説明

導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットおよびその製造方法

【課題】 ターゲットの大型化に伴い、ターゲットに大電力が投入されてもスプラッシュを抑制することができると共に、耐食性および耐熱性に優れ、低電気抵抗の膜を形成可能な導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットおよびその製造方法を提供すること。
【解決手段】 導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットが、In:0.1〜1.5質量%を含有し、さらにCu,Mgの内の1種または2種を合計で0.1〜1.0質量%を含有し、残部がAgおよび不可避不純物からなる成分組成を有した銀合金で構成され、銀合金の結晶粒の平均粒径が120〜250μmであり、結晶粒の粒径のばらつきが、平均粒径の20%以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機EL素子の反射電極膜やタッチパネルの配線膜などの導電性膜を形成するための銀合金スパッタリングターゲットおよびその製造方法に関する。より詳しくは、大型の銀合金スパッタリングターゲットに関する。
【背景技術】
【0002】
有機EL素子は、有機EL発光層の両側に形成した陽極と陰極の間に電圧を印加し、陽極より正孔を、陰極より電子をそれぞれ有機EL膜に注入し、有機EL発光層で正孔と電子が結合する際に発光する原理を使用する発光素子であり、ディスプレイデバイス用として近年非常に注目されている。この有機EL素子の駆動方式には、パッシブマトリックス方式と、アクティブマトリクス方式とがある。このアクティブマトリックス方式は、画素一つに、一つ以上の薄膜トランジスタを設けることにより高速でスイッチングすることができるため、高コントラスト比、高精細化に有利となり、有機EL素子の特徴を発揮できる駆動方式である。
【0003】
また、光の取り出し方式には、透明基板側から光を取り出すボトムエミッション方式と、基板とは反対側に光を取り出すトップエミッション方式とがあり、開口率の高いトップエミッション方式が、高輝度化に有利であり、今後のトレンドであると思われる。
【0004】
図2に、反射電極を陽極とするトップエミッション構造の層構成の例を示す。ここで、反射電極膜(図2では、「反射陽極膜」と記載した)は、有機EL膜で発光した光を効率よく反射するために、高反射率で耐食性の高いことが望ましい。また、電極として低抵抗であることも望ましい。そのような材料として、Ag合金およびAl合金が知られているが、より高輝度の有機EL素子を得るためには、可視光反射率が高いことからAg合金が優れている。ここで、有機EL素子への反射電極膜の形成には、スパッタリング法が採用されており、銀合金スパッタリングターゲットが用いられている(特許文献1)。
【0005】
また、有機EL素子用反射電極膜の他に、タッチパネルの引き出し配線などの導電性膜にも、Ag合金膜が検討されている。このような配線膜として、例えば純Agを用いるとマイグレーションが生じて短絡不良が発生しやすくなるため、Ag合金膜の採用が検討されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2002/077317号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記従来の技術においても、以下の課題が残されている。
すなわち、有機EL素子製造時のガラス基板の大型化に伴い、反射電極膜形成に使用される銀合金ターゲットも大型のものが使われるようになってきている。ここで、大型のターゲットに高い電力を投入してスパッタを行う際には、ターゲットの異常放電によって発生する「スプラッシュ」と呼ばれる現象が発生し、溶融した微粒子が基板に付着して配線や電極間をショートさせたりすることにより、有機EL素子の歩留りを低下させる、という問題がある。トップエミッション方式の有機EL素子の反射電極膜では、有機EL発光層の下地層となるため、より高い平坦性が求められており、よりスプラッシュを抑制する必要があった。
また、有機EL素子の反射電極膜としては高い反射率が要望されると共に、有機EL素子の反射電極膜およびタッチパネルの配線膜などの導電性膜としては、良好な膜の耐食性および耐熱性や低い電気抵抗が要求されている。
【0008】
本発明は、前述の課題に鑑みてなされたもので、ターゲットの大型化に伴い、ターゲットに大電力が投入されてもスプラッシュを抑制することができると共に、耐食性および耐熱性に優れ、低電気抵抗の膜を形成可能な導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットおよびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、特定の製造方法により、導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットの結晶粒の平均粒径を120〜250μmとすることにより、大電力が投入されてもスプラッシュを抑制することができることを見出した。また、Agに、適量のInを添加することで、膜の耐食性および耐熱性を向上させることができ、さらに適量のCuやMgを添加することで、銀合金の結晶粒が粗大化することを抑制可能なことを見出した。
【0010】
したがって、本発明は、上記知見から得られたものであり、前記課題を解決するために以下の構成を採用した。
第1の発明に係る導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットは、In:0.1〜1.5質量%を含有し、さらにCu,Mgの内の1種または2種を合計で0.1〜1.0質量%を含有し、残部がAgおよび不可避不純物からなる成分組成を有した銀合金で構成され、前記銀合金の結晶粒の平均粒径が120〜250μmであり、前記結晶粒の粒径のばらつきが、平均粒径の20%以下であることを特徴とする。
【0011】
この導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットでは、上記含有量範囲のInとCu,Mgの内の1種または2種とを含有し、残部がAgおよび不可避不純物からなる成分組成を有した銀合金で構成され、該銀合金の結晶粒の平均粒径が120〜250μmであり、結晶粒の粒径のばらつきが、平均粒径の20%以下であるので、スパッタ中に大電力を投入しても、異常放電を抑制し、スプラッシュの発生を抑制することができる。また、この導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットを用いてスパッタすることで、良好な耐食性および耐熱性を有し、さらに低い電気抵抗の導電性膜を得ることができる。
【0012】
第2の発明に係る導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットは、ターゲット表面が、0.25m以上の面積を有していることを特徴とする。
すなわち、この導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットでは、大型のスパッタリングターゲットの場合に好適であり、上記効果が顕著に得られる。
【0013】
第3の発明に係る導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットの製造方法は、第1または第2の発明の導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットを作製する方法であって、In:0.1〜1.5質量%を含有し、さらにCu,Mgの内の1種または2種を合計で0.1〜1.0質量%を含有し、残部がAgおよび不可避不純物からなる成分組成を有した溶解鋳造インゴットを、熱間の据込鍛造を6〜20回繰り返す工程、冷間圧延する工程、熱処理する工程、機械加工する工程を、この順で行うことを特徴とする。
すなわち、この導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットの製造方法では、熱間の据込鍛造を6〜20回繰り返すので、大型のターゲットであっても結晶粒の粒径のばらつきを平均粒径の20%以下にすることができる。
【0014】
第4の発明に係る導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットの製造方法は、第3の発明において、前記熱間の据込鍛造の温度が、750〜850℃であることを特徴とする。
すなわち、この導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットの製造方法では、熱間の据込鍛造の温度が750〜850℃であるので、結晶粒の粒径のばらつきを平均粒径の20%以下にすることができると共に、結晶粒の平均粒径を250μm以下にすることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、以下の効果を奏する。
本発明の導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットによれば、上記含有量範囲のInとCu,Mgの内の1種または2種とを含有し、残部がAgおよび不可避不純物からなる成分組成を有した銀合金で構成され、該銀合金の結晶粒の平均粒径が120〜250μmであり、結晶粒の粒径のばらつきが、平均粒径の20%以下であるので、スパッタ中のスプラッシュの発生を抑制できると共に、良好な耐食性および耐熱性を有し、低い電気抵抗の導電性膜を得ることができる。
また、本発明の導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットの製造方法によれば、大型ターゲットとしてもスプラッシュの発生を抑制でき、良好な導電性膜を成膜可能な銀合金スパッタリングターゲットを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係る導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットの製造方法の一実施形態において、熱間鍛造の方法を示す説明図である。
【図2】反射電極を陽極とするトップエミッション構造の有機EL素子を示す簡易的な層構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットおよびその製造方法の一実施形態を、図1を参照しながら説明する。なお、%は特に示さない限り、また数値固有の場合を除いて質量%である。
【0018】
本実施形態の導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットは、In:0.1〜1.5質量%を含有し、さらにCu,Mgの内の1種または2種を合計で0.1〜1.0質量%を含有し、残部がAgおよび不可避不純物からなる成分組成を有した銀合金で構成され、前記銀合金の結晶粒(以下、銀合金結晶粒と称す)の平均粒径が120〜250μmであり、前記結晶粒の粒径のばらつきが、平均粒径の20%以下である。
【0019】
この本実施形態のスパッタリングターゲットは、ターゲット表面(ターゲットのスパッタリングに供される側の面)が、0.25m以上の面積を有し、矩形ターゲットの場合には、少なくとも一辺が500mm以上であり、長さの上限は、ターゲットのハンドリングの観点から、2500mmが好ましい。一方、幅の上限は、冷間圧延工程で使用する圧延機で一般的に圧延可能なサイズの上限の観点から、1700mmが好ましい。また、ターゲットの交換頻度の観点から、ターゲットの厚さは、6mm以上が好ましく、マグネトロンスパッタの放電安定性の観点から、20mm以下が好ましい。
【0020】
上記Agは、スパッタにより形成された有機EL素子の反射電極膜やタッチパネルの配線膜に低抵抗を与える効果を有する。
【0021】
上記Inは、ターゲットの硬さを向上させる効果を有するので、機械加工時の反りを抑制することができる。特に、ターゲット表面が0.25m以上の面積を有した大型ターゲットの機械加工時の反りを抑制することができる。加えて、上記含有量範囲のInの添加は、スパッタにより形成された導電性膜の耐食性および耐熱性を向上させる効果がある。これは、Inが、膜中の結晶粒を微細化すると共に膜の表面粗さを小さくし、またAgに固溶して結晶粒の強度を高め、熱による結晶粒の粗大化を抑制し、膜の表面粗さの増大を抑制したり、膜の腐食による反射率の低下を抑制したりする効果を有するためである。したがって、本実施形態の導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットを用いて成膜した反射電極膜または配線膜では、膜の耐食性および耐熱性が向上することから、有機EL素子の高輝度化やタッチパネル等の配線における信頼性の改善に寄与する。
【0022】
なお、Inの含有量を上記範囲に限定した理由は、Inを0.1質量%未満含んでも、上記に記載したInを添加することによる効果が得られず、Inを1.5質量%を越えて含有すると、膜の電気抵抗が増大したり、スパッタにより形成された膜の耐食性がかえって低下したりするので好ましくないためである。したがって、膜の組成は、ターゲット組成に依存するので、銀合金スパッタリングターゲットに含まれるInの含有量は、0.1〜1.5質量%に設定され、より好ましくは0.2〜1.0質量%に定めている。
【0023】
上記Cu,Mgは、Agに固溶し、結晶粒の粗大化を防止する効果がある。特に、ターゲットの大型化に伴い、銀合金結晶粒が、ターゲット中で部分的に粗大化し易くなり、スパッタ中でのスプラッシュを誘引してしまうため、Cu,Mg添加による銀合金結晶粒の粗大化抑制は、顕著な効果をもたらす。なおかつ、スパッタにより形成された膜においても、適量のCu、Mgの添加は、熱による結晶粒の粗大化をいっそう抑制して膜の表面粗さの増大を抑制したり、膜の腐食による反射率の低下をさらに抑制したりする効果を有する。
【0024】
なお、Cu,Mgの含有量を上記範囲に限定した理由は、Cu,Mgのうち1種または2種を合計0.1質量%未満含んでも、上記に記載した効果が得られず、Cu,Mgのうち1種または2種以上を合計1.0質量%を越えて含有すると、スパッタにより形成した膜の耐食性がかえって低下したり、膜の電気抵抗が増大するため、電極膜や配線膜に用いるには好ましくないためである。したがって、スパッタにより形成された膜の組成は、ターゲット組成に依存するので、銀合金スパッタリングターゲットに含まれるCu,Mgのうち1種または2種の合計の含有量は、0.1〜1.0質量%に設定され、より好ましくは0.3〜0.8質量%に定めている。
ここで、上記In,Cu,Mgの定量分析は、誘導結合プラズマ分析法(ICP法)により行っている。
【0025】
本実施形態のスパッタリングターゲット中の銀合金結晶粒の平均粒径は、120〜250μmであり、好ましくは150〜220μmである。銀合金結晶粒の平均粒径を上記範囲に限定した理由は、平均粒径が120μmより小さいと、結晶粒径のばらつきが大きくなり、大電力のスパッタ中に、異常放電が発生しやすくなり、スプラッシュが発生するようになるためである。一方、平均粒径が250μmより大きくなると、ターゲットがスパッタにより消耗するのに伴い、各々の結晶粒の結晶方位の違いによるスパッタレートの差に起因して、スパッタ表面の凹凸が大きくなるため、大電力でのスパッタ中に、異常放電が発生し易くなり、スプラッシュが発生し易くなる。
【0026】
ここで、銀合金結晶粒の平均粒径は、以下のようにして測定する。
まず、スパッタリングターゲットのスパッタ面内で均等に16カ所の地点から、一辺が10mm程度の直方体の試料を採取する。具体的には、スパッタリングターゲットを縦4×横4の16カ所に区分し、各部の中央部から採取する。
なお、本実施形態では、500×500(mm)以上のスパッタ面、すなわちターゲット表面が0.25m以上の面積を有する大型ターゲットを念頭に置いているので、大型ターゲットとして一般に用いられる矩形ターゲットからの試料の採取法を記載したが、本実施形態は、当然に、丸形ターゲットのスプラッシュ発生の抑制にも効果を発揮する。このときには、大型の矩形ターゲットでの試料の採取法に準じて、スパッタリングターゲットのスパッタ面内で均等に16カ所に区分し、採取することとする。
【0027】
次に、各試料片のスパッタ面側を研磨する。この際、#180〜#4000の耐水紙で研磨をした後、3μm〜1μmの砥粒でバフ研磨をする。
さらに、光学顕微鏡で粒界が見える程度にエッチングする。ここで、エッチング液には、過酸化水素水とアンモニア水との混合液を用い、室温で1〜2秒間浸漬し、粒界を現出させる。次に、各試料について、光学顕微鏡で倍率30倍の写真を撮影する。
【0028】
各写真において、60mmの線分を、井げた状に20mm間隔で縦横に合計4本引き、それぞれの直線で切断された結晶粒の数を数える。なお、線分の端の結晶粒は、0.5個とカウントする。そして、平均切片長さ:L(μm)を、L=60000/(M・N)(ここで、Mは実倍率、Nは切断された結晶粒数の平均値である)で求める。
次に、求めた平均切片長さ:L(μm)から、試料の平均粒径:d(μm)を、d=(3/2)・Lで算出する。
【0029】
このように16カ所からサンプリングした試料の平均粒径の平均値を、ターゲットの銀合金結晶粒の平均粒径とする。本実施形態のスパッタリングターゲットにおける銀合金結晶粒の平均粒径は、120〜250μmの範囲にある。
【0030】
この銀合金結晶粒の粒径のばらつきが、銀合金結晶粒の平均粒径の20%以下であると、スパッタ時のスプラッシュを、より確実に抑制することができる。
ここで、粒径のばらつきは、16カ所で求めた16個の平均粒径のうち、平均粒径との偏差の絶対値(|〔(ある1個の箇所の平均粒径)−(16カ所の平均粒径)〕|)が最大となるものを特定し、その特定した平均粒径(特定平均粒径)を用いて下記の様に算出する。
|〔(特定平均粒径)−(16カ所の平均粒径)〕|/(16カ所の平均粒径)×100 (%)
【0031】
このように本実施形態の導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットによれば、上記含有量範囲のInとCu,Mgの内の1種または2種とを含有し、残部がAgおよび不可避不純物からなる成分組成を有した銀合金で構成され、該銀合金の結晶粒の平均粒径が120〜250μmであり、結晶粒の粒径のばらつきが、平均粒径の20%以下であるので、スパッタ中に大電力を投入しても、異常放電を抑制し、スプラッシュの発生を抑制することができる。また、この導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットを用いてスパッタすることで、良好な耐食性および耐熱性を有し、さらに低い電気抵抗の導電性膜を得ることができる。本実施形態のスパッタリングターゲットは、特に、ターゲットサイズが、幅:500mm、長さ:500mm、厚さ6mm以上の大型ターゲットである場合に有効である。
【0032】
次に、本実施形態の導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットの製造方法について説明する。
本実施形態の導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットは、原料として純度:99.99質量%以上のAg、純度:99.9質量%以上のIn、および純度99.5質量%以上のCu,Mgを用いる。
【0033】
まず、Agを高真空または不活性ガス雰囲気中で溶解し、得られた溶湯に所定の含有量のInおよびCu,Mgを添加し、その後、真空または不活性ガス雰囲気中で溶解して、In:0.1〜1.5質量%とCu,Mgの内の1種または2種を合計で0.1〜1.0質量%とを含み、残部がAgおよび不可避不純物からなるAg合金の溶解鋳造インゴットを作製する。
【0034】
ここで、Agの溶解は、雰囲気を一度真空にした後、アルゴンで置換した雰囲気で行い、溶解後アルゴン雰囲気の中でAgの溶湯にInおよびCu,Mgを添加することは、AgとIn,Cu,Mgの組成比率を安定する観点から、好ましい。さらに、Cu,Mgは予め作製したAgCu,AgMgまたはAgCuMgの母合金の形で添加してもよい。
【0035】
次に、銀合金結晶粒の平均粒径を所定値にするために、溶解鋳造インゴットを熱間鍛造する。熱間鍛造は、750〜850℃で1〜3時間加熱した後、鍛錬成型比1/1.2〜1/2の据込鍛造を、繰り返し6〜20回行うことが好ましい。熱間鍛造は、自由鍛造がさらに好ましく、例えば、鍛造方向を90°ずつ転回しながら繰り返すことが、特に好ましい。より詳しくは、図1に示すように、円柱状のインゴット1を用いる場合には、まず、角形のインゴット2に鍛造する。
【0036】
その後、角形のインゴット2を、前回の鍛造方向と90°回転させ、鍛造を繰り返す。このとき、角形のインゴット2の縦、横、高さ方向(図2のx、y、z方向)のすべての向きで鍛造を行うように回転させることは、インゴット全体の銀合金結晶粒の平均粒径を所定値にする観点から、より好ましい。ここで、図1に示す破線の矢印は、いずれも鍛造方向を示し、zは鋳造方向、xはzに対して90°の任意の方向、yはzおよびxに対して90°の方向を示す。
【0037】
この工程を繰り返すことは、本実施形態のスパッタリングターゲットの銀合金結晶粒の平均粒径を所望値にし、かつ銀合金結晶粒の粒径のばらつきを所望の範囲内にするために、好ましい。繰り返し回数が6回未満であると、上記効果が不十分なものとなる。一方、繰り返し回数を20回より多く行っても銀合金結晶粒の粒径のばらつきを抑える効果はそれ以上に向上しない。
【0038】
また、熱間の据込鍛造の温度が750℃未満では、微結晶が存在するため粒径のばらつき抑制効果が十分発揮されないので好ましくなく、850℃を超えると粗大化する結晶が残存するため粒径のばらつき抑制効果が十分発揮されないので好ましくない。なお、熱間鍛造により形成される各稜および/または各角部の急速な冷却を緩和するために、インゴット本体の鍛錬に影響を与えない程度に、インゴットの当該稜および/または当該角部をたたく、いわゆる角打ちを適宜行う方が、好ましい。
【0039】
次に、鍛造後のインゴット3を所望の厚さになるまで、冷間圧延し、板材4にする。この冷間圧延での1パス当たりの圧下率は、5〜10%であると、粒径ばらつきの抑制効果の観点から好ましい。この冷間圧延を繰り返し、総圧下率((冷間圧延前のインゴットの厚さ−冷間圧延後のインゴットの厚さ)/冷間圧延前のインゴットの厚さ)が、60〜75%になるまで行うことが、総圧下率を所定値にし、かつ粒径ばらつきの抑制効果を維持したまま、結晶粒径を微細化する観点から好ましい。また、上記効果が発揮されるには、10〜20パスが好ましい。
【0040】
上記冷間圧延後の熱処理は、550〜650℃で、1〜2時間行うことが、再結晶化により所定の平均粒径に制御する観点から好ましい。
この熱処理後の板材4を、所望の寸法まで、フライス加工、放電加工等の機械加工により、本実施形態の導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットを製造することができる。機械加工後のターゲットのスパッタ面の算術平均表面粗さ(Ra)は、スパッタ時のスプラッシュを抑制する観点から、0.2〜2μmであると好ましい。
【実施例】
【0041】
次に、本発明に係る導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットの実施例を作製し、評価した結果を説明する。
【0042】
(実施例1)
〔銀合金スパッタリングターゲットの製造〕
原料として、純度99.99質量%以上のAg、純度99.9質量%以上のIn、純度99.5質量%以上のMgを用意し、高周波真空溶解炉に、各成分が表1に示す質量比となるように、Agと、Inと、Mgとを、原料として装填した。溶解するときの総質量は、約300kgとした。
【0043】
真空チャンバー内を真空排気後にArガス置換してAgを溶解した後、In、Mgを添加し、合金溶湯を黒鉛製鋳型に鋳造した。鋳造により製造したインゴット上部の引け巣部分を切除し、健全部として約260kgのインゴット(φ290×370mm)を得た。
【0044】
得られたインゴットを800℃で1時間加熱した後、鍛造方向を90°ずつ転回することを繰り返して、鋳造方向:z、zに対して90°の任意の方向:x、zおよびxに対して90°の方向:yのすべての方向に対して、鍛造した。一回あたりの鍛錬成型比を1/1.2〜1/2とし、向きを変えて19回の据込鍛造を繰り返した。20回目の鍛造で展伸し、およそ600×910×45(mm)の寸法に成形した。
【0045】
鍛造後のインゴットを冷間圧延し、およそ1200×1300×16(mm)の板材を得た。冷間圧延における1パスあたりの圧下率は5〜10%とし、計13パス行った。この冷間圧延での総圧下率は、70%であった。
この圧延後、板材を580℃で1時間加熱保持し、再結晶化処理を施した。
次に、この板材を1000×1200×12(mm)の寸法に機械加工し、本発明の実施例1のスパッタリングターゲットとした。
【0046】
〔スパッタリングターゲットの評価〕
(1)機械加工後の反り
上記機械加工後の実施例1のスパッタリングターゲットについて、その反りを測定した。この結果を表2に示す。
【0047】
(2)銀合金結晶粒の平均粒径
銀合金結晶粒の粒径測定は、上記のように製造した実施例1の1000×1200×12(mm)のスパッタリングターゲットから、上記本実施形態に記載したように、16カ所の地点から均等に試料を採取して、各試料のスパッタ面から見た表面の平均粒径を測定し、各試料の平均粒径の平均値である銀合金結晶粒の平均粒径および銀合金結晶粒の平均粒径のばらつきを計算した。平均粒径のばらつきの測定結果を表1に示す。この結果、本実施例1のスパッタリングターゲットにおいては、銀合金結晶粒の平均粒径は120〜250μmの範囲内にあり、銀合金結晶粒の粒径のばらつきは銀合金結晶粒の平均粒径の20%以内であった。
【0048】
(3)スパッタ時の異常放電回数の測定
本実施例1の1000×1200×12(mm)としたスパッタリングターゲットの任意部分から、直径:152.4mm、厚さ:6mmの円板を切り出し、銅製バッキングプレートにはんだ付けした。このはんだ付けしたスパッタリングターゲットを、スパッタ時のスプラッシュの評価用ターゲットとして用い、スパッタ中の異常放電回数の測定を行った。この結果を表2に示す。
【0049】
なお、この異常放電回数の測定では、通常のマグネトロンスパッタ装置に、上記はんだ付けした評価用ターゲットを取り付け、1×10−4Paまで排気した後、Arガス圧:0.5Pa、投入電力:DC1000W、ターゲット基板間距離:60mmの条件で、スパッタを行った。スパッタ時の異常放電回数は、MKSインスツルメンツ社製DC電源(型番:RPDG−50A)のアークカウント機能により、放電開始から30分間の異常放電回数として計測した。この結果を表2に示す。この結果、本実施例1のスパッタリングターゲットにおいて、異常放電回数は10回以下であった。
【0050】
(4)導電性膜としての基本特性評価
(4−1)膜の表面粗さ
上記(3)に示す評価用ターゲットを用いて、上記(2)と同様の条件でスパッタを行い、20×20(mm)のガラス基板上に100nmの膜厚で成膜し、銀合金膜を得た。さらに、耐熱性の評価のため、この銀合金膜を、250℃、10分間の熱処理を施し、この後、銀合金膜の平均面粗さ(Ra)を原子間力顕微鏡によって測定した。この結果を表2に示す。この結果、本実施例1のスパッタリングターゲットによる膜の平均面粗さRaは、1nm以下であった。
【0051】
(4−2)反射率
耐食性の評価のため、上記(4−1)と同様にして成膜した銀合金膜の反射率を、温度80℃、湿度85%の恒温高湿槽にて100時間保持後、分光光度計によって測定した。この結果を表2に示す。この結果、本実施例1のスパッタリングターゲットによる銀合金膜の波長550nmにおける絶対反射率は、90%以上であった。
【0052】
(4−3)膜の比抵抗
上記(4−1)と同様にして成膜した銀合金膜の比抵抗を測定した結果を表2に示す。この結果、本実施例1のスパッタリングターゲットによる銀合金膜の比抵抗は、4.45μΩ・cmと低い値であった。
【0053】
(実施例2〜10、比較例1〜7)
表1に記載した成分組成および製造条件とした以外は、実施例1と同様にしてスパッタリングターゲットを製造し、実施例2〜10、比較例1〜7のスパッタリングターゲットを得た後、実施例1と同様にして、上記の各種評価を行った。これらの結果を表1および表2に示す。
【0054】
(従来例1、2)
表1に記載したIn,CuおよびMgの成分組成で、実施例1と同様にして溶解して、角型の黒鉛製鋳型に鋳造し、およそ400×400×150(mm)のインゴットを作製し、さらに該インゴットを600℃で1時間加熱後、熱間圧延し、従来例1のスパッタリングターゲットを作製した。また、従来例1と同様に、鋳造インゴットを熱間圧延した後、さらに600℃、2時間の熱処理を施した従来例2のスパッタリングターゲットを作製した。これらの従来例1および従来例2のスパッタリングターゲットを用い、実施例1の評価と同様にして、上記の各種評価を行った。これらの結果を表1および表2に示す。
【0055】
(参考例1)
表1に記載したInおよびMgの配合比で投入重量を7kgとして溶解し、合金溶湯を黒鉛鋳型に鋳造し、φ80×110(mm)のインゴットを作製し、得られたインゴットを比較例7と同じ据込鍛造の回数(5回)、冷間圧延の圧下率、熱処理を施して220×220×11(mm)の板材を得た。この参考例1について、上記の実施例および比較例と同様にして、上記の各種評価を行った。これらの結果を表1および表2に示す。ただし、参考例1のスパッタリングターゲットは、上記の実施例および比較例で作製したスパッタリングターゲットよりも寸法が小さいので、機械加工後の反りは評価しなかった。
【0056】
【表1】

【0057】
【表2】

【0058】
表1からわかるように、実施例1〜10は、銀合金結晶粒の平均粒径が130〜210μm、粒径のばらつきが10〜16%と良好であった。これに対して、Mgが0.05質量%の比較例3では、平均粒径が280μmと所望の範囲から外れていた。また、熱間鍛造の温度が700℃の比較例5では、粒径のばらつきが22%と大きく、熱間鍛造の温度が900℃の比較例6では、平均粒径が300μmと大きく、粒径のばらつきも24%と大きかった。
【0059】
据え込み鍛造の回数が5回の比較例7では、粒径のばらつきが25%と大きかった。また、従来例1は、粒径のばらつきが79%と大きかった。さらに、従来例2は、平均粒径が350μmと大きいだけでなく、粒径のばらつきも24%と大きかった。
参考例1は、本発明が特に有効となる大型ターゲットと比較して小型のターゲットを製造した場合の評価であるが、熱間の据込鍛造を5回とした比較例7とほぼ同様の条件で製造したにもかかわらず、粒径のばらつきは11%と良好であった。
【0060】
表2からわかるように、実施例1〜10は、異常放電回数、機械加工後の反り、膜の表面粗さ、波長550nmにおける絶対反射率、膜の比抵抗のすべてにおいて、良好な結果であった。これに対して、Inが0.05質量%の比較例1では、機械加工後の反りが1.5mmと大きく、膜の表面粗さも1.9nmと大きかった。Inが1.7質量%の比較例2では、波長550nmにおける絶対反射率が87.0%と小さかった。また、比較例3、比較例5〜7および従来例1、2は、異常放電回数が15回以上と多かった。さらに、Inが1.7重量%の比較例2およびMgが1.2重量%の比較例4は、膜の比抵抗が7μΩ・cm以上と高かった。
【0061】
以上より、本発明の実施例1〜10の導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットは、異常放電が抑制されており、このスパッタリングターゲットをスパッタすることにより、反射率を高くすることができ、かつ膜の表面粗さが小さいので、耐熱性および耐食性に優れた有機EL用の反射電極膜が得られることがわかる。また、膜の比抵抗も低く、タッチパネルの配線膜としても良好な特性が得られることがわかる。
【0062】
なお、本発明の技術範囲は上記実施形態及び上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【符号の説明】
【0063】
1…円柱状のインゴット、2…角形のインゴット、3…鍛造後のインゴット、4…板材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
In:0.1〜1.5質量%を含有し、さらにCu,Mgの内の1種または2種を合計で0.1〜1.0質量%を含有し、残部がAgおよび不可避不純物からなる成分組成を有した銀合金で構成され、
前記銀合金の結晶粒の平均粒径が120〜250μmであり、
前記結晶粒の粒径のばらつきが、平均粒径の20%以下であることを特徴とする導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲット。
【請求項2】
請求項1に記載の導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットにおいて、
ターゲット表面が、0.25m以上の面積を有していることを特徴とする導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲット。
【請求項3】
請求項1または2に記載の導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットを作製する方法であって、
In:0.1〜1.5質量%を含有し、さらにCu,Mgの内の1種または2種を合計で0.1〜1.0質量%を含有し、残部がAgおよび不可避不純物からなる成分組成を有した溶解鋳造インゴットを、熱間の据込鍛造を6〜20回繰り返す工程、冷間圧延する工程、熱処理する工程、機械加工する工程を、この順で行うことを特徴とする導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットの製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載の導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットの製造方法において、
前記熱間の据込鍛造の温度が、750〜850℃であることを特徴とする導電性膜形成用銀合金スパッタリングターゲットの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−219305(P2012−219305A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−84953(P2011−84953)
【出願日】平成23年4月6日(2011.4.6)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】