説明

摺動部材およびその製造方法

【課題】基材表面に、非晶質炭素被膜を被覆し、これを高面圧下でかつ摺動頻度の高い摺動部材として使用したとしても、その表面の非晶質炭素被膜の摩耗を抑制することができる摺動部材の製造方法を提供することにある。
【解決手段】基材10の表面に、ナノダイヤモンド粒子21が分散されたニッケルめっき被膜20を被覆する工程と、ニッケルめっき被膜20の表面に露出したナノダイヤモンド粒子21を核として、ナノダイヤモンド粒子21から膜厚方向に非晶質炭素を成長させながら、ニッケルめっき被膜20の表面に非晶質炭素被膜30を被覆する工程と、を少なくとも含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非晶質炭素被膜を被覆した摺動部材およびその製造方法に係り、特に、耐摩耗性に優れた摺動部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、自動車において、エンジン、トランスミッションなど様々な機器に摺動部材が用いられている。そこでは、摺動部材の摺動抵抗を低減してエネルギ損失を減らし、地球環境の保護のための今後の燃費規制に対応すべく、様々な研究開発が進められている。
【0003】
例えば、このような研究開発の1つに、構造用鋼または高合金鋼からなる摺動部材の耐摩耗性を向上させると共に低摩擦特性を得るために、その摺動面にコーティングを行う技術がある。近年、このコーティング材料として、ナノダイヤモンド粒子ライクカーボン(DLC)などの非晶質炭素材料が注目されている。この非晶質炭素材料が形成された被膜(非晶質炭素被膜)は、炭素を主成分とする硬質の被膜であり、該硬質の被膜の炭素は固体潤滑剤としても作用するので、低い摺動抵抗と高い耐摩耗性とを両立できる被膜である。
【0004】
たとえば、このような技術として、ニッケル−リン系メッキ層を基材の下地とし、そのニッケル−リン系メッキ層の上に非晶質炭素被膜(DLC被膜)を施した摺動部材が提案されている(たとえば、特許文献1参照)。
【0005】
このような摺動部材によれば、基材の上に、ニッケル−リン系メッキ層を介して、非晶質炭素被膜を形成することで、密着性を向上させることができる。さらに、基材と非晶質炭素被膜との熱膨張係数差に起因した両者の密着性の低下を抑制することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−194565号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の摺動部材を、潤滑油中で相手部材に対して、繰り返し摺動した場合、その摺動面において著しい摩耗が生じることがあった。特に、内燃機関用のシリンダボアとピストンリング、燃料噴射弁を構成するシリンダとピストンなどに適用した場合、これらの部材は他の部材に比べて小型化、高面圧化となっており、さらには各種燃料の使用等により、摺動部材と相手部材との間に油膜切れが起こり易く、その結果、双方に著しい摩耗が生じることがあった。
【0008】
そして、近年、自動車エンジン部品の高出力化および高回転化による高性能化が著しくなり、上述したエンジンで使用される摺動部材においては、特許文献1の如く、摺動部材の基材表面に、単に非晶質炭素被膜を被覆しただけでは、充分な摺動特性を得ることができないことがあった。
【0009】
本発明は、このような点を鑑みて、その目的とすることころは、基材表面に、非晶質炭素被膜を被覆し、これを高面圧下でかつ摺動頻度の高い摺動部材として使用したとしても、その表面の非晶質炭素被膜の摩耗を抑制することができる、摺動部材および摺動部材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは鋭意検討を重ねた結果、非晶質炭素被膜を成膜する際に、その下地となる層(被膜)に、非晶質炭素材料が成長するための核を設けることにより、この核を起点として、膜厚方向に沿って非晶質炭素が広がるように成長し、これにより成長した柱状の非晶質炭素を含む非晶質炭素被膜は、これまでの非晶質炭素被膜に比べて硬くなり、耐摩耗性が向上するとの新たな知見を得た。
【0011】
本発明は、発明者らのこのような新たな知見に基づくものであり、本発明に係る摺動部材の製造方法は、基材の表面に、ナノダイヤモンド粒子が分散されたニッケルめっき被膜を被覆する工程と、前記ニッケルめっき被膜の表面に露出したナノダイヤモンド粒子を核として、該ナノダイヤモンド粒子から膜厚方向に非晶質炭素を成長させながら、前記ニッケルめっき被膜の表面に非晶質炭素被膜を被覆する工程と、を少なくとも含むことを特徴とするものである。
【0012】
本発明によれば、基材の表面に被覆されたニッケルめっき被膜の表面に、露出したナノダイヤモンド粒子を核として、非晶質炭素が成長するので、得られた非晶質炭素被膜の硬さは、ナノダイヤモンド粒子を用いないものよりも、高くなる。すなわち、ナノダイヤモンド粒子を核として成長した非晶質炭素は、膜厚方向に沿って柱状体となり、この柱状体は、ナノダイヤモンド粒子に近い結晶構造となる。このような結果、得られた非晶質炭素被膜は、これまでのものに比べて、耐摩耗性に優れ、かつ摩擦係数をも低減することができる。
【0013】
そして、ナノダイヤモンド粒子を核として、膜厚方向に非晶質炭素を成長させることができるのであれば、ナノダイヤモンド粒子の粒径は特に限定されるものではない。しかしながら、より好ましい態様としては、前記ニッケルめっき被膜を被覆する工程において、前記ナノダイヤモンド粒子の粒径が10〜50nmの範囲にあるナノダイヤモンド粒子を添加する。
【0014】
この態様によれば、ナノダイヤモンド粒子の粒径を上述した範囲にすることにより、非晶質炭素被膜を表面に被覆した摺動部材の耐摩耗性、および、これに摺動する相手部材の耐摩耗性を向上させることができる。
【0015】
すなわち、ナノダイヤモンド粒子の粒径が、10nm未満である場合には、非晶質炭素被膜を成膜する工程において、ナノダイヤモンド粒子を核として非晶質炭素が充分に成長しないと考えられ、これにより非晶質炭素被膜の硬度を充分に高めることができない。また、ナノダイヤモンド粒子の粒径が、50nmを超えた場合には、ニッケルめっき被膜の表面に、ナノダイヤモンド粒子が均一に分散し難くなる。この結果、成膜された非晶質炭素被膜の表面粗さが大きくなり、相手部材の摩耗が増大し、摩擦係数も高くなる。
【0016】
また、ナノダイヤモンド粒子を核として、膜厚方向に非晶質炭素を成長させることができるのであれば、ナノダイヤモンド粒子の割合は特に限定されるものではない。しかしながら、より好ましい態様としては、前記ニッケルめっき被膜を被覆する工程において、前記ニッケルめっき被膜中に前記ナノダイヤモンド粒子が5〜20質量%に含有するように、前記ナノダイヤモンド粒子を添加する。
【0017】
この態様によれば、ナノダイヤモンド粒子の添加量を上述した範囲にすることにより、非晶質炭素被膜を表面に被覆した摺動部材の耐摩耗性、および、これに摺動する相手部材の耐摩耗性を向上させることができる。
【0018】
すなわち、ニッケルめっき被膜中に含有するナノダイヤモンド粒子が5質量%未満である場合には、非晶質炭素被膜を成膜する工程において、ナノダイヤモンド粒子を核として非晶質炭素が充分に成長しないと考えられ、これにより非晶質炭素被膜の硬度を充分に高めることができない。また、ニッケルめっき被膜中に含有するナノダイヤモンド粒子が20質量%を超えた場合には、ニッケルめっき被膜の表面に、ナノダイヤモンド粒子が均一に分散し難くなる。この結果、成膜された非晶質炭素被膜の表面粗さが大きくなり、相手部材の摩耗が増大し、摩擦係数も高くなる。これに加えて、ニッケルめっき被膜によるナノダイヤモンド粒子の保持力が充分とは言えず、摺動時に、ナノダイヤモンド粒子の脱落が発生し、耐摩耗性が低下する。
【0019】
本発明として、上述した耐摩耗性を有した摺動部材をも開示する。本発明に係る摺動部材は、基材の表面に、ナノダイヤモンド粒子が分散されたニッケルめっき被膜と、該ニッケルめっき被膜の表面に、前記ナノダイヤモンド粒子を核として、該ナノダイヤモンド粒子から膜厚方向に成長した非晶質炭素を含む非晶質炭素被膜が被覆されていることを特徴とする。
【0020】
本発明によれば、ニッケルめっき被膜の表面に分散したナノダイヤモンド粒子が分散され、このナノダイヤモンド粒子から成長した非晶質炭素は、上述したように、非晶質炭素被膜の他の部分に比べて硬質である。これにより、ナノダイヤモンド粒子を含まないものよりも非晶質炭素被膜の硬度を高めることができる。これにより、摺動部材および相手部材の耐摩耗性を向上させ、摩擦係数を低減することができる。
【0021】
また、より好ましくは、前記ナノダイヤモンド粒子の粒径は、10〜50nmの範囲である。この態様によれば、上述したように、ナノダイヤモンド粒子の粒径を上述した範囲にすることにより、非晶質炭素被膜を表面に被覆した摺動部材の耐摩耗性、および、これに摺動する相手部材の耐摩耗性を向上させることができる。
【0022】
すなわち、上述したように、ナノダイヤモンド粒子の粒径が、10nm未満である場合には、非晶質炭素被膜の硬度は充分に高くなく、ナノダイヤモンド粒子の粒径が、50nmを超えた場合には、非晶質炭素被膜の表面粗さが大きくなり、相手部材の摩耗が増大し、摩擦係数も高くなる。
【0023】
また、より好ましくは、前記ニッケルめっき被膜中には、ナノダイヤモンド粒子が5〜20質量%含有している。この態様によれば、ナノダイヤモンド粒子の添加量を上述した範囲にすることにより、非晶質炭素被膜を表面に被覆した摺動部材の耐摩耗性、および、これに摺動する相手部材の耐摩耗性を向上させることができる。
【0024】
すなわち、上述したように、ニッケルめっき被膜中に含有するナノダイヤモンド粒子が5質量%未満である場合には、非晶質炭素被膜の硬度を充分に高めることができない。また、ニッケルめっき被膜中に含有するナノダイヤモンド粒子が20質量%を超えた場合には、非晶質炭素被膜の表面粗さが大きく、相手部材の摩耗が増大し、摩擦係数も高くなる。また、摺動時に、ナノダイヤモンド粒子の脱落が発生し、耐摩耗性が低下する。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、基材表面に、非晶質炭素被膜を被覆し、これを高面圧下でかつ摺動頻度の高い摺動部材として使用したとしても、その表面の非晶質炭素被膜の摩耗を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の実施形態に係る摺動部材の模式的概念図。
【図2】実施例1および2、比較例1〜3に係る摺動部材の摩耗試験の結果を示した図。
【図3】実施例3に係る摺動部材の摩耗試験の結果を示した図。
【図4】実施例4に係る摺動部材の摩耗試験の結果を示した図。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下の本発明の実施形態を説明する。図1は、本発明の実施形態に係る摺動部材の模式的概念図である。
〔ニッケルめっき被膜被覆工程〕
まず、図1に示すように、摺動部材の基材10を準備する。基材としては、例えば、炭素鋼(JIS:S45C、S30Cなど)、クロム鋼、クロムモリブデン鋼などの合金鋼(JIS規格:SCr、SCMなど)、合金工具鋼(JIS規格:SKS,SKDなど)、ステンレス鋼、軸受鋼、バネ鋼などの特殊用途鋼(JIS規格:SUS、SUJ、SUPなど)の鉄系基材を挙げることができる。しかしながら、これらの金属材料に限定されるものではなく、例えば、後述するニッケルめっき被膜を、基材表面に好適に成膜することができるのであれば、アルミニウム、チタン、シリコン等であってもよい。
【0028】
このようにして準備した基材10の表面に、ナノダイヤモンド粒子21が分散されたニッケルめっき被膜20を被覆する。具体的には、ニッケルめっき液中に、ナノダイヤモンド粒子21を分散させ、このニッケルめっき液を用いて、基材10の表面にニッケルめっき被膜20を被覆する。また、ナノダイヤモンド粒子21が分散したニッケルめっき被膜20を基材表面に被覆することができるのであれば、電解めっき、無電解めっきいずれのめっき方法でめっきしてもよく、そのめっき方法は特に限定されるものではない。
【0029】
なお、本実施形態では、ナノダイヤモンド粒子の粒径が10〜50nmの範囲にあるナノダイヤモンド粒子を添加しており、ニッケルめっき被膜20中にナノダイヤモンド粒子21が5〜20質量%に含有するように、ナノダイヤモンド粒子を添加している。これにより、後述する発明者が行った実施例からも明らかなように、非晶質炭素被膜を表面に被覆した摺動部材の耐摩耗性、および、これに摺動する相手部材の耐摩耗性を向上させることができる。
【0030】
また、ニッケルめっき被膜の厚みは、0.1μm以上であることが好ましい。この範囲の膜厚とすることにより、基材10と後述する非晶質炭素被膜30との密着性を確保することができる。さらに、摺動時に、ナノダイヤモンド粒子21を被膜内に好適に保持することができる。
【0031】
〔非晶質炭素被膜被覆工程〕
次に、ニッケルめっき被膜20の表面に非晶質炭素被膜30を被覆する。具体的には、ニッケルめっき被膜20の表面に、露出したナノダイヤモンド粒子21を核として、ナノダイヤモンド粒子21から膜厚方向に非晶質炭素を成長させながら、ニッケルめっき被膜の表面に非晶質炭素被膜30を被覆する。
【0032】
これにより、基材10の表面に被覆されたニッケルめっき被膜20の表面に、露出したナノダイヤモンド粒子21を核として、非晶質炭素が表面に向かって広がるように成長するので、得られた非晶質炭素被膜30の表面硬さは、ナノダイヤモンド粒子を用いないものよりも、高くなる。
【0033】
すなわち、ナノダイヤモンド粒子21を核として成長した非晶質炭素は、膜厚方向に沿って、非晶質炭素被膜30の表面へ広がるように成長した柱状体31となり、この柱状体31は、その他の部分32とは異なり、ナノダイヤモンド粒子に近い結晶構造となる。このような結果、得られた非晶質炭素被膜30は、これまでのものに比べて、耐摩耗性に優れ、かつ摩擦係数をも低減することができる。
【0034】
非晶質炭素被膜30は、いわゆるDLC(ダイヤモンドライクカーボン)からなる被膜(DLC被膜)であり、非晶質炭素被膜30は、ナノダイヤモンド粒子21を核として、厚さ方向に成長した非晶質炭素の柱状体を得ることができるのであれば、スパッタリング、真空蒸着、イオン化蒸着、イオンプレーティング、などを利用した物理的蒸着法(PVD)により成膜してもよく、プラズマ処理などを利用した化学気相成長法(CVD)により、成膜してもよく、これらの方法を組み合わせた方法により成膜してもよい。非晶質炭素被膜30中に、Si、Ti、Cr、Fe、W、Bなどの添加元素を含有させてもよく、このような元素を添加することにより、被膜の表面硬さを調整することもできる。
【0035】
また、非晶質炭素被膜30の被膜厚みは、0.5〜10μmであることが好ましく、表面硬さ(非晶質炭素が成長した部分の硬さ)は、Hv1500以上であることが好ましい。このような範囲とすることにより、被膜の密着性が高く、耐摩耗性を有した摺動部材1を得ることができる。
【0036】
なお、非晶質炭素被膜30の硬さは、PVDにより成膜する場合には、バイアス電圧等を変更することにより、調整することができる。また、非晶質炭素被膜30の表面粗さは、成膜前の基材10の表面粗さおよび成膜条件の制御により、所望の値に調整することができる。
【0037】
このようにして、基材10の表面に、ニッケルめっき被膜20を介して非晶質炭素被膜30を被覆し、これを高面圧下でかつ摺動頻度の高い摺動部材1として使用したとしても、その表面の非晶質炭素被膜30の摩耗を抑制することができる。さらに、この摺動部材1と摺動する相手部材の摩耗も低減することができる。
【実施例】
【0038】
以下に本発明を実施例により説明する。
(実施例1)
<ニッケルめっき被膜を被覆する工程>
摺動部材の基材として、ステンレス鋼(JIS規格:SUS440C、焼き入れ品、表面硬さHv500)の棒材より、16mm×6mm×10mmのサイコロ試験片(表面粗さRa0.1μm)を準備した。次に、このサイコロ試験片の16mm×6mmを構成する表面に、以下に示すようにナノダイヤモンド粒子が分散されたNi−Pめっき被膜を被覆した。
【0039】
具体的には、平均粒径20nmの多結晶タイプのナノダイヤモンド粒子の表面に、アニオン官能基を導入したナノダイヤモンド粒子を用いて、これに界面活性剤を添加し、充分に攪拌した後に、無電解Ni−Pめっき液中(pH5.0)に添加した。なお、無電解Ni−Pめっき液の組成は、NiSO・6HOが0.1mol/L、NaHPO・HOが0.25mol/L、錯化剤が0.15〜0.5mol/L、Biが0.1〜0.2mol/L、pH調整剤にNaOH・HSOである。
【0040】
この無電解Ni−Pめっき液に対して、ニッケルめっき被膜中にナノダイヤモンド粒子(平均粒径20nm)が10質量%に含有するように、ナノダイヤモンド粒子を添加した。さらに、めっき液中のナノダイヤモンド粒子の分散性を向上させるための界面活性剤として、リジアリルジメチルアンモニウムクロリド(PDADMAC)をさらに添加した。
【0041】
そして、基材であるサイコロ試験片の表面を脱脂および酸活性などの一般的に知られた前処理を行い、上述しためっき液に浸漬してめっき処理を行った。これによりサイコロ試験片の16mm×6mmを構成する表面に0.5μmのNi−Pめっき被膜を被覆した。
【0042】
<非晶質炭素被膜を被覆する工程>
ナノダイヤモンド粒子が分散したNi−Pめっき被膜の表面に、アンバランスドマグネトロンスパッタリング法により、非晶質炭素被膜(DLC被膜)を被覆した。具体的には、グラファイトターゲットを用い、処理室内に基材(サイコロ試験片)を配置し、基材温度を180℃にした。次に、反応ガスとしてArにCH(メタン)5体積%含有したガスを処理室内に流すと共に、バイアス電圧を100V印加した。これにより、基材表面に1.5μmの膜厚の非晶質炭素被膜を被覆し、本発明に相当する摺動部材を得た。なお、得られた非晶質炭素被膜の表面粗さは、Ra0.12μm、表面硬さは、Hv2000であった。
【0043】
(比較例1)
実施例1と同様に摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、ニッケルめっき被膜を被覆する工程を行っていない点である。すなわち、比較例1の場合、16mm×6mm×10mmのサイコロ試験片(JIS規格:SUS440C、焼き入れ品、表面硬さHv500、表面粗さRa0.1μm)の16mm×6mmを構成する表面に、直接、実施例1と同じ条件で、アンバランスドマグネトロンスパッタリング法により、非晶質炭素被膜を被覆した。これにより、基材表面に1.5μmの膜厚の非晶質炭素被膜を被覆した摺動部材を得た。なお、得られた非晶質炭素被膜の表面粗さは、Ra0.12μm、表面硬さは、Hv1800であった。
【0044】
(比較例2)
実施例1と同様に摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、ニッケルめっき被膜を被覆する工程において、無電解Ni−Pめっき液にナノダイヤモンド粒子を添加していない点である。すなわち、比較例2の場合、16mm×6mm×10mmのサイコロ試験片(JIS規格:SUS440C、焼き入れ品、表面硬さHv500、表面粗さRa0.1μm)の16mm×6mmを構成する表面に、ナノダイヤモンド粒子が分散していないNi−Pめっき被膜を被覆した。
【0045】
そして、実施例1と同じ条件で、Ni−Pめっき被膜の表面に、アンバランスドマグネトロンスパッタリング法により、非晶質炭素被膜を被覆した。これにより、基材表面に1.5μmの膜厚の非晶質炭素被膜を被覆した摺動部材を得た。なお、得られた非晶質炭素被膜の表面粗さは、Ra0.12μm、表面硬さは、Hv1800であった。
【0046】
(実施例2)
実施例1と同様に摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、非晶質炭素被膜を被覆する工程であり、実施例2の場合には、ナノダイヤモンド粒子が分散したNi−Pめっき被膜の表面に、プラズマCVD法により、非晶質炭素被膜(DLC)被膜を被覆した点である。
【0047】
具体的には、処理室内に基材(サイコロ試験片)を配置し、基材温度を190℃にした。次に、反応ガスとしてArにCH(メタン)5体積%含有したガスを処理室内に導入と共に、バイアス電圧を100Vにして印加した。これにより、基材表面に1.8μmの膜厚の非晶質炭素被膜を被覆し、本発明に相当する摺動部材を得た。なお、得られた非晶質炭素被膜の表面粗さは、Ra0.13μm、表面硬さは、Hv1700であった。
【0048】
(比較例3)
実施例2と同様に摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、ニッケルめっき被膜を被覆する工程において、無電解Ni−Pめっき液にナノダイヤモンド粒子を添加していない点である。すなわち、比較例2の場合、16mm×6mm×10mmのサイコロ試験片(JIS規格:SUS440C、焼き入れ品、表面硬さHv500、表面粗さRa0.1μm)の16mm×6mmを構成する表面に、ナノダイヤモンド粒子が分散していないNi−Pめっき被膜を被覆した。
【0049】
そして、実施例2と同じ条件で、Ni−Pめっき被膜の表面に、プラズマCVD法により、非晶質炭素被膜を被覆した。これにより、基材表面に1.5μmの膜厚の非晶質炭素被膜を被覆した摺動部材を得た。なお、得られた非晶質炭素被膜の表面粗さは、Ra0.13μm、表面硬さは、Hv1500であった。
【0050】
<摩耗試験>
実施例1、2および比較例1〜3の摺動部材の相手部材として、炭素鋼(JIS規格:S30C)を用いて、外径35mm、内径30mm、幅10mmの円筒試験片を作製した。この円筒試験片に対して焼き入れ、焼き戻しを行い、円筒試験片の外周面を研磨した。得られた円筒試験片の周面の表面粗さは、Ra0.16μm、表面硬さは、Hv290であった。
【0051】
そして、それぞれの実施例1、2および比較例1〜3の摺動部材(サイコロ試験片)の16mm×6mmの表面(すなわち、非晶質炭素被膜が被覆された表面)と、円筒試験片の外周面を接触させ、潤滑油(SAE5W−30)を供給しながら、荷重60kgf、回転数160rpmの条件で、円筒試験片を30分間回転させる摩耗試験を行った。この結果を図2および表1に示す。
【0052】
図2に示す、摺動部材に相当するサイコロ試験片の摩耗量は、摩耗痕深さであり、円筒試験片の摩耗量は摩耗重量である。また、表1に示す摩擦係数の値は、摩耗試験開始30分直後の摩擦係数の値である。
【0053】
【表1】

【0054】
〔結果1および考察〕
図2に示すように、実施例1および2の場合、サイコロ試験片(摺動部材)および円筒試験片(相手部材)のいずれの摩耗量も、比較例1〜3のものに比べて少なかった。また、表1に示すように、実施例1および2の場合、摩擦係数は、比較例1〜3のものに比べて小さかった。なお、実施例1および2の場合、ニッケルめっき被膜の表面に露出したナノダイヤモンド粒子に隣接する非晶質炭素の硬度は、他の部分に比べて高かった。
【0055】
以上のことから、実施例1および2の場合には、ニッケルめっき被膜の表面に非晶質炭素被膜を被覆する際に、ニッケルめっき被膜の表面に露出したナノダイヤモンド粒子を核として、ナノダイヤモンド粒子から膜厚方向に非晶質炭素を成長したことにより、非晶質炭素被膜の硬度が上昇し、耐摩耗性が向上したものと考えられる。
【0056】
すなわち、ナノダイヤモンド粒子を核として成長した非晶質炭素は、膜厚方向に沿って柱状体となり、この柱状体は、ナノダイヤモンド粒子に近い結晶構造となったと考えられる。このような結果、得られた非晶質炭素被膜は、これまでのものに比べて、耐摩耗性に優れ、かつ摩擦係数をも低減したと考えられる。
【0057】
(実施例3)
実施例1と同様に摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、ニッケルめっき被膜を被覆する工程において、図3に示すように、ナノダイヤモンド粒子の平均粒径のみを変化させて(順に平均粒径が5nm,10nm,20nm,45nm,60nm)、ニッケルめっき被膜をサイコロ試験片の表面に被覆した点である。いずれの場合も、ナノダイヤモンド粒子の添加量はニッケルめっき被膜に対して10質量%である。
【0058】
なお、ここでいう平均粒径(粒径)とは、動的光散乱法粒子径分布解析装置(ナノアナライザー(商品名 DelsaNano・S)(仕様:30mW半導体レーザー、測定原理:光子相関法)を用いて、粒子径分布から求めた粒径の平均値である。そして、実施例1と同様に摩耗試験を行った。この結果を、図3に示す。
【0059】
〔結果2および考察〕
図3に示すように、ナノダイヤモンド粒子の粒径が10〜50nmの範囲にあるナノダイヤモンド粒子を添加することにより、摺動部材の耐摩耗性、および、これに摺動する相手部材の耐摩耗性がさらに向上すると考えられる。
【0060】
ナノダイヤモンド粒子の粒径が、10nm未満である場合には、非晶質炭素被膜を成膜する工程において、ナノダイヤモンド粒子を核として非晶質炭素が充分に成長しないと考えられ、これにより非晶質炭素被膜の硬度を充分に高めることができない。また、ナノダイヤモンド粒子の粒径が、50nmを超えた場合には、ニッケルめっき被膜の表面に、ナノダイヤモンド粒子が均一に分散し難くなると考えられる。この結果、成膜された非晶質炭素被膜の表面粗さが大きくなり、相手部材の摩耗が増大し、摩擦係数も高くなる。
【0061】
(実施例4)
実施例1と同様に摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、ニッケルめっき被膜を被覆する工程において、図4に示すように、ニッケルめっき被膜に対してナノダイヤモンド粒子の添加する量(分散量)を変化させて(順に平均分散量が、4質量%,5質量%,10質量%,18質量%,25質量%)、それぞれに対してニッケルめっき被膜をサイコロ試験片の表面に被覆した点である。そして、実施例1と同様に摩耗試験を行った。この結果を、図4に示す。
【0062】
〔結果2および考察〕
図4に示すように、ニッケルめっき被膜中にナノダイヤモンド粒子が5〜20質量%に含有するように、ナノダイヤモンド粒子を添加することにより、摺動部材の耐摩耗性、および、これに摺動する相手部材の耐摩耗性がさらに向上すると考えられる。
【0063】
ニッケルめっき被膜中に含有するナノダイヤモンド粒子が5質量%未満である場合には、非晶質炭素被膜を成膜する工程において、ナノダイヤモンド粒子を核として非晶質炭素が充分に成長しないと考えられ、これにより非晶質炭素被膜の硬度を充分に高めることができなかったと考えられる。
【0064】
また、ニッケルめっき被膜中に含有するナノダイヤモンド粒子が20質量%を超えた場合には、ニッケルめっき被膜の表面に、ナノダイヤモンド粒子が均一に分散し難くなる。この結果、成膜された非晶質炭素被膜の表面粗さが大きくなり、相手部材の摩耗が増大し、摩擦係数も高くなると考えられる。これに加えて、ニッケルめっき被膜によるナノダイヤモンド粒子の保持力が充分とは言えず、摺動時に、ナノダイヤモンド粒子の脱落が発生し、耐摩耗性が低下することが確認された。
【0065】
以上、本発明の実施形態について詳述したが、本発明は、前記の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の精神を逸脱しない範囲で、種々の設計変更を行うことができるものである。
【符号の説明】
【0066】
1:摺動部材、10:基材、20:ニッケルめっき被膜、21:ナノダイヤモンド粒子、30:非晶質炭素被膜、31:柱状体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に、ナノダイヤモンド粒子が分散されたニッケルめっき被膜を被覆する工程と、
前記ニッケルめっき被膜の表面に露出したナノダイヤモンド粒子を核として、該ナノダイヤモンド粒子から膜厚方向に非晶質炭素を成長させながら、前記ニッケルめっき被膜の表面に非晶質炭素被膜を被覆する工程と、を少なくとも含むことを特徴とする摺動部材の製造方法。
【請求項2】
前記ニッケルめっき被膜を被覆する工程において、前記ナノダイヤモンド粒子の粒径が10〜50nmの範囲にあるナノダイヤモンド粒子を添加することを特徴とする請求項1に記載の摺動部材の製造方法。
【請求項3】
前記ニッケルめっき被膜を被覆する工程において、前記ニッケルめっき被膜中に前記ナノダイヤモンド粒子が5〜20質量%に含有するように、前記ナノダイヤモンド粒子を添加することを特徴とする請求項1または2に記載の摺動部材の製造方法。
【請求項4】
基材の表面に、ナノダイヤモンド粒子が分散されたニッケルめっき被膜と、該ニッケルめっき被膜の表面に、前記ナノダイヤモンド粒子を核として、該ナノダイヤモンド粒子から膜厚方向に成長した非晶質炭素を含む非晶質炭素被膜が被覆されていることを特徴とする摺動部材。
【請求項5】
前記ナノダイヤモンド粒子の粒径は、10〜50nmの範囲であることを特徴とする請求項4に記載の摺動部材。
【請求項6】
前記ニッケルめっき被膜中には、ナノダイヤモンド粒子が5〜20質量%含有していることを特徴とする請求項4または5に記載の摺動部材。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2013−82956(P2013−82956A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−221996(P2011−221996)
【出願日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】