン及び/又はアルギニン残基を有する。
【0108】
この中の第1要因(a)は、酵素対基質比の増加又は消化時間の延長を用いるタンパク分解消化の最適化によって、最小限に抑えることができる。
【0109】
後の要因(b及びc)は各プロテオームの固有の性質であり、その性質は、分析する各個別タンパク質、リジン残基に隣接するプロリン残基の相対分布(K−P)、並びにトリプシンペプチドにおける数個の塩基性残基の存在に依存する。
【0110】
K−P残基の存在量及び遮断基の量を知るために、幾つかのゲノムの全RHペプチドの配列を分析した(図7)。その結果、RHペプチドのほぼ80%が遮断基を1個だけ付加していることが示される。約20%は遮断基を2個付加しており、遮断基3個以上の付加は不適切である。
【0111】
嫌気性及び非嫌気性条件で増殖させたコレラ菌(V.cholerae)のプロテオーム中で実験的に単離したRHペプチド137種の中で(表4、実施例4)、119種はアセチル基を1個だけ付加し、16種はアセチル基を2個付加し、僅か2種のRHペプチドが3個超を付加しており、したがって各々86.8%、11.6%及び1.5%に相当することが認識できる。
【0112】
このような結果は、この菌のゲノムに対してコンピュータ分析により実施した予測で得た結果と類似しており、図7に示す他のゲノムにも類似している。
【0113】
Zhang及び共同研究者(Zhang R,Sioma CS,Wang S,Regnier FE.「定量的プロテオミクスにおける同位体標識ペプチドの分別(Fractionation of isotopically labeled peptides in quantitative proteomics)」,Anal.Chem.2001,73,5142−5149;Zhang R,Sioma CS,Thompson RA,Xiong L,Regnier FE.「比較プロテオミクスにおける重水素同位体効果の制御(Controlling deuterium isotope effects in comparative proteomics)」,Anal.Chem.2002,74,3662−3669)は、重水素化アセチル基が1個だけ存在しても標識化学種及び非標識化学種の相対的定量化に影響はなく、該定量化に重水素標識を用いた場合、大部分のペプチドがアセチル基(重水素原子から)を1個付加していたので、自分達の方法に問題はないと思われるが、ICAT法の場合は全ペプチドが重水素原子を8個付加しているため、定量化に誤差を認めることができることを示した(Zhang R,Sioma CS,Wang S,Regnier FE.「定量的プロテオミクスにおける同位体標識ペプチドの分別(Fractionation of isotopically labeled peptides in quantitative proteomics)」,Anal.Chem.2001,73,5142−5149)。ゲノム数種のRHペプチドの残り20%中に存在するアセチル基2個(重水素原子6個)の付加(図7)は、全てのICAT標識ペプチド(重水素原子8個)の付加量よりはるかに少ないと思われ、したがって本発明の方法目的を用いた誤差は少なくなろう。
【0114】
最後に、MASCOTソフトウェアにより、rSKタンパク質の1個及び2個の遮断基を有する全RHペプチドを自動的に同定することができた(図8及び9)。この結果によると、RHペプチドが多数のプロトン化部位を有する多重電荷種(R+H>1)であるため、RHペプチドの配列中に多数の遮断基が存在しても、衝突誘発解離実験におけるフラグメンテーションの効率に影響はなく、その結果、最も汎用的なサーチエンジンの1つ、MASCOTプログラムを使用することにより、RHペプチドの自動的・効率的同定がタンパク質配列データベースにおいて保証される。
【0115】
(実施例6)
(単一実験における数種の単純系に存在するタンパク質の相対的同時定量)
提案法において単離されるRHペプチドは、軽同位体及び重同位体でN末端を遮断することにより、相対的定量を実行することができる。ISOTOPICAソフトウェアが、導入する標識の種類及び同位体分布の重複度に関わりなく使用できることを明示した、本発明の実施例3に示す結果を考慮して、本実施例の明示するところでは、単一実験において3通り以上の条件下で、タンパク質の相対的定量を同時に実行できるが、但し、その各比較条件ではRHペプチドに対して常に異なる同位体標識を用いるものとする。
【0116】
タンパク質rSK、チトクロームC及びミオグロビンからなる人工的混合物3種(A、B及びC)を調製した。混合物A、B及びCにおけるタンパク質rSK、チトクロームC及びミオグロビンは、各々1:1:1、1:2:3及び1:4:5の比率を保持していた。続いて、その各試料中に存在するタンパク質のRHペプチドを単離した。混合物A、B及びC中に存在するタンパク質のトリプシンペプチドは、通常の無水酢酸[(CHCO)O]、炭素−13原子1個で標識した無水酢酸[(13CHCO)O]、及び炭素−13原子2個で標識した無水酢酸[(13CH13CO)O]でそれぞれ誘導体とした。脱塩ステップの前に、遮断ペプチドの混合物3種を混合し、同定プロセスに入るまでこの操作を継続した。混合物「C」中に存在するタンパク質の遮断トリプシンペプチドは、混合物「B」の遮断ペプチドより1Da重く、順に後者は混合物「A」中に得られるペプチドより1Da重い。A、B及びCを混合すると、同一タンパク質由来のペプチドの同位体分布は完全に重複し、13Cの含量はその各比較条件で存在するペプチドの相対量を反映する。
【0117】
該タンパク質3種の人工的混合物中に存在するRHペプチドの選択的単離法を適用したときに得られる結果が、表5に要約されている。見て明らかなように、実験的同位体分布と、適当な比率で理論分布のペプチドを混合したときにソフトウェアで得られる該分布とは、非常に良好に一致している。特に、該タンパク質を人工的混合物3種の中で調製した比率を考慮すると、これらの値は、各該タンパク質に対する予測値と非常に良好な一致を保っている。
表5 単一実験を行ったときの人工的混合物3種中に存在する3種のタンパク質の相対的同時定量
【表5】


a)太字はアミノ酸のアルギニン及びヒスチジンを強調している。
【0118】
図8では、ISOTOPICAプログラムが各タンパク質のペプチドに対して実行した良好な調節を認めることができる。
【0119】
原理的には、この比較をもっと多数の試料に拡張することができ、その場合、それらの質量数が少なくとも1Da異なるように各条件において同位体標識を導入しさえすればよい。例えば、4条件の比較を実現するには、本実施例に示す同一の無水物3種の使用が必要となろうし、第4条件から導かれるRHペプチドは重水素化無水酢酸[(CCO)O]で修飾すべきである。重水素及び13Cで二重標識した無水酢酸([(13CO)O]及び[(1313CO)O])を各々用いれば、5及び6条件を比較することも可能である。当該系の内部対照として、又は多様な薬物の相乗効果を細胞系、腫瘍、微生物等において調べるために、多重条件の比較が必要な場合、この応用はプロテオーム実験で多大な有用性を有すると思われる。
【0120】
二次元電気泳動を用いて3種の条件下でのタンパク質の発現を比較することを所望するのであれば、この分析技法を要する精巧な操作のために実験の再現性を評価するためには、各条件に対して分析用ゲルを3種入手する必要があろうし、続いて質量分析による同定に進むために、分取用ゲル2種を入手する必要があろう。このような規模の研究には、試薬、試料及び時間を多大に消費する必要があることは明白である。LC−MSMS技法を用いるのであれば、試料の1種を他の残り2種と比較する場合、少なくとも2回の実験を実施する必要があろう。しかし、各条件で単離されるRHペプチドに異なる標識を導入することが可能なため、単一の実験において混合物中に存在する各タンパク質の相対的定量に関する情報を得ることができる。これにより、相対的定量の実験間誤差が最小限となり、実施すべき研究がかなりの程度簡略化される。とりわけ、この利点は、比較すべき試料の数と同程度に比較的認め易い。
【図面の簡単な説明】
【0121】
【図1】本発明に記載の、定量的プロテオミクスにRHペプチドを適用する方法を用いた、RHペプチドの選択的分離を示す図である。
【図2】モデルタンパク質である組換え体ストレプトキナーゼ(rSK)におけるRHペプチドの選択的分離を示す図である。(A)トリプシンペプチド混合物のESI−MSスペクトル。(B)アミノ基の保護反応を行った後のペプチド混合物のESI−MSスペクトル。(C)本発明の方法を適用した後のrSKのRHペプチドを含有するESI−MSスペクトル。
【図3】MASCOTプログラムによって得られた結果を示す図である。この結果では、RHペプチドの選択的分離及びLC−MS/MSによる分析の後で、人工混合物中に存在する3種類のタンパク質(rSK、ミオグロビン、及びチトクロームc)が自動的に同定されている。
【図4】221DSSIVTHDNDIFR233ペプチド(rSK)、28TGPNLHGLFGRK39ペプチド(チトクローム−C)、及び79KGHHEAELKPLAQSHATK96ペプチド(ミオグロビン)の同位体分布を示す図である。黒色のESI−MSスペクトルは、正常な無水酢酸[(CHCO)O]及び重水素化された無水酢酸[(CCO)O]によるアミノ基の不可逆的保護を用い、実施例1に示した選択的分離法を3種類のタンパク質(rSK、ミオグロビン、及びチトクロームc)の人工的混合物に適用した(実施例3、実験1を参照)後で得られた、上述のペプチドの同位体分布を示す。正常なアセチル基(CHCO)及び重水素で標識されたアセチル基(CCO)で修飾された上述のペプチドに対応する同位体分布カーブが、それぞれ、青色及び紫色で示されている。赤色で強調されている同位体分布カーブは、それぞれの特定のペプチドに関して示されるソフトウェアによって決定された(CHCO/CCO)比で前述の同位体分布を重ねた後にプログラムによって実施された調整を示す。
【図5】221DSSIVTHDNDIFR233ペプチド(rSK)、28TGPNLHGLFGRK39ペプチド(チトクローム−C)、及び79KGHHEAELKPLAQSHATK96ペプチド(ミオグロビン)の同位体分布を示す図である。黒色のESI−MSスペクトルは、正常な無水酢酸[(12CHCO)O]及び13C標識された無水酢酸[(13CHCO)O]によるアミノ基の不可逆的保護を用い、実施例1に示した選択的分離法を3種類のタンパク質(rSK、ミオグロビン、及びチトクロームc)の人工的混合物に適用した後で得られた、上述のペプチドの同位体分布を示す。正常なアセチル基(12CHCO)及び13Cで標識されたアセチル基(13CHCO)Oで修飾された上述のペプチドに対応する同位体分布カーブが、それぞれ、青色及び紫色で示されている赤色で強調されている同位体分布カーブは、それぞれの特定のペプチドに関して示されるソフトウェアによって決定された(12CHCO/13CHCO)比で、前述の同位体分布を重ねた後にプログラムによって実施された調整を示す。
【図6】221DSSIVTHDNDIFR233ペプチド(rSK)、28TGPNLHGLFGRK39ペプチド(チトクローム−C)、及び79KGHHEAELKPLAQSHATK96ペプチド(ミオグロビン)の同位体分布を示す図である。黒色のESI−MSスペクトルは、2−(メチルスルホニル)エチルサクシニミジルカルボネートによるアミノ基の可逆的保護、及び分析されるタンパク質混合物のタンパク質分解中におけるカルボキシ末端の18O標識を用い、実施例1に示した選択的分離法を3種類のタンパク質(rSK、ミオグロビン、及びチトクロームc)の人工の混合物に適用した後で得られた、上述のペプチドの同位体分布を示す。18Oの組み込み無し、1原子の18Oが組み込まれた後(18)、及び、2原子の18Oが組み込まれたとき(18)の前述のペプチドに対応する同位体分布カーブが、それぞれ、青色、紫色及び黄色で示されている。赤色で強調されている同位体分布カーブは、それぞれの特定のペプチドに関して示されるソフトウェアによって決定された(16O/[1818])比で前述の同位体分布を重ねた後にプログラムによって実施された調整を示す。
【図7】数種類のプロテオームにおいて、1、2、及び3つの重水素化アセチル基(CCO−)をその配列中に含有するRHペプチドの割合を示すグラフである。
【図8】rSKの、m/z値780.77を有する二重荷電RHペプチド(221DSSIVTHDNDIFR233)のESI−MSMSスペクトルを示す図である。このペプチドは、そのN末端にアセチル基を含有する。断片化されたイオンは、MASCOTプログラムにより、Roepstorff P及びFohlman J(Roepstorff P及びFohlman J、「ペプチドの質量スペクトルの配列イオンの共通命名法の提案(Proposal for a common nomenclature for sequence ions in mass spectra of peptides)」、Biomed Mass Spectrom.、第11巻、601頁、1984年)によって提案された命名法に従って自動的に命名された。
【図9】rSKの、m/z値879.84を有する二重荷電RHペプチド(38FFEIDLTSRPAHGGK52)のESI−MSMSスペクトルを示す図である。このペプチドは、2つのアセチル基を含有し、1つはそのN末端に位置し、もう1つはリジン残基側鎖のアミノ基に位置する。断片化されたイオンは、MASCOTプログラムにより、Roepstorff P及びFohlman J(Roepstorff P及びFohlman J、「ペプチドの質量スペクトルの配列イオンの共通命名法の提案(Proposal for a common nomenclature for sequence ions in mass spectra of peptides)」、Biomed Mass Spectrom.、第11巻、601頁、1984年)によって提案された命名法に従って自動的に命名された。
【図10】3種類の比較試料中に存在する3種類のタンパク質(rSK、チトクロームc、及びミオグロビン)の相対的定量化を示す図である。ISOTOPICAソフトウェアを用いて得られた相対的定量化の結果を示すために、各タンパク質につき1ペプチドを選択した。黒色で強調されている質量スペクトルは、分析された混合物中に存在するタンパク質それぞれにおけるRHペプチドの実験的同位体分布のオーバーラップを示す。条件「A」、「B」、及び「C」のペプチドは、それらのアミノ末端で、それぞれ、CHCO−、13CHCO−及び13CH13CO−で標識された。青色、紫色、及び黄色で強調された同位体分布カーブは、それぞれ、ゼロ、1原子、及び2原子の13Cを有するRHペプチドに対応している。赤色で強調されている同位体分布カーブは、実験的同位体分布と、ISOTOPICAソフトウェアによって計算された比率で条件「A」、「B」、及び「C」の同位体分布を重ねた際に得られた同位体分布との間に存在する一致を示す。各スペクトルで、3つの標識された分子種の結果も、ソフトウェアによって提供されている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
その配列におけるヒスチジン残基(H)及び/又はアルギニン残基(R)の総数が1より大きい(R+H>1)多重荷電されたペプチド(RHペプチドと称する)を、酸性pHで選択的に単離し、比較される試料中で異なった同位元素で標識されている各RHペプチドについて推算される理論スペクトル面積の比率から、1つ又は複数のタンパク質の相対濃度の決定が行われることを特徴とする、複雑な混合物中にある1つ又は複数のタンパク質の同定及び相対的定量化を行う方法であって、
a)分析される複雑混合物中に存在するタンパク質のシステイン残基の変性及びアルキル化を行い、トリプシン若しくは任意の他のプロテアーゼを用いたタンパク質分解性加水分解、又はペプチド結合を特異的若しくは予測可能な様式で加水分解する化学処理を行うステップと、
b)ステップ(a)で得られたペプチドのアルファ及びエプシロンアミノ基(α及びε−NH)の可逆的又は不可逆的な化学修飾を行うステップと、
c)質量分析による分析を行う前に、ステップ(b)で得られた修飾ペプチドの混合物について、陽イオン交換クロマトグラフィーによって、RHペプチドの選択的分離を行うステップと、
d)質量分析による分析を行う前に、酸性又は塩基性処理によって、チロシン残基におけるO−アシル化の除去及びアミノ基の脱保護を行い、特にステップ(b)で一時的又は可逆的な修飾が導入された場合にはアミノ基の保護を除去するステップと、
e)ステップ(c)で選択的に単離されたRHペプチドの液体クロマトグラフィーに連結されている質量分析によって前記タンパク質を同定するステップと、
f)ステップ(a)の前、或いはステップ(a)若しくは(b)の実施中、又は(d)に記載の加水分解ステップの実施中に、タンパク質試料を異なる同位体で標識し、直ちに、同量のタンパク質を含有する比較試料の少なくとも一部を混合するステップと、
g)ステップ(e)で同定されたRHペプチド、及び導入された同位体標識を含有する、同じステップ(e)で生成されたこれらのペプチドのペプチド断片の推定理論質量スペクトル面積の比率から、ステップ(e)の混合物中にある1つ又は複数のタンパク質の相対的定量化を行うステップと
からなる方法。
【請求項2】
ステップ(b)で、アミノ基の修飾剤が、無水酢酸、N−ヒドロキシサクシニミド、N−アセトキシスクシンイミド、無水シトラコン酸、無水マレイン酸、無水コハク酸、無水フタル酸、無水テトラヒドロフタル酸、9−フルオレニルメチルクロロギ酸(Fmoc−Cl)、2−メチルスルホニルエチルサクシニミジルカルボネート、尿素、及びアミノ基に保護を与える以下の薬剤、すなわち、(a)ベンジルオキシカルボニル、2−クロロベンジルオキシカルボニル、9−フルオレニルメチルオキシカルボニル、イソニコチルオキシカルボニル、及び4−メトキシベンジルオキシカルボニルを含めた芳香族ウレタン型保護基;(b)t−ブトキシカルボニル、t−アミルオキシカルボニル、イソプロピルオキシカルボニル、2−(4−ビフェニル)−2−プロピルオキシカルボニル、アリルオキシカルボニル、メチルスルホニルエトキシカルボニルを含めた脂肪族ウレタン型保護基;(c)アダマンチルオキシカルボニル、シクロペンチルオキシカルボニル、シクロヘキシルオキシカルボニル、及びイソボルニルオキシカルボニルを含めたシクロアルキルウレタン型保護基;(d)好ましくはベンジルオキシカルボニル、t−ブトキシカルボニル、アセチル、2−プロピルペンタノイル、4−メチルペンタノイル、t−ブチルアセチル、3−シクロヘキシルプロピオニル、n−ブタンスルホニル、ベンジルスルホニル、4−メチルベンゼンスルホニル、2−ナフタレンスルホニル、3−ナフタレンスルホニル、及び1−カンファースルホニルが含まれる、アシル保護基又はスルホニル保護基;(e)m−ニトロフェニル、3,5−ジメトキシベンジル、1−メチル−1−(3,5−ジメトキシフェニル)エチルの、そして、α−メチルニトロピペロニル、o−ニトロベンジル、3,4−ジメトキシ−6−ニトロベンジル、フェニル(o−ニトロフェニル)メチル、2−(2−ニトロフェニル)エチル、6−ニトロベラチル、4−メトキシフェナシル、及び3’,5’−ジメトキシベンゾインからのカルバミン酸誘導体を含めた光感受性保護基、並びに第1のアミノ基の可逆的又は不可逆的な保護を与えるためにペプチド合成で使用される他の試薬であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ステップ(f)で生成されたRHペプチドの断片、及び導入された同位体標識を含有しているRHペプチドの断片の実験的に得られた質量スペクトル又は理論スペクトルからのスペクトルがより適合するようにされた、同位体標識された分子種と、標識されていない分子種との理論スペクトルに相当する面積の比率を計算することによって、保護されているRHペプチド、又は保護されていないRHペプチドから、試料中にある1つ又は複数のタンパク質の相対濃度を決定することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
ステップ(b)が、同一実験中で、分析するべき状態と同じ数の、複数の修飾剤を使用することを特徴とする、請求項1に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4−1】
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【図4−2】
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【図4−3】
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【図5−1】
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【図5−2】
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【図5−3】
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【図6−1】
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【図6−2】
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【図6−3】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10−1】
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【図10−2】
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【図10−3】
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【公開番号】特開2007−127631(P2007−127631A)
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2006−282282(P2006−282282)
【出願日】平成18年10月17日(2006.10.17)
【出願人】(304012895)セントロ デ インジエニエリア ジエネテイカ イ バイオテクノロジア (46)
【Fターム(参考)】