説明

摺動部材及びそれの製造方法

【課題】Al製シリンダライナに摺動性を付与することができる技術を提供することを課題とする。
【解決手段】図(a)に示すように、アルミニウム合金溶湯23が満たされているラドル14を回転金型11へ移動する。回転金型11へ挿入する前のタイミングでラドル14に、ホッパ18から鋳鉄粉末26を投下する。鋳鉄粉末26の投入開始、停止はバルブ19で実施し、バルブ19により適量の鋳鉄粉末26をアルミニウム合金溶湯23に混入する。
【効果】摺動部材は、アルミニウム合金母材中に、黒鉛が晶出した鉄基合金が分散している。黒鉛が潤滑油を保持するなどして潤滑作用を発揮し、摺動性が確保される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリンダライナに代表される摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
シリンダライナに代表される摺動部材は、耐摩耗性と摺動性の2つの要素が要求される。摺動性が高ければ、ピストンの移動が円滑になり、いわゆるフリクションロスが小さくなり、エンジンの燃費向上が図れる。
【0003】
また、エンジンの燃費対策として、エンジンの軽量化が重要となる。
軽量化の一環として、鋳鉄製シリンダブロックをAl(アルミニウム合金)製シリンダブロックに変更することが行われるようになってきた。
【0004】
Al製シリンダブロックに鋳鉄製シリンダライナを鋳ぐるむことが広く行われる。しかし、Alと鋳鉄では熱膨張係数に差があるため、境界剥離の問題が生じる。
対策として、鋳鉄製シリンダライナをAl製シリンダライナに変更することが知られている(例えば、特許文献1(図1)参照。)。
【0005】
特許文献1を次図に基づいて説明する。
図11は従来のシリンダブロックの基本構成を説明する図であり、(a)に示すように、シリンダブロック100は、Al製シリンダブロック本体101と、このAl製シリンダブロック本体101に鋳ぐるまれたシリンダライナ102とからなる。
【0006】
図11(b)に示すシリンダライナ102は、例えばA390などの高シリコン系アルミニウム合金を素材として、遠心鋳造によって製造される。
遠心作用により、アルミニウムより比重の小さいシリコンの含有率は、内周側ほど高く、外周側に向かって漸次低くなる(特許文献1段落番号[0017])。
【0007】
シリンダブロック本体101とシリンダライナ102が共にAlであるため、熱的な問題を解消することができる。
ところで、鋳鉄製シリンダライナでは、鋳鉄に普通に含まれる黒鉛が潤滑油を保持するなどして潤滑作用を発揮し、摺動性が確保される。
【0008】
一方、図11に示すシリンダライナ102は、Alであるため摺動性に難がある。また、シリンダライナ102は、Alであるため鋳鉄に比較して耐摩耗性能が低い。
【0009】
そこで、Al製シリンダライナに摺動性及び耐摩耗性を付与する技術が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】実開平6−87647号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、Al製シリンダライナ(Al製摺動部材)に摺動性及び耐摩耗性を付与することができる技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1に係る摺動部材は、アルミニウム合金をベースとする鋳物からなる摺動部材において、この摺動部材は、アルミニウム合金母材中に、黒鉛が晶出した鉄基合金が分散していることを特徴とする。
【0013】
請求項2に係る摺動部材は、鉄基合金の周囲幅150〜300μmの領域に外径が15〜30μmの塊状鉄化合物が晶出していることを特徴とする。
【0014】
請求項3に係る摺動部材は、アルミニウム合金鋳物製シリンダブロックに鋳ぐるまれるシリンダライナであることを特徴とする。
【0015】
請求項4に係る発明は、アルミニウム合金をベースとする鋳物からなる摺動部材の製造方法であって、
アルミニウム合金溶湯を回転金型へ注湯して前記回転金型内に円筒状の第1層を鋳造する第1工程と、
前記アルミニウム合金溶湯に鋳鉄粉末を添加した上で、回転金型へ注湯して前記第1層内面に円筒状の第2層を鋳造する第2工程と、
からなることを特徴とする。
【0016】
請求項5に係る摺動部材の製造方法では、第2工程でのアルミニウム合金溶湯の温度は、750℃〜800℃であることを特徴とする。
【0017】
請求項6に係る摺動部材の製造方法では、鋳鉄粉末は、鋳鉄鋳物を切削加工した際に発生する切粉を粒度調整して得たものであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
請求項1に係る摺動部材は、アルミニウム合金母材中に、黒鉛が晶出した鉄基合金が分散している。黒鉛が潤滑油を保持するなどして潤滑作用を発揮し、摺動性が確保される。また、鉄基合金はアルミニウム合金に比較して硬く耐摩耗性に富む。
したがって、本発明によれば、摺動性及び耐摩耗性を有するアルミニウム合金鋳物製摺動部材が提供される。
【0019】
請求項2に係る摺動部材は、鉄基合金の周囲幅150〜300μmの領域に外径が15〜30μmの塊状鉄化合物が晶出している。
周囲幅が300μmを超えると、針状組織や板状組織が主体となる。針状組織や板状組織は強度低下因子となり、好ましくない。
周囲幅が150μm未満であると、鉄基合金とアルミニウム合金母材との間に界面(空洞)が認められる。界面は強度低下を招く。
鉄基合金の周囲幅150〜300μmの領域に外径が15〜30μmの塊状鉄化合物が晶出していれば、摺動部材の強度を高めることができる。
【0020】
請求項3に係る摺動部材は、アルミニウム合金鋳物製シリンダブロックに鋳ぐるまれるシリンダライナである。
摺動部材は、すべりにより移動する移動部品の摺動部位に配置することができ、移動部品は格別に限定するものではないが、高速で移動するピストンの相手部材としてのシリンダライナは、多数生産されることもあり、経済効果が顕著である。
【0021】
すなわち、本発明は、アルミニウム合金鋳物製シリンダブロックに鋳ぐるまれるシリンダライナに好適である。
【0022】
請求項4に係る摺動部材の製造方法は、アルミニウム合金溶湯を回転金型へ注湯して回転金型内に円筒状の第1層を鋳造する第1工程と、アルミニウム合金溶湯に鋳鉄粉末を添加した上で、回転金型へ注湯して第1層内面に円筒状の第2層を鋳造する第2工程とからなる。
【0023】
摺動部材は、第1層と第2層との二層構造体である。第2層には、鋳鉄粉末を発生源とする黒鉛が含まれる。第2層を摺動面にすることで摺動性が確保される。第1層は第2層のバックアップ材の役割を果たす。
【0024】
第1工程で第1層の厚さを決定し、第2工程で第2層の厚さを決定することができるため、第2層の厚さを必要に応じて適宜決定することができる。
【0025】
請求項5に係る摺動部材の製造方法では、第2工程でのアルミニウム合金溶湯の温度は、750℃〜800℃である。
750℃未満では、鋳鉄粉末と周囲のアルミニウム合金との間に空洞ができ、強度が低下する。
また、800℃を超えると、鋳鉄粉末が溶解過剰となり、鉄そのものが再晶出して針状や板状組織になり、強度が低下する。
したがって、アルミニウム合金溶湯の温度は、750℃〜800℃とする。
【0026】
請求項6に係る摺動部材の製造方法では、鋳鉄粉末は、鋳鉄鋳物を切削加工した際に発生する切粉を利用する。
従来、スクラップ扱いされていた鋳鉄の切粉を、本発明では添加材料として利用する。切粉の有効利用を図ると共に、鋳鉄粉末の調達コストを大幅に下げることができ、摺動部品の製造コストを下げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】遠心鋳造設備の原理図である。
【図2】図1の2−2線断面図である。
【図3】本発明方法に係る第1工程の説明図である。
【図4】本発明方法に係る第2工程の説明図である。
【図5】本発明に係る摺動部材の一例を示す斜視図である。
【図6】本発明に係る摺動部材の要部断面図である。
【図7】本発明に係る摺動部材の拡大断面図である。
【図8】シリンダブロックの断面図である。
【図9】比較例1の拡大断面図である。
【図10】比較例2の拡大断面図である。
【図11】従来のシリンダブロックの基本構成を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の実施の形態を添付図に基づいて以下に説明する。なお、図面は符号の向きに見るものとする。
【実施例】
【0029】
本発明の実施例を図面に基づいて説明する。
図1に示すように、遠心鋳造設備10は、円筒状の回転金型11と、この回転金型11を回転自在に支えるローラ12、12と、回転金型11を回転させる第1駆動源13と、溶湯を運搬するラドル(ladle:鋳なべ)14と、このラドル14を回転自在に支える台車15と、ラドル14を回転させる第2駆動源16と、台車15を走行可能に支えるレール17と、回転金型11の近傍に配置されラドル14へ鋳鉄粉末を供給するホッパ18及びバルブ19とからなる。また、溶湯の搬送にはロボットを使うと良い。
【0030】
第1駆動源13は、ギヤードモータと呼ばれる減速機付電動機が好適である。第2駆動源16も同様である。
図2に示すように、ラドル14は開口部21を有する円筒体22である。円筒体22にアルミニウム合金溶湯23が貯留される。
【0031】
以上の構成からなる遠心鋳造設備の作用を次に述べる。
図3(a)〜(d)で、本発明方法の第1工程を説明する。
(a)に示すように、回転金型11を回しつつ、アルミニウム合金溶湯23が満たされているラドル14を挿入する。
(b)に示すように、ラドル14を反転させる。
【0032】
すると、(c)に示すように、アルミニウム合金溶湯23がラドル14から回転金型11へ注がれる。アルミニウム合金溶湯23が遠心力で、回転金型11の内面に張り付き、凝固する。
(d)に示すように、円筒状の第1層25が得られる。
【0033】
図4(a)〜(d)で、本発明方法の第2工程を説明する。
(a)に示すように、アルミニウム合金溶湯23が満たされているラドル14を回転金型11へ移動する。回転金型11へ挿入する前のタイミングでラドル14に、ホッパ18から鋳鉄粉末26を投下する。鋳鉄粉末26の投入開始、停止はバルブ19で実施し、バルブ19により適量の鋳鉄粉末26をアルミニウム合金溶湯23に混入する。
【0034】
アルミニウム合金溶湯23は、750〜800℃の例えばADC12系合金の溶湯である。
【0035】
鋳鉄粉末26は、ねずみ鋳鉄(FC200、FC250、FC300)の0.5〜2.0mm(短径/長径で定義されるアスペクト比が0.5又はそれ以上)の粉末である。
ねずみ鋳鉄製品(シリンダブロック、シリンダライナなど)を切削した際に発生する切粉は、脆いため簡単に粉末化できる。この粉末を分級することで、0.5〜2.0mmの鋳鉄粉末26が、極めて安価に且つ容易に得ることができる。
【0036】
ラドル14が回転金型11に挿入されたら、(b)に示すように、ラドル14を反転させる。鋳鉄粉末26の添加開始からラドル14の反転までの時間は、1〜5分が望ましい。1分以上で鋳鉄粉末26の分散が良好になる。5分以内であれば、鋳鉄粉末26の過度な溶解を防止することができる。
【0037】
(c)に示すように、アルミニウム合金溶湯23がラドル14から回転金型11へ注がれると、鋳鉄粉末を含むアルミニウム合金溶湯23が遠心力で、第1層25の内面に張り付き、凝固する。
(d)に示すように、円筒状の第2層27が得られる。
【0038】
結果、図5に示すような円筒形状のアルミニウム合金鋳物製摺動部材30が得られた。
このアルミニウム合金鋳物摺動部材30は、図6に示すように、アルミニウム合金を主成分とする第1層25と、アルミニウム合金母材31に鉄基合金32が分散している第2層27とからなる。
【0039】
摺動部材30は、第2層27に鉄基合金32が分散し、この鉄基合金32に黒鉛(後述の顕微鏡写真で説明する。)が分散し、この黒鉛が潤滑作用を発揮し、油を保持する作用を発揮する。加えて、鉄基合金32はアルミニウム合金より硬いため耐摩耗性を発揮する。結果、摺動部材30は、アルミニウム合金鋳物であるにも拘わらず、摺動性及び耐摩耗性に富んだ良好な摺動材となる。
【0040】
円筒形状の摺動部材30の好適な使用例を、次に説明する。
図7に示すように、アルミニウム合金鋳物製シリンダブロック33に鋳ぐるまれたシリンダライナ34が好適である。シリンダブロック33及びシリンダライナ34が共にアルミニウム合金であるため、熱膨張差が発生しない。
また、ピストン35、特にピストンリング36との潤滑性が良好となるため、ピストンリング36及びピストン35の摩耗を減らすことができる。
【0041】
図6で説明した第2層27の断面を、顕微鏡で観察した。顕微鏡写真のスケッチを図8(実施例)で説明する。
図8は、750℃〜800℃のADC12系アルミニウム合金溶湯に、FC250鋳鉄粉末を添加し、鋳造したものである。添加から凝固までの時間は1〜5分であった。
【0042】
アルミニウム合金母材31中に、300μm×800μmの大きさの鉄基合金32が明確に存在し、この鉄基合金32は幅Wの合金帯37で囲われている。この合金帯37は、15〜30μm径の塊状鉄系化合物38で構成されている。黒鉛39は鉄基合金32及び合金帯37に点在している。
【0043】
比較対象のために、溶湯の温度が750℃以下である700℃とし、ADC12系アルミニウム合金溶湯に、FC250鋳鉄粉末を添加し、鋳造したものを、図9(比較例1)で示す。
【0044】
比較例1では、500μm×1200μmの大きさの鉄基合金32が、アルミニウム合金母材31中に存在した。ただし、鉄基合金32とアルミニウム合金母材31との間に空洞41が多数存在する。溶湯温度が低いため、鋳鉄粉末があまり溶けずに、空洞41が発生したと考えられる。この空洞41は強度低下の要因となるため、許容できない。
【0045】
さらに比較対象のために、溶湯の温度が800℃以上である850℃とし、ADC12系アルミニウム合金溶湯に、FC250鋳鉄粉末を添加し、鋳造したものを、図10(比較例2)で示す。
【0046】
溶湯温度が高すぎて、鉄基合金はほぼ消滅し、鉄そのものが再晶出して、針状組織42や板状組織43になった。針状組織42は長手軸に沿って滑りが発生するため、強度低下を引き起こす。板状組織43は面に沿って滑りが発生するため、強度低下を引き起こすため、容認できない。
【0047】
図8に戻って、鉄基合金32を囲う合金帯37の幅Wは、次の理由で150〜300μmであることが望ましい。
幅Wが150〜300μmであれば、合金帯37中に、強度上好ましい塊状鉄系化合物38が支配的に存在する。
【0048】
一方、Wが150μm未満であると、図9に近似して、界面、すなわち空洞が認められる。
また、Wが300μmを超えると、合金帯37は、強度上好ましい針状組織や板状組織で支配される。
【0049】
尚、本発明の摺動部材は、実施の形態ではアルミニウム合金鋳物製シリンダブロックに鋳ぐるまれるシリンダライナに適用した。しかし、その他の用途の摺動部位に適用することは差し支えない。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の摺動部材は、アルミニウム合金鋳物製シリンダブロックに鋳ぐるまれるシリンダライナに好適である。
【符号の説明】
【0051】
10…遠心鋳造設備、11…回転金型、23…アルミニウム合金溶湯、25…第1層、26…鋳鉄粉末、27…第2層、30…摺動部材、31…アルミニウム合金母材、32…鉄基合金、33…アルミニウム合金鋳物製シリンダブロック、34…シリンダライナ、38…塊状鉄系化合物、39…黒鉛、W…周囲幅。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金をベースとする鋳物からなる摺動部材において、
この摺動部材は、アルミニウム合金母材中に、黒鉛が晶出した鉄基合金が分散していることを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記鉄基合金の周囲幅150〜300μmの領域に外径が15〜30μmの塊状鉄化合物が晶出していることを特徴とする請求項1記載の摺動部材。
【請求項3】
請求項1又は請求項2記載の摺動部材は、アルミニウム合金鋳物製シリンダブロックに鋳ぐるまれるシリンダライナであることを特徴とする摺動部材。
【請求項4】
アルミニウム合金をベースとする鋳物からなる摺動部材の製造方法であって、
アルミニウム合金溶湯を回転金型へ注湯して前記回転金型内に円筒状の第1層を鋳造する第1工程と、
前記アルミニウム合金溶湯に鋳鉄粉末を添加した上で、前記回転金型へ注湯して前記第1層内面に円筒状の第2層を鋳造する第2工程と、
からなることを特徴とする摺動部材の製造方法。
【請求項5】
前記第2工程での前記アルミニウム合金溶湯の温度は、750℃〜800℃であることを特徴とする請求項4記載の摺動部材の製造方法。
【請求項6】
前記鋳鉄粉末は、鋳鉄鋳物を切削加工した際に発生する切粉を粒度調整して得たものであることを特徴とする請求項5記載の摺動部材の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2012−110926(P2012−110926A)
【公開日】平成24年6月14日(2012.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−261476(P2010−261476)
【出願日】平成22年11月24日(2010.11.24)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】