説明

工作機械の制御装置及び制御方法

【課題】びびり振動を効果的に低減することができ、しかも加振装置を必要とせず、実施化を容易に図り得る工作機械の制御装置などを提供する。
【解決手段】工作機械は、主軸に取り付けた切削工具により切削加工を行うものである。この工作機械の制御装置は、加工時に発生するびびり振動の周波数を検出する検出手段と、この検出手段で検出したびびり振動の周波数及び主軸回転数を基に工作機械の主軸が回転している状態の固有振動数を推定する推定手段17と、この推定手段で推定した固有振動数を用いて無次元安定限界切込みを算出し、この無次元安定限界切込みが最大となるように主軸回転数を変更する主軸回転数制御手段18とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主軸に取り付けた切削工具により切削加工を行うときに発生するびびり振動を低減するための工作機械の制御装置及び制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
切削加工時に発生するびびり振動には大きく分けて強制びびり振動と自励びびり振動がある。強制びびり振動は、強制的な振動原因が機械の振動特性によって拡大されて現れるもので、エンドミル加工などの断続切削における周期的な切削力の変動が振動源として挙げられる。切削過程で生じた切削力の変動(周期τ=60/(N×S)、Nは切削工具の刃数、Sは主軸回転数)が工作機械の振動特性と一致した場合にびびり振動(周波数ω)を生じる。強制びびり振動の振動源は、断続切削における周期的な切削力の変動であるので、ωτ=n、n=1,2,3…の関係がある。
【0003】
一方、自励びびり振動は、切削過程に振動をフィードバックして拡大する作用が存在する場合に発生し、比較的問題となることが多いのが再生びびり振動である。再生びびり振動では機械構造の振動が再生効果により切削力の変動に変換され機械構造にフィードバックされる。再生効果とは、図10に示すように、前回切削時に加工面に残された起伏を、その次の加工ではややずれて倣いながら削っていく現象である。前回切削時のびびり跡と今回切削時のびびりが少しずれることで切削厚さが変動し、切削工具が加工面に食い込むときには切削力が小さくなり、切削工具が離れるときには切削力が大きくなるため、振動が増大する。このとき、再生びびり振動が生じる条件は、n>ωτ>n−0.5 n=1,2,3…(ωはびびり振動の周波数、周期τ=60/(N×S)、Nは切削工具の刃数、Sは主軸回転数)となる。
【0004】
ここで、びびり振動の周波数ωと周期τについて強制びびり振動と再生びびり振動で比較すると、強制びびり振動ではωτ=n、再生びびり振動ではn>ωτ>n−0.5の関係になる。したがって、強制びびり振動と再生びびり振動が同時に生じることはない。
【0005】
そして、このようなびびり振動は、切削加工の加工精度を悪化させたり、切削工具を破損させたりするなどの問題を引き起こすことから、できるだけ低減することが望ましい。その場合、強制びびり振動と再生びびり振動とでは発生原因が異なることから、振動低減対策も従来異なる。特に、再生びびり振動を低減する振動低減対策としては、従来、特許文献1及び特許文献2にそれぞれ記載されているものが知られている。
【0006】
すなわち、特許文献1には、工作機械の固有振動数を実測又は計算によって求め、この固有振動数から所定の演算式により主軸回転数を決定して制御を行うことが記載されている。また、特許文献2には、加工時に発生するびびり振動の周波数を検出し、この振動数から所定の演算式により主軸回転数を決定して制御を行うことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−340627号公報
【特許文献2】特開2010−105160号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところが、上記従来の振動低減対策のうち、特許文献1に記載の如く工作機械の固有振動数を実測によって求める場合には、工作機械に加振装置を組み込んだり、工作機械を外部から加振したりする必要があり、実施化を図ることが容易でないのが実情である。また、特許文献1には、工作機械の固有振動数を計算によって求めるに当たり、材料力学上の片持ちばりの理論から導き出した固有振動数の算出式を用いることが記載されているが、この算出式で求めた固有振動数は、工作機械の主軸が停止した状態の固有振動数であり、主軸が回転している状態の固有振動数、換言すればびびり振動が発生しているときの固有振動数でないので、びびり振動を低減するために主軸回転数を制御する上では正確性に欠けるという問題がある。
【0009】
一方、特許文献2に記載の振動低減対策は、特許文献1に記載の如く工作機械の固有振動数を実測することが容易でないことに鑑み、工作機械の固有振動数の代わりに、固有振動数と関連しかつ検出の比較的容易なびびり振動の周波数を用いて主軸回転数を制御するものであるが、工作機械の固有振動数、特に主軸が回転している状態の固有振動数は、びびり振動の周波数と関連するだけでなく、主軸回転数とも関連することから、びびり振動の周波数のみに基づいて主軸回転数を制御する特許文献2に記載の振動低減対策ではその効果に疑問が生じる。
【0010】
本発明はかかる諸点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、工作機械の主軸が回転している状態の固有振動数を、それに関連するびびり振動の周波数と主軸回転数とから正確に推定し、この推定した固有振動数を用いて主軸回転数を適切に制御することにより、びびり振動を効果的に低減することができ、しかも加振装置を必要とせず、実施化を容易に図り得る工作機械の制御装置及び制御方法を提供せんとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するため、請求項1に係る発明は、主軸に取り付けた切削工具により切削加工を行う工作機械の制御装置として、加工時に発生するびびり振動の周波数を検出する検出手段と、この検出手段で検出したびびり振動の周波数及び主軸回転数を基に工作機械の主軸が回転している状態の固有振動数を推定する推定手段と、この推定手段で推定した固有振動数を用いて無次元安定限界切込みを算出し、この無次元安定限界切込みが最大となるように主軸回転数を変更する主軸回転数制御手段とを備える構成にする。ここで、無次元安定限界切込みalimは、安定限界切込みa[m]を剛性k[N/m]及び比切削抵抗Kt[N/m]を用いて無次元化したもの(alim=aKt/k)であり、安定限界切込みaとは、びびり振動が生じることなく加工が行える限界の切込み量をいう。
【0012】
この構成では、加工時にびびり振動が発生したときには、検出手段でびびり振動の周波数を検出し、推定手段でこのびびり振動の周波数と現在の主軸回転数とから工作機械の主軸が回転している状態の固有振動数を推定し、主軸回転数制御手段において、この推定した固有振動数を用いて無次元安定限界切込みを算出し、かつこの無次元安定限界切込みが最大となるように主軸回転数を変更制御することにより、びびり振動が効果的に低減されることになる。
【0013】
請求項2に係る発明は、請求項1記載の工作機械の制御装置において、推定手段による固有振動数の推定の具体例を提供するものである。すなわち、上記推定手段は、工作機械の主軸が回転している状態の固有振動数ωを下記の数式1の式(1)に基づいて、
【数1】

推定するものである。但し、ωはびびり振動の周波数、ζは減衰比、Nは切削工具の刃数、Sは主軸回転数である。
【0014】
請求項3に係る発明は、請求項2記載の工作機械の制御装置において、主軸回転数制御手段による無次元安定限界切込みの算出の具体例を提供するものである。すなわち、上記主軸回転数制御手段は、推定手段で推定した固有振動数ωがびびり振動の周波数ωより小さいときにはびびり振動が再生びびり振動であるとして無次元安定限界切込みalimを下記の数式2に基づいて、
【数2】

算出し、推定手段で推定した固有振動数ωnがびびり振動の周波数ωより大きいときにはびびり振動が強制びびり振動であるとして無次元安定限界切込みalimを下記の数式3に基づいて、
【数3】

算出するものである。
【0015】
ここで、固有振動数ωとびびり振動の周波数ωとの大小関係からびびり振動が再生びびり振動か強制びびり振動かを判定した理由は、上記数式2において無次元安定限界切込みalimが正の値をとるにはω<ωである必要があるからである。また、この判定に基づいて、びびり振動の種類に応じて無次元安定限界切込みalimを適切に算出することができる。
【0016】
実際のびびり振動を測定すると複数のびびり振動が観測されることがあり、その理由として、例えば主軸に取り付けた切削工具が方向によって固有振動数が異なることが挙げられる。請求項5に係る発明は、請求項3記載の工作機械の制御装置において、検出手段で複数のびびり振動の周波数が検出される場合の好ましい対処策を提供するものである。
【0017】
すなわち、上記推定手段は、検出手段で複数のびびり振動の周波数ω(m=1,2,3…)及びピーク値Pが検出された場合当該周波数ω毎に工作機械の主軸が回転している状態の固有振動数ωnmを下記の数式4に基づいて、
【数4】

推定するものであり、
上記主軸回転数制御手段は、上記固有振動数ωnm毎に無次元安定限界切込みalim(ω,P)を、推定手段で推定した固有振動数ωがびびり振動の周波数ωより小さいときには下記の数式5の式(1)に、推定手段で推定した固有振動数ωがびびり振動の周波数ωより大きいときには下記の数式5の式(2)にそれぞれ基づいて、
【数5】

算出し、この固有振動数ωnm毎の無次元安定限界切込みalim(ω,P)を重ね合わせた上で、無次元安定限界切込みが最大となるように主軸回転数を変更するものである。
【0018】
請求項5に係る発明は、請求項1記載の工作機械の制御装置を、制御方法として表現したものである。すなわち、主軸に取り付けた切削工具により切削加工を行う工作機械の制御方法として、加工時に発生するびびり振動の周波数を検出する検出工程と、この検出工程で検出したびびり振動の周波数及び主軸回転数を基に工作機械の主軸が回転している状態の固有振動数を推定する推定工程と、この推定工程で推定した固有振動数を用いて無次元安定限界切込みを算出し、この無次元安定限界切込みが最大となるように主軸回転数を変更する主軸回転数制御工程とを備える構成にする。
【発明の効果】
【0019】
以上のように、本発明における工作機械の制御装置及び制御方法によれば、加工時にびびり振動が発生したときには、工作機械の主軸が回転している状態の固有振動数をびびり振動の周波数と現在の主軸回転数とから推定し、この推定した固有振動数を用いて無次元安定限界切込みを算出し、この無次元安定限界切込みが最大となるように主軸回転数を変更制御しているため、びびり振動を効果的に低減することができる。しかも、加振装置を必要としないので、実施化を容易に図ることができるという効果を奏するものである。
【0020】
特に、請求項3に係る発明では、推定した固有振動数とびびり振動の周波数との大小関係からびびり振動が再生びびり振動か強制びびり振動かを判定し、びびり振動の種類に応じて無次元安定限界切込みを適切に算出し、この無次元安定限界切込みが最大となるように主軸回転数を変更制御しているため、びびり振動をより効果的に低減することができる。
【0021】
また、請求項4に係る発明では、複数のびびり振動の周波数が検出される場合当該周波数毎に工作機械の主軸が回転している状態の固有振動数を推定し、この固有振動数毎の無次元安定限界切込みを算出して重ね合わせた上で、無次元安定限界切込みが最大となるように主軸回転数を変更制御しているため、主軸に取り付けた切削工具が方向によって固有振動数が異なる場合などにもびびり振動を効果的に低減することができ、実用性及び汎用性に優れた効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】図1は本発明の実施形態に係る工作機械の全体構成を示す構成図である。
【図2】図2は上記工作機械の制御装置による制御内容を示すフローチャート図である。
【図3】図3はFFT解析の結果の一例を示す波形図である。
【図4】図4は主軸回転数と無次元安定限界切込みの関係を示す特性図である。
【図5】図5は工作機械の主軸に取り付けた切削工具の振動モデルを示す模式図である。
【図6】図6は切削加工システムの伝達関数を示す図である。
【図7】図7は主軸回転数に対する固有振動数の推定値及びびびり振動数の測定値を示す特性図である。
【図8】図8は無次元安定限界切込みの計算例を示す図である。
【図9】図9はFFT解析の結果の別の例を示す波形図である。
【図10】図10は再生効果を説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を実施するための形態である実施形態を図面に基づいて説明する。
【0024】
図1は本発明の一実施形態に係る工作機械の全体構成を示し、1はヘッド2から垂下した主軸であって、この主軸1にはエンドミルなどの切削工具3が取り付けられ、この切削工具3によりテーブル4上に載置された工作物5に対し切削加工を行うようになっている。
【0025】
また、6及び7は工作機械の切削加工時に発生するびびり振動の周波数を検出するために工作機械のヘッド2などに固定された検出手段としての振動計及びマイクロフォンであり、振動計6は、びびり振動を加速度信号として検出して制御装置11の信号処理部12に出力するものであり、マイクロフォン7は、びびり振動を音圧信号として検出して制御装置11の信号処理部12に出力するものである。
【0026】
上記制御装置11は、信号処理部12の外に、オペレータが切削工具3の刃数Nや減衰比ζなどを入力するための入力部13と、信号処理部12及び入力部13からの信号を基に主軸1の目標回転数などを設定する演算制御部14と、この演算制御部14で設定した目標回転数などになるように主軸1の駆動モータ(図示せず)を制御する制御部15とを備えている。尚、検出手段としての振動計6及びマイクロフォン7は、制御装置11の一構成要素として含めることがあり、本願の請求項1の記載にもそのように表現している。
【0027】
上記制御装置11による制御は、図2に示すフローチャートに従って行われる。この制御のうち、ステップS1〜S3は信号処理部12で行われ、それ以外は演算制御部14で行われる。
【0028】
すなわち、図2において、スタートした後、先ず、ステップS1で振動計6からの加速度信号又はマイクロフォン7からの音圧信号を基にFFT解析を行い、ステップS2でびびり振動の周波数ω及びピーク値を算出する。図3はFFT解析の結果の一例であり、図中で最も信号の大きい周波数がびびり振動の周波数ω、その周波数ωにおける振動の大きさがピーク値である。
【0029】
続いて、ステップS3で信号のピーク値が閾値よりも大きいか否かを判定し、その判定がNOの小さいときにはステップS1に戻り、判定がYESの大きいときにはびびり振動が生じているとしてステップS4へ移行する。このステップS4ではびびり振動の周波数ω及び現在の主軸回転数を基に工作機械の主軸1が回転している状態の固有振動数ωを算出する。この固有振動数ωの算出は、下記の数式6の式(1)に基づいて行われる。
【数6】

但し、ζは減衰比、Nは切削工具3の刃数、Sは主軸回転数である。
【0030】
次に、ステップS5で固有振動数ωがびびり振動の周波数ωよりも小さいか否かを判定する。この判定がYESの小さい(ω<ω)ときにはびびり振動が再生びびり振動であるとして、ステップS6で再生びびり振動の場合の無次元安定限界切込みalimを、現在の主軸回転数に対し予め設定した所定の範囲について下記の数式7に基づいて、
【数7】

算出し、ステップS8へ移行する。
【0031】
一方、上記ステップS5の判定がNOの大きい(ω≧ω)ときにはびびり振動が強制びびり振動であるとして、ステップS7で強制びびり振動の場合の無次元安定限界切込みalimを、下記の数式8に基づいて、
【数8】

算出し、ステップS8へ移行する。
【0032】
図4は上記ステップS6又はS7で算出した無次元安定限界切込みalimの一例を示すものである。この図から分かるように、無次元安定限界切込みalimが大きくなる主軸回転数は周期的に現れるので、ステップS8ではこの無次元安定限界切込みalimが最大となる主軸回転数を選択する。最後に、ステップS9で主軸1の回転数をこの選択した主軸回転数に変更するように制御部15に対し制御指令を出力し、制御を終了する。
【0033】
以上のフローチャートのうち、ステップS4により、本願の請求項1に係る発明にいう、びびり振動の周波数ω及び主軸回転数Sを基に工作機械の主軸1が回転している状態の固有振動数ωを算出ないし推定する推定手段17が構成されており、また、ステップS5〜S9により、この推定手段17で推定した固有振動数ωを用いて無次元安定限界切込みalimを算出し、この無次元安定限界切込みalimが最大となるように主軸回転数を変更する主軸回転数制御手段18が構成されている。
【0034】
次に、上記ステップS6で再生びびり振動の場合の無次元安定限界切込みalimを数式7に基づいて算出する根拠について説明するに、図5に示すように、工作機械の機械構造を切削工具3と支持部で構成された1自由度の振動モデルと考えると、切削工具3に作用する切削力f、びびり振動による切削工具3の変位量x、質量m、減衰係数c、ばね定数(剛性)k[N/m]として、下記の数式9が成立する。
【数9】

ここで、ωn=√(k/m)、ζ=c/{2√(mk)}とすると、この数式9は、下記の数式10に書き換えられる。
【数10】

【0035】
数式10に関する伝達関数G(s)は、数式10をラプラス変換して下記の数式11で表される。
【数11】

但し、sはラプラス演算子を表す。
【0036】
また、周波数領域での伝達関数G(jω)は、s=jωに置き換えて下記の数式12で表される。
【数12】

但し、jは虚数を表す。
【0037】
図5において、切削力fは再生効果による切屑厚さの変動に比例するとして、時刻t−τにおける前回切削時のびびり跡x(t−τ)を時間τ遅れでびびり振動x(t)がなぞるように切削加工した場合の切削力fは、下記の数式13で表される。
【数13】

但し、Ktは比切削抵抗であり、その次元は[N/m]である。aは切込みであり、その次元は[m]である。
【0038】
これにより、再生効果を伴う切削過程の伝達関数U(jω)は、下記の数式14で表される。
【数14】

【0039】
再生びびり振動では機械構造の振動が再生効果により切削力の変動に変換され、機械構造にフィードバックされる。このため、再生びびり振動を伴う切削加工システムは、図6に示すように現される。また、びびり振動が生じることなく切削加工が行える限界の切込み量を安定限界切込みといい、この安定限界切込みではびびり振動が持続する状態、換言すれば発散も減衰もしない状態と考えることができるので、下記の数式15の式(1)〜(5)の条件を満たす。
【数15】

但し、|G(jω)|は機械構造の伝達関数ゲイン、|U(jω)|は切削過程の伝達関数ゲイン、φは機械構造の伝達関数の位相、φは切削過程の伝達関数の位相である。
【0040】
上記数式15の式(2)、(3)の関係から下記の数式16が得られる。
【数16】

ここで、ωτ=2ωτ/2に置き換えると、下記の数式17が得られる。
【数17】

【0041】
上記数式17と切削力の変動周期τ=60/(N×S)より主軸回転数Sは、下記の数式18で表される。
【数18】

【0042】
また、上記数式15の式(1)に式(4)、(5)を代入して無次元安定限界切込みalimについて整理すると無次元安定限界切込みalimは、下記の数式19で表される。
【数19】

【0043】
上記数式19は、再生びびり振動の場合の無次元安定限界切込みalimを算出する数式7に相当するものである。この数式19及び数式7は、びびり振動の周波数ω、固有振動数ω、減衰比ζ及び周期τで表され、剛性k、比切削抵抗Ktの影響を受けない。ここで、一般に機械構造の減衰比は0.1〜0.01の範囲をとるので、減衰比ζにはこの範囲の値を設定する。周期τについては、現在の主軸回転数を制御部15の信号として取得して、オペレータが入力部13で切削工具3の刃数を入力すれば計算することができる。
【0044】
また、上記数式16をωについて解くと、下記の数式20が得られる。
【数20】

この数式20の式(2)は、びびり振動の周波数ω及び現在の主軸回転数を基に工作機械の主軸1が回転している状態の固有振動数ωを算出する数式6の式(1)に相当するものである。
【0045】
ここで、無次元安定限界切込みalimが正の値をとるには上記数式19においてω<ωである必要があり、この条件から再生びびり振動と強制びびり振動の判定を行うことができる。このことから、図2のステップS5において、固有振動数ωがω<ωであれば再生びびり振動と判定し、ω≧ωであれば強制びびり振動と判定したものである。
【0046】
上記数式20の式(2)を用いて、びびり振動の周波数ωから固有振動数ωを推定した結果の一例を図7に示す。この図中、○は主軸回転数毎に測定されたびびり振動の周波数ωの測定値、●はこのびびり振動の周波数ωの測定値を用いて主軸回転数毎に推定した固有振動数ωの推定値であり、また、実線はびびり振動の周波数ωの測定値に対して上記数式16を最小二乗法により当てはめた結果を示している。実測した固有振動数1743Hzに対して推定した固有振動数は平均1754Hzとなっており、推定誤差は2%以内である。
【0047】
また、推定した固有振動数ωを用いて、上記数式19から無次元安定限界切込みalimを算出した結果を、図8の実線で示す。この図8には、加工中の振動から判断した加工状態が安定な状態を●、安定と不安定の境界を▲、不安定な状態を×としてそれぞれプロットしている。算出した無次元安定限界切込みalimと、安定と不安定の境界に相当する加工条件の範囲の分布とがよく一致しているのが分かる。これにより、無次元安定限界切込みalimが適切に算出されていることが分かる。
【0048】
次に、上記ステップS7で強制びびり振動の場合の無次元安定限界切込みalimを数式8に基づいて算出する根拠について説明する。強制びびり振動は断続切削における周期的な切削力の変動が原因であり、断続切削の周波数ωは、主軸回転数S、切削工具3の刃数Nとして下記の数式21で表される。
【数21】

【0049】
切削力fは、断続切削の周波数ωとその高調波成分で構成されると仮定すると下記の数式22で表される。
【数22】

但し、aは切込みであり、その次元は[m]である。zは1刃当たりの送り量であり、その次元は[m]である。Ktは比切削抵抗であり,その次元は[N/m]である。
【0050】
機械構造の伝達関数G(jω)は、数式12で表されるので、上記数式22における各周波数成分の振動振幅は下記の数式23で表される。
【数23】

【0051】
各周波数成分の振動振幅の中で最大値は、下記の数式24で表される。
【数24】

【0052】
上記数式24を用いて主軸回転数Sにおける無次元安定限界切込みalimは、下記の数式25で表される。
【数25】

この数式25は、強制びびり振動の場合の無次元安定限界切込みalimを算出する数式8に相当するものである。
【0053】
従って,上記実施形態の制御装置11においては、加工時にびびり振動が発生したときには、振動計6及びマイクロフォン7で検出したびびり振動の周波数ωと現在の主軸回転数Sを基に工作機械の主軸1が回転している状態の固有振動数ωを推定し、この推定した固有振動数ωを用いて無次元安定限界切込みalimを算出し、この無次元安定限界切込みalimが最大となるように主軸回転数を変更制御しているため、びびり振動を効果的に低減することができる。しかも、加振装置を必要としないので、実施化を容易に図ることができる。
【0054】
また、推定した固有振動数ωとびびり振動の周波数ωとの大小関係からびびり振動が再生びびり振動か強制びびり振動かを判定し、びびり振動の種類に応じて無次元安定限界切込みalimを適切に算出し、この無次元安定限界切込みalimが最大となるように主軸回転数を変更制御しているため、びびり振動をより効果的に低減することができる。
【0055】
上記実施形態においては、加工時に発生するびびり振動として1つの場合を想定しているが、実際のびびり振動を測定すると複数のびびり振動が観測されることがあり、その理由としては、例えば主軸1に取り付けた切削工具3が方向によって固有振動数が異なることが挙げられる。このような場合の対応策について、以下に説明する。
【0056】
すなわち、例えば図9に示すように2つのびびり振動が観測された場合には、先ず、個々のびびり振動の周波数とピーク値を(ω,P)、(ω,P)として、びびり振動の周波数ω,ω毎に工作機械の主軸1が回転している状態の固有振動数ωn1,ωn2を下記の数式26に基づいて、
【数26】

算出する(図2のS4参照)。
【0057】
続いて、固有振動数ωn1,ωn2毎に当該固有振動数ωn1,ωn2と対応するびびり振動の周波数ω,ωとの大小比較を行い(図2のS5参照)、固有振動数ωn1,ωn2がびびり振動の周波数ω,ωより小さいときには、びびり振動が再生びびり振動であるとして、固有振動数ωn1,ωn2毎に無次元安定限界切込みalim(ω,P),alim(ω,P)を、下記の数式27に基づいて
【数27】

算出し(図2のS6参照)、この固有振動数ωn1,ωn2毎の無次元安定限界切込みalim(ω,P),alim(ω,P)を重ね合わせる。このとき、それぞれの無次元安定限界切込みはピーク値で除して用いる。
【0058】
そして、重ね合わせた無次元安定限界切込みの中で、全ての固有振動数に対して安定かつ最大となる回転数がびびり振動を低減するために最良の回転数となることから、この回転数に主軸回転数を変更する(図2のS9参照)。
【0059】
一方、固有振動数ωn1,ωn2がびびり振動の周波数ω,ωより大きいときには、びびり振動が強制びびり振動であるとして、固有振動数ωn1,ωn2毎に無次元安定限界切込みalim(ω,P),alim(ω,P)を、下記の数式28に基づいて、
【数28】

算出し(図2のS7参照)、この固有振動数ωn1,ωn2毎の無次元安定限界切込みalim(ω,P),alim(ω,P)を重ね合わせる。このとき、それぞれの無次元安定限界切込みはピーク値で除して用いる。
【0060】
従って、このように複数のびびり振動の周波数ω(m=1,2,3…)が観測された場合には、当該周波数ω毎に工作機械の主軸1が回転している状態の固有振動数ωnmを推定し、この固有振動数ωnm毎の無次元安定限界切込みalim(ω,P)を算出して重ね合わせた上で、無次元安定限界切込みが最大となるように主軸回転数を変更制御しているため、主軸1に取り付けた切削工具3が方向によって固有振動数が異なる場合などにもびびり振動を効果的に低減することができる。
【0061】
その上、推定した固有振動数ωとびびり振動の周波数ωとの大小関係からびびり振動が再生びびり振動か強制びびり振動かを判定し、びびり振動の種類に応じて固有振動数ωnm毎の無次元安定限界切込みalim(ω,P)を適切に算出して重ね合わせた上で、無次元安定限界切込みが最大となるように主軸回転数を変更制御しているため、びびり振動をより効果的に低減することができる。
【0062】
尚、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その他種々の形態を包含するものである。例えば上記実施形態では、加工時に発生するびびり振動の周波数を検出する検出手段として、振動計6及びマイクロフォン7を共に備えた場合について述べたが、本発明は、この場合に限らず、振動計6及びマイクロフォン7のいずれ一方のみを備え、あるいは光学的にびびり振動の周波数を検出する検出器などを備えてもよい。
【符号の説明】
【0063】
1 主軸
3 切削工具
6 振動計(検出手段)
7 マイクロフォン(検出手段)
11 制御装置
14 演算制御部
17 推定手段
18 主軸回転数制御手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主軸に取り付けた切削工具により切削加工を行う工作機械において、
加工時に発生するびびり振動の周波数を検出する検出手段と、
この検出手段で検出したびびり振動の周波数及び主軸回転数を基に工作機械の主軸が回転している状態の固有振動数を推定する推定手段と、
この推定手段で推定した固有振動数を用いて無次元安定限界切込みを算出し、この無次元安定限界切込みが最大となるように主軸回転数を変更する主軸回転数制御手段とを備えたことを特徴とする工作機械の制御装置。
【請求項2】
上記推定手段は、工作機械の主軸が回転している状態の固有振動数ωを下記の数式1の式(1)に基づいて、
【数1】

推定するものであり、但し、ωはびびり振動の周波数、ζは減衰比、Nは切削工具の刃数、Sは主軸回転数である請求項1記載の工作機械の制御装置。
【請求項3】
上記主軸回転数制御手段は、推定手段で推定した固有振動数ωがびびり振動の周波数ωより小さいときには無次元安定限界切込みalimを下記の数式2に基づいて、
【数2】

算出し、推定手段で推定した固有振動数ωがびびり振動の周波数ωより大きいときには無次元安定限界切込みalimを下記の数式3に基づいて、
【数3】

算出するものである請求項2記載の工作機械の制御装置。
【請求項4】
上記推定手段は、検出手段で複数のびびり振動の周波数ω(m=1,2,3…)及びピーク値Pが検出された場合当該周波数ω毎に工作機械の主軸が回転している状態の固有振動数ωnmを下記の数式4に基づいて、
【数4】

推定するものであり、
上記主軸回転数制御手段は、上記固有振動数ωnm毎に無次元安定限界切込みalim(ω,P)を、推定手段で推定した固有振動数ωnmがびびり振動の周波数ωより小さいときには下記の数式5の式(1)に、推定手段で推定した固有振動数ωがびびり振動の周波数ωより大きいときには下記の数式5の式(2)にそれぞれ基づいて、
【数5】

算出し、この固有振動数ωnm毎の無次元安定限界切込みalim(ω,P)を重ね合わせた上で、無次元安定限界切込みが最大となるように主軸回転数を変更するものである請求項3記載の工作機械の制御装置。
【請求項5】
主軸に取り付けた切削工具により切削加工を行う工作機械の制御方法であって、
加工時に発生するびびり振動の周波数を検出する検出工程と、
この検出工程で検出したびびり振動の周波数及び主軸回転数を基に工作機械の主軸が回転している状態の固有振動数を推定する推定工程と、
この推定工程で推定した固有振動数を用いて無次元安定限界切込みを算出し、この無次元安定限界切込みが最大となるように主軸回転数を変更する主軸回転数制御工程とを備えたことを特徴とする工作機械の制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−850(P2013−850A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−135909(P2011−135909)
【出願日】平成23年6月20日(2011.6.20)
【出願人】(000205454)大阪機工株式会社 (9)
【Fターム(参考)】