説明

成膜装置および成膜方法

【課題】 従来よりも低コストでAl−Sn合金被膜を形成する。
【解決手段】 蒸発源16を構成する銅製の坩堝18内には、BN製のハースライナ20が収容されており、このハースライナ20の中に、Al−Sn合金被膜の材料となる蒸発材料22が充填されている。つまり、蒸発材料22と坩堝18との間に、低熱伝導率のハースライナ20が介在している状態にある。従って、蒸発材料22の熱が坩堝18に伝わり難くなり、これによって当該蒸発材料22を十分に加熱し、蒸発させることができる。その結果、従来よりも高い成膜速度を得ることができ、ひいては成膜コストを低減することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、成膜装置および成膜方法に関し、特に例えば被処理物の表面にアルミニウム(Al)および錫(Sn)の合金被膜(以下、Al−Sn合金被膜と言う。)を形成する成膜装置および成膜方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車エンジン部品等に適用される被膜の分野においても、素材から鉛を排除するいわゆる鉛フリー化が求められており、かかる鉛フリー化を実現するための被膜として、Al−Sn合金被膜が期待されている。非特許文献1には、このAl−Sn合金被膜の適用例が開示されており、具体的には、スパッタリング法によって当該Al−Sn合金被膜(Al−20Sn合金;重量比で20[%]の錫を含むAl−Sn合金被膜)が形成されたスパッタ軸受と呼ばれるすべり軸受が、開示されている。
【非特許文献1】熊田喜生、「エンジン用すべり軸受の変遷」、トライボロジスト、社団法人日本トライボロジー学会、平成13年11月15日、第46巻、第11号、p.849−854
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、スパッタリング法による成膜処理は、真空蒸着法等の他の物理蒸着法による成膜処理に比べて、成膜速度(レート)が低いことが、知られている。従って、かかるスパッタリング法によってAl−Sn合金被膜を形成するという上述の非特許文献1に開示された従来技術では、当該Al−Sn合金被膜を形成するのにそれ相応の時間が掛かり、その分、成膜コストが高騰する、という問題がある。
【0004】
一方、スパッタリング法に代えて、真空蒸着法等の他の物理蒸着法による成膜処理によってAl−Sn合金被膜を形成する方策も、考えられる。この場合、Al−Sn合金被膜の材料、つまりアルミニウムおよび錫を混ぜ合わせた例えば粉末状の蒸発材料を、坩堝に充填し、この坩堝に充填された蒸発材料を、電子ビーム等によって加熱して蒸発させる必要がある。ところが、蒸発材料であるアルミニウムおよび錫の熱伝導率が比較的に高い(アルミニウム;240[W/(m・K)]、錫;60[W/(m・K)])ため、当該蒸発材料に与えられた熱が坩堝に奪われてしまい、この結果、蒸発材料が十分に加熱されず、ひいては実用的な成膜速度が得られなくなる。このことは、坩堝が水冷式のものである場合に、特に顕著になる。このようなことから、従来は、上述の如くコスト的には問題があるもののスパッタリング法による成膜処理が採用されていた。
【0005】
そこで、この発明は、従来よりも低コストでAl−Sn合金被膜を形成することができる成膜装置および成膜方法を提供することを、目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる目的を達成するために、第1の発明は、被処理物の表面にAl−Sn合金被膜を形成する成膜装置であって、内部に被処理物が成膜対象となる表面を下方に向けた状態で配置されると共に当該内部が排気される真空槽と、この真空槽の内部において被処理物の下方に配置されかつAl−Sn合金被膜の材料、つまりアルミニウムおよび錫を混ぜ合わせた蒸発材料が収容される収容手段と、この収容手段に収容された蒸発材料を加熱して蒸発させる加熱手段と、を具備する。そして、収容手段のうち蒸発材料が収容される部分が、断熱性を有する特定部材によって形成されたことを、特徴とするものである。
【0007】
即ち、この第1の発明では、真空槽内に、被処理物が、成膜対象となる表面を下方に向けた状態で配置される。そして、当該真空槽内において、被処理物の下方に収容手段が配置され、この収容手段にAl−Sn合金被膜の材料である例えば粉末状の蒸発材料が収容される。そして、この蒸発材料は、加熱手段によって加熱されて蒸発し、蒸発した蒸発材料は、被処理物の表面に付着する。つまり、真空蒸着法による成膜処理が行われる。ここで、収容手段のうち、蒸発材料が収容される部分は、断熱性を有する特定部材によって形成されている。換言すれば、蒸発材料と収容手段(特定部材以外の部分)との間に、当該特定部材が介在している状態にある。従って、かかる特定部材が介在することで、蒸発材料の熱が収容手段に伝わり難くなる。この結果、蒸発材料が十分に加熱され、従来よりも高い実用的な成膜速度が得られるようになる。
【0008】
なお、この第1の発明は、イオンプレーティング法の成膜装置にも応用することができる。それには、加熱手段によって加熱され蒸発した蒸発材料をイオン化するイオン化手段と、このイオン化手段によってイオン化された蒸発材料を被処理物の表面に衝突させるためのバイアス電力を当該被処理物に供給するバイアス電力供給手段とを、さらに設ければよい。
【0009】
また、特定部材を構成する素材としては、例えば窒化硼素(以下、BNと言う。)がある。
【0010】
さらに、特定部材は、収容手段のうち当該特定部材以外の部分に対し任意に着脱可能とするのが、望ましい。かかる特定部材は、例えばハースライナによって実現することができる。
【0011】
そしてさらに、加熱手段として、蒸発材料に電子ビームを照射することによって当該蒸発材料を加熱する電子銃を、採用してもよい。かかる電子銃によれば、蒸発材料を集中的に加熱することができる。そして、このように蒸発材料を集中的に加熱する構成において、この第1の発明は、当該蒸発材料の熱が収容手段に伝導するのを抑制し、ひいては当該蒸発材料を効率よく加熱するのに、極めて有効である。
【0012】
第2の発明は、被処理物の表面にAl−Sn合金被膜を形成する成膜方法であって、内部に被処理物が成膜対象となる表面を下方に向けた状態で配置されている真空槽の当該内部を排気する排気過程と、真空槽の内部において被処理物の下方に配置された収容手段に収容されている蒸発材料を加熱して蒸発させる加熱過程と、を具備する。そして、収容手段のうち蒸発材料が収容される部分が、断熱性を有する特定部材によって形成されていることを、特徴とするものである。
【0013】
即ち、この第2の発明は、第1の発明に対応する方法発明であり、よって第1の発明と同様の作用を奏する。
【0014】
なお、この第2の発明もまた、イオンプレーティング法に応用することができる。それには、加熱過程において加熱され蒸発した蒸発材料をイオン化するイオン化過程と、このイオン化過程においてイオン化された蒸発材料を被処理物の表面に衝突させるためのバイアス電力を当該被処理物に供給するバイアス電力供給過程とを、さらに設ければよい。
【発明の効果】
【0015】
この発明によれば、蒸発材料と収容手段との間に、断熱性を有する特定部材が介在しているので、当該蒸発材料の熱が収容手段に伝わり難くなる。この結果、蒸発材料が十分に加熱され、ひいてはスパッタリング法を採用する上述した従来技術に比べて十分に高い実用的な成膜速度が得られるようになる。よって、その分、成膜処理に掛かる時間が短縮され、従来よりも低コストでAl−Sn合金被膜を形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
この発明の第1実施形態について、図1および図2を参照して説明する。
【0017】
この第1実施形態は、図1に示す真空蒸着装置10にこの発明を適用したものであり、同図に示すように、当該真空蒸着装置10は、上部がドーム状に形成された概略円筒形の真空槽12を備えている。真空槽12は、耐食性および耐熱性の高い金属、例えばSUS304等のステンレス製とされており、安全のため、その壁部は、接地電位(GND)に接続されている。そして、真空槽12の底部の適宜位置には、排気口14が設けられており、この排気口14には、図示しない排気管を介して、真空槽12の外部にある図示しない排気手段としての真空ポンプが、結合されている。なお、真空槽12の内部の直径(内径)は、例えば約500[mm]であり、高さ寸法は、例えば約600[mm]である。
【0018】
そして、真空槽12の内部においては、その底部側に、水冷式の蒸発源16が、配置されている。この蒸発源16は、収容手段としての例えば銅製の坩堝18を備えており、この坩堝18の内側には、当該坩堝18の内側の形状および寸法に合わせて作製された特定部材としての概略カップ状(上部が開口された概略円筒形)のハースライナ20が、収容されている。なお、ハースライナ20は、断熱性を有する(低熱伝導率の)素材、例えばBNによって形成されており、その直径(外径)は約40[mm]、厚みは約3[mm]、深さ寸法は約17[mm]である。
【0019】
そして、ハースライナ20の中に、蒸発材料22が充填されている。換言すれば、蒸発材料22と坩堝18との間に、ハースライナ20が介在している状態にある。蒸発材料22は、例えば直径が150[μm]〜180[μm]のアルミニウム粉末と、これと略同径の錫粉末とが、攪拌機等によって混ぜ合わされたものであり、その混合比率は、重量比で、アルミニウム粉末が80[%]、錫粉末が20[%]とされている。
【0020】
また、蒸発源16は、加熱手段としての270度偏向型の電子銃24を内蔵している。この電子銃は、図示しない専用の電源装置によって通電されることで、電子ビームを発射する。そして、この電子ビームは、図1に矢印26で示すように、蒸発材料22に照射され、これによって当該蒸発材料22が加熱される。なお、電子銃24の出力(パワー)は、例えば最大で10[kW]である。
【0021】
そして、蒸発源16の上方に、例えば銅合金製の被処理物28が、配置されている。具体的には、被処理物28は、その成膜対象となる表面をハースライナ20(坩堝18)に対向させた状態で、保持手段としての基板台30によって保持されている。なお、この被処理物28の表面(成膜対象面)からハースライナ20の上面までの距離は、例えば約250[mm]とされている。また、これら被処理物28とハースライナ20との間には、図示しない開閉機構によって駆動されるシャッタ32が、設けられている。
【0022】
さらに、基板台30は、真空槽12の外部にあるバイアス電力供給手段としてのパルス電源装置34に接続されている。このパルス電源装置34は、後述する放電洗浄処理の際に、被対象物28に対しバイアス電力としての非対称パルス電力を供給するためのものである。ここで、非対称パルス電力とは、例えばハイレベル(Hレベル)の電圧値が+40[V]、ローレベル(Lレベル)の電圧値が−40[V]以下の、いわゆる負パルス電力であり、その周波数は、50[kHz]〜250[kHz]の範囲で任意に調整可能とされている。また、当該非対称パルス電力のデューティ比(1周期に対するハイレベル期間の比率)およびローレベルの電圧値も、任意に調整可能とされている。なお、パルス電源装置34の出力は、例えば最大で5[kW]である。
【0023】
そしてさらに、真空槽12の壁部の適宜箇所、例えば基板台30(被処理物28)よりも少し下方の位置に、当該真空槽12の内部に放電用ガスとしてのアルゴン(Ar)ガスを導入するためのガスノズル36が、設けられている。即ち、このガスノズル36は、真空槽12の外部において、図示しない配管路を介して図示しないアルゴンガス供給源に結合されている。そして、このアルゴンガス供給源から当該配管路およびガスノズル36を介して真空槽12内に、アルゴンガスが導入される。なお、配管路の途中には、当該配管路内を流れるアルゴンガスの流量を調整するための図示しない流量調整手段、例えばマスフローコントローラが、設けられている。
【0024】
このように構成された真空蒸着装置10によれば、被処理物28の表面をイオン衝突によって洗浄するという放電洗浄処理が行われた後、真空蒸着法による成膜処理によって当該被処理物28の表面にAl−Sn合金被膜が形成される。
【0025】
即ち、まず、真空ポンプによって、真空槽12内が10−3[Pa]程度の高真空状態にまで排気される。そして、この排気後、ガスノズル36を介して真空槽12内にアルゴンガスが導入される。このとき、真空槽12内の圧力が約4[Pa]となるように、上述のマスフローコントローラによってアルゴンガスの流量が調整される。この状態で、パルス電源装置34から被対象物28に対し非対称パルス電力が供給されると、真空槽12内のアルゴンガスが放電し、プラズマが発生する。そして、このプラズマ内のアルゴンイオンが被処理物28の表面に衝突することで、当該被処理物28の表面が洗浄され、つまり放電洗浄処理が行われる。
【0026】
なお、この放電洗浄処理が行われている最中は、シャッタ32は閉じられた状態にある。つまり、ハースライナ20と被処理物28との間は、当該シャッタ32によって遮蔽された状態にある。また、非対象パルス電力の態様としては、例えばハイレベルの電圧値が+40[V]、ローレベルの電圧値が−600[V]、周波数が100[kHz]、そしてデューティ比が20[%]であるのが、適当である。
【0027】
かかる放電洗浄処理が約20分間にわたって行われた後、真空槽12内へのアルゴンガスの導入、および被対象物28への非対称パルス電力の供給が、停止される。これによって、当該放電洗浄処理が終了される。続いて、Al−Sn合成被膜を形成するための成膜処理が行われる。
【0028】
この成膜処理においては、まず、シャッタ32が閉じられた状態で、電子銃24が通電される。これによって、蒸発材料22に電子ビーム26が照射され、当該蒸発材料22が加熱される。ここで、上述したように、蒸発材料22と坩堝18との間には、断熱性を有するBN製のハースライナ20が介在している。従って、加熱された蒸発材料22の熱は坩堝18に伝わり難く、よって、当該蒸発材料22は効率よく加熱され、蒸発する。そして、この蒸発材料22の蒸発量が安定した段階で、シャッタ32が開かれる。これによって、蒸発した蒸発材料22、つまりアルミニウムおよび錫の気体粒子が、被処理物28の表面に付着して、当該表面において冷却され固体になる。その結果、被処理物28の表面に、Al−Sn合金被膜が形成される。
【0029】
そして、希望の膜厚のAl−Sn合金被膜が形成されたところで、シャッタ32が閉じられると共に、電子銃24への通電が停止される。これによって、当該Al−Sn合金被膜の成膜処理が終了される。そして、一定の冷却期間が置かれた後、真空槽12の内部が大気に開放され、当該真空槽12の内部から被処理物28が取り出される。
【0030】
さて、上述の成膜処理時において、Al−Sn合金被膜の成膜速度は、電子銃24の出力(電子ビーム26のエネルギ)によって決まるが、その関係を、図2に丸(○)印で示す。この丸印で示される関係によれば、例えば電子銃24の出力が1.8[kW]であるときに、約500[Å/s]という成膜速度が得られることが、判る。つまり、例えば約30[μm]の膜厚のAl−Sn合金被膜を形成するのに、約10分間という比較的に短い時間だけ成膜処理を行えば足りることになる。
【0031】
また、参考までに、ハースライナ20が設けられていないときの電子銃24の出力とAl−Sn合金被膜の成膜速度との関係を、図2に四角(◇)印で示す。この四角印で示される関係によれば、例えば電子銃24の出力が9[kW]とされた場合でも、約40[Å/s]という成膜速度しか得られないことが、判る。つまり、ハースライナ20が設けられているときの約5倍もの電力が電子銃24に供給されても、当該ハースライナ20が設けられているときの1/10以下(1桁以下)の成膜速度しか得られない。これは、蒸発材料22の熱が坩堝18に逃げるためであり、この程度の成膜速度しか得られないようでは、もはや実用的ではない。
【0032】
このように、第1実施形態の真空蒸着装置10によれば、蒸発材料22と坩堝18とがBN製のハースライナ20によって熱的に遮断されているので、当該蒸発材料22の熱が坩堝18に伝わり難い。従って、蒸発材料22を効率よく加熱することができ、ひいては上述した従来技術よりも高い成膜速度でAl−Sn合金被膜を形成することができる。よって、その分、当該Al−Sn合金被膜を形成するための成膜処理に掛かる時間が短縮され、成膜コストが低減される。
【0033】
次に、この発明の第2実施形態について、図3を参照して説明する。
【0034】
この第2実施形態は、図3に示すイオンプレーティング装置100にこの発明を適用したものであり、同図に示すように、このイオンプレーティング装置100は、上述した第1実施形態の真空蒸着装置10に対しイオン化手段としてのイオン化機構102を設けたものである。なお、これ以外の構成は、第1実施形態の真空蒸着装置10と同様であるので、これら同様な部分には、当該第1実施形態の真空蒸着装置10と同一符号を付して、それらの詳細な説明は省略する。
【0035】
イオン化機構102は、電子放出手段としてのフィラメント104と、電子加速手段としてのイオン化電極106と、2つの直流電源装置108および110とを、備えている。このうち、フィラメント104は、例えば直径が1[mm]のタングステン(W)製の線状体であり、真空槽12の内部においてハースライナ20の上方、具体的には当該ハースライナ20の上面から10[mm]〜50[mm]、好ましくは20[mm]ほど離れた位置に、設けられている。そして、このフィラメント104の両端は、真空槽12の外部において一方の直流電源装置108に接続されている。なお、この直流電源装置108の負極側は、接地電位に接続されている。
【0036】
そして、真空槽12内においてフィラメント104の上方、具体的には当該フィラメント104から10[mm]〜50[mm]、好ましくは20[mm]ほど離れた位置に、イオン化電極106が設けられている。このイオン化電極106は、例えば長さ寸法が約100[mm]、幅寸法が約30[mm]、厚みが約3[mm]のモリブデン(Mo)製の板状体であり、真空槽12の外部において他方の直流電源装置110を介してフィラメント104に接続されている。これによって、イオン化電極106に対し、フィラメント104の電位を基準とする正電圧が、印加される。なお、上述したシャッタ32は、このイオン化電極106よりもさらに上方に設けられている。
【0037】
このように構成されたイオンプレーティング装置100によれば、第1実施形態の真空蒸着装置10と同じ要領で放電洗浄処理が行われた後、イオンプレーティング法によってAl−Sn合金被膜を形成するための成膜処理が行われる。
【0038】
即ち、放電洗浄処理の終了後、シャッタ32が閉じられた状態で、電子銃24が通電される。これによって、蒸発材料22が加熱され、蒸発する。そして、直流電源装置108からフィラメント104に対し、例えば45[A]〜50[A]の直流電流が供給される。すると、フィラメント104が赤熱し、当該フィラメント104から熱電子が放出される。さらに、直流電源装置110によって、フィラメント104を基準とする例えば20[V]〜60[V]の正電圧が、イオン化電極106に印加されると、熱電子は、20[eV]〜60[eV]のエネルギで、当該イオン化電極106に向かって加速される。
【0039】
そして、この熱電子が加速される過程で、当該熱電子は、蒸発した蒸発材料22、つまりアルミニウムおよび錫の気体粒子と非弾性衝突する。その衝撃によって、アルミニウムおよび錫の気体粒子は放電し、プラズマが発生する。なお、この放電によって気体粒子から弾き飛ばされた電子は、イオン化電極106に流れ込み、これによって当該イオン化電流106に大きな電流、言わばイオン化電極電流(または放電電流とも言う。)が、流れる。このイオン化電極電流の値は、蒸発材料22の蒸発量(蒸発速度)およびイオン化電極106に印加される電圧の大きさによって変わるが、概ね10[A]〜100[A]程度である。
【0040】
そして、上述のプラズマが安定した段階で、シャッタ32が開かれると共に、パルス電源装置32から被対象物28に対し非対称パルス電力が供給される。すると、プラズマ内のイオン化された気体粒子が、被対象物28の表面に衝突し、当該表面で冷却されて固体になる。この結果、被処理物28の表面にAl−Sn合金被膜が形成される。なお、この成膜処理時における非対象パルス電力の態様としては、例えばハイレベルの電圧値が+40[V]、ローレベルの電圧値が−100[V]、周波数が100[kHz]、そしてデューティ比が20[%]であるのが、適当である。
【0041】
かかる成膜処理によって希望の膜厚のAl−Sn合金被膜が形成されたところで、シャッタ32が閉じられると共に、電子銃24,被処理物28,フィラメント104およびイオン化電極106への通電が停止される。これによって、当該成膜処理が終了される。そして、一定の冷却期間が置かれた後、真空槽12の内部が大気に開放され、被処理物28が外部に取り出される。
【0042】
この第2実施形態のイオンプレーティング装置100によっても、第1実施形態の真空蒸着装置10と略同等の高い成膜速度が得られることが、実験により確認された。例えば、電子銃24の出力が1.5[kW]であるときに、約300[Å/s]という高い成膜速度が得られる。また、この第2実施形態のイオンプレーティング装置100によれば、第1実施形態の真空蒸着装置10よりも、被対象物28に対し密着性の高いAl−Sn合金被膜を形成することができる。
【0043】
以上で説明した第1実施形態および第2実施形態は、飽くまでこの発明を実現するための具体例であり、これら第1実施形態および第2実施形態の内容によってこの発明が限定されるものではない。
【0044】
例えば、ハースライナ20は、BN製に限らず、当該BNと略同等の断熱性を有する別の素材によって形成してもよい。勿論、当該素材の性質として、断熱性の他に、成膜処理時の熱に十分に耐え得る耐熱性、および蒸発材料22に対する耐食性も要求されることは、言うまでもない。
【0045】
また、ハースライナ20に代えて、坩堝18の内側をBN等の断熱性(および耐熱性、耐食性)のある素材で形成してもよい。ただし、ハースライナ20のように坩堝18に対して任意に着脱可能なものを用いる方が、作業上およびコスト上の観点から有利である。
【0046】
そして、加熱手段として電子銃24を用いたが、ヒータによる赤外線輻射を利用する等、当該電子銃24以外の手段を用いてもよい。
【0047】
さらに、被対象物28に供給するバイアス電力として、非対称パルス電力を用いたが、これに限らない。例えば、高周波電力や直流電力を用いてもよい。
【0048】
そして、特に第2実施形態において、イオン化手段として、フィラメント104,イオン化電極106,直流電源装置108および110から成るイオン化機構102を採用したが、これ以外の構成によって、当該イオン化手段を実現してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】この発明の第1実施形態の概略構成を示す図解図である。
【図2】同第1実施形態による効果を説明するためのグラフである。
【図3】この発明の第2実施形態の概略構成を示す図解図である。
【符号の説明】
【0050】
10 真空蒸着装置
12 真空槽
16 蒸発源
18 坩堝
20 ハースライナ
22 蒸発材料
24 電子銃
28 被処理物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被処理物の表面にアルミニウムおよび錫の合金被膜を形成する成膜装置であって、
内部に上記被処理物が上記表面を下方に向けた状態で配置され該内部が排気される真空槽と、
上記真空槽の内部において上記被処理物の下方に配置され上記合金被膜の材料が収容される収容手段と、
上記収容手段に収容された上記材料を加熱して蒸発させる加熱手段と、
を具備し、
上記収容手段の上記材料が収容される部分が断熱性を有する特定部材によって形成されたことを特徴とする、成膜装置。
【請求項2】
上記加熱手段によって加熱され蒸発した材料をイオン化するイオン化手段と、
上記イオン化手段によってイオン化された材料を上記被処理物の表面に衝突させるためのバイアス電力を該被処理物に供給するバイアス電力供給手段と、
をさらに備える、請求項1に記載の成膜装置。
【請求項3】
上記特定部材は窒化硼素製である、請求項1または2に記載の成膜装置。
【請求項4】
上記特定部材は上記収容手段の該特定部材以外の部分に対し任意に着脱可能である、請求項1ないし3のいずれかに記載の成膜装置。
【請求項5】
上記加熱手段は上記材料に電子ビームを照射する電子銃を含む、請求項1ないし4のいずれかに記載の成膜装置。
【請求項6】
被処理物の表面にアルミニウムおよび錫の合金被膜を形成する成膜方法であって、
内部に上記被処理物が上記表面を下方に向けた状態で配置されている真空槽の該内部を排気する排気過程と、
上記真空槽の内部において上記被処理物の下方に配置された収容手段に収容されている上記合金被膜の材料を加熱して蒸発させる加熱過程と、
を具備し、
上記収容手段の上記材料が収容される部分が断熱性を有する特定部材によって形成されていることを特徴とする、成膜方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2006−225680(P2006−225680A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−37436(P2005−37436)
【出願日】平成17年2月15日(2005.2.15)
【出願人】(000192567)神港精機株式会社 (54)
【Fターム(参考)】