排尿障害治療薬
【解決すべき課題】頻尿と排尿困難の2つの現象に対する治療薬を提供する。
【解決手段】GIRKチャネル活性化電流を抑制し、グリシン受容体活性化電流およびNMDA受容体活性化電流の抑制作用を持たない化合物を含有してなる排尿障害治療薬。
【解決手段】GIRKチャネル活性化電流を抑制し、グリシン受容体活性化電流およびNMDA受容体活性化電流の抑制作用を持たない化合物を含有してなる排尿障害治療薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は排尿障害治療薬に関する。本発明は脳血管障害に起因する排尿障害の治療用の排尿障害治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
WHOは21世紀において克服すべき3大疾患としてアルツハイマー病、骨粗鬆症と共に排尿障害を挙げている。未だに優れた治療薬がないこれら三つの疾患が、特に先進諸国において、増加の一途をたどることが予想されるためである。
【0003】
一方、排尿障害を起こす原因の一つである脳血管障害には急激に半身麻痺、言語障害や意識障害などが起こる脳卒中型に加え、歩行、嚥下、知能などの機能がゆるやかに障害される緩徐型、さらに無症候型もある。近年の診断技術の進歩に伴い、緩徐型と無症候型の発生頻度は、従来考えられていたよりも高いことが明らかにされてきた。排尿障害は、これら三つの型のいずれの型でも起こり、排尿障害が唯一の症状であることもある。また、脳血管障害の一つである脳梗塞は、高齢化や生活習慣の変化から増加の一途を辿っている。
【0004】
脳梗塞の後遺症として、代表的な後遺症である片側半身麻痺と同程度に、高頻度で神経因性膀胱といわれる排尿障害が発症している。
【0005】
脳血管障害による排尿障害には、(1)尿意を生じると我慢できない尿意切迫、切迫性尿失禁および頻尿となる過活動膀胱(以下「過活動膀胱」という)と、(2)排尿したい時に排尿できない排尿困難(以下「排尿困難」という)の二つの排尿機能障害がある。(1)は膀胱の痙攣、(2)は膀胱の麻痺または尿道抵抗の上昇によると考えられている。これらの障害は同一の患者におきることが多く、患者に大きな精神的ダメージを与えている。
【0006】
過活動膀胱についてはWHOが国際学会を推進するなど近年注目されている。我国では、過活動膀胱の患者は810万人と推定されている。この過活動膀胱については、いくつかの薬剤が開発されている。
【0007】
過活動膀胱の治療薬としては、例えば、平滑筋弛緩薬や抗コリン薬が使用されている。抗コリン薬は膀胱の収縮を防ぐ薬物で、失禁に良く効くが、眼圧が上がる、のどが乾くという副作用をもたらす。
【非特許文献1】Akaike, N. & Harata, N. (1994). Nystatin perforated patch recording and its applications to analyses of intracellular mechanisms. Jpn.J. Physiol., 44, 433-473.
【非特許文献2】赤池紀扶, 白崎哲哉.(1992). 神経細胞実験法. (編)岡部進. 生物薬科学実験講座14 臓器機能測定法I. 廣川書店, p3-29
【非特許文献3】Koizumi, J., Yoshida, Y., Nakazawa, T. & Onodera G. (1986). Experimental studies of ischemic rats in which recirculation can be introduced in the ischemic area. Jpn. J. Stroke, 8, 1-8.
【非特許文献4】Yaksh, T.L., Durant, P.A. & Brent, C.R. (1986). Micturition in rats: a chronic model for study of bladder function and effect of anesthetics. Am. J. Physiol. 251, R1177-1185.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
一方、排尿困難にはコリン作動薬なども使用されるが、排尿困難と過活動膀胱が同一患者で起きることが多いことなどもあり、効果の高い治療薬は現在知られていない。このため、有効な排尿困難治療薬の開発が望まれている。そこで、本発明は尿の排尿困難、特に脳血管障害による排尿困難に対する有効な治療薬を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明はGIRKチャネル活性化電流を抑制し、グリシン受容体活性化電流およびN−メチル−D−アスパラギン酸(NMDA)受容体活性化電流の抑制作用を持たない化合物を含有してなる排尿障害治療薬である。
【0010】
上記化合物は、クロペラスチンまたはその塩酸塩、もしくはフェンジゾ酸塩、塩酸カラミフェン、エタンジスルフォン酸カラミフェン、塩酸エプラジノン、ヒベンズ酸チペピジン、クエン酸イソアミニルからなる群から選ばれる1種以上の化合物であることが好ましい。
【0011】
排尿障害治療薬は、脳血管障害に起因する排尿困難の治療薬であることが好ましい。
【0012】
本発明は別の面から見ると、Gタンパク質共役型内向き整流性カリウムイオンチャネル(GIRKチャネル)の活性化電流、グリシン受容体の活性化電流およびNMDA受容体活性化電流の3つの電流を抑制する作用の有無を評価することによる排尿障害治療薬のスクリーニング方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明におけるクロペラスチンに代表される排尿障害治療薬は、尿道抵抗の上昇、尿流率の低下及び膀胱容量の減少を改善する効果を有し、脳血管障害後の排尿障害である過活動膀胱と排尿困難という2つの症状の改善に効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
従来、脳血管障害に基づく排尿困難に対して効果の高い治療薬は知られていなかった。本発明におけるクロペラスチンに代表される排尿障害治療薬は、尿道抵抗の上昇、尿流率の低下及び膀胱容量の減少を改善することから、特に脳血管障害に起因する神経因性膀胱に対する治療薬として有望であると考えられる。
【0015】
本発明の排尿障害治療薬は、(1)GIRKチャネル活性化電流を抑制する、(2)グリシン受容体活性化電流を抑制する作用を持たない、および(3)NMDA受容体活性化電流を抑制する作用を持たないという3つの特徴で定義される化合物、特に非麻薬性の中枢性鎮咳薬として市販されている化合物を含有してなる排尿障害治療薬である。
【0016】
GIRKチャネル活性化電流とは、GIRKチャネルの活性化により、カリウムイオンが細胞膜を横切って流れることに起因する膜電流である。このチャネルはセロトニン(5-HT)やノルアドレナリンなど様々な神経伝達物質受容体と共役しており、例えば5-HT1A受容体やアドレナリンα2受容体をそれぞれ刺激するセロトニンやノルアドレナリンにより活性化できる。
【0017】
本発明において、グリシン受容体活性化電流とは、グリシン受容体の活性化により、塩素イオンが細胞膜を横切って流れることに起因する膜電流のことである。従って、グリシン受容体活性化電流はグリシンにより誘発することができる。
【0018】
本発明において、アスパラギン酸電流とは、アスパラギン酸が興奮性アミノ酸受容体の一つであるNMDA受容体の活性化を起こすことにより流れる内向きの膜電流のことである。
【0019】
本発明における排尿障害治療薬の一次スクリーニングは、GIRKチャネル活性化電流、グリシン受容体活性化電流、およびNMDA受容体活性化電流を、好ましくは、非特許文献1に記載されているパッチクランプ法により測定することにより行う。パッチクランプ法にはニスタチン穿孔パッチクランプ法とホールセルパッチクランプ法の2種類がある。
【0020】
パッチクランプ法で用いる装置の1例を図1に示す。図1は本発明において膜電流を測定するためのシステムの1例を示した概要図である。図1において、1はニューロン、2はパッチクランプ用ガラス電極、3は試験液が流れるYチューブ、4はYチューブの試験液噴出口、5はチューブ内の試験液を交換するための吸引ポンプ、6は培養皿、7は還流液流入口、8は還流液流出口、9はアンプ、10はアース線である。
【0021】
図2は図1の要部拡大図で、11はY−チューブ、12はその噴出口、13はニューロン、14は膜電流を測定するための記録電極である
【0022】
膜電流の測定に用いるニューロン、特に好ましい縫線核と中心灰白質の単一ニューロンを単離する方法自体は公知であり、例えば、非特許文献2で赤池らが提案している方法を採用することができる。この方法では例えば、ラットの脳幹から脳薄切片をスライスし、酵素及び器械的処理により単離することができる。
【0023】
上記装置を用いたパッチクランプ法により膜電流を測定する方法としては、ホールパッチクランプ法と、ニスタチン穿孔パッチクランプ法が知られている。ホールパッチクランプ法では、記録電極を上記の急性単離した縫線核単一ニューロンに接触させ、電極内を陰圧にしてギガオームシールを形成後、さらに陰圧をかけて電極先端の細胞膜を破壊し、電極内と細胞内を貫通させることでセロトニンなどの細胞外投与よる膜電流を記録することができる。ニスタチン穿孔パッチクランプ法では、非特許文献1に記載されているように、記録電極にニスタチンを充填し、ギガオームシールを形成すると、電極内のニスタチンが細胞膜に穿孔を形成し、細胞内環境を維持したまま膜電流を記録することができる。
【0024】
膜電位および膜電流の記録にはバッチクランプ増幅器を用いることが好ましい。得られた電流波形は、オシロスコープ等で観察するとともにパソコンで解析し、必要であれば記録媒体、例えば、フレキシブルディスク、CD-R/RW、DVD、MO等に記録する。また、必要であれば、膜電流と膜電位を磁気テープに記録し、レコーダーで描画する。解析には、パッチクランプ解析システムを用いることが好ましい。
【0025】
GIRKチャネルなどの活性化電流を抑制するか否かの判断は、例えば、電流振幅を平均値±標準誤差として表し、薬物存在下と非存在下の間で統計学的に比較する。危険率p<0.05のとき、その差を有意であるとする。
【0026】
上記GIRKチャネル活性化電流を抑制し、グリシン受容体活性化電流およびNMDA受容体活性化電流を抑制しない化合物としては、例えば、クロペラスチン、カラミフェン、エブラジノン、エタンジスルフォン酸、ヒベンズ酸チペピジン、イソアミニル、メモルファン、オキセラジン、ペントキシベリン、エプラジノン、ベンプロペリン、グアイフェネシン、これらの塩酸塩、リン酸塩、クエン酸塩もしくはフェンジゾ酸塩などがある。これらは混合して用いてもよい。
【0027】
これらの化合物の中ではクロペラスチンまたはその塩酸塩、もしくはフェンジゾ酸塩、塩酸カラミフェン、エタンジスルフォン酸カラミフェン、塩酸エプラジノン、ヒベンズ酸チペピジン、クエン酸イソアミニルが好ましく、中でもクロペラスチンが最も好ましい。
【0028】
本発明で特に好ましい化合物として例示できるクロペラスチンは、下記構造式(1)で表される化合物(1-[2-[(4−クロロフェニル)フェニルメトキシ]エチル]ピペリジン )で、沸点は424℃、分子量は330で、緩和な抗ヒスタミン作用をもつ中枢性鎮咳薬として知られている。
【0029】
【化1】
【0030】
本発明で好ましい化合物として例示できるカラミフェンは、下記構造式(2)で表される化合物で、抗パーキンソン病薬としても知られている。
【0031】
【化2】
【0032】
本発明で好ましい化合物として例示できるチペピジンは、下記構造式(3)で表される化合物で、鎮痛薬としても知られている。
【0033】
【化3】
【0034】
クロペラスチンを始め上記例示した化合物はいずれも非麻薬性の中枢性鎮咳薬として市販されており、鎮咳薬製造あるいは販売会社から容易に購入することができる。
【0035】
本発明の排尿障害治療薬は、経口的(舌下投与を含む)または非経口的に投与される。このような薬剤の形態としては、錠剤 、カプセル剤 、細粒剤 、丸剤 、トローチ剤 、輸液剤 、注射剤 、坐剤 、軟膏剤 、貼付剤等を挙げることができる。
【0036】
化合物を生体内に投与する際の輸液剤としては、生理食塩水を主成分とし、それに必要に応じて他の水溶性の添加剤、薬液を配合したものを用いることができる。このような水に添加される添加剤としては、カリウム、マグネシウム等のアルカリ金属イオン、乳酸、各種アミノ酸、脂肪、グルコース、フラグトース、サッカロース等の糖質等の栄養剤、ビタミンA、B、C、D等のビタミン類、リン酸イオン、塩素イオン、ホルモン剤、アルブミン等の血漿蛋白、デキストリン、ヒドロキシエチルスターチ等の高分子多糖類等を挙げることができる。
【0037】
このような水溶液における化合物の濃度は、10-7Mから10-5Mの濃度の範囲とすることが好ましい。
【0038】
本発明の化合物を含む治療薬はまた固形剤として生体に投与することができる。固形剤としては、粉末、細粒、顆粒、マイクロカブセル、錠剤等を挙げることができる。このような固形剤の中では、好ましくは嚥下しやすい錠剤の形状をしていることが好ましい。
【0039】
化合物とともに錠剤を形成するための充填剤、粘結剤としては公知のもの、例えばオリゴ糖等を使用することが出来る。錠剤の直径は2〜10mm、厚さは1〜5mmの範囲にあることが好ましい。化合物を含む治療薬は、他の治療薬と混合されていてもよい。
【0040】
固形剤には通常用いられる種々の添加剤を配合することができる。このような添加剤としては、例えば、安定剤、界面活性剤、可溶化剤、可塑剤、甘味剤、抗酸化剤、着香剤、着色剤、保存剤、無機充填剤等を挙げることができる。
【0041】
界面活性剤としては、高級脂肪酸石鹸、アルキル硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩、アシルN−メチルタウリン塩、アルキルエーテルリン酸エステル塩、N−アシルアミノ酸塩等のアニオン界面活性剤;塩化アルキルトリメチルアンモニウム、塩化ジアルキルジメチルアンモニウム、塩化ベンザルコニウム等のカチオン界面活性剤、アルキルジメチルアミノ酢酸ベタイン、アルキルアミドジメチルアミノ酢酸ベタイン、2−アルキル−N−カルボキシ−N−ヒドロキシイミダゾリニウムベタイン等の両性界面活性剤、ポリオキシエチレン型、多価アルコールエステル型、エチレンオキシド・プロピレンオキシドブロック共重合体等の非イオン界面活性剤があるが、これらに限定されるものではない。
【0042】
嚥下性等の改良等の目的のため配合される無機充填剤としては、例えば、タルク、マイカ、二酸化チタン等を挙げることができる。
【0043】
安定剤としては、例えば、アジピン酸、アスコルビン酸等を挙げることができる。可溶化剤としては、ショ糖脂肪酸エステル、ステアリルアルコール等の界面活性剤、アスパラギン、アルギニン等を挙げることができる。甘味剤として、アスパルテーム、アマチャ、カンソウ等、ウイキョウ等を挙げることができる。
【0044】
懸濁化剤としては、カルボキシビニルポリマー等を、抗酸化剤としては、アスコルビン酸等を、着香剤としては、シュガーフレーバー等を、pH調整剤としてはクエン酸ナトリウム等を挙げることができる。
【0045】
本発明の排尿障害治療薬は、通常1回1〜40mg、好ましくは10mg〜20mg、1日3回までの範囲で体内に投与される。
【0046】
本発明の排尿障害治療薬、特にクロペラスチン(以下総称して「クロペラスチン」ということがある)が過活動膀胱とともに排尿困難を抑制するメカニズムについては、明らかではないが、同じ鎮咳薬であるデキストロメルトファンと対比すると、興味有る差がある。デキストロメトルファンは過活動膀胱を抑制するが、排尿困難は抑制しないか、むしろ増悪する。一方、クロペラスチンは過活動膀胱とともに排尿困難を抑制する。デキストロメトルファンとクロペラスチンは共にGIRKチャネル活性化電流を強く抑制するが、デキストロメトルファンは、NDMA受容体活性化電流およびグリシン受容体活性化電流をも抑制する。一方、クロペラスチンは、NDMA受容体活性化電流およびグリシン受容体活性化電流を抑制しない。
【0047】
過活動膀胱に対して、クロペラスチンは、脳梗塞後24時間以上経過した時点で過活動膀胱の改善効果を示す。また、尿道抵抗および尿流率においては、デキストロメトルファンが投与量を増すと増悪させるのに対して、クロペラスチンはコントロールレベルまで回復させる。
【0048】
残尿に関してデキストロメトルファンとクロペラスチンを対比すると、デキストロメトルファン投与後には残尿が認められるが、クロペラスチン投与後は残尿が認められない。
【実施例】
【0049】
次に実施例を挙げて本発明につき更に詳しく説明するが、本発明はその要旨を超えない限りこれらの実施例になんら制約されるものではない。
【0050】
(実施例1)
中大脳動脈(MCA)の閉塞による脳梗塞モデルラットを用い、脳梗塞後の膀胱機能の変化を解析した。解析ではシングルシストメトリー法を採用した。
【0051】
試験に用いたモデルラットは、体重250−280gのスプラーグ・ダウレイ系雄性ラットを九動(株)より購入し、熊本大学薬学部実験動物施設にて、室温22±2℃の環境下で飼育した。飼育中は固形飼料(CE−2)および飲料水(水道水)を自由に摂取させた。
【0052】
実験に用いた試薬は次のところから購入した。
デキストロメルトファン、クロペラスチン:SIGMA社製
グリシン、L−アスパッラギン酸:和光純薬工業製
ペントバルビタール:大日本製薬製
ハロタン:武田薬品
【0053】
梗塞形成の当日に膀胱内圧を測定する場合はハロタンで、梗塞形成の1日後に測定する場合はペントバビタール(45mg/kg)で麻酔した。麻酔後Koizumiの方法に準じて、ラットに左中大脳動脈塞栓による脳梗塞を作製した。
【0054】
実験に当って、ラットは図3Aのようにボールマンケージに固定し、無麻酔下に膀胱内圧曲線(CMG)を記録した。CMGの記録は、Yakshらの方法に準じて行った。図3Bに示したように、膀胱瘻の露出端を、三方活栓21とポリエチレンチューブ22(PE-50 , Becton Dickinson)を介して5 ccの注射筒23に接続した。注射筒23をインフュージョンポンプ24(Model A , Nihon Kohden)にセットし、これより37℃に保温した生理食塩水を、0.126 ml/minの速度で膀胱内に注入した。三方活栓21の他端は、CMG測定のためにポリエチレンチューブ25(PE-50 , Becton Dickinson)を介して圧トランスデューサー26(DX-360 , Nihon Kohden)に接続した。圧トランスデューサー26の電気信号は生体アンプ27(AP-641G , Nihon Kohden)で増幅し、ペンレコーダー28(RM-6100 , Nihon Kohden)でCMGとして描記した。尿道抵抗の上昇に伴い膀胱内に残留した生理食塩水が与える影響を防ぐため、CMGを記録するごとに膀胱内の生理食塩水を除去した。
【0055】
クロペラスチンの脳梗塞モデルラットへの投与は、クロペラスチンを生理食塩水に溶解し、静脈内に注射することにより投与した。1回の投与容量は0.1〜0.12mlとした。
【0056】
排尿障害に関する評価項目として、膀胱容量、最大膀胱内圧、排尿潜時、排尿閾値、膀胱コンプライアンス、尿流率、尿道抵抗、残尿量について調べた。なお、各測定値は図4に基づき算出した。
【0057】
梗塞形成24時間後の測定結果を図5〜図11に示す。図5は最大膀胱内圧の測定結果、図6は排尿閾値圧、図7は尿流率、図8は尿道抵抗、図9は膀胱の伸びやすさを示す膀胱コンプライアンス、図10は膀胱容量、図11は排尿潜時の測定結果を示したグラフである。クロペラスチン5mg/kgは膀胱容量、排尿潜時および尿流率を優位に増加させ、尿道抵抗を有意に減少させた。
【0058】
(比較例1)
実施例1と同様に梗塞を形成し、梗塞形成24時間後のモデルラットにつき、クロペラスチンを投与しない状態で排尿障害に関する評価項目の測定を行なった。測定結果を図5~図11に示す。
【0059】
(比較例2)
実施例1において、クロペラスチンを添加しない生理食塩水を投与する以外は実施例1と同様に行った。結果を図5~図11に示す。
【0060】
(実施例2)
梗塞形成の1.5〜3時間経過後のモデルマウスの膀胱容量、最大膀胱内圧、排尿潜時、排尿閾値圧、膀胱コンプライアンス、尿流率、尿道抵抗について調べた。結果を図12〜図18に示す。図12は最大膀胱内圧の測定結果、図13は排尿閾値圧、図14は尿流率、図15は尿道抵抗、図16は膀胱の伸びやすさを示す膀胱コンプライアンス、図17は膀胱容量、図18は排尿潜時の測定結果を示したグラフである。クロペラスチンによる効果は脳梗塞24時間後ほど顕著ではなかった。
【0061】
(比較例3)
実施例2と同様に梗塞を形成し、梗塞形成1.5〜3時間後のモデルラットにつき、クロペラスチンを投与しない状態で排尿障害に関する評価項目の測定を行なった。測定結果を図12~図18に示す。
【0062】
(比較例4)
実施例2において、クロペラスチンを添加しない生理食塩水を投与する以外は実施例2と同様に行った。結果を図12〜図18に示す。
【0063】
(実施例3)
GIRKチャネル活性化電流、グリシン受容体活性化電流、NMDA受容体活性化電流の測定に当り、まずラット縫線核および中心灰白質単一ニューロンの急性単離を行なった。単一中枢ニューロンの単離は、赤池らの方法に準拠した。以下に、その方法を略記する.実験動物は、Wistar系ラット生後10−16日齢(九動(株)から購入)を雌雄の区別なく使用した。ラットをネンブタール注射液で軽麻酔後、断頭し、すばやく脳幹を摘出した。次に、マイクロスライサー(DTK−1000,堂阪イーエム)を用いて400μmの厚さで脳薄切片を作成した。
【0064】
得られた脳薄切片を、95%酸素・5%二酸化炭素をバブリングしているクレブス液中で、室温にて30−60分間放置した。その後、プロネース(1mg/9ml)溶液中31℃で、30−40分間、次いでサーモリジン(1mg/lOml)溶液中31℃で、20分間酵素処理を行った。酵素処理後およそ60分間クレブス液中で放置した後、実体顕徹鏡(MS−5,Leica)下にマイクロフェザーメスまたは11番のメスを用いて縫線核領域または尾側腹外側中心灰白質を切り出した。
【0065】
切り出した脳薄切片を、クレブス液で満たした35mmの培養皿(Primaria3801,Becton Dickinson)に移し、この脳薄切片を倒立顕徹鏡(DM−IL, Leica)で観察しながら、先端径100〜500μmのガラスピペットを用いて機械的に分散して、図19に示すような縫線核および尾側腹外側中心灰白質単一ニューロンを得た。これらの操作は、すべて室温でおこなった。
【0066】
GIRKチャネル活性化電流、グリシン受容体活性化電流、NMDA受容体活性化電流の測定には、図1に示した装置を用いた。薬物はHEPES緩衝細胞外液に溶解し、Y-チューブ法により投与した。Y-チューブの一端を薬液のリザーバーに導き、もう一端を電磁弁、減圧ビンを介して吸引ポンプに接続した。薬液の投与は、電磁弁の開閉により行い、電磁弁が開くことで薬液をY-チューブ内に引き込み、薬液の液面とY-チューブの先端との水圧差により先端部から薬液を噴出させた。
【0067】
Y-チューブの先端は三次元マイクロマニピュレーターを用いて記録する細胞の細胞体中心部より水平方向に約200μm、培養皿の底面より高さ約50μmの位置で、Y-チューブから噴出する試験液の流れの中心に神経細胞がくるように配置した(図2)。
【0068】
膜電流は、パッチクランプ法全細胞記録様式にて測定した。倒立顕微鏡(TMD,Nikon)下に単離したニューロンが培養皿の底に接着しているのを確認した後、記録電極に矩形波電圧パルスを与えながら、三次元油圧マイクロマニピュレーター(MHW−3,Narishige)を用いて、電極先端を細胞表面に軽く接触させ、吸引により、ギガオームシールを形成した。ニスタチン穿孔パッチクランプ法で測定する場合は、ギガオームシールを形成後およそ1-10分間待つと、ニスタチンが記録電極直下の細胞膜にイオン透過性の高い小孔を形成し、全細胞記録様式を得た。従来型のホールセルクランプ法で測定する場合は、ギガオームシール形成後、記録電極内をさらに陰圧にすることで、記録電極直下の細胞膜を破壊し、全細胞記録様式を得た。
【0069】
膜電流の記録にはバッチクランプ増幅器(Axopatch 1D,Axon Instruments)を用いた。得られた電流波形はオシロスコープ(V−225,Hitachi)で観察するとともに、オンラインでパーソナルコンピュータ(DOS/V仕様)に記録した。また、同時にPCMプロセッサー(PCM Data Recording System Model RP−880,NF Electronic Institute)を介して、ビデオテープ(HV−FR30,Aiwa)にも保存した。コンピュータに保存した記録はレーザープリンタで、またビデオテープに保存した記録はサーマルアレイコーダ(RTA−1200,Nibon Kohdcn)で描記した。
【0070】
記録用ガラス電極(記録電極)は、外径1.5mm、内径0.9mmのガラス管から電極作製器(PP-83,Narishige)を用いて作製した。先端内径が約1μmで、電極内に内液を充填したときの直流抵抗が約6MΩのものを用いた。
【0071】
ニスタチン穿孔パッチクランプ法による記録のためには、以下の組成の電極内液を用いた。75 mM KCl, 60 mM K-gluconate, 10 mM HEPES, ニスタチン100〜200 μg/ml, pH 7.2。ホールセルパッチクランプ法による記録のためには、以下の組成の電極内液を用いた。70 mM KCl, 70 mM K-gluconate, 4 mM EGTA, 5 mM MgCl2, 4 mM Na2-ATP, 0.3 mM GTPγS, 10 mM HEPES, pH 7.0。
【0072】
ニスタチン保存溶液は、以下のように作成した。まず、メタノール1mlあたり10mgのニスタチンを添加し、超音波洗浄器を用いて、よく分散させた。その後、スターラーで溶液を攪拌しながら1NのHClを加えてニスタチンをよく溶解し、最後に、1NのNaOHを滴下してpHを約7.0とした。
【0073】
(参考例1)
ニューロンとして、排尿中枢のひとつPAG領域の、腹外側部より急性単離したニューロンを用い、薬液として10−4Mグリシンを用いて、実施例3に記載した方法でグリシン受容体活性化電流測定試験を行った。10−4Mグリシンは、保持電位―60mVで、活性化の速い内向き電流をひき起こした。(図20)
【0074】
(実施例4)
参考例1において、グリシンの投与前に予め3x10−4Mのクロペラスチンを30秒間前処置し、直ちにグリシンとクロペラスチンを同時投与した以外は参考例1と同様に行った。クロペラスチンは、このグリシン受容体活性化電流を抑制しなかった。(図20、図21)
【0075】
(比較例5)
クロペラスチンの代わりにデキストロメトルファンを用い、グリシン濃度として3x10−5Mを用いる以外は実施例4と同様に行った。結果を図22に示す。デキストロメトルファンは、グリシン活性化電流を抑制した。
【0076】
(参考例2)
ニューロンとして背側縫線核を用いた。薬液として3x10−4Mのアスパラギン酸を用い、実施例3に記載した方法でアスパラギン酸誘発NMDA受容体活性化電流の測定試験を行った。アスパラギン酸電流は、Mg2+非存在下、10−6Mのグリシン存在下で記録した。保持電位―60mVで、30秒間10−6Mのグリシンを前処置し、アスパラギン酸とグリシンを投与すると、活性化の速い内向き電流が記録された。(図23)
【0077】
(実施例5)
参考例2において、アスパラギン酸を投与する前に予め10−6Mのグリシンと10−5Mのクロペラスチンで30秒間前処置した以外は参考例2と同様に行った。得られた結果を図23に示す。クロペラスチンは、アスパラギン酸誘発NMDA受容体活性化電流を抑制しなかった。
【0078】
(比較例6)
デキストロメトルファンのNMDA受容体活性化電流に対する抑制作用の結果の1例を図24に示す。この図に示した実験においては、NMDA受容体活性化電流は、グリシン10−6Mを含む溶液の条件下で、NMDA自身によって発現させた。用いたNMDAの濃度は5x10−5Mである。
【0079】
(参考例3)
(GIRKチャネル活性化電流)
20mM K+と1.2mM Mg2+を含む細胞外液中で、セロトニンを投与する以外は実施例3と同様に行った。10−9M〜3x10−6Mのセロトニンは保持電位―80mVにおいてGIRKチャネル活性化電流を発生させた。(図25)
【0080】
(実施例6)
(セロトニン誘発GIRKチャネル活性化電流に対するクロペラスチンの作用)
参考例3において、セロトニンを投与する前に予め3x10−7M〜10−5Mのクロペラスチンに1分間前処置し、直ちにセロトニンとクロペラスチンを同時投与した以外は参考例3と同様に行い、クロペラスチンの効果を検討した。10−5Mのクロペラスチンは、5-HT1A受容体とカップルしたGIRKチャネル活性化電流をほぼ100%抑制した。(図26)
【0081】
(比較例7)
クロペラスチンの代わりにデキストロメトルファンを用いる以外は実施例6と同様に行った。結果を図27に示す。10−6M〜3x10−5Mのデキストロメルトファンは、セロトニン受容体とカップルしたGIRKチャネル電流を抑制した。
【0082】
デキストロメトルファンおよびクロペラスチンは5-HT1A受容体活性化電流を抑制するが、この作用は5-HT1A受容体に共役したGタンパク質共役型の内向き整流性Kイオンチャネル(GIRKチャネル)の活性化電流を抑制することによる。その作用を図28で説明する。図28は、GIRKチャネル活性化電流を測定した結果を示すグラフである。すなわち、GTP-γ-Sを細胞内に環流した条件下では、5-HTの投与により、Gタンパク質のβγサブユニットが持続的に活性化され、図28に示すように、内向きのGIRKチャネル活性化電流が持続的に流れる。この電流は5-HTを除去しても流れており、持続的であることがわかる。図28に示すように、この状態下では5-HT1A受容体および5-HT2受容体をブロックするスピペロン(Spi)ではその電流は抑制されないが、デキストロメロルファン(DM)やクロペラスチン(Clo)では抑制される。すなわち、この実験成績によって、デキストロメトルファンやスピペロンは5-HT1A受容体ではなくこの受容体に共役したGIRKチャネルの活性化電流を抑制したことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明は排尿障害治療薬に関する。本発明は脳血管障害に起因する排尿障害の治療用の排尿障害治療薬に関する。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】図1は、パッチクランプ法で用いる装置の一例を示した概略図である。
【図2】図2は、図1のパッチクランプ法で用いる装置の要部拡大図である。
【図3A】図3Aは、実施例において、ラットを固定する方法を示した写真である。
【図3B】図3Bは、実施例において実施した、ラットのシストメトログラム法を示した概略図である。
【図4】図4は、膀胱内圧曲線において、各評価項目を算出するための測定位置を示した図である。
【図5】図5は、最大膀胱内圧の測定結果を示したグラフである。
【図6】図6は、排尿閾値圧の測定結果を示したグラフである。
【図7】図7は、尿流率の測定結果を示したグラフである。
【図8】図8は、尿道抵抗の測定結果を示したグラフである。
【図9】図9は、膀胱コンプライアンスの測定結果を示したグラフである。
【図10】図10は、膀胱容量の測定結果を示したグラフである。
【図11】図11は、排尿潜時の測定結果を示したグラフである。
【図12】図12は、最大膀胱内圧の測定結果を示したグラフである。
【図13】図13は、排尿閾値圧の測定結果を示したグラフである。
【図14】図14は、尿流率の測定結果を示したグラフである。
【図15】図15は、尿道抵抗の測定結果を示したグラフである。
【図16】図16は、膀胱コンプライアンスの測定結果を示したグラフである。
【図17】図17は、膀胱容量の測定結果を示したグラフである。
【図18】図18は、排尿潜時の測定結果を示したグラフである。
【図19】図19は、本発明の実施例で用いた縫線核の顕微鏡写真の1例である。
【図20】図20は、グリシン活性化電流の測定結果を示した図である。
【図21】図21は、グリシン活性化電流の測定結果を示した図である。
【図22】図22は、グリシン活性化電流の測定結果を示した図である。
【図23】図23は、NMDA活性化電流の測定結果を示した図である。
【図24】図24は、NMDA活性化電流の測定結果を示した図である。
【図25】図25は、GIRKチャネル電流の測定結果を示した図である。
【図26】図26は、GIRKチャネル電流の測定結果を示した図である。
【図27】図27は、GIRKチャネル電流の測定結果を示した図である。
【図28】図28は、GIRKチャネル電流の測定結果を示した図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は排尿障害治療薬に関する。本発明は脳血管障害に起因する排尿障害の治療用の排尿障害治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
WHOは21世紀において克服すべき3大疾患としてアルツハイマー病、骨粗鬆症と共に排尿障害を挙げている。未だに優れた治療薬がないこれら三つの疾患が、特に先進諸国において、増加の一途をたどることが予想されるためである。
【0003】
一方、排尿障害を起こす原因の一つである脳血管障害には急激に半身麻痺、言語障害や意識障害などが起こる脳卒中型に加え、歩行、嚥下、知能などの機能がゆるやかに障害される緩徐型、さらに無症候型もある。近年の診断技術の進歩に伴い、緩徐型と無症候型の発生頻度は、従来考えられていたよりも高いことが明らかにされてきた。排尿障害は、これら三つの型のいずれの型でも起こり、排尿障害が唯一の症状であることもある。また、脳血管障害の一つである脳梗塞は、高齢化や生活習慣の変化から増加の一途を辿っている。
【0004】
脳梗塞の後遺症として、代表的な後遺症である片側半身麻痺と同程度に、高頻度で神経因性膀胱といわれる排尿障害が発症している。
【0005】
脳血管障害による排尿障害には、(1)尿意を生じると我慢できない尿意切迫、切迫性尿失禁および頻尿となる過活動膀胱(以下「過活動膀胱」という)と、(2)排尿したい時に排尿できない排尿困難(以下「排尿困難」という)の二つの排尿機能障害がある。(1)は膀胱の痙攣、(2)は膀胱の麻痺または尿道抵抗の上昇によると考えられている。これらの障害は同一の患者におきることが多く、患者に大きな精神的ダメージを与えている。
【0006】
過活動膀胱についてはWHOが国際学会を推進するなど近年注目されている。我国では、過活動膀胱の患者は810万人と推定されている。この過活動膀胱については、いくつかの薬剤が開発されている。
【0007】
過活動膀胱の治療薬としては、例えば、平滑筋弛緩薬や抗コリン薬が使用されている。抗コリン薬は膀胱の収縮を防ぐ薬物で、失禁に良く効くが、眼圧が上がる、のどが乾くという副作用をもたらす。
【非特許文献1】Akaike, N. & Harata, N. (1994). Nystatin perforated patch recording and its applications to analyses of intracellular mechanisms. Jpn.J. Physiol., 44, 433-473.
【非特許文献2】赤池紀扶, 白崎哲哉.(1992). 神経細胞実験法. (編)岡部進. 生物薬科学実験講座14 臓器機能測定法I. 廣川書店, p3-29
【非特許文献3】Koizumi, J., Yoshida, Y., Nakazawa, T. & Onodera G. (1986). Experimental studies of ischemic rats in which recirculation can be introduced in the ischemic area. Jpn. J. Stroke, 8, 1-8.
【非特許文献4】Yaksh, T.L., Durant, P.A. & Brent, C.R. (1986). Micturition in rats: a chronic model for study of bladder function and effect of anesthetics. Am. J. Physiol. 251, R1177-1185.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
一方、排尿困難にはコリン作動薬なども使用されるが、排尿困難と過活動膀胱が同一患者で起きることが多いことなどもあり、効果の高い治療薬は現在知られていない。このため、有効な排尿困難治療薬の開発が望まれている。そこで、本発明は尿の排尿困難、特に脳血管障害による排尿困難に対する有効な治療薬を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明はGIRKチャネル活性化電流を抑制し、グリシン受容体活性化電流およびN−メチル−D−アスパラギン酸(NMDA)受容体活性化電流の抑制作用を持たない化合物を含有してなる排尿障害治療薬である。
【0010】
上記化合物は、クロペラスチンまたはその塩酸塩、もしくはフェンジゾ酸塩、塩酸カラミフェン、エタンジスルフォン酸カラミフェン、塩酸エプラジノン、ヒベンズ酸チペピジン、クエン酸イソアミニルからなる群から選ばれる1種以上の化合物であることが好ましい。
【0011】
排尿障害治療薬は、脳血管障害に起因する排尿困難の治療薬であることが好ましい。
【0012】
本発明は別の面から見ると、Gタンパク質共役型内向き整流性カリウムイオンチャネル(GIRKチャネル)の活性化電流、グリシン受容体の活性化電流およびNMDA受容体活性化電流の3つの電流を抑制する作用の有無を評価することによる排尿障害治療薬のスクリーニング方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明におけるクロペラスチンに代表される排尿障害治療薬は、尿道抵抗の上昇、尿流率の低下及び膀胱容量の減少を改善する効果を有し、脳血管障害後の排尿障害である過活動膀胱と排尿困難という2つの症状の改善に効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
従来、脳血管障害に基づく排尿困難に対して効果の高い治療薬は知られていなかった。本発明におけるクロペラスチンに代表される排尿障害治療薬は、尿道抵抗の上昇、尿流率の低下及び膀胱容量の減少を改善することから、特に脳血管障害に起因する神経因性膀胱に対する治療薬として有望であると考えられる。
【0015】
本発明の排尿障害治療薬は、(1)GIRKチャネル活性化電流を抑制する、(2)グリシン受容体活性化電流を抑制する作用を持たない、および(3)NMDA受容体活性化電流を抑制する作用を持たないという3つの特徴で定義される化合物、特に非麻薬性の中枢性鎮咳薬として市販されている化合物を含有してなる排尿障害治療薬である。
【0016】
GIRKチャネル活性化電流とは、GIRKチャネルの活性化により、カリウムイオンが細胞膜を横切って流れることに起因する膜電流である。このチャネルはセロトニン(5-HT)やノルアドレナリンなど様々な神経伝達物質受容体と共役しており、例えば5-HT1A受容体やアドレナリンα2受容体をそれぞれ刺激するセロトニンやノルアドレナリンにより活性化できる。
【0017】
本発明において、グリシン受容体活性化電流とは、グリシン受容体の活性化により、塩素イオンが細胞膜を横切って流れることに起因する膜電流のことである。従って、グリシン受容体活性化電流はグリシンにより誘発することができる。
【0018】
本発明において、アスパラギン酸電流とは、アスパラギン酸が興奮性アミノ酸受容体の一つであるNMDA受容体の活性化を起こすことにより流れる内向きの膜電流のことである。
【0019】
本発明における排尿障害治療薬の一次スクリーニングは、GIRKチャネル活性化電流、グリシン受容体活性化電流、およびNMDA受容体活性化電流を、好ましくは、非特許文献1に記載されているパッチクランプ法により測定することにより行う。パッチクランプ法にはニスタチン穿孔パッチクランプ法とホールセルパッチクランプ法の2種類がある。
【0020】
パッチクランプ法で用いる装置の1例を図1に示す。図1は本発明において膜電流を測定するためのシステムの1例を示した概要図である。図1において、1はニューロン、2はパッチクランプ用ガラス電極、3は試験液が流れるYチューブ、4はYチューブの試験液噴出口、5はチューブ内の試験液を交換するための吸引ポンプ、6は培養皿、7は還流液流入口、8は還流液流出口、9はアンプ、10はアース線である。
【0021】
図2は図1の要部拡大図で、11はY−チューブ、12はその噴出口、13はニューロン、14は膜電流を測定するための記録電極である
【0022】
膜電流の測定に用いるニューロン、特に好ましい縫線核と中心灰白質の単一ニューロンを単離する方法自体は公知であり、例えば、非特許文献2で赤池らが提案している方法を採用することができる。この方法では例えば、ラットの脳幹から脳薄切片をスライスし、酵素及び器械的処理により単離することができる。
【0023】
上記装置を用いたパッチクランプ法により膜電流を測定する方法としては、ホールパッチクランプ法と、ニスタチン穿孔パッチクランプ法が知られている。ホールパッチクランプ法では、記録電極を上記の急性単離した縫線核単一ニューロンに接触させ、電極内を陰圧にしてギガオームシールを形成後、さらに陰圧をかけて電極先端の細胞膜を破壊し、電極内と細胞内を貫通させることでセロトニンなどの細胞外投与よる膜電流を記録することができる。ニスタチン穿孔パッチクランプ法では、非特許文献1に記載されているように、記録電極にニスタチンを充填し、ギガオームシールを形成すると、電極内のニスタチンが細胞膜に穿孔を形成し、細胞内環境を維持したまま膜電流を記録することができる。
【0024】
膜電位および膜電流の記録にはバッチクランプ増幅器を用いることが好ましい。得られた電流波形は、オシロスコープ等で観察するとともにパソコンで解析し、必要であれば記録媒体、例えば、フレキシブルディスク、CD-R/RW、DVD、MO等に記録する。また、必要であれば、膜電流と膜電位を磁気テープに記録し、レコーダーで描画する。解析には、パッチクランプ解析システムを用いることが好ましい。
【0025】
GIRKチャネルなどの活性化電流を抑制するか否かの判断は、例えば、電流振幅を平均値±標準誤差として表し、薬物存在下と非存在下の間で統計学的に比較する。危険率p<0.05のとき、その差を有意であるとする。
【0026】
上記GIRKチャネル活性化電流を抑制し、グリシン受容体活性化電流およびNMDA受容体活性化電流を抑制しない化合物としては、例えば、クロペラスチン、カラミフェン、エブラジノン、エタンジスルフォン酸、ヒベンズ酸チペピジン、イソアミニル、メモルファン、オキセラジン、ペントキシベリン、エプラジノン、ベンプロペリン、グアイフェネシン、これらの塩酸塩、リン酸塩、クエン酸塩もしくはフェンジゾ酸塩などがある。これらは混合して用いてもよい。
【0027】
これらの化合物の中ではクロペラスチンまたはその塩酸塩、もしくはフェンジゾ酸塩、塩酸カラミフェン、エタンジスルフォン酸カラミフェン、塩酸エプラジノン、ヒベンズ酸チペピジン、クエン酸イソアミニルが好ましく、中でもクロペラスチンが最も好ましい。
【0028】
本発明で特に好ましい化合物として例示できるクロペラスチンは、下記構造式(1)で表される化合物(1-[2-[(4−クロロフェニル)フェニルメトキシ]エチル]ピペリジン )で、沸点は424℃、分子量は330で、緩和な抗ヒスタミン作用をもつ中枢性鎮咳薬として知られている。
【0029】
【化1】
【0030】
本発明で好ましい化合物として例示できるカラミフェンは、下記構造式(2)で表される化合物で、抗パーキンソン病薬としても知られている。
【0031】
【化2】
【0032】
本発明で好ましい化合物として例示できるチペピジンは、下記構造式(3)で表される化合物で、鎮痛薬としても知られている。
【0033】
【化3】
【0034】
クロペラスチンを始め上記例示した化合物はいずれも非麻薬性の中枢性鎮咳薬として市販されており、鎮咳薬製造あるいは販売会社から容易に購入することができる。
【0035】
本発明の排尿障害治療薬は、経口的(舌下投与を含む)または非経口的に投与される。このような薬剤の形態としては、錠剤 、カプセル剤 、細粒剤 、丸剤 、トローチ剤 、輸液剤 、注射剤 、坐剤 、軟膏剤 、貼付剤等を挙げることができる。
【0036】
化合物を生体内に投与する際の輸液剤としては、生理食塩水を主成分とし、それに必要に応じて他の水溶性の添加剤、薬液を配合したものを用いることができる。このような水に添加される添加剤としては、カリウム、マグネシウム等のアルカリ金属イオン、乳酸、各種アミノ酸、脂肪、グルコース、フラグトース、サッカロース等の糖質等の栄養剤、ビタミンA、B、C、D等のビタミン類、リン酸イオン、塩素イオン、ホルモン剤、アルブミン等の血漿蛋白、デキストリン、ヒドロキシエチルスターチ等の高分子多糖類等を挙げることができる。
【0037】
このような水溶液における化合物の濃度は、10-7Mから10-5Mの濃度の範囲とすることが好ましい。
【0038】
本発明の化合物を含む治療薬はまた固形剤として生体に投与することができる。固形剤としては、粉末、細粒、顆粒、マイクロカブセル、錠剤等を挙げることができる。このような固形剤の中では、好ましくは嚥下しやすい錠剤の形状をしていることが好ましい。
【0039】
化合物とともに錠剤を形成するための充填剤、粘結剤としては公知のもの、例えばオリゴ糖等を使用することが出来る。錠剤の直径は2〜10mm、厚さは1〜5mmの範囲にあることが好ましい。化合物を含む治療薬は、他の治療薬と混合されていてもよい。
【0040】
固形剤には通常用いられる種々の添加剤を配合することができる。このような添加剤としては、例えば、安定剤、界面活性剤、可溶化剤、可塑剤、甘味剤、抗酸化剤、着香剤、着色剤、保存剤、無機充填剤等を挙げることができる。
【0041】
界面活性剤としては、高級脂肪酸石鹸、アルキル硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩、アシルN−メチルタウリン塩、アルキルエーテルリン酸エステル塩、N−アシルアミノ酸塩等のアニオン界面活性剤;塩化アルキルトリメチルアンモニウム、塩化ジアルキルジメチルアンモニウム、塩化ベンザルコニウム等のカチオン界面活性剤、アルキルジメチルアミノ酢酸ベタイン、アルキルアミドジメチルアミノ酢酸ベタイン、2−アルキル−N−カルボキシ−N−ヒドロキシイミダゾリニウムベタイン等の両性界面活性剤、ポリオキシエチレン型、多価アルコールエステル型、エチレンオキシド・プロピレンオキシドブロック共重合体等の非イオン界面活性剤があるが、これらに限定されるものではない。
【0042】
嚥下性等の改良等の目的のため配合される無機充填剤としては、例えば、タルク、マイカ、二酸化チタン等を挙げることができる。
【0043】
安定剤としては、例えば、アジピン酸、アスコルビン酸等を挙げることができる。可溶化剤としては、ショ糖脂肪酸エステル、ステアリルアルコール等の界面活性剤、アスパラギン、アルギニン等を挙げることができる。甘味剤として、アスパルテーム、アマチャ、カンソウ等、ウイキョウ等を挙げることができる。
【0044】
懸濁化剤としては、カルボキシビニルポリマー等を、抗酸化剤としては、アスコルビン酸等を、着香剤としては、シュガーフレーバー等を、pH調整剤としてはクエン酸ナトリウム等を挙げることができる。
【0045】
本発明の排尿障害治療薬は、通常1回1〜40mg、好ましくは10mg〜20mg、1日3回までの範囲で体内に投与される。
【0046】
本発明の排尿障害治療薬、特にクロペラスチン(以下総称して「クロペラスチン」ということがある)が過活動膀胱とともに排尿困難を抑制するメカニズムについては、明らかではないが、同じ鎮咳薬であるデキストロメルトファンと対比すると、興味有る差がある。デキストロメトルファンは過活動膀胱を抑制するが、排尿困難は抑制しないか、むしろ増悪する。一方、クロペラスチンは過活動膀胱とともに排尿困難を抑制する。デキストロメトルファンとクロペラスチンは共にGIRKチャネル活性化電流を強く抑制するが、デキストロメトルファンは、NDMA受容体活性化電流およびグリシン受容体活性化電流をも抑制する。一方、クロペラスチンは、NDMA受容体活性化電流およびグリシン受容体活性化電流を抑制しない。
【0047】
過活動膀胱に対して、クロペラスチンは、脳梗塞後24時間以上経過した時点で過活動膀胱の改善効果を示す。また、尿道抵抗および尿流率においては、デキストロメトルファンが投与量を増すと増悪させるのに対して、クロペラスチンはコントロールレベルまで回復させる。
【0048】
残尿に関してデキストロメトルファンとクロペラスチンを対比すると、デキストロメトルファン投与後には残尿が認められるが、クロペラスチン投与後は残尿が認められない。
【実施例】
【0049】
次に実施例を挙げて本発明につき更に詳しく説明するが、本発明はその要旨を超えない限りこれらの実施例になんら制約されるものではない。
【0050】
(実施例1)
中大脳動脈(MCA)の閉塞による脳梗塞モデルラットを用い、脳梗塞後の膀胱機能の変化を解析した。解析ではシングルシストメトリー法を採用した。
【0051】
試験に用いたモデルラットは、体重250−280gのスプラーグ・ダウレイ系雄性ラットを九動(株)より購入し、熊本大学薬学部実験動物施設にて、室温22±2℃の環境下で飼育した。飼育中は固形飼料(CE−2)および飲料水(水道水)を自由に摂取させた。
【0052】
実験に用いた試薬は次のところから購入した。
デキストロメルトファン、クロペラスチン:SIGMA社製
グリシン、L−アスパッラギン酸:和光純薬工業製
ペントバルビタール:大日本製薬製
ハロタン:武田薬品
【0053】
梗塞形成の当日に膀胱内圧を測定する場合はハロタンで、梗塞形成の1日後に測定する場合はペントバビタール(45mg/kg)で麻酔した。麻酔後Koizumiの方法に準じて、ラットに左中大脳動脈塞栓による脳梗塞を作製した。
【0054】
実験に当って、ラットは図3Aのようにボールマンケージに固定し、無麻酔下に膀胱内圧曲線(CMG)を記録した。CMGの記録は、Yakshらの方法に準じて行った。図3Bに示したように、膀胱瘻の露出端を、三方活栓21とポリエチレンチューブ22(PE-50 , Becton Dickinson)を介して5 ccの注射筒23に接続した。注射筒23をインフュージョンポンプ24(Model A , Nihon Kohden)にセットし、これより37℃に保温した生理食塩水を、0.126 ml/minの速度で膀胱内に注入した。三方活栓21の他端は、CMG測定のためにポリエチレンチューブ25(PE-50 , Becton Dickinson)を介して圧トランスデューサー26(DX-360 , Nihon Kohden)に接続した。圧トランスデューサー26の電気信号は生体アンプ27(AP-641G , Nihon Kohden)で増幅し、ペンレコーダー28(RM-6100 , Nihon Kohden)でCMGとして描記した。尿道抵抗の上昇に伴い膀胱内に残留した生理食塩水が与える影響を防ぐため、CMGを記録するごとに膀胱内の生理食塩水を除去した。
【0055】
クロペラスチンの脳梗塞モデルラットへの投与は、クロペラスチンを生理食塩水に溶解し、静脈内に注射することにより投与した。1回の投与容量は0.1〜0.12mlとした。
【0056】
排尿障害に関する評価項目として、膀胱容量、最大膀胱内圧、排尿潜時、排尿閾値、膀胱コンプライアンス、尿流率、尿道抵抗、残尿量について調べた。なお、各測定値は図4に基づき算出した。
【0057】
梗塞形成24時間後の測定結果を図5〜図11に示す。図5は最大膀胱内圧の測定結果、図6は排尿閾値圧、図7は尿流率、図8は尿道抵抗、図9は膀胱の伸びやすさを示す膀胱コンプライアンス、図10は膀胱容量、図11は排尿潜時の測定結果を示したグラフである。クロペラスチン5mg/kgは膀胱容量、排尿潜時および尿流率を優位に増加させ、尿道抵抗を有意に減少させた。
【0058】
(比較例1)
実施例1と同様に梗塞を形成し、梗塞形成24時間後のモデルラットにつき、クロペラスチンを投与しない状態で排尿障害に関する評価項目の測定を行なった。測定結果を図5~図11に示す。
【0059】
(比較例2)
実施例1において、クロペラスチンを添加しない生理食塩水を投与する以外は実施例1と同様に行った。結果を図5~図11に示す。
【0060】
(実施例2)
梗塞形成の1.5〜3時間経過後のモデルマウスの膀胱容量、最大膀胱内圧、排尿潜時、排尿閾値圧、膀胱コンプライアンス、尿流率、尿道抵抗について調べた。結果を図12〜図18に示す。図12は最大膀胱内圧の測定結果、図13は排尿閾値圧、図14は尿流率、図15は尿道抵抗、図16は膀胱の伸びやすさを示す膀胱コンプライアンス、図17は膀胱容量、図18は排尿潜時の測定結果を示したグラフである。クロペラスチンによる効果は脳梗塞24時間後ほど顕著ではなかった。
【0061】
(比較例3)
実施例2と同様に梗塞を形成し、梗塞形成1.5〜3時間後のモデルラットにつき、クロペラスチンを投与しない状態で排尿障害に関する評価項目の測定を行なった。測定結果を図12~図18に示す。
【0062】
(比較例4)
実施例2において、クロペラスチンを添加しない生理食塩水を投与する以外は実施例2と同様に行った。結果を図12〜図18に示す。
【0063】
(実施例3)
GIRKチャネル活性化電流、グリシン受容体活性化電流、NMDA受容体活性化電流の測定に当り、まずラット縫線核および中心灰白質単一ニューロンの急性単離を行なった。単一中枢ニューロンの単離は、赤池らの方法に準拠した。以下に、その方法を略記する.実験動物は、Wistar系ラット生後10−16日齢(九動(株)から購入)を雌雄の区別なく使用した。ラットをネンブタール注射液で軽麻酔後、断頭し、すばやく脳幹を摘出した。次に、マイクロスライサー(DTK−1000,堂阪イーエム)を用いて400μmの厚さで脳薄切片を作成した。
【0064】
得られた脳薄切片を、95%酸素・5%二酸化炭素をバブリングしているクレブス液中で、室温にて30−60分間放置した。その後、プロネース(1mg/9ml)溶液中31℃で、30−40分間、次いでサーモリジン(1mg/lOml)溶液中31℃で、20分間酵素処理を行った。酵素処理後およそ60分間クレブス液中で放置した後、実体顕徹鏡(MS−5,Leica)下にマイクロフェザーメスまたは11番のメスを用いて縫線核領域または尾側腹外側中心灰白質を切り出した。
【0065】
切り出した脳薄切片を、クレブス液で満たした35mmの培養皿(Primaria3801,Becton Dickinson)に移し、この脳薄切片を倒立顕徹鏡(DM−IL, Leica)で観察しながら、先端径100〜500μmのガラスピペットを用いて機械的に分散して、図19に示すような縫線核および尾側腹外側中心灰白質単一ニューロンを得た。これらの操作は、すべて室温でおこなった。
【0066】
GIRKチャネル活性化電流、グリシン受容体活性化電流、NMDA受容体活性化電流の測定には、図1に示した装置を用いた。薬物はHEPES緩衝細胞外液に溶解し、Y-チューブ法により投与した。Y-チューブの一端を薬液のリザーバーに導き、もう一端を電磁弁、減圧ビンを介して吸引ポンプに接続した。薬液の投与は、電磁弁の開閉により行い、電磁弁が開くことで薬液をY-チューブ内に引き込み、薬液の液面とY-チューブの先端との水圧差により先端部から薬液を噴出させた。
【0067】
Y-チューブの先端は三次元マイクロマニピュレーターを用いて記録する細胞の細胞体中心部より水平方向に約200μm、培養皿の底面より高さ約50μmの位置で、Y-チューブから噴出する試験液の流れの中心に神経細胞がくるように配置した(図2)。
【0068】
膜電流は、パッチクランプ法全細胞記録様式にて測定した。倒立顕微鏡(TMD,Nikon)下に単離したニューロンが培養皿の底に接着しているのを確認した後、記録電極に矩形波電圧パルスを与えながら、三次元油圧マイクロマニピュレーター(MHW−3,Narishige)を用いて、電極先端を細胞表面に軽く接触させ、吸引により、ギガオームシールを形成した。ニスタチン穿孔パッチクランプ法で測定する場合は、ギガオームシールを形成後およそ1-10分間待つと、ニスタチンが記録電極直下の細胞膜にイオン透過性の高い小孔を形成し、全細胞記録様式を得た。従来型のホールセルクランプ法で測定する場合は、ギガオームシール形成後、記録電極内をさらに陰圧にすることで、記録電極直下の細胞膜を破壊し、全細胞記録様式を得た。
【0069】
膜電流の記録にはバッチクランプ増幅器(Axopatch 1D,Axon Instruments)を用いた。得られた電流波形はオシロスコープ(V−225,Hitachi)で観察するとともに、オンラインでパーソナルコンピュータ(DOS/V仕様)に記録した。また、同時にPCMプロセッサー(PCM Data Recording System Model RP−880,NF Electronic Institute)を介して、ビデオテープ(HV−FR30,Aiwa)にも保存した。コンピュータに保存した記録はレーザープリンタで、またビデオテープに保存した記録はサーマルアレイコーダ(RTA−1200,Nibon Kohdcn)で描記した。
【0070】
記録用ガラス電極(記録電極)は、外径1.5mm、内径0.9mmのガラス管から電極作製器(PP-83,Narishige)を用いて作製した。先端内径が約1μmで、電極内に内液を充填したときの直流抵抗が約6MΩのものを用いた。
【0071】
ニスタチン穿孔パッチクランプ法による記録のためには、以下の組成の電極内液を用いた。75 mM KCl, 60 mM K-gluconate, 10 mM HEPES, ニスタチン100〜200 μg/ml, pH 7.2。ホールセルパッチクランプ法による記録のためには、以下の組成の電極内液を用いた。70 mM KCl, 70 mM K-gluconate, 4 mM EGTA, 5 mM MgCl2, 4 mM Na2-ATP, 0.3 mM GTPγS, 10 mM HEPES, pH 7.0。
【0072】
ニスタチン保存溶液は、以下のように作成した。まず、メタノール1mlあたり10mgのニスタチンを添加し、超音波洗浄器を用いて、よく分散させた。その後、スターラーで溶液を攪拌しながら1NのHClを加えてニスタチンをよく溶解し、最後に、1NのNaOHを滴下してpHを約7.0とした。
【0073】
(参考例1)
ニューロンとして、排尿中枢のひとつPAG領域の、腹外側部より急性単離したニューロンを用い、薬液として10−4Mグリシンを用いて、実施例3に記載した方法でグリシン受容体活性化電流測定試験を行った。10−4Mグリシンは、保持電位―60mVで、活性化の速い内向き電流をひき起こした。(図20)
【0074】
(実施例4)
参考例1において、グリシンの投与前に予め3x10−4Mのクロペラスチンを30秒間前処置し、直ちにグリシンとクロペラスチンを同時投与した以外は参考例1と同様に行った。クロペラスチンは、このグリシン受容体活性化電流を抑制しなかった。(図20、図21)
【0075】
(比較例5)
クロペラスチンの代わりにデキストロメトルファンを用い、グリシン濃度として3x10−5Mを用いる以外は実施例4と同様に行った。結果を図22に示す。デキストロメトルファンは、グリシン活性化電流を抑制した。
【0076】
(参考例2)
ニューロンとして背側縫線核を用いた。薬液として3x10−4Mのアスパラギン酸を用い、実施例3に記載した方法でアスパラギン酸誘発NMDA受容体活性化電流の測定試験を行った。アスパラギン酸電流は、Mg2+非存在下、10−6Mのグリシン存在下で記録した。保持電位―60mVで、30秒間10−6Mのグリシンを前処置し、アスパラギン酸とグリシンを投与すると、活性化の速い内向き電流が記録された。(図23)
【0077】
(実施例5)
参考例2において、アスパラギン酸を投与する前に予め10−6Mのグリシンと10−5Mのクロペラスチンで30秒間前処置した以外は参考例2と同様に行った。得られた結果を図23に示す。クロペラスチンは、アスパラギン酸誘発NMDA受容体活性化電流を抑制しなかった。
【0078】
(比較例6)
デキストロメトルファンのNMDA受容体活性化電流に対する抑制作用の結果の1例を図24に示す。この図に示した実験においては、NMDA受容体活性化電流は、グリシン10−6Mを含む溶液の条件下で、NMDA自身によって発現させた。用いたNMDAの濃度は5x10−5Mである。
【0079】
(参考例3)
(GIRKチャネル活性化電流)
20mM K+と1.2mM Mg2+を含む細胞外液中で、セロトニンを投与する以外は実施例3と同様に行った。10−9M〜3x10−6Mのセロトニンは保持電位―80mVにおいてGIRKチャネル活性化電流を発生させた。(図25)
【0080】
(実施例6)
(セロトニン誘発GIRKチャネル活性化電流に対するクロペラスチンの作用)
参考例3において、セロトニンを投与する前に予め3x10−7M〜10−5Mのクロペラスチンに1分間前処置し、直ちにセロトニンとクロペラスチンを同時投与した以外は参考例3と同様に行い、クロペラスチンの効果を検討した。10−5Mのクロペラスチンは、5-HT1A受容体とカップルしたGIRKチャネル活性化電流をほぼ100%抑制した。(図26)
【0081】
(比較例7)
クロペラスチンの代わりにデキストロメトルファンを用いる以外は実施例6と同様に行った。結果を図27に示す。10−6M〜3x10−5Mのデキストロメルトファンは、セロトニン受容体とカップルしたGIRKチャネル電流を抑制した。
【0082】
デキストロメトルファンおよびクロペラスチンは5-HT1A受容体活性化電流を抑制するが、この作用は5-HT1A受容体に共役したGタンパク質共役型の内向き整流性Kイオンチャネル(GIRKチャネル)の活性化電流を抑制することによる。その作用を図28で説明する。図28は、GIRKチャネル活性化電流を測定した結果を示すグラフである。すなわち、GTP-γ-Sを細胞内に環流した条件下では、5-HTの投与により、Gタンパク質のβγサブユニットが持続的に活性化され、図28に示すように、内向きのGIRKチャネル活性化電流が持続的に流れる。この電流は5-HTを除去しても流れており、持続的であることがわかる。図28に示すように、この状態下では5-HT1A受容体および5-HT2受容体をブロックするスピペロン(Spi)ではその電流は抑制されないが、デキストロメロルファン(DM)やクロペラスチン(Clo)では抑制される。すなわち、この実験成績によって、デキストロメトルファンやスピペロンは5-HT1A受容体ではなくこの受容体に共役したGIRKチャネルの活性化電流を抑制したことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明は排尿障害治療薬に関する。本発明は脳血管障害に起因する排尿障害の治療用の排尿障害治療薬に関する。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】図1は、パッチクランプ法で用いる装置の一例を示した概略図である。
【図2】図2は、図1のパッチクランプ法で用いる装置の要部拡大図である。
【図3A】図3Aは、実施例において、ラットを固定する方法を示した写真である。
【図3B】図3Bは、実施例において実施した、ラットのシストメトログラム法を示した概略図である。
【図4】図4は、膀胱内圧曲線において、各評価項目を算出するための測定位置を示した図である。
【図5】図5は、最大膀胱内圧の測定結果を示したグラフである。
【図6】図6は、排尿閾値圧の測定結果を示したグラフである。
【図7】図7は、尿流率の測定結果を示したグラフである。
【図8】図8は、尿道抵抗の測定結果を示したグラフである。
【図9】図9は、膀胱コンプライアンスの測定結果を示したグラフである。
【図10】図10は、膀胱容量の測定結果を示したグラフである。
【図11】図11は、排尿潜時の測定結果を示したグラフである。
【図12】図12は、最大膀胱内圧の測定結果を示したグラフである。
【図13】図13は、排尿閾値圧の測定結果を示したグラフである。
【図14】図14は、尿流率の測定結果を示したグラフである。
【図15】図15は、尿道抵抗の測定結果を示したグラフである。
【図16】図16は、膀胱コンプライアンスの測定結果を示したグラフである。
【図17】図17は、膀胱容量の測定結果を示したグラフである。
【図18】図18は、排尿潜時の測定結果を示したグラフである。
【図19】図19は、本発明の実施例で用いた縫線核の顕微鏡写真の1例である。
【図20】図20は、グリシン活性化電流の測定結果を示した図である。
【図21】図21は、グリシン活性化電流の測定結果を示した図である。
【図22】図22は、グリシン活性化電流の測定結果を示した図である。
【図23】図23は、NMDA活性化電流の測定結果を示した図である。
【図24】図24は、NMDA活性化電流の測定結果を示した図である。
【図25】図25は、GIRKチャネル電流の測定結果を示した図である。
【図26】図26は、GIRKチャネル電流の測定結果を示した図である。
【図27】図27は、GIRKチャネル電流の測定結果を示した図である。
【図28】図28は、GIRKチャネル電流の測定結果を示した図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Gタンパク質共役型内向き整流性カリウムイオンチャネル(GIRKチャネル)の活性化電流を抑制し、グリシン受容体の活性化電流およびN−メチル−D−アスパラギン酸(NMDA)受容体の活性化電流を抑制する作用を持たない化合物を含有している排尿障害治療薬。
【請求項2】
上記化合物が、クロペラスチンまたはその塩酸塩、もしくはフェンジゾ酸塩、塩酸カラミフェン、エタンジスルフォン酸カラミフェン、塩酸エプラジノン、ヒベンズ酸チペピジン、クエン酸イソアミニルからなる群から選ばれる1種以上の化合物であることを特徴とする請求項1に記載の排尿障害治療薬
【請求項3】
排尿障害治療薬が、脳血管障害に起因する排尿困難の治療薬であることを特徴とする請求項1〜2に記載の排尿障害治療薬。
【請求項4】
Gタンパク質共役型内向き整流性カリウムイオンチャネル(GIRKチャネル)の活性化電流、グリシン受容体の活性化電流およびNMDA受容体活性化電流の3つの電流を抑制する作用の有無を評価することによる排尿障害治療薬のスクリーニング方法。
【請求項1】
Gタンパク質共役型内向き整流性カリウムイオンチャネル(GIRKチャネル)の活性化電流を抑制し、グリシン受容体の活性化電流およびN−メチル−D−アスパラギン酸(NMDA)受容体の活性化電流を抑制する作用を持たない化合物を含有している排尿障害治療薬。
【請求項2】
上記化合物が、クロペラスチンまたはその塩酸塩、もしくはフェンジゾ酸塩、塩酸カラミフェン、エタンジスルフォン酸カラミフェン、塩酸エプラジノン、ヒベンズ酸チペピジン、クエン酸イソアミニルからなる群から選ばれる1種以上の化合物であることを特徴とする請求項1に記載の排尿障害治療薬
【請求項3】
排尿障害治療薬が、脳血管障害に起因する排尿困難の治療薬であることを特徴とする請求項1〜2に記載の排尿障害治療薬。
【請求項4】
Gタンパク質共役型内向き整流性カリウムイオンチャネル(GIRKチャネル)の活性化電流、グリシン受容体の活性化電流およびNMDA受容体活性化電流の3つの電流を抑制する作用の有無を評価することによる排尿障害治療薬のスクリーニング方法。
【図1】
【図2】
【図3A】
【図3B】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図2】
【図3A】
【図3B】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【公開番号】特開2007−204366(P2007−204366A)
【公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−59996(P2004−59996)
【出願日】平成16年3月4日(2004.3.4)
【出願人】(801000050)財団法人くまもとテクノ産業財団 (38)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年3月4日(2004.3.4)
【出願人】(801000050)財団法人くまもとテクノ産業財団 (38)
【Fターム(参考)】
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