説明

導電性炭素皮膜の形成方法

【課題】 導電性と耐食性に優れた炭素皮膜をステンレス鋼の表面に形成する方法を提供する。
【解決手段】 ステンレス鋼板に例えば9.0%以上の冷間圧延処理を施し、表層部のオーステナイト組織の一部を応力誘起マルテンサイト組織に変態させ、次いで表面にエッチングなどの前処理を施した後、プラズマCVD法により炭素皮膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば燃料電池のセパレータとして用いられるステンレス板の表面に導電性炭素皮膜を形成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池は、燃料極と空気極の間に水素イオンを選択的に通す固体高分子を配置し、燃料極と空気極の外側にセパレータを配置してセルとし、このセルを連ねてスタックを構成している。
【0003】
それぞれのセパレータの外側には冷却水の通路が形成され、燃料極とセパレータとの間には水素が供給され、空気極とセパレータとの間には空気(酸素)が供給される。
【0004】
上記セパレータは、水素と空気とを分離するとともに集電機能が要求されるため、ステンレス板の表面に導電性膜を形成したものが用いられている。
【0005】
特許文献1には燃料電池用のセパレータとして、ステンレスを用い、プラズマイオン注入法によって表面にDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜を形成することが記載されている。
【0006】
特許文献2には燃料電池用のセパレータとして、ステンレス板の表面に貴金属メッキを施し、この貴金属メッキされた表面にエアロゾルデポジシション法によってカーボンブラック及び樹脂系材料の粒子を吹き付けてカーボン含有皮膜を形成することが記載されている。
【0007】
特許文献3には燃料電池用のセパレータとして、ステンレス鋼の表面に凹凸面を形成し、この凹凸面にECRスパッタリングによって非晶質炭素膜を形成することが記載され、特許文献4にはプラズマCVDによって非晶質炭素膜を形成することが記載されている。
【0008】
特許文献5及び特許文献6には、自動車用メカニカルキーの表面摺動性を高めるために、ステンレス鋼からなる母材に冷間加工を施し、冷間加工で生じた加工誘起マルテンサイトを除去した後に、ステンレス鋼表面にDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜、窒化クロム膜などの機能性皮膜を形成することが開示されている。
【0009】
非特許文献1にはプラズマCVDによってセパレータ用ステンレス鋼の表面に炭素膜を形成することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2009−037977号公報
【特許文献2】特開2007−311137号公報
【特許文献3】特開2007−165275号公報
【特許文献4】特開2008−004540号公報
【特許文献5】特開2008−031522号公報
【特許文献6】特許第4291342号公報
【非特許文献1】セラミックス 43(2008)No.6
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1、特許文献5及び特許文献6に記載されるDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜は導電性を有さないため、メカニカルキーなどの表面の摺動性を高かめるにはよいが、燃料電池用のセパレータとしては導電性において劣る。
【0012】
特許文献2、特許文献3、特許文献4及び非特許文献1に記載されるセパレータはステンレス鋼の表面に導電性の炭素皮膜を形成しているため、導電性の点に関しては良いのであるが、耐食性及び被膜の密着性について問題がある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するため本発明に係る導電性炭素皮膜の形成方法は、ステンレス鋼板に冷間圧延処理を施し、オーステナイト組織の一部を応力誘起マルテンサイト組織に変態させ、次いで表面に前処理を施した後、プラズマCVD法により炭素皮膜を形成するようにした。
【0014】
冷間圧延によって生じる応力誘起マルテンサイト組織はフェライトと同じ結晶構造(bcc)をとり、クロム含有量は少ないため耐食性に劣る。このため特許文献5、6では応力誘起マルテンサイトを除去若しくは少なくなる処理を施している。
【0015】
しかしながら、本発明者の知見によれば、冷間圧延によって応力誘起マルテンサイト組織が生じても、その後のプラズマCVDによる炭素皮膜形成の過程(700℃程度)で、逆変態によってマルテンサイト組織がオーステナイト組織に戻るとともに、粒界近傍のクロム欠乏領域が減少し、ステンレス素地表面のクロム濃度が高くなることが分かった。
【0016】
このクロムと炭素とが結合して炭化物(Cr23)を形成し、この炭化物(Cr23)が炭素皮膜の下地となり、密着性の向上と緻密な被膜の形成に寄与し、更に炭素皮膜の一部に欠陥が生じた場合でも炭化物(Cr23)の存在によって耐食性が維持されると考えられる。
【0017】
上記の応力誘起マルテンサイト組織への変態が顕著に現れるのは、冷間圧延の加工率(実測加工率)が9.0%以上の場合である。
【0018】
また、炭素皮膜の密着性を高めるために、皮膜形成の前処理として、プラズマエッチング工程によってある程度表面を粗すことが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る導電性炭素皮膜の形成方法によれば、ステンレス板の表面に耐食性および密着性に優れた導電性炭素皮膜を簡単且つ短時間で形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明に係る導電性炭素皮膜の形成方法を適用したステンレス板をセパレータとして用いた燃料電池のセルの斜視図
【図2】複数のセルを直列に接続した燃料電池(スタック)の斜視図
【図3】(a)は本発明に係る方法によって形成された炭素皮膜の顕微鏡写真(b)は冷間圧延を施さずに形成された炭素皮膜の顕微鏡写真
【図4】分極測定の結果を示すグラフ
【図5】本発明に係る方法によって形成された炭素皮膜のAFM写真
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に添付図面を参照して本発明の実施例を説明する。本発明に係る導電性炭素皮膜の形成方法は燃料電池のセパレータに応用できる。
燃料電池のセルは図1に示すように、燃料極1と空気極2の対向面に触媒層1a、2aが形成され、これら触媒層1a、2a間に固体高分子膜3が配置される。
固体高分子膜3としては水素イオンを選択的に透過させる物質、例えばスルホン酸基を有するフッ素ポリマーなどが挙げられる。
【0022】
燃料極1の外側にはセパレータ4が設けられ、このセパレータ4と燃料極1との間に水素の通路5が形成され、またを空気極2の外側にはセパレータ6が設けられ、このセパレータ6と空気極2との間に空気(酸素)の通路7が形成されている。
【0023】
前記燃料極1とセパレータ4の間に水素を供給し、空気極2とセパレータ6の間に空気(酸素)を供給する。供給された水素は燃料極1の触媒において電子と水素イオンに分かれ、水素イオンは固体高分子3内を通って空気極2に至り、空気極2とセパレータ6の間に供給された酸素と反応して水になり、電子は空気極に流れて電気を発生する。
【0024】
前記セルを直列に接続して図2に示すスタックが構成される。このスタックにおいて前記セパレータ4、6は集電板としても機能するように、表面に導電性に優れた炭素膜が形成されている。
【0025】
セパレータ4、6の表面に炭素膜を形成するには、ステンレス鋼を冷間圧延した後に、前処理を施し、その後プラズマCVDによって炭素膜を形成する。
【0026】
ステンレスとしてはSUS304cを用いた。SUS304cの組成割合(質量%)は、C:0.05、Si:0.6、Mn:0.95、P:0.028、S:0.005、Ni:8.07、Cr:18.22、Fe:残部である。
【0027】
前処理としては、先ず研磨(♯1000)を行い、アセトン溶液内で超音波洗浄を行い、エタノールで拭いた後、Arガスを用いたプラズマエッチングを行い、表面を処理した。
【0028】
プラズマエッチングの条件は、以下の通りである。
ガス:Ar(25sccm)
圧力:1torr
温度:750℃
印加電力:90W
時間:3minAr(25sccm)
【0029】
この後、プラズマCVDにて前処理が終了したステンレス板の表面に炭素皮膜を形成した。プラズマCVDの条件は、以下の通りである。
反応ガス:C(10sccm)、Ar(25sccm)
圧力:1torr
析出温度:750℃
印加電力:90W
析出時間:3時間
【0030】
以上の方法で作成された炭素皮膜は、図3(a)及び図5に示すように、緻密で粒径の揃った炭素皮膜が形成されていることが分かる。一方、冷間圧延を行わなかったステンレス板表面に形成された炭素被膜は、同図(b)に示すように欠陥が存在していることが分かる。
【0031】
以下の(表1)は冷間圧延の条件をまとめたもので、No.1は圧延を行わなかった試料である。また図4は(表1)のNo.1〜No.5の試料に対する分極測定の結果を示すグラフ、(表2)は炭素膜形成前後および分極後の接触抵抗の結果を示す。
【0032】
【表1】

【0033】
【表2】

【0034】
分極の測定条件は以下の通りである。
対極:白金極
参照極:水銀−硫酸水銀電極
測定条件:室温
分極範囲:−1.0V〜0.6Vvs.Hg/HgSO
走査速度:1mVs−1
電解液:0.5M硫酸を窒素脱気
【0035】
以上の図4、(表1)及び(表2)から、本発明に係る方法で形成された炭素被膜は導電性と耐久性に優れることが分かる。
【符号の説明】
【0036】
1…燃料極、2…空気極、1a、2a…触媒層、3…固体高分子膜、4、6…セパレータ、5…水素の通路、7…空気(酸素)の通路。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼板に冷間圧延処理を施し、オーステナイト組織の一部を応力誘起マルテンサイト組織に変態させ、次いで表面に前処理を施した後、プラズマCVD法により炭素皮膜を形成することを特徴とする導電性炭素皮膜の形成方法。
【請求項2】
請求項1に記載の導電性炭素皮膜の形成方法において、前記冷間圧延処理は9.0%以上の加工率とすることを特徴とする導電性炭素皮膜の形成方法。
【請求項3】
請求項1に記載の導電性炭素皮膜の形成方法において、前記前処理にはArガスを用いたプラズマエッチング工程が含まれることを特徴とする導電性炭素皮膜の形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−111381(P2011−111381A)
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−272241(P2009−272241)
【出願日】平成21年11月30日(2009.11.30)
【出願人】(500109179)
【Fターム(参考)】