説明

新規ホスフィンボラン化合物及びその製造方法並びに水素−ホスフィンボラン化合物の製造方法

【課題】光学活性ホスフィン配位子の製造に有用で、対掌体のいずれをも容易に製造可能な光学活性ホスフィンボラン化合物及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】下記一般式(P−1)で表されるホスフィンボラン化合物。下記一般式(P−2)で表される水素−ホスフィンボラン化合物と下記一般式(3)で表される光学活性イソシアネート化合物とをカップリング反応に付す上記ホスフィンボラン化合物の製造方法。下記式中、R1及びR2は、それぞれ水素原子、炭化水素又は置換炭化水素基を示し、それらが存在することによりリン原子に不斉が生じるように選択してもよく又は不斉が生じないように選択してもよく、R3は不斉炭化水素基又は不斉炭化水素基を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規ホスフィンボラン化合物及びその製造方法に関するものである。本発明の新規ホスフィンボラン化合物は、不斉合成反応の触媒の原料として多用されている光学活性ホスフィン配位子前駆体の原料として有用なものである。また、本発明は、光学活性ホスフィン配位子前駆体として有用な水素−ホスフィンボラン化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光学活性なホスフィン配位子を有する金属錯体を触媒とする有機合成反応は古くから知られており、極めて有用であることから、多くの研究成果が報告されている。例えば、非特許文献1、2に記載されているように、触媒性能を高めるためにさまざまな構造の光学活性ホスフィン化合物が多数開発されている。
【0003】
近年、リン原子そのものが不斉である配位子が開発され、優れた効果が得られることが報告されている(例えば特許文献1参照)。この場合において、光学活性なホスフィン配位子の前駆体は、その高い酸化性と不安定性から、酸化されやすい部位をボランで保護したホスフィンボランで供給されることが多い。この前駆体の原料としては数々のものが開発されているが、その中でもP−H結合を有する水素−ホスフィンボランは、Pアニオンが求核基として働き容易にP−C結合を形成することから、この前駆体の原料としての有用な化合物群のひとつである。
【0004】
水素−ホスフィンボラン化合物の製造方法としては、第一の方法として、アルキル(又はアリール)ジメチルホスフィンボランを、(-)-sparteineの存在下、超低温(−78℃)でブチルリチウムと反応させて不斉なリチウムメチレンアルキル(又はアリール)メチルホスフィンボランを得た後、これを酸素酸化して光学活性アルキル(又はアリール)メチル(ヒドロキシメチル)ホスフィンボランを得、次いでこれを過硫酸カリウムで塩化ルテニウム(III)の存在下で酸化的脱離して光学活性水素−ホスフィンボランを製造する方法が挙げられる(例えば特許文献2参照)。また、第二の方法として、ラセミの水素−ホスフィンボランを不斉アルコールのクロロホルメートとカップリングさせ、ジアステレオマーを形成させ、これを晶析により光学分割し、後に分解することにより光学活性な水素−ホスフィンボランを製造する方法が挙げられる(例えば非特許文献3参照)。
【0005】
しかしながら、第一の方法である(-)-sparteineを用いた方法は、天然物である(-)-sparteineを使用しており、逆の型の立体異性体を得ることができない。また、近年さまざまな苦労を経て化学合成により逆の型のsparteineと同等の性質を示す化合物が得られてはいるものの、その化合物は現在においては入手が容易とは言いがたく、逆の型の立体異性体を得る上での工業上有用な手段には到っていない(例えば非特許文献4参照)。さらに、第一の方法は、反応に−78℃という低温を要するため、反応設備に膨大な投資が必要となる。一方、第二の方法である不斉のアルコールのクロロホルメートを使った方法も、多くの場合、天然物アルコールの不斉をもととしており、逆の型の立体異性体を得ることが困難な場合が多い。
【0006】
そのため、光学活性なホスフィンボラン化合物を製造する際に、一般性が高く、超低温冷却装置等の特別な装置なしで、対掌体のいずれをも製造し得る方法の開発が望まれていた。
【0007】
【特許文献1】特許第2972887号公報
【特許文献2】特開2007−56007号公報
【非特許文献1】野依良治著、“Asymmetric Synthesis in Organic Synthesis”、John Wiley & Sons,Inc.、1994年、カナダ(光学活性なホスフィン配位子についての総説)。
【非特許文献2】尾島巌編、"Catalytic Asymmetric Synthesis"、 Wiley - VCH, Inc.、2000年、カナダ(光学活性なホスフィン配位子についての総説)
【非特許文献3】Bull. Chem. Soc. Jpn., 75(6), (2002), 1359-1365.
【非特許文献4】J. A. C. S., 128 (2006), 9336-9337.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の目的は、不斉合成反応の触媒の原料として多用される光学活性ホスフィン配位子の製造に有用で、対掌体のいずれをも容易に製造可能な光学活性ホスフィンボラン化合物、及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、鋭意検討を行った結果、ラセミの水素−ホスフィンボラン化合物を、光学活性なイソシアネート化合物とのカップリング反応に付すことにより、光学分割可能な新規なホスフィンボラン化合物のジアステレオマーを合成することに成功し、さらに該ホスフィンボラン化合物が、分解により、不斉合成反応の触媒の原料として多用される光学活性な水素−ホスフィンボラン化合物を、短工程で高効率で与えることを見出し、本発明に到達した。
【0010】
即ち、本発明は、以下の1)〜5)を提供するものである。
【0011】
1)一般式(P−1)
【化1】

(式中、R1及びR2は、それぞれ独立して、水素原子、炭化水素基又は置換炭化水素基を示し、R3は不斉炭化水素基又は置換不斉炭化水素基を示す。)
で表されることを特徴とするホスフィンボラン化合物。
【0012】
2)一般式(1)
【化2】

(式中、R1及びR2は、それらが存在することによりリン原子上に不斉を発現させるか又はリン原子が不斉面の一点をなす一対の基であり、それぞれ水素原子、炭化水素基又は置換炭化水素基を示し、R3は不斉炭化水素基又は置換不斉炭化水素基を示し、*は不斉を示す。)
で表されることを特徴とする上記ホスフィンボラン化合物。
【0013】
3)上記一般式(P−1)で表されるホスフィンボラン化合物の製造方法であって、一般式(P−2)
【化3】

(式中、R1及びR2は上記一般式(P−1)と同じ。)
で表される水素−ホスフィンボラン化合物と、一般式(3)
【化4】

(式中、R3は上記一般式(P−1)と同じ。)
で表される光学活性イソシアネート化合物とをカップリング反応に付すことを特徴とするホスフィンボラン化合物の製造方法。
【0014】
4)上記一般式(1)で表されるホスフィンボラン化合物の製造方法であって、一般式(2)
【化5】

(式中、R1及びR2は上記一般式(1)と同じ。)
で表される水素−ホスフィンボラン化合物と、一般式(3)
【化6】

(式中、R3は上記一般式(1)と同じ。)
で表される光学活性イソシアネート化合物とをカップリング反応に付した後、光学分割により精製することを特徴とするホスフィンボラン化合物の製造方法。
【0015】
5)上記一般式(1)で表されるホスフィンボラン化合物を分解反応に付すことを特徴とする、一般式(4)
【化7】

(式中、R1、R2、*は上記一般式(1)と同じ。)
で表される光学活性な水素−ホスフィンボラン化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、不斉合成反応の触媒の原料として多用される光学活性ホスフィン配位子の製造に有用で、対掌体のいずれをも容易に製造可能な新規光学活性ホスフィンボラン化合物、及びその製造方法を提供することができる。また、本発明によれば、上記ホスフィンボラン化合物を原料として用いることにより、光学活性ホスフィン配位子前駆体として有用な水素−ホスフィンボラン化合物の容易な製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明のホスフィンボラン化合物は、下記一般式(P−1)
【化8】

(式中、R1及びR2は、それぞれ独立して、水素原子、炭化水素基又は置換炭化水素基を示し、R3は不斉炭化水素基又は置換不斉炭化水素基を示す。)
で表される。
【0018】
上記一般式(P−1)において、R1とR2は、それらが存在することによりリン原子上に不斉を発現させるか、若しくはリン原子が不斉面の一点をなす一対の基となるように選択してもよく、又は斯かる不斉が生じないように選択してもよい。斯かる不斉が生じるようにR1とR2を選択した場合、本発明のホスフィンボラン化合物は、下記一般式(1)
【化9】

(式中、R1及びR2は、それらが存在することによりリン原子上に不斉を発現させるか又はリン原子が不斉面の一点をなす一対の基であり、それぞれ水素原子、炭化水素基又は置換炭化水素基を示し、R3は不斉炭化水素基又は置換不斉炭化水素基を示し、*は不斉を示す。)
で表される。
【0019】
本発明のホスフィンボラン化合物の製造方法に用いられる水素−ホスフィンボラン化合物は、下記一般式(P−2)
【化10】

(式中、R1及びR2は上記一般式(P−1)と同じ。)
で表される。
【0020】
本発明のホスフィンボラン化合物が上記一般式(1)で表されるものである場合、その製造に用いられる水素−ホスフィンボラン化合物は、下記一般式(2)
【化11】

(式中、R1及びR2は上記一般式(1)と同じ。)
で表される。下記一般式(2)で表される水素−ホスフィンボラン化合物としては、例えばラセミを用いることができる。
【0021】
本発明のホスフィンボラン化合物の製造に用いられる光学活性イソシアネート化合物は、下記一般式(3)
【化12】

(式中、R3は不斉炭化水素基又は置換不斉炭化水素基を示す。)
で表される。
【0022】
上記一般式(1)で表される本発明のホスフィンボラン化合物を分解して得られる光学活性な水素−ホスフィンボラン化合物は、下記一般式(4)
【化13】

(式中、R1、R2、*は上記一般式(1)と同じ。)
で表される。
【0023】
上記一般式(P−1)、(1)、(P−2)、(2)、(4)において、R1、R2で示される基について説明する。
【0024】
1とR2は、それぞれ水素原子、炭化水素基又は置換炭化水素基を示す。R1とR2は、互いに独立していてもよく或いは架橋により連結していてもよい。
【0025】
上記炭化水素基としては、特に制限はないが、例えばアルキル基、アラルキル基、アリール基等が挙げられる。
【0026】
上記アルキル基は、直鎖状でも分岐状でも環状でもよい。直鎖状又は分岐状のアルキル基としては、例えば炭素数1〜8の直鎖状又は分岐状アルキル基が挙げられ、具体的にはメチル基、エチル基、n−プロピル基、2−プロピル基、n−ブチル基、2−ブチル基、イソブチル基、tert−ブチル基、n−ペンチル基、2−ペンチル基、tert−ペンチル基、2−メチルブチル基、3−メチルブチル基、2,2−ジメチルプロピル基、n−ヘキシル基、2−ヘキシル基、3−ヘキシル基、tert−ヘキシル基、2−メチルペンチル基、3−メチルペンチル基、4−メチルペンチル基、5−メチルペンチル基等が挙げられる。環状アルキル基としては、例えば炭素数3〜16のシクロアルキル基が挙げられ、具体的にはシクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基、2−メチルシクロペンチル基、3−メチルシクロペンチル基、シクロヘプチル基、2−メチルシクロヘキシル基、3−メチルシクロヘキシル基、4−メチルシクロヘキシル基が挙げられる。環状アルキル基には多環アルキル基も含まれ、多環アルキル基としては、メンチル基、ボルニル基、ノルボルニル基、アダマンチル基等が挙げられる。
【0027】
前記アラルキル基としては、例えば炭素数7〜12のアラルキル基が挙げられ、具体的にはベンジル基、2−フェニルエチル基、1−フェニルプロピル基、2−フェニルプロピル基、3−フェニルプロピル基、1−フェニルブチル基、2−フェニルブチル基、3−フェニルブチル基、4−フェニルブチル基、1−フェニルペンチル基、2−フェニルペンチル基、3−フェニルペンチル基、4−フェニルペンチル基、5−フェニルペンチル基、1−フェニルヘキシル基、2−フェニルヘキシル基、3−フェニルヘキシル基、4−フェニルヘキシル基、5−フェニルヘキシル基、6−フェニルヘキシル基等が挙げられる。
【0028】
前記アリール基としては、例えば炭素数6〜20のアリール基が挙げられ、具体的にはフェニル基、ナフチル基、アントリル基、ビフェニル基、ビナフチル基等が挙げられる。
【0029】
前記置換炭化水素基としては、前記炭化水素基の少なくとも1個の水素原子が炭化水素基、アルコキシ基、ハロゲン原子、アミノ基、保護基を有するアミノ基等の置換基で置換された炭化水素基、又は前記炭化水素基の少なくとも1個の炭素原子が酸素、窒素、硫黄、リン等のヘテロ原子で置換した基等が挙げられる。
【0030】
前記置換炭化水素基には複素環基も含まれ、この場合は脂肪族複素環基でも芳香族複素環基でもよい。脂肪族複素環基としては、例えば5員もしくは6員の脂肪族複素環基が挙げられ、具体例としては、ピロリジル−2−オン基、ピペリジノ基、ピペラジニル基、モルホリノ基、テトラヒドロフリル基、テトラヒドロピラニル基等が挙げられる。芳香族複素環基としては、例えば5員もしくは6員の芳香族複素環基が挙げられ、具体例としては、例えばピリジル基、イミダゾリル基、チアゾリル基、フルフリル基、ピラニル基、フリル基、ベンゾフリル基、チエニル基等が挙げられる。
【0031】
本発明において、リン原子上に不斉を発現させる場合は、不斉の効果をより高く発揮させるためには、R1とR2において立体的な嵩高さが大きく異なる組み合わせが好ましく、具体例としては、メチル基とtert−ブチル基との組み合わせ、メチル基とアダマンチル基との組み合わせ等が挙げられる。
【0032】
本発明において、リン原子が軸不斉の対称面の一点を構成する場合は、不斉の効果をより高く発揮させるためには、R1又はR2にある不斉を構成する部分がリン原子にできるだけ近いことが好ましく、具体例としては、R1とR2が架橋により連結し、それらとリン原子を含めた一団が、2,5−ジメチルホスホラン又は2,5−ジエチルホスホランである場合等が挙げられる。
【0033】
前記一般式(P−1)、(1)、(3)において、R3で示される基について説明する。
【0034】
3は、不斉炭化水素基又は置換不斉炭化水素基を示す。不斉炭化水素基としては特に限定はなく、具体例としては、(S)−1−フェニルエチル基、(R)−1−フェニルエチル基、(S)−1−(p−トルイル)エチル基、(R)−1−(p−トルイル)エチル基、(S)−1−(1−ナフチル)エチル基、(R)−1−(1−ナフチル)エチル基、(S)−1−シクロヘキシルエチル基、(R)−1−シクロヘキシルエチル基、(S)−2−(4−メチルフェニル)−1−フェニルエチル基、(R)−2−(4−メチルフェニル)−1−フェニルエチル基等が挙げられ、これらの中でも、工業的に安価に利用できる(S)−1−フェニルエチル基、(R)−1−フェニルエチル基が好ましい。
【0035】
上記置換不斉炭化水素基としては、上記不斉炭化水素基の少なくとも1個の水素原子が炭化水素基、アルコキシ基、ハロゲン原子、アミノ基、ニトロ基、保護基を有するアミノ基等の置換基で置換された炭化水素基、又は上記不斉炭化水素基の少なくとも1個の炭素原子が酸素、窒素、硫黄、リン等のヘテロ原子で置換した基等が挙げられる。
【0036】
本発明のホスフィンボラン化合物としては、具体的には次のような化合物が挙げられるが、あくまで例示であって、本発明の適用範囲はこれらに限定されない。
【0037】
リン原子上に不斉を導入する場合の構造式を例示する。
【化14】

(a)(SP)−tert−ブチル(メチル)[N−((S)−1−フェニルエチル)カルバモイル]ホスフィンボラン、又は(RP)−tert−ブチル(メチル)[N−((S)−1−フェニルエチル)カルバモイル]ホスフィンボラン
(b)(SP)−アダマンチル(メチル)[N−((S)−1−フェニルエチル)カルバモイル]ホスフィンボラン、又は(RP)−アダマンチル(メチル)[N−((S)−1−フェニルエチル)カルバモイル]ホスフィンボラン
【0038】
リン原子が軸不斉の対称面の一点を構成する場合の構造式を例示する。
【化15】

(c)(R,R)−2,5−ジメチル−1−[N−((S)−1−(1−ナフチル)エチル)カルバモイル]ホスホランボラン
【0039】
前記一般式(1)で表される本発明のホスフィンボラン化合物は、リン原子上又はリン原子を不斉面の一点とする不斉部分、及び光学活性カルバモイル基を有することを特徴とする、不斉点を2点有するジアステレオマーである。
【0040】
本発明のホスフィンボラン化合物の製造方法について、好ましい実施形態に基づいて説明する。
【0041】
反応容器中で前記一般式(P−2)で表される水素−ホスフィンボラン化合物と前記一般式(3)で表される光学活性イソシアネート化合物を混合し、カップリング反応を進行させる。その際、反応系に塩基を加えて反応を促進させることが好ましい。このカップリング反応により、前記一般式(P−1)で表されるホスフィンボラン化合物が生成する。
【0042】
上記水素−ホスフィンボラン化合物として、前記一般式(2)で表される水素−ホスフィンボラン化合物を用い、且つカップリング反応後に、副生塩を除去し、対掌体の片側のみを得るための精製(光学分割)を行なうと、前記一般式(1)で表される光学活性なホスフィンボラン化合物を得ることができる。
【0043】
前記一般式(P−2)又は(2)で表される水素−ホスフィンボラン化合物は、市販品を使用することができ、例えば日本化学工業(株)から入手可能である。前記一般式(3)で表される光学活性イソシアネート化合物も、市販品を使用することができ、例えば東京化成工業(株)から入手可能である。
【0044】
上記カップリング反応時には、適宜溶媒が使用される。該溶媒としては、反応基質を分解しない溶媒が使用され、具体例としては、トルエン、ヘキサン、テトラヒドロフラン(THF)、ジエチルエーテル、ジオキサン、アセトン、酢酸エチル、クロロベンゼン、ジメチルホルムアミド(DMF)、アセトニトリル、メタノール、エタノール、水等が挙げられるが、好ましくはトルエン又はTHFである。
【0045】
反応時の上記溶媒の添加量は、反応時における反応混合物の流動性及び溶媒の反応に与える効果を考慮して、適宜に設定することができる。
【0046】
反応時の原料の仕込み量としては、前記一般式(3)で表される光学活性イソシアネート化合物を基準として、前記一般式(P−2)又は(2)で表される水素−ホスフィンボラン化合物が好ましくは0.4〜1.5当量であり、最適値は1当量である。
【0047】
反応時に塩基を加えると反応が促進する。ここで用いる塩基としては特に限定はないが、例えば、ピリジン、トリエチルアミン、トリブチルアミン、1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデセン−7(DBU)、1,5−ジアザビシクロ[4.3.0]ノネン−5(DBN)、4−(N,N−ジメチルアミノ)ピリジン(DMAP)等の有機塩基、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等の無機塩基、n−ブチルリチウム、sec−ブチルリチウム、tert−ブチルリチウム、リチウムジイソプロピルアミド、イソプロピルマグネシウムクロリド、メチルマグネシウムブロミド等の有機金属が挙げられる。好ましくはn−ブチルリチウムである。
【0048】
上記塩基の仕込量としては、必要とされる反応の促進の度合いに応じて適宜に設定することができるが、前記一般式(3)で表される光学活性イソシアネート化合物に対し、通常0.1mol%〜150mol%であり、好ましくは1mol%〜10mol%である。仕込む順序は特に重要ではなく、作業性等に応じて任意に決定できる。
【0049】
反応温度は、通常−80〜50℃であり、好ましくは反応が促進され且つ副反応及びラセミ化が抑制される0〜30℃である。
【0050】
反応時間は、通常1分〜24時間であり、好ましくは反応が完結するのに十分な時間である30分〜4時間である。
【0051】
前記一般式(1)で表されるホスフィンボラン化合物を製造する場合には、カップリング反応後、副生塩等の副生物を除き、次いで、精製により光学分割すれば、対掌体の片側のみを得ることができる。この際行なわれる精製の方法としては、光学分割が可能であれば特に制限されるものではなく、分液洗浄、晶析、蒸留、昇華、カラムクロマトグラフィー等が挙げられるが、好ましくは工業的に有利な晶析である。
【0052】
前記一般式(P−1)で表される本発明のホスフィンボラン化合物の中でも、前記一般式(1)で表されるものは、分解により、不斉合成反応の触媒の原料として多用される前記一般式(4)で表される光学活性な水素−ホスフィンボラン化合物を、短工程で高効率で与えることができる。また、本発明のホスフィンボラン化合物のうち、前記一般式(1)で表される化合物以外のもの、即ちリン原子に不斉のないものは、例えば難燃剤の用途に用いることができる。
【0053】
前記一般式(1)で表される本発明のホスフィンボラン化合物を原料として用いた、前記一般式(4)で表される光学活性な水素−ホスフィンボラン化合物の製造方法について以下に説明する。
【0054】
反応容器中で前記一般式(1)で表されるホスフィンボラン化合物と塩基を混合し、該ホスフィンボラン化合物を分解する。分解反応促進のためにアルコールを添加することが好ましい。反応後、副生物を除去し、前記一般式(4)で表される光学活性な水素−ホスフィンボラン化合物を得る。
【0055】
反応時には適宜溶媒が使用される。該溶媒としては、反応基質を分解しない溶媒が使用され、具体例としては、トルエン、ヘキサン、テトラヒドロフラン(THF)、ジエチルエーテル、ジオキサン、アセトン、酢酸エチル、クロロベンゼン、ジメチルホルムアミド(DMF)、アセトニトリル、メタノール、エタノール、水等が挙げられるが、好ましくはDMF又はアセトニトリルである。
【0056】
反応時の溶媒の添加量は、反応時における反応混合物の流動性及び溶媒の反応に与える効果を考慮して、適宜に設定することができる。
【0057】
上記塩基としては特に限定はないが、例えば、ピリジン、トリエチルアミン、トリブチルアミン、1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデセン−7(DBU)、1,5−ジアザビシクロ[4.3.0]ノネン−5(DBN)、4−(N,N−ジメチルアミノ)ピリジン(DMAP)等の有機塩基、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等の無機塩基が挙げられる。均一系又は液−液の2相系で反応させるため溶液として供給されることが好ましく、好ましくは1〜70%水酸化カリウム水溶液又はメタノール溶液であり、例えば50%水酸化カリウム水溶液が好適に用いられる。
【0058】
上記塩基の仕込量は、必要とされる反応の促進の度合いに応じて適宜に設定することができるが、前記一般式(1)で表されるホスフィンボラン化合物に対し、通常0.01当量〜10当量であり、好ましくは0.1当量〜5当量である。仕込む順序は特に重要ではなく、作業性等に応じて任意に決定できる。
【0059】
反応を促進する為にアルコールを加えるが、ここで用いるアルコールとしては特に限定はないが、例えばメタノール、エタノールが挙げられ、好ましくはメタノールである。
【0060】
反応温度は、通常−80〜50℃であり、好ましくは反応が促進され且つ副反応及びラセミ化が抑制される0〜30℃である。
【0061】
反応時間は、通常1分〜24時間であり、好ましくは反応が完結するのに十分な時間である3時間〜20時間である。
【0062】
反応後、得られた生成物は、副生塩の除去のみといった簡単な精製作業の後に使用することもできるし、分液洗浄、晶析、蒸留、昇華、カラムクロマトグラフィーといった精製作業により、前記一般式(4)で表される光学活性な水素−ホスフィンボラン化合物のみを単離した後に用いることもできる。
【0063】
本発明のホスフィンボラン化合物は、上述のように容易に分解して光学活性な水素−ホスフィンボラン化合物を生成することから、不斉合成反応の触媒の原料として多用される光学活性ホスフィン配位子の製造に有用である。また、本発明のホスフィンボラン化合物の製造方法は、短工程かつ高効率で上述のホスフィンボラン化合物を製造することができることから、産業的に有用である。さらに、本発明の光学活性な水素−ホスフィンボラン化合物の製造方法は、不斉合成反応の触媒の原料として多用される光学活性ホスフィン配位子の製造に有用である。これらのことから、本発明は、不斉合成反応の触媒の原料として多用される光学活性ホスフィン配位子の製造に大きく寄与することができる。
【実施例】
【0064】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、あくまで例示であって、本発明の適用範囲はこれらに限定されない。
【0065】
すべての合成操作は、よく乾燥させたガラス容器を使って行なった。反応は窒素雰囲気下で行なった。原料試薬及び溶媒は、一般の試薬を使用した。ラセミのtert−ブチルメチルホスフィンボランは、日本化学工業(株)製のものを使用した。
【0066】
NMRスペクトル測定は、JEOL製(1H;300MHz、13C;75.4MHz、31P;121.4MHz)NMR装置で行なった。内部標準としてテトラメチルシラン(1H)を使用した。比旋光度測定は、堀場製作所製比旋光度計SEPA−300で行なった。
【0067】
〔実施例1〕(SP)−tert−ブチル(メチル)[N−((S)−1−フェニルエチル)カルバモイル]ホスフィン−ボランの製造
3L四つ口フラスコに、機械撹拌シール、温度計、等圧滴下ろうと及び排気部を備えた。そこへ、ラセミ−tert−ブチルメチルホスフィンボラン141.8g(1202mmol)及びTHF600ccを入れ、ラセミ−tert−ブチルメチルホスフィンボランを溶解させ、10℃以下に保持しながら1.59mol/Lのn−ブチルリチウム−ヘキサン溶液75cc(119mmol)を滴下した。続いて、同温度にて(S)−(−)−α−メチルベンジルイソシアネート176.8g(1201mmol)を滴下した。その後室温に戻し、一晩撹拌熟成した。5重量%塩酸90g加えて反応を停止した後、ヘキサン240cc及び水240ccを加えて2層に分画した。水層を除去し、有機層を2.5重量%重曹水240g、続いて水240ccで洗い、濃縮して粗生物を白色フレーク状固体として得た(348.3g)。粗生物を酢酸エチル240cc+ヘキサン1800ccで晶析し、ろ過、乾燥して無色粉末を得た。NMR分析により、得られた無色粉末は表題化合物と同定された。NMR分析結果を以下に示す。また、得られた無色粉末は、収量118.6g(447mmol)、収率37%(イソシアネートから)、ジアステレオマー過剰率>97%deであった。尚、ジアステレオマー過剰率は、1H−NMRのSPおよびRPの特定部プロトンの面積比から決定した。
【0068】
(NMR分析結果)
1H−NMR(CDCl3);
(SP)−体(目的物);−0.5−1(3H,m),1.14(9H,d,14.7Hz),1.45(3H,d,10.5Hz),1.53(3H,d,6.9Hz),5.15(1H,pent,6.9Hz),7.2−7.4(6H,m).
(RP)−体;−0.5−1(3H,m),1.25(9H,d,14.7Hz),1.42(3H,d,10.5Hz),1.53(3H,d,6.9Hz),5.15(1H,pent,6.9Hz),7.2−7.4(6H,m).
【0069】
〔実施例2〕光学活性水素−ホスフィンボラン化合物〔(R)−tert−ブチルメチルホスフィン−ボラン〕の製造
200cc四つ口フラスコに、機械撹拌シール、温度計及び排気部を備え、そこへ、実施例1で得られた(SP)−tert−ブチル(メチル)[N−((S)−1−フェニルエチル)カルバモイル]ホスフィン−ボラン10.03g(37.8mmol)及びDMF100ccを入れ、ホスフィン−ボランを溶解させた後、氷水浴にて10℃以下とした。ここに50重量%水酸化カリウム水溶液21.26g(189mmol)とメタノール25ccを添加した。次に、氷水浴をはずして18時間撹拌熟成した。次いで、500cc三角フラスコに冷水100ccと石油エーテル100ccを入れ、ここに反応液を分散させることで反応を停止した。水層と有機層とを分離し、水層を石油エーテル100ccで再抽出し、先に分離した有機層と合わせた後、水50ccで2回洗い、無水硫酸ナトリウムにて乾燥した。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ワコーゲルC200)にて精製し、無色粉末を得た。NMR分析により、得られた無色粉末は表題化合物と同定された。NMR分析結果を以下に示す。また、得られた無色粉末は、収量3.01g(25.5mmol)、収率67%であった。
【0070】
(NMR分析結果)
1H−NMR(CDCl3);
−0.5−1(3H,m),1.22(9H,d,14.7Hz),1.32(3H,dd,10.5Hz,6.0Hz),4.4(1H,dm,355Hz).
【0071】
〔実施例3〕光学活性水素−ホスフィンボラン化合物〔(R)−tert−ブチルメチルホスフィン−ボラン〕の製造
300cc四つ口フラスコに、機械撹拌シール、温度計及び排気部を備え、そこへ、実施例1で得られた(SP)−tert−ブチル(メチル)[N−((S)−1−フェニルエチル)カルバモイル]ホスフィン−ボラン7.97g(30.1mmol)及びDMF30ccを入れ、ホスフィン−ボランを溶解させた後、氷水浴にて10℃以下とした。ここに10重量%水酸化カリウム−メタノール溶液3.37g(6.0mmol、20mol%)を添加した。次に、氷水浴をはずして室温にて18時間撹拌熟成した。次いで、5%塩酸3.07g(4.2mmol)を入れて反応停止し、ヘキサン30ccと水60ccを入れて反応液を2層に分画した。水層と有機層とを分離し、水層をヘキサン10ccで3回再抽出し、先に分離した有機層と合わせた後、有機層を水30cc、ついで20%食塩水30gで洗い、無水硫酸ナトリウムにて乾燥した。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ワコーゲルC200)にて精製し、無色粉末として得た。収量は2.57g(21.8mmol)であり、収率は72.5%であった。得られた無色粉末は、NMR分析が実施例2で得られた化合物と同等のチャート形状を示したことから、表題化合物と同定された。
【0072】
〔使用例1〕
実施例2で得られた(R)−tert−ブチルメチルホスフィン−ボランを使用して、不斉ホスフィン配位子として知られる(S,S)−2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリン〔略称:(S,S)−QuinoxP*〕を合成する使用例を次に示す。
【0073】
実施例2で得られた(R)−tert−ブチルメチルホスフィン−ボラン3.01g(25.5mmol)及び2,3−ジクロロキノキサリン1703mg(8.56mmol)を使用し、文献J. A. C. S., 127 (2005), 11934-11935記載の方法と同様にして合成し、表題化合物を橙色粉末として得た。収量は2149mg(6.427mmol)、収率は75%であった。得られた橙色粉末の分析結果を以下に示す。
【0074】
(分析結果)
1H−NMR(CDCl3);上記文献に記載のものと同等。
比旋光度;+53.5°([α]D22(c=1,CHCl3)、文献値(R,R)−QuinoxPとして、−54.3°)
【0075】
〔参考例2〕
実施例2で得られた(R)−tert−ブチルメチルホスフィン−ボランを使用して、不斉ホスフィン配位子の前駆体として知られる(R,R)−1,2−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)エタン−ジボラン〔略称(R,R)−BisP*−diborane〕を合成する使用例を次に示す。
【0076】
300cc四つ口フラスコに、機械撹拌シール、温度計、等圧滴下ろうと及び排気部を備えた。そこへ、(R)−tert−ブチルメチルホスフィン−ボラン5.28g(44.8mmol)及びTHF50ccを入れ、(R)−tert−ブチルメチルホスフィン−ボランを溶解させ、0℃以下に保持しながら1.59mol/Lのn−ブチルリチウム−ヘキサン溶液25cc(42.9mmol)を滴下した。同温度にて1,2−ジクロロエタン1.38g(14.0mmol)を添加した。その後室温に戻し、4時間撹拌熟成した。水30cc及び5重量%塩酸10gを加えて反応を停止した後、酢酸エチル60ccを加えて2層に分画した。水層を除去し、有機層を2.5重量%重曹水30g、続いて水30ccで洗い、濃縮して粗生物を白色フレーク状固体として得た(4.92g)。粗生物をメタノール70ccで晶析し、ろ過、乾燥して表題化合物を無色粉末として得た。収量は3.18g(12.1mmol)、収率は86.8%(ジクロロエタンから)であった。得られた無色粉末の分析結果を以下に示す。
【0077】
(分析結果)
1H−NMR(CDCl3);J. A. C. S., 120 (1998), 1635-1636記載のものと同等。
比旋光度;+9°([α]D27(c=1,CHCl3)、文献値(S,S)−BisP*−diboraneとして、−9.1°)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(P−1)
【化1】

(式中、R1及びR2は、それぞれ独立して、水素原子、炭化水素基又は置換炭化水素基を示し、R3は不斉炭化水素基又は置換不斉炭化水素基を示す。)
で表されることを特徴とするホスフィンボラン化合物。
【請求項2】
一般式(1)
【化2】

(式中、R1及びR2は、それらが存在することによりリン原子上に不斉を発現させるか又はリン原子が不斉面の一点をなす一対の基であり、それぞれ水素原子、炭化水素基又は置換炭化水素基を示し、R3は不斉炭化水素基又は置換不斉炭化水素基を示し、*は不斉を示す。)
で表されることを特徴とする請求項1記載のホスフィンボラン化合物。
【請求項3】
上記R3が(S)−1−フェニルエチル基又は(R)−1−フェニルエチル基であることを特徴とする請求項1又は2記載のホスフィンボラン化合物。
【請求項4】
請求項1記載のホスフィンボラン化合物の製造方法であって、
一般式(P−2)
【化3】

(式中、R1及びR2は上記一般式(P−1)と同じ。)
で表される水素−ホスフィンボラン化合物と、一般式(3)
【化4】

(式中、R3は上記一般式(P−1)と同じ。)
で表される光学活性イソシアネート化合物とをカップリング反応に付すことを特徴とするホスフィンボラン化合物の製造方法。
【請求項5】
請求項2記載のホスフィンボラン化合物の製造方法であって、
一般式(2)
【化5】

(式中、R1及びR2は上記一般式(1)と同じ。)
で表される水素−ホスフィンボラン化合物と、一般式(3)
【化6】

(式中、R3は上記一般式(1)と同じ。)
で表される光学活性イソシアネート化合物とをカップリング反応に付した後、光学分割により精製することを特徴とするホスフィンボラン化合物の製造方法。
【請求項6】
請求項2記載のホスフィンボラン化合物を分解反応に付すことを特徴とする、一般式(4)
【化7】

(式中、R1、R2、*は上記一般式(1)と同じ。)
で表される光学活性な水素−ホスフィンボラン化合物の製造方法。
【請求項7】
一般式(4)
【化8】

(式中、R1、R2、*は上記一般式(1)と同じ。)
で表される光学活性な水素−ホスフィンボラン化合物の製造に用いられる請求項2記載のホスフィンボラン化合物。

【公開番号】特開2010−138136(P2010−138136A)
【公開日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−317786(P2008−317786)
【出願日】平成20年12月15日(2008.12.15)
【出願人】(000230593)日本化学工業株式会社 (296)
【Fターム(参考)】