説明

封孔処理剤塗布装置、封孔処理方法および軸受

【課題】内径部に溝を有する円筒形ワークの外周面の不必要な部位に封孔処理剤を付着させないで、かつセラミック溶射被膜内の空隙を確実に、簡便な方法で充填することができる。
【解決手段】内径部に溝を有する円筒形ワーク1の外周面に形成されたセラミック溶射被膜を封孔処理剤4を用いて封孔処理するための封孔処理剤塗布装置であって、上記円筒形ワークの内径面を少なくとも1個以上の回転ローラ2で回転支持して円筒形ワークを回転させる手段と、上記円筒形ワークに対して上下方向に移動可能な封孔処理剤収容容器5を円筒形ワーク下部に配置し、上記封孔処理剤がエポキシ基含有成分と硬化剤とを含み、重合性ビニル基含有溶剤を含まない封孔処理剤であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は軸受、この軸受を製造するための封孔処理剤塗布装置、およびこの装置を用いた封孔処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
軸受の内外輪の両方もしくは何れか一方の他部材と接する部位にセラミック溶射被膜を形成し、その後何らかの封孔処理を施して被膜の環境遮断性を高める封孔処理を行ない、軸受を絶縁させる絶縁軸受が知られている。
セラミック溶射被膜への封孔処理剤の一般的な処理方法としては、セラミック溶射被膜へ封孔処理剤を塗布する方法(特許文献1)、減圧浸透による方法(特許文献2)、減圧と加圧とを繰り返す方法(特許文献3)等が知られている。
また、円筒形外周部に特化した封孔処理方法としては、浸漬、掃き取りおよびスプレーを組合せた方法(特許文献4)が知られている。
【0003】
しかし、特許文献1に記載の方法では、以下に述べる(イ)〜(ニ)の問題がある。(イ)封孔剤を塗布し乾燥工程を終了するまでのワークの保持が困難である。(ロ)未乾燥で未硬化の封孔処理剤がワーク以外の部位に付着しないように、ワークの非処理部位を保持できるような特殊形状の治具の設計が必要となる。(ハ)封孔剤処理部位をどうしてもワーク保持に使わなければならない場合、「未乾燥で未硬化の封孔処理剤がワークから持ち去られず、封孔処理剤の乾燥工程に耐え得る耐熱性もあり、かつ封孔処理剤と非粘着性がある」という保持材の材質選定が必要であり、一般にこのような材質は高価な樹脂であるため、製造コストの高騰を招きやすい。(ニ)耐熱性や耐薬品性が要求される用途で一般的なエポキシ樹脂系の封孔処理剤を選定する場合、封孔処理剤自体が高粘度のため、セラミック溶射膜深部の残留空気と封孔処理剤の置換が充分になされず、結果的に処理したい部位のみに充分な浸透を図ることは困難である。
また、特許文献2および3に記載の方法では、以下に述べる(ホ)〜(ヘ)の問題がある。(ホ)真空吸引装置が必要となる。(ヘ)真空吸引は封孔処理剤塗布後に行なう必要があるため、産機用絶縁軸受のような大きな製品を処理する場合、封孔処理装置全体が大掛かりなものとなり、生産性に懸念が生じる。また製造コストの高騰も招くという問題がある。
【0004】
特許文献4に記載の方法では、以下に述べる(ト)〜(ヌ)の問題がある。(ト)弾性体による掻き取り治具がセラミック溶射被膜との摺動によって摩耗するため、一定期間ごとのメンテナンスが不可欠となる。(チ)軸受のような多表面を同時に封孔処理する場合、掻き取り治具や吹き付けスプレーの位置決めの構造や動作は非常に複雑となり、装置の段取り換えが困難である。(リ)封孔処理剤自体は常温下でも調製後次第に硬化あるいは劣化してゆくため、処理数が増大すると一定の頻度でマスキング治具やスプレーの清掃などが必要となるが、当装置は非常に部品点数が多く、メンテナンスが困難である。(ヌ)スプレー機構を併用しているため安定した封孔処理を行なうためにはある程度の封孔処理剤の条件出しの時間が必要であり、また不必要な部位に飛散するため、全体的に封孔処理剤量の歩留まりが悪くなる。
【0005】
上記個々の問題に加えて、セラミック溶射被膜へ封孔処理剤を封孔処理する場合、一般に以下に述べる(ル)〜(ワ)の問題がある。(ル)塗布の方法、使用塗布用具などの条件次第で処理剤量にバラツキが生じやすく、処理剤量が過少な場合は封孔ムラが生じ、処理剤量が過大な場合は研摩工程における砥石寿命の低下や加工時間の長期化などの悪影響が生じ、製品機能への悪影響や生産性の低下が懸念される。(オ)セラミック溶射軸受外輪のように封孔処理剤の付着が許容される部位とされない部位が複雑に共存する形状を有するワークへ処理する場合、不必要な部位に封孔処理剤が付着しないようマスキング治具を工夫するか、もしくは慎重な封孔剤塗布作業が要求される。(ワ)アクリル樹脂系や樹脂ワニス系のような低粘度封孔処理剤は、塗布によって溶射膜内へのある程度の浸透性は確保されるが、耐熱性不足の問題が残る。また、溶剤の揮発に伴う溶射膜内の空隙の発生による封孔ミスの懸念もある。また溶剤の揮発で生じた空隙を補うために、重ね塗りを何度か繰り返さなければならない。
【0006】
一方、浸透性に優れ溶射被膜内への充填性にも優れた封孔処理剤として、(i)エポキシ樹脂、アクリル樹脂及びキシレン樹脂からなる群から選ばれる少なくとも1種の合成樹脂、(ii)シクロヘキセン、スチレン、酢酸ビニル、フェニルビニルエーテル、メチルビニルケトン、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリルアミド、(メタ)アクリロニトリル、無水マレイン酸、ジシクロペンタジエン、及びこれらの誘導体からなる群から選ばれる少なくとも1種の重合性有機溶剤、並びに(iii)フッ素系界面活性剤及びパーフルオロ基含有有機ケイ素化合物からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する封孔処理剤、およびこの封孔処理剤を溶射被膜の気孔に浸透させ、次いで封孔処理剤に含まれている重合性有機溶剤を重合させる溶射被膜の封孔処理方法が知られている(特許文献5)。
【0007】
しかし、特許文献5に記載の方法では、以下に述べる(カ)〜(ヨ)の問題がある。(カ)重合性有機溶剤の単純な加熱のみでは、溶液中の溶存酸素などが重合を阻害するため、実際に溶剤部分を硬化させることが困難である。特に、重合性有機溶剤の代表例であるスチレンモノマーを重合性溶剤とした場合、エポキシ樹脂の硬化温度では重合反応は充分に行なわれず、エポキシ樹脂中に未反応の重合性溶剤が残存し、硬化後封孔樹脂の長期的な安定性に劣る場合がある。(ヨ)重合性溶剤の重合反応を促進する目的でラジカル重合開始剤を配合したり、一方で、封孔処理剤の系に溶存する酸素を高度に除去したりすることが必要となる。しかし、高温型ラジカル重合開始剤は一般的に反応性が高く爆発などの危険性が高い有機過酸化物からなるため、取扱上の注意が必要である。一方で低温型重合開始剤を選択すればかかる懸念事項は緩和されるが、低温においても重合開始剤の分解反応が進行するため、未硬化封孔処理剤のポットライフに留意する必要が生じる。また、溶存酸素量の観点からも、保存安定性を高めるために細い注意事項の遵守が常に要求される。
【0008】
また、深溝玉軸受あるいは円筒ころ軸受の外輪は、両側の幅面の内径はほぼ同一である。しかし一部の軸受の外輪では、両幅面の内径が異なるものがある(特許文献6)。また、円すいころ軸受の外輪では、両幅面の内径が異なるのが通常である(特許文献7)。したがって、両幅面の形状が異なるこれらの軸受外輪に封孔処理剤塗布装置を用いて封孔処理を行う場合、設定すべき封孔処理剤への浸漬深さは、両幅面それぞれで異なる。これら多種の軸受外輪の封孔処理を封孔処理剤塗布装置で処理する場合、従来の装置では、外輪外径面に平行な軸心を有するスピンドルが回転する構造であるがゆえに、封孔処理剤への浸漬深さは外輪の幅寸法の小さい側に対応した浸漬深さに統一せざるを得なかった。そのため、幅寸法の大きな側は部分的に封孔処理剤に浸漬が不十分な部分が存在することとなり、回転封孔装置で処理を行った後、この不十分部位に筆や刷毛などで封孔処理剤を追加塗布しなければならないという問題があった。
【0009】
また、封孔処理剤塗布装置を用いてセラミック溶射軸受外輪に封孔処理を行う場合、軸受の外輪外径面および幅面のセラミック溶射面のみを、所定の浸漬深さで封孔処理剤中に浸漬させなければならない。
しかし、封孔処理剤への浸漬深さが所定よりも浅い場合、溶射面の一部は封孔処理剤が充分に浸透されない。一方、浸漬深さが所定よりも深い場合、ワークの内径面や溝内面などに封孔処理剤が付着する。以上の原因により、浸漬させるワークに対して封孔処理剤の適切な液面が設定されないと、封孔特性の悪化や研磨加工時の障害、軸受機能の低下などを引き起こす恐れがある。
そのため、封孔処理を行う際は、封孔処理剤を収容した容器の高さを精密に調整する必要がある。しかし、封孔処理数が増加した場合、封孔処理剤の液面の設定間違いを引き起こす可能性が高くなる。さらには、封孔処理工程の自動化を検討する際、封孔処理剤の計量装置を使用する必要が生じるが、一般的に定量装置は可動部分の多い複雑な装置であるため、内部の清掃に手間取ったり、ごみ、あるいは硬化した封孔処理剤の硬化物などの異物が新品の封孔処理剤に混入するなどのリスクが高くなる。
【0010】
以上説明したように、従来からある封孔処理剤、封孔処理方法、またはそれらを組合せた場合であっても、セラミック溶射軸受のような内径部に溝を有する円筒形ワークなどの複雑な封孔処理を要求される製品の生産においては、適切な部位に適切な量の封孔処理剤を、簡便な方法で、安定的に処理することは、処理方法の技術面および封孔処理剤の技術面からも困難であった。
【特許文献1】特開昭64−062453号公報
【特許文献2】特開平01−263259号公報
【特許文献3】特開平03−161071号公報
【特許文献4】特開平06−057398号公報
【特許文献5】特許 第3598401号公報
【特許文献6】特開2005−133876号公報
【特許文献7】特開2002−181054号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、このような問題に対処するためになされたもので、内径部に溝を有する円筒形ワーク外周面の不必要な部位に封孔処理剤を付着させないで、かつセラミック溶射被膜内の空隙を確実に、簡便な方法で充填することができる封孔処理剤塗布装置、封孔処理方法およびこの方法で封孔処理された軸受の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の封孔処理剤塗布装置(以下、封孔処理装置ともいう)は、内径部に溝を有する円筒形ワークの外周面に形成されたセラミック溶射被膜を封孔処理剤を用いて封孔処理するための封孔処理剤塗布装置であって、上記円筒形ワークの内径面を少なくとも1個以上の回転ローラで回転支持して円筒形ワークを回転させる手段と、上記円筒形ワークに対して上下方向に移動可能な封孔処理剤収容容器を円筒形ワーク下部に配置することを特徴とする。
また、上記円筒形ワークを回転させる手段は、ローラ外周面に弾性体を配した上記回転ローラと、上記円筒形ワークの内径面に接して従動する少なくとも1個以上のガイドローラとにより上記円筒形ワークを支持し、上記回転ローラおよび上記ガイドローラの少なくとも1つのローラが円筒形ワークの溝内面に接し、この溝内面に接する部位に弾性体を配したローラ構造であることを特徴とする。
また、上記回転ローラは、その外径面の軸方向断面が円弧状であることを特徴とする。
【0013】
上記封孔処理装置は、上記円筒形ワークの外周部分を上記封孔処理剤に浸漬させ、この浸漬した状態で上記回転ローラを回転させることを特徴とする。
また、上記封孔処理装置は、上記円筒形ワークの外周部分が上記封孔処理剤に浸漬する角度を変化させる手段を有することを特徴とする。
【0014】
上記封孔処理装置は、上記円筒形ワークの外周部分が上記封孔処理剤に浸漬する深さを調節する手段を有することを特徴とする。
また、上記封孔処理装置は、上記円筒形ワークの外周部分と、上記封孔処理剤収容容器内部の底面との間に、上記円筒形ワークの幅面寸法の 2〜10 %長さの隙間を設けるように、上記封孔処理剤に浸漬して上記容器内部の底面に接触した上記円筒形ワークの外周部分を、反転動作により離脱させる手段を有することを特徴とする。ここで、円筒形ワークの幅面寸法とは、「{(ワーク外径寸法)−(ワーク内径寸法)}× 0.5 」で求められる長さ(mm)をいう。
【0015】
また、上記封孔処理剤がエポキシ基含有成分と硬化剤とを含み、重合性ビニル基含有溶剤を含まず、上記エポキシ基含有成分は、1分子中に含まれるエポキシ基の数が3個以上のポリグリシジルエーテル化合物を必須成分とし、1分子中に含まれるエポキシ基の数が2個のアルキレンジグリシジルエーテル化合物および環状脂肪族ジエポキシ化合物から選ばれた少なくとも1つを含む混合物であり、上記硬化剤を除く、上記エポキシ基含有成分全体に対して、ポリグリシジルエーテル化合物が 10〜80 重量%配合された封孔処理剤であることを特徴とする。
【0016】
本発明の封孔処理方法は、上記封孔処理装置を用いて内径部に溝を有する円筒形ワークの外周面に形成されたセラミック溶射被膜を封孔処理する方法であって、上記円筒形ワークの外周部分を上記封孔処理剤に浸漬した状態で上記回転ローラを回転させることで円筒形ワークの外周部分に封孔処理剤を塗布・浸透させることを特徴とする。
また、本発明の軸受は、外輪の外周面に上記封孔処理方法により封孔処理されたセラミック溶射被膜を有する軸受であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明の封孔処理剤塗布装置は、円筒形ワークの内径面を少なくとも1個以上の回転ローラで回転支持し、上記円筒形ワークに対して上下方向に移動可能な封孔処理剤収容容器を円筒形ワーク下部に配置するので、封孔処理剤は、円筒形ワークの封孔処理を行ないたい部位(以下、被処理面ともいう)に接するのみで、円筒形ワークの被処理面以外の部位に接することなく、任意の速度で円筒形ワークを精度よく回転させることができる。また、封孔処理剤として上記所定の封孔処理剤を使用するので、セラミック溶射被膜面への浸透性に優れる結果、被処理面以外の部位に未硬化の封孔処理剤が流出することなく、被処理面のみに封孔処理できる。ここで被処理面となる円筒形ワークの外周面は、ワーク外径面、ワークの両幅面、または、ワーク外径面およびワークの両幅面である。
【0018】
また、封孔処理剤塗布装置が回転ローラと、円筒形ワークの内径面に接して従動する少なくとも1個以上のガイドローラとにより円筒形ワークを支持し、回転ローラおよびガイドローラの少なくとも1つのローラが円筒形ワークの溝内面に接するので、内径部に溝を有する円筒形ワーク、例えば軸受外輪のような内径部に転走面が形成されているような円筒形ワークを回転させる場合、ワーク内径部の転走面(例えば、深溝玉軸受用の円弧溝、円筒ころ軸受用の矩形溝)に直接回転ローラを接触させることが可能であり、任意の速度で封孔処理時の外輪の回転精度を高めることができ、封孔処理剤の液面レベルに対するワークの浸漬深さを一定にできる。
また、円筒形ワークの溝内面に接する部位にウレタン樹脂やシリコーン樹脂などの軟質材からなる弾性体を配したローラ構造であるので、溶射時に飛散したセラミック粉末や、溶射時に発生したバリの脱落粉などの硬い異物を容易に弾性体内部に埋没させることができる。
【0019】
また、上記回転ローラの少なくとも1つを、その外径面の軸方向断面を円弧状であるものとすることで、円筒形ワーク内径部の転走面が矩形溝である円筒ころ軸受、円弧溝である深溝玉軸受、あるいは転走面が傾斜している円すいころ軸受のいずれの外輪においても、特別な調整なしにワークに回転ローラを接触させて支持することができ、ワークの回転をスムーズに行なうことができる。
【0020】
本発明の封孔処理剤塗布装置は、円筒形ワークの外周部分が封孔処理剤に浸漬する角度を変化させる手段を有するので、例えば円すいころ軸受など、外輪の両幅面の内径が異なる非対称外輪の封孔処理に関して、筆塗りなどの追加の工程を実施することなく、ワークの両幅面に一度に封孔処理を施すことが可能となり、安定な封孔処理が迅速に実施可能となる。
【0021】
本発明の封孔処理剤塗布装置は、円筒形ワークの外周部分が封孔処理剤に浸漬する深さを調節する手段を有するので、ワークを封孔処理剤へ任意に設定した深さで浸漬できる。
【0022】
さらに、本発明の封孔処理剤塗布装置で用いる封孔処理剤は、上記所定の配合としたので、配合成分が実質的に全て重合反応して硬化物を形成し、重合性ビニル基含有溶剤などの添加を行う必要なしに封孔処理剤を低粘度化でき、かつ、硬化後の封孔処理剤から揮発物や未重合有機溶剤の溶出を防いだことで、効果的に溶射膜内へ浸透をさせることができる。ここでいう「実質的に全て」とは、封孔処理剤の重合反応時にガスや水などの副生成物を生成し系外に揮発蒸散し、硬化物の体積が減少する現象が見られないことを示し、具体的には、封孔処理剤の加熱前後での重量減少が1%以内である場合のことをいう。
【0023】
本発明の、封孔処理方法は、上記封孔処理装置を用いて円筒形ワークの外周部分を封孔処理剤に浸漬した状態で回転ローラを回転させることで円筒形ワークの外周部分に封孔処理剤を塗布・浸透させる方法であるので、セラミック溶射被膜内の空隙を確実に、簡便な方法で封孔処理剤により充填することができる。
また、このようにして空隙内を確実に充填処理されたセラミック溶射被膜を有するので、本発明の軸受は、長期間にわたって確実な封孔性能を維持させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の封孔処理装置の一例を図1(a)および図1(b)に示す。図1(a)は円筒形ワークの側面から見た図であり、図1(b)は装置の正面から円筒形ワークの断面を見た図である。
図1(a)および図1(b)において、円筒形ワーク1はセラミック溶射被膜を外周面に有する深溝玉軸受の外輪である。円筒形ワーク1は回転ローラ2と、2個のガイドローラ3とにより回転支持され、外径面1aが上面に開口部を有し、円筒形ワークの下部に配置された封孔処理剤収容容器5に収容された封孔処理剤4の液面4aに接触している。封孔処理剤収容容器5は円筒形ワーク1に対して上下方向に移動可能な昇降台などの筐体8a上に固定され、円筒形ワーク1の径の大きさや封孔処理剤のワークへの浸透度合い、設定する液面レベルの変化などに応じて封孔処理剤4の液面を任意に設定できる構造となっている。この液面4aは、円筒形ワーク1に必要とされる封孔処理剤の処理面に応じて調節できる。そのため、不必要な部位への封孔処理剤の付着を防止できる。深溝玉軸受の外輪の場合、外輪外径のみならず両幅面も均一な封孔処理剤の処理面を一度で形成できる。
【0025】
図1(b)に示すように、円筒形ワーク1を支持する回転ローラ2は、その外径面2aの軸方向断面が円弧状であり、この曲面部で円筒形ワークの溝内面1b、すなわち、深溝玉軸受用の円弧溝、円筒ころ軸受用の矩形溝等に接している。回転ローラ2のローラは溝内面1bに接する部位にウレタンゴムなどの弾性体を配したローラ構造となっている。回転ローラ2は回転ローラ用軸受6で軸支され、減速機を内蔵した駆動モータ7により回転駆動されて円筒形ワーク1を回転させる。軸受6および駆動モータ7は筐体8b上に載置されている。
【0026】
円筒形ワーク1を支持する2個のガイドローラ3は、円筒形ワーク1の内径面1cに接して従動する。ガイドローラ3の軸3aは筐体8b内に設けられた昇降機構により昇降することで内径面1cに接触し、円筒形ワーク1を支持する。なお、筐体8aおよび8bは台座14a上に配設される。
【0027】
図1(b)において、円筒形ワーク1を支持する回転ローラ2およびガイドローラ3は、回転ローラ2が円筒形ワークの溝内面1bに、ガイドローラ3が内径面1cに配置されているが、回転ローラ2を円筒形ワーク1の内径面1cに配置し、ガイドローラ3の少なくとも1つを溝内面1bに配置してもよい。好ましくは、回転ローラ2は円筒形ワークの溝内面1bに配置される。溝内面1bに配置することにより、例えばガイドローラ3がない場合であっても安定して円筒形ワーク1の回転を維持できる。
【0028】
円筒形ワーク1を封孔処理剤4に浸漬した際、少なくともワーク外周面と封孔処理剤4の収容された容器5の内面との間に所定量の隙間が形成されることが好ましい。ワーク外周面と容器5の内面との間とは、封孔処理剤4に浸漬したワークの外径面1aと容器5内部の底面との間である。
ワーク外周面と容器5内部の底面との間に上記の隙間を設けることにより、封孔処理剤4に浸漬した円筒形ワーク1が容器5の内面に接触することがなく、円筒形ワーク1を円滑に回転させることができる。
【0029】
また容器5は、収容する封孔処理剤4と反応しにくい材質のものであれば使用できる。具体例としては、ポリエチレン、ポリプロピレンまたはポリメチルペンテンが、安価であり入手しやすいことから好ましい。また、容器5の成形方法としては、安価に大量生産可能なトランスファ成形や射出成形を採用することが好ましい。
【0030】
本発明の封孔処理装置の別の一例を図2(a)および図2(b)に示す。図2(a)は処理装置の正面から円筒形ワークおよび処理装置の断面を見た図であり、図2(b)は図2(a)のA部拡大図である。
図2(a)において、円筒形ワーク1はセラミック溶射被膜を外周面に有する深溝玉軸受の外輪であり、図2(a)における各部材は上述の図1(b)に示す封孔処理剤塗布装置の各部材に相当するものである。
【0031】
さらに、図2(a)に示す封孔処理装置では、図1(b)で説明した構造に加え、装置全体を傾斜させて、円筒形ワークの外径面1aが封孔処理剤4に浸漬する角度を変化させることのできる手段を備えている。
装置全体を傾斜させる手段としては、図2(a)に示すように、上述の装置を配設した台座14aを、装置全体の土台となる固定台座14bより、軸14cを回転軸として、水平状態から傾斜角θをなすようにして上下動させる。この上下動させる方法としては、台座14aおよび固定台座14bを連結するねじ14dの回転によるものなど、傾斜角θを調節しながら上下動させることのできる方法であればよい。
【0032】
また、上記傾斜角θは、水平状態から以下の式(1)に示す数式で算出される角度まで設定可能とする。
【数1】

なお、上記式(1)中、ワークの幅寸法とはワークの軸方向の厚さ(mm)を示す。また、0 °≦θ< 90 °である。
【0033】
図2(a)に示すように、装置全体を角度θ分傾斜させると、回転ローラ2およびガイドローラ3の軸も水平方向より角度θ分傾斜した状態になり、これら両部材に支持される円筒形ワーク1も軸方向が角度θ分傾斜した状態になる。装置全体を傾斜させても容器5に収容される封孔処理剤4の液面4aは水平を保つため、この状態で円筒形ワーク1を封孔処理剤4に浸漬させると、図2(b)に示すように、円筒形ワーク外径面1aが液面4aに対して角度θをもって浸漬する。この結果、円筒形ワーク1の一方の幅面1dは液面4aより深く浸漬され、他方の幅面1eは浅く浸漬される。この状態で円筒形ワーク1を回転させる。
【0034】
上述の手段を用いることにより、両幅面の幅寸法の異なる軸受の外輪等を封孔処理する場合でも、外輪外径面のみならず両幅面も均一な封孔処理剤の処理面を一度で形成できる。
また、傾斜角θを、水平状態から上記式(1)で算出される角度まで変化させるように制御することにより、円筒形ワーク1の内径面1cなど、不必要な部位に封孔処理剤4を付着させることがない。
【0035】
また、本発明の封孔処理装置は、円筒形ワーク1が封孔処理剤4の液面4aより浸漬する深さを調節する手段を備えている。その具体例を図3(a)〜(c)に基づいて説明する。図3(a)〜(c)は、円筒形ワーク1の浸漬深さを物理的に調節する手段を説明する図であり、各図とも、封孔処理装置において、容器5に収容された封孔処理剤4に円筒形ワーク1の下部が浸漬するのを正面から見た部分断面図である。なお以下、「所定深さ」とは、円筒形ワーク外径面1aを所期の被処理面深さまで封孔処理剤4の液面4aより浸漬した深さをいう。
【0036】
円筒形ワーク1が封孔処理剤4に対し、所定深さをこえて浸漬することを防止するための調節手段の一例を、図3(a)に基づいて説明する。
図3(a)に示す調節手段では、容器5の側面部にオーバーフロー用の排出孔15を穿設している。円筒形ワーク1が封孔処理剤4に浸漬する際、容器5内の封孔処理剤4が一定量に到達すると自動的に排出孔15から容器5の外へ排出させて、円筒形ワーク1の封孔処理剤4に浸漬する深さを制限する。
【0037】
また、ワーク回転時に容器5内部の底面5aとワーク外径面1aが接触したままであると、回転に支障が生じる。このため図3(a)に示すように、上記排出孔15は、容器5内部の底面5aから、「(浸漬するワークの所定深さ d)+α」で求められる高さに穿設される。なお、上記αは、「{(ワーク外径寸法)−(ワーク内径寸法)}× 0.5 」で求められるワークの幅面寸法(mm)の 2〜10 %長さであり、さらに好ましくは 5 %である。
【0038】
また、上記の排出孔15を有する容器5は、大きさや種類の異なる円筒形ワーク1ごとに交換して使用されるものであってもよく、あるいは円筒形ワーク1ごとに最適な排出孔15の位置を容器5の側面にあらかじめ複数箇所賦形しておき、事前に治具を用いて正確に開孔できる構造であってもよい。
【0039】
円筒形ワーク1が封孔処理剤4に対し、所定深さをこえて浸漬することを防止するための調節手段の別の一例を、図3(b−1)〜(b−2)に基づいて説明する。
この調節手段では、円筒形ワーク1を容器5に収容された封孔処理剤4に浸漬させる際、あらかじめ容器5の内部に所定の厚さをもった硬質板16を沈めておき、ワーク外径面1aが上記硬質板16に接触するまで封孔処理剤4に浸漬して、ワーク1の封孔処理剤4に浸漬する深さを制限する。
【0040】
上記硬質板16の材質としては、円筒形ワーク1の溶射面と接触しても傷がつきにくい、セラミック製とすることが好ましい。硬質板16の厚さは、「(容器5に収容された封孔処理剤4の深さ)−(ワークの可能最大浸漬深さ)」とする。なお、ワークの可能最大浸漬深さとは、軸受幅面の狭い側の幅面寸法({(ワーク外径寸法)−(ワーク内径寸法)}× 0.5 )である。
【0041】
また、ワーク回転時に、容器5内部の底面に置かれた硬質板16の上面16aとワーク外径面1aが接触したままであると、ワーク回転に支障が生じるため、円筒形ワーク1を封孔処理剤4に浸漬する移動装置の制御は、(1)ワークを封孔処理剤に浸漬する通常の動作、および(2)ワーク外径面1aが上記硬質板16に接触したことを検知後(図3(b−1))、微小反転動作により所定距離αだけ移動して接触状態から離脱させる(図3(b−2))動作、の2モーションとする。ここで、微小反転動作による移動量αは、「{(ワーク外径寸法)−(ワーク内径寸法)}× 0.5 」で求められるワークの幅面寸法(mm)の 2〜10 %の長さとすることが好ましく、さらに好ましくは 5 %である。
これら動作の制御は、容器5または円筒形ワーク1を支持するガイドローラ3の上下方向への移動をそれぞれ制御する筐体8aまたは8bの駆動装置の電流値や、リミットスイッチなどを用いることができる。
【0042】
円筒形ワーク1が封孔処理剤4に対し、所定深さに満たないで浸漬することを防止するための一例を、図3(c)に基づいて説明する。
この調節手段では、封孔処理剤4を収容した容器5の下部にロードセルなどの荷重計測装置17を設ける。円筒形ワーク1を封孔処理剤4に浸漬すると、その浸漬深さに比例して計測装置17により検出される荷重は増加する。事前に設定した荷重値になると、円筒形ワーク1または容器5の移動動作が停止するように駆動装置にて制御する。また、ワーク1の回転は、検出荷重が一定の値を示すまで開始しないように制御する。これらの制御により、ワーク1の封孔処理剤4への浸漬深さを制限する。
【0043】
なお、図3(c)に示す手段は、円筒形ワーク1の封孔処理剤4への浸漬深さが、所定深さに満たない場合を防止する場合だけでなく、所定深さをこえて浸漬することを防止する場合にも用いることができる。
【0044】
以上のような円筒形ワークの浸漬深さを物理的に調節する手段を設けることで、軸受外輪のような円筒形ワークの封孔処理に関し、処理装置の自動化が容易になされるため、封孔処理が迅速に実施可能となる。また、駆動部分が多い複雑な処理剤定量装置などを併用せずに封孔処理剤への浸漬深さの設定が可能となるため、装置のメンテナンスも容易になる。
本発明の封孔処理装置は、少なくとも図1(b)に示す封孔処理装置とともに、上述の図2(a)に示す円筒形ワーク外周面が封孔処理剤に浸漬する角度を変化させる手段および/または、図3(a)〜(c)に示す円筒形ワークが封孔処理剤表面より浸漬する深さを調節する手段を、それぞれ組み合わせて使用することができる。
【0045】
本発明においては、さらに封孔処理剤として含浸性に優れる以下に説明する封孔処理剤と本発明の封孔処理装置とを組み合わせることによって、製品機能上に問題となる転走面のキズや異物付着をすることなく、装置の自動化を図ることができる。
【0046】
本発明の封孔処理装置と組み合わせることができる封孔処理剤は、エポキシ基含有成分と硬化剤とを含み、重合性ビニル基含有溶剤を含まず、上記エポキシ基含有成分は、1分子中に含まれるエポキシ基の数が3個以上のポリグリシジルエーテル化合物を必須成分とし、1分子中に含まれるエポキシ基の数が2個のアルキレンジグリシジルエーテル化合物および環状脂肪族ジエポキシ化合物から選ばれた少なくとも1つを含む混合物であり、上記硬化剤を除くエポキシ基含有成分全体に対して、ポリグリシジルエーテル化合物が 10〜80 重量%配合された封孔処理剤である。
【0047】
ポリグリシジルエーテル化合物および環状脂肪族ジエポキシ化合物はその分子内にオキシラン環が解裂して形成される繰り返し単位を含まない化合物である。本発明の混合物は硬化剤と反応して硬化物を形成する。
1分子中に含まれるエポキシ基の数が3個以上のポリグリシジルエーテル化合物としては、トリグリシジルエーテル化合物、テトラグリシジルエーテル化合物等が挙げられる。
ポリグリシジルエーテル化合物の例としては、トリメチロールプロパンポリグリシジルエーテル、グリセロールトリグリシジルエーテル、ソルビトールポリグリシジルエーテルを挙げることができる。
これらの中で、封孔処理剤の粘度を下げる観点から、トリグリシジルエーテル化合物が好ましく、特にトリメチロールプロパンポリグリシジルエーテルが好ましい。
【0048】
1分子中に含まれるエポキシ基の数が2個のアルキレンジグリシジルエーテル化合物としては、ネオペンチルグリコールジグリシジルエーテル、グリセロールジグリシジルエーテル、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリプロピレングリコールジグリシジルエーテル、1,6−ヘキサンジオールジグリシジルエーテルを挙げることができる。
【0049】
1分子中に含まれるエポキシ基の数が2個の環状脂肪族ジエポキシ化合物は、脂環式化合物の環を形成する炭素原子において、隣接する2つの炭素原子がオキシラン環を形成している、いわゆる脂環式エポキシ化合物であって、オキシラン環を2つ含む脂環式ジエポキシ化合物、例えば、1,2,8,9−ジエポキシリモネンが挙げられる。封孔処理剤の粘度を低下させつつ処理物の物性の低下を効果的に防止する好ましい化合物である。
また、水素添加ビスフェノールA、テトラヒドロフタル酸のジグリシジルエーテルなどの脂環式化合物のジグリシジルエーテルも使用することができる。
【0050】
本発明に使用できる封孔処理剤は、取り扱い性の向上や、溶射被膜材への更なる浸透性向上の目的で、1分子中に含まれるエポキシ基の数が1個のモノグリシジルエーテル化合物を配合することができる。
1分子中に含まれるエポキシ基の数が1個のモノグリシジルエーテル化合物としては、ブチルグリシジルエーテルなどのアルキルモノグリシジルエーテル、アルキルフェノールモノグリシジルエーテル等、公知のモノグリシジルエーテル化合物を挙げることができる。
【0051】
トリグリシジルエーテル化合物は、溶射被膜と金属基材との間の接着力を飛躍的に高める封孔処理剤成分として使用できる。同時に該化合物自体の粘度が低いために、後述するジグリシジルエーテル化合物等と混合することによって、キシレン、メチルエチルケトンなどの有機溶剤や、重合性ビニル基含有溶剤などの添加を必要とせず、封孔剤に対し、充分な浸透性を付与できる。
また、樹脂中に含む塩素イオン量を 0.5 重量%以下とすることで、湿潤雰囲気下における絶縁抵抗などの電気特性の低下や、基材の腐食性などが抑えられる。
トリグリシジルエーテル化合物の 25℃における粘度は 500 mPa・s 以下であることが好ましい。500 mPa・s を超えると浸透性に劣る。
【0052】
混合物全体に対して、トリグリシジルエーテル化合物の配合割合は 10〜80 重量%であり、好ましくは 20〜50 重量%である。10 重量%未満のときは、封孔液自体の粘度を低く設定できるため、硬化物の浸透性は高まるものの、一方ではトリグリシジルエーテル化合物の接着性向上効果が得られにくくなるため、基材との接着力は減少する。また、トリグリシジルエーテル化合物の配合割合が 80 重量%を超えるときは封孔処理剤の粘度が高くなるため浸透性に劣る。
【0053】
1分子中に含まれるエポキシ基の数が2個のアルキレンジグリシジルエーテル化合物は、それ自体が低粘度のエポキシ化合物であるため、ポリグリシジルエーテルへの添加によって封孔剤の粘度を低下させることができるため好ましい。また、1,2,8,9−ジエポキシリモネンに示されるような環状脂肪族ジエポキシ化合物の添加も好ましい。これら化合物は、硬化反応時にエポキシ分子と共重合することで一体化するため、配合による硬化物の物性低下や、硬化時の体積減少を防ぐことができるため好ましい。
【0054】
アルキレンジグリシジルエーテル化合物の 25℃における粘度は 30 mPa・s 以下であることが好ましい。30 mPa・s を超えると封孔剤の粘度が上昇するため浸透性が劣る。
混合物全体に対して、アルキレンジグリシジルエーテル化合物の配合割合が 10〜80 重量%であることが好ましく、より好ましくは 50〜80 重量%である。10 重量%未満のときは封孔剤の粘度低減効果が小さくなり、封孔剤の浸透性を高めることができない。また、80 重量%を超えると、封孔剤の浸透性は高まるが、相対的に硬化時に高密度の架橋構造を形成する役割を持つトリグリシジルエーテル化合物の配合割合が減少するため、硬化後のエポキシ樹脂の物性は低下する。
【0055】
アルキレンジグリシジルエーテル化合物は、上記トリグリシジルエーテル化合物と所定量混合することで、トリグリシジルエーテル化合物単体の持つ基材密着力や、分子の架橋密度、樹脂硬度を大幅に低下させることなく、封孔処理剤の浸透度を確保することで溶射被膜用の封孔処理剤として充分な機能が発現させることができる。
【0056】
1分子中に含まれるエポキシ基の数が1個のモノグリシジルエーテル化合物は単官能基を介して樹脂の一部と結合することができる。また、それ自身が低粘度のエポキシ化合物であるため封孔処理剤の粘度を低下させることができ、一方で、硬化後の樹脂内部の残留応力の低減や、硬化速度の調整効果を与えることができる。
モノグリシジルエーテル化合物の配合量は、混合物全体に対して、0〜50 重量%とすることが好ましい。
モノグリシジルエーテル化合物の添加量が 50 重量%を超えると、揮発量が増加したり、トリグリシジルエーテル化合物の量が相対的に減少し、硬化後樹脂の架橋密度が不足し、物性が大きく低下したり硬化物が形成しにくくなる。またポリグリシジルエーテル化合物の配合量も減少するため、溶射被膜と基材間の密着力が小さくなる。
【0057】
上記グリシジルエーテル化合物の混合物に対して硬化剤が配合される。硬化剤としては、酸無水物類および脂肪族アミン化合物、脂環式アミン化合物、芳香族アミン化合物などのアミン化合物類、イミダゾール類などの公知のエポキシ樹脂用硬化剤を使用できる。酸無水物類は単体あるいは組合せて使用することができる。また、アミン化合物類は単体あるいは組合せて使用することができる。
酸無水物類としては、無水フタル酸、無水トリメリット酸、無水ピロメリット酸、無水ベンゾフェノンテトラカルボン酸、エチレングリコールビストリメリテート、グリセロールトリストリメリテート、無水マレイン酸、テトラヒドロ無水フタル酸、メチルテトラヒドロ無水フタル酸、エンドメチレンテトラヒドロ無水フタル酸、メチルエンドメチレンテトラヒドロ無水フタル酸、メチルブテニルテトラヒドロ無水フタル酸、無水コハク酸、ドデセニル無水コハク酸、ヘキサヒドロ無水フタル酸、メチルヘキサヒドロ無水フタル酸、メチルシクロヘキセンジカルボン酸無水物およびその誘導体等を挙げることができる。
アミン化合物類としては、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミンなどの鎖状脂肪族ポリアミン、N−アミノエチルピペラジン、イソホロンジアミンなどの環状脂肪族ポリアミン、キシリレンジアミンなどの脂肪芳香族アミン、メタフェニレンジアミン、ジアミノジフェニルアミンなどの芳香族アミンおよびその誘導体等を挙げることができる。
これらの中で 25℃における粘度が 50 mPa・s 以下の酸無水物硬化剤や、25℃における粘度が 10 mPa・s 以下の脂肪族アミン系硬化剤は、添加によって封孔処理剤系全体の粘度を顕著に低下できるため、好適な硬化剤となる。
特に封孔処理剤のポットライフを長くすることができ、また硬化時の収縮率が小さい酸無水物硬化剤が好ましい。
酸無水物硬化剤の配合量は、エポキシ基1当量に対して 0.80〜0.95 当量とすることが好ましい。
【0058】
本発明に使用できる封孔処理剤には、その他材料として界面活性剤を添加できる。特に効果のある界面活性剤としては、フッ素系界面活性剤やシリコーン系界面活性剤が挙げられ、特に公知のフッ素系界面活性剤の使用が好ましい。本発明において、公知のアニオン性、カチオン性、ノニオン性および両性の界面活性剤を使用できる。本発明の封孔処理剤に、フッ素系界面活性剤を配合する場合は、単独でまたは2種以上を混合して使用することができる。また、シリコーンオイルなど界面活性効果や浸透効果を高める添加剤であれば、発明の特徴を妨げない範囲で使用できる。
【0059】
アニオン性界面活性剤としては、スルホン酸塩、硫酸塩、カルボン酸塩、リン酸塩、ホスホン酸塩、リン酸エステル等を使用できる。カチオン性界面活性剤としては、第四級アンモニウム塩、アミノハロゲン塩等を使用できる。ノニオン性界面活性剤としては、ポリオキシエチレンエステル型、ポリオキシエチレンエーテル型、ソルビタンエステル型等を使用できる。両性界面活性剤としては、イミダゾリン型、ベタイン型等を使用できる。
【実施例】
【0060】
(1)軸受試験片の作製
清澄な深溝玉軸受6316の軸受外輪(以下、軸受試験片9という)を準備し、外輪外径および両幅面の膜厚が約 400 μm となるように大気プラズマ溶射法でアルミナセラミックを溶射した。
【0061】
(2)封孔処理剤の作製
実施例1〜実施例5および比較例1〜比較例17で使用した封孔処理剤を調整した。特定の原料組成を可変し5種類の封孔処理剤を調製した。調製に用いた材料を以下に示す。下記成分を表1に示す組成で室温で充分に撹拌混合し、混合樹脂中の気泡を抜くため30分静置し封孔処理剤を得た。
(a)ポリグリシジルエーテル化合物
トリメチロールプロパントリグリシジルエーテル:ナガセケムテックス社製、デナコールEX−321L、粘度; 500 mPa・s (25℃)
(b)アルキレンジグリシジルエーテル化合物
ジャパンエポキシレジン社製、YED216M、粘度; 15 mPa・s (25℃)
(c)環状脂肪族ジエポキシ化合物
ダイセル化学工業社製、セロキサイド3000、粘度; 10 mPa・s (25℃)
(d)アルキレンモノグリシジルエーテル化合物
ジャパンエポキシレジン社製、YED111E、粘度; 7 mPa・s (25℃)
(e)重合性ビニル基含有有機溶剤
和光純薬社製、スチレンモノマー(試薬)
(f)酸無水物系硬化剤
大日本インキ化学工業社製、エピクロンB−570、粘度; 40 mPa・s (25℃)
(g)イミダゾール系硬化促進剤
四国化成工業社製、OR−2E4MZ
【0062】
【表1】

【0063】
(3)封孔処理工程
上記封孔処理剤を用いて、図1に示す封孔処理装置に上記軸受試験片9をセットし、上記封孔処理剤を用いて封孔処理を行なった。
実施例1〜実施例5および比較例1〜比較例15は全て、軸受試験片回転数が0.03rpm、軸受試験片回転時間が約33分であり、軸受試験片の総回転数は約1回転の条件にて行なった。また、封孔処理剤の液面は、軸受試験片の幅面のほぼ全面が浸漬するレベルに調整した。封孔処理後、 80℃×1 時間予備焼成し、その後 120℃×2 時間焼成を行なった。
用いた封孔処理剤の種類、回転ローラ案内位置、回転ローラ材質、ガイドローラの有無について表2に示す。「回転ローラ案内位置」において、「溝底」は「溝内面1bに接する部位」すなわち軸受試験片9の転走面をいい、「外」は軸受試験片9の内径面1cをいう。また、「回転ローラ材質」において「金属」はSUS303製を、「ゴム」はシリコーンゴム(ショア硬度A80)を用いた。
なお、比較例16は、図1に示す封孔処理装置を用いないで、軸受試験片の溶射面の表面に室温雰囲気下において、ポリエステル製刷毛を用いて封孔処理剤を1回塗布し 30 分間静置した。その後、80℃×1 時間予備焼成し、さらに120℃×2 時間焼成を行なった。比較例17は、比較例16において、80℃×1 時間予備焼成後に2度塗りを行ない、さらに一度予備乾燥を行なったものを120℃×2 時間焼成を行なった。
【0064】
(4)封孔処理の評価
得られた軸受試験片を絶縁抵抗測定試験および外観(封孔処理被覆および転走面)観察により評価した。結果を表2に示す。
(4−1)絶縁抵抗測定試験
封孔処理されたアルミナセラミック溶射被膜9aを有する軸受試験片9に対する絶縁抵抗試験の概略を図4に示す。軸受試験片9を 80℃の温水に 1 時間浸漬後乾燥布で拭取り、常温まで放冷後、締め代 20 μmとなるようなハウジング10に圧入し、幅面固定蓋11をボルト止めして固定する。配線12に取り付けた 1000 V DC絶縁抵抗計13を用いて、軸受試験片9とハウジング10間の絶縁抵抗を測定した。判定基準は、2000MΩ以上の抵抗率を示す場合は「可(○)」、2000 MΩより下回る抵抗率の場合は「不可(×)」と判定した。
【0065】
(4−2)外観(封孔処理被膜および転走面)観察
セラミック溶射膜以外の場所に封孔処理剤が付着すると、製品搬送時や軸受運転時の振動で硬化樹脂が転走面(レース面)に落下し軸受の異常に繋がる恐れがある。また、封孔処理剤の浸透深さが一定でない場合、最終の研削仕上げ時の研摩取り代次第では封孔されていない部位が露出し、封孔性が悪化する恐れがある。転がり軸受において、これらの不具合は厳禁とされている。
以上の基準を基礎として、実機での使用が進んだ条件にて加速評価するため、軸受試験片9を150℃×500時間放置後に外観観察を行なった。封孔処理剤が均一に処理されている研摩面であれば、高温下の放置時間に応じ一様に薄いベージュ色または薄い茶色を示すが、封孔処理剤の処理にムラがある場合は濃淡が顕著に現れる。セラミック溶射膜に色ムラがなく、かつ転走面に傷が見られない場合は「可(○)」、セラミック溶射膜に色ムラが、あるいは転走面に傷が見られた場合や、セラミック溶射膜以外の部位に封孔処理剤が付着していた場合いずれも「不可(×)」と判定した。また、セラミック溶射面の部分的に硬化樹脂が局在化していた場合は研摩工程で加工時間が増加したり、砥石が目詰まりする原因となったり、外径面取部寸法のバラツキ原因となるため「不可(×)」と判定した。
一方で転走面の外観観察を行ない、転走面全体が回転ローラの周接部以外の部位と同様の光沢を持ち、キズなどがない場合「可(○)」、転走面にキズなどが見られた場合は「不可(×)」と判定した。
【0066】
【表2】

【0067】
実施例1〜実施例5に示すように、本発明の封孔処理装置を用いて、最適な封孔処理剤を採用して封孔処理を行なうと、絶縁特性、外観ともに良好な結果が得られた。また軸受試験片の回転精度も良好であり、製品機能上に問題となる転走面キズや異物付着も見られなかった。
【0068】
一方、比較例1は、回転ローラをステンレス(SUS303)製の部材としたため、軸受試験片加工時に発生し転走面に存在するバリやセラミック粉末などの異物を噛みこみながら転走面と回転ローラが周接するため、レース面に傷をつける問題があった。また、案内部を転走面の外とした場合、転走面につける疵の危険性は回避されるが、比較例4、5、12、13の結果より、軸受試験片を正確に回転させることができず、所定の処理時間内に所定の回転数を与えることができなくなり、回転不足による封孔の不具合が生じる。
【0069】
比較例3、11の結果より、軸受外輪のような円筒形ワークの一部分にのみ封孔処理を行なう場合において、回転ローラの案内位置を転走面外とした場合、ガイドローラがなければワークの回転精度が確保できず、不必要な部位に封孔処理剤が付着したり、はみ出したりが起こりやすくなる。このため、回転ローラの案内位置が転走面外の場合、ガイドローラは不可欠な構成部材となる。
【0070】
比較例16、17の結果より、刷毛塗り方式は過剰な封孔処理剤を除去するためにはポリエチレン製のヘラで掻き取ったあとに、さらにウエスやスポンジなど吸液部材での拭取りが必要であるが、全ての部位に均一に拭取り作業を行なうことは困難であり、また製造の自動化も困難である。また、焼成時の封孔処理剤の低粘度化により、表面に過剰に存在する封孔処理剤は、ワークの下方に集まって液溜まり(タレ)を発生させることは不可避であるため、研摩作業に支障が生じる問題がある。
また、比較例6、14、15の結果より、案内部をレース面溝底とし、案内ローラを設けたにもかかわらず封孔剤組成が本発明に適した封孔剤でなければ製品の性能は発揮されない。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の封孔処理剤塗布装置は、円筒形ワークの外周面に形成されたセラミック溶射被膜内の空隙を確実に、簡便な方法で封孔処理剤により充填することができる。このため、絶縁軸受などに好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】本発明の封孔処理装置の一例を説明する図である。
【図2】本発明の封孔処理装置の別の一例を説明する図である。
【図3】円筒形ワークの浸漬深さを調節する手段を説明する図である。
【図4】絶縁抵抗試験の概略を示す図である。
【符号の説明】
【0073】
1 円筒形ワーク
2 回転ローラ
3 ガイドローラ
4 封孔処理剤
5 封孔処理剤収容容器
6 軸受
7 駆動モータ
8 筐体
9 軸受試験片
10 ハウジング
11 幅面固定蓋
12 配線
13 絶縁抵抗計
14 台座
15 排出孔
16 硬質板
17 荷重計測装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内径部に溝を有する円筒形ワークの外周面に形成されたセラミック溶射被膜を封孔処理剤を用いて封孔処理するための封孔処理剤塗布装置であって、
前記円筒形ワークの内径面を少なくとも1個以上の回転ローラで回転支持して前記円筒形ワークを回転させる手段と、前記円筒形ワークに対して上下方向に移動可能な封孔処理剤収容容器を前記円筒形ワーク下部に配置することを特徴とする封孔処理剤塗布装置。
【請求項2】
前記円筒形ワークを回転させる手段は、ローラ外周面に弾性体を配した前記回転ローラと、前記円筒形ワークの内径面に接して従動する少なくとも1個以上のガイドローラとにより前記円筒形ワークを支持し、前記回転ローラおよび前記ガイドローラの少なくとも1つのローラが円筒形ワークの前記溝内面に接し、この溝内面に接する部位に弾性体を配したローラ構造であることを特徴とする請求項1記載の封孔処理剤塗布装置。
【請求項3】
前記回転ローラは、その外径面の軸方向断面が円弧状であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の封孔処理剤塗布装置。
【請求項4】
前記封孔処理剤塗布装置は、前記円筒形ワークの外周部分を前記封孔処理剤に浸漬させ、この浸漬した状態で前記回転ローラを回転させることを特徴とする請求項1、請求項2または請求項3記載の封孔処理剤塗布装置。
【請求項5】
前記封孔処理剤塗布装置は、前記円筒形ワークの外周部分が前記封孔処理剤に浸漬する角度を変化させる手段を有することを特徴とする請求項4記載の封孔処理剤塗布装置。
【請求項6】
前記封孔処理剤塗布装置は、前記円筒形ワークの外周部分が前記封孔処理剤に浸漬する深さを調節する手段を有することを特徴とする請求項4または請求項5記載の封孔処理剤塗布装置。
【請求項7】
前記封孔処理剤塗布装置は、前記円筒形ワークの外周部分と、前記封孔処理剤収容容器内部の底面との間に、前記円筒形ワークの幅面寸法の 2〜10 %長さの隙間を設けるように、前記封孔処理剤に浸漬して前記容器内部の底面に接触した前記円筒形ワークの外周部分を、反転動作により離脱させる手段を有することを特徴とする請求項6記載の封孔処理剤塗布装置。
【請求項8】
前記封孔処理剤は、エポキシ基含有成分と硬化剤とを含み、重合性ビニル基含有溶剤を含まず、前記エポキシ基含有成分は、1分子中に含まれるエポキシ基の数が3個以上のポリグリシジルエーテル化合物を必須成分とし、1分子中に含まれるエポキシ基の数が2個のアルキレンジグリシジルエーテル化合物および環状脂肪族ジエポキシ化合物から選ばれた少なくとも1つを含む混合物であり、前記硬化剤を除く、前記エポキシ基含有成分全体に対して、ポリグリシジルエーテル化合物が 10〜80 重量%配合された封孔処理剤であることを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれか一項記載の封孔処理剤塗布装置。
【請求項9】
内径部に溝を有する円筒形ワークの外周面に形成されたセラミック溶射被膜を請求項1ないし請求項8いずれか一項記載の封孔処理剤塗布装置を用いて封孔処理する方法であって、
前記円筒形ワークの外周部分を前記封孔処理剤に浸漬した状態で前記回転ローラを回転させることで円筒形ワークの外周部分に封孔処理剤を塗布・浸透させることを特徴とする封孔処理方法。
【請求項10】
外輪の外周面に封孔処理されたセラミック溶射被膜を有する軸受であって、前記被膜が請求項9記載の封孔処理方法により形成されてなることを特徴とする軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−95178(P2008−95178A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−176304(P2007−176304)
【出願日】平成19年7月4日(2007.7.4)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】