説明

操舵装置

【課題】左右の操舵輪4に対し別々に舵角を付与する操舵装置で、操舵輪4と路面9との接触面からこれら各操舵輪4に加わる力が、これら各操舵輪4を揺動させる事のない構造を実現する。そして、舵角付与の為のアクチュエータ10の消費エネルギを低減する。
【解決手段】上記各操舵輪4に関する接地面の中心とそれぞれのキングピン軸7との、これら各操舵輪4の軸方向に関する距離であるスクラブ半径(キングピンオフセット)を、実質的に零とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ステアリングバイワイヤ式の操舵装置の如く、左右の操舵輪への舵角付与を、各操舵輪毎に互いに独立した別々のアクチュエータにより行なう操舵装置の改良に関する。具体的には、直進走行時等の非操舵時に、上記各操舵輪から上記各アクチュエータに加わる力を軽減(零にする場合も含む)して、これら各アクチュエータの消費エネルギの低減を図るものである。
【背景技術】
【0002】
自動車等の車両の操舵輪(フォークリフト、パワーシャベル等の特殊車両を除き、一般的には前輪)に進行方向変更の為の舵角を付与する為の操舵装置として従来から、各種構造のものが知られている。図3の(A)〜(E)は、従来から広く知られている操舵装置の5例として、非特許文献1に記載されたものを示している。上記図3のうちの(A)はセンターアーム式と呼ばれる、同じく(B)はクロスリンク式と呼ばれる、同じく(C)は対称リンク式と呼ばれる、同じく(D)はハルテンベルガ式と呼ばれる、同じく(E)はラックピニオンリンク式と呼ばれる、それぞれ操舵装置を示している。何れの型式の操舵装置の場合も、ステアリングホイールによりステアリングシャフトを介して操作されるステアリングギヤ(何れも図示省略)の出力部材であるピットマンアーム1{図3の(A)〜(D)の場合}又はラック{図3の(E)の場合}の動きを、タイロッド2、ナックルアーム3等を介して、左右1対の操舵輪4、4に伝達し、これら各操舵輪4、4に舵角を付与する様に構成している。
【0003】
又、上記各操舵輪4、4は、やはり上記非特許文献1に記載されている様に、例えば図4に示す様な構造により、自動車の車体に対し、揺動変位自在に支持している。即ち、操舵輪4を回転自在に支持した転がり軸受ユニット5を構成する静止側軌道輪である外輪を支持固定したナックル6を、懸架装置の他の構成部材(例えばアッパーアーム及びロアアーム)に対し、キングピン軸7(図示の場合には、互いに同心に設けられたアッパ軸及びロア軸)を中心とする揺動変位を自在に支持している。上記ナックルアーム3は、上記ナックル6の一部に突設されている。又、上記操舵輪4(を構成するタイヤ8)と路面9との接触部分である接地面の中心と、上記キングピン軸7(の延長線)とこの路面9との交点とは、上記車体の幅方向にずれている。このずれの大きさδを、スクラブ半径或いはキングピンオフセットという。この様なキングピンオフセットには、図5の(A)に示す様な、車体の幅方向内側に存在する「+」のものと、同じく(B)に示す様な「−」のものとが存在する。「+」「−」何れのキングピンオフセットも、小さい程操舵力が軽く、又、直進性が向上するのに対し、大きい程操舵力が大きくなり、又、直進性が悪化する事が、非特許文献2に記載される等により、従来から知られている。
【0004】
キングピンオフセットの絶対値が大きくなる程直進性が悪化する理由は、上記接地面から上記操舵輪4に加わる力が、この操舵輪4をキングピン軸7を中心に揺動させる方向に作用する為である。但し、この力は、左右1対の操舵輪4、4に対し逆方向に加わる為、一般的な操舵装置に関する限り、これら各操舵輪4、4に付与されているキングピンオフセットが対称であれば、直進安定性の悪化は殆ど問題とならないし、走行時に、上記各操舵輪に付与した舵角を保持する為に余計な力を要する事はない。又、上記一般的な操舵装置の場合には、進路変更後の復元力(進路変更後に直進状態に移る過程で操舵輪を直進状態に戻す方向に加わる力)を確保する為に、上記キングピンオフセットの絶対値を確保している。但し、本発明の対象となる、左右の操舵輪に互いに独立して舵角を付与する操舵装置の場合には、キングピンオフセットが存在する事に伴う直進安定性の悪化と、走行時に操舵輪に付与した舵角を保持する為に余計な力を要する事とが問題になる。これらの点に就いて、図6〜9により説明する。尚、左右の操舵輪をタイロッド等により機械的に関連させず、左右の操舵輪に互いに独立して舵角を付与する操舵装置は、例えば特許文献1〜3に記載される等により、従来から知られている。
【0005】
左右独立の操舵装置の場合には、操舵輪4に舵角を付与する際には、図6〜7に示す様な構造により、アクチュエータ10によりナックルアーム3の先端部を押し引きして、操舵輪4をキングピン軸7を中心に揺動変位させる。この際、上記アクチュエータ10により上記操舵輪4を揺動変位させようとする力の大きさ(トルク)は、上記ナックルアーム3の有効長さLnが大きい程大きくなる。又、上記操舵輪4を揺動変位させる為に要する力の大きさは、この操舵輪4のキングピンオフセットLkが大きくなる程大きくなる。一方、制動時、或いは走行時には、このキングピンオフセットLkの存在に基づいて、上記操舵輪4を上記キングピン軸7を中心に揺動させる方向のモーメントが加わる。
【0006】
例えば、制動時には、図8の(A)(B)に示す様に、上記操舵輪4と路面との接地面の中心にFbなる力(制動力)が加わり、この制動力Fbに基づいてこの操舵輪4に、Mbなるモーメントが加わる。そして、このモーメントMbに基づいて上記アクチュエータ10に、FAb(=Mb/Ln=Fb×Lk/Ln)なる力が加わる。この様にしてこのアクチュエータ10に加わる力FAbに拘らず、この操舵輪4の舵角(零を含む)を保持する為には、このアクチュエータ10に、制動の間中、−FAbなる推力を発生させ続ける必要がある。又、走行時には、上記操舵輪4と路面との接地面の中心にFrなる力(走行抵抗)が、上記制動力Fbと同方向に加わり、この走行抵抗Frに基づいてこの操舵輪4に、Mrなるモーメントが加わる。そして、このモーメントMrに基づいて上記アクチュエータ10に、FAr(=Mr/Ln=Fr×Lk/Ln)なる力が加わる。この様にしてこのアクチュエータ10に加わる力FArに拘らず、この操舵輪4の舵角を保持する為には、このアクチュエータ10に、走行している間中、−FArなる推力を発生させ続ける必要がある。更に、加速中は、図9の(A)(B)に示す様に、駆動力Faが上記制動力Fb或いは上記走行抵抗Frと逆方向に加わり、この駆動力Faに基づく力FAaを打ち消す為に、上記アクチュエータ10に推力を発生させ続ける必要がある。
【0007】
一般的な操舵装置の場合には、図10に示す様に、左右の操舵輪4、4をタイロッド2等により機械的に関連させており、上記各状態で、接地面の中心から左右の操舵輪4、4に加わる力が打ち消し合う為、上記アクチュエータ10に推力を発生させ続ける必要はない。これに対して、本発明の対象となる、左右独立の操舵装置の場合には、上記各状態で、接地面の中心から左右の操舵輪4、4に加わる力が打ち消し合う事がない為、上記アクチュエータ10に推力を発生させ続ける必要がある。この様に、舵角を変更する必要がないにも拘らず、上記アクチュエータ10に推力を発生させ続ける事は、エネルギの消費量が増大する為、好ましくない。特に、電気自動車に組み込む操舵装置の場合、エネルギの消費はバッテリーの消耗に繋がり、そのまま走行可能距離が短くなる事に繋がる為、改良が望まれる。
【0008】
【特許文献1】特開2005−126044号公報
【特許文献2】特許第2962364号公報
【特許文献3】実開平5−7579号公報
【非特許文献1】自動車工学全書編集委員会、「自動車工学全書 11巻 ステアリング、サスペンション」、株式会社山海堂、昭和55年8月20日初版発行
【非特許文献2】黒田光彦著、「自動車工学入門」、株式会社グランプリ出版、1990年4月25日初版発行、p.163−166
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上述の様な事情に鑑み、左右の操舵輪に対し別々に舵角を付与する操舵装置で、操舵輪と路面との接触面からこれら各操舵輪に加わる力が、これら各操舵輪を揺動させる事のない構造を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の操舵装置は、例えば特許文献1〜3に記載される等により従来から知られている操舵装置と同様に、左右の操舵輪をそれぞれ回転自在に支持した転がり軸受ユニットを構成する各静止側軌道輪を支持固定した各ナックルを、各懸架装置の他の構成部材に対し、それぞれ各キングピン軸を中心とする揺動変位を自在に支持すると共に、上記各ナックルをそれぞれこれら各キングピンを中心として揺動変位させる為のアクチュエータを、上記各操舵輪毎に独立して設けている。
特に、本発明の操舵装置に於いては、上記各操舵輪に関する接地面の中心とそれぞれのキングピン軸との、これら各操舵輪の軸方向に関する距離であるスクラブ半径(キングピンオフセット)を、実質的に(製造誤差や使用に伴うずれを除き)零としている。
【0011】
この様な本発明を実施する場合に、例えば請求項2に記載した様に、車両の前進状態で、上記各キングピン軸と路面との交点を、上記各操舵輪に関する接地面の中心よりも前側に存在させる。
或いは、請求項3に記載した様に、上記各キングピン軸と路面との交点を、各操舵輪に関する接地面の中心部分に存在させる。
【発明の効果】
【0012】
上述の様に構成する本発明によれば、左右の操舵輪に対し別々に舵角を付与する操舵装置で、操舵輪と路面との接触面からこれら各操舵輪に加わる力が、これら各操舵輪を揺動させる事がない。この為、これら各操舵輪に舵角を付与する為の各アクチュエータは、この舵角を変更する時以外は、推力を発生させる必要がなくなり、操舵装置で消費するエネルギを低く抑える事ができる。
又、請求項2に記載した様に、キングピン軸と路面との交点を、上記各操舵輪に関する接地面の中心よりも前側に存在させれば、この接地面の中心部分でこれら各操舵輪に加わる力が、これら各操舵輪を直進方向に向ける方向に加わる。この為、車両の直進安定性を高くできる。
これに対して、請求項3に記載した様に、各キングピン軸と路面との交点を、上記各操舵輪に関する接地面の中心部分に存在させれば、この接地面の中心部分でこれら各操舵輪に加わる力が、これら各操舵輪に舵角を付与する事に対する抵抗にならない。この為、これら各操舵輪に舵角を付与する際に、上記各アクチュエータが発生する推力を低く抑える事ができて、この面からも、操舵装置で消費するエネルギを低く抑える事ができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
図1〜2は、本発明の実施の形態の1例を示している。尚、本発明の特徴は、左右の操舵輪4に互いに独立して舵角を付与する操舵装置で、各操舵輪4に関する接地面の中心とそれぞれのキングピン軸7との、これら各操舵輪4の軸方向に関する距離であるスクラブ半径(キングピンオフセット)を、実質的に(製造誤差や使用に伴うずれを除き)零とする事で、アクチュエータ10が消費するエネルギを低く抑える点にある。上記左右の操舵輪4に互いに独立して舵角を付与する操舵装置の基本構造等、その他の部分の構成及び作用は、前述の特許文献1〜3に記載される等により従来から知られている操舵装置と同様であるから、詳しい図示並びに説明を省略し、以下、本発明の特徴部分を中心に説明する。
【0014】
本発明の操舵装置の場合には、図1から明らかな通り、上記各操舵輪4に関する接地面の中心と、それぞれのキングピン軸7との、これら各操舵輪4の軸方向に関する距離であるスクラブ半径(キングピンオフセット)を、実質的に(製造誤差や使用に伴うずれを除き)零としている。又、図2から明らかな通り、車両の前進状態で、上記各キングピン軸7と路面9との交点aを、上記各操舵輪4に関する接地面の中心bよりも前側(図2の下側)に存在させている。
【0015】
上述の様に構成する本発明の操舵装置の場合には、左右の操舵輪4に対し別々に舵角を付与する操舵装置で、上記各操舵輪4と路面9との接触面からこれら各操舵輪4に加わる力、即ち、制動力、走行抵抗、駆動力が、これら各操舵輪4を揺動させる事がない。即ち、これら制動力、走行抵抗、駆動力等の力が、これら各操舵輪4の軸方向に関して、これら各操舵輪4の揺動中心となる、上記各キングピン軸7上の点aに加わる為、この力が、これら各操舵輪4をこれら各キングピン軸7を中心として揺動させる方向に加わる事がない。この為、これら各操舵輪4に舵角を付与する為の各アクチュエータ10は、この舵角を変更する時以外は、推力を発生させる必要がなくなり、操舵装置で消費するエネルギを低く抑える事ができる。
【0016】
又、本例の場合には、上記各キングピン軸7に適切なキャスタ角を付与し、上記各操舵輪4に関する接地面の中心bよりも前側にトレールを設定している。言い換えれば、上記各キングピン軸7と路面9との交点aを、上記各操舵輪4に関する接地面の中心bよりも前側(図2の下側)に存在させている。この為、制動時、減速時、或いは定速走行時にこの接地面の中心b部分でこれら各操舵輪4に加わる、進行方向と反対側に向いた力が、これら各操舵輪4を直進方向(舵角が零の状態)に向ける力として作用する。即ち、制動時、減速時、或いは定速走行時には、図2のb点でこの操舵輪4に、同図の上方に向いた力が加わる。この為、この操舵輪4は、舵角が付与されていない状態に向けて付勢された状態となり、車両の直進安定性を高くできる。
【0017】
或いは、上記各キングピン軸7と路面9との交点aを、各操舵輪4に関する接地面の中心b部分に存在させる。この様に、上記各キングピン軸7と上記路面9との交点aを、上記各操舵輪4に関する接地面の中心b部分に存在(点a、bを一致)させれば、この接地面の中心b部分でこれら各操舵輪4に加わる力が、これら各操舵輪4に舵角を付与する事に対する抵抗にならない。この為、これら各操舵輪4に舵角を付与する際に、上記各アクチュエータ10が発生する推力を低く抑える事ができて、この面からも、操舵装置で消費するエネルギを低く抑える事ができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施の形態の1例を車両の前方から見た状態で示す、操舵装置部分の略縦断面図。
【図2】図1のA−A断面図。
【図3】一般的な操舵装置の5例を示す斜視図。
【図4】操舵輪部分の構造の1例を、車両の前方から見た状態で示す断面図。
【図5】キングピンオフセットの2例を示す為、操舵輪を車両の前方から見た状態で示す略図。
【図6】本発明の構造の必要性を説明する為に使用する、図2と同様の図。
【図7】同じく図1と同様の図。
【図8】制動時、減速時、定速走行時に操舵輪に加わる力を説明する為に使用する図で、(A)は車輪の接地面を説明する為の略平面図、(B)は図6と同様の図。
【図9】加速時に操舵輪に加わる力を説明する為に使用する図8と同様の図。
【図10】従来構造で左右の操舵輪に加わる力が打ち消される状態を説明する為の略平面図。
【符号の説明】
【0019】
1 ピットマンアーム
2 タイロッド
3 ナックルアーム
4 操舵輪
5 転がり軸受ユニット
6 ナックル
7 キングピン軸
8 タイヤ
9 路面
10 アクチュエータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
左右の操舵輪をそれぞれ回転自在に支持した転がり軸受ユニットを構成する各静止側軌道輪を支持固定した各ナックルを、各懸架装置の他の構成部材に対し、それぞれ各キングピン軸を中心とする揺動変位を自在に支持すると共に、上記各ナックルをそれぞれこれら各キングピンを中心として揺動変位させる為のアクチュエータを、上記各操舵輪毎に独立して設けた操舵装置に於いて、これら各操舵輪に関する接地面の中心とそれぞれのキングピン軸との、これら各操舵輪の軸方向に関する距離であるスクラブ半径を、実質的に零とした事を特徴とする操舵装置。
【請求項2】
車両の前進状態で、各キングピン軸と路面との交点が、各操舵輪に関する接地面の中心よりも前側に存在する、請求項1に記載した操舵装置。
【請求項3】
各キングピン軸と路面との交点が、各操舵輪に関する接地面の中心部分に存在する、請求項1に記載した操舵装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−326467(P2007−326467A)
【公開日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−159219(P2006−159219)
【出願日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】