説明

微小回転電気機械のロータ磁石の製造方法

【課題】径方向空隙型の微小電気機械に適した4極以上の多極化へ対応可能で、かつ高速回転下での渦電流遮断性を備えたロータ磁石において、残留磁化Mrが0.42T〜0.7Tであり、さらにMrを高めること。
【解決手段】ロータ磁石5をR-TM-Bの結晶化により、磁気的に等方性であり、かつ残留磁化Mrが0.95T以上の着磁性に優れたナノ複合多結晶集合組織の厚膜積層体とし、必要に応じて、磁界中冷却による面内多極磁化を施す。特に、パルスレーザディポジッション(PLD)を用いたナノ構造のマニュピュレーション技術によって、人工的に制御されたαFeとR-TM-Bとを10層以上、交互に積み上げたナノ複合組織を有する厚膜を作製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微小回転電気機械に係るロータ磁石の製造方法に関する。さらに詳しくは、高飽和磁化のαFeおよび高保磁力のRTM14B相からなる磁気的に等方性のナノ複合多結晶集合組織を有する厚膜を所定数積層し、前記厚膜の面内に多極磁化を施すロータ磁石の製造方法であって、高出力の径方向空隙型微小回転電気機械の提供を目的とするものに関する。
【背景技術】
【0002】
回転電気機械の小型化に関して、例えば、情報通信機器分野に利用される回転電気機械では体積約100mmのものが製品化され普及している。これらの回転電気機械は、更なる小型化により、所謂Power MEMS(Power micro-electromechanical system)分野に係る磁気デバイスの一つとして動力、あるいは電力を発生するモータ、発電機などとしての市場創製が期待される。
【0003】
例えば、特許文献1は、スロットを設けた導電円筒状壁を有する円筒状本体を励磁巻線とし、外径1mm以下、長さ2mm以下の径方向空隙型ブラシレスDCモータ(RG-BLM)の血管内超音波走査システムへの応用が開示されている。また、特許文献2では、体内に位置する血液ポンプを駆動するために身体の脈管系内に導入できる外径8mm以下の流体冷却式RG-BLMが提案され、励磁巻線部分にAlを含有した樹脂モールドで熱放散性を高めることで、30,000(r.p.m.)で出力5Wが得られるとしている。
【0004】
上記に係る微小回転電気機械としては、例えば、放電加工したNdFe14B焼結磁石を、外径0.76mmの2極ロータ磁石とし、ステータと組み合わせた体積4mm3、外径1.6mm、長さ2mmのブラシレスDCモータ[非特許文献1]が知られており、更に、H.Raisigel、M.Nakano、伊東らにより、体積V=62mm(外径6mm、長さ2.2mm)[非特許文献2]、体積20mm(外径5mm、長さ1)[非特許文献3]、並びに体積0.6mm(外径 0.8mm、長さ1.2mm)[非特許文献4]などが知られている。一方、それらの微小回転電気機械は、スケーリング則による体積減少に伴う著しいトルク減少が起こる。
しかしながら、機械出力P(W)は、定数k=0.1047(=π/30)、回転数N(r.p.m.)、およびトルクT(Nm)の積であるから体積削減に伴う回転電気機械の出力Pの減少は、高速回転化によって、ある程度の補完ができる。
【0005】
上記のような微小回転電気機械のロータ磁石に関し、多くの提案がある。例えば、D.Hinzらは、750℃でダイアップセット(die upset)により、残留磁化Mr=1.25T、保磁力HcJ=1.06MA/m、(BH)max=290kJ/m、厚さ300μmのNdFe14B系磁石を示している[非特許文献5]。また、J.Delamereらは、16極着磁したSmCo系ロータ磁石、および対向するステータで、100,000(r.p.m.)としたとき0.001mNmのトルク、或いは発電機として150,000(r.p.m.)で駆動したとき1Wの電力が得られるとしている[非特許文献6]。また、ToepferらおよびT.Speliotisらは、直径10mmのFeSi基板にスクリーン印刷した残留磁化Mr=0.42T、15.8kJ/m、厚さ500μmのNdFe14Bボンド磁石を、ロータ磁石とし、トルク0.055mNmの、所謂Power MEMSモータを報告している[非特許文献7]。
他方、微小回転電気機械の体積当たりのトルクは軸方向空隙型よりも径方向空隙型が有利である[非特許文献8]。このことから、ロータ磁石は素材本来の磁気ポテンシャルを十分に引出す径方向への多極磁化が必要となる。
【0006】
ここで、一般の直流モータのような2極永久磁石界磁ではソレノイドコイルを用いた4MA/m以上のパルス電流磁化が可能である。しかし、微小回転電気機械の高出力化はJ.Delamereらの16極ロータに見られるような磁極数の増加が有利である[非特許文献6]。しかしながら、例えばロータ磁石で磁極間距離が1.5mm程度のとき、4極以上の多極磁化を行う場合、通常1turn/coilの着磁ヨークを用いたパルス電流磁化を行うのが普通である。しかし、パルス電流波高値Ipは、着磁ヨーク(導体)の耐久性から、当該導体の電流密度で概ね25kA/mm以下とされる。すなわち、ロータ磁石の磁極間距離が狭まると導体径が小さくなるため、許容パルス電流波高値Ipが低下する。このため、ロータ磁石の小型化、多極化が進展すると不飽和磁化が避けられず、素材の磁気ポテンシャルを十分に引出す多極着磁が困難となる。
【0007】
上記のような微小回転電気機械に用いるロータ磁石の微細着磁に関して、例えば、H.Komuraらは2−17型Sm−Co系焼結磁石で形成した界磁にメルトスパン法により得た等方性NdFe14B磁石粉末(キュリー温度Tc=320℃)をエポキシ樹脂で固めた外径2.6mm、残留磁化Mr=0.7T程度のボンド磁石を挿入し、当該磁石をTc以上に加熱し、磁界中冷却することで16極の多極磁化を施した。これにより、1 [turn/coil]の着磁ヨークを用いた通常のパルス電流磁化に比べて約3倍の磁束を得たとしている[非特許文献9]。
【0008】
ところで、本発明に係るαFeとRTM14Bとのナノ複合多結晶集合組織を有する磁石に関しては、一般にR−TM−B系溶湯合金をメルトスパンし、αFeとR−TM−Bとの非晶質薄帯とし、次いで、当該薄帯を熱処理して結晶化する。溶湯合金の急冷凝固で得られる材料形態は、厚さ約15μm〜40μmのメルトスパン薄帯など、粉末状に限定される。したがって、磁石として利用するには、何らかの手段で当該粉末を特定のバルクに固定化する必要がある。当該粉末を特定形状に固定化する手段としては、Toepferら、T.Speliotisら、およびH.Komuraらのように、もっぱらエポキシ樹脂のような結合剤と混合しボンド磁石とすることが行われる。
【0009】
上記に対し、本発明に係る微小回転電気機械のロータ磁石の製造方法では、αFeとR−TM−B(Rは、NdまたはPrであって、10原子%〜20原子%、Bは、5原子%〜20原子%、TMは、FeまたはFeの一部を0原子%〜16原子%の範囲でCo置換したもの)とのナノ複合組織の厚膜を、残留磁化Mr=0.95T以上の磁気的に等方性のαFeとRTM14Bのナノ複合多結晶集合組織の厚膜とし、更に当該厚膜から積層体を形成し、当該厚膜の面内多極磁化を行うものである。ただし、本発明で言う厚膜とは概ね50μm以上の膜とする。
【0010】
本発明に係るαFeとR−TM−Bナノ複合組織の厚膜は、例えば厚さ15μm〜40μmの無定形急冷凝固薄帯をレーザカット等により所定の直径を有する円形、もしくは中空円形厚膜に加工したものでも差し支えない。
【0011】
本発明に係る厚膜の、より好ましい形態は、パルスレーザディポジッション(PLD)により平均堆積層の厚さが60nm以下のαFe、並びに前記αFe平均堆積層以下の厚さとしたR−TM−Bを交互に10層以上堆積した所定の直径を有する円形、または中空円形厚膜とし、さらに前記厚膜を所定数積層した積層体としたのち、結晶化と当該厚膜の面内多極磁化とを行う。
さらに、PLDはパルス周波数30Hz以上、1パルス当たり1nm以上の成膜能を有することが好ましい。
加えて、500℃〜800℃で結晶化し、当該冷却過程における500℃〜310℃の範囲で極数に対応した数の永久磁石を規則的に配置した界磁による多極磁界中での冷却で
、積層体を構成する全ての厚膜に対して面内多極磁化を行うことが好ましい。
以下に、背景の技術の欄にて示した特許文献および非特許文献を記載する。また、発明が解決しようとする課題の欄ほかにて引用する特許文献および非特許文献を記載する。
【特許文献1】特表平9−501820号公報
【特許文献2】特開2002−532047号公報
【特許文献3】特開平9−23771号公報
【特許文献4】特開平11−288812号公報
【非特許文献1】太田 斎, 小原隆雄, 唐田行庸, 武田宗久,三菱電機技報 Vol.75, pp.703-708 (2001).
【非特許文献2】H.Raisigel,O.Wiss,N.Achotte,O.Cugat,J.Delamare,Proc.of 18th Int. workshop on high performance magnets and their applications, Annecy, France, pp.942-944, (2004).
【非特許文献3】M. Nakano, S. Sato, R. Kato, H. Fukunaga, F. Yamashita, S. Hoefinger and J. Fidler, Proc. 18th Int. Workshop on High Performance Magnets and Their Applications, Annecy, France, pp.723-726 (2004).
【非特許文献4】伊東哲也,日本応用磁気学会誌, Vol.18, pp.922-927, (1994).
【非特許文献5】D. Hinz, O. Gutfleisch and K. H. Muller, Proc. 18th Int. Workshop on High Performance Magnets and Their Applications, Annecy, France, pp. 76-83 (2004).
【非特許文献6】J. Delamare, G. Reyne, O. Cugat, Proc. of 18th Int. workshop on high performance magnets and their applications, Annecy, France, pp.767-778, (2004).
【非特許文献7】山下文敏、日本応用磁気学会 第143回研究会資料、中央大駿河台記念館(2005)
【非特許文献8】Toepfer, B. Pawlowski, D. SchaBBel,Proc. of 18th Int. workshop on high performance magnets and their applications, pp.942-944, (2004).
【非特許文献9】H. Komura, M. Kitaoka, T. Kiyomiya, Y. Matsuo, Journal of Applied Physics,101, 09K104 (2007).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
微小回転電気機械の出力に関し、体積削減に伴うトルク低下を補う高速回転化が有効である。しかし、例えば、D.Hinzらの1.2Tの残留磁化Mrおよび290kJ/mと高いエネルギー密度(BH)maxを有する磁気的に異方性の微小磁石[非特許文献5]は、2極に限れば残留磁化Mrの水準を維持した径方向磁化の磁石を製造できる。しかし、4極以上の径方向への多極磁化は配向が困難で実質的に製造できない。このため、トルク密度や出力特性で有利な構造の径方向空隙型回転電気機械への応用は困難で、特に4極以上の多極化に関しては軸方向空隙型回転電気機械のロータ磁石に限定される。
【0013】
上記磁気異方性磁石は軸方向空隙型回転電気機械の高トルク化に有利な反面、S−T(Speed-Torque)垂下特性のために高速回転化が不利である。加えて、当該磁石は電気比抵抗が10−5Ωcm以下であるために、仮に高速回転化を行っても、渦電流による損失が増すという課題が生じる。このような、渦電流による損失は熱エネルギーとして当該磁石の温度を上昇させ、静磁界の減少(磁束損失)を引き起こす。したがって、高いエネルギー密度(BH)maxで知られる磁気的に異方性のダイアップセットまたは焼結による希土類磁石は、特に高速回転の径方向空隙型微小電気機械のロータ磁石としては損失増加と出力低下を引き起こすため、相乗的に当該微小回転電気機械の効率低下を招く。
以上のように、一般によく知られている磁気異方性の高(BH)max磁石は、特に径方向空隙型微小回転電気機械の出力や効率の観点から最適な構成でなく、微小回転電気機械の構造、或いは電気的設計自由度を狭めてしまうという課題がある。
【0014】
一方、上記磁気異方性の高残留磁化、高(BH)max磁石に対して、Toepferら、およびT.Speliotisらは微小回転電気機械のロータ磁石の電気比抵抗を10−1Ωcm程度、残留磁化Mrが、0.42T程度のボンド磁石とすることで渦電流を抑制し、高速回転化を図っている [非特許文献7および8]。しかし残留磁化Mrが、0.42T程度という水準は、微小回転電気機械のロータ磁石としては発生する静磁界が弱いため、トルク不足となるという課題がある。
【0015】
他方、微小ロータ磁石の径方向への多極磁化に関し、例えば、H.Komuraらはメルトスパンした急冷凝固薄帯から作製した等方性NdFe14B磁石粉末をエポキシ樹脂で固めた残留磁化Mr=0.62T〜0.68T程度のボンド磁石を、320℃以上に加熱し、磁界中冷却する多極磁化を報告している[非特許文献9]。
上記H.Komuraらのような圧縮成形ボンド磁石の電気比抵抗は、10Ωcm程度であるから、渦電流にかかわる課題は回避できる。しかし、多極磁化の過程で、磁石の主成分である磁石粉末やエポキシ樹脂の熱劣化は不可避である。このため、素材の磁気ポテンシャルの低下がある。さらに、磁石としての機械的強度の劣化は、ロータ磁石の高速回転における耐遠心力性などの信頼性に大きな課題がある。加えて、残留磁化Mrが0.62T〜0.68Tのボンド磁石ではToepferらおよびT. Speliotisらの例と同様に、微小回転電気機械のロータ磁石としては発生する静磁界が弱いため、トルクが不足するという残された課題もある。
【0016】
以上の背景技術に鑑み、本発明は、微小回転機械のロータ磁石として磁気的に等方性で、残留磁化Mrが0.95T以上であり、かつ、素材のポテンシャルを引き出す径方向4極以上の多極磁化、加えて高速回転に伴う渦電流を抑制するロータ磁石の製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題を解決するため、本発明に係る微小電気機械のロータ磁石の製造方法は、以下ような特徴を有する。
(1)αFeと、R−TM−B(ただし、Rは、NdまたはPrであって、10原子%〜20原子%、Bは5原子%〜20原子%、TMはFe、またはFeの一部を0原子%〜16原子%の範囲でCo置換したもの)とからなるナノ複合組織の厚膜を、残留磁化Mrが0.95T以上の磁気的に等方性のαFeとRTM14Bとのナノ複合多結晶集合組織の積層体とし、かつ、当該厚膜面内に多極磁化を行う微小電気機械のロータ磁石の製造方法。
(2)パルスレーザディポジッション(PLD)により、厚膜の平均堆積層の厚さが60nm以下のαFeと、該平均堆積層の厚さ以下の前記R−TM−Bと、を交互に10層以上堆積した構成とする(1)に記載する微小回転電気機械のロータ磁石の製造方法。
(3)パルスレーザディポジッション(PLD)により、平均堆積層の厚さが60nm以下のαFeと該平均堆積層の厚さが5nm〜20nmのRTM14Bと、を交互に10層以上堆積した構成とする(1)に記載する微小回転電気機械のロータ磁石の製造方法。(4)前記厚膜の積層体を500℃〜800℃で結晶化したのち、冷却過程における500℃〜310℃の範囲で極数に対応した数の永久磁石を規則的に配置した界磁による多極磁界中での冷却で、前記積層体を構成する全ての前記厚膜に対して面内多極磁化を行う(1)から(3)のいずれかに記載する微小回転電気機械のロータ磁石の製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明は、微小回転電気機械のロータ磁石の製造方法に関する。とくに好ましくは、PLDを用いたナノ複合組織のマニピュレーション技術によって人工的に制御されたαFeとR-TM-Bを10層以上交互に堆積したナノ複合組織を有する厚膜を作製する。そし
て、R-TM-Bの結晶化により磁気的に等方性で、かつ残留磁化が0.95T以上の着磁性に優れたナノ複合多結晶集合組織の厚膜積層体とし、必要に応じて、磁界中冷却による面内多極磁化を施す。これにより、トルク密度に有利な径方向空隙型回転電気機械において、多極化による高トルク化、高速回転化による高出力化を行っても、渦電流による損失増や出力減を抑えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
先ず、本発明に係るαFeとRTM14Bとのナノ複合多結晶集合組織を有する厚膜の磁気ポテンシャルについて説明する。
例えば、高保磁力のRTM14Bと交換結合する高飽和磁化のαFeが存在すると、逆磁界の下でαFeから先に磁化反転が始まり、磁石全体の保磁力HcJ低下の主因となる。しかし、αFeのサイズを磁壁の幅以下に抑えると、逆磁界下における不均一磁化反転が抑制される。その結果、磁石全体の保磁力HcJは高保磁力のRTM14Bの磁気異方性に支配されるために、その低下が抑えられる。一方、αFeから、より高い磁束を得るには、αFeの体積比を増す必要があり、そのためには、高保磁力のRTM14Bのサイズをできる限り小さくすればよい。RTM14Bの大きさは、やはり磁壁幅以下であればよいが、あまり狭いと保磁力HcJを維持するのが困難になるので磁壁幅程度に抑えるのが好ましい。磁壁幅はπ(A/K)1/2、(A:交換スティッフネス定数、K:磁気異方性エネルギー)で見積もられるので、例えば、αFeとNdFe14Bとすると、それぞれ60nm、および数nm程度となる。このように、本発明に係るPLDによる厚膜の構成は、αFeの平均堆積層の厚さを60nm以下とし、加えて、少なくとも前記αFeの平均堆積層の厚さ以下のR−TM−BをαFeと交互に10以上堆積した構成とする必要がある。
なお、エネルギー密度(BH)maxが最大となるときのRTM14Bの体積比fhは、近似的に、数1(以下(1)式)で与えられ、このときの(BH)maxは、数2(以下(2)式)となる。
【0020】
【数1】


【数2】


(ただし、(1)式、(2)式において、Msは、αFeの磁化、Khは、RTM14Bの磁気異方性エネルギー、MhはRTM14Bの磁化である。)
【0021】
ところで、NdFe14B磁石の磁気異方性エネルギーKhは、107J/m程度であるのに対し、αFeのμ0Ms/4は、10J/m程度である。したがって、RTM14Bの体積比fhは、10%程でよいことになる。なお、エネルギー密度(BH)maxは、主にαFeの磁化に支配され、定量的には、μ0Ms/4に僅かな補正が加わる形となる。また、(2)式においてαFeとNdFe14Bとした場合は、fh=10%で、(BH)max=0.8MJ/m(100MGOe)が期待される。
以上のようなエネルギー密度(BH)maxを得るには、αFeとNdFe14Bとが接触界面で充分な磁気的結合を有し、それぞれの厚さを磁壁幅程度に制御する必要がある。詳細な計算機シミュレーションによれば、結晶粒径10mm程度の均一なナノ複合組
織が形成できれば、磁気異方性磁石では、(BH)max=700kJ/mとなり、磁気的に等方性の磁石では300kJ/m程度が期待される。なお、この時点でこのような異方性磁石が作製された例はないが、本発明に係る実施形態が対象とする等方性磁石では200kJ/m程度までは得られる。
【0022】
なお、RTM14Bとナノ複合多結晶集合組織を構成する一方の相として、Fe-B系も知られている。しかし、Fe−B系の飽和磁化Msは、RTM14Bとほぼ同じ1.6T程度である。したがって、本発明に係る微小回転電気機械のロータ磁石に関しては、高残留磁化Mrが得やすく、比較的容易に磁化が行えるαFeが適している。
一方、αFe/R−TM−N系(RはSm、TMはFe)ナノ複合組織は、R−TM−Nの分解のためにPLDの適用が困難である。
【0023】
次に、本発明に係る人工的に制御されたナノ複合組織を10層以上、交互に堆積した厚膜作製について説明する。
【0024】
本発明に係る実施形態では、高速堆積が可能なPLDによるナノ構造のマニピュレーション技術を用いる。例えば、厚さ0.1mmのナノ複合集合組織の厚膜を作製するには10nmの膜であれば10層堆積する必要がある。しかしながら、パルス周波数30Hz、1パルス当たり1nm程度堆積可能なPLD装置を用いれば、1時間程で所望のナノ複合組織を有する厚膜が作製可能となる。
【0025】
本発明に係るナノ複合組織を有する厚膜は、平均堆積層の厚さが60nm以下のαFe、並びにαFeの平均堆積層以下の厚さのR−TM−B(RはNdまたはPrであって10原子%〜20原子%、Bは、5原子%〜20原子%、TMは、Fe、またはFeの一部をCo置換したもの)を10以上交互に堆積したものである。さらに好ましくは、R−TM−B平均堆積層の厚さを5nm〜20nm、より好ましくは、αFe、R−TM−Bの平均堆積層の厚さを両者ともに5nm〜20nmとする。なお、Al、Ti、V、Cr、Mn、Bi、Nb、Ta、Mo、W、Sb、Ge、Ga、Sn、Zr、Ni、Si、ZnおよびHfのうち少なくとも1種は、ナノ複合多結晶集合組織の保磁力HcJ、減磁曲線の角型性Hk/HcJなどの改善のために適宜添加することができる。また、交互にαFe、R−TM−Bを堆積する際、Taなどのバッファを形成させることも差し支えない。
上記のPLDによる厚膜は、真空度≦10−6Torr、堆積速度≧50μm/hで作製できる。また、αFe、RTM14Bを交互に堆積するための基板温度は、R−TM−B堆積時の酸化抑制のために室温付近とすることが望ましい。
【0026】
なお、PLDターゲットは、αFeおよびR−TM−Bから構成する。また、それらは個別であっても、一体化した構成であっても差し支えない。各堆積層の厚さは、ターゲットの回転速度および基板とターゲットとの間の距離を制御することにより行う。また、各々の堆積比率(平均組成を変化させることに相当)、および各層の厚さ(交換相互作用の相対的強度を変えることに相当)を制御することで、ナノ複合組織の最適化を行うことができる。したがって、PLDによるナノ複合組織制御は、メルトスパンなどの急冷凝固薄帯によるナノ複合組織の形態制御に比べて格段に優れるものである。
以上のような、ナノ複合多結晶集合組織を人工的にマニピュレーションする技術を外部に必要な静磁界を与える微小回転電気機械のロータ磁石に適用する例は殆ど知られていない。磁石は、エネルギーを蓄える素子であり、膜形成のようなボトムアップ技術からは当該磁石が得られないとされたためと言える。
【0027】
次に、本発明に係るαFeとRTM14Bのナノ複合多結晶集合組織を得るために行うR−TM−Bの結晶化について説明する。
本発明に係る急冷凝固薄帯およびPLDに係る成膜条件で得られるナノ複合組織を有する厚膜のR−TM−B堆積層は、非晶質である。このため、この段階では保磁力HcJは発現しない。そこで、厚膜またはそれを所定数積層した積層体とし、R−TM−Bを結晶化することでαFeとRTM14Bとのナノ複合多結晶集合組織とする。
【0028】
結晶化は、熱処理によるが、温度は、R−TM−Bの結晶化温度、すなわち、約773K(500℃)以上とする。また、1073K(800℃)を超えるとRTM14Bの粒成長のため、保磁力HcJが急激に減少する。したがって、熱処理温度は、773K(500℃)から1073K(800℃)が適当である。また、より好ましくは、熱処理中の拡散による積層構造の乱れが少なく、かつR−TM−Bが十分に結晶化する773K(550℃)から923K(650℃)である。
なお、結晶化に際し、熱処理に保持時間は必要ではなく、厚膜のナノ複合多結晶集合組織の最適化によって磁気ポテンシャルを高めるには、むしろ所定の温度への急速加熱と冷却とを行うことが望ましい。
【0029】
次に、本発明に係る磁気的に等方性のナノ複合多結晶集合組織を有する厚膜の面内多極磁化および積層体の渦電流について説明する。
熱処理による結晶化により、本発明に係る磁気的に等方性のナノ複合多結晶集合組織を有する円形、または中空円形厚膜、または前記厚膜から構成した所定の寸法を有する積層体が得られる。なお、熱処理は、不活性ガス雰囲気または真空中で行うが、冷却過程500℃〜310℃の範囲から、適宜、極数に対応した永久磁石を規則的に配置した界磁により、厚膜に面内多極磁化を施こす。ここで、前記面内多極磁化とは、等方性厚膜の径方向多極磁化を意味する。
【0030】
ところで、Feの一部をCo置換したとき、キュリー温度は、Co、1原子%当たり約10℃上昇する。面内多極磁化における温度310℃とは、RTM14B(R=NdまたはPr)のキュリー温度Tcである。また、Feの約16原子%をCo置換したときのキュリー温度は、約470℃であり、これより、やや高い500℃を磁界印加温度の上限とする。なお、500℃は、R2TM14Bの結晶化温度に相当し、この温度を超えると結晶化したR2TM14Bが粒成長を起こし、保磁力HcJ、減磁曲線の角型性(Hk/HcJ)など磁気特性が低下するため好ましくない。加えてCo置換が増し、Fe量が減少すると飽和磁化Msの低下が大きくなるため、本発明ではCo量の上限を飽和磁化Msの水準が維持された状態で、キュリー温度Tcによる残留磁化Mrの温度係数αを、約−0.07%/℃まで改善できる16原子%としている。
【0031】
一方、上記厚膜の電気比抵抗は、ボンド磁石ではないため、通常のRTM14B系焼結またはダイアップセットによる磁石と同じく10−5Ωcm程度である。しかし、所望の磁極数だけ厚膜の積層体を面内多極磁化し、主として径方向に発生する静磁界を利用する構成の微小回転電気機械は積層面(接触面)にとくに絶縁処理を施さずとも、当該接触面の電気抵抗で渦電流を遮断する構成となる。このために高速回転化しても渦電流損または渦電流から生じる磁石の自己発熱による磁束損失を抑制することができる。
【実施例】
【0032】
本発明を実施例により更に詳しく説明する。但し、本発明は実施例に限定されるものではない。
先ず、上記実施例4に係るPLDによるαFe/R-TM-Bナノ複合組織を有する厚膜製造について図面を用いて、またR-TM-Bの結晶化について以下に説明する。
図1は、本発明に係るPLD装置の要部構成を示す概念図である。ただし、図中、1は、レーザ、21、22、23は、それぞれαFe、およびR-TM-B、Taターゲットを指す。それらのターゲット21、22、23は、回転自在な支持台6の回転で交互にレー
ザ1の照射を受ける構成になっている。さらに、参照番号3は、レーザ1をターゲット21、22、23に照射したとき原子(分子)の引き剥がし(アブレーション)で生成するプリュームであり、4は、25mm×25mm、厚さ10μmのFe基板を指す。基板4の表面には直径0.9mmの貫通孔を設けたマスキングを配している。また、参照番号5は、αFeターゲット21、R-TM-Bターゲット22から生成したプリュームを、Taバッファ−層を設けながら、基板4の表面に10以上交互に堆積した直径0.9mmの厚膜である。
成膜は、排気系8により、真空チャンバ7内を5×10−7Torr〜2×10−6Torrとしたのち、ターゲット21または22に340mJのエネルギーを有するYAGレーザ1を、パルス周波数30Hzで180min、照射した。得られた膜は約300μmであり、1パルス当たり1nm程度堆積したことになる。
【0033】
次に、上記直径0.9mmのナノ複合組織の厚膜を基板から剥離し、10枚の積層体とし、昇温速度150℃/min、最高到達温度650℃、保持時間なしの条件でR-TM-Bを結晶化した。図2(A)は、当該厚膜の透過電子顕微鏡写真、図2(B)は、堆積方向100nmのNdおよびFeの元素分布を示す特性図である。図から明らかなように、膜のナノ構造はNd-rich、Fe-rich領域が交互に、ほぼ規則的に繰返す構造となっており、概ね10nm〜15nmのαFeとNdFe14Bとが交互に配列したナノ複合多結晶集合型組織であることが判る。
【0034】
次に、本発明に係る直径0.9mm、長さ3mmロータ磁石の磁気特性を、比較例と共に説明する。
表1は、本発明に係る平均厚さ300μmの厚膜を10枚積層した直径0.9mm、長さ3mmの径方向空隙型ロータ磁石の磁気特性を示す特性表である。ただし、表中の合金組成を示す数値は原子%で、実施例1〜3は急冷凝固薄帯を直径0.9mmにレーザカットしたαFe/NdFe14BまたはαFe/Pr(Fe,Co)14Bであり、実施例4は、PLDによるαFe/Nd2Fe14Bナノ複合多結晶集合組織を有する厚膜積層体である。また、着磁界Hmは、4MA/mである。
【0035】
表1に併記した比較例1〜比較例3は、本発明に係る実施例1〜実施例3に対応する急冷凝固薄帯を結晶化して粉砕した粉末をエポキシ樹脂と混合し、1GPaで圧縮して直径0.9mm、長さ3mmに成形したボンド磁石の特性値である。また、比較例4は、NdFe14B化学量論組成の粉末を、比較例1〜比較例3と同一条件で作製したNd2Fe14B単相の圧縮成形ボンド磁石である。
表1において、比較例4(NdFe14B単相のボンド磁石)の残留磁化Mrを1としたときαFe/RTM14Bナノ複合多結晶集合組織の比較例1〜3のMrは1.03〜1.05に過ぎない。しかし、本発明に係る実施例1〜3のMrは、1.35〜1.37、本発明に係る、より好ましい実施形態である実施例4のMrは、1.71に達する。なお、この水準はToepferら、およびT.SpeliotisらのMEMSモータのロータ磁石[非特許文献 7、8]の残留磁化Mr=0.42Tに比べると2.42倍に達する。
【表1】

【0036】
次に、本発明に係る実施例について、直径0.9mm、長さ3mmロータ磁石の不飽和着磁領域での残留磁化Mr、並びに面内多極磁化について、比較例とともに説明する。
図3は、実施例4の着磁界Hmに対する残留磁化Mrの変化、並びに比較例4を基準とした任意の着磁界Hmにおける残留磁化Mrの改良効果を示す特性図である。着磁界Hmが、ほぼ飽和着磁領域の4MA/mから減少しても、比較例4に対する残留磁化の優位性は1.71倍以上であり、Hmが0.3MA/mでは約14倍に達する。このように、本発明に係るロータ磁石は、その残留磁気Mrの水準ばかりか、微小回転電気機械の小型化、多極化に伴う着磁性低下への対応力も兼ね備えている。
【0037】
次に、本発明に係る実施例4のナノ複合組織を有する直径0.9mm、長さ3mmの積層体を、昇温速度150℃/min、最高到達温度650℃、保持時間なしの条件で、αFe/NdFe14Bのナノ複合多結晶集合組織の磁石とし、当該磁石の冷却過程350℃付近で図4のような10個の永久磁石を規則的に配置した界磁に挿入することにより多極磁界中で冷却した。ただし、図4において、5は直径0.9mmのロータ磁石10A、10Bは磁化方向の異なるSmCo系焼結磁石である。これにより、積層体を構成する10枚の厚膜に対して面内多極磁化を行った。
【0038】
図5の(A)は、上記磁極間距離0.28mmのロータ磁石52を2個用い、直径0.3mmの回転軸11により組立てた10極磁石ロータである。また、図5の(B)は、直径3mmのステータ12と組み合わせた径方向空隙型モータである。本モータは1パルス電流に対応する励磁コイルの起磁力により1ステップ角(7.5度)ロータが変位する所謂ステップモータで、例えば、50r.p.s.で0.1mNm以上のトルクを発生する。
以上のように、本発明に係るロータ磁石を利用した微小回転電気機械は、所謂Power MEMS分野の磁気デバイスの一つとして、動力、あるいは電力を発生するモータ、発電機など多様な新規用途に応用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明は、微小回転電気機械の多極磁化ロータ磁石として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】図1は、PLD装置の要部構成を示す概念図である。
【図2】図2は、(a)ナノ複合多結晶集合組織の透過電子顕微鏡写真、(b)ナノ複合多結晶集合組織のNd元素とFe元素の分布を示す特性図である。
【図3】図3は、着磁界Hmに対する残留磁化Mrの変化を示す特性図である。
【図4】図4は、界磁磁石の磁界中冷却による高残留磁化等方性磁石の面内多極磁化の概念図である。
【図5】図5は、本発明に係るロータ磁石と回転電気機械の外観図である。
【符号の説明】
【0041】
1:レーザ、21:αFeターゲット、22:R-TM-Bターゲット、23:Taターゲット、3:プリューム、4:基板、5:厚膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
αFeと、R−TM−B(ただし、Rは、NdまたはPrであって、10原子%〜20原子%、Bは、5原子%〜20原子%、TMは、FeまたはFeの一部を0原子%〜16原子%の範囲でCo置換したもの)とからなるナノ複合組織の厚膜を、残留磁化Mrが0.95T以上の磁気的に等方性のαFeとRTM14Bとのナノ複合多結晶集合組織の積層体とし、かつ、該厚膜面内に多極磁化を行う微小電気機械のロータ磁石の製造方法。
【請求項2】
パルスレーザディポジッション(PLD)により、厚膜の平均堆積層の厚さが60nm以下のαFeと、該平均堆積層の厚さ以下の前記R−TM−Bと、を交互に10層以上堆積した構成とする請求項1に記載の微小回転電気機械のロータ磁石の製造方法。
【請求項3】
パルスレーザディポジッション(PLD)により、平均堆積層の厚さが60nm以下のαFeと、該平均堆積層の厚さが5nm〜20nmのRTM14Bと、を交互に10層以上堆積した構成とする請求項1に記載の微小回転電気機械のロータ磁石の製造方法。
【請求項4】
前記厚膜の積層体を500℃〜800℃で結晶化したのち、冷却過程における500℃〜310℃の範囲で極数に対応した数の永久磁石を規則的に配置した界磁による多極磁界中での冷却で、前記積層体を構成する全ての前記厚膜に対して面内多極磁化を行う請求項1から請求項3のいずれかに記載の微小回転電気機械のロータ磁石の製造方法。

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−51132(P2010−51132A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−214647(P2008−214647)
【出願日】平成20年8月22日(2008.8.22)
【出願人】(000114215)ミネベア株式会社 (846)
【Fターム(参考)】